「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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僕と、彼女が引き受けていたもの

 

 

機械術士たちが工房を連ねる地区では、その地下も掘り起こされて整備され、特殊な魔導具開発に関わる設備が広がっている。

 

 魔導具の照明で明るい廊下は、空調も効いていた。乳白色の床や壁面、天井は、金属とも石とも違う材質のようだった。無機質な清潔感を湛えた人工的な空間が続く。

 

 地下エリアを案内してくれているヴァーミルとシャマニのあとに続きながら、アッシュは軽く息を吐く。僅かな緊張があった。

 

「ヤツを収容しているのは、あの部屋だ」

 

 ヴァーミルが振り返らずに言う。黙ったままで前を向いているシャマニが、歩きながら拳を握っているのが分かった。

 

 ギギネリエスに対し、深い憎悪をシャマニが抱いていることはアッシュも察していた。今のシャマニが、自分を落ち着かせてようとしているのも明白だった。

 

 右手側の壁面に、厳重そうな扉が見えてきていた。

 

 ヴァーミルが扉の横に設置されていた端末に触れ、手早く操作した。そのあと、扉に備え付けられている黒い覗き穴のような場所に顔を近づける。彼女の網膜を識別しているようだ。

 

 直後。ゴゥン……! という重々しい響きがあり、微かな揺れと共に、その厳重な扉が開いた。

 

 幾重にも重なった分厚い金属の扉が、上下左右に開いて壁面に飲み込まれていく。その向こうには更に金属板があり、太い、太すぎるネジのようなものでロックされている。

 

 今度はシャマニが、さきほどのヴァーミルと同じように指紋と網膜を認証させることによって、巨大と言っていいネジが厳粛なほどにゆっくりと回転した。金属板の扉も上下左右に開いていく。

 

 まるで荘厳な儀式を目の当たりにしたような気分のアッシュは、ここに来るまでにヴァーミルたちから聞かせて貰った話を思い出していた。

 

 凶悪犯を捕えるためのハイテク独房開発の要望は、アードベル行政部だけでなく、治安維持に関わるクラン、正規軍からも多かったらしい。

 

 拘束用の魔導具はもとより、魔術を編めなくするような機能を備えた独房を造り上げる計画が始まり、開発研究が行われたのがこの施設だった。

 

“秩序の塔”からの報復を懸念したギルドは、ダルムボーグで捕らえたギギネリエスを秘密裏に封印することを決定した。その際に、この施設内で処分されずに置いてあったハイテク魔術独房の試作品を調整・改良を施し、厳重なロックを施せるこの部屋に運び込んだのだ。

 

 ヴァーミルとシャマニが、薄暗がりの部屋に踏み込む。そのあとにアッシュも続く。中は広くない。足音がやけに大きく響く。

 

 箱状の物体が見えている。正面は透明。

 あの男の姿があった。向こうも此方に気付いている。

 

「やぁ、アッシュ」

 

 魔術結界を編み込んだ特殊な封印ガラスは、もはや次元の断絶に近い。隔離された空間の向こう側から、ギギネリエスが柔和で邪悪な笑みを向けてくる。

 

 その喉首と手首、足首に魔導具の枷を嵌められていた。死霊魔術を含む、あらゆる魔法の使用を不可能にするものに違いなかった。

 

「あれから色々あったみたいだが、元気そうで安心したよ」

 

 ギギネリエスの背後。奥に簡素なベッド、トイレ、テーブル、椅子が見える。封印ガラス以外の壁面、それに天井には無数の魔導機械が備え付けられており、それらが常に魔法円を展開している。

 

 やはりギギネリエスの魔力を抑え、魔術を編むことを阻害するためのものだろう。それに展開されている魔法円自体が火花を散らしたり帯電したりしているので、脱走防止の有刺鉄線のような役割もあるようだった。

 

「ヴァーミルの姐さんも、シャマニちゃんも元気そうで何よりだよ」

 

 途方も無く堅牢な牢獄の中で、寛いだ様子のギギネリエスが肩を揺らす。ヴァーミルは無言のままで鼻を鳴らした。シャマニが舌打ちをして睨む。

 

「気安く呼ばないでくれる?」

 

「そんなに毛嫌いしないでよ。一緒に戦った仲じゃないか」

 

 いっそう馴れ馴れしくなったギギネリエスを、凄まじく物騒な目つきで睨んだシャマニだったが、それ以上は何も言わなかった。黙り込んで、アッシュの傍に控えるような位置に立つ。

