「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
二振りの短剣を杖の形状へと戻したアッシュは、横向きに倒れているシャーマンの傍にしゃがみこんでいる。
シャーマンが身に着けているものを検《あらた》めているというよりは、本当に死んでいるのかを用心深く確かめようとしている様子だ。
「誰だが知らねぇが、マジで助かったぜ」
そんなアッシュにまず声をかけたのは、眉間に皺を寄せつつも穏やかな口調のカルビだった。
「ほんとにね」エミリアに運ばれてきたローザも、回復魔法薬を取り出す用意をしながら続いた。
「アッシュ君が居なかったら、今頃どうなってたか分からないよ。ありがとう、アッシュ君」
「アッシュさんへの感謝は当然ですが、今はそれよりもっ……!」
「そうね。まずは、貴方の傷の治癒を」
血相を変えているエミリア、それと深刻な表情をしているネージュは、アッシュの怪我を具合について何かを言おうとしていた。
だが、その2人が口を開く機会を取り上げるような、そんなタイミングだった。
傷の痛みなど全く見せず、アッシュが平然と立ち上がった。
「いえ、僕だけが動いていたのではないですよ」
シャーマンが死んでいることを確認し終えたのだろう彼は、そこでローザ達を順番に見た。
「ローザさんがシャーマンの詠唱を止めてくれていなければ、僕も、カルビさんやネージュさんをカバーできませんでした。それに、シャーマンを倒すタイミングを作ってくれたのも、ローザさんが時間を稼いでくれたからこそです」
冷酷ささえ感じる先程の無表情から一変して、眉尻を下げたアッシュは温和な笑みを浮かべてみせる。
「エミリアさんや、カルビさん、それにネージュさんの3人も健在だからこそ、残っていたトロール達も、群れとしての撤退を選んだ筈ですから」
さっきまでの状況を振り返るように緩く息を吐いて、はっきりとした声音でアッシュは言う。
「皆さんが無事で良かったです」
その言葉が口先だけのものではないことは、ローザにも分かった。安堵を滲ませた彼の優しい眼差しが、本心であることを物語っている。
今のアッシュの柔らかな表情と頼りなさそうな笑みは、先ほどまで超然として死を与えていた彼の雰囲気と上手く繋がらない。
血に染まって破れかけている彼のローブや、力無く垂れ下がっている彼の右腕が、妙にちぐはぐだった。
「ねぇアッシュ君、その……、腕と背中の傷なんだけど、今のうちに治癒させとこうよ。私達も魔法薬を持ってるしさ」
痛がる素振りをアッシュが全く見せないせいで、かなり言い出しづらかった。よくぞ言ってくれたという風の顔のエミリアが、高速で何度も頷いてくれている。
ただ、ネージュを庇った際のアッシュの傷は深刻なはずだが、もう止血している様子である。
あの高速戦闘というか殺戮を行う前に、自身に止血の治癒魔法をかけていたのだろうか。そのついでに痛みを消しているのかもしれない。
「私に任せて」
アッシュの傍に屈んだネージュは、自分のアイテムボックスから回復用の魔法薬を取り出した。
冒険者用に販売されている魔法薬の多くは、魔導具である薬瓶に封入されている。
薬瓶は金属枠で補強されており、魔法紋様が描かれた蓋が嵌っている。この魔法紋様を指で強く擦ると、この金属の蓋が“使用”の意思を察知し、使用されるべき怪我人の状態を検知するのだ。
この機能が正常に作動した場合、魔法薬に籠められた回復、解毒、痛み消しなどの魔力効果を発揮できるよう、この薬瓶自体が魔術回路の役割を果たし、魔法陣を発生させる。
機械術士組合と魔術士協会が協力して開発したこの薬瓶は、この察知と検知、術陣の展開を瞬時に行い、誤使用を防ぐように設計されている。
「これを使って。貴方の傷を癒せるはずよ」
ただ、このときネージュが取り出して見せたのは、普通の魔法薬ではなかった。彼女の手の中に現れたそれは、物々しく頑丈な封印が幾重にも施されている。
最高峰の霊薬とも呼ばれるエリクシルだ。
「そっ、そんな高価なものを使ってもらうわけにはいきませんよ!?」
ぎょっとしたような顔になったアッシュが、怯んだように声を上擦らせた。
