自分の将来に嫌気が差したのはいつのことだっただろうか。
少なくとも精神的に自立する頃には、私は道具だという自覚があった。親の道具。政治の道具。
それは別に私が頭脳明晰だから理解したわけじゃない。ただ、私が育った城の住人は、長男を除いた私の兄妹全員へそういった目を投げかけてきた。十人十色、それぞれの物差しで測られた。
父は「お前は顔が良いからもしかしたら皇太子も狙えるかもしれないな」と髭を撫でながら言った。
母は「貴方の人を惹き付ける資質は相手を傷つける。もっと笑顔で何も考えてないと思われるように取り入りなさい」と渋面で言った。
城の人々は「長い髪は美しいです。でもお嬢様はもっと着飾って主張すべきです。ああでも、しっかりなさっていて、お嬢様がご主人になれば我々も安泰ですな」と自分勝手に言った。
誰も彼もわがままだった。もっとああしろこうしろ、その先には幸せが待っているから。妄信的にそう口々に私へ要求しては、時に私に対する教育方針で衝突することもあった。他の兄妹たちも似たようなことは経験していたが、明らかに私が批評の対象になった時だけ異常に白熱した議論になった。
それが私には気持ち悪かった。冗談じゃないと思った。成長するにつれて他人から見た目で評価されることに嫌悪の念を抱くようになっていった。それは必然だったように思える。
社交の場に出た。六歳の頃だ。この為だけに仕立てられた如何にもといった服を被せられて、仏頂面で棒読みの挨拶をした記憶がある。私としてはそれでお終いのつもりだった。特に何の引っ掛かりも覚えず、適当に場が流れると思った。
予想外に私は色々な人から話しかけられた。勿論傍には父と母もいて、大抵の相手とは大上段の態度で話していた。侯爵という立場はそれだけこの国でも上位に位置していると知ったのは多分この時だ。でも今思い返せばそれだけじゃない。私目的でも様々な話を振られた。侯爵家との繋がりを持とうという人や、一つか二つ下の爵位を持った年上の男に後から直接縁談を持ちかけられることもあった。ただどれも大した貴族じゃないのが救いだった。父親が後にどちらへ私を渡しても利が無いと判断して断ったからだ。もし皇太子が来ていて私に縁談を持ち出していたらその場で了承して即座に許嫁コースだったのは疑いようもない。
次第に侯爵という位も嫌になってきた。今の生活は爵位によるものとは理解している。でもそれは私の価値の外にあるものだ。親の血によるものだ。私じゃない。
貴族の世界が私には耐えられないほど辛苦に塗れていて、だからこそ出奔した。美しい美しいと持て囃された鬱陶しい長髪を雑に切って、無理矢理抜け出した先で騎士団の一員になった。
騎士団は王直下の組織だ。命令系統は当然それだけじゃないけど、上へ上へと辿れば王が来る。騎士団の人事軍事その他、全てを王が決める。実際は細かい部分は背後に控える宰相が決めているのかもしれないけど、事実上そういうことになっていた。
だから侯爵という立場を持った両親でも私に手出しすることは出来なかった。私に手出しすることは、つまり、王に手出しすることになる。制度を利用して私は家から逃げ出したのだ。
晴れやかな気分だった。何の憂いも無い。両親は未練がましく私を勘当していなかったが、割とどうでもよかった。ここにいる限り自由なのだから。
最初はそう信じていた。
でもそうでもないと知ったのはすぐのこと。騎士団に居る貴族は基本的に家に残れなかった負け組で構成されている。例えば落ち目の下級貴族の三男とか、爵位は合っても能力が足らず文官や家の仕事を任されなかった能無し。自ら騎士団に入った好事家もいるが、多くは入らざるを得なかった人間ばかり。底辺貴族の掃き溜めと他の貴族達から蔑まれるのも極自然なことだった。血統と才覚がある貴族は聖騎士団に行く。
