「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
セーブエリア内にある酒場、『ノイジーフォート』に入ったアッシュ達は、最奥のボックス席へと案内された。
広い店内にはそれなりに数の席が用意されていて、その7割ぐらいが既に埋まっている。
客のほとんどは、やはり冒険者だ。大声で笑いあって喜びを弾けさせている者達もいれば、逆に悲しみに暮れて泣き崩れている者達もいる。
真剣な顔で酒杯を重ねながら話をしている者達や、周囲の冒険者を鬱陶《うっとう》しそうに眺める者、誰かを探すような目つきで殺気立っている者もいた。
多くの冒険者の感情が渦を巻いており、あらゆる話し声で埋め尽くされた店内はとにかく賑やかである。
だが、先程ローザ達が店内に入ってきた瞬間だけは、水を打ったように静まり返っていた。
やはりローザ達は、他の冒険者たちから一目置かれているだけでなく、恐れられているというか、厄介がられているような気配も明確に感じた。
ただ、ローザ達が無闇に暴れたり、他の客に難癖をつけて絡みに行ったりすることもないので、店の中にもすぐに喧騒が帰ってきたのが印象的だった。
今ではローザ達とアッシュも、店の空気に十分に馴染んでいる。
「今日はトラブルに見舞われて災難だったが」
気分の良さそうな大声で言うカルビは、陶製ジョッキのビールを一気に飲み干しつつ、隣に座るアッシュを抱き寄せるようにして肩を組んでくる。
「お前と会うことができたのはラッキーだったぜ! デカい収穫だ!」
カルビは席についてから相当な量の酒を呑んでいた。
食べている量も半端ではない。さっきからずっと料理が運ばれてくるのだが、カルビはそれらをあっという間に平らげてしまう。
その健啖さに気圧されながら、アッシュは首を竦めた。
「同行依頼を受けたことなんて初めてでしたが、役に立てたのなら光栄です」
「そうやって卑屈になってばかりだと、幸運が逃げちまうぞ~?」
機嫌よさそうに肩を揺らしたカルビは、アッシュの肩を抱きながら頭をぐしゃぐしゃと撫でてくる。遠慮のない、しかし、決して乱暴ではない手つきだった。
アッシュの向かいに座るローザは、テーブルに前屈みになって頬杖《ほおづえ》をつき、悪戯っぽい表情をつくってみせる。
「アッシュ君、カルビに気に入られちゃったみたいだね~」
酒の入っているローザも楽しげだが、もしかして彼女はボディスーツの胸元を開けていることを失念しているのか。
「こんなに無邪気に酔ってるカルビ、初めて見たかも」
お姉さん然としたローザの大きな乳房が、アッシュの目の前で柔らかそうに寄せられ、テーブルに乗っかっている状態なのだ。
弾けるほどにエッチな光景ではあるが、アッシュにとっては興奮よりも居心地の悪さが勝った。視線を落ち着ける場所がない。
「……機嫌が良いのは結構だけど」
騒々しさに溢れた酒場の中にあっても、ネージュの持つ怜悧な美貌は何者にも侵されず、他者を払うような鋭さを備えたままだ。冷たい気品を漂わせている彼女は、刃物のような眼差しでカルビを睨んでいる。
「そうやってアッシュ君にベタベタするのは、あまり感心しないわよ」
「まァァァアア……――ッッたく同感ですわねェッ!」
さっきから不満そうな顔で分厚いステーキを何枚も食べていたエミリアは、この世の理不尽に立ち向かうような深刻な声と態度で、手にしたフォークの先をカルビに突きつけた。
「そォォもそも! カルビさんはどうしてアッシュさんの御隣《おとなり》を、まるで当たり前のように独占していますのォォ!? この店に入った時から我慢していましたが、もう限界でしてよォ! 不公平ですわ!」
「おいエミリア、知ってるか? そうやって食器を人に向けるのは行儀が悪ぃんだぞ」
半笑いのカルビがすっとぼけた言い方をする。
「あと、そんなふうに肉ばっかり喰うのもどうかと思うぜ? 野菜も食えよ」
「あぁらカルビさん、知りませんの? まァァさか御存知《ごぞんじ》でない?」
今度はエミリアが得意気になる。
「お肉を食べることは健康に良いんですのよ? 長生きの秘訣ですし、力もつきますからね! 淑女兼冒険者たるもの、よりタフに、よりアグレッシヴに、そしてパァァァワフゥゥゥゥに戦い抜くためには、やはりお肉を食べないと!」
