「生憎、クレジットカードは作らない主義でな」

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『大人のカードを取りだす。』

 地下回廊の一角で、聖園ミカは敵を前にして一歩も引かず銃を構え続けていた。

 

 もし仮に目の前の相手がただキヴォトスに在住している一般の生徒たちだったのなら、頭一つ抜けたフィジカルと高度な戦闘技術を持つ彼女が此処までの苦戦を強いられることは無かったのだろう。

 

 今、彼女の息は酷く乱れ、所々から鮮血を流している。

 

 当然と言えば当然だ。"正史"でさえ敵は質も、量も、全てが彼女を上回っていたというのだから。

 

 その敵が更なる強化を受けて目の前に立ち塞がっていれば、この状況も納得というほかないだろう。

 それでも尚、彼女は驚異的な粘りを見せた。しかし、それも既に終わりが近い。

 

 聖徒会――"ライオトルーパー"の大群が拳銃を向け、横に列を成してこちらに近づいてくる。

 

 すぐにでも排除できると思っていた彼女が予想外の耐久指数を持っていたためだろうか。確実に着実に、彼女の息の根を止める行進が回廊に響き渡る。

 

 それを見てただ沈黙を貫くほど、まだミカは落ちぶれていない。

 

 愛銃を構え即座に正面へと発砲。殲滅は叶わないのは百も承知。一人を集中砲火し、何とかこの隊列を崩す事を試みる。

 

 ミカに銃弾を撃ち込まれた一人のライオトルーパーがよろける。

 

 ただ、それだけ。

 

 この後に行われるのは顔を持たぬ兵隊たちによる容赦ない発砲。遮蔽物は既に使い切り、機能しそうなものは周囲に無い。ジャンプによる回避なぞすれば空中で蜂の巣だ。持ち前の腕力で解決するために勇猛果敢に突進する?論外だ。

 

 

 そうして思考を回している内に、兵隊が一定の境界を踏み越えた。

 

 

 瞬間、彼女に向けて雷雨が降り始める。

 

 

 痛い痛い痛い痛い痛い――ッ。

 

 

 銃を前に突き出して少しでも雨に打たれないようにと、何とも虚しい抵抗をする。雨は弱まらない。ただ彼女を嘲り笑うかのように、均一の強さを持って降り注ぎ続ける。

 

終わりの見えない地獄を、弾丸という物質で直接味合わされる。時間が、引き伸ばされて引き伸ばされて。

 

 ピタリと、前触れなく雨が止む。

 

その場に立っていたのは無機質な兵隊たち。床に伏すのは血に塗れた一人の少女。

 

 

 白を基調としていた服は元の色がまるでそれだったかのように赤色に染められており、皮膚は裂傷と銃創によってズタボロにされている。

 

 

 まるで捨てられたボロ雑巾のよう。瀕死の重体。それでも彼女は、ミカは意識を未だ保っていた。

 

 

 地面に手を付き、フラフラの状態で立ち上がる。何年間も使用してきた、自身の武器を握る力すら残っていないのだろう。愛銃は依然として血の池に浸っている。

 

立っていられるのだけでも上々と言えるほどに、奇蹟としか形容できない状態。それでも彼女は立ち塞がる。己の体重を支える事しかできず無様に、小刻みに震えている両足を使い、立ち塞がる。

 

それはきっと、彼女の意志の強さがそうさせるのだろう。

 絶対に通さないという、ただそれだけの、第三者では想像もつかない程の質量を持った、その意志が。

 

 

 ならばその芯をポッキリと折ってやろう。

 

 

 3人のライオトルーパーが手に持っていた拳銃を剣の形へと変化させ、先ほどのようにミカにじっくりと近づいてくる。

 

 

 彼女との戦闘で最も危惧すべきなのは近接戦だ。間合いに入られたが最後、武器を強靭な握力で奪い顔を殴り、腹に凄まじい威力の蹴りを入れられ痛手を負わされてしまうから。

 

 

 つまり足を情けなく震わせダランと力なく腕が下がっている今ならば、白兵を仕掛けたとても何も問題が無いと言う訳で。

 

 万が一に備えてだろう。3人以外の兵士たちは相も変わらず同じ様子で銃を構えていた。

 

 

 迫りくる兵士に心臓を穿たれ、仮にそれらを撃退できたとしてもまたあの銃撃が飛んでくる。

今のミカがあの攻撃を喰らえば絶命を免れないのは、火を見るよりも明らかだ。

 

 

 将棋で言えば王手、チェスで言えばチェック。一言で言えば――詰みであった。

 

 

 ――しかし、今のミカには迫りくる死よりも、意識を惹きつけられるものがあった。

 

 

 地下回廊に、陽の光が僅かに差し込んでくる。

 それはつまり、明け方まで彼女が耐えきったという証拠に他ならない。

 

 

 そう、彼女はやり切ってみせたのだ。自分にできる精一杯を。限界までの抵抗を。

 

 

「耐えた、よ。何とか」

 

安堵から来るものだろうか。不意に口から誰に向けたでもない言葉が出てくる。

 

 きっと、アツコは助けられたよね――?