私は中でも異質だった。未だに付いて回る忌まわしき侯爵家という肩書きが私の身体から決して落ちない黒ずみになって、どれだけ剥がそうとしても剥がれない。
騎士団幹部の上層でも私の取り扱いは困難だったと聞く。例えば侯爵家でもただの三男坊とかだったらここまで変な目で見られなかっただろう。そうならなかったのは一つに私の容姿だ。ここでも異彩を放ってしまっているようで、げんなりした。誰とも話さないよう振舞っていれば自然と遠巻きに見られるだけになったからまだマシだけど。二つ目に、これは後で知ったことだが、私の両親は騎士団に圧力をかけていたみたいだった。表立ってではなく、騎士団幹部の個々の家々に下手な対応をすればどうなるかわかっているな? と権力を笠に脅迫したらしい。本当に勘弁してほしい。
結果として私は小さな田舎町、ルドノートの騎士団長になった。この騎士団長というのはほぼお飾りのようなもので、あくまで実家の権威によって任命されただけの虚構だ。逃げ込んだはずが更に親に強い鎖で結ばれてしまったような気がして、息が苦しかった。
無論、当時の私はルドノート騎士団の適任かと言えば違う。1年前、つまり17歳の私は別にそんな素質は無かったように思える。確かに剣は人より振れたし、魔法だって人より達者だった。侯爵家の嗜みとしてやらされていたからドラゴンにも乗れた。でもそんなものは小手先の技術で、やれば誰だって修められる。団長の素質ではないと思う。要らない権力が私を上の立場へ押し上げた。
ルドノート騎士団は街自体小さいのが相俟って、所属する貴族のほとんどが下級貴族の中でも更に実家と距離を置かれたような人間だった。それが良いのか、逆にあまり陰鬱としていないと感じた。思ってから気付いたけど私にとってはどうでもいい。
ここでは露骨に距離を置かれた。侯爵家が怖いのだろう。私としては都合が良い反面、また家に守られている気がして虫唾が走る。
偶に反骨心を露にする団員もいたけど、それは力を誇示すれば容易に従えることができた。私は強いから、カリスマなんて無くても武力で抑えつけることが出来る。この1年はそれを学ぶ年だった。
仕事をするうちに段々人生に興味が持てなくなってきた。これだと自由になるつもりが元の木阿弥だと気付いて涙をグッと堪えた日もあったのに、いつしかそれもどうでもよくなった。
侯爵家から逃れようとする意志も薄くなってきた。気持ち悪いことには変わりないけど……それ以上の倦怠感だった。ここで騎士団長をやっていても、王都の騎士団に栄転しても、私の精神は度し難いほどの桎梏に身動きが取れない。人生に意義を見出せず、いつしか私は生きるだけになっていた。
あの一週間はそんな時に始まった。夢幻にも等しい一週間。でもその日々は色があった。
全ての記憶が思い出せるわけじゃない。一週間が終わった時、私は頭痛と共に鮮明に色付いた日々だけが脳裏を駆け巡った。
一週間は無限と思えるほど繰り返された。あの人から見れば悪夢だっただろうけど。
私の記憶があるのは初めにあの人が騎士団に衛兵として入ってきた時だ。矢鱈と強い新入りが入ってきたと噂を聞いて、ふらっと見に行ったのがきっかけだったと思う。
あの時は澄んだ目をしていた。同時に追い詰められている人間の目をしていた。その後に他の衛兵と鍛錬している光景を見たけど、本当に強かった。もしかしたら私より、いや、確実に私よりも強かった。そんな人が何を恐れているのか興味があったけど、敢えて聞くほどのことでもないと思って私は関わらなかった。
それ以降も何度か繰り返される一週間の中であの人は衛兵になった。唯一この一週間が繰り返されていた町で、その繰り返しを自覚していたあの人のことだ。何か目的があったんだろうと思う。
数週後には衛兵にならなくなった。代わりに犯罪者としてあの人の似顔絵が掲示される回数が増えた。何かを探してたのだと思う。今なら分かるけど、多分あの人は一週間の監獄を打ち破ろうとしていた。
