極寒の雪山の中、ツェルト越しに吹き付ける猛烈な吹雪の風音に、二人の青年が呆然と聞き入っている。道迷いによって遭難した彼らは、猛吹雪からの避難所として簡易的なシェルターを作り立てこもったものの、これは自らの棺桶を用意するのとそう変わりなかった。体温が奪われるのを咎める手立てはなにもなく、昨日まで荒々しく新雪を踏みにじっていた二人の青年の身体も、もはや氷像のようである。
やがて、二人のうちの一人がこくりこくりと身体を前後に揺らし始めた。寒さのために身を震わせることすら忘れたはずのその身体が、揺りかごに乗せられたように優しく揺れる。死を目前にして、青年の口元には微笑が漂っている。
「おい……寝るんじゃない。寝たら死ぬぞ」
もう一人の青年が、ついに見かねて弱弱しく忠告を投げかけた。声は、ツェルトに、雪に、静かに吸い込まれた。忠告を聞き入れたのだろうか、青年の揺れが俄かに止まった。しかし未だ微笑は、その口元に霜のように張り付いている――。
――嘘である! これら一切は嘘である!
極限の寒さに相対しながら、ましろはずっと待っていた。
あまりの寒さに体が勝手にガタガタと震えている。視界が霞んで、目に映るものすべてが読み込み中の動画のような低画質になる。先程まで首筋に感じていたはずの冷たい風が、もはや冷たいとも思われなくなってくる。
ここは極寒の地獄だった。身体は悲鳴をあげ、一刻も早くこんなところから逃げ出そうと叫んでいた。しかし、それでもましろは待っていた。体の中に残る熾火をかき集めて、懸命に寒さと闘いながら待っていた。今にも頽れそうな心を支えているのは、一つの信仰である。この闘いの果てにきっと待ち望んだものが来るはずだ、救済が来るはずだ……。その信仰が赤々と燃える焚火となって、ましろの心を内から暖めていたのである。
この闘いの果て、この極寒の地獄の果てにやって来る救済とは何であるのか? ましろが信じた救済とは何であるのか?
ましろが待っているもの。それはまさに、雪山で遭難した青年が死の瀬戸際で出会ったものと全く同じものである。青年のその最期に、天から与えられた一つの奇跡――極寒の地獄から、微睡みの天国へ青年を連れて行った”あの眠気”――。
ましろは、あの眠気が自分の身にも舞い降りてくるのを、ずっと待っていたのである。
救いを一心に待つ姿は、傍目には敬虔な信徒のように映ったかもしれない。だがよくよく考えてみると、この祈りは、祈りと言う言葉が持つ清廉潔白なイメージとは甚だかけ離れたものだった。
確かに、眠気を望む祈りは自己の救済を願っているに違いない。だが、救いへと至るその道は、ほかでもない破滅の道でもある。猛吹雪の中、睡魔に襲われて寝入った青年の行きつく先は死だけで、眠気という救済は破滅とワンセットでしかない。現代の主要な宗教がどれも自殺を禁じていることから考えても、ましろの祈りは邪教やカルトに類するような、禁じられた祈りだったといえる。
もし本当に救済を求めているならば、眼前の幸福に身を委ねることなく闘わなければならなかった。「寝たら死ぬぞ」と忠告を投げかけたあの青年のように、寒さと闘い、苦しみに体を蝕まれながら、それでもまだ生きていなければならなかった。彼だけには、今この瞬間にも救助隊がやってきて、温かい病院のベッドで両親と抱擁できる可能性がまだ残っている。その希望はたしかに僅かだけれども、彼が苦しみに耐え続ける限り奪われることはない。
しかし、そんなのは所詮きれいごとだ、とましろは思っていた。自分は、まさに今苦しいのである。あとちょっと我慢すれば希望が見えてくるはずだとか、もう少しの辛抱だよとか、そんな励ましは今苦しむ私にとってなんの治療薬にもならない。今の私にとっては今ここにある苦しさが全てであって、その先にある喜びや楽しみは、遠くに見えるシャボン玉みたいな、ふわふわと捉えどころがなく風が吹けばたちまち立ち消えてしまうようなものでしかなかった。
極寒の地獄の中で青年が最期に見せたあの微笑を誰が否定できるだろう? 彼が眠りに落ちる寸前に手に入れた幸福を、誰が断罪できるだろう? その幸福は破滅と引き換えなのかもしれない。希望を手放す行為なのかもしれない。しかしそれ自体が幸福であることは、誰にも否定できない。
だからましろは眠った先にある不幸を知りながらも、その到来を待っていた。
むしろ現状では、眠気を連れてくるはずの冷気が却って入眠を邪魔していた。本来ならば、あの青年のように、冷気が身体を優しく包んで安らかな眠りへと導くべきなのが、優しく包むどころか鋭利な氷柱に変貌して、アイアン・メイデンさながらの冷たい刃の檻の中にましろを閉じ込めていたのである。
冬場、冷水で手を洗った時に感じる、苛烈な冷たさの突き刺すような痛み……。ましろが眠りへと手を伸ばそうとするたび、どこからともなく冷気の刃が忍び寄って来て、その痛みでもってましろを現実へと立ち返らせてしまうのだった。
この痛々しいほどの寒さの先に、眠気があるのだろうか?
