「そういえば、目暮警部」
「何でしょうか?」
ふと思い出した事を、目暮に訊ねる。
「被害者は、脅迫状を二通ほど受け取っていたと伺ったのですが」
「ん? ああ、そうですが」
「その脅迫状の内容、見せていただきたい」
「まあ、それは構いませんが……」
目暮は近くの刑事に指示を出す。
暫くたつと、刑事がタブレットを操作し、問題の二通の脅迫状が映し出された。
『お前がしていた事について話がある。もし、話し合う気があるのならばあの事件現場だったビルに来い。時間は朝の8時』
直筆らしい。荒々しく書かれてあるように見える。
「二通目がこちらです」
刑事がタブレットを操作する。
そして、二通目の脅迫状の内容が表示される。
『例の件で話がある。場所はニューハイドビルの事件のあった部屋。今は倉庫になっているので、そこに来い。時間は朝の6時。場所は、10年前にお前の夫の事件があった部屋。目印として白いコートを着てこい。お前は断れないはずだ。断るならば、例の物が手に入る機会は二度とないものと思え』
こちらは、直筆ではなく印字されたものだろう。荒々しい直筆だった一通目とはだいぶ違った機械的な文字が見える。
一通目に関しては、心当たりがある。
おそらく、これを書いたのは――、
(高山の可能性が高い)
8時頃に彼は、このビルを訪れていた。
ならば、一通目は彼が送ったものと考えるべきだろう。
「目暮警部。先程、山村警部が持ってきたサインとその一通目の脅迫状、筆跡が一致しないか確かめてもらってもよろしいですか?」
「それは構いませんが……。御剣検事は、脅迫状の主が高山だとお考えなのですかな?」
「ええ。一通目はおそらく彼かと」
「というと、二通目は別人だと?」
「ええ。直筆だった一通目と違うこともそうですが、脅迫してある内容に関しても微妙に違います。一通目の方は『お前の正体』とやらで脅しているのに対して、二通目は『例の件』と称してあります。それに、高山はここ三ヶ月は面会に応じなかったとはいえ、それまでは頻繁に被害者と面会していたはず。目印としての『白いコート』など必要ないでしょう」
かつて、苦い形で終わった御剣の初法廷において、被害者は被告人に呼び出されていた。その際、被害者が被告人と長く会っていなかったため白いマフラーを目印として用意させていた事があった。
今回の件もそれと似たようなケースなのだろうと、考えた。
さらにいうならば、一通目はあくまで話し合う気があるならば来いといった内容なのに対し、二通目は拒否は許さないという厳しい意思が感じられる。
ゆえにこの二通は、別人が書いた可能性が高いと考えていた。
「ところで目暮警部」
「何でしょうか」
「この脅迫状にある、『白いコート』というのは見つかっているのでしょうか?」
御剣の記憶が正しければ、被害者は事件現場で白いコートなど着ていなかったはずだ。
「少なくとも、事件のあった部屋にはありません。なので現在、このビルを捜索中です」
「そうですか」
御剣は納得したように頷く。
「ビル内部だけでなく、ビルの周辺にも聞き込みを行い、事件の起きる前に生前の被害者と会った人間がいなかったか現在調べています」
「わかりました。何かありましたら、また」
そう告げると、御剣は目暮に一旦別れを告げ、次の捜査に向かうことにした。
下の階に降りていくと、目的の人物はいた。
「大森さん。ここにいたのか」
「……アンタか。検事さん」
一人、壁に背もたれした状態の元刑事の探偵に御剣は話しかける。
もしかしたら、あのドラコと一緒にいたのかもしれないと思っていたが、彼は一人でいた。
「あの大男には逃げられちまってな」
そう言って、苛立った様子で飴玉を取り出し、それを苛立ったように口にする。
「彼も、CI-6号事件の関係者なのか」
単刀直入で聞いてみる。
大森はすぐには答えない。
「……自分で調べてみたらどうだ」
「生憎、CI-6号事件に関しては、ほとんど情報が出てこない。GO-5号事件以上にだ。だから、こうやって聞いているのだ」