暫く見なくなって、かと思えばあの人はまた衛兵になった。今度は私に突然告白してきた。
正直、こういう輩はいないこともなかった。対応も慣れたものだから、普通に断る。あの人は特に気負うこともなく引き下がって行った。
次から私に付きまとうようになった。鬱陶しい反面、こんなに付き纏われるのは初めてだったから戸惑いもあった。でも容姿で惹かれたと思ったし、元より深入りする気などなかった私は相手にしなかった。
私の事実無根の噂が流れ始めた。あの人が流したのだろうと思う、今になって分かったことだけど。
他人との関係性が薄い私からすれば陰口を叩かれるのには日常茶飯事だと思っていた。
でもそんな私にも仕事をする上での人間関係がある。
いつからか、誰からも話しかけられなくなった。比較的私と話す機会も多い副団長との会話も消えてなくなり、一言あるだけで、極力私と話さないようになった。
本質的な孤独。初めてそう感じた。
私はこれまで孤立はしても孤独に苛まれたことはなかった。侯爵家だからだ。否が応でも上辺の付き合いは発生したし、そうじゃなくとも容姿があった。望まずともそうはならなかった。
人生で初めてだった。ここまで露骨に邪険にされる経験は。思っていたより私という人間は打たれ弱かった。
その中で唯一話しかけてきたのがあの人、ハヴァルツ。ハヴァルツだけは変わらず暇な私を見つけては喋り掛けてきた。
鬱陶しかったのが楽しみに変わった。その後告白されて、関係が壊れることを恐れた私は何一つ懸念することなく、ハヴァルツの告白を受け入れた。
ハヴァルツは変わり者だった。これまであまり関わってこなかった平民だからか。私の立場なんて気にせず常に対等な立場で話そうとしていた。それが心地よいと感じるようになったのかもしれない。それとも、純粋に私だけを好きでいて、私だけのために何年も口説いてきたその愛に私の心が負けたのかもしれない。少なくとも、記憶が戻った私はハヴァルツが好きだ。愛していると言える。
確かにハヴァルツは完全に欠点皆無の良い人間ではないのかもしれない。
デマを流したのはハヴァルツだ。私に取り入ろうとしてデマを流した。でも私は理解している。繰り返される一週間の中で、私と夫婦になりたくて、仕方なくそうした。なら私は別にどうでも良い。過去のことだし、私にとってはその他有象無象よりもハヴァルツの方が重要だ。ハヴァルツだけいればいい。元から他人からの評価なんて気にならないし、その分ハヴァルツに愛してもらえればそれで。私は自身の人生が満足だと、大きく頷くことが出来る。自信を持って言える。
数十年分の一週間を脳に叩き込まれて、やっと頭が回り始めた私が最初にしたことはハヴァルツを探すことだった。本当のハヴァルツは保身的だ。一週間が繰り返されて、何をしても次がくれば元通りになるからこそあれだけ自由に動けた。それに元は肉屋を継ごうとしていたらしい。ハヴァルツの肉屋の経営は安定していて、家業で一生を過ごそうとしていた節がある。
だから多分、町中の記憶が戻ったことを知ったハヴァルツはこの町から逃げようとするだろう。ハヴァルツが何度か捕まったことがあるのは知ってる。町中の上水に毒を盛ったのもハヴァルツだと思う。ルドノートで今まで通りに暮らすのは難しい。
私はすぐに追いかけることにした。道々でまだ混乱するように話し合っている民衆がいたが、全て素通りした。途中で部下から話しかけられたが今は忙しいからと突き放した。私はこの町の騎士団で唯一飼っているドラゴンを引きずり出して、即座に空へ出た。
大空から大地を俯瞰する。見るべきは町の周辺だ。ハヴァルツは見えない。呼びかけて出てくるかと思ったけど、もういない……?
ふと町から出てきた馬の集団に気付く。
先頭を掛ける人影に見覚えがある。アレはルドノート家の令嬢……でもなぜ今ここに?