「でも……肉ばかり食べると、老化も速まって体臭がキツくなるって聞いた気がするけれど」
落ち着いた顔のネージュ指摘され、ビクッと肩を震わせたエミリアが真顔になった。
「うそやろ……?」
エミリアの口調が、唐突な大陸西方の訛りを帯びる。静かな表情のまま、ネージュは「本当よ」と頷いてみせた。
「えぇ……。めっちゃ食ったやん……」
エミリアは痛恨のミスでも犯したかのように呟き、さっきまで食べていた分厚いステーキを見下ろし、食べ終わって積み上げた皿を一瞥した。
顔を歪めたエミリアは、歯の隙間から「スゥゥゥゥーー……」息を吐き出しつつ、テーブルにあったメニューを開き、サラダ類のページを睨みつけた。
「あの、えぇと……、ンスゥゥゥ……。何か、あの……、うん、新しく注文をしましょうか。やっぱり栄養バランスは大事ですからね。ンンンン~? この“山盛りフレッシュサラダ”というのを、40人前ほど頼んでもいいかしら?」
エミリアは顔の筋肉をフルに使うような、どこか不自然な微笑みを浮かべて、ローザ達を順に見た。
「うん、絶対やめてね?」
即座に否定したのは、笑顔のローザだった。
ネージュも呆れ顔になる。
「限度があるでしょ……」
「大皿のサラダが40人前も来たら、テーブルの上が森になっちまうだろうが。なぁ?」
カルビが軽く笑って、またアッシュを抱き寄せてくる。
カルビに信頼されているというのは分かるのだが、こうも無防備に体を密着されてしまうと落ち着かない。
「サラダの話は置いておくとしてッ! というか話を戻しますけれど! カルビさん! そろそろアッシュさんから離れたらどうですのッ!? 」
「そうね。アッシュ君も困っているでしょう。もう少し距離感を考えなさい」
エミリアとネージュが再び、揃ってカルビを睨んだ。
「あぁ? これがベストな距離感だろ? アッシュだって、アタシとくっついてたいよな~?」
まるでエミリアとネージュに見せつけるように、カルビの指が、アッシュの首筋や耳の後ろを撫でていく。ゆっくりと、アッシュの肌の感触を愉しむように。大量に酒を飲んで、それなりに酔っているらしいカルビの手つきは、何とも官能的だった。
「んっ……、ぁ、あのっ、カルビさん、くすぐったいですよ」
ひんやりとしたカルビの指に触れられ、アッシュは僅かに肩を跳ねさせてしまう。
「クク……。女みてぇに可愛い声で鳴くじゃねぇか」
アッシュの反応が気に入ったのか。妖しく目を細めたカルビは、唇の端をチロリと舐めた。彼女の舌は、酒の熱と艶を帯びて濡れている。
「その綺麗な顔が恥ずかしそうに火照ると、もっと色っぽくなるぜ~? じゃあ、こことかはどうだ~?」
楽し気に肩を揺らしたカルビが、アッシュの肩を組みながら、今度はアッシュの頬や顎に触れようとした。
「おいッ……!!」
ドスの効きまくった、かなりおっかない声を上げたエミリアが、テーブルを叩きながら椅子から立ち上がった。
「いい加減にしなさい」
カルビを睨んで舌打ちをしたネージュの方は、立ち上がりこそしなかったものの、いつの間にかアイテムボックスから大槍を手に取り出している。
このエミリアとネージュの剣幕に、再び店内が静まり返った。
近くのテーブル席に座っていた冒険者達は、料理の乗ったテーブルごと慌てて距離を取ろうとしているのが分かった。
カルビに肩を組まれたままのアッシュが視線を横に向けると、店主らしき男性がハラハラとした様子で此方のことを伺っていた。
「はいはい、3人ともそこまで」
溜息交じりのローザは、やはり慣れた様子で場を纏める。
「せっかくアッシュ君が来てくれてるんだから、もうちょっと有意義な話をしようよ」
テーブルを指でトントンと叩いたローザは、「ね?」と全員の顔を順に見た。別に苛立っているわけでも、不機嫌さを表情に出しているわけでもない。
だが、今のローザの声音には、無視できない貫禄があった。
エミリアとネージュ、それにカルビは互いに顔を見合わせる。それから三者三様に軽く息を吐いて、今までの騒がしさに区切りをつけることにしたようだ。
「……それで、有意義な話ってのは何だよ?」
カルビはアッシュと組んでいた肩を解きつつ、軽く鼻を鳴らした。
「しなくちゃいけねぇ話はさっき済んだだろ? なぁ、アッシュ?」
