「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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再出発

 

 

 

 

「クラン結成の報告、提出してきましたわ!」

 

 傲然と胸を張って、悠然とした足取りのエミリアが受付から戻ってくる。

  

「登録料も納めましたし、これで私達も本格始動となりますわよォォ!」

 

「無事、正規クランの結成ということですね。おめでとうございます」

 

 その新たなスタートを、アッシュは素直な気持ちで言祝いだ。

 

 上級冒険者が利用する6号区ギルド支部、その会議スペースの一画に陣取っているローザ達と共に、アッシュもテーブルに着かせてもらっていた。

 

 ちなみに、クランメンバーに入らないかと声を掛けてもらったが、丁重に断らせてもらっている。

 

 バーキャス歌劇場での一件から、まだ自分自身を持て余しているような感覚があったし、“秩序の塔”、“教団”をめぐっては、暗鬱な真実を正面から受け止める可能性もある。

 

 ギギネリエスもそうだが、アッシュが生み出された背景にある闇は、悪意と力を持ち過ぎている。

 

『あぁ、はは……。ね、ぇ……今、の……、私達……本、物の……、人間み、た…………』

 

 眠るように静止していった、少女の声が甦る。

 血塗れなのに、満たされたような安らかな表情で命を終えていった。

 

 彼女のような存在と、また出会うような気がする。

 

 そのときは、一人で向き合うべきだと感じていた。自身の存在に関わる脅威に、ローザ達を迂闊に巻き込みたくないという思いもあった。

 

 それを正直に伝えたところ、ローザは上級冒険者らしい思慮深さと寛大さで「うん、了解」と応じてくれたものの「でも、同行依頼は受け付けてくれるでしょ?」と悪戯っぽい口調で言質を取りにきたのだ。

 

 「そりゃあ、アッシュ君が本気で孤独を選び直すなら、私たちに止める術は無いけどさ。もうちょっと一緒に居ようよ。寂しいじゃん」

 

 ローザさんの優しい声に、僕は弱い。

 そのことをアッシュは痛感した。

 

 必要とされる喜びは、今も変わらない。ローザ達に相応しい冒険者でありたいと願う謙虚さも、やはり本心だった。

 

「お姉さんたちのクランに、これからも同行してくれるよね?」

 

 畳みかけられて、結局振り払えず、今日もこうして同行させてもらっている。

 

 今日はこれからアッシュを加え、まずどこに冒険に向かうか、どのような技術を持った人物がクランに必要かを話し合う予定である。

 

「正直に言えば」

 

 行儀悪く椅子にもたれたカルビが、くくくっと喉を鳴らした。

 

「アタシ達のクラン結成が却下される可能性も、チラッと頭を過ったけどな」

 

「実は私も」

 

 ホッとしたようにローザが笑った。

 

「パーティ全員で上級冒険者に戻ったけど、まだギルドからは問題児扱いされてるかも……、とかは思ってた」

 

「杞憂で済んでよかったわ。でも」

 

 そこでネージュが軽く息を吐いて、周りに視線を流した。

 

「新しいメンバーを吟味するっていうのは、私達が思ってるよりも難しい仕事かもしれないわね」

 

 ギルドに集まっている上級冒険者達が、遠巻きに此方を眺めていることにはアッシュも気づいていた。無遠慮に言い合う声も聞こえてくる。

 

「ローザ達のパーティ、クランに変えたみてぇだな」

「新しいメンバーでも募集すんのか?」

「あぁ。向こうに貼り紙がしてあったのを見たぞ」

「マジかよ。……俺も応募しようかな」

「メンバーにさえなっちまえば、意外と稼がせて貰えそうだぜ」

「面接とかあんのかな?」

 

 彼らは上級冒険者らしく、それなりに実力もあるのだろう。ローザ達の『トラブルメーカー』という評判についてはあまり恐れておらず、実利主義的な強かな雰囲気がある。

 

「つーか、ローザ達と一緒にいる、あのチビは何だ?」

「治癒術士か。認識プレートは……5等級?」

「等級は時々、あてにならん」

「破門された上級神官だったりしてな」

「流れてきて冒険者をやってるパターンか」

「いずれにせよ、治癒術の腕は確かなんだろう」

「しかし、クランとして人を集め出したら……」

「あぁ。あの噂のことか」

「ローザも、とうとう親父の真似でもするつもりか」

 

 冗談めかした、何気ない声が聞こえてきたときだった。

 