「アルシア嬢」
不思議に思った私は馬で駆ける彼女に声を掛けることにした。私と違い箱入り娘だと思っていたけど、馬を扱うことが出来るとは思わなかった。
彼女は私の姿を見るや否や馬を止めた。目を丸くしている。
「騎士団長様……なぜここに?」
「それはこちらの言葉です。アルシア嬢。今、貴方がここにいる意味が私には分かりません」
「騎士団長様からしたら吹いて飛ぶような事情です」
答えになっていない。
しかし後ろの護衛は事情を知っている顔で額に手を当てて呆れている。
「騎士団長様聞いて下さいよ。アルシア様は白馬の王子様を見つけたとか言って、今追わないと二度と会えないとか」
「そう……今追わないと」
直感だけど、ハヴァルツな気がした。状況的にも合っている。私も同じようなことをしているのだから。
「騎士団長様こそ何をしているんですか?」
「私はただの見回りです」
「疑問なのですが、町が混乱している今しなくてはならない業務なのですか?」
「元々今日の予定通りです」
猜疑心が強まったのを感じた。彼女も私の目的を察したのかもしれない。
特にそれ以上関わるつもりはなかったから話も適当に切り上げ、空から再度監視する。
ハヴァルツがその日見つかることは無かった。
代わりに魔族の大群が森の向こう側に見えたことで、私は防衛任務に就かざるを得なくなる未来を確信して気分が下がった。
それから数日は忙殺された。魔族の侵攻に。
それから何度か斥候を放ち動きを観測した結果、魔族がこの町を狙っているという結論がでた。町中は今や大騒ぎだ。繰り返されていた一週間についての論議は下火になって、今では町から脱出する住民が増えつつある。
防衛作戦網の構築策定会議に連日駆り出される。しかし所詮は小さな町の騎士団。衛兵と数合わせて総数300人も満たない。どれだけ優等な作戦を出そうが町を守るのは難しい。アテにしていた自営団も既に四割が町を離れ、事実上の瓦解をしてしまった。
ルドノートはもう駄目だろう。私はそう思っていた。私だけではない。騎士団全体、町全体がそんな空気に包まれている。
ハヴァルツがいればと少しだけ考えた。ハヴァルツは強い。私はハヴァルツの力の底を見たことが無い。案外魔族ぐらい簡単に倒してしまいそう。
まあいないのだから仕方ないのは分かってる。分かってるけど歯がゆい。
現実的に考えて、私は団長として撤退戦の指揮を取ることになる。ルドノートの住民を避難させて、避難が間に合わなかった場合は殿として戦う。
王都騎士団には既に救援要請を出している。私たちは隣町であるエイバンまで下がって、エイバン騎士団と王都からの援軍と合流したのち改めて防衛線を構築。そこが魔族との決戦の地だ。ルドノートではそういうシナリオで既に動き始めている。
忙しい。本当だったらこんなことをしている場合じゃないのに。イライラする。機嫌が良くない。
ハヴァルツ。ハヴァルツはどこにいったんだろう。今頃別の町で冒険者でもやっているのだろうか。こんな状況でもなければ私だって辞表を出してハヴァルツと一緒にパーティーを組みたい。立場的に、状況的にそれは出来ない。魔族が悪い。魔族が憎い。
あの一週間が終わって、もう4日目の朝。目覚めの悪さに辟易としながら、私はドラゴンの背に跨った。
魔族侵攻に対する斥候はもう放っていない。そんな人員はルドノートには存在しないし、私がドラゴンで偵察することでその役回りは十分に果たせる。
ここ数日で確実に魔族はこの町に迫っていた。昨日の時点で後二日もあればルドノートに到達するであろう距離で、今ならもう目前だろう。まだ住民の避難は完全には終わっていない。一日は掛かる見込みだ。
そう考えながら私は空から俯瞰する。大体この辺りに来ているはずと見当をつけていた地点に魔族の姿は無かった。そもそも大群の影すらない。おかしな話だ。一体どこに。
索敵範囲を広げる。あの大軍が一夜にして姿を消すなんて、何か理由があるに違いない。新たな戦略だろうか。軍勢を隠して私たちに情報を与えないようにしているのか。なら見つけないとマズイことになる。出方を予想することも難しくなるからだ。
そうして血眼に探していて、私はやっと見つけた。見通しの良い草原、もしルドノートで防衛戦を敷くのであれば第一防衛線となっただろう場所。
敵軍の姿じゃない。夥しい数の死体だった。青々しい草原は赤く染まり、或いは魔族の死骸で埋まり、墓地と化している。