 

 ヴァーミルがその反対隣に移動して、アッシュの頷いてくれた。

 

「ふぅん……。その様子を見るに、俺に用があるのはヴァーミルの姐さんやシャマニちゃんじゃなさそうだねぇ」

 

 独房の奥から椅子を持ってきたギギネリエスは、封印ガラスの向こうで脚を組んで座った。ゆったりとした仕種で手を組んで、アッシュの顔を見上げてくる。

 

「……えぇ、そうです」

 

 重く濁った黄土色の瞳を見据えて、アッシュは頷く。

 

「あなたに会いたいという僕の希望を、ヴァーミルさんとシャマニさんが、叶えてくれたんです」

 

「俺に会いたかっただなんて、嬉しいことを言ってくれるねぇ。くくく。俺の知ってることは何でもゲロってやりたり気分になっちまうよ」

 

 唇の端を持ちあげたギギネリエスが、大袈裟に肩を揺らす。そして醒めたように片方の目を細めた。

 

「……だが、俺の知ってることは話したよ。お前も、ヴァーミル姐さんとシャマニちゃんから聞いてるとは思うがねぇ」

 

「はい。ここに来るまでに、お話は伺いました」

 

 自白魔法が効かないギギネリエスだったが、尋問に素直に応じていた。

 

 知っている“教団”の施設。その数と位置、目的。配置されている教徒の数と戦闘能力。それに、“教団”に与するネクロマンサーの正体。名前や能力についても。

 

“教団”に関してギギネリエスが語ってみせた情報は、正しかった。だが、“教団”側もギギネリエスが討伐されたと知ってすぐに動いていたようだ。

 

 ギギネリエスが明かした複数の“教団”施設は、高度な土魔法による土木工事、建築、建造、生成スキルを用いた地下牢獄のような風情のものばかりで、既に“教団”教徒たちが去ったあとで蛻の殻だった。

 

 ギルドはギギネリエスの身柄を拘束しているものの、“教団”に繋がる何かを手に入れることができていない。

 

「前も言ったが、俺が知ってるネクロマンサーはレーヴェスと、もう一人。ナテマって女の子だ。逃げてるレーヴェスを回収したのは、その女の子で間違いないだろうよ。いつもコンビを組んでたからねぇ」

 

「あなたが以前ダルムボーグで言っていた、他の2人のネクロマンサーというのが、その二人なんですね?」

 

「あぁ。レーヴェスとナテマも、“器”を用意するために動いてたのは間違いないよ。でも、俺が造った死体人形が優秀過ぎてねぇ。結局、俺があいつらの面目を潰しちまったんだが」

 

 ギギネリエスが意味深な眼差しをアッシュに向けてくる。ヴァーミルとシャマニが険しい表情になって、アッシュとギギネリエスを交互に見ている気配があった。

 

「お前の創り出す過程で、腐るほど失敗作も出来ちまったがねぇ。そのうちの一体を、レーヴェスに売ったやったこともある。まぁ、俺が扱う死霊魔術の研究のためだったんだろう。お前がエルンの町でバラしたのが、多分そうだよ」

 

「……はい。僕と同じ髪の色をしていました」

 

「だろう? お前の兄弟というか姉妹というか、とにかく、俺が造った死体人形を弄る過程で、レーヴェスはお前に対する特効的な魔術を編み出したのさ」

 

 自分の体が、生きながら解体されていく感覚を思い出す。歌劇場のステージの上で、事実としてアッシュはレーヴェスに対して無力だった。何もできなかった。奥歯を噛んで頷く。

 

「えぇ。……歌劇場では、僕の動きは完全に封じられました」

 

「あれには俺も驚いたよ。既に人間として生きてるお前を解体しちまうなんて、俺でも出来ないからねぇ。その御蔭で、俺がお前を助けてやることもできたからねぇ。結果オーライだ。……ここまでの話は、お前も把握してるだろう?」

 

 ギギネリエスはそこで、アッシュの傍で控えるように立つヴァーミルとシャマニを目線だけで見上げ、わざとらしく肩を竦めた。

 

「だったら、もう俺が話せる内容ってのは殆ど無いよ? “秩序の塔”を構成してる奴らのことは、俺も理解してない。別に興味も無かったからねぇ。嘘だと思うなら、この機会に俺のことを拷問してくれてもいい」