 一瞬だけ完全な無表情になったローザが、全身を強張らせる気配があった。

 

 おそらく、本気の怒りを咄嗟に飲み込んだのだろう。すぐに深呼吸をして肩を落とし、やれやれと首を振ってみせる。

 

「……クランとしてメンバーを募集し直すってなると、実際に冒険活動をするよりも、いろいろと苦労するかもね」

 

 自分の激情を処理することに、随分と慣れたふうの口振りと態度だ。冗談めかした声音には倦怠が見え隠れしている。

 

 無言のカルビとネージュが目を見交わし、ローザに何かを尋ねようとして、慎む気配があった。

 

 冒険者であったという、ローザの父についての噂――。

 

 規模の小さな、信憑性の薄いものなのだろう。既に淘汰された与太話の類なのか。少なくとも、アッシュは耳にしたことがない。

 

 ローザのことを知りたいと思う。だが、彼女を傷つけるような風聞になど、不用意に近づくべきではないような気もした。

 

「新たなメンバーとして相応しい人を見極める。……そのような苦労など、苦労のうちにも入りませんわよ」

 

 数秒の沈黙を置いたあと、エミリアが盛大に溜息を吐き出す。

 

「このアルティメット★グランド★クランマスターたる私の、澄み渡った泉の如き『淑女EYE』を持ってすれば、邪念を抱いて近付いてくる不埒な輩を見抜くことなど、造作もありませんことよ」

 

 ゴージャスな紅の巻髪をかき上げて、見守るようにローザを見詰める。

 

「私は、利益だけを求める烏合の衆を求めているのではありません。背中を預け、共に歩みに足る仲間をこそ欲しているのです。……ですから、私の大事なクランメンバーを面白半分に苦しめるような方は、決して採用しませんから御安心を」

 

 それはエミリアらしい、力強い宣誓だった。

 

「うん。ありがと」

 

 気を遣わせてしまった自分の迂闊さを反省したのか。ローザがアッシュ達を見まわしてから、眩しそうに目を細めたときだった。

 

 ギルドの入り口が少し騒がしくなって、冒険者たちが左右に割れるようにして道を作った。

 

 そこを歩いてくる彼女達は、周囲の動揺や驚き、畏怖のようなものが混ざったざわめきを引き連れながら、アッシュ達に気付いた。

 

「あ! ローザ達じゃん! それにアッシュ君も!」

 

 ぱっと顔を輝かせたのは、ルフルだった。

 続いて、その隣いたサニアが静々と頭を下げる。

 

「前の任務依頼ですね……。皆さんには迷惑をかけて、申し訳ありませんでした」

 

「い、いえ! 迷惑だなんて……! とにかく、頭を上げて下さい!」

 

 慌てたローザが椅子から立ち上がって、エミリアとネージュ、アッシュもそれに倣った。

 

「ああ、いいっていいって! あーし達に大袈裟な礼儀は要らないから!」

 

 苦笑してルフルが両手を振った。すまなさそうな顔のサニアも「えぇ。どうか座ったままで」と、ひっそりとうなずいている。

 

 そういえば今の彼女達は、一般に販売されている女性冒険者用の軽装服だった。クラン『正義の刃』に採用されている制服を着ていない。

 

 アッシュは何気なく、サニアの左腕、それから右脚に視線を流した。

 

 切断されて失ったサニアの左手と右脚には、代わりに、機械術士たちが製作した義腕、義足が装着されているようだった。

 

「ほーん」

 

 一人だけテーブルに座ったままで頬杖をついていたカルビが、長袖と手袋で覆われたサニアの左手、左腕を、興味深そうに見比べた。

 

「かなり深手を負ったとは聞いてたが、もう冒険者に復帰できんのかよ。その腕と脚は、『鋼血の戦乙女』からプレゼントでもされたのか?」

 

 容赦ない話題を切り込んでいくカルビだが、彼女なりの気遣いだということはアッシュも分かった。あれぐらいデリカシーもへったくれもない態度ならば、サニアも気楽だと踏んでのことだろう。

 

「えぇ。高性能な魔導具を預かりました」

 

 微かに笑みを含んだサニアの声音が、若干柔らかくなった。

 

「動作と強度のテストも兼ねていますが、御蔭で、こうして冒険者を続けることができます」

 

 左手を持ち上げて、その指一本一本を動かしてみせる。手首を回し、掌を握ったり開いたりする動作は、生々しくも滑らかだった。

 

 その精密さを、ローザも真剣な目で見つめている。

 

