七海建人は暇がない 作:七海さんの腕時計が欲しい
感想、誤字脱字報告ありがとうございます。
それは年に一度開かれる【ガネーシャ・ファミリア】主催の
その賑わいは都市中、あるいは都市外の者たちにまで波及する。
しかし、そんな賑わう都市で全く楽しくない真面目な顔をしている者たちもいる。
「さて、ラウルくん。今日の私たちの目的を、簡潔に話してください」
「は、はいっス! 自分たちは『遠征』で壊れた装備や備品を、都市外の商人や貴族に買い取ってもらい、少しでも『遠征』の赤字を補填するために交渉する……っスよね?」
「そうです」
七海とラウルだ。
何度も言うようだが、七海は【ロキ・ファミリア】の財務を担当している。
そんな中、ファミリアで大きな赤字を出す羽目になってしまった。団員までを巻き込んだ大赤字、これは自分にも責任がある、と生真面目な七海は思っている。
そのため、今回はいつもならばやらない、
それは、都市外へのレアメタルの横流し。
基本的にレアメタル――アダマンタイトやミスリル、その他ダンジョンでしか産出しない鉱物――やドロップアイテム、魔石製品などの取引権は、都市の中立であるギルドが保有している。
しかし、そこに個人で取引をやっていけないという法はない。例えば【ロキ・ファミリア】と【ディアンケヒト・ファミリア】は、ギルドを仲介せず、直接売買することで手数料の発生しないwin-winの関係を築けている。
しかし、これは都市内部での取引だからだ。都市外の組織との取引は、ギルドが厳しく検閲し、都市外への流出を防いでいる。それはダンジョン物資がギルドの主な収入だからだ。ギルド長、ロイマンはこのギルドの特権を手放すことはない。
だが今回、七海はロイマンにも事前に手を打っていた。
「お前たちの装備を都市外へ流出させるだと!? ならん! それはギルドの領分だ! いちファミリアの裁量権を超えている!」
「ただの装備ではありません。壊れた装備、言うなればただの『素材』です。私たちも今回の『遠征』で多大な赤字を出しています。ですから、そのための補填が必要です。見逃してはくれませんか?」
「ダメだ! ミスリルやアダマンタイトの素材が使われた武器など、出回れば世界にどんな影響を及ぼすか分からん! ……お前たちはミスリルやアダマンタイトの武器を普通に使っているから知らんのだろうが、都市外ではその素材を使った武器を持つだけで戦力がひっくり返ることもある。それだけの力を持つ代物なのだ、慎重にならなければいかん」
ロイマンは『ギルドの豚』と評されるほど冒険者たちに忌み嫌われている。それは潔癖なエルフのくせに、金にがめつい性格だからというものがある。
だが、ただ愚かなだけの人間がギルド長などという大職に就けるはずがない。ロイマンは自分の役割を理解し、それを全うしていた。
それは『三大
「ロイマンさん……あなたは未来や大局を見すぎて、現状を疎かにしています。私たちの赤字が少しでも早く解決できれば、次の『遠征』への準備期間も短くなるでしょう。そうすれば、早くにまた『遠征』に行くことができる。これはダンジョンを攻略して欲しい貴方にとっても利点ではないですか?」
だが、多くを知っているからこそ、過度な変化や改革を望まない。現状の改善と維持に躍起になる。
それは七海から言わせれば、保守的な老人の思考だった。間違っているとは思わないが、もう少しロイマンは柔軟になった方がいいと考えている。
しかし、それでもロイマンの答えは変わらない。
このままでは話が平行線になり、いずれ決裂するだろう。容易に想像できる未来だった。
しかし、突如そこに厳かな老神の声が響き渡る。
『許可する』
「ウラノスッ!? 一体何を!」
『ロイマン、私は許可すると言った。ナナミ、お前ならばいい。しかし、今回だけの特例措置だ。そう何度も優遇はできない』
「十分です。ありがとうございます、ウラノス様」
ロイマンは慌てるが、ウラノスの決定ならばと渋々引き下がる。
七海はウラノスの贔屓に反応しない。その優遇を当然だと考えているからだ。
―――次、
そんなことがあって現在、七海はどの商人と取引すべきかの選別を行なっている。
「ラウルくん、君の意見を聞かせてください。私たちは、どんな相手なら高値でこれらのアイテムを売ることができると思いますか?」
「そうっスね……金持ちの商人とかっスか?」
「具体的にお願いします」
