「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
バーキャス歌劇場での騒動も一段落しつつある。歌姫マリヴェルも、事務所のスタッフや弁護士たちと共に、明日には王都に帰ることになっている。彼女の専属護衛も、『鋼血の戦乙女』達が担当することになった。
負傷したサニアは警護任務を解かれており、それは“キニス”という虚像を纏っていたアッシュも同じだった。もうアッシュが女装をする必要も無い。
ヴァーミルやシャマニに会いに行くと、このタイミングでアッシュが機械術士たちの工房に出向いたことの意味は、ローザも理解しているつもりだった。
秘密裏に収監されているギギネリエスに会いに行ったのだ。
あの男と会うことを望んだアッシュの胸中には、情報を得るだけが目的ではない、何か特別な感情があるのだろう。
アッシュにとって、あのギギネリエスは父親なのだ。他人として扱おうにも、やはりアッシュ自身の命との関係が濃すぎる。無視はできない。
それに似たような感覚は、ローザも実感として持っている。
ローザにとっての父親は、冒険者をやりながらローザのことを育て、支えてくれた父親――肉親ではなくても。
血の繋がりのある本当の肉親とは、ローザは会ったことがない。だが、見たこともない肉親のことを、純粋な他人であると断じることはローザにはできなかった。
こういった独特な距離にある人物に対し、どこまで心を開き、どのように受け入れるべきか。ギギネリエスを前にしたアッシュは悩みながらも、それを実践しようとしているのだろう。
果たして自分は、アッシュと同じように誠実な態度を取り続けることができるのか。そう自問してみるが、今のローザには自信が無かった。
……まぁ、本当の肉親に会いたいかと言われれば、別にそこまでかなぁ、って感じだもんね~……。
ローザは内心で苦笑しながら、ビールに口を付けた。
アッシュからは、今日は夜まで帰ってこないと伝えられている。
アッシュに振舞うのでなければ、料理なんて適当でいいやという空気が、ローザ達のパーティ内では醸成されつつあった。今日の昼食では、その傾向が顕著にでている。
ローザの家のリビングテーブルには、出前として届けられたピザの箱と、フライドチキンの大ボックスが並んでいた。ビール注がれた大グラスもだ。
真昼間からのパーティー状態だが、大量のクーポン券を使い、かなりお得な価格で開催しているので、まぁヨシ。……アッシュが居なくなると、皆揃って途端にズボラになるのは改めるべきだけど。
だが今日は、カルビ、ネージュ、エミリアの4人が、自分達の過去を打ち明け合ったのだ。こういう、ちょっとした特別な日ぐらいは、細やかな贅沢をしても罰は当たらないだろう。
「まぁ、何となくは察してはいたけどよ~。まさか、エミリアがマジで貴族様だったとはなぁ。その上、歌姫様とも顔見知りとは。しかし……」
フライドチキンを丸呑みするみたいに口に運んでいたカルビが、正面に座ったエミリアに指を向ける。
「家を飛び出して冒険者になるなんて、貴族ってのは窮屈なモンなのか?」
何れは貴族になることを目指しているらしいカルビが、エミリアの過去を知って渋そうな顔になっていた。エミリアが肩を竦める。
「飽くまで私の場合は、ですわよ。私の家が零細貴族であったこともあるのでしょうけれど、贅沢をすればするほど首が締まるのは、冒険者と代わりませんわね」
遠い目つきになったエミリアはグラスを傾けてから、溜息交じりにカルビを見遣る。
「それに、貴族としての責を負う覚悟も、他の貴族との交流に気を遣う忍耐も必要になりますわよ。前者はともかく、後者の方はカルビさんには不向きではなくて?」