 

 

 そんな思考を巡らせて、ミカは即座にそれを否定する。

 

 

 アリウススクワッドの面々には、超法規的機関シャーレが誇る先生が付いていったのだ。『きっと』ではなく、彼女は無事救出されたのだろう。

 サオリも他のスクワッドも、みんながみんなハッピーエンドを迎えられたのだろう。

 

 

「それなら、いいや」

 

 

 ポツリと、漏れる。

 

 

 それは本音であった。

 

 

 もう、いいではないか。自身に課せられた目的は果たした。贖罪とまでは言わないが、罪を軽くすすぐくらいの事はできただろう。

 

 

 ならばここで自分は終わっても、何の問題も無い。

 

 

「――先生」

 

 

 呟いた二文字。空気でできた筈のそれはあまりにも重く、様々な感情が入り混じっていた。

 

 

 初めて会った時はこんな風になっちゃうなんて、思ってもなかったな。

 

 

 あのふてぶてしい態度。やけにキツイ物言い。変な呼び方。――見透かしたような眼。

 

 

 何もかもが気に入らなくて、何度も子供みたいな言い争いをして。最後はいつも私が手首を捻ってから先生の弱い部分、首の側面を指でつついて終わる。

 

 

 色んなやり取りをして、襲って傷つけて、助けられて。いつ気づいたんだろう?

 

 

 私が、私自身が先生を好きだって事に。

 

 

 それを自覚する時にはもう全てが遅すぎた。

 

 

 私は魔女に堕ちていて、あんなに仲良くしてた友達も皆居なくなっちゃって。

 

 

 ……あれ、おかしいな。

 

 胸の奥が、唐突にズキズキと疼きだした。この感覚はよく知っている。セイアちゃんが倒れた後、トリニティの生徒たちが私を責め立てていた時にも、同じ疼きが胸の中を一杯にしていたから。

 

 そう。この気持ちの名前は――後悔。

 

「ハハ」

 

 自虐的な笑みが零れた。……そんな事をする権利なんて私には、無いというのに。

 

「……今になって、遅いよ」

 

 一滴、涙が頬を伝う。せき止めていた蛇口から溢れた、透明な本音。それが地面へと落ちる前に血と混じり合い、どうしようもできないほどに濁る。

 

「一緒に、帰りたかったな」

 

 結局辿り着いてしまうのがこんな思考では、許されないのも当然だ。

 

 私はまだ希望を求めていた。諦めた筈なのに。救われる道なんて無いのに。

 

 

 そこで意識を考え事から浮上させて前を向く。いつの間にか目と鼻の先に立っていたライオトルーパーの一人が、獲物をミカに向けて振りかぶったのが彼女の虚ろな視界に映った。

 

 そういえば撃たれたことは何回もあるけど、刺されたことは一回も無いっけ。

 

 当然と言えば当然だ。キヴォトスは完全な銃社会。ほぼ全ての住人が銃器を所持しており、刃物なんぞで挑めば近づく前に蜂の巣なのだから。

 

 きっと、すっごく痛いんだろうな。

 

 そんな事を思いながら、躊躇うことなく接近してくるそれを、他人事のようにミカは見つめる。重力と腕力によって振り下ろされたそれは致命となる傷を負わせるには十分な速度を持っていて。

 

 ようやく終わりだ。訪れるであろう激痛を、死を受け入れるのも罪を犯した私の、やらなければいけない事だ。無駄な足掻きは今更しない。軽く瞳を閉じ、訪れるであろう断罪の一撃を待つ。

 

 一秒が経つ。痛みは来ない。

 

 三秒が経つ。痛みはまだ無い。

 

 五秒が経つ。痛みは無い。

 

 七秒経って思考が回る。もう私は死んでしまったのではないか、と。そうであれば痛みが来ないのも頷ける。

 

 この真っ黒な視界の先には、何が広がっているだろうか。

 