当然、ましろだって、人間がこんな環境で安眠できるわけがないと分かっている。しかも、特に自分は枕が変わると寝られないタイプで、旅先のホテルで深夜遅くなるまで寝付けず、苦しい思いをしたことも一度や二度ではない。
しかし、そんな人の手に余る辛い現実を変えてくれるからこそ、眠気は救済なのだ。不可能を可能にするほどのパワーがあるからこそ、それは信じるに値するのである。
ましろの眼前には、今も燦然と救済が輝いている。
ただ、ましろにはその光輝くものを理解することはできない。太陽を直視できぬように、奇跡のその全貌を把握することは、人間にはできない。
それがいつやって来るのか。どのような方法で人を救うのか。誰がそれを成しているのか。心のうちにへばりつく無数の疑問のどれ一つでさえ答えは得られなかった。どれだけ不安になろうとも、それを解消する手立ては何もない。
ふと、新約聖書のある一節が脳裏をよぎった。「イエスは彼に言われた、『あなたはわたしを見たので信じたのか。見ないで信ずる者は、さいわいである』。」という一節である。
この一節は、みなが口々に噂しているイエスの復活を「見なければ信じられない」と言って頑なに信じなかった一人の弟子に、イエスが自身の姿を見せることで復活を信じさせた場面を記していて、信じるという行為のあるべき形を示している一節だ。目で見たもの、確認したものを信じるのは容易い。目に見えないものをそれでも信じるということに、信仰の尊さがある。
ましろの眠気への信仰は、「見なければ信じられない」といった弟子と同じ窮地に立たされていた。ましろは寒気の先にある眠気を知っている。雪に埋もれた微笑みを知っている。フランダースの犬がそうである、マッチ売りの少女がそうである。「眠たら死ぬぞ!」という台詞を何かの映画で聞いたような気がする。登山家のエッセイで「どんどんと眠気が~」というくだりを読んだ気がする。
しかしその何れも、ましろが実際に経験したことではない。ましろ自身の目で見たことではない。信じない者だった弟子は、復活したイエスを目の当たりにしたことで信じる者へと化身した。
――なら自分は? イエスの行いを聖書を通してでしか知り得ない現代の私たちのように、ましろは「見ないで信じる」ことを要求されていた。
一度抱いた不信は、胸中に瞬く間に広がっていく。信仰という態度にあるのは、信じるか信じないか、0か1かしかないのであって、グレーな信仰というのは存在しない。不信が生まれてしまったが最後、信じる者には戻れない。ある哲学者が「誠実な思索にとっては、神の存在証明が不可能であることは確実である」と言ったように、信仰という概念を人間の理性のうちで捉えようとしたところで、積みあがるのはがらくたばかりなのである。
そうしてましろは賽の河原で証明を積み上げ、壊し、積み上げ、壊し……。長い長い煩悶の果てに、ようやく理解した。凍え死にそうな人間にやってくるあの慰藉の眠気が嘘であることを。白馬の王子が現実にはやってこないように、猛吹雪の中うずくまる青年達が、自身の心臓が凍るさまをあますことなく味わいながら死んでいくことを。少なくとも、ましろがこうして意識を保っていられるうち――嘘である証左を手にしているうちには、世界に救済は存在し得なかった。
救済が嘘であるならば、雪山の青年たちの話も幾度語られようと悲劇でしかなかった。彼らは脚本の通り、筋書きの通りに雪山へ行き、そして死ぬのだ。悲劇が人間にとって不如意である以上、彼らに残された行為は、悲劇のレールを走る列車の中で黙って景色を見ることだけだった。
なぜ彼らの人生は悲劇になってしまったのだろう。なぜ彼らの運命は悲劇に囚われたのだろう。残酷な結果には、なにかそれ相応の原因があるべきである。
ましろは、彼らの歩んだ道を細大漏らさず点検していった。道を間違えたこと……登山計画を立てたこと……今月の山岳雑誌の特集を見たこと……。確かにそれら一つ一つの選択が連なって悲劇を招いたわけだが、それは結果的にそうなってしまっただけで、悲劇になるべき理由でもない。
彼らの行動を、彼らの人生をゆるゆると遡って行く。すると、とうとう彼らの誕生へと行きついてしまった。……ここまでの道のりで、青年たちに罪は無かった。恐らく、この先にもないだろう。立ち止まり振り返る。青年たちの死が、遠く彼方にみえる。しかしこの場所と悲劇が、因果の一本道で繋がっていることは確かなのだ。ゴルフボールが、曲がりくねりながら不思議とカップに吸い込まれるように、呆気にとられるほど鮮やかに、悲劇へと繋がっている。その道には不幸も奇跡も救済も神もなかった。原因と結果の事務的な連鎖だけが延々と続いていた。
なぜ青年たちの最期が悲劇に終わったのか? 恐らく、理由など何処にもないのだ。時計が正確に時を刻むように、青年たちの歩みが一つ一つ、寸分の狂いもなく刻まれていっただけなのだ。その誕生の時にはすでに、彼らの道のりは決められていた。そしてそれこそ、私たちが普段、運命と呼ぶものの正体だった。
――運命!
その言葉はましろの脳裏で鈍い輝きを放った。罪の否定――救済の否定――色とりどりの装飾が剥がされ、運命は、その無機質で冷たい肌を露わに晒していた。抒情的な起伏もロマンチックもない、ただただ平坦な因果の連続……。それが運命の本質だった。
ましろは思わず身震いした。今の自分も、青年たちと同じく悲劇の運命をなぞっているような気がしたのである。
ましろは何も望んで、こんな場所を――こんな、冷房が直接吹き付けるような場所に座ったわけではない。月ノ森女子学園の音楽の授業の一環である舞台芸術鑑賞の授業で、たまたま、ましろのいる班が振り分けられた座席がここだったというだけの話である。
皮肉なことに、ましろが今座る2階中央の席はこの劇場の中でも一等いい席で、座席の割り振りが決まった時、班長であるつくしが「すごい席引いちゃった!」と飛び跳ねんばかりに喜んでいたのを、ましろは鮮明に覚えていた。彼女の弁によれば2階中央のこのあたりの席は「Mittelloge」といって、かつては貴族や皇帝が座るための席だったらしい。
観劇当日に実際に座ってみれば、その逸話に恥じぬ良い席で、手前はオーケストラピットで果断に腕を振る指揮者の立ち姿から、奥は背景の裾の部分までが、開けた展望のうちに一目にして見渡すことができた。音響に関しても申し分なく、平土間の向こうに位置するオーケストラと歌手の奏でる音が、一度劇場中に扇のように広がったはずであるのに、ましろの耳元に届くときにはそれらの響きが見事に収斂されていて、眼前で演奏されているかと思ったほどである。
そんな順調だった観劇の歯車が狂いだしたのは、奇しくも物語が狂いだしたのと同じ第三幕からだった。
舞台上で今も演じられている『カルメン』は本公演では全三幕で、第一幕と第二幕が続けて演じられた後、三十分の休憩をはさんで第三幕が演じられる。ましろがまず違和感を覚えたのは、休憩の三十分が今まさに終わろうかというタイミングだった。それまでは、6月上旬のじりじりとした暑さからの快適な避難所だったましろの座席に、突然ごうごうと冷房の風が吹きつけたのである。それも、直に、ピンポイントに、ましろの座席を狙い撃つようにして、暴力的なまでの冷風が吹き始めたのだ。
