「よう霊夢。今日も来てやったぜ」
「あら、魔理沙。ゆっくりしていってちょうだい
今日も何か教えてくれるの?」
「ああ、今日は深海にいるかもしれない超巨大な生物について解説するぜ」
―――私、
名前は
今はこの白い病室にずっと入れられている。コイツはとある病気を患ってしまったらしい
詳しいことは知らないけど、なんでも色々な事を少しずつ忘れてしまう病気なんだそうだ。脳の機能の衰弱とかなんとか。最終的には意識も無くなってしまうらしい
「いるかもしれない?なんだか凄く曖昧ね」
「それも仕方ないんだ。深海は宇宙よりも探索が進んでいない神秘の塊だぜ。ただ、その中にいるかもしれないと言われている超巨大な生物を説明するぜ」
当然、そんなことを受け入れられるはずがない。ずっと一緒で親友だったんだ。少しでも抗いたくて、意味なんてないかもしれないけど霊夢に色々なことを教えてみることにした
脳が衰弱していくんだったら、色々な知識を与えて刺激してみたらどうだって
沢山のジャンルから手当たり次第に、記憶に残りやすくて面白そうなものを片っ端
―――でも、現実ってヤツはかなり残酷だ。神様はいつもイジワルだ
症状は改善の兆しすら見せず、色々教えても次に会った時には忘れてしまっている。このままいつか私の事も忘れてしまうのかなんて考えちまった日には涙が込み上げてきた
思い出は消されていくのに、調べた情報が書き込まれた解説ノートは無意味に溜まっていく
正直辛いけど、それでも諦められずに夜な夜なネットに潜ってはいい感じのネタをノートに書き込む
「あっ、魔理沙。この前教えてくれたUMAが面白くて、少し自分で調べてみたの」
「――!そうなのか!そんなに気に入ってくれたなら、今日はまた色々なUMAを紹介していくことにするぜ」
来る日も来る日も沢山話した。驚いたり、目を輝かせたり、怖がったり。表情がコロコロ変わるのは見てて面白い。これだけは解説してて良かったところかもな
霊夢の琴線に触れて、私が帰ったあとに自主的に調べたりしてみた話題はいい線行ったと個人的に思う
―――まあ結局、しばらくしたら忘れてしまったんだけど
「おーい、今日も来てやったぞー…………霊夢?」
「って、アンタは確か霊夢の……」
そうしてある日、いつも通りに病室に入った私が目にしたのは眠ったままの霊夢の姿だった
アイツの保護者曰く、ついに症状が進行して意識を失ってしまったらしい
―――なんだよ。今日は霊夢が好きなUMAの新しい情報揃えてきたのに
なんて、最初に浮かんできたのはこんな見当違いな感想だった。いや、信じたくなかったんだ。もうアイツと話せないって。一緒にいられないって思いたくなくて
「なあ霊夢、起きろって!今日はお前の好きな話題持ってきたんだぜ!」
必死に声を掛けた。顔の前でノートをパタパタ振ってみたり、頬を軽く叩いてみたり
それで何の反応も帰ってこなくて、ようやく現実を受け入れた
―――いや、嘘ついた。現実を見ただけで、受け入れるとか到底無理だった
その日のことは、それから覚えてない
目が覚めたら次の日で、何もする気が起きなかった
包まった布団の中で、ぼんやりとアルバムを開く。まだ小さかった頃の写真。こんなことになるなんて思いもしてなくて、ただ2人ではしゃいでただけの懐かしい日
視界が滲む。ああ、やっぱり私は霊夢がいないとダメだ。いつもの私でいられない
ゆっくりと起き上がり、ノートとペンを手に取った
「なあ霊夢。私、お前が好きそうなネタ見つけたんだ
世界に存在する遺跡についてなんだが……」
「………」
「――っ……あの有名な遺跡なんだが、実はまだ解明されてない謎が沢山あるんだ……!」
私は諦めきれなかった。意識の無い霊夢に、沢山解説した。時にはなんてことない雑談なんかもしてみた。思いつくことは何でもした
いつもの相槌が無かったのは結構しんどかった
起きた霊夢が興味を持ってもいいように録音もしてみた
――まだ、データは1度も開かれてないけど
「なあ霊夢……!今日は博麗霊夢について解説するんだぜ……」
床に膝をついて、霊夢の眠るベッドに突っ伏したまま声を絞り出す
もう1ヶ月も経つ。どれだけ話しかけても霊夢は眠ったままで、何度訪れても変化することのない光景はまるで時間が止まったようにすら感じてしまう
反応の無い霊夢に話すのは、痛みを感じる。慣れることは無くて、ずっとズキズキ傷んでる
やり続けている解説だって惰性になってきて、今さら起きても私どころか自分のことすら忘れてるんじゃないか……なんて悪い想像をしてしまう
「霊夢は天才だから何でもすぐに出来ちまうんだ。私がどれだけ頑張っても追いつけなくてさ……
……あ、でも知識量ならきっと今は私のほうが上なんだろうな」
いつもいつも、霊夢はなんだって私を置いて1人で突っ走っていってしまうよな。付いて行く側だって大変なんだから、加減をしてほしいもんだ
「誰にでも平等で態度を変えたりしない性格だから、変なのに好かれやすいんだぜ……?
皆、お前が戻って来るの待ってるからさ……はやく安心させてやれよ」
霊夢の周りには、気づいたら人がいる。まあその大半は変なヤツばっかりで、霊夢は面倒くさそうな顔してた
でもなんだかんだ皆のことを気に入ってたの、知ってるんだぜ
「天才で、平等で、色々な意味で強いお前に……ずっと憧れてたんだっ。私
隣に立っていられるように、頑張ったんだぜ……?」
お前は私にとっての星なんだ。ずっと追いかけて、掴みたいと思ってる
その為に沢山努力した。勉強とか、家事とか、運動だって……何でもできるお前と並ぶために頑張ったんだ
「私と初めて会ったのは、小学校の頃だったよな……
あの頃からずっと一緒で……私の、たった1人の親友なんだ……っ!
なあ霊夢、いい加減に起きてくれよ……!」
シーツをぎゅっと握りしめて、目尻に浮かぶ涙が溢れそうになったとき。するり、と何かが髪を撫ぜた
思わず顔を上げる
さらりさらりと撫でつけてくる手は、寝起きのようにたどたどしくて、でも今は何より欲しかったものだった
「あら、魔理沙。どうして泣いているの?」
久しぶりに聞いた、聞き慣れた大好きな声
少しからかうような色を含んでいたけど、あいにく恥ずかしがるような余裕は無いんだ
「ああ、これは嬉しいからなんだ。嬉しくて、涙が止まらないんだ……!」
思ってた反応と違ったからか、あらおかしいわねとでも言わんばかりに小首をかしげ、仕切り直すように一拍置いて改めて霊夢が口を開いた
「―――ねえ魔理沙。私、聞いてみたい解説があるの」
「……そう、なのか?」
「ええ。―――霧雨魔理沙について、なんだけど」
「―――!っ、あ、ああ!じゃあ今日は、霧雨魔理沙について解説していくぜ」
「楽しみだわ。もうこんな時間だけど……もう少しだけ―――」
私が遊びに来た時、霊夢がよく言う言葉。何度も聞いたもんだから、もうすっかり覚えてるよ
「「