 きっと広がっているのはお花畑などではなく、炎の中で怨嗟の聞こえる様なおぞましい場所だろう。罪人である彼女が天国に行ける理由など、一つもありはしないのだから。

 

もしーー先生がそこに居てくれたら、嬉しいな。

 

万に一つも、億に一つも叶わない泡沫の夢を思い浮かべながら、自身の考えが合っているかどうかの答え合わせを試みる。

 

 怖い、怖い。現実を直視するのが怖くて、ゆっくり、ゆっくりと眼を開ける。

 

 瞼が開いて、開いて、開いて。

 光が飛び込んできて、何かが――誰かが、目の前に立っているのに気がついた。

 

「よぉ」

 

 最初に刺激を受け取ったのは、視覚ではなく聴覚だった。

 

 その声が、何回も聞いた声が、聴きなれてしまった声が鼓膜を震わせて、同時に体をピクリと跳ねさせる。

 

 彼女が驚くの無理はないだろう。だってそれは、億に一つも叶うことはないはずで、余りにもあり得ないモノ、否。今この場にあってはならないモノだったから。

 

 淀んでいたはずの視界が不思議な事に一瞬でクリアになる。未だ完全に開ききっていなかった瞼を見開いてーーそしてようやく、認識した。

 

「――助けに来たぜ、お茶ミカン」

「――せん、せい?」

 

 男が立っていた。彼女を庇うように立っていた。振り下ろされたライオトルーパーの武器は、彼の持つ片手剣によって進行を阻まれていた。

 

どう、し、て?

 

 相変わらず変な呼び名だ違う何故ここに先生が助けに来たって私をそんな訳はない私にそんな価値は無い魔女は此処でいなくなるべきだ違うココに居るという事はつまり先生が聖徒会に襲われてしまうそうすればヘイローを持たない先生は駄目それだけは何としても――。

 

「何とか間に合ったみたいだな」

 

 再び届いた先生の声により、混乱しショート寸前であった脳回路が現実に引き戻される――そう、これは現実なのだ。

 先生がミカを助けに来てくれたという、変えようのない事実なのだ。

 

 ミカの方へと向けていた視線を前へと戻し、剣を握る力を強める。脇腹を右足で蹴り、生まれた隙をついて奴の短剣を上方向に弾けば、胴体がガラ空きだ。

 すぐさまそこを縦に一閃し、続けて両サイドに居たライオトルーパーも薙ぎ払う。

 

 突如現れた刺客に困惑しているのだろうか。彼らは行動を起こさず、されどこちらに敵意を向けて様子を観察している。

 

「せ……先生……なんで、なんでここに。どうして……」

 

 もはや傷の痛みは感じられない。目の前の光景を処理するので手一杯だからだ。その限界ぎりぎりのCPUを使い、彼に問う。何故、何故私なんかを助けに来たのかと。

 

「人を助けに来るのに、理由がいるのか?」

 

 軽く言われたその言葉で、問いは一蹴されてしまった。

 

「そんな、私は、悪い子で……先生が、助けに来る価値なんて無い……のに……」

 

 絞り出す、絞り出す。言い訳を、建前を絞り出す。嘘で塗り固められた壁で自分の姿を隠す。自分は醜い奴だ。そんな事をする必要はなのだ、と。

 

先生ではなく、自分に言い聞かせるように。

 

「ああ。確かに悪い奴だよ、お前は。ゲヘナの連中が憎いって理由だけで大勢の人間を傷つけ、大切な奴らを裏切り、絶望させ、勝手な責任感で暴走する。そういう悪党だ」

 

「っあ――」

 

 羅列された自身の罪。熱を全身から奪われ、喉元を思いっきり掴まれたような感覚。心臓がうるさくてたまらない。膝から崩れ落ちてしまいそうで。心が、痛い。

 

 苦しみは自己陶酔より来るものだ。心の隅に置いてあった僅かな甘えが粉々になる。

 

 私は、私は、私は。

 

 結局のところ、ただの魔――。

 

「でもな」

 

 それは今まで語っていたことを否定するための接続詞。絶望に染まりかけていた瞳が、先生の方に向く。彼は、私に向けて微笑みを浮かべていた。

 

「そんな奴だからこそ、転んで怪我した時、持ってる物の大切さに気付く。道に迷ったり闇に堕ちたり、そんな時にそこから救い上げて、叱ってくれる仲間が必要なんだ」

 

 持っていた剣を畳みコンパクトなサイズにしながら、先生は語る。

 

「その仲間は、お前の帰りを今も待ってるぜ。ずっとな」

 

 腰にそれが装着されると共に、ミカに先生が向き直る。

 

 ああ、なんて――眩しいんだろう。

 

 気が付いたころには、涙がボロボロと零れていた。

 

 どうして?どうして?