それは嫌味ではなく、カルビという人物をよく知っているからこその忠告だった。カルビの方はボリボリと頭を掻いて、顎をしゃくれさせている。
「……言えてるな。貴族になって美味しい思いをするために、やることはやるつもりだったけどよ。その苦労が幸福感を削って割に合わなくなるんなら考えモンだな」
「結局、今の貴女には冒険者が向いているんじゃないの」
ほんの少しだけ口許に笑みを湛えたネージュが、カルビを横目で眺めていた。彼女はビールではなく、リンゴジュースのグラスを手の中で揺らしている。
「成金貴族でも一代貴族でも、背負うべきものを背負うしかないわ。その営みに、向き不向きがあるのも間違いないでしょうし」
淡々とした口振りのネージュだったが、声音は柔らかかった。
「没落とか、そういう言葉が生まれる経緯を想えば、確かにそうかも。努力の姿勢と同じぐらい、生まれながら才覚とか、考え方とかも影響ありそうだし」
テーブルに肘をついたローザも、小さく笑った。ゆっくりと瞬きをしたネージュが頷く。
「カルビに貴族の才能が無いと言いたいわけじゃないわ。意外と数字にも強いし、周りもよく見てる。寧ろ、貴族に向いてるかもしれない。……でも、冒険者をやっている方が、カルビらしい生き方ができると思っただけ」
「アタシらしい生き方ってなんだよ? 暴れてる方が似合ってるってことか?」
「そういう口振りとか態度とか、諸々を含めて、カルビさんには冒険者が適職だという話でしょう」
窘めるようにエミリアに言われ、カルビは何かを反論しようとしたようだが、ビールを飲んで黙り込んだ。
貴族になるという野望の向こうに感じていた魅力を、今は見失いつつあるのか。テーブルに視線を落とすカルビは、妙に寂しそうな顔つきだった。
「カルビは冒険者としての腕も確かだし、第2のキャリアも明るいじゃん」
励ますようにローザが言うと、ネージュも思案顔になる。
「カルビなら現役を終えても、ギルドが放っておかないでしょうね。戦闘インストラクターの類のオファーは、間違いなくあるわ」
「引退した中年冒険者も、新人冒険者を育成したり、ダンジョンを案内するルーターとして活躍していますものね」
エミリアも続いて、カルビに微笑みかけた。
「粗暴で野蛮で粗野で無知で自分勝手なカルビさんですが――」
「喧嘩売ってんのかテメェ」とカルビが口を挟むが、エミリアはそれを楽しそうに受け止めて頷く。
「何よりも仲間を大事にする貴女の美点は、多くのパーティに必要とされる資質に違いありません。……これは個人的な意見ですが、カルビさんには胸を張って、冒険者を続けて貰いたいですわね」
カルビの過去。
見捨てられて、襲われた集落。生き残ったカルビ。
冒険者になって、仲間を救えなかったカルビ。
そういった深い傷痕が、今のカルビの心を創った。仲間の死を恐れながら、自分が傷つくことを恐れないカルビという女性の心を。
「まぁ、冒険者以外をやってるカルビの姿って、あんまり想像できないもんね」
カルビが生きてきた時間を知って、ローザはカルビのことが好きになっていた。
「そうでしょう? カルビさんには、冒険者がお似合いですわ」
貴族の血筋として生まれたエミリアも、貴族生活に中に自身の居場所を見つけられず、冒険者という生き方に憧れたと言っていた。そんなエミリアにとっては、奔放でありながらも誠実なカルビの振舞いは、より冒険者らしく見えるのかもしれない。
「えぇ。どこに行ってもトラブルを起こしてそうよね」
「言いたいこと言ってくれるじゃねぇか。……だがまぁ、今は冒険者を続けるさ。ネージュとの約束もあるしな」
「あら、優しいのね」
カルビを横目で見たネージュは冗談めかした。あっさりとした口調には、普段とは違う温度が宿っている。
「でも、もう私のことを気遣う必要はないわ。同情なら猶更よ」