「でも、貴方の腕は千切れかけているし、背中の傷も深いはずよ。背骨にまでダメージが残る可能性もあるわ」
引き下がらないネージュは真剣な表情であり、エリクシルを使うのも間違いなく本気だった。身を挺して庇ってくれたアッシュのことを、本気で心配している様子だ。
だがアッシュの方は、参ったような顔になって身を引いている。
まぁ、無理もないかもしれない。
ほとんど市場に出回ることのないエリクシルは、死者の蘇生や破壊された脳の再生までは出来ないものの、破損した肉体部位の再構築する程度なら可能な霊薬だ。
その回復効果は“瓶詰された奇跡”だとも称され、ダンジョンに潜る冒険者なら1本くらいはお守りに持っておきたい品である。
とは言え、エリクシルは豪邸が買えるレベルの値で取引されるのが相場であり、そうそう手に入るものではない。エリクシルを巡ってクランやパーティ内で殺し合いが起きることも珍しくない代物だ。
トロールの集団に突っ込むことには怯みも躊躇も見せなかったアッシュが、エリクシルを自分に使用されることに対して恐縮しまくっているのが、妙に可笑しかった。
「そんなにイヤだってんなら、アタシが治してやるよ」
鼻息を一つ吐いたカルビが軽く笑って、アッシュの怪我をしていない左肩を軽く振れた。
「一応、アタシも治癒術士だ。右腕と背中、ちょっとみせろ」
「ぇ、いえ、僕も治癒術士ですので、これぐらいでしたら自分で……」
「場違いな遠慮すんなっつーの。アタシらの感謝を受け取らねぇ気かよ。さっさとローブを脱ぎやがれ」
「……すみません。よろしくお願いします」
カルビの厚意を無碍するのも悪いと思ったのか。観念するように眉を下げたアッシュは、そう言って改めて頭を下げて、ローブを脱ぎ始める。
何となくだがローザは、アッシュが誰かに頼ることに慣れていない雰囲気を感じた。
「つーかお前、碌な防具も付けてねぇのかよ……? いつか死ぬぞマジで」
血塗れになったローブを脱いだアッシュは、防具らしいものを身に着けておらず、安価で購入できる黒と灰色のボディスーツを着込んでいるだけだった。
ローザのボディスーツには防御魔法の効果を多数付与してあるから、見た目よりはるかに頑丈で防御力も高い。
だが、アッシュのものは何の細工も魔法効果の付与もされていないようだ。この装備でトロールの攻撃をまともに受ければ、ひとたまりもないだろう。
実際、ネージュを庇った際に斬られたアッシュの右腕は、皮と筋肉の断片だけでくっついていて、ぶら下がっているだけといった風情だった。
彼の右肩の後ろ、背中のあたりも大きく肉が裂けている。
まだ乾いていない血が粘り気を持って、彼の肌を濡らしている。赤い果実を引き裂いたような有様だった。
あれでよく動けたものだと思う。普通なら自力で止血するよりも先に、痛みで悶絶するか這《は》い蹲《つくば》っていることだろう。出血の量も相当だったはずだ。
ただ、それら大きな傷と同じぐらいローザの目を引くものが、アッシュの腕と背中にはあった。
アッシュが着込んでいるボディスーツは、傷のある腕と背中のあたりが破れている。そこから覗く彼の肌に、黒い紋様が走っているのが見えたのだ。
刺青ではなく、まさに肉体への刻印といった雰囲気の、禍々しい紋様だった。
……もしかしたらアレを誰かに見せたくなくて、アッシュは治癒魔法を施されることを遠慮していたのだろうか。
「防具を新調するお金が無くて……。冒険者になってから買ったものを、修繕しながら使っているんです」
首をすくめるようにして応えたアッシュは小柄だが、その身体は華奢ではなかった。破れたボディスーツ越しでも分かるが、鍛えられていて、体型も均整がとれている。
腕や脚も筋骨隆々というよりも、筋肉の密度を感じさせるような、柔軟さ、しなやかさを感じさせるような肉付きだ。
凄まじい身のこなしを支える彼の肉体は、傷を負って血に濡れていながらも、躍動感を失っていない。美しいとさえ思った。
だからこそ、その白い肌に刻まれた紋様に、ローザはある種のグロテスクさを覚えずにはいられなかった。
このアッシュという少年は、何者なのだろう……?