そして草原の中央に男が二人見えた。魔族の遺骸を焼いているようで、じゃれるように手を握っている。
片方に見覚えがある。
「ハヴァルツ、これはなに」
「……うげ」
私が探していた人物だった。
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俺が魔族の大群を蹴散らす手伝いをしようと決めた理由は二つある。
一つは勇者へ借りがあった。あの一週間を終わらせたのは勇者だ。何だかんだ言って俺は勇者には感謝している。一時は欲望を曝け出してヤケクソになってしまった時期もあるが、基本的にあの一週間には絶望しかなかった。その借りはデカい。俺としても返したい。
二つ目になんだかんだ言ってルドノートは故郷だ。前世の千葉県に次ぐ俺の第二の故郷。もう二度と戻れないとは言え、その滅亡を見るのは何と言っても心に良くない。出来るなら滅亡してほしくない。両親には良くしてもらったし、町の人々も良い人ばかりだ。俺は出来ることならば守りたいと思えるくらいにはルドノートに愛着があった。
だから俺は魔族討伐に手を貸すことにした。ただ勇者の旅に付いていくかどうかは別問題だ。俺は普通に冒険者として各地を放浪したいだけで、魔王討伐なんて仰々しいことをしたいと思わない。
そう話すと勇者は相変わらずの笑みでこう言った。
「まあまあ、魔王を殺すなんてついでで良いからさ。終わったら旅でも何でも付き合うからさ」
「一人旅で良いっつの。なんで付いてくる前提なんだ」
「本当に寂しかったんだって~いいじゃないかそれくらい」
勇者は泣き真似をした。俺は無視した。勇者は「ちょっと待ってくれよ、それは酷くないか?」と非難の声を上げた。全然酷くないと思う。
そんなこんなあって、俺は勇者と魔族の大群と対峙することになった。
簡単に言うが戦力差は凄い。勇者曰く魔王幹部が居ないから楽勝らしいが、数の差は馬鹿にできない。こっちは二人しかいないし、況してや俺なんて実戦経験は皆無だ。
脳筋勇者が真正面から挑もうとするのを抑えつけて、俺は案を講じた。
前世の軍事系ラノベの知識から俺は知っていた。あれだけの軍勢を率いるとなれば、それだけ物資がいる。水、食料、その他の日々消費する生活用品。そこの事情は魔族と言えど変わらないはずだ。
勇者曰く魔族の規模はおおよそ3万くらいだと言う。魔族がどこから行軍を始めたかは分からないらしいが、それでもこの規模ならば兵站線があるはずだ。兵站線を切ってしまえば継戦能力が下がり、士気も下がる。そう説明すれば勇者は本当に君は肉屋だったのかい? という顔をしつつ納得した。悪かったな肉屋で。
兵站部隊らしき軍勢はすぐに見つけることが出来た。荷車を運ぶトロールみたいな魔族が延々と並んで歩いていて、分かりやすい。
「じゃあ行こうか」
「おい、ちょっと!?」
この兵站線を追いかけて、敵の陣地内の食糧庫まで見つけ出そうと考えていたのだが、堪え性の無い勇者が飛び出した。
「ああもうこの脳筋野郎!」
慌てて茂みから飛び出した時点で勇者は一振りで魔族を三体屠っていた。勝手な野郎だ。姿だけ見たら勇者というよりも蛮族だぞお前。
俺も勇者から借りた剣を抜いて、驚愕に顔を歪める魔族の首を切断した。実戦は初めてだったがあまり感傷はなかった。肉屋でグロいのは慣れていたし、後あの一週間で多少感性がイカれたのかもしれない。まあこうなった以上好都合だ。
兵站部隊というのもあるが、案外雑魚だ。どれだけ数が居ようが苦戦もしない。力は確かに強いが、動きは荒いし技も無い。案山子を斬ってるのと同じだ。
そのまま何十体と勇者と殺戮を続けていると殿で護衛をしていた魔族がやってきた。馬面で槍だの大斧だの統一感の無い武器を持っている。だが強くはなかった。トロールもどきと変わらない。多少腕に覚えがあるみたいだったが、ルドノートの衛兵が五人がかりで掛かれば倒せる程度の強さしかない。つまりは雑魚だった。相対的に俺ってやっぱりそこそこ強いんだなという実感が湧いてしまう。
「じゃあ本隊、叩きに行こうか」
逃げ帰って行った魔族を見逃し、目に見える魔族を殺しきった勇者はそんなことを宣った。だからそれだと兵站線を切った意味がないだろうが! 継戦能力を削いで魔族を撤退させるのが目的なのに何で本隊を叩くって発想になるんだよ!