カルビやエミリアが、この場で過去のことを話して見せたように、ネージュも自らのことをローザ達に打ち明けてくれたことと無関係ではないはずだ。
アッシュと同じく、魔王の“器”として肉体改造を受けた過去。実年齢が幼いまま、肉体のみを大人にされた少女――。そういった暗い経験を閉じ込めた、ネージュの美貌。
「“教団”が関わっている上流社会の暗部が、相当に邪悪であることも今回の件で分かったことだし……」
既に何かを決心している眼差しのネージュが、やはりどこか寂しそうにローザ達を眺めた。
「私は、このパーティを抜けるわ。私自身の復讐に貴女たちを付き合わせて、必要以上に“教団”に関らせるのは気が引けるもの」
ローザは一瞬だけ息を飲んでしまう。だが、無言のままで顔を見合せたカルビとエミリアの二人は、ローザほども動揺はしていない様子だった。
「水臭ぇんだよ今さら。お前が“教団”のせいで不幸な思いをしたのを知ってから、そのお前をほっぽり出すなんざ後味が悪くて仕方ねぇよ」
「まったくですわ。アッシュさんと同じく、ネージュさんも“教団”に苦痛を強いられたのなら、残りの人生で幸福を取り返すべきでしょう? 喜んでお手伝いしますわよ」
カルビとエミリアに真っ直ぐに見詰められ、怯むようにネージュが言葉を詰まらせた。
ネージュが孤独に戻る覚悟を済ませていたならば、あの二人の言葉は余計に胸に響いたのではないか。ローザはこの遣り取りを見守った。
「まぁ、ネージュちゃんがどうしても抜けるっていうなら、仕方ねぇけどよ。“アッシュお兄ちゃん”だって寂しがるぜ。きっと」
アッシュのことを“お兄ちゃん”と呼ぶ理由については、ローザ達は教えて貰ってはいない。だが、ネージュの実年齢を鑑みれば、そこに何らかの切実な理由や葛藤があったのは察することができた。
「えぇ。せっかく今までパーティとして活動してきたのですから。私のことも、カルビさんのことも、“お姉ちゃん”と呼んで慕って下さっても構いませんわよ?」
包容力のある柔らかな声で言いながら、エミリアが微笑んだ。眉を下げたカルビも、唇の端を持ち上げている。優しく、温かな沈黙がリビングに流れた。
二人に見守られるネージュが、肩の力を抜くように息を吐く。
「そんな頭の悪そうな“お姉ちゃん”は、ちょっと……」
「おい」
「おい」
「まぁまぁ」
ローザは吹き出しながら仲裁に入った。ネージュを見詰める。
「私も、カルビとエミリアと同じ気持ち。抜けないで欲しいな」
「律儀に約束を守ってくれるのね」ふっと笑みを浮かべたネージュが、そこで眼差しを鋭くした。「一応言っておくけど、私は復讐を諦めるつもりはないわよ」
この場にいる全員に向けられたネージュの宣告だったが、自分自身にも言い聞かせるような響きがあった。
「……うん。分かってる。私もね、“教団”とか“秩序の塔”とか、できれば関わりたくないっていうのは本音だよ。でも、無視を続けるのも難しいと思うんだよね」
ローザはネージュに頷き、空になったグラスの表面を指で撫でながら視線を落とす。
「“教団”とか“秩序の塔”が何を考えてるにせよ、悪さをするなら、それに対処するのが冒険者の仕事みたいになってるしさ。今回の件とかだと、特にね」
アルコールで頭はふわふわしていたが、何かを考えられないほどではなかった。寧ろ、単刀直入な答えが見つかった気分だった。
「冒険者として稼いで生きていくなら、“教団”とか“秩序の塔”が引き起こす事件とか、被害とか、結局そういうのは避けては通れないよ。等級が上がれば猶更。ギルドからの要請もあるだろうし、全部を無視するわけにもいかないもん」
「正規軍が動いてくれるってんなら話は早ぇけんだけどな。期待するだけ無駄か」
カルビが椅子に凭れ、頭の後ろで手を組んだ。