「え、えぇ。金銭や貢献度については、皆さんが納得する形で終わったと思います」
同行依頼の料金ついては、30万ジェムをアッシュが受け取ることで決まった。
少々割高だったが、難関ダンジョンへの同行料金であるので、相場で見ても適正価格だとローザが主張したのだ。事前にローザが提示してくれていた100万ジェムについては、アッシュは丁重に断った。
ローザを手当てした分の治癒魔法料金についても、やはりアッシュは受け取らなかった。
シャーマンを仕留めたあと、アッシュもカルビに治癒魔法を施してもらっていたので、これで帳消しにしてくれるようアッシュが申し出たのだ。ローザは何か言いたそうではあったが、最終的には納得してくれた。
トロールのシャーマンから得た巨大な魔骸石《まがいせき》についても、マテリアルショップに持ち込むことはせず、アッシュが代表としてギルドに提出するということで話が決まっている。
シャーマンを倒したのはアッシュであったので、ローザ達はアッシュが達成しようとしていた依頼を優先してくれたのだ。
そして、ギルドから受けられる依頼達成の報酬と貢献度は、この場に居る全員で等分するという条件で、アッシュもそれを了承してある。
ただ、『上位トロールの討伐』の依頼は王都からのものであるため、報酬や貢献度は極端に低い。その代わり、親衛隊を含むトロールの魔骸石は、マテリアルショップに持ち込むことにした。
ギルドを通さない魔骸石の換金は、等級に関わる貢献度のプラスにはならないものの、換金された分の利益は全て冒険者のものとなる。この御蔭で、魔法弾を大量に消費したローザも、収支をプラスにできるだけの儲けが出ると見通せた。
最終的にアッシュもローザ達も、互いに利益を分け合える、理想的な取り決めだったと思う。
「うん。私達とアッシュ君の間で取り決めておくべき話は、もう全部終わってるはず。だから私は」
少しだけ口調を引き締めたローザが、アッシュに目線を向けた。
「“これからのこと”を、アッシュ君と話したいと思ってね」
ぺろっと唇を舐めて湿らせたローザは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。そして、ゆっくりとテーブルの上に身を乗り出して、アッシュの顔を覗き込むように見た。
「これは個人的な希望なんだけど、アッシュ君のことをパーティに誘いたいと思ってさ」
前屈みになってテーブルに身を乗り出しているローザは姿勢を変えずに、視線だけでカルビとネージュ、エミリアを窺うように見た。
「あぁ、そういう話か」
機嫌良さそうに唇を歪めたカルビは、アッシュを横目で見据えてきた。
「アタシは賛成だ」
カルビの琥珀色の瞳は、他者を見詰めることに容赦がない。その遠慮の無さにはある種の迫力があり、強者然とした力が備わっている。
「優秀なパーティメンバーの存在っつーのは、ダンジョンからの生還率に直結するんだからな。お前、今はソロなんだろ?」
軽快なカルビの口振りは、まるで遊びにでも誘うかのようだった。
「え、えぇ。確かに、僕はソロですけど……」
「だったら面倒なことは何も無ぇじゃねぇか。だろ?」
「いえ、でも僕は」
「なぁなぁ、いいだろ~? アタシ達と組もうぜ~?」
また肩を組んできたカルビは、そのままグイグイと横顔を近づけてきて、アッシュの側頭部に頬ずりをしてくる。まるで巨大な猫がじゃれついてくるかのようだった。
そんなカルビを睨みながら、物凄く何かを言いたそうに唇をムニムニと動かしているエミリアは、眉間に皺を寄せまくりながら、「ンンン゛ッ!!と」強めの咳払いをした。
「アッシュさんが私達のパーティに加わって下さることに対して、反対する要素は一切ありませんわ!」
エミリアは背筋を伸ばし、胸に手を添えるようなポーズになる。
「私としては、お風呂から添い寝まで、いつでもウェルカム&バッチコイなのですからッ! むほほほ! と、取りあえず、アッシュさんには私の隣にも座ってもろて……」
「何を誤作動してんだテメェは。最後まで理性を保てっつーの」
興奮し始めた様子のエミリアに、カルビが不味そうな顔になる。
「強引にパーティに誘うのは良くないわ」
そこで、腕を組んだネージュが冷たい声を出した。
「そうやって勝手に盛り上がるのも、アッシュ君のプレッシャーになるわよ」