これがもし休憩中だったならば、同じ班の他の人に席を変えてもらうとか、受付でブランケットを借りるとか、何らかの対処が可能だったかもしれない。しかしましろが空調の変化に気づいたのは、休憩が終わり、指揮者が現れ、万雷の拍手が劇場を包んだ後で、もうどうすることもできなかったのである。少し肌寒いけど大丈夫だろう位に思っていたら、冷風はますます強まって、気づけばましろの身体を悪寒が襲っていたのだった。
(寒い……寒いのに、額の部分が熱くて……どうしよう、熱が出たかも……)
……こんな想像は、ましろをたちまち不安へと追いやった。物事について考え込むうち、悪い方悪い方へと思考が吸い寄せられ現状を悲観的に見積もってしまうのは、ましろの常日頃からの悪い癖だが、実際問題として、長時間震えるほどの寒気に晒されていることが体に得であろうはずもない。このままの状況が続けば風邪でもひくかもしれないという最悪のシナリオは、てんで的外れとも思えなかった。
席を立てるのならそうしたい、逃げ出せるのならそうしたい、しかし一向に身体は動かなかった。それは寒さのためではない。社会的規範という鎖が、ましろの身体をこの座席に縫い留めていたのである。
ましろは左右を見やった。右隣りには、同じ班の――あまり話したこともない――クラスメイトが座っている。左隣りには、同じ班の班長でありモニカのリーダーであり、さらには頼れる学級委員長のつくしが座っている。幸運にも、ここから抜け出すための脱出口である通路は、左隣りに座るつくしの向こうにあった。仮に左隣りが見知らぬ上級生だったならば、そもそも席を立つという選択肢すら浮かばなかっただろう。ましろがすべきことは、つくしに小さく断りを入れて、前を屈んで通り、通路を抜け、階段を上った先にある重い扉を開けて劇場の外に出る、たったこれだけである。
何を簡単なことに二の足を踏んでいるんだ、と自分でも思う。だがましろにとって、上演中に席を立ち、聴衆の目の前を横切って劇場を抜けるというのはとんだ大暴挙に他ならなかった。自分が横切ったことで後ろの人の視界を遮ってしまうかもしれない。階段を上る足音が周りの人の迷惑になるかもしれない。扉を開けるときに入る光が、暗い劇場の雰囲気を壊してしまうかもしれない。そんな注目のされかたは絶対に嫌だった。
……私には無理だ、とましろは思った。自分の性格はよく分かっている。他人を不快にし、その罪悪感で自分も苦しむくらいなら、自分一人だけが苦しむ方を選ぶのがましろという人間だった。
結局のところ、ましろが何の気兼ねもなく席を立つには、劇が終幕を迎える必要があった。カルメンの物語が終わる時、この極寒の地獄も終わるのである。
そういう意味では、『カルメン』の物語とましろの物語は、運命を共にしているといってよかった。今やましろにとって、劇を見ることは、自身の行く末を眺めることとほとんど同義だった。
――舞台へと意識を向ける。今は、第三幕の中ほど、カルメンと駆け落ちして盗賊団に入った主人公ホセを危篤の母の元に連れ戻すために、ホセの許嫁のミカエラが、盗賊団がいるという夜の岩山にひとりやって来た場面である。
時刻は夜であるから舞台上は甚だ暗く、右上方に鎮座している月のあえかな光だけが空間に満ちている。背景に描かれたスペインらしい峻険な岩山や、そこらに散らばる岩くれたちは、その月の青白い光に照らされてまるで死人のように見えた。そこは、第二幕のあのやかましい酒場が嘘であるかのような、生命の気配のない荒涼とした場所だった。
やがて、そんな死んだ世界の只中にひとりの女が現れ出る。
華やかな衣装で着飾っているカルメンとは対照的に、みすぼらしい安手の地味なコートに身を包み、舞台袖からとぼとぼと歩いて来たその女――彼女こそがミカエラだった。
盗賊団の根城に単身乗り込んできたミカエラは、しきりにあたりを警戒しながら、時折寒そうに手を擦り合わせ、歩を進めている。ましろは劇中の気温設定を知らないが、きっとそこは相当に寒いところなのだろうな、と思った。恐らく彼女は、この劇場の中でただ一人、ましろと同じように寒さを感じていた。
そして、彼女にとって一番の見せ場、ミカエラのアリアが始まる。
アラベスクの、ピンと後方に伸ばされた足のようなしなやかなクラリネットの響きが、闇の中にすらりと立ち上がる。その清らかな旋律に導かれるようにして、他の楽器たち……二人のバイオリンやオーボエやバスーンが、蒼白な世界にそっと足を踏み入れる。透徹さの極みに至らんとするような張りつめた上昇音階。月に手が届かんとしたまさにその時、旋律は失速し、オーボエからクラリネット、クラリネットからバスーンへと、階段を降りるように音が手渡されてゆく。地に落とされたその旋律を優しく受け止めて、ミカエラは静かに歌いだした。
《ここが密輸業者のいつもの隠れ家ね》
《ここよ。私が彼に会うのは》
盗賊たちがたむろする暗い山奥にやって来たミカエラ。だが、こんなところに一人でいて、恐怖を感じないわけがない。
《心の底では、私は死ぬほど怖いのです!》
ミカエラの歌声に不穏にまとわりつくチェロの音色は、彼女の不安の表れだ。不安を打ち消そうと自身を奮い立たせれば、呼応するように旋律は舞い上がり、不安を吐露すれば共に沈んでゆく。ミカエラのアリアにはいつもこのざわざわとした響きがついてきて、彼女の胸中の、恐怖と勇気とのつばぜり合いを表している。
《彼女は危険で――彼女は美しい》
何よりも、ミカエラが立ち向かわなければならない女はあのカルメンなのである。男を虜にするカルメンの悪魔的な美貌はもはや認めざるを得ない。
それでも、たとえそれがどんなに困難なのだととしても、彼女にはやらねばならぬことがある。
《でも、私は怖がってなんていられない。私はあの女の前で話すのだから》
自らの使命。それは、あのよこしまな女と対峙し、かつて愛した人を連れ帰ることだ。彼女は、悲壮な思いを乗り越えるように自らの決意を高らかに歌い上げる。彼女の喉から迸る歌声は、矢のように鋭く夜を切り裂き、そのみなぎる決意を、聴衆に、世界に知らしめんとしている。
力強くアリアを歌いあげているミカエラを見るうちに、ましろは、そこに何か巧妙に隠された“ずる”があるような気がした。肌が粟立つような寒さの中で、凛と立つミカエラ――。心のうちに小さな疑念が芽生える。彼女は、本当に寒さを感じているのだろうか、という疑念である。
いうまでもなく、劇中のミカエラは寒さを感じているだろう。『カルメン』のミカエラは寒さに震えているだろう。でもそれは、舞台空間でのみ存在している観念上の寒さだ。あれだけの声量で歌うのはかなりの運動になるし、役者を照らすライトの光も夏の太陽のように肌を焼き付けているはずである。もしサーモグラフィーがここにあるとしたら、彼女のまわりだけ真っ赤になっているに違いない。
ただ、舞台上に立つミカエラ本人は、たとえどんなに暑かったとしても、寒がっている演技をしなければならないのである。暑さを寒さだと誤認せねばならないのである。極限の集中力で役に入り込み自身の感覚をも狂わせる――それこそが演技力なのだ、といってしまえばそれまでだが、暑さで汗が噴き出すとか、寒さで体が震えるというのはあくまで生理的反応であって、悲しみに顔を歪めたり、喜びで笑ったりするのとはどうも違うような気がする。
だが依然として眼前の舞台上では、にわかには信じがたい”錯覚”が繰り広げられていた。彼女はこの空間において誰よりも寒そうに見えた。しかも興味深いことには、彼女はただ寒さに打ち震えるだけでなく、私の心は情熱に燃えているわ、と自らの歌を灯火に必死で寒さに打ち勝とうとしていたのである!
