下北沢に建てられた、とあるマンション。その一室で、野獣こと田所は目が覚めた。
「ふぁ〜あ……」
今日は日曜日。いつもなら早く起きるが、今日は昼前まで惰眠を貪っていた。時刻は十時半を過ぎようとしている。
「なんか食うかぁ」
ベットから降り、キッチン付きのリビングに向かう。収入源は謎だが、この男、24歳学生の癖して何故か小金持ちだった。食パンを焼き、机に置いてテレビを付ける。丁度朝のニュースがあっている所だった。
『では現場の
『はい、現場からお伝えします、根下帯です。本日は粋杉市の選挙日当日。会場には多くの人が集まっています』
「そっか、選挙日かぁ……でも今日はMURさんとKMRとゲーセンで遊ぶって約束があるからね。仕方ないね。てか早く不景気直してくれよな〜頼むよ〜」
そう言って、パンを頬張ろうとした時。
バァン!(窓ガラス大破)
「ファッ!?」
ここは三階。だが確かに、窓の外から黒塗りの高級車が部屋に突っ込んで来た。田所は驚きのあまり思考を停止しているが、そんな事はお構いなしと言わんばかりに中から人が降りてきた。高級そうなスーツに、特徴的な髪型。頬には傷と、ヤクザの典型例のような男だった。
「おいゴルァ!降りろ!お前免許(参政権)持ってんのかオイ!」
「なんだこのオッサン!?(驚愕)」
「オイゴルァァ免許見せろ……あくしろよ」
「なんだよ免許って!?」
「参政権の事だよ。お前そんなんも分からねぇかぁ?」
「なんで参政権を免許って言う必要なんかあるんですか(正論)」
「そういうモンなんだよ。とりあえず、選挙に行け」
「えぇ……話の展開が速すぎるってそれ一番言われてるから」
「あ?テレビでやってるじゃねぇかよ。選挙だよ選挙。お前二十歳超えてるだろ」
田所はいきなり現れた男に対し「なんだコイツ……」と困惑しつつも、状況を整理した。
テレビを見てた
窓から車が入って来た
男に選挙に行けと言われた ←今ココ
(……?)
「分かったか。なら早く行きな」
「いやでも、今日は予定あるし……」
「少し遅れてから行きゃ良いだろ」
「……てかそもそも選挙に行くのは義務じゃなくて権利だろ!いい加減にしろ!」
「違うな。権利ってのは責任が伴う。『行かないのもまた権利』なんて屁理屈は通用しないぜ。まず選挙に行って無い奴が行政に文句なんか付けんなよ」
「……」
「行く気になったか?」
「でも、今更俺一人が行っても……」
「……お前一人が行っても無駄ってか。確かに、その通りだな」
「え?」
「何驚いてんだよ。そうだろ?お前一人が行って投票しても、結果は何も変わらない。当然だ」
「なら……
「そこがお前の『甘え』だ」
「!」
「そりゃそうさ。お前一人の力でどうにかなる程、世の中は甘くは無いさ。でもな……それでも、選挙には行かなくちゃならないんだよ。お前も学生だろ、簡単な事だ。一朝一夕勉強した所でなんでも身につくか?」
「……」
「付かねぇだろ。おんなじ事さ。選挙だって一回行っただけじゃ望んだ結果にはならないかもしれない。でも、何回も行けば望みはある。皆が行かないと、望んだ世は来ねぇんだ」
「でも、どうしたら……」
「お前が呼びかければいいのさ」
「!」
「お前が、今どうにもならないからって『現状に満足してる』という『甘え』を捨てて、仲間に言うんだよ。『選挙に行こう』ってな。ガキの頃も友達を誘って遊んだだろ、同じ事さ。何も変わらない」
「でもMURさん達が
「賛同してくれるかどうか……って返事はナシだ。未来に怖がってたら、どこにも進めない」
「……」
「その沈黙が、肯定の沈黙って事を祈るぜ……」
男は車に戻り、バックを始める。
「ちょ、ちょっと待てよ!ここは三階だぞ!」
「何、大丈夫さ」
やがて、車は勢いよく下へと落ちて行った。慌てて田所は下を見るが、車はどこにも無かった。
「無い……」
部屋に戻る為、立ち上がろうとするが
「あっ」
足を滑らせ、宙に放り出された。
「ンアーッ!」
田所は真っ逆さまに地面に落ちていった……
「ハッ!」
ベットの上で、目が覚める。しかし先程とは違い、眠気は残っていなかった。スマホを見ると、十時半。田所はリビングに行き、テレビを付けた。すると、先程と同じニュースがやっている。窓から外を見ても、普段の町並みが広がっていた。
「……夢、だったのか……?」
空を見ても、あの黒塗りの高級車が降ってくる……なんて事は無い。田所はしばらく考え、ゆっくりとスマホを取った。電話帳を開き、仲がいい先輩に電話をかける。
「……あ、もしもしMURさん?」
『どうしたゾ?集合は二時間後ゾ』
「いや、その……」
『なんかあるなら言えゾ。俺達の中ダルオォン!?』
「実は……
田所は、自分の気持ちをゆっくりと……はっきり伝えた。少しずつ、言葉に直して。その後、後輩にも、電話をかけた。
◇ ◇ ◇ ◇
「あれ、MURさん?KMR?」
しまった、と田所は思った。予想以上に人混みが多く、二人とはぐれてしまったのだ。
「電話をかけるしか無いかぁ……」
「どうかしたか?そんな困った顔して」
振り返ると、そこには服装こそ違えど、確かに夢の中の男がいた。
「ファッ!?えと、先輩とはぐれてしまって……電話で探しますよ」
「そりゃ災難だったな。にしても偉いじゃないか、ちゃんと来れて」
「え?なんで知って……」
そこには、男はいなかった。だが、それが幻だとは田所には思えなかった。根拠は無いが、幻じゃないとはっきり言えた。
「おい田所ォ!お前どこ行ってたゾ!」
「先輩が行こうって言ったんですからね!」
青空の下を賭けてくる友を、田所は安堵の表情で迎えた。これは、とある男の真夏の夢。
選挙に行ってくれよな~頼むよ~