「何だよネージュ。お前はアッシュを誘うことに反対なのか?」
「……違うわよ。貴女達が――ローザとエミリア、それに貴女が私との
カルビを見据えるネージュの声音には、大事なことを確かめるような響きがあった。
「私が言いたいのは、アッシュ君の意思を尊重すべきだということよ」
「当然、そのつもりだけど」
緩く息をついたローザが、そこで話を前に進めた。
「でもさ、今日のうちに声を掛けとかないと、次にまた会えるとも限らないのがこの業界でしょ? ちょっと急だけど、アッシュ君をどうしてもウチに誘っておきたくてね」
「出会ってすぐの僕なんかでなくとも……。皆さんは上級冒険者ですし、僕の代わりに、もっと相応しい人が居ると思います」
アッシュはそう言って、この申し出をやんわりと断ったつもりだった。
だが、「お前の代わりなんて、そうそう見つかるかよ」と不敵な笑みを浮かべるカルビは、この話をまだ終わらせる気はないようだった。
「見たトコ、お前なら何でも任せられる。斥候でも、追撃でも、奇襲でもな。しかも、べらぼうに強ぇ。今日だってそうだ。アタシとネージュが無力化されて、エミリアの足も止められて、ローザの魔導銃でも状況を打開できねぇとなっても、お前がいれば何とかなった」
「今日のトロールダンプでは、私達のパーティの限界も見えましたものね……」
腕を組んだエミリアは瞑目し、今日のシャーマンとの戦いを思い返しているようだった。
「私達のパーティが後衛不足で、バランスが悪かったのも苦戦の原因ね」
冷静な口振りのネージュも小刻みに頷いている。
「治癒術士としての腕も確かなアッシュ君が入ってくれるなら、前衛も後衛も任せられて心強いわ」
「いや、でも、皆さんのように実力者揃いのパーティなら、ギルドで募集をかければ、パーティ加入の希望者は集まりそうですけれど……」
パーティ勧誘を断るというよりは、疑問に感じたことをアッシュは口にした。
「あのなぁ、アッシュ。今までアタシ達だって、新しいメンバーを募集したり探したりは当然してきたんだよ」
管を巻くように低い声で言ったカルビが、再びアッシュと肩を組んできた。それから自分の記憶を探るように瞑目して眉間に皺を刻み、「だがなぁ……」と不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「まともなヤツが集まらなかったんだよ」
カルビが吐き捨てるように言うと、ネージュが緩く首を振った。
「鉱石採掘を専門にする『曲がった鶴嘴』、魔物狩り専門の『正義の刃』なんかの実力派クランも、常に新しいメンバーの募集をかけているから。わざわざ私達のパーティに入ろうっていう人は、殆どいなかったわね」
「パーティ勧誘の貼り紙を何度出しても、その度に希望者0でしたものね……」
項垂れて額をおさえたエミリアが、疲れたような相槌を打った。
「アタシらのパーティは有名なんだよ。悪い意味でな」
そこに続いたカルビが、鬱陶しそうな顔になって顎をしゃくれさせる。
なんだか迂闊なことを言えない空気になった。
取りあえずアッシュも口を噤んだところで、さっきのセーブエリアでの雰囲気を思い出した。
ローザ達のパーティを遠巻きに眺めていた冒険者の表情や視線には、野次馬的な好奇心と共に、怯えや忌避感、厄介な者達と関わり合いになるのを極力避けるようとするような、そんな意識が共有されていたように思う。
実際に、ローザ達のことをトラブルメーカーだと言う声も、あの野次馬の中で上がっていた。つまりは、ローザ達が恐れられ、避けられるような何かが今までにあったということだ。
「……アッシュ君もさ、実は私たちの噂とか、やらかした話とか、何か聞いたことあるんじゃない?」
参っちゃうよね、みたいな笑みを浮かべたローザが訊いてくる。
「ぃ、いえ、ローザさん達に関する話は、僕は詳しくありません。そもそも僕は、他の冒険者の方との交流も無かったので……。冒険者界隈で有名な噂や風説の類も、かなり疎い方だと思います」
「ほーん……。じゃあ、アタシ達が商隊護衛をしたときの話も知らねぇのか?」
「聞いたことがないです。……護衛の最中に、何かあったんですか?」
「あぁ。まぁな」
真面目くさった顔になったカルビが重厚な口振りになる。