「やっぱり、すごい技術力……。こういう義手とか義足の性能発展は、医療と福祉に跨る魔導機械術の貢献だよね」

 

「同じようなことを、ヴァーミルとシャマニも言っていましたね」

 

 サニアは新たな使命を確認するように、義腕となった自らの左手で拳を作った。

 

「私から十分な動作データを集めれば、より万人に適応した魔導具装備の開発に繋がると」

 

 失われた肉体の再生。その奇跡的な魔法療法は、不可能ではないにしても莫大な費用がかかる。超富裕層だけに許された、特権階級的な治療だ。

 

 だが、負傷した肉体を魔導機械術によって補うという試みは、誰にでも開かれた技術である。

 

 魔法の恵みというものを、権力と富によって独占するのではなく、本来的な形で人々と共有する道でもあるだろう。

 

「技術者らしいっていうか、遠大だけど、その分だけ偉大な話だよね~」

 

 ルフルが肩を竦めて、エミリアが感じ入ったように何度も深くうなずく。

 

「清廉とした崇高な意思ですわね。でも、そこに自らの身体と経験を提供しようというサニアさんの決意も、冒険者として立派な志だと思いますわ」

 

「……ところで」

 

 ネージュが冷静に問いかける。

 

「貴女たちだけでギルドに訪れるというのも、少し違和感があるのだけれど。見たところ、『正義の刃』としての制服も着ていないし」

 

 そのことについては、アッシュ達のことを遠目にチラチラと見ている他の上級冒険者たちも、不審というか訝しく思っていたことだろう。

 

「クランとしてではなく、個人的な用向きですか?」

 

 純粋にローザに尋ねられ、「あぁ、それは……」と言い淀んだサニアの隣で、ルフルが明るく笑った。

 

「あーし達、クランを抜けたんだよね」

 

 サニアは黙ったままで、静かに瞑目した。否定しない。

 

 えっ。

 

 ローザ達が声を揃えた。周りの冒険者たちも唖然としていた。

 

 少し前にサニアの涙を見ていたアッシュだけは、事情を察していた。

 

「……有名クランの隊長格と、その部下の副隊長が脱退かよ。面白いことになってんじゃねぇか」

 

 立ち上がったカルビは、隣にあったテーブルセットから椅子を持ってこようとしていた。立ち話ではなく、ここに座って詳しく聞かせろ、ということだろう。

 

 サニアは一瞬だけ迷うような素振りを見せたが、「別に隠すことでもないじゃん」とルフルに促されて、結局アッシュ達と同じテーブルに着いた。

 

 ルフルが語ってくれたところによると、彼女達が『正義の刃』を脱退したのは数日前。サニアの等級降格処分と同時だったらしい。

 

「ギルドからの依頼を受けることはあっても、『正義の刃』は民間クランだからね。別に、特別な周知とか許可とか、そういう面倒なことは何にも無かったよ」

 

 そもそも、冒険者がクランから外れるだけのことなんだし。あっけらかんとしたルフルのあとに、アッシュは気になっていたことを尋ねた。

 

「では、今のお二人は、『鋼血の戦乙女』に所属する形なのですか? 加入ではなく、何か、契約を交わしているというか……」

 

 サニアの義腕、義足は高性能なのだろうが、それ故に調整も必要になるだろう。

 

 修理や部品交換を含め、一般的な機械術士の工房では、その全体的なメンテナンスは不可能ではないか。

 

「えぇ。ルフルは違いますが、私は“テスター”として契約しています」

 

 ゆっくりとうなずいたサニアは、アッシュを見詰めるようにして微笑んだ。

 

 彼女の鈍色の瞳には、『今の私は……、もう何者でもないのですね』と洩らしていたときと、同じような潤みが佇んでいた。喪失を静かに受け止めて、前を向こうとする素朴な力強さが息衝いている。

 

 あのときアッシュは、『サニアさんは、此処にいますよ』と伝えた。同じ言葉を、見交わした眼差しに籠めてうなずく。

 

「そうでしたか。定期的に、ヴァーミルさんやシャマニさんとも連絡を?」

 

「えぇ。定期的に、この義腕、義足に蓄積された動作データを提供することになっていますから」

 

 アッシュの視線を抱き寄せるような目になったサニアは、口許に優しい微笑みを過らせる。

 

「……なるほどな」

 

 カルビが顎を撫でて、訳知り顔になった。

 

「まぁ、『鋼血』の技術を使わせてくれるあたり、“剣聖”サマを冒険者として存続させたいっていうギルドの意思もあったくせぇな」

 

