布団の中から二つのくしゃみが城の中に木霊する。一方はにへらと笑い、一方は顔を歪める。
「今夜は冷えるねぇ」
「寒くねぇよ、針妙丸は弱いな」
「あんたもくしゃみしてたでしょ、強がって風邪引いても知らないよ」
「私は冬に反逆するし、風邪を引いたら針妙丸に感染す。知らずにはいられないさ」
そう言いながら正邪は自分の毛布を剥いだ。
「ひどー。私は羽毛布団出すかぁ、今年は暖冬だと思ってたんだけどなぁ」
そうぶつぶつ言いながら針妙丸は少し身体を震わせながら押し入れを漁り始めた。
「…師走まで毛布だなんて、私が先に風邪引いちゃうよ。お布団どこにしまったっけなぁ」
一番小さいとき用の虫籠ハウス。替えの針。客人…というより天人用の座布団。小人族特有とも言い難い針妙丸の波乱万丈な半生が押し入れに詰まっている。ただただ眺めていたい衝動に針妙丸は襲われた。正邪がいなかったらこの押し入れの中身は使われない座布団に埃が積もるだけだったのだろうか。
得も言われぬ感慨に浸りかけた針妙丸だったが─
「っくしゅん」
二回目のくしゃみが響く。さっさと布団を出して寝床に戻ろう。そう立ち上がった針妙丸だったが、ふと押し入れの一番上に羽毛布団を見つけた。しかし、この布団に用は無かった。一般的な大きさの、即ち正邪が使う為の布団だったからだ。寒さに反逆するなら、ここに今使っている毛布も仕舞ってやろうか。
そういえば正邪はどこに行ったのだろう。部屋を出てみると、何やら城の奥の方でばたばたと音がする。まさか正邪が布団を探してくれているのだろうか。流石に寝床の近くに仕舞うでしょ。針妙丸は苦笑する。
結局そのまま寝床に近い部屋の押し入れを全部探した針妙丸は、最初の押し入れの前に戻ってきた。そういや、この正邪の布団の奥に私の布団が隠れてないだろうか。大きな布団と天井の間。逆さ城の天井がどちらかなのかはこの際いいとして、兎に角一番取りづらいところである。仕方がないと針妙丸は少し空を飛んで中板に足を掛けた。中板の上は寝具一式だ。土踏まずに鈍く感触を味わう。
「おっ♪あったあった」
天井に張り付くように仕舞われた針妙丸の羽毛布団が少しだけ顔を出していた。中板の縁に足を載せた針妙丸が手を伸ばしても届かない場所。
「なんであんなとこに…あでっ」
飛んで取ろうと針妙丸は身体を浮かせたものの、敷居…もしくは鴨居に頭をぶつけた。なるほど確かに、丁度布団の正面に憚るようにそれが佇んでいる。春の陽気は人の判断を鈍らせるのだろうか。飛んで取るには融通が効かない場所に仕舞ってあった。
「むぅ…」
仕方ないかと積まれた布団に足を掛ける。この布団は針妙丸が一番大きかったときに使ったきりのものと、天人が泊まったときに使ったものだ。薄く埃の匂いがする崖を登り、目的の羽毛布団に手を伸ばす。やっとの思いで羽毛布団を掴む。はずだった。
「あっ─」
針妙丸の手は空を切った。不安定な布団の山に足を掛けそれを登っていたのだ。針妙丸の頭からその可能性が抜け落ちていただけで、落ちるのも当然といえば当然─
「よっと」
だが、針妙丸は畳に激突しなかった。目がちかちかする。
「介抱するのも大変だからな」
抑揚のない低い声が天邪鬼の体裁を保とうと呟く。針妙丸は正邪の冷えた腕の感触に思わず安堵した。
「あぁ、ありがとう正邪…なんで半袖なの?」
「言っただろ?私は冬に反逆するんだ」
正邪はわざわざ衣替えしてとうに奥の方に仕舞った半袖のワンピースを引っ張り出してきたのだった。私のお布団を探してたんじゃないのか、ちょっとの落胆を針妙丸は隠しながら言った。
「正邪、あれ取ってよ」
「あー?」
針妙丸は襖の天井を指差した。もう布団の山、というより襖の中を足をかけて登るのは懲り懲りだった。そんな小人の考えを知ってか知らずか、
「わかった」
珍しく天邪鬼は二つ返事で答え、針妙丸を側に降ろした。正邪くらいの背丈なら、少し背伸びをすればそびえ立つ布団の山の上の方を削ることは造作も無かった。
「お前、こんな面倒なところに仕舞うなよ…よっしゃ、出したよ」
…しかし、正邪が取り出したのは針妙丸の羽毛布団よりも何倍も大きいやつだった。
「正邪?それあんたの羽毛布団だよ」
「そうだな、おやすみ!」
天邪鬼の癖に烏天狗のようなスピードで布団に飛び込み、引っ張り出した羽毛布団に包まった。残されたのは、寒さを我慢する針妙丸と、山の頂きにある小さな羽毛布団である。寒さに反逆するとは何だったのだろう。
「くしゅっ。せいじゃぁぁぁ」
しかし針妙丸も針妙丸でこれくらいの天邪鬼の気まぐれは慣れっこである。へこたれていたら輝針城では暮らしていけないのだ。次に天邪鬼の笑みを浮かべたのは、正邪ではなかった。
「おらぁっ」
「ぐあっ」
正邪が広げた羽毛布団の海に飛び込む。天邪鬼が情けない声を上げたのも束の間、針妙丸は正邪の隣に潜り込んだ。
「これが一番暖かいよね♪おやすみ〜」
「ちょっ、おい」
正邪が我に返った頃には、小人は寝息を立てていた。むかつくくらい幸せな顔をして。
「…はえーよ」
少し寂しそうに正邪がぽつりと呟く。
「おやすみ、針妙丸」
そうして妖怪と小人は眠りに付いた。
─寝相の悪い針妙丸が大きな布団を独占し、結局半袖のままの正邪が風邪を引いたのはまた別の話。
たまにはハーメルンにも上げないとですね。大体Twitterに直に上げているので良ければそちらでもご覧ください。