「え、えぇっと……大商会や都市外の貴族みたいに、金を沢山持ってる人ならアダマンタイトやミスリルの素材だって買ってくれると思うっス。都市の相場と、都市外の相場は全然違うっスから、小さい商会じゃ買い取るのは難しいと思うっス」
“相場の違い”
それはダンジョンのあるオラリオと、ダンジョンがないそれ以外との決定的な差。
つまり、希少価値の差である。
ダンジョンがあるオラリオでは、頻繁にアダマンタイトやミスリル、それに匹敵するレアメタルやドロップアイテムが採れる。
しかし、ダンジョンがないオラリオ以外の国や都市では、アダマンタイトなど伝説級の素材だ。当然、価格は馬鹿みたいに高騰しているし、金では買えず権力者だけが持てるということも多々あるだろう。
アダマンタイトなどの希少なものは、外ではオラリオの相場の最低10倍以上で取引される。
だからこそ、それを全て仕切っているギルドは財源が潤沢にあるのだが、それは蛇足だろう。
「なるほど、現状を正しく分析した意見だと思います。貴方は機を衒った考えは苦手ですが、だからこそ基礎に忠実なので、どんな状況でも貴方の意見は聞く価値がある」
「え、えへへ……そ、そんな褒められるとやりにくいっスよ〜」
「ですが私の意見は違います」
「まさかの否定ッ!?」
ラウルががーんと落ち込むと、「私の意見とは違うだけです。落ち込む必要はないでしょう」と七海が慰める。
しかし、七海を尊敬しているラウルからしてみれば、憧れの人と意見が違うというだけで落ち込む理由としては十分だ。
七海はラウルの慰めをやめ、短く嘆息すると自分の意見を述べる。
「私は、まだオラリオに慣れていない商人をターゲットにした方がいいと思います」
「えっと……あぁ、慣れていない商人はオラリオの外と中の相場の違いを知らないからっスか?」
「それもあります。ですが一番の理由は、大商会などとの取引を避けたいからです」
「……? 大商会との交渉を避けたいから、オラリオにまだ慣れてない商人をターゲットにするんスか? それはなんでっスか?」
「理由はあります。基本的に大商会というのは、ラウル君も知っての通り商品や販路を独自に築いているからです。ポッと出の私たちが交渉に行っても、無碍に扱われるか底値まで値切りされるだけ……だと私は考えます」
「なるほど……」
考えてみれば、七海の意見も道理だ。
大商会などは基本的にオラリオにも慣れており、自分たちだけの商品や販路を持っている。
そこに、長期的な仕入れ可能な商品というわけでもなく、壊れた武器という価値が下がるものを高い金を出してまで買おうと思うだろうか?
期待度は下がる、としか言えないだろう。
七海の座右の銘は、『事実に即して己を律する』だ。不確実なものに高い期待をすることはない。それならば、値段は期待値よりも下がるだろうが確実に売れる所に売りたい。
◼️
結果的に、大商会には平均してオラリオの相場の4倍程度で売れ、オラリオに慣れていない小さな商会には9倍程度で売れた。
オラリオの外の相場が10倍以上だという事を考慮すれば、大成功というわけではない。ただし、七海からすれば予想の範囲内だった。
元々、値切られるのを承知で交渉しているのだ。七海はその性格上、相手を騙すような真似は嫌いなので相手とwin-winの取引を模索した結果だった。
相手も外の相場よりも安く仕入れられてホクホク顔だったし、大成功ではないが取引はお互いが成功しただろう。
「いやぁ、一仕事終わったっスけど、ナナミさんはこれから予定とかあるんスか?」
「特にありませんが……そうですね、祭りの日に仕事ばかりというのもつまらない。この後
「えッ!? 自分もいいんスか!!」
「誘っているのは私の方なんですが、勿論私はいいですよ」
「じゃ、じゃあ自分も着いていくっス!」
七海とラウルは祭りの定番、食べ歩きをした。
それがもし男女であれば多少の花もあったかもしれないが、男だけで回る祭りに花などない。本人たちは楽しんでいるので、どうでもいいのだろうが。
「ナナミさん! ここのパン美味しいっスよ!」
「……一口頂いてもいいですか?」
「自分のをっスか!? 勿論どうぞっス!」
「これは……中にチョコが入っている。チョココロネ、でしょうか? 美味しいですね」
「そうっスよね!」
七海に褒められたラウルの笑顔が弾ける。そして七海も美味しそうに薄く微笑んでパンを食べる。
大人の男2人が楽しげに祭りを謳歌する。