彼女の中には、寒さと暑さとが共在していた。彼女の感覚は意思の赴くまま自在に歪み、そのあまりにも見事な嘘のために、彼女の感覚を虚偽であると裁定できるものは誰もいなかった。恐らく彼女にとっては、その感覚は正当だった。
ましろは自らが感じている寒さを振り返った。その感覚を手に取って検分してみる。同じことが私にもできるだろうか。寒さを暑さだと感じることが出来るのなら、もはやこの席を抜け出す必要さえない。
自らの感覚に意識を集中させる。そもそもどうして、人間は暑さを暑さだと感じるのだろう。寒さを寒さだと感じるのだろう。どうして、暑さを寒さだと感じないのだろう。寒さを暑さだと感じないのだろう。
何かの歯車が、カチリとずれた気がした。
瞬間、ましろの中で熾火のように燻っていた熱が、急激に酸素を吸い込んで一気に爆発した。額の部分に少し感じるだけだったほてりが瞬く間に全身に広がる。身体のあらゆる器官が噴火を繰り返し、血流の代わりに溶岩が流れ出る。
身を包むすさまじい暑さのせいで、真上にある劇場のライトがひどく鬱陶しい。首のあたりにぎらぎらと押し付けられるその光の熱に、ましろは、元のライトが弾け飛んで、代わりに真夏の太陽が引っ越してきたんじゃないかと思った。強烈な吐き気がして、思わず口元を手で押さえる。何年か前、炎天下の校庭に整列させられて、熱中症で倒れた時のことを遠くに思いだした。
凍えるほどの寒さがうだるような暑さに変わったことに、ましろは不思議とさほど驚かなかった。だがこうも思った、暑さは寒さではなかっただろうか?
途端に、暑さは流れ星のように過ぎ去って、とてつもない寒さがやってきた。南国の砂浜から、どこでもドア越しに南極に蹴りだされたみたいだ。急激に気温が下がった分、反動で前よりも一層寒く感じる。耳鳴りがひどくなる。あまりの寒さに歯が勝手にがちがちと音を立て震え出す。
暑さは寒さへ。そしてまた、寒さは暑さへ。
まるで『北風と太陽』の延長戦に巻き込まれているかのように、ましろの身体には、夏と冬とが入れ代わり立ち代わりやって来た。もはや感覚は制御不能になっていた。オーケストラが今までの演奏を放り出して『魔法使いの弟子』を奏で始める。頭がきりきりと痛む。目の端が痙攣して、涙がぽろぽろとこぼれる。
ましろはただ祈った。助けて……。誰か助けて!
「ましろちゃん……?」
その声は、ましろの世界に溢れる音楽を打ち破って、ましろの左耳に確かに飛び込んできた。
左を見る。こちらを心配そうに見つめるつくしの顔が見える。大丈夫だよ、と言おうとした。つくしが、今日の芸術鑑賞の授業をとても楽しみにしていて、来週の班ごとに行われる発表でも必ず最高評価を取るんだと息巻いていたことを思い出す。邪魔するわけにはいかなかった。だけど、言葉は音にならずに、喉元で泡となって消えた。無意識のうちに、ましろは首を横に振っていた。
震えるましろの手に、温かいつくしの手が触れた。「わっ」と小さく驚いたつくしは「ちょっと待っててね」と言って、席を立ち階段を上ってゆく。後ろの方に座っている担任の先生と話しているのが遠くに見える。数回のやりとりの後、階段を下りて席に帰って来る。
「先生に確認したら、気分の悪い人は外で休んでていいみたい。ましろちゃん、歩ける?」
ましろはぶんぶんと首を縦に振って、つくしが差し出した右手を、両手で縋るように握った。つくしの手は、温かくて、柔らかかった。その熱を確かめたくて、胸の前に引き寄せる。つくしが「それじゃあ歩きにくいよ」と苦笑いした。それでも、その体勢のまま、通路に引っぱり出してくれる。眩暈や頭痛はいつの間にか消え去っていた。手を引かれながら階段を上る。劇場と外を隔てる重い扉を、つくしが片手で懸命に開けようとする。結局開かなくて、体ごと押し込むようにしてやっと扉から光が漏れる。つくしがその光の中に飛び込む、ましろの身体がつられて、ステップを踏んで、光に吸い寄せられる。ましろは、体にまとわりついていた暗い劇場の空気が、肩から背中へ剥がれ落ちていくのを感じた。背中にわずかに残ったその空気もついに消えて、重い扉が、ましろと劇場の間にふたをする。柔らかな光がましろの身体を包む……。
薄暗い劇場内から一足飛びに光あふれる場所に移動したことで、ましろは、純白のカンバスを顔面に叩きつけられたかのような暴力的な眩しさに襲われた。反射的に目を閉じる。しかし光はすでに網膜に焼き付いて、視界は、夜と朝とが交差する夜明けの空の、あの猥雑とした光輝に満ちた。
本来ならば、ここから太陽が昇り光にとっての黄金の時代の幕開けであるはずだったが、このまぶたの中の世界では逆に、有明の空はみるみるうちに漆黒に食い荒らされていった。寄る辺のない光がその版図を徐々に狭めて行って、最後に残った残光もついに潰えると、夜よりも深い闇が訪れた。闇に眼が慣れる前にましろは目を開いた。光は、もうましろを脅かさなかった。
つくしとましろは2階客席後方の扉から出てきたはいいが、行く当てもなく扉の前に立ち尽くしていた。どこか休憩できるようなところが近くにあっただろうか? ましろは、劇場のパンフレットでちらと目に入れたフロアマップを脳内に広げてみる。
今立っている場所は劇場横のメインロビーの2階バルコニーで、横手にある階段を下ると、幕間の休憩時や開演前の社交場に使われるホワイエに行き当たる。ホワイエを抜けると、正面玄関まで続く長いプロムナードがあって、レストランやショップやクロークなんかが立ち並んでいる。
なんとか記憶を掘り返しているうちに、ましろは、正面玄関近くにソファーが立ち並ぶ待合室があったのを思い出した。数ある施設の中で、ここが一番休息に適していることは明白だったが、かなり遠く、そこまで歩こうと提案するのは気が引けた。
加えて、実のところ、ましろの体調はもうすっかり回復していた。足取りはややおぼつかないものの、これは長時間座った後立ち上がった際に誰にでも起こり得る立ちくらみみたいなもので、気になるほどではなかった。少し座れるところがあれば、今のましろには十分だった。
ましろは欄干越しに一階のホワイエを見た。ロビーのほとんどの面積を占めているホワイエは、ソファーやベンチくらいありそうなものだったが、ここはどちらかといえば立飲みのバーカウンターみたいな造りになっていて、背高のっぽのラウンドテーブルがあちらこちらに点在するだけである。
いっそ階段を上って屋上庭園にでも出てみようか、と考え始めたましろの思考を遮るように、つくしがましろをちょんちょんとつついた。つくしはましろをつついた指で、2階バルコニーの奥まった所を指差した。