俺がブチ切れる前に勇者は本隊を叩きに走っていく。もう、勝手にしてくれ。俺はしょうがなくその後を追った。
少しして、大群が見える。行軍の背中だった。俺達は本隊の背後に回り込んでいたようだった。勇者は剣を抜き去って天に切っ先を掲げる。
「行くよハヴァルツくん! 正義を果たす時だ!」
何か勝手に盛り上がってる。しかも折角背面からの攻撃になってたのに大声を張り上げたせいで行軍中の魔族にバレたし。もう俺にはこいつが分からない。
ルバール草原と呼ばれている、この周辺で膨大な面積を誇る草原だ。そこに推定3万とか言われている魔族の群団が列を組んで行進をしている。地平線一面を埋め尽くす勢いである。
そこに突っ込む影一つ。勇者だった。俺も付いていかないといけない流れなんだろうか。そうなんだろうな。溜息一つ吐いて、顔を上げた瞬間、豪ッ!、と暴風で世界が歪む音が響いた。
見れば勇者が剣を一薙ぎしていた。まだ魔族との距離は離れているのに、その先の魔族たちが上下に分割されて、ズズズと上体がずれ堕ちる。
……飛んだのか、斬撃が。しかも貫通性能まで持ち合わせているようで奥の魔族まで斬られている。纏めて何体、いや、何千体死んだだろうか。
「ハヴァルツくん、僕がある程度やるから討ち漏らしが有ったら宜しく!」
屈託の無い笑みを浮かべながらブンブン振り回す。その手に持つのは何の変哲もない剣に見えるから、本当に技量だけで成し得ているのだろう。
これが勇者ってやつなのかもしれない。
確かに、勇者の所業だ。
こんなことをこの世界で出来る人間なんてきっと、こいつ以外にいないだろう。そりゃアレだ、真正面から蹴散らそうとか言う訳だ。こいつにとっては十人も万人も変わらない。チートだチート。ファンタジーも大概にしろ。
俺は勇者の言葉に従って打ち漏らしを処理していく。流石に勇者みたいに纏めて何千と殺すことは出来ないが、一対一で後れを取るような相手でもない。というか一対百でもまあ余裕だ。怠いからやらないが。所詮魔族の尖兵なんてこの程度かと少しガッカリする。
二時間くらいそうしただろうか。
勇者が殺戮の限りを尽くして、その打ち漏らしを俺が処理する。ほぼ作業に近い。そうしていれば草原は目も当てられないような死体の山と化した。俺達以外の生命が感じられなくなったところで、勇者は剣を鞘に納める。
「正義完了だね」
「……お前ってそういう感じなの?」
「うん?」
「いや分からないなら別に良いが」
中二病臭い言動をする勇者に俺は肩を竦めた。さっきも正義を果たすとか言ってたし、何か正義という言葉に拘りでもあるのかもしれない。ただ聞いても碌な話ではなさそうだ。
「じゃあこれ燃やそうか」
特に俺の言葉を気にすることなく、勇者は魔族の死体に魔法で火を付け始めた。俺も頷く。死体は衛生面から放置するのは良くない。あと心象的にも良くない。ここはルドノートから近いしな。放置はあまりしたくない。
俺の提案で、魔族を一か所に集めて燃やすことにする。勇者は風魔法にも精通しているようで、ハリケーンのような風の渦を生み出して魔族の死体をある程度集積しては燃やした。
七割くらい終わったところで、次第に聞き覚えのある羽音が聞こえてきた。ドラゴンの羽音。なんというか、非常に嫌な予感。よし逃げるか。
「ハヴァルツくん、迎えが来たんじゃない?」
「悪いな勇者。俺はここまでみたいだ。それじゃ」
「まあまあ。旅は道連れ世は情けって言うじゃないか。お互い助け合おう」
「離せ!? 手を握るな力がつえんだよ!?」
「だって捕まえておいた方が面白いものが見れそうだからね。仕方がないと思わないかい?」
万力のような力で右手を握れられる。全然解けないし、視界に入る勇者の顔は非常に良い笑顔だった。くたばれ。
そうこう押し問答をしている内にドラゴンは土埃を舞い上げながら地面に着地する。背から降りてきた人物にはとても心当たりがあったし、今一番会いたくない人物でもあった。
「ハヴァルツ、これはなに」
「うげ……」
やっぱりだ。
レインミルだった。少しだけ疲労が溜まっているのか、眼が重そうに見えるけど、凛とした氷柱で皮膚を刺してくる圧迫感に変わりはない。最悪だなと思ったが、まあ勇者がいるから折檻されることはないだろうと考えて気を持ち直す。