明らかに今更な疑問ではあったが、ローザは彼に興味を惹かれた。
「帰ったら買い替えろよ。これだけ血塗れでボロボロじゃ、流石に直しきれねぇだろ」
アッシュの身体の紋様に気付いているはずのカルビは、だが、そのことには一切触れようとはしていない。
「……まぁしかし。こんだけ派手な傷、自分で治すなんて言い出すのは感心しねぇな」
言動が乱暴で粗忽なカルビだが、治癒魔法を扱うときの彼女は、他者の癒すべき傷と、そうではない傷痕とを見分ける思い遣りを放棄しない。
それは間違いなく、彼女の美点だった。
「治癒魔法は万能じゃねぇ。実体としては生命力の強制的な活性だ。お粗末な言い方をするなら、寿命の前借ってことになる」
アッシュの傍にしゃがんだカルビは、治癒魔法の術陣を展開しながら低い声を出した。
「お前も治癒術士なら知ってるだろ。自分自身に治癒魔法を使えば、寿命を派手に削っちまうぞ。命の貸し借りを自分だけで完結させることになるんだからな」
滔々として説教じみた言い方だが、カルビの声音自体は優しかった。
「傷が完治した途端に絶命するなんてのは、流石笑えねぇだろ?」
「う……、き、気を付けます」
「痛みと出血は……、もう止めてるみてぇだな。傷はアタシが塞ぐが、仕上げは回復薬を使うぜ。これ以上、お前の身体に負担を掛けるのは良くねぇ」
真面目な顔になったカルビが、アッシュの顔を覗き込むようにして言う。
やはり曖昧な笑みを作ったアッシュは小さく頷き、「はい。お願いします」とだけ答えた。「よし」カルビが唇の端を持ち上げてから、傍にいるネージュを見上げた。
「ネージュ。お前確か、高位魔法薬も持ってたよな?」
「えぇ」
即座に答えたネージュは、アイテムボックスにエリクシルを仕舞い、すぐに別の高級そうな小瓶を取り出してカルビに手渡した。高位の回復魔法薬だ。小瓶の中に揺れているのは薄緑色の液体で、淡い魔光を湛えている。
「……助けてくれて、ありがとう。このお礼は、また別の機会にさせて頂戴」
改めてアッシュに礼を述べたネージュは、カルビに魔法薬を手渡してから、地面に脱いだままになっているアッシュのローブを拾い上げて、丁寧に畳んだ。
その拍子に、ローブのポケットから一枚の紙がパサリと落ちる。
「あ、あら、こちらは……?」
エミリアに肩をかして貰っているローザは、少しだけしゃがんで、それを拾い上げる。
「ギルド掲示板の依頼用紙だよね。見た感じ、王都から回って来た依頼っぽいけど」
「はい。誰にも剥がされずに掲示板に残っていたので。僕が持ってきたんです」
カルビに右腕と背中を治療して貰っているアッシュは、少し居心地が悪そうに答えてくれた。
「……確かに、コレを引き受ける冒険者は少ないでしょうね」
顔を寄せてきたエミリアも、ローザが手にした依頼用紙に苦い笑みを落とした。
依頼内容は魔物の討伐であり、対象の魔物と、その魔物が出没するダンジョン名が記されている。
討伐対象。
『上位トロール。エリートと呼ばれる種でも可』
出没場所。
『第5ダンジョン『トロールダンプ』の30階層以下』
依頼用紙の端には、依頼主である錬金術士組合の印がある。そして、『合成滋養薬の開発素材として、質の良い魔骸石を求む』という一文から始まる、長ったらしいコメントが付随してあった。
魔骸石とは、魔物の屍骸の一部が結晶化したものだ。
この結晶化する現象は、ローザ達の世界に満ちているマナが、魂を完全に失った魔物の肉体を急速に変質させることで起きると言われている。
ちなみに、死んだ人間には晶石化現象は発生しない。
これについては諸説あるが、人間という種はこの世界のマナに完全に適応しているため、変質が起きないのだという説が有力だった。
魔物達の独自の魔力を含んだ魔骸石は、製薬に関わる錬金術士達だけでなく、機械術士組合や魔術士協会、他にも鍛冶や医療分野など、各種産業に高い需要があり、冒険者達の主な収入源の一つでもある。
アッシュが持ってきていた依頼用紙の最後の方には、気楽なコメントが寄せられていた。
『トロール種の魔骸石は、滋養強壮に関する魔法薬を製作する上で、非常に高い効果を発揮するとされている』
『今後、これから王都で扱う予定である高級滋養薬を製作するため、普通のトロールではなく、上位トロールを狩って、その魔骸石を集めて欲しい』
『この滋養薬開発は錬金術の発展に関わる重大な事業となるだろう』
『誇り高いアードベルの冒険者諸君の情熱と献身には、王族、貴族の方々も期待している』