「あそこで少し休憩しよっか」
指し示した先を見やると、二人掛けのソファーがぽつんと佇んである。無造作に置かれているソファーは異質な雰囲気を醸し出していたが、実は展示品なので手を触れないでくださいというわけでもないだろう。ましろが頷くと、つくしは、繋いだままの手を引いて歩きだした。
つくしに連れられてバルコニーの廊下をずんずんと進む。上演中のロビーは開演前とは打って変わって閑散としていて、二人の他に人影はない。ましろは急に心細さを感じて、つくしの手を握り直した。ここまで静かだと、この建物の内装も何だか薄気味悪く見えてくる。白い大理石で覆われた天井、柱、ワックスでピカピカに磨かれた床……。それらが、ガラス張りの壁から入り込んでくる太陽光に照らされて、はしたないほどの白さに輝いている。小さな埃すら許さんばかりの清潔さが、かえって不気味だ。ましろは、自分たち二人以外の患者全員が死んでしまった隔離病棟にいるような心地がした。
目的地に辿り着くと、つくしはまず先にましろを座らせた。
ソファーは、ベージュで布製の一般的なソファーである。欄干の方を向いて設置されていて、座ると正面にはガラス張りの壁があり、その向こうにある中庭の景観をガラス越しに楽しめるようになっている。長い間陽に温められていたせいか、電気毛布のように温かい。大きさはやや小ぶりといったところだが、女子二人程度は優に座れるだろう。
ましろは未だ立ったままのつくしに「つくしちゃんも……」と促した。つくしは少し考えるそぶりをしてからましろの左隣に座った。
沈黙が二人を覆う。つくしも、ましろを気遣ってか、いつものようにあれこれと話題を振ることはしなかった。静けさが二人の間にどっしりと腰を下ろしていた。
天井から重苦しく垂れこめる空調の風音。どこかの扉が閉まる音。スカートとソファーの擦過音。息を吸う音、吐く音。
つい先程までのあの豊かな音の奔流を出し抜けに取り上げられた聴覚は、飢えた獣のように、寂莫とした空間に落とされたそのひとつひとつの音をなりふり構わず拾い集めていた。隣に座るつくしの身じろぎの音が聞こえたかと思えば、次の瞬間には、戸外の風のうねりが聞こえた。自分の感覚が、薄く引き伸ばされ空間の端々にまで行きわたっているような感じがする。音の遠近感を失ったましろは、遠くに響いた何とも知れぬかすかな物音を、自身の脈動のように聴いていた。
ましろの当面のタスクといえば、体調の回復に専念することだったが、すでに調子が戻っている以上、もうここでやるべきことはなかった。手持無沙汰になったましろは、ちらりとつくしの方を盗み見た。つくしはソファーにもたれるでもなく、お行儀よく背筋を伸ばしてガラス張りの外の中庭に目を向けている。つられてましろも中庭の方を見た。
昼の日に照らされている中庭は、良く整理されて小ぎれいだった。一面に芝が敷かれていて、芝の中を石畳の遊歩道がくねくねと縫うように横切っている。その遊歩道沿いに、クロマツやモチノキなどの木々が、ショーウインドウのマネキンじみて整然と並んでいる。木々は柔和に降り注ぐ太陽の光を受けて、青々とした葉叢を風にそよがせている。
ましろには、それらの木々が何かを待っているように見えた。茫漠と広がる青一色の空、所々に散らばる白い雲……その下で、木々は何かを待っていた。
……何を? 言うまでもなく、それは夏である。あの何もかもが若々しく、活力に溢るる季節――夏。木々は、夏の濃い太陽の光を浴びようと、両手一杯に緑の葉を捧げ持ちながら、動くこともなく待っていた。
本当に夏はやって来るのだろうか? しかし木々は知っている。夏が、過たずその身に舞い降りてくると知っている。春、夏、秋、冬。巡りゆく時の中で、季節のその順序を、法則を、彼らは見つけ出したのだ。夏の“予感”を、その身ではっきりと知覚したのだ。
そして夏は、運命のように決定的にやって来る――。
ぼうっと中庭を眺めていたましろは、いつの間にか首まわりがじっとりと汗ばんでいるのに気が付いた。さっきまで寒さに震えていたくせに、驚くべき身の変わりようである。身体とは、どうしてこうも単純なのだろう。我儘な体にましろはほとほと呆れたが、確かにこの場所は風もなく日光が直接照りつけていてかなり暑かった。
(つくしちゃんは暑くないのかな?)
ましろは、隣に座るつくしの様子が気になった。つくしがここに座ろうと提案したのは、近さもそうだが、日光が当たって温かそうだからという理由もあっただろう。温かい場所で休憩することはましろにとっては快適だが(正確には快適
それに、今日のつくしは冬服を着ていた。今はちょうど衣替え期間で、冬服と夏服のどちらを着ていてもいいのだが、暑くなるからと母親に勧められて夏服を着ているましろに比べて、冬服のつくしはひどく暑そうに見えた。
寒さに震える自分を助けてくれたつくしに、今度は自分が暑さの心配をするというのは、あべこべで奇妙な感じがしたが、心配なものは心配である。自分のせいでつくしはここに縛られているのではないかという不安が徐々に膨らんでいく。ましろはとうとう耐え切れなくなって口を開いた。
「ごめんね、つくしちゃん。一緒に居て暑くない?」
「ううん、平気だよ」
つくしは平然とそう言った。無理をしているといったような様子でもない。
「それより、ましろちゃんこそ体調は良くなった?」
「多分大丈夫……かな? でも、まだダメ……かも」
ましろの返事が濁ったのは、体調を丹念に確かめながら答えたからではなく、もう体には不調の残り滓すらも残っていないのに、素直に元気になったというのもためらわれて、何と答えればよいのか迷ったからだった。校外学習でその感が薄いとはいえ、一応授業中である。体調が良くなった後もここで休んでいればそれはサボりでしかない。もしかしたら今は一時的な小康状態かもしれないし……とましろは心の中でいくつかの言い訳を考えた。
「うーん、ちゃんと休める場所があればいいんだけど……。私が席に戻れば、ましろちゃんがソファーで横になったりできるかな?」
気遣わしげに発されたつくしの問いに対して、ましろがやや間をおいて絞り出した答えには、自分でも驚くほどの甘えの響きが込められていた。
「……できれば……一緒に居てほしいな」
ましろはその言葉を口にした後で、自分がどんなに子供っぽく甘えてしまったかに気がついた。
――高校生にもなって! こんな! 恥ずかしさから、顔がかぁっと熱を帯びる。