その姿を見て腐った方々が「ナナ×ラウ……アリね」、「やっぱり受けがラウル?」、「いいえ、ナナミ様ならどっちでも真面目に対応して下さるわ……!」という妄想を口から垂れ流している。
勿論、2人にそっちの気は全くない。
「……騒がしいですね」
「え? あ、確かにっス。ギルド職員が慌ててる……?」
「少し気になります。聞いてみましょうか」
七海は職員の知り合い、エイナを見つけ、事情を尋ねる。
すると何ということだろう。地上で
「
「はい、犯人は未だ捕まっていません。【ガネーシャ・ファミリア】は付近の冒険者に脱走したモンスターの討伐を呼びかけています。ナナミ氏、ノールド氏、どうか我々にご協力下さい!」
「言われるまでもありません。ラウルくん、行きますよ」
「はいっス!」
七海とラウルは駈ける。
一般人が溢れる地上の道ではなく、家から家へと飛び移るようにして上からいち早くモンスターを見つけれるように。
だが、周辺にモンスターはいなかった。
「この辺りは、どうやら冒険者達が討伐し終わっているようですね」
「そっスね……あ、あっちの方で戦闘音が聞こえるっス!」
「あれは……アイズさん達ですか?」
そこにはアイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤが緑色の見たことのないモンスターと戦闘していた。
七海は目を眇める。
「ナナミさん、あのモンスターって……」
「えぇ、
「は、はいっス!」
七海は一番近くにいたレフィーヤに合流し、あのモンスターの特性を聞く。
七海とラウルが無策であそこに割り込んでも、加勢にはならないと判断したからだ。
レフィーヤは言葉を詰まらせながらも、『極彩色のモンスター』について話す。
「えっと……あのモンスターに打撃は効き辛いです、ティオナさん達が全力で攻撃してもダメージは無さそうでしたから。逆に斬撃や刺突武器は効果があります。でも、今のアイズさんは予備武器を使っているのであのモンスターを倒すのは難しい、と思います!」
「よく理解できました。つまり、今の状況は決め手にかける、ということですね?」
「は、はい! だから、お願いします! 私が『魔法』を詠唱する時間を稼いでくださいッ!」
「お願いされるまでもありません、レフィーヤさん。よろしくお願いします」
「レフィーヤ、安心して詠唱して下さいっス!」
「はい!!」
七海は息をスゥッと大きく吸い込み。
「皆さんッ!」
「「「!」」」
「『魔法』を放ちますッ!」
何の説明も説得もない指示。
しかし、長年戦い、支え合ってきたからこそそれだけでお互いが通じ合うことができた。
仲間への信頼。
モンスターにはない、人間の強みだ。
「わかったー!」
「了解よ!」
「……うん、行くよ」
「……【ウィーシェの名のもとに願う】」
アイズ達は詠唱の時間を稼ぐため、意味のない攻撃をモンスターへと打ち込む。
同時に、レフィーヤは詠唱を開始した。
しかし、ここで予想外の事態が発生した。モンスターが行動を急変させたのだ。攻撃を仕掛けるアイズ達ではなく、レフィーヤを積極的に狙い始める。
「コイツ、『魔法』に反応してる!?」
「もぉぉ、大人しくしてろー!」
アイズ達が攻撃をしても最低限防御するだけで、それ以上の追撃はせず、モンスターはレフィーヤだけを執拗に狙う。
七海はその行動を観察し、あのモンスターが自分の『術式』とは相性が悪いことを察した。
―――あのモンスターは蛇のように動き回り、常に身体が伸縮している。あれにピンポイントで
ならば、やはりレフィーヤに攻撃を任せた方が状況に適している。七海はそう考え、レフィーヤの盾になることを決める。
「ラウルくん、一本剣を貸して頂けませんか?」
「はいっス!」
ラウルの2本ある予備武器の一つ。希少金属製ですらない、普通の剣よりも頑丈であるというぐらいしか取り柄のない小剣に『呪力』を回し、腰に吊るす。
七海はそのまま腰を落とし、柄に手をかける。その姿勢は、東洋の『居合』に似ていた。
「ッ! 一体そっちにいった! 気をつけてー!」
ティオナが叫ぶ。
言うが早いか、モンスターはレフィーヤに狙いをつけ、鞭のような触手を振りかぶる。
そのレフィーヤとモンスターの間に、七海はいる。
「シン・陰流『簡易領域』」
突然、七海を中心にした光るサークルのようなものが現れた。
―――それは『魔法』なのか?