 

“秩序の塔”の内部に繋がる情報は、ギギネリエスは一貫して語らない。適当なことを仄めかすこともないし、はぐらかした物言いをすることもなかった。

 

 ギギネリエスは“秩序の塔”との遣り取りは、基本的にはゾンビを通じて行われたという。

 

 レーヴェスがしたように、レイダーのような悪人の目や喉を潰し、両腕を切り落とした上で、口の中に通信用魔導具を仕込んで、伝書鳩よろしく各地を移動させているらしい。

 

 このゾンビは“メールボックス”と呼ばれ、各土地の領主や騎士に捕まれば即座に自爆して証拠も残さない。徹底して“秩序の塔”は、自分達に繋がる線を消している。

 

 今回の歌劇場での事件の対応に迫られたギルドも、反撃の機会を掴めていない。

 

「……“秩序の塔”に関する情報がどれだけ欲しくても、アンタを拷問するなんて時間の無駄は御免だわ」

 

 シャマニが吐き捨てる。ヴァーミルは黙ったまま、鬱陶しそうに鼻を鳴らした。

 

「もう俺は空っぽだからねぇ。煮ても焼いても食えないし、振っても揺すっても何も出てこないよ」

 

 二人の様子を見たギギネリエスが、忍び笑いを洩らしながら肩を竦める。それからアッシュに目を戻してきた。どろっと濁った黄土色の瞳が、そこで不穏な輝きを帯びる。

 

「……でも丁度、お前に話おきたいこともあった。それに、ヴァーミルの姐さんやシャマニちゃんにも聞いておいて貰った方がいいだろうから、いい機会だ」

 

 アッシュは既に、ギギネリエスが語ろうしていることには予想がついていた。そしてそれは、アッシュがギギネリエスに会いにきた理由でもある。

 

「はぁ?」という小声を洩らしたシャマニと、物騒に眉間に皺を寄せたヴァーミルもギギネリエスに顔を向けた。封印ガラスの向こう側で、ギギネリエスが悠然と脚を組み替える。

 

「この施設に保管されてる、あのアナテとかいう死体人形があるだろう。アイツと戦っているとき、お前は俺以外のヤツの“声”を聞いたはずだ」

 

 黙ったままアッシュは頷く。「何の話だ……?」とヴァーミルが目の色を変えて、シャマニもギギネリエスを警戒するように睨んでいた。

 

「あぁ。実はねぇ。アッシュと俺が精神同期をしているときに、割り込んできた奴がいるんだよ」

 

「あの場に、“教団”か“秩序の塔”の人間がいたというのか?」

 

 尋問口調になったヴァーミルが、一度アッシュの肩に触れた。それから封印ガラスに近付いて、睨むようにギギネリエスを見下ろす。

 

「答えろ外道」

 

「悪意によって今まで黙ってたワケ? 拷問じゃなくて処分になるわよ?」

 

 ドスの利きまくった声を出すシャマニは、既に手の中に剣を取り出していた。

 

「いえ、恐らくは違うと思います。……僕は頭の中で、青年の声を」

 

 アッシュが二人に応じかけたとき、封印ガラスの向こう側でギギネリエスが軽く手を振った。ヴァーミルとシャマニに向けて、まぁまぁ落ち着いてくれとでも言う感じだった。

 

「歌姫さんが襲われた現場に、“教団”と“塔”に関わってた人間はいないよ。操られたジュードだけだ。それは鑑定とか精査魔法で確認済みだろう? それとは別さ。レーヴェスとかとも関係ない。遠隔でアッシュの能力を弄ってきたヤツがいるんだよ」

 

 そこでアッシュは、ギギネリエスの言葉のあとを継いだ。

 

「頭の中で、“力を貸してやる”と声を掛けられたんです」

 

「……そういったことは、隠さないで貰いたいものだ」

 

 責めるような眼差しをヴァーミルから受け取り、アッシュは素直に頭を下げる。

 

「はい。信頼を裏切る形になって、申し訳ありません」

 

「おっと。アッシュが悪いワケじゃないよ。黙っておけと釘を刺したのは俺なんでね」

 

 暢気な言い方でギギネリエスが口を挟んでくる。

 

「“声の主”に、害意や悪意が無いのも明白だったからねぇ。そうじゃなきゃ、今回の件は丸く収まってないよ。……ありゃ相当な力の持ち主だと思った方がいい」

 