古の魔王達が討伐された、勇者革命戦争。その負の遺産。大陸各地に残るダンジョン。そこから湧き出てくる魔物たちを抑えこむことで、正規軍は王国領土の平穏を護っている。
正規軍の力は巨大だ。だがその分だけ小回りが効かない。大陸領土内部に多数抱えこんでいるダンジョンの管理に、ほとんどの戦力を割かれていると言っていい。
“教団”のような犯罪組織に、王国正規軍の戦力が向けられることは滅多にない。そういった背景は、今の冒険者業界の隆盛の一因である。
武力行使が認められた冒険者という職業にとっては、犯罪組織、犯罪者への対処は宿命と言えるだろう。冒険者ギルドが強力な冒険者個人やパーティ、クランとの繋がりを維持しているのも、業界の持つ社会的責任を果たすためだ。
「えぇ。エルンの町の件でも、ギルド主導でしたわ」
「ダルムボーグにギギネリエスが潜んでるって噂になったときも、ギルドが動いてたわね」
「うん。大きな事件というか被害が出たときには、ギルドが先頭に立って、冒険者とかクランを采配するからさ」
ローザは自分で言いながら、途中で苦笑して肩を竦めた。
「っていうことは、“教団”とか“秩序の塔”を、完全に避けるのも難しいよ。今回みたいな大騒ぎが、これからは起きないとも言えないし」
「歌劇場の周辺地区までぶっ壊しかねない規模だったからな。“お前らも手伝え”ってギルドから言われたら、まぁ知らんぷりもできねぇよな」
天井を見上げているカルビが鼻を鳴らす。
「“教団”と“秩序の塔”が悪意を持って世間と接する以上、そこには必ず、冒険者との接点も生まれますものね。そして上級冒険者であれば、当然ギルドからの声が掛かる可能性も高くなる。となれば……」
エミリアが視線を落としつつ頷き、それからローザを見た。
「うん。結局、どこかで関わることになりそうなんだよね。そりゃあ、別業種に転職するっていうんなら、話は変わるけどさ。流石に、他の業種でこの家を維持していく自信は無いし。……私は冒険者を続けるよ」
ローザは降参するように手を挙げる。今回の歌劇場警護の任務で、ローザ達の等級も上がっていた。ネクロスライム、ネクロゴーレム討伐の活躍が評価されたのだ。
ローザが『2等級・金』に。
カルビとネージュが、『2等級・銀』に。
そしてエミリアも『2等級・銅』に。
ローザ達は上級冒険者に昇格した。
正確に言えば、以前からトラブルに巻き込まれてマイナスになっていた貢献度が、今回の活躍で正常に戻ったというべきかもしれないが、とにかく、これで全員が上級冒険者である。
もしも“教団”や“秩序の塔”が動いたとき、それに対処するためにギルドによって駆り出される可能性も非常に高くなった。
「ネージュが復讐を諦めないっていう意志は、尊重するつもり。ネージュが本気で私達のメンバーから抜けるつもりなら、止められないけどさ。もうちょっと一緒にいようよ」
「……いずれ貴女たちも、“教団”と対立することになるから?」
目を窄めたネージュが、探るような口調でローザを眺めてくる。だがローザは怯まず、テーブルに肘杖を突いたままで軽く笑みを返した。
「そんな感じかな。積極的に“教団”を襲撃しようにも、未だに情報は極端に少ないし。それに、いざ“教団”が動き出して、その背後にいる教徒や教祖みたいなのを追い詰めるにも、仲間がいた方がスムーズだよ」
「他のクランやパーティとも、人脈を繋いだりできるという意味で?」
「うん。情報を買ったりするのも、無料ってワケにもいかないしさ。金銭的で現実的な負担も、仲間がいた方が軽いでしょ?」
「随分と私に協力してくれるのね」ネージュが皮肉っぽく唇を歪めた。
カルビとエミリアは黙ったまま、グラスに口をつけつつ、この遣り取りを見守っている。落ち着いた彼女達に眼差しには、ネージュを引き止める言葉を喉元に留めている気配があった。