俺が勇者の方を見たからか、釣られてレインミルも俺の横でニコニコと楽しそうに佇む勇者に視線を向けた。
「貴方は……」
「ああ、僕のことはお構いなく。続けて続けて」
「ならいいけど」
俺は良くないが、と声を荒げようとする前にレインミルは俺の頬に手を当てた。
「ハヴァルツ、貴方がルドノートから出て行った理由は分かってるつもり。私も行くわ」
「え、いや。ちょっと?」
「騎士団のことは心配しなくていいから。ノルン、これ持って帰っていいわ」
その心配はあまりしてねえよ。
レインミルは懐から手紙を取り出すと、ドラゴンの首に軽く紐で巻き付けた。ドラゴンは気軽な感じに一鳴きしてそのまま空に飛び立つ。
「今の手紙は……?」
「辞職届よ。本当ならもう数日早く辞めている予定だったけれど……見た限りはもう心配事も無いから。ハヴァルツに付いていくわ」
「見た感じ?」
「貴方たちが魔族を掃討したのでしょう。なら私が騎士団長を続ける必要はもう無いわ」
騎士団長ってそんな簡単に辞めれるもんなのか、とも思ったがレインミルの雪解けた笑みを見てそんな言葉は喉の奥で引っ込んでしまった。代わりに浮かんだことがある。
「いや、俺に付いてきても何も無いぞ?」
「責任。取ってもらうから」
「責任を取れと言われるようなことを俺はしてない」
「いいえ、したわ。それともあれだけ口説いておいて無かったことにするつもり?」
……ああそうか。そうだよな。俺が無鉄砲に繰り返しアプローチした、何年間だっけ? まあその記憶もレインミルには残っていると。なら猶更俺になんか執着するのはおかしい気もするんだが。
ともあれ、俺の返事は決まっていた。
「あのな、無かったことなんだ。あの一週間は夢幻だ。存在しない時間だったんだ」
結局現実として、ループの中で起きた出来事は全て現実に反映されていない。人々の記憶の中の出来事でしかない。それはつまるところ虚構を意味する。未来でも過去でもないのだ。
俺は言い切ると、何故か隣に立つ勇者が、味の無い料理でも食べてしまったみたいに何とも言えぬ表情をした。
「勝手に無かったことにしないで。私にとってはそうじゃない」
ムッとしたようにレインミルは声を大きくした。普段から不機嫌そうだが、レインミルの怒った顔を見るのは案外初めてかもしれない。どうでもいいか。
「まあそうかもな。俺にとってはそうってだけだしな。ただ一つ言えるのは少なくとも俺はもう恋愛とか懲り懲りなんだ」
「なんで?」
俺は答えを窮する。アルシアの話をするとレインミルがどんな反応をするかが分からない。腰に吊るされたレイピアで胴体に穴を開けられるような気がした。
答えられなかった理由はそれだけじゃない。俺自身、未だにアルシアのことは整理が付いていないのもある。教会では懺悔という形で素直に罪を告白できたが、過去話として口に出せるほど軽いものでもない。未来永劫、人に易々と話すこともないだろう。
「まあまあ騎士団長さん、一旦良いんじゃないかな? どうせハヴァルツくんと旅を共にするんだろう? 何れ聞き出すことだってできるさ」
「……それもそうね。あともう騎士団長じゃないわ」
「そうだったね、レインミルさん」
意外なことに勇者は俺に助け船を出した。レインミルも消化不良という顔だが、一応の納得は見せる。
「じゃあハヴァルツくんと旅をするってことは僕とも旅路を共にするんだよね。自己紹介するよ。僕は勇者、魔王を倒す若者だよ。よろしくね」
勇者はレインミルに手を差し出した。その手に一切の反応を見せず冷たい目で見遣るレインミルは、勇者の言葉に動きを止めた。
「勇者ね、道理で。……僕と旅路を共にするって?」
「ハヴァルツくんは魔王を倒す僕と一緒に旅をすることになったんだ」
いやおい。とても聞き逃せない言葉があったぞ今。
「おい。俺はここの魔族討伐を手伝うとは言ったがお前の旅に付き合うなんて一言も言ってないぞ」
「冷たいね。僕と君の仲じゃないか。それにルドノートを救ったのは僕なんだ、それくらい見返りがあって良いだろうに」
「あのな」