知性のないモンスターは混乱などしない。ただプログラム通りに、本能のままに、七海のそれを『魔法』と判断し、攻撃目標をレフィーヤから近くにいる七海へと変更する。
「――『抜刀』」
小剣が閃く。
後に残るのは、間抜けなモンスターの触手と血痕。
モンスターには先ほどの現象が理解できなかった。その武器の振りが速すぎて、知覚できなかったのだ。
「刀ではありませんが、盾にするならこの程度でも充分ですね。シン・陰流『簡易領域』」
もう一度、あの光るサークルが展開される。モンスターは先ほどの現象から何か対策を打つでもなく、ただ乱雑に触手で攻撃する。
その裏で『
「【至れ、妖精の輪。どうか――力を貸し与えてほしい】――【エルフ・リング】!」
しかしレフィーヤの『魔法』の第一段階が完成し、その暴力的な魔力が溢れたせいで、モンスター達は七海を無視する。
そこに、もう1ピース加わる。
「……【
アイズが『魔法』を発動する。これでモンスターの攻撃対象がレフィーヤ、七海と続いてアイズが加わる。
本来、混乱などしない知性のないモンスターは数巡、動きが止まる。しかしすぐに身体を突き動かす本能のままに、近場にいる
それは人間の言葉で言う、『悪手』であった。
優先目標も策も何もなく、手当たり次第に暴れて倒せるような柔な存在ではないのだ、【
―――私が、決めないと。
一人の妖精は眼前で戦う仲間達、或いは先輩達に憧憬を向ける。
―――この人達に置いていかれたくない。その背に着いていきたい……いや、隣に立ちたい!!
「レフィーヤッ!」
「ッ!?」
―――ら、ラウルさん!!
地中から現れた触手にレフィーヤが襲われそうになった所を、寸前でラウルが間に入ることで防ぐことができた。
しかし、代償にラウルの腹には触手が突き刺さっている。
レフィーヤはその光景に顔を青ざめさせる。
―――わ、私が並行詠唱さえ出来れば、こんな事には……! やっぱり、私にはこの人達の足を引っ張る事しかできない。
「れ、レフィーヤ、魔力が乱れてるっスよ! あ、返事とかしなくていいっスから! 詠唱に集中するっス!」
ラウルは腰から取り出した小剣で、自身に突き刺さったままの触手を切り落とした。
「何を不安がってるか知らないっスけど、今は前を見ろっス!」
「!」
「皆んなレフィーヤの『魔法』を待ってるっス! 誰も不安になっちゃいないっス! レフィーヤならこの状況を解決してくれるって信じてるから!」
仲間への信頼。
それがモンスターにはない、人間の強みだ。
不安定だった妖精は、今、殻を破る。
「【閉ざされる光、凍てつく大地】」
ティオナがいつものように笑って自分を見ている。
ティオネが仕方ないと呆れたように、しかし信頼を感じさせる瞳で見ている。
「【吹雪け三度の厳冬】」
七海はこちらに背中を向けたまま、視線すら寄越さないそれは全幅の信頼の証だろう。
ラウルは自分を守るために傷つき、それでもなお守ろうとしてくれる。
そして憧憬の彼女は、真っ直ぐにこちらを見ている。
―――お願い、私たちを助けて……レフィーヤ。
―――はい!!!
「【我が名はアールヴ】――【ウィン・フィンブルヴェトル】ッ!」
絶対零度の吹雪がモンスター達を包み、吹雪が晴れるとそこには氷像だけが残った。
レフィーヤの元へアイズ達は駆け寄り、思いきり抱きついて全員地面へ共倒れしてしまう。それでも彼女達には笑顔が咲いていた。
その光景を七海は眩しそうに眺める。
「『若人から青春を取り上げるなんて、何人たりとも許されていない』……でしたか。偶には、あの人も良いことを言いますね」
こうして、突如発生した
タグに不定期更新を付けます。
これからも無理のない範囲で更新していこうと思いますので、気を長くして次話をお待ちください。