 既に何らかの答えを得ているふうのギギネリエスは、考え込むように視線を落とした。この男にしては珍しい、やや深刻な面持ちだった。

 

「結局、何者なのよ。その“声の主”ってのは」 

 

 攻め込むような口調のシャマニは、手に剣をバチバチと帯電させながら目を窄めていた。腕を組んだヴァーミルも、黙秘を許さない眼差しでギギネリエスを睨んでいる。

 

「適当なことをベラベラと喋る俺だけど、実は“嘘を吐かない”モットーがあってね」

 

 不意に、ギギネリエスは声音に芯を通し直して顔を上げた。

 

「まぁ、100年規模で長生きしていると、自分が何者なのか分からなくなってくる。おまけに、自分の口から出てくる言葉まで真実じゃないとなったら大ごとだ。俺と俺以外の境界線が消えちまう」

 

 どろっと濁った黄土色の瞳には、暗い輝きが宿っている。ヴァーミルとシャマニも、ギギネリエスの無駄口を黙らせるべく何かを言おうとしていたが、それを飲み込む気配があった。

 

「だから、今から俺が話す言葉は、少なくとも俺にとっての真実だってことを前提に聞いてくれ」

 

 気付かずアッシュは身構えていた。御蔭で、落ち着いていられた。

 

「あれは多分、魔王の生き残りだよ」

 

 一瞬、ヴァーミルとシャマニが、ぽかんとしたような顔になった。それから目を見交わし、下らない冗談を避難するようにギギネリエスを見遣る。

 

「くくく……。まぁ、本気で言ってるようには聞こえないかもしれないねぇ。だからこそ、俺はアッシュに、“このことは黙ってろ”って言ったのさ」

 

 一方で、今度はギギネリエスの方が眼差しを鋭く絞って、ヴァーミルとシャマニを見返した。ただそれだけで、異様なほどの迫力と威圧感がある。二人が僅かに息を飲んで、顔を引くのが分かった。

 

「歌劇場が派手にぶっ壊れて、特大のネクロスライムが街に溢れ出しそうになって、歌姫様が死にかけて、『正義の刃』からはゾンビ化して裏切り者が出て、剣聖さんの片腕と片脚が斬り飛ばされて、今回の件はドデカい騒ぎだった」

 

 ギギネリエスは組んでいた脚を解き、前屈みに椅子に座り直した。

 

「俺が助けてやったレイダー共のこともある。そういうモンを収拾するために誰も彼もバタバタしてる状況で、“生き残った古の魔王みたいなヤツが、事件に関わってきてました~”、なんて話をして、誰がマトモに取り合うんだい?」

 

 そこで言葉を切ったギギネリエスは、「今のお前達の反応が答えだろう」と上司が部下の失敗や態度を質すように、ヴァーミルとシャマニに指を向ける。

 

「お前達がこの話を真剣に聞ける状況になるのを、俺は待ってたのさ。いいかい? これは人生の先輩からのアドバイスだが、トンチキな話が現実味を帯びてきたときほど怖いモノはないよ。覚えておくといい」

 

 偉そうな言い方のギギネリエスを見下ろし、ヴァーミルとシャマニは顔を歪めていたが、反論をしなかった。争うよりも、黙ることでギギネリエスの言葉を促している。アッシュもそれに倣う。

 

「俺はアッシュの内部にある魔王の魂の、まぁ断片みたいなもんだが、それを起動させてやった。そこまでは俺の死霊魔術だ。だが“声の主”は、よりアッシュに最適化した形で活性化させやがった。……これは中々できるモンじゃない」

 

「例え何者であっても、僕は無条件に従ったりするつもりはありません。もしも僕のことを支配して利用するつもりであっても、そのときは、僕が僕自身を殺せば済む話です」

 

 アッシュは言いながら、耳の中に蘇ってくる朗らかな声を聞いた。

 

 ――魔王になりたいかい?――

 ――勇者になりたいのかい?――

 

「まぁ、お前を暴走させるような企みは持ってなさそうだったがねぇ。実際のところ、“声の主”に悪意や害意があったなら、今頃はマジで笑うしかないような状況になってはずだよ。アッシュだって、アッシュでいられなかったはずだ」

 

 封印ガラスの向こう側で、表情にだけ不真面目な笑みを浮かべたギギネリエスは、おどけた口振りだった。だが、その言葉はやけに重く響いた。

 