「サニアさんの実績を鑑みれば、そういう意図があったと考えるのが自然ですわ。機械術士組合と冒険者ギルドの繋がりは深いようですし」

 

 然も在らんとエミリアもうなずき、サニアがきっぱりと言い切る。

 

「私もう、“剣聖”などではありませんが」

 

「世間はそうは思わないわよ。貴女の偉業は、少なくとも貴女のものなんだから」

 

 ネージュがひっそりと視線を動かした。

 

「とはいえ、等級の降格処分についてはギルドも容赦ないわね」

 

 以前、サニアが首から下げていた認識プレートは『1等級・銀』だった。それが今では、『4等級・金』に変わっている。

 

 バーキャス歌劇場での一件でマリヴェルを護りきれなかった責任なのだろうが、まるで地面に叩き落とすかのような降格処分だ。

 

「……あの」

 

 そこで姿勢を正したローザは、ルフルとサニアを交互に見比べた。上級冒険者らしい、仕事の顔つきになっている。

 

「先程サニアさんは、『鋼血の戦乙女』と契約中だと仰いましたけど、それは、冒険者としての活動自体を管理されているものなんですか?」

 

「いえ。データの提供は義務ですが、冒険者としての活動について制限は設けられていません」

 

「冒険者としての拠点は、アードベルに固定されちゃうけどね。遠征自体は可能だけど、そのまま向こうで暮らすとかはできないって感じ。義腕と義足のメンテナンスがあるから」

 

 ルフルが答えたところで、カルビが唇の端を持ち上げる。ローザの胸中を察したのだろう。ちょっと前のめりだ。

 

「……つまり、お前らは実質フリーってことだよな?」

 

「今の貴女たちは、どこかのパーティかクランに所属しているの?」

 

 獲物を追い詰めるような鋭い目つきになったネージュも、似たような質問を重ねた。

 

「ううん。あーしとサニアは、今のところコンビで活動する予定」

 

 ルフルが溜息を漏らして、分かりやすい苦労顔になる。

 

「クランの寮から出ていくことになったから、借宿の一室で、二人で寝てるトコだよ。……っていうか、この話の流れだと、あーし達をパーティに誘ってくれるの?」

 

「いや、私たちはパーティを解散したところだから」

 

 ローザが告げると、えっ……、と声を揃えたルフルとサニアが、分かりやすく目を丸くして黙り込んだ。よっぽど驚いているようだ。

 

 すかさずローザは、エミリアにウィンクした。

 

「さぁ、クランマスターの出番だよ」

 

「えぇ! そのようですわね!」

 

 ガタっと勢いよく椅子から立ち上がったエミリアは、「ウォッホン!! ウォホホホンンン~!!」と大袈裟な咳払いをしてから、芝居がかった仕種で、サニアとルフルの二人に手を差し出した。

 

「今の私達はパーティではなく、クランとして再出発したところですの。そして、新たな仲間を探そうとしていたところなのですわ」

 

 再出発。その言葉は、アッシュの心の深くに響いた。

 

『……私も、私自身になってみたいです』

 

 いつか涙と共にサニアが吐露した、あの願いの実践と本質もまた、再出発という営みに包れているように思える。

 

「今日という日に、サニアさん、ルフルさんのお二人に出会えたのは、まさに運命! その力を、冒険者らしい自由な正義の下に振るいませんか!?」

 

 まるで歌劇役者のような朗々とした口振りのエミリアは、貴族めいた優雅さで、すっと腰を折ってみせる。

 

「この私達のクラン……『スーパァ★デンジャラス★メルティ★サンフラワー』で!!」

 

 これでもかというキメ顔を作ったエミリアの、瑞々しくも華々しい大音声が弾ける。ギルド内が静まり返った。周りの冒険者全員が唖然としている。

 

「こんなことは言いたくないのですが……」

 

 見る見るうちにサニアの顔が歪んで、ルフルが酸っぱそうな顔になって洩らした。

 

「……名前、ダサくない?」

 

「クラン名の変更は、申請すれば随時可能だから」

 

 疲れたような半笑いになったローザが、さっさとフォローした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









更新が長く停滞してしまい申し訳ありません。
第71話までを、オフラインで加筆修正させていただいておりました。

より読みやすい内容、文章を目指し、72話以降の内容も修正して参ります。
内容の矛盾などがありましたら、ご指摘、ご指導をいただければ幸いです。

今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
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