御剣の言葉に、大森は皮肉げに首を左右に振る。
「大変だな。検事さんも」
「なら、その苦労を少しでも減らして欲しいのだが」
続けて、御剣は聞く。
「では、他のことを聞かせてもらおう。アナタはCI-6号事件捜査団という組織のことを知っているな」
疑問形ではなく、断定してみせた。
正直なところ、本当に何も知らない可能性もある。
だが、ここはハッタリをつかってでも行くべきだと判断した。
「……」
かすかな沈黙。
だが、それがある意味では答えだった。
「普通なら、何だその組織は――などという質問が来ると思うのだが。そのような質問もしてこない。今のアナタはどうやって誤魔化すべきか、などと考えている顔だな」
「決めつけないでくれ」
これまで冷静さを保っていた大森だが、はじめて苛立ちが混ざったように飴玉をかみ砕く音が聞こえる。
「やはり、アナタは知っているのだな。CI-6号事件捜査団のことを」
「わかったよ。認める。確かに、そんな連中がいることは知っている」
大森は一つ息をついてみせる。
「CI-6号事件は、多くの人を巻き込んだ事件だ。10年前にこのビルで起きたGO-5号事件もそこから派生して起きた」
「高山達のことか」
「そうだ。連中も何としても真相が知りたかったのだろう。だからこそ、あの裁井手検事も監禁した」
「では、アナタは知っていたのだな。高山達がそのCI-6号事件捜査団の一味であるということも」
「さあ、な」
やはり、誤魔化すように視線をずらす。
だがやがて、一つ息を吐いてから続ける。
「CI-6号事件捜査団と言われる連中が、独自にCI-6号事件のことを調べていたことを知っているのは認める。それが原因で、GO-5号事件が起きたということもだ。だが、それ以上の事は話してやる気はない」
「検事を――いや、警察も信じていないのか?」
「それについて、コメントは控えさせてもらうよ」
大森は真剣な眼差しになり、正面から御剣を見つめる。
暫しの沈黙が場を支配する。
「――わかった。では、別の質問をさせてもらおう。アナタはパラサイトと呼ばれる組織を知っているな」
「……また断定か」
呆れたように言う大森に、御剣は続ける。
「この組織は、GO-5号事件にもCI-6号事件にも深く関わっている可能性が高い。そうなれば、当然二つの事件を詳しく調べているであろうアナタも知らないとは思えない」
大森は言葉を選ぶような表情だ。
暫し視線を床に落とす。だが、再び御剣と向き合ってから答える。
「知らない、と答えてやりたいが、まあいい。勉強熱心な検事さんに免じて答えてやる。確かに、パラサイトのことは知っている」
「……そうか」
「パラサイトは、国際警察でも追っている犯罪組織だ。規模こそ大きいが宗教的・政治的な活動には興味がなく、あくまで利益の追求を目的としている。ある意味では、わかりやすい組織だ」
正面から御剣を見据え、大森は続ける。
「なるほど。つまりは拝金主義者の集まり、というわけだ」
「そういう事だ」
御剣の言葉を認めるようにすると、大森は軽く息をついてみせる。
「ただ、政治的な活動とは無縁ではあるが、一部の大物政治家に金で抱き込んだり、弱味を握って脅したりもしている。そのせいで、なかなか捜査が進まないと聞いている」
それは、狼捜査官の話でも出てきた情報だ。
そしてそれは、この日本でも同じように脅されている『顧客』の政治家もいるのだろう。
「そのパラサイトが、この事件に目をつけている事は知っていた。もちろん、真実の究明だなんてお綺麗な目的じゃねえ事は明白だ。巨額な利益を得るためだろうな。何せ、関係者が関係者だ」
「つまり、CI-6号事件の関係者はそれほどの大物がいると?」
「……そういう事だ」
そのくらいの情報はいいだろうと判断したのか、大森は認めてみせる。
「では、他の質問を。パラサイトという組織の連中は、どうやってその金になる情報を集めているのだ?」