「……すまなかった。アッシュ」

 

 瞑目して一つ息を吐いたヴァーミルが、またアッシュの肩に触れた。気遣うような触れ方だった。

 

「キミが背負おうとしているものに、今回も私は無神経だったようだ。打ち明けてくれたキミの勇気と、この機会に感謝する」

 

「いえ……。こちらこそ。厄介なことばかりを持ち込んでしまって、すみません」

 

「アッシュ様が謝ることではないですよ。……罪悪感を抱くべきは、悪徳に身を浸している者達の方に決まっています」

 

 シャマニが頷いてくれて、そこでギギネリエスが面白いものを見つけた顔になって笑い声を立てた。

 

「アッシュ様だって? ケヒヒハハハ! こりゃあ驚いたな。なかなか楽しい関係性じゃないか。だがシャマニちゃん、そういうアブノーマルなのは、まだアッシュには早いんじゃ――」

 

 そこに続く言葉を叩き潰すように、顔を歪めたシャマニが封印ガラスを蹴飛ばした。物凄い音が鳴り響き、椅子に座っていたギギネリエスが身体を伸びあがらせている。

 

「それ以上ゴチャゴチャと騒ぐんなら、本当に処分するわよ」

 

「そんな怒らなくていいじゃないか。俺は随分とシャマニちゃんに嫌われちまってるみたいだねぇ。……ダルムボーグでのことで、まだ怒ってるのかい?」

 

 困惑したフリをするギギネリエスが、決定的なことを口にする。

 

「やっぱり、俺がシャマニの両親の仇だと思ってるようだねぇ」

 

 ハッとしてアッシュは息を呑んだ。

 

 シャマニの憎悪の正体を、誤解しようもなく言い切ったギギネリエスの言葉に、アッシュは唖然とした。いや、心の何処かでは予想できていた。

 

 今まで平静を保っていたシャマニも、あまりにも馴れ馴れしいギギネリエスの態度を前に、完全な無表情になっていた。

 

「……次に口を開いたら殺すわ」

 

 シャマニは懐から板状の端末を取り出しながら、アッシュの隣で大剣を変形させた。火花が散る。盛大に紫電を纏った蛇腹剣が床を叩いた。

 

 シャマニが手にしている端末も、恐らくギギネリエスを捕らえているこの独房の、或いは、封印ガラスを開けるためのものに違いない。その殺意は本物だった。

 

「シャ、シャマニさん……!」

 

 バチバチと散る火花の光と熱から、アッシュは腕で顔を庇う。

 

「落ち着け、シャマニ!」

 

 ヴァーミルが咄嗟にシャマニの腕を掴んだところで、ギギネリエスが喉を鳴らしながらシャマニの目を見詰めた。己に向けられている凄絶な殺意を受け止め、味わうかのように。

 

「俺は適当なことをベラベラ喋っても、嘘は言わない」

 

 宣言するように言ったギギネリエスは、そこで哀れむような顔になった。

 

「いずれはシャマニちゃんに伝えておくべきだとは思ってたんだよ。だが生憎、さっきも言った通り、みんな忙しかっただろう? 誤解を解くタイミングが無くてねぇ」

 

「はぁ……? 誤解……?」

 

「あぁ。ダルムボーグで俺は、シャマニちゃんをイジメるために色々と言及しただろう? シャマニちゃんの両親についてね」

 

「もう喋るな」

 

 端末に指が掛かっているシャマニの声は、もう既に殺すと決めた相手に向けられるような、無機質な攻撃性を帯びている。何を言おうと耳を貸すつもりがなく、その必要性を感じていないのだ。

 

 だがこのときアッシュは、ギギネリエスがシャマニ向ける、独特の残酷さと憐憫を感じた。既に、シャマニを甚振ることに興味を失っているのだろう。あの濁った黄土色の瞳も、酷く冷めたように凪いでいた。

 

 恐らくはヴァーミルも、アッシュと同じような印象を今のギギネリエスから感じ取ったに違いない。彼女はシャマニを制止しつつ、ギギネリエスの言葉を待つように黙っている。

 

「じゃあ、真実を教えてやろう」

 

 椅子に座り直したギギネリエスは、両膝の上に両肘を置く姿勢になって、真正面からシャマニを見据えた。自分に向けてくるシャマニの殺意、その全てを飲み込むかのような、深い暗がりを帯びた眼差しで。