そこまで読んで、ローザは緩く息を吐きだした。
「情熱と献身、かぁ」
「……王都から回ってくる依頼らしいわね」
ローザの横から依頼用紙を覗いていたネージュも、鬱陶しそうに軽く鼻を鳴らした。
依頼達成によって考慮される貢献度と報酬額も記載されているが、両方とも本当に微々たるものであり、王族や貴族たちへの“奉仕”の趣が強い内容だった。
そもそも上位トロールを仕留めること自体が困難であるし、トロールダンプの下層をうろつく危険を考えれば、3等級までの冒険者ならこの依頼はまず受けない。
トロールを狩って十分に稼ぐことができる上級冒険者でも、こんな報酬額では見向きもしないだろう。
ギルドに認められる貢献度は、冒険者の等級に関わるものだ。
これが高く設定されているならば話も変わるのかもしれないが、王都からの依頼がアードベルまで回ってくる場合、他の都市と比べ、貢献度が著しく低く設定される傾向がある。
冒険者の楽園と呼ばれるアードベルでは、他国から追放された食い詰め者や、行き場も無く流れついた犯罪者などが、人生最後の職業として冒険者を始める場合も少なくない。
そういった背景を理由に、王都に住まう貴族や王族たちは、アードベルの冒険者達を見下しているのだ。
回ってくる依頼の危険さと報酬のアンバランスさは、その証拠だろうとローザも思わないでもない。冒険者の命を買い叩くような依頼には、流石に嫌悪感を覚えることだってある。
アードベルでそれなりに冒険者活動を続けている者なら、王都から回ってきた依頼などは滅多に受けたりしない。
だが、自分ことを“世間知らず”だと言うアッシュはこの依頼を受け、健気にも一人でトロールダンプに潜ってきたのだ。
「そう言えばアッシュ君、上位トロールを探しに来たって言ってたもんね」
ローザが振り返ると、カルビの治癒魔法を受けているアッシュは、やはり困ったような笑みを浮かべて頷いた。
「はい。一応、そのつもりでした」
温和な声で答える今のアッシュと、二振りの短剣を縦横無尽に振るっていた先ほどまでアッシュと、一体どちらが本当のアッシュなのだろう。
何となくローザは、頭の隅でそんな事を思った。
「……なぁ。このシャーマン、もしかしたら上位トロールなんじゃねぇか?」
アッシュの腕と背中の傷を癒すべく、治癒魔法円を展開していたカルビが顎をしゃくって、倒れているトロールシャーマンを指した。
「コイツだけ他のトロールと違って、明らかに異様な強さだったからな。それに見てみろよ。まだ晶石化の途中だが、他のトロール共と様子が明らかに違うぜ」
真面目な声でカルビに言われ、ローザとエミリア、ネージュは顔を見合わせてから、シャーマンの死体に向き直った。
フロア内に倒れているトロールの達の肉体は、既に光の粒子となって空気中に霧散しはじめている。この細かい光の粒が消え去らず、トロール達の心臓や脳にあたる部分で凝り固まって残ったものが魔骸石だ。
トロールの魔骸石の多くは、緑色と黄色が複雑に混ざったような色彩を持ち、人間の拳ほどの大きさをしている。アッシュが倒した親衛隊トロールの魔骸石は、もう少し大きい。大人の頭ぐらいか。
ただ、シャーマンのものは更に大きかった。
青と紫が混じり合ったような模様をしていて、とにかく大きい。人間の子供くらいだ。
「うぉデッカ……!」
目を向いたエミリアが、どことなく下品な言い方をした。
「た、確かに大きいわね……」
不気味なものを見たように、ネージュがボソッと溢した。
「うん……。こんな大きな魔骸石、見たことないんだけど」
ローザも半ば呆然としてしまう。
他のトロールのものと比べて、明らかに大き過ぎる。
「成体になったドラゴン並にデカいんじゃねぇのか」
愉快そうに肩を揺らしたカルビは、「お前、アレどうすんだよ?」とアッシュに笑った。もう笑うしかないといった感じだった。
カルビの治療を受けているアッシュの方はと言えば、「えぇと……」と少し考えこむように視線を下げる。
「僕はローザさんの同行依頼を受けている立場ですから、この場の皆さんで討伐を達成した、というのはどうでしょうか?」
その申し出は、依頼達成によってアッシュが得られる報酬や貢献度を、ローザ達と平等に分け合おうという意思表示に他ならない。
「それで構いませんか?」とローザ達を順に、窺うような目つきで見たアッシュは、あくまで同行を依頼されたという立場を徹底しようとしているのだと分かった。
