知らない間にGI7個獲ったことにされてた馬 作:タケノコランバス
2年も待たせやがって!!おめでとう!!
というわけでお出しする本話です。お待たせしておいてなんですが、もともとレースまでの繋ぎ回のつもりだったのであっという間に終わってしまうと思います。それでもよろしければどうぞご覧ください。
エイジのデビューがあった週末が明け、束の間の休息へ浸っていた競馬一家。
レースを扱う新聞を広げている調教師は、ざっとある勝利騎手のインタビューへ目を通すと、そばで飲料水を啜っていた息子、もとい勝利騎手本人へ悪戯っぽくこう呟いた。
「勝利は馬の能力によるもの……か、随分謙虚じゃないか」
「うっ、やめてくれよ親父……」
記事の通りに読み上げられたコメントを、騎手は咽せを堪えながら退ける。
彼にとっては可能ならば歴史から抹消してしまいたい台詞だった。
「馬七人三、という言葉もある。その気持ちは忘れずにおけよ」
調教師が言ったそれは競馬において、結果に作用する能力の比率を大まかに表現した格言だ。人によって比率は異なるとされるが、概ね馬の力が大きいのだと理解して間違いない。
「わ、わかってるよ」
騎手は投げやりに返事をすると、表情を隠すように再び水へ口をつける。
その脳裏には、父に復唱された通りのインタビューの光景が駆け巡っていた。
初勝利の曉には何を言ってやろうか、というのは常日頃から考えていたはずだったが、そこで思いついた内のひとつも、あの場所では吐き出せなかった。
理由なら知れている。あの馬に跨がったからだ。
「本当にそうだったんだから……仕方ねえだろ」
わずかに洩らしたのは、本音そのままの言葉だった。
間もなくカッと顔を赤くした彼は、その本音もろとも飲み込む勢いで水を飲み干していた。
「暮れのGIIIへ出してほしい、というオーダーがあった」
馬房で飼葉を貪るエイジを見つめながら、調教師は騎手に向けそう告げた。かの馬を所有するオーナーは、来年の春に迫るクラシック三冠戦線に向け、阪神競馬場で行われる芝2000mのGIII『ラジオたんぱ杯3歳*1ステークス』への出走を望んでいるのだという。
「やらせてくれ」
「落ち着け、まだ決まった訳じゃない。それまでの間に条件戦やオープンを使うことだってあり得る」
重賞レースの名に惹かれたかすぐさまその気になったらしい騎手を宥めながら、調教師はエイジの次走の可能性についてそう言及した。
「でも親父、こいつは確実にやるぜ」
「わかっている。うちじゃ一番乗りで勝ち上がったんだからな。だが、この先は別だ」
尚も重賞挑戦について食い下がる騎手に理解を示しながらも、難しい顔で調教師は告げた。初勝利を得たエイジにとって、次に、その次に待ち受けるレースの相手はその誰もが勝利の味を知る馬なのだ。一勝もできずに終わる馬もいれば、一勝だけで終わる馬もまた存在する。
「わかってるさ。けどよ、こいつはこの先だって、勝ち上がっていける──」
そう言って騎手は、自身の両の掌とエイジとを順々に見つめた。まだ彼には、デビュー戦の感触が手に残っているのだろうか。六年ぶりかつ平成初の『初騎乗初勝利』を遂げしジョッキーとなった不肖の息子は、調教師には以前までとまるで違って見えた。
(第一関門は突破か)
与えられた住処で飼葉を喰らっていたエイジは、そう初めてのレースを回顧していた。
終始先頭に立つことを期したかのレースは、無事にトップで終えることができたようだった。
(でも、最後はよろしくなかったな)
レース中に自身に跨る人間が反応を示すことはついぞなかったので、彼を振り落とさないことにだけ気をつければよかったのは救いだった。とはいえ、走る距離を訊けないのが致命的だったことに違いはなく、スタートからちょうど一周がゴールであることに賭けて、結果的に最後となった直線に差し掛かったあたりでスパートを狙ったのだが、どうやらその直線の中腹あたりがゴールだったようで、脚を使い切る前にレースを終えることになってしまった。
そこにきてようやく上の人間がアクションを起こしてきたのに驚いてゴール後の惰走に移るまでにグダついたのもあって、消化不良感の否めないレースだった。尤もこれは、本来言葉が通じ合わない種族同士であることを思えば仕方がなかったのだが。
(終わりっていうなら白線くらい引いといてくれればいいのに)
ゴール不可視の課題にそう毒づいたものの、それを人間に求める術がない以上仕方がなかった。
暫定的な対応になるが、あのとき停止の指示を出される少し前の地点で、コースの内側に大袈裟に立つ柱のような板があったので、次からはそれを目印にすればよいかもしれない。
(問題は次も同じ感じでやらせてくれるかなんだけど)
そんな彼の思いは、結果でいえば裏切られることになる。この後、方針を『ラジオたんぱ杯3歳S出走』に定めた陣営の意思によって、暮れに待ち受けるクラシック戦線の試金石に向け調教を重ねることになったからだ。
久方ぶりに描いたからか、ハナから事前知識ゼロで描いていたからか、現実競馬編の描写にボロが出てきそう。未だに厩務員という職がどんなものかわかっていないのに、なぜ3年前の自分は手を出そうと思ってしまったのだろうか。
次はタから始まるダービー馬が登場したときにでも。