 

 それが果たして悲しくて流れているのか、嬉しくて流れているのかすら今の彼女には分からない。

 

 ただ――。

 

「それに、お前は魔女じゃない。俺の生徒で――お姫サマ、なんだろ?」

 

 ポンと、頭に手が乗せられる。世界に花が咲いたような。そんな幻想を見てしまうほどに、その手は暖かく大きくて。言葉は優しく愛おしくて。

 

 人殺しなのだと、魔女なのだと。憧れていた本の中の主人公からは一番遠い遠い名前で呼ばれ続けて、私にはそれが相応しいと思っていた所に落雷のようにやって来た、彼の言葉。

 

 魔女ではない。自身の生徒であり、お姫様なのだと。

 

 ズルい、ずるいよ。先生。

 そんな事、されたら。涙、止まんなくなっちゃう。

 数秒のハズなのに、永遠のような幸福感が私を包む。ずっと、このままでいいのに。

 

「キチンと送り届けてやるのが俺の、先生の仕事だ。価値があるとかないとか、あんま気にすんな」

 

 さてと。そう呟いてから、頭上の幸せな感覚が遠ざかっていく。

 

 名残惜しさを感じながら、ふと前を見てみれば――絶望を象徴する軍隊が、ミカと先生の前にいまだ佇んでいた。

 

「後は俺がやる。お前はそこで待ってろ」

「っ!む、無理だよ。アレは次元が違う。私も防御するのに手一杯で……先生じゃ、勝てない!に、逃げて!」

 

 そうだ。先生が来たからといって、状況はまるで好転していないのだ。遅すぎる気付きに、今更ながら現状の自分の無力さを知る。

 兵隊の数は一騎たりとも減っていない。自身は満身創痍で銃もロクに持てやしない。逃走を選んだとしても戦闘を選んだとしても彼女は足手纏いにしかならない。

 

 ならば、私という枷はどちらにせよ無い方がいいと、結論を脳内で下す。

 少しでいい。肉壁となり時間を稼ぎ、先生を逃がす。

 

 それを実行する為に足を動かそうとしたところで――先生の右手にそれを防がれた。

 

「そんな体で無茶するな。それに、俺はああいうのの相手は慣れてる。任せとけ」

 

 そう、言い切る。断言する。

 

 それは余りにも自信に満ち溢れていて、至高の安心感を与えてくれて。

 先生がアイツらをコテンパンにやっつけて、皆の所に帰るまでの光景が、はっきりとしたビジョンとなって見えた。

 

 絶対に彼はやってくれるのだろう。ならば――任せるほかあるまい。

 だって、先生(私の好きな人)がそう言うのだから。私はそれを、ただ信じるだけだ。

 

 本当に変わった人だな。そんな周回遅れの感想がミカの脳裏に浮かぶ。

 

 変数、と。ミカは彼をそう位置づけた。姿形を変えて、公式に潜り込んで結果を書き換える変数であると。

 

 それは正解でもあり、不正解でもある。

 

 彼に会う前に耳にした、各地の学園で流れている彼についての噂。

 

 曰く、先生は局面を変える。

 

 曰く、先生は生徒を変える。

 

 曰く、そうして変えた生徒たちを皆、一本の道で繋いでいく。

 

 それは、変数などという立場では留まらない。

 

 奇しくもそれは今まで()()()()()()()()()で、持たれていた印象であると、ミカは知る由も無く。

 

 そうして謎を彼に感じるからこそ、だからこそ、だからこそ皆口を揃えてこう問うのだ。

 

「先生は――先生は、何者、なの?」

 

 そうして彼は決まって、こう返す。

 

 

 

 

 

『大人のカードを取り出す。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヒーローのカードを取り出す。』

 

 

 

「通りすがりの仮面ライダーだ、覚えておけ!」

 

 

 

 1枚のカードが、掲げられた。




先生

通りすがった人。

聖園ミカ

この後メチャクチャ先生にアタックを仕掛けるようになる。

お茶ミカンは無理やりすぎるかな~とか思いつつ、ミカを名前呼びする先生も思いつかなかったので
ティーパーティー→お茶
ミカ→ミカン
という感じでお茶ミカンにしました。正直大分無理があると思う()

深夜テンションで書いた産物ですので、ミカの心象や時系列バグってるところがあるかもしれません。
もし変なところあったラ教えて下さるト、ウレシイナ!!

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