 

「俺は確かに、シャマニちゃんの両親のことは知っているよ。だが、シャマニちゃんの両親を殺したのは俺じゃない」

 

「……は?」

 

 恐ろしい形相になったシャマニが一瞬、その殺意を動揺させた。悠然としたままのギギネリエスが、緩く首を振る。何を言われても、これはどうしようもない真実なのだと。

 

「吸血鬼だったシャマニちゃんの両親は、野良のネクロマンサーに殺されたのさ」

 

 シャマニが黙り込む。ヴァーミルが苦しそうに眉を寄せて、奥歯を噛んでいた。アッシュも、何も言葉を発せなかった。シャマニの両親。吸血鬼。その言葉が、頭のなかで木霊する。

 

 一瞬、怯むように瞳を揺らしたシャマニが、アッシュの方を見ようとして、それを堪えるのが分かった。アッシュからの視線に怯え、逃げるようだった。

 

「俺は一時期、人間じゃないヤツの死体を集めてたってのは事実だよ。素材としてねぇ。だから、シャマニちゃんの両親を俺も狙ってたのさ。だが、先を越されたんだよ」

 

 平然としているのは、滔々と語るギギネリエスだけだ。

 

「大事なのはここからだ。その野良ネクロマンサーは俺が既に殺しちまった。向こうが俺を襲って来たんだよ。正当防衛さ。まぁ、変な言い方になっちまうんだが」

 

 実はシャマニちゃんの仇は、俺がもう討っちまってるんだよ。

 穏やかな口振りのギギネリエスは、そこで眉を下げて首を振った。

 

「だがヤツは、シャマニちゃんの両親の死体を保存してなかった。あの雑魚ネクロマンサーの腕だと、吸血鬼を素材として使い熟すのは難しい。恐らく、誰かに売っちまったんだろうがねぇ」

 

 どんな表情も作れないまま、シャマニは何度も唾を飲み込んでいた。形のいい彼女の顎や、喉や呼吸、蛇腹剣を握っている手が、絶えず震えている。

 

「さて、俺がどうしてシャマニちゃんの両親と、シャマニちゃんのことを知っているか? 答えは単純だ。俺が、シャマニちゃんのお父さんとお母さんに雇われてた時期があったからだよ。なんなら、生活を支えてやった時期もある」

 

 ギギネリエスは、そんなシャマニを見上げながら語り続けた。

 

「シャマニちゃんの両親は、吸血鬼ながら人間社会に紛れて生きることを選んだ。狙われる異種っていう立場だと、どうしたって人間共のハンターから狙われて逃亡生活になる。安心して眠るには、やっぱり“人間になる”しかない。そこで冒険者になったわけだ」

 

 封印ガラスの向こう側でギギネリエスの語るのを、シャマニは止めようとはしない。止められない。ヴァーミルも口を引き結び、シャマニを見守っている。

 

「だが、いくら腕の立つ冒険者で稼ぎがあっても、流石に吸血鬼同士だと生き辛い。どうしたって吸血衝動がある。血を吸わないといけない。だが、人間を攫って血を吸えばグールになっちまう。後始末にも困るだろう。そもそもバレたら終わりだ。そこで、俺が雇われたのさ」

 

 恩着せがましくはない言い方のギギネリエスも、気に入った思い出を語るような顔つきになっている。

 

「既に賞金首だった俺は、色んな冒険者から狙われてた。そいつらを返り討ちにして、半死半生のゾンビに変えて提供してやったんだよ。レーヴェスがやったみたいにねぇ。これで、シャマニちゃんの両親の吸血衝動も解決したワケだ」

 

 自分の善行を誇るような口振りのギギネリエスは、そこでシャマニを見据えた。

 

「そうやって人間社会に紛れ込んで生活するうちに吸血鬼夫婦にも、子供が生まれた。愛し合う男女の、幸福な結果だ。でも、その子供は半吸血鬼だった。何故か? お父さんのお父さん、つまりは祖父が人間だったからだ。……つまりシャマニちゃんは、先祖返り的に半吸血鬼になっちまったって話さ」

 

「な……、んでアンタが、そんな話を知ってるのよ」

 

 浅い呼吸を繰り返しているシャマニが、絞り出すような声で訊いた。「さっきも言っただろう?」とギギネリエスが穏やかな表情になる。

 