一方つくしは驚いたように少し目を見開いた後、むしろその甘えを誇るように、ふふんと得意げな顔つきになった。モルフォニカの活動で学園生に褒められた時や、クラスに関わる重要な案件を担任の先生から託されたときによく見せる顔で、もっともっと私を頼って! という顔である。
この嬉々とした顔! この笑顔こそ、つくしに備わっている天性の美徳だった。クラスメイトや他の学園生から頼られるたびに彼女の顔に浮かぶこの輝かしい笑みは、頼みごとをしようとする相手の顔を鮮烈に照らし、人に頼るときのあの申し訳なさを跡形もなく消し去ってしまうのである。彼女がこれだけ人に頼られるのは、まさにこの笑顔のためだった。
さらに肝要なのは、この笑顔が全く無意識の自己満足から生じたものだということである。当然つくしも、誰かのために、他人を助けるためにという意識は持っている。しかし、人から頼られた時、彼女の顔に一瞬通り過ぎる笑みは、間違いなく自分自身の喜びによって自然に生み出されたものである。もし彼女が他人のために奉仕する喜びでもってその顔を形作っていたならば、こんなにも他人を安心させる笑顔にはなっていないだろう。太陽が地球のために輝いているのではなく、自分のために輝き、結果として多くの生命を生んだように、この笑顔はつくし自身のために生じたものだったからこそ、あんなにも晴れ晴れとした笑顔になっているのだ。
つくしは、鼻歌でも歌い始めそうなくらいご機嫌だった。透子がこの場に居たら、さぞからかっただろうな、とましろは思った。
しばらくの間、つくしはあたりを見回したり、むむむと考え込んだり、ソファーを凝然と見つめたりしていた。そのうちに突然「そうだ!」と目を輝かせると、とんでもないことを言い出した。
「じゃあ、私が膝枕してあげる! それなら私が一緒に居ても横になれるでしょ?」
ましろは思わず「え?」と聞き返してしまった。
劇場内での出来事の反動で、ましろの中に誰かに甘えたい欲求が芽生えていたのは事実だったが、つくしの提案はその欲求をはるかに上回るものだったのである。
「妹たちにもよくやってあげてるの、結構評判いいんだから」
「ええと……スカートに変なシワが出来ちゃったりしないかな?」
「もう今日の授業も終わりだし、冬服は今日までって決めてたから、シワになっても大丈夫だよ」
困惑するましろをよそに、上機嫌のつくしがぽんぽんとひざを叩いてみせる。
(ど、どうしよう……)
ましろを尻込みさせた一番の要因はやはり恥ずかしさだったが、あたりに人はいないし、つくしに対しても、あんなに子供っぽく甘えてしまった後で守るべき尊厳がまだ残っているかどうかは怪しく、冷静になってみると、この羞恥心は好意を無下にするほど深刻なものではないような気がしてきた。膝まくらを肯うべきか否か、振り子のようにふらふらと思考が揺れ始める。
当然、ましろの脳内でも議論は紛糾の一途を辿って、混沌の様相を呈していた。ある者は膝まくらの利点をガマの油売り口上みたいに威勢よく並べ立て、ある者は膝まくらの欠点が書かれたビラを盛大に撒いた。研究者たちが、クラスメイトが上演中に席を立ってこのソファーの近くに来る危険性を警告し、煌びやかな街宣カーに乗った政治家が、清き一票をと叫んだ。新聞社が、つくしに膝まくらされている幼いましろの風刺画を新聞に載せた。ニュース速報が、法定得票に達する候補者がなく再選挙になったことを伝えた。
「まだ分からないの?」議場の中心で呆然としていたましろの背中に嘲笑が投げかけられた。振り向くと、白いワンピースを身にまとった少女が目の前にいた。少女は座り込んでジグソーパズルに勤しんでいる。しかし、そのジグゾーパズルはどう見ても変だった。それぞれのピースは真っ白で、また本来ピースにあるべき形の差異――あの凹凸もなく、全てのピースが正方形で同じ形をしていた。その真っ白なジグゾーパズルは、どのピースをどこに嵌め込んでも良かった。それでも少女は、適切なピースを適切な場所に配置しているように見えた。ましろには見えない完成図が、その少女には見えているんだと思った。
少女が顔をあげてこちらを見た。「教えてほしい?」少女はそう言ってにやりと笑った。ましろには少女が何を指し示しているのか見当もつかなかった。ましろは素直に「
「じゃあどうぞ! ましろちゃん!」
つくしが満面の笑みでそう言った。今自分は何をしていたっけ? ゆるゆると記憶を辿った後でやっと気づく。そうだ、私は頷いていた! つくしちゃんの提案に「うん、お願い」と言って頷いてしまっていた!
嵌められた、とましろは歯噛みした。誰に? ましろに強いてそうさせたものはどこにもいなかった。脅されたわけでも、思考を操作されたわけでもない。それは確かにましろ自身が選択した行動だった。だがましろは、このときはっきりと、自分にそう選ばせた何かの存在を感じていた。
にこにこと顔を綻ばせているつくしに、やっぱり止めると言うわけにもいかず、とうとうましろは覚悟を決めた。髪を撫でつける。この髪が、つくしのスカートに触れるんだと思った。ソファーに両手をついて、花嫁の手のひらにキスをする新郎のような動きで、ゆっくりと頭をつくしの腿へと近づける。
まず頬に、ましろもお馴染みの制服のスカートの生地が触れた。そのまま柔らかな腿に徐々に体重をのせていく。すっかり体重をのせきっても、つくしの腿はましろの頭を優しく受け止めていた。
正直言って、寝心地はそこまで良くなかった。不安定な態勢のために首が曲がっているし、体もねじれていて、このままだとどこか痛めそうである。だが決して不快ではなかった。体の痛みを精神的な充足が追い越していて、むしろ、ましろはこの上ない幸福に包まれていた。触れている部分を通して伝わる温かな体温や馥郁としたいい匂いが、ましろに寄り添う存在の証言者となって、母親に抱かれているような安心感をもたらしている。毎日こうして膝まくらをしてもらえたらどんなに幸せだろうか、とましろは思った。
ふいに、つくしの顔が見たくなって、頭をころんと転がして仰向けになった。つくしが「くすぐったいよ」と苦笑した。目の前に不思議な光景が広がった。こんな角度から人の顔をまじまじと見たことは、絶えてなかった。白いつややかな喉、切り立つようにそびえる顎、そこから続く下唇……鼻の穴……まつげ……前髪……。それらのパーツは、彼女の顔に斜めに差し込む陽光によって陰影の化粧を施されていた。下唇や小鼻の漆黒はますます深められ、そのコントラストで白い肌はより一層輝いて見えた。影と光の見事な照応――。それは、夏の木漏れ日のような美しさだった。