そのアッシュの頑なさからは、誠実さや実直さとは種類の違う、もっと切実な何かを自らに課しているかのような、必死さや懸命さのようなものをローザは感じた。
『最低等級の冒険者』という枠の中に、自らを押し込こうとしている。そんな風にも見える。いや、もっと大きな枠の中に、紛れ込もうとしているような――……。
ローザはそこで、緩く首を振った。
アッシュが胸の内に何を秘めているのかは、出会ったばかりのローザには分からない。やはり気にはなったが、それはこの場で訊くことではないだろう。
「……お前、なかなか面白いことを言うじゃねぇか。気に入ったぜ」
アッシュの肩と背中に治癒魔法円を維持しながら、「クックック」とカルビがまた肩を揺らした。
「だが、あのデカさの魔骸石だと、馬鹿正直にギルドに提出しちまうのは勿体ねぇな。王都から回って来た依頼なら、どうせ報酬も貢献度もバカみてぇに低い設定だろ? いっそのこと、錬金術士のマテリアルショップに直に持ち込むってのはどうだ?」
「まぁ確かに、とんでもない値段が付きそうだけどさ。そういう話は、“セーブエリア”に帰ってからにしようよ」
緩く息を吐いて、ローザもこの場の面々を見回す。緊張が解けてきたことで、一気に疲れがきた。身体の重さは回復薬で何とかなるが、これは気力の問題だ。
「カルビとネージュにも合流出来たし、アッシュ君の目的も一応は達成されたワケだし。とりあえずは、『めでたしめでたし』じゃん?」
ローザが気の抜けかけた声で言うと、肩を貸してくれているエミリアが賛同してくれた。
「私達も、それなりに消耗しましたものね。回収できる魔骸石を拾いながら、いったん地上に戻りましょう」
このフロアに来る前に氷漬けにしたトロール達も、そろそろ晶石化が終わっているころだろう。あれも帰りに回収しておこう。トロールの魔骸石は高値で買い取ってくれるので、魔法弾を大量消費したローザにとっては有難い。
「えぇ。今回の探索はここまでね」
頷いたネージュは一瞬だけ視線を彷徨わせてから、アッシュに向き直った。
「助けて貰っておいて、自己紹介もまだだったわね。……私は、ネージュ。ネージュ=グラキエースよ。貴方の名は、アッシュというのね?」
引き締まった声で言うネージュは、礼を尽くす騎士のようにアッシュの前に片膝をつく姿勢をとった。凛然として真摯な態度のネージュに、アッシュの方は少々たじろぐように身を引きつつも、「え、えぇ」と頷いた。
「僕は、アッシュ=アファブルです。先程、ローザさんから同行依頼を受けて、ここまで御一緒させて貰いました」
「おう。アタシの名前はカルビだ。カルビ=エストマゴ。よろしくな、アッシュ」
そこでカルビは、思い当たることがあったように唇の端を吊り上げた。
「あぁ、そうか。さっきの通信でローザが言ってたヤツは、お前のことか。……ん? ……いや、おい、ちょっと待て。マジで今更ではあるんだけどよ」
笑みを消したカルビが、不気味なものを見たような顔になった。
「アッシュ、お前のパーティは何処だよ?」
「そう言われてみれば……」
周囲に視線を巡らせたネージュも、不可解そうな表情を浮かべている。
あぁ、そうか。2人は知らないのか。一応、最初に伝えたつもりだけど。ローザは小さく苦笑する。
「ソロなんですのよ、アッシュさんは。ラブリーでチャーミングな、孤高の冒険者なのですわ」
何故か胸を張ったエミリアが、まるで親しい人物を紹介するかのような口振りになる。
いや、エミリアだってアッシュ君とは今日が初対面だったでしょ……。そう心の中でツッコみを入れたローザも「しかも5等級なんだって。信じらんないよね」と苦笑しながら続いた。
「……は?」
「えっ……」
カルビとネージュは仲良く声を揃えながら、エミリアとローザの方を見た。そのあとで互いに顔を見合わせた2人は、次にアッシュの方へと首を曲げる。
2人の視線を受け止めるアッシュはと言えば、眉を下げた表情で頷いてみせただけだった。今の彼の様子は、いかにも誰かと冒険することに慣れていないふうで、それがまた、ソロ冒険者らしくもあった。
アッシュがソロであること、それに5等級であることに動揺しながらも、アッシュへの治癒魔法円をちゃんと維持しているカルビはやっぱり凄いし、そのカルビの隣で、目を丸くして素で驚いているネージュなんて初めて見たなぁなどと、ローザは暢気なことを思う。
「とりあえず、皆で“セーブエリア”まで戻ろうよ」
10話まで読んで下さり、ありがとうございました!