「それに君にだって悪くない話だ。なにせ魔王を倒さない限りはルドノートはまた今日みたいな侵攻を何時受けても可笑しくないよ。魔族領域から遠く離れたこの地に何故、どうやって唐突に魔族が現れたのかも分からないんだ。根本を断たない限り、また同じことが起こる」
笑顔を潜めて勇者はそう紡いだ。言っていることは間違っていない。確かにそうなのだ。隣国の国境とも魔族領域とも程遠いルドノートが侵攻されるなんて、誰一人として考えていなかった。ルドノートは何も無いが平和だけが取り柄だった。
「君、故郷のことが好きなんだよね。そして力もある。なら僕と一緒に行く以外の選択肢なんて無くないかい?」
ただ理詰めで言われると、まあそうだな、とか普通に思っちゃう自分が情けない。俺って案外流されるタイプだしな。あんなことにならない限りはきっと故郷の肉屋として実家を継いで、ファンタジーに仄かな憧れを抱きつつ日本での日常と変わらぬ日々を過ごしただろうし。それに故郷が滅びるのは嫌だと思う。何だかんだと思入れもあって、家族もいて、知り合いもそこそこいる。悲しむ顔は見たくない。
頭の中で総括する。
心の中を読んでいるような勇者の物言いが気に食わないことを除けば、意外と反論はないのかもしれない。
「分かった、分かったよ。付き合ってやる」
「やったね。君が勇者パーティーの仲間一人目だ。おめでとう」
「おめでたくはねえよ……」
ぱちぱちと一名による虚しい拍手が草原の風に溶けて行った。本当は嫌なんだけどな……でも故郷を盾に出されるのは狡いと思う。俺にだって愛郷心はある。
諦観しつつ頭を掻いていると、反対の手を優しく包まれる。レインミルだった。
「私が守るからハヴァルツは大丈夫」
幾ら騎士団長で、多分年上とは言え、女の子に守られるほど落ちぶれてないんだけどな。
そう思っていれば、気まずそうに勇者は口を開く。
「あー……君、多分弱いよね?」
「は?」
冷風が吹き荒れる。勿論錯覚だが、それくらい凄まじい圧力がレインミルから放たれた。怖い。
変わらぬ笑顔で勇者は言う。
「だって君弱いだろう。僕より遥かに、ハヴァルツくんよりも遥かに。ハヴァルツくんの足元くらいには戦えそうだけど、その程度じゃ守るとか守らないとか、口にしない方が良いと思うよ」
「今ここで試してもいいけど?」
「言っておくけども僕は歴代最強の勇者ってやつなんだ。簡単に言えば最高傑作らしい。それとも、君ならここにいた魔族、三万体を苦労せず屠ることができる?」
レインミルは途端に悔しそうに勇者を睨んだ。美人の怒りは恐ろしい。俺なら間違いなくビビる。でも勇者は全く歯牙にもかけない様子で、俺の方を見た。
「これははっきり言っておこうと思う。僕も、ハヴァルツくんもこのくらいは出来るんだ。だから僕はハヴァルツくんを多少無理矢理とはいえ、パーティーに誘ったのさ。でも君はそうじゃない。そこは自分で自覚しておいてもらいたいなと僕は思ってる」
「ちょっと待て。俺は出来ないぞ」
「それは体力が無いからだろう? 体力さえあれば似たようなことは出来る、違わないかい?」
否定は出来ない。戦略も無く、雑魚が集まってるだけなら苦労はしないなと感じたのは本当だ。体力がないから万どころか千を相手にすれば疲れて動けなくなるだろうが、逆に体力さえあればそれを熟せる自信はあった。意外と魔族は弱い。今日の経験談だ。
「まあ僕もハヴァルツくんも一人や二人、重りが増えるくらいで守れないほど弱くは無いからさ。来るのは全然構わないよ。でも自身の実力を勘違いするのは宜しくないから、早々に改めることだね」
続きをしようかハヴァルツくん、そう言われて俺は戸惑う。
一方は言いたいことを言ってすっきりしたのか、朗らかな表情で魔族を焼き始める勇者。所業だけ見ると勇者に見えない。
もう一方はループの最中でも見たことが無いくらい肩を震わせ怒気を滲ませつつも、何も言い返せないレインミル。触れれば忽ち噴火してこちらに噴石が飛び火してきそうだ。
見られない角度で溜息を吐く。
レインミルと勇者。想像したこともなかったが、その実、相性がとても最悪なようだ。
いや、本当になんでこうなった。
無理矢理続けた。
ファンタジーは不得意分野なので続きを書ける方募集中。