「基本的には、やってる事は俺たちみたいな感じだろうよ」
「というと?」
「探偵みたいなものだって事だ。事件捜査のために、情報を集めてそれを警察に提出するんじゃなくて、金のために売る」
「……なるほど」
御剣は、納得したように頷いてみせる。
「だがな」
ここで、大森が苦々しげな表情に変わる。
「奴らの手口が悪質なのは、それだけじゃねえ。純粋な人間もそれに利用するところだ」
「というと?」
「事件の被害者の会みたいなのを利用したりするんだよ。被害者の遺族なんかが集まった、な」
「なぜ、そのような事を?」
「簡単だ。そういった連中は、無償で動いてくれる手足として使えるからな。被害者の無念を晴らすため――なんて理由をつけて、勝手に手伝ってくれる絶好の駒だ」
その言葉に、あることを御剣は気づく。
「もしや、CI-6号事件捜査団というのは?」
「奴らが、紛れ込んでいる可能性がある組織だ。だが誤解するなよ検事さん。連中の大半は事件の真相を究明して、被害者の無念を晴らしたいと考えているだけだ。そんな奴らをパラサイトの連中は利用してるんだ」
「……では、高山も?」
「おそらくな。アイツはパラサイトに駒として利用されていた側だ」
苦々しげに大森は認める。
「……奴は、CI-6号事件に関わっている。そのせいで、CI-6号事件の究明に熱心だったんだ」
「では、裁井手元検事を監禁したのは?」
「さあ、な」
「惚けないでいただきたい。アナタはその事件――GO-5号事件の捜査をしていた刑事だ。例え、真相に至らなかったとしても推測ぐらいはできているはずだ」
「……」
暫しの沈黙の後、大森は言った。
「……悪いが、ここまでだ。結局、けっこう話しちまったがな」
自嘲するように言う大森。
確かに、もう少し口は堅いと思っていたが、思いのほか多くの情報を提供してくれた。
「だがアナタも、本心では検事をそこまで嫌っていないのではないのか? だからこそ、遠回しにこうやって情報を提供してくれたのでは?」
「さあ、な」
御剣の言葉に大森は肯定も否定もしなかった。
――そんな時だった。
御剣の携帯電話に着信があった。
「失礼」
そう言ってその場を離れる。
少し離れた場所で、電話をかけてきた相手を確認する。相手は――狼捜査官だ。
「御剣だ」
『おう。一応、結果が出た』
「というと、オサツー・メグンダルの件で何か分かったのか?」
『そっちじゃねえ。そっちも、並行して捜査中ではあるがな』
「というと、例の組織のリストか」
『ああ』
脅迫を生業とする組織・パラサイト。
そこが流出したという『非正規社員』のリストについても、彼には捜査を依頼していたのだ。
『何人か名前が分かった。今回の件で流出したリストのだ』
「では、単刀直入に言う。今から言う名前が、そのリストの中にあるのではないだろうか」
そう言って、御剣はある人物の名前を口にする。
『……確かにありやがる。アンタ、何か知っているのか?』
「今はまだその途中だ。もう少し進展したら話す」
『ハッ! 相変わらずもったいぶる検事さんだ。まあいい、オサツー・メグンダルの件も含めてもう少し捜査をしておいてやるよ』
「ああ、頼む」
そう言って、御剣は通話を終える。
(やはり当たりか)
今はまだ、点と点に過ぎない情報だ。
だが、その情報は確かに繋がりはじめている。
「大森探偵。貴重な情報、感謝する」
元の場所に戻ってから、改めて大森に告げる。
「まだ分からないことは多いが――少なくとも、今回このビルで起きた事件の捜査に関しては、先に進められそうだ」
「そうかよ」
大森はそう返す。
「アナタにも色々と立場があるのは分かる。そして、何らかの事情があって検事に不審を持っているのかもしれない。だが、少なくとも私は真実に向かって進む。それだけは言っておく」
それだけを告げる。
大森は、それに言葉を返すことはなかった。
御剣もまた、その大森に背を向け、歩き始めた。