「そりゃあ、当然だよ」
カルビとエミリアの心情を代わりに伝えるように、ローザは笑った。
「ネージュのことが好きだもん」
カルビもエミリアも否定しなかった。黙ったまま軽く頷いて、ネージュの判断を待っている。何の衒いもない好意をぶつけられ、ネージュは一瞬ぽかんとしてから、むすっと下唇を突き出すような表情になる。
「……そう言ってくれるのは嬉しいけど」
普段の彼女らしくない、だが本来の彼女らしい、幼さのある表情を見せてくれたことが、ローザは嬉しかった。カルビとエミリアも、グラスで顔を隠しつつも表情を綻ばせている。
「信頼できる仲間が欠けると、私達の戦力もガタ落ちしちゃうし。私達と一緒に居てよ」
ローザは両手を合わせるポーズになって、ネージュに向き直る。
「お姉さんを助けると思ってさ、ね?」
いつか、アッシュにも同じような頼み方をしたのを思い出す。ネージュは何かを言いたげに唇をムニムニと動かしつつ、カルビとエミリアを、やはりどこか子供っぽい横目で窺った。
二人はやはり何も言わず、いつもより穏やかな眼差しでネージュを見返している。
その柔らかな無言に耐えかねたように、ネージュがボリボリと片手で頭を掻いて、「……分かったわよ」と片方の手を振った。
「ふふ。ありがとう、ネージュ」
「つーかオイ、ネージュお前、ローザのことはお姉ちゃん判定するんだな」
「それ、私も思いましたわ」
またカルビとエミリアが騒がしくなって、ネージュが迷惑そうに顔を歪めた。このパーティらしい空気が戻ってくる。なんとなく懐かしさのようなものを感じつつ、ローザも決心した。
「さて、ここで私からも提案したいんだけど」
敢えて口調を明るくして、ローザは挙手をする。
「このパーティ、解散しようか」
カルビとエミリア、ネージュの3人が驚愕の表情になって顔を向けてきた。
衝撃が大きかったのか、彼女達は5秒ぐらい黙り込んでいた。その強張った目は一様に、さっきまでの遣り取りは一体何だったのかというメッセージをローザに飛ばしてくるようだった。
「パーティを解散して、クランに形態を変えよう」
彼女達が五月蠅くなる前に、ローザは言葉を継いだ。
「さっきのネージュの話に繋がることだけど、やっぱり人数の多さは強みだからね。運営するのは難しいけど、ちゃんと形になればメンバー個人個人の負担も分散されるし」
「……まぁ、悪くはねぇと思うぜ」
グラスを置いたカルビが、ローザ達を見回して腕を組んだ。
「今までだったらアタシ達に無関係だったような厄介でデカい仕事も、ギルドが遠慮なく投げてきやがる可能性もある。特にアードベルのギルドは、上級冒険者パーティの扱いが荒いからな」
「そう考えると、4人パーティのままだとちょっと不安ですわね。少なくとも、あと数名は仲間が欲しいところですわ」
「ある意味、贅沢な問題よね。ギルドが投げてくる依頼に応じるため、パーティの規模拡大が必要になるなんて」
まぁ、普通だったらパーティメンバーが一気に上級になるなんて状況は、まず無いからね。そうローザは前置きしてから、エミリアを見詰める。
「この場でゆる~くクラン設立の計画を話し合いたいところなんだけど……。取り敢えず、クランマスターはエミリアにお願いするね」
「えっ、わ、私……ッ!?」
びっくりした顔になったエミリアが自分を指差して立ち上がった。
「た、確かに私の夢は、私自身のクランを持つことでしたが……!」
「とりあえず座れよ」とカルビに言われて座り直したエミリアが、ローザ達を順に見てから、何かを決心するように「ふぅぅ……!」と息を震わせながら吐き出した。
「ローザさんの信頼に応えて、このエミリア=アイゼンローズ=レアボルド! 謹んで、クランマスターを拝命させて頂きままままま……ッ!!」