「俺とシャマニちゃんの両親とは、俺はいい関係を築いてた。仲良しだったのさ。まぁ、いずれは殺して素材にしちまうつもりだったが……。シャマニちゃんのお父さんから相談を受けたワケだ。この子をどうしようってね」

 

 語っている内容に嘘が無いことを強調するように、ギギネリエスはシャマニから目を逸らさない。自分が生きてきた時間を語って聞かせようとする、ある種の真剣さがある。

 

「完全な吸血鬼は、吸血衝動を抑えることはできないし生命活動に必要だ。だが半吸血鬼なら、魔術的な施術と投薬によって衝動を抑えることができる。かなりハードだが、不可能じゃない。それをシャマニちゃんのお父さんに伝えて、アドバイスしたんだよ」

 

 ギギネリエスが語るのを聞きながらアッシュは、いつかのときにヴァーミルが語ってくれたことを思い出していた。

 

 彼女達の肉体には改造手術が施されている。それは開発された戦闘魔導具を扱うためだけではなく、肉体的、精神的に深くダメージを与える病や、種族的な飢餓、衝動に対処する意味もあるのではないか。

 

「あとは、シャマニちゃんの知っての通りだ。毛布に包まれたシャマニちゃんが孤児院じゃなくて、神殿の前に置き去りにされたのも俺の入れ知恵さ」

 

「……生命保全を最優先とする神殿なら、他の機関にも素早く協力を要請できるからですか?」

 

 アッシュは訊いていた。ヴァーミルとシャマニの視線を感じる。ギギネリエスが頷いた。

 

「そういうことだ。シャマニちゃんを包んでた毛布には手紙が挟まっていた筈だよ。“この子は半吸血鬼です”ってね。その一言だけで、神殿側は勝手に動いてくれる。シャマニちゃんを保護して、“人間”として生きていく道を示してくれたはずだ」

 

 優しい言い方になったギギネリエスに、シャマニが一瞬だけ怯むように顔を強張らせた。同時に、シャマニの隣にいたヴァーミルが睨み殺すような目つきなる。

 

「それなら貴様はシャマニの苦悩を知りながら……、今までシャマニがどれだけの苦痛を飲み込んで生きてきたかを察していながら、ダルムボーグでは意気揚々と殺しにきたということだな?」

 

「くくく。その通りだよ。さっきも言ったが、俺は別にシャマニちゃんの両親のことは何とも思ってなかったし、シャマニちゃんにも愛着があったわけじゃない。報酬素材として、吸血鬼の血液を分けて貰ってただけさ。ビジネスライクな関係だったからねぇ」

 

 あっけらかんと言い放つギギネリエスは、首を回して耳を掻いた。

 

「そういうワケで俺は、シャマニちゃんが半吸血鬼だって知ってたのさ。『戦乙女』を殺してこいっていう仕事を受けたときに思い出して、ついでに素材として回収しようと思ったんだよ」

 

「……腐れ外道め」

 

 怒りに震える吐息と共に、ヴァーミルが吐き捨てた。アッシュも、じっとギギネリエスを見据える。シャマニは呆然と項垂れ、頻りに唇を噛みながら床を見詰めていた。胸の中に昂じていた感情を、必死に処理しようとしているふうだった。

 

「悪いねぇ、シャマニちゃん。せっかくの憎悪の行き場を奪っちまうような形になって」

 

 言いながらギギネリエスは立ち上がって、のっそりとした足取りでベッドに向かう。

 

「だがまぁ、その憎悪は俺が面白半分で植え付けたモンだ。そろそろ引っこ抜いておかなきゃならないと思ってたのさ。不幸な誤解が解けたようで、俺もホッとしているよ」

 

 ベッドに仰向けに寝転んだギギネリエスは、ひらひらと手を振った。ここで話しておくべきことは、これで全部だというふうに。アッシュも、ヴァーミルも、シャマニも、封印ガラスに隔てられたまま、少しの間だけ立ち尽くす。

 

「とりあえず、アードベル市内に魔王らしい人物がいたら要注意だ。まぁ、悪い人じゃないだろうけどねぇ」

 

 深刻さと現実味に欠けていながらも、真面目な忠告。魔王。その言葉の扱い方次第で、今とは全く違う場所に導かれる予感がアッシュにはあった。

 







今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
皆様に温かく支えていただき、本当に感謝しております……!
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