――その時、ましろの心の中に、ある一つの予感が浮かんだ。
まるで生れたときからそこにあったかのように、心の欠けている部分にぴたりと嵌まったその予感。
それは、恋の予感だった。目の前の彼女への、恋の予感だった。
……恋の予感。それを証明する物証は、まだこの世のどこにもない。ましろはもう一度つくしの顔を見た。太陽に向かって咲く向日葵のような顔を見た。私は彼女に恋をする……。心の裡を確かめてみる。嬉しさ、楽しさ、くすぐったいような気恥ずかしさ……。宝石のように輝く感情の各々は確かに綺麗だけれども、どれ一つとして友情の域を出ていない。これらが本当に恋に煌めくのだろうか? 俄かには信じられなかった。しかし、ましろは知っている。それが必ず恋になることを知っている――。
……ロビーに姦しい歓声が響いて、ましろはぎょっとして飛び起きた。音のした方向を見ると、出入り口の扉が開いている。そこから一人の学生が小走りで出てくる。
学生はよほど急いでいたのか、扉を開け放ったまま何処かへと行ってしまった。さっきの歓声は、恐らくその開け放たれた扉から漏れ出たものなのだろう。半開きの扉から、女学生たちの歓声の残響がまだかすかに聞こえる。やがて扉は、ぎこちなくではあるが自重でひとりでにしまった。ロビーにはまた静寂が訪れた。
さっきの歓声は何だったのだろう。自分が劇場に居たかぎりでは、学生たちの鑑賞態度は非常に大人しく、拍手こそすれあんな風に黄色い歓声を上げることはなかったはずである。『カルメン』の劇中に、思わず声を出してしまうような場面があっただろうか? ……多分、ない。だとすればあれは、カーテンコールに飛び交う歓声に違いなかった。
一度消え去った罪悪感がちくりと胸を刺す。結局、つくしは、付き添ったがために劇の一番の山場を見そびれてしまったのだ。
ましろはすくりと立ち上がった。「もういいの?」とこちらを向いて聞くつくしに、「うん」と答える。つくしは「よかった。じゃあそろそろ戻ろっか」と扉の方へ歩きだす。もうその手を握る口実もなかった。一歩目を踏み出そうとしたとき、ましろは言わなければならないことを思い出した。
「ありがとう、つくしちゃん」
「どういたしまして」
振り返ったつくしは、あの晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。
結論から言えば、劇はまだ終わっていなかった。扉を開けて劇場内に戻ると、ちょうどあの有名な『第一幕への前奏曲』が聞こえて、すぐに第三幕の第二場に入ったところだと分かった。
後方に座る担任の先生に小さく会釈をしてから、元の席に座る。冷房の風は未だにその権勢を保っていたが、火照った体にはむしろ丁度いいくらいだった。
舞台の上では、たくさんの人間が所狭しとひしめいていた。彼らは闘牛を見に来た観客で、闘牛場に入場する闘士たちを見送るために、闘牛場前の広場に集まっているのである。
いかにも19世紀ヨーロッパというような、ふんだんにフリルのあしらわれた華やかなドレスを纏う貴婦人たち。黒い燕尾服を粋に着こなした紳士たち。色とりどりの扇子を幣のように垂らした棒を掲げながら練り歩く商人。お祭り騒ぎを見守っている警察。熱狂に沸き立つ群衆を掻き分けて横断するさざ波は、花売りの少年の一味だ。
ここは『カルメン』の中でも特に壮麗な場面で、舞台上はさながら試合前の野球場のように、観客たちの興奮と期待とに満ちていた。
盛り上がりがひときわ大きくなる。闘牛士一行が姿を現したのである。
牛を死地へと誘うバンデリリェロ。槍を突き刺し牛を弱らせるピカドール。そして最後に現れたのが、短剣でもって牛にとどめを刺すマタドールである。
金の刺繍が施され、目も眩むばかりに煌めく光の衣装を纏ったマタドールの頭上には華々しく花びらが舞い、その両手には花束が次々と手渡される。獰猛な牛と一対一で闘う勇敢な彼こそがこの闘牛の主役なのだ。
彼は胸を張り、堂々と進んでゆく。勝敗の定められた、命がけの勝負へと。
すべてが過ぎ去ったのち、宴のあとの哀愁漂う広場に、カルメンだけが残された。彼女は待っている。ホセを待っている。そしてホセはやって来る。
ホセはカルメンに縋りついて、俺を救ってくれと嘆く、お前を救いたいんだと訴える。だが、カルメンは頑なに首を縦に振らない。彼女は「もう愛していない」とホセに言い放つ。ホセは「俺はまだお前を愛しているんだ」とカルメンの手を取る。その手をカルメンが振りほどく。「こんな指輪くれてやる!」カルメンがホセからもらった指輪を投げ捨てる。二人の愛の証だったものがころころと地面に転がるのを見て、ホセはがっくりと項垂れる。しかしその目だけが異常なまでに血走っている。闘牛の目だ。ましろは闘牛を見たことは無かったが、嬲り殺される闘牛は、きっとこんな目をしているはずだと思った。
ホセが胸元からナイフを取り出した。背中を向けるカルメンへ一直線に突進する。カルメンがはっと振り向く。赤いスカートがひらりと舞う。ナイフが彼女の腹に突き刺さる。愕然とした表情のままカルメンは固まり、そのまま膝から崩れ落ちるようにしてホセの足元に倒れこむ。闘牛士を称える闘牛場の観客たちの合唱が広場にも聞こえてくる。《闘牛士よ! 構えよ! 闘牛士よ! 恋がお前を待っている!》その喝采が響き渡る中で、ホセはただ呆然と立ち尽くしている――。
「シロ、ふーすけ! こっちこっち!」
生徒たちであふれかえる終演後のロビーでも透子の声はよく通って、ましろはすぐに透子と七深の姿を見つけることが出来た。
「あれ? るいさんは?」
今日はみんなで授業終わりに生徒会の仕事を手伝うことになっていて、どうせなら月ノ森まで一緒に帰ろうという話だったが、まだ瑠唯の姿が見えない。
「ルイのやつ、――混雑緩和のため劇場周辺での待ち合わせは禁止されているわ、ってすたすた先に行っちゃってさ~……マジありえなくない!?」
透子の声真似は流石に堂に入っていて、ましろは思わずくすりと笑ってしまった。今朝のHRで担任の先生がそんなことを言っていたかもしれない。終演後に自由解散となっているのも、生徒を集めるスペースがないからだ。だがそのルールを厳格に守っている生徒も瑠唯さんぐらいだろうな、とましろは思った。
ましろたちはロビーを出て駅へと歩き始めた。今朝の予報通り六月上旬にしては随分と暑い日で、駅へと連なる生徒たちの群れは、暑さに気力を奪われたかのようにのろのろと遅かった。周りはみんな冬服で、ましろだけが夏服だった。ましろはその肌に、むせるような熱気を感じていた。
道すがらの会話は、当然『カルメン』に占められた。
透子が衣装の仕立てを褒めそやす。七深が同意する。つくしが劇中の疑問点をいくつか並べる。透子が自分の意見を述べる。
三人の会話を聞いているうちに、ましろは、透子と七深に聞きたいことがあったのを思い出した。
「そういえば、劇の途中でなんかすごい歓声があがってたけど……あれは何のシーンだったの?」
「え? シロも観てたっしょ?」
透子が、あれ? と首をひねる。ましろは「実は……」と事のあらましを説明した。休憩が終わるあたりで冷房が強くなったこと、体調が悪くなってつくしと一緒に外で休んだこと、その時に扉が開いてたまたま歓声が聞こえたこと……そこまで話してから、顔色をうかがうような三人の視線に気が付いて「もうすっかり大丈夫だから」とましろは締めくくった。膝まくらについては何も言わなかった。
「たしかに、休憩が終わった時、私もちょっと寒いなと思ったよ~」と七深が言って、一同は空調についての愚痴を言い合った。それから、透子がつくしを褒めたり、上演中に劇場を飛び出した生徒について考察したりと話が脱線した後、「私も気になってたの」とつくしがようやく話題を元に戻した。
「あー、あれね~……」
透子は少し言い淀んでから、口にするのも恥ずかしいとばかりにまくし立てた。
「……岩山の場面の最後にカルメンとホセのキスシーンがあってさー、それもかなり濃厚な、ぶちゅーってヤツ! それでみんな盛り上がっちゃって……全く、小学生かっつーの!」
「ほんと? お芝居じゃなくて?」
つくしが信じられないという顔で追及する。
「うーん……あたしの席、ちょっと遠かったからな~……七深は?」
自信なさげな透子が七深に話題を振ると、当の七深は眉を八の字にしかめて、言い出しにくそうに答えた。
「実は私、端っこの方のボックス席だったから偶然見えちゃったんだけど……あれは頬と頬を合わせてくるんと回っただけで、たぶんお芝居なんじゃないかな~?」
七深は結論を濁したが、それはサンタさんについて聞かれた大人の返答そのもので、つくしは「なぁんだ」と嘆息した。透子も「まぁそうだよな~」と頷く。
お芝居のキスシーン……ましろはその情景を思い浮かべた。
月明かりに照らされた夜の岩山で、カルメンとホセが見つめあっている。熱に浮かされたようなホセの瞳とは対照的にカルメンの瞳は冷め切っていて、彼女の心が肉体を離れ、新しい恋の沃野へ向かおうとしているのが分かる。終わってしまった恋。それでも、消えかかる蝋燭の灯が最後にひときわ明るく輝くように、二人の唇は、今ここに結ばれようとしている。
ホセがカルメンを抱き寄せて強引にその唇を奪う――唇を押し付けるホセと引きはがそうとするカルメン。二人はもつれあい、よろめきながらも口づけを続ける。不器用なダンスのように二人の動きはちぐはぐで、唇だけが強く結びついている。ついに力の均衡が崩れた。カルメンがホセを突き飛ばす。反動で尻もちをついたカルメンは、ホセを睨みあげて忌々しいとばかりに口を拭う。
だがましろは知っている。それが嘘であると知っている。二人の唇が、本当は触れ合っていないと知っている。
それは、紛れもない裏切りだった。黄色い歓声を上げた観客への裏切りだった。監督への裏切りだった。台本への裏切りだった。そして何よりも、運命への裏切りだった! 本来ならば逃れ得ぬはずの運命を、彼らは見事に裏切っていた。
カルメンとホセは確かに口づけをした。二人の唇は確かに触れたはずなのだ。台本にもそう描かれ、リハーサルでもそう演じられ、『カルメン』の世界でも口づけをしたものとして話が進められている。触れなかったのは、彼らの唇ではなく、演者の唇である。舞台上の二人の唇である。そこでは、まるで二重写しのように触れた唇と触れなかった唇とが同居していた。相反する事象がぴたりと重なり合っていた。運命に従いながらそれを裏切る秘技……。なればこそ、彼らは運命の呪縛から脱することに成功したのだった。
ましろは『カルメン』のラストシーンで流れる観客たちの大合唱を思い出した。《闘牛士よ! 構えよ! 闘牛士よ! 恋がお前を待っている!》きっと、カルメンとホセの未来にも、恋が待ち構えているに違いなかった。第一幕や第二幕でのあの情熱的な恋が、一度は躓いたものの、また再燃して完全無欠のハッピーエンドに到達するはずだった。そう、キスさえしていたならば――。台本は、世界は、運命は、二人の口づけを要求していた。それは絶対的に成されるはずだった。だが、二人は裏切った。運命に抗うために”ずる”をした!
理由は分からないが、彼らにとってはどうしてもその恋が許せなかったのだろう。どうにかして運命を拒絶したかったのだろう。結果的にそれは成功した。そしてその先に待ち受けていたのは? 運命のレールから脱線した列車は、谷底へと落ちてゆく他ない――。
ましろの左隣を歩いていたつくしが、バッグからリップクリームを取り出した。三本指で端をちょこんとつまんで、縦じわに沿うように丹念に塗り始める。ましろは、小動物の毛づくろいのようなその愛らしい動きをじっと見つめた。リップクリームは校則に準じた無色無臭のタイプだったが、リップクリームが塗られた後のつくしの唇は、紅を刷いたように鮮やかに映えていた。
ましろは自分の唇に触れた。唇はひどく乾いていた。しかし乾きは潤いへの予感だった。みずみずしい果実を口にするための入念な下準備でしかなかった。ましろの行動は決されていた。ましろの心も決されていた。決定的な運命がそこにはあった。
それでも――人間には、まだ残されている行為がある。
雪山で遭難した二人の青年……。苦闘の果て、睡魔に身を委ねた青年は眠気という救済を受け入れたのではなかった。彼はただ錯覚しただけだ。運命の僅かな裂け目を己の力で見出し、そこに身体を滑り込ませただけだ。雪山の凍えるような寒さを一瞬にして夏の暖かい日差しに置き換えたのだ。自分の存在そのものをかけて、彼は“ずる”をした! 迫りくる悲劇から逃れるために。
道の先、どこかの家のブロック塀の上に梔子の花が見えた。塀を乗り越えんばかりにたわわに咲いた梔子は、緑の身体を精一杯伸ばし、道路に向けて白い花束を差し出している。
――きっと私はキスをするだろう。きっと私は幸福になるだろう。
心に咲いた仄かな予感……。だけど今ならば、恐れることなく、それを素直に受け取ることが出来る。
梔子の甘い芳香を嗅ぎながら、ましろは、心のうちに隠した小さな短刀の感触を、そっと確かめた。