アルコールの影響もあってか、エミリアは真剣な顔つきで胸の前で拳を作ってみせるものの、舌の滑りがおかしかった。「落ち着きなさいよ」とネージュが冷たい言い方をする。
カルビもネージュも、エミリアがクランマスターに就くことには異論はないようだった。寧ろ彼女達は、誰がクランマスターになるかという話になったときにはエミリアを推しただろう。
「さて、滑らかにクランマスターが決まったのは目出度ぇが……。ちょっとだけ話を戻していいか? これからのことも大事だが、アタシにとってはまだ気になることがある」
カルビがヒラヒラと手を振って、ローザを見詰めてくる。容赦なく真っ直ぐに、だが、穏やかな眼差しだった。カルビの口調も決して威圧的はない。
「例えば、何でローザはこの家を守ろうとしてんのか……、とかな」
仲間の体調を気遣うような言い方だった。
ローザはこの中で一人だけ、自らの過去を明かしてない。カルビとエミリア、ネージュたちの話を聞いて、自分のことを打ち明けられずにいた。ほんの少しの勇気が出なかった。
そのことを謝りたいと思っていたし、タイミングも窺っていた。だが、上手く切り出せなかった。恐らくは、エミリアもネージュも、ローザのことを心の隅では気にしていただろう。
だから、そういったこと察していたカルビは、敢えて話題を蒸し返したのだ。それはローザを責めるためではなく、ローザが自分自身を責めないための気遣いに違いなかった。
「……ごめん。もうちょっとだけ待って。ちゃんと話すからさ」ローザは肩を竦めて視線を逸らしてしまう。「ごめんね、みんな」
こうやって謝る機会は、恐らくローザだけでは作れなかった。カルビが肩を揺らして笑う。
「気にすんなよ。でも、遠慮もし過ぎんなよ。これからクランメンバーになろうってんだからな」
相変わらず、カルビは他者のことをよく見ている。エミリアもネージュも、カルビの言葉に頷いてから、話題をクラン設立についての話題に戻してくれた。
「そうですわよローザさん! 打ち明けたい想いがあるのでしたら、いつでも、このスーパァ・エレガントでブリリアァァント・ノォォーーヴル・クラァァンマスタァァーーである私を頼って下さって構いませんわよ!」
「……エミリア、これから他のクランと協力するときは、そういう過剰な自己紹介は慎みなさいよ。カルビはともかく、私やローザまで馬鹿みたいに見られるから」
辛辣な物言いをするネージュに対して、目を怒らせたカルビとエミリアが五月蠅くなる。その騒々しさの奥に、彼女達の優しさを感じた。胸が詰まるような想いで、ローザは小さく洟を啜った。それを誤魔化すように空になったグラスに口を付ける。
不意に脳裏に蘇ったのは、父の声だった。
優しい声。幼かったローザに、色々と教えてくれた父。
何かを話し出す前の、父の口癖。
『いいか、よく聞け』
大事なことを託すような言い方だったのを覚えている。
その懐かしい響きを、目の前の大事な仲間たちを思いつつ、思い出す。
ローザは何となく、無性にアッシュに会いたくなった。
いつも読んで下さり、ありがとうございます!
今回の更新で、第一部の完結とさせて頂きたいと思います。
修正作業が長引き、読者の皆様には大変ご迷惑をおかけしました。そんな中でも、皆様の温かな応援に見守り、支えていただけたことは本当に励みになりました。読者の皆様のおかげで、この章の完走までたどり着くことができました。本当に感謝しております。
まだまだ暑い日が続き、気候が不安定な時期が続いておりますが、どうか皆様も、熱中症や体調不良にお気をつけ下さいませ。今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました。