「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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パーティへの誘い2

 

 

 

 

「アタシ達が護衛してた大商隊が、いきなりワイバーンどもに襲われてな。そしたらネージュの奴、商隊を護衛するどころか、他の冒険者もろとも大型の荷馬車6台を氷漬けにしちまったんだ」

 

「そ、そんなことがあったんですね……」

 

 アッシュは困惑と同時に、向かいの席に座るネージュの方をちらりと窺う。彼女は忌々しそうにカルビを睨んでいた。余計な話をするな、という目だ。

 

 ローザの方は笑みを引き攣らせ「ぁ、あったねぇ」と、苦い思い出を何とか笑い話にしようとするかのような、強張った声を出している。

 

「あのときは確か、私まで凍り漬けにされそうになりましたわね……」

 

 そのときのことを思い出したらしいエミリアも、背筋を震わせるようにして自分の両肩を抱いていた。

 

「あれは不可抗力よ……。もっと冷静に思い出しなさい」

 

 そう語り出したネージュは、不味そうに眉間を絞りながら鼻を鳴らした。

 

「あの数のワイバーンを相手にするには、凍結魔法の規模も威力も、あれぐらい必要だったでしょう? 1体1体を順に仕留めてたんじゃ、荷馬車どころか人的な被害も抑えられなかったわ。……それに」

 

 物騒に片方の眼を窄めたネージュは重大な過失を指摘するように、カルビに鋭く指を向けた。

 

「あのあと炎熱魔法の火力を誤って、商隊の馬車の殆どを消し炭にしたのは貴女じゃない」

 

 アッシュは再び「えぇ……」と困惑の声を洩らしつつカルビを横目で見て、喉まで出掛かった「大惨事じゃないですか」という言葉を辛うじて飲み込んだ。

 

 肘杖をついていたローザは片手で顔を覆い、「スゥゥゥゥ……」と歯の隙間から息を吸い込んでから、「あぁぁ……、スゥゥゥゥ……、あったねぇ、そんなことも……」と呟いていた。

 

 あれは流石に笑い話にできないといった様子で、思い出すのも辛そうな声音だった。

 

「えぇ、まったく」

 

 やれやれといった様子のエミリアは、額に手の甲をあてがって俯き、「ほふぅ」と大袈裟な溜息を吐き出してみせる。

 

「カルビさんは力加減を知らない、ゴリ押し馬鹿力ウーマンですから……。まさにフレイム★ゴリラ。護衛や調査といった繊細な任務には本当に不向きですわよね……」

 

「そっくりそのまま返してやるよ、その言葉」

 

 カルビは下らなさそうに眉をハの字に下げて、エミリアに指を向ける。

 

「エミリアだって魔物と戦うときは大体ゴリ押しじゃねぇか。しかも、いっつもブリブリウホウホ叫びやがってよぉ。アタシなんかよりよっぽどゴリラしてるぜ」

 

「ウホウホブリブリなんて言ったことありませんわよッ! 私《わたくし》が口にしている言葉は“ブリリアント”であって……ッ!」

 

 眉を吊り上げたエミリアがムキになって言い返すが、カルビはもう聞いていない。「あー、はいはい」と気のない返事をしながらヒラヒラと手を振って、話を戻した。

 

「まぁ、あの時のアタシの火力は適切だった筈だぜ。ワイバーンどもを餌にしてるウィンドドラゴンまで飛んできやがったんだ。あんなデカブツを追い払うには、ちょっと強めの火力が必要なんだよ」

 

 カルビは全く悪びれることなく、ほとんど開き直る様な口調で「なぁ、お前もそう思うだろ?」と、アッシュの視線に気づいて大袈裟《おおげさ》に肩を竦めてみせた。

 

「いや、僕はその場に居なかったので、何とも言えませんけれど……」

 

 アッシュは引き攣った笑みを維持するので精いっぱいだった。

 

「その“ちょっと強めの炎熱魔法”で、護衛対象まで焼き払っていれば世話も無いわよね」

 

 グラスを手にしたネージュが、俯きがちにボソッと溢した。それに続いて、不味そうな顔になったローザが「でもさ~」と、今更だけどといった口調で不満を表明した。

 

「あの時はホントに運が悪かったよ。ワイバーンの群れに襲われることだって想定外だったのに、そこにドラゴンまで来るんだもん。誰も対策してないし、実際、私達以外の冒険者とか、ほとんど潰走状態だったじゃん」

 

 ボックス席の椅子に体を投げ出すように座り直したローザは、この場に居ない誰かと言うか、自分に言い訳をする口振りでブツブツと言いだした。

 

 賑やかな酒場のなかで、このボックス席だけが葬儀場のようなしめやかな空気に包まれはじめる。

 

 アッシュも何を言えばいいのか分からなくなる。だが、この場で1人だけ黙っている訳にもいかない気がして、「た、大変だったんですね……」と言うしかなかった。自分でも驚くぐらい気遣わしげな声が出た。

 

「本当だよ。やってられねぇって感じだったぜ、実際」

 

 鼻を鳴らしたカルビは遠慮も警戒もなく、アッシュにもたれ掛かってくる。

 

「あの場にアタシらが居なかったら、他の冒険者も商人共も、一人残らず喰われちまってただろうよ。でも、それが全員生還だぜ? 感謝されるなら分かるけどよぉ。アタシなんか貢献度の大幅マイナスで、2等級の金から、3等級の銅まで格下げになったんだからな。マジで最高に笑えねぇよ」

 

 カルビが盛大な溜息を交らせてぼやいて、「私も2等級銀から、4等級金まで格下げになったけどね」と、ネージュも深呼吸とも溜息ともつかない息を吐きだした。

 

 「私もネージュさんと同じですわ。2等級銀から4等級金に降格……。ですが、淑女魂のランクは一切下がっておりませんから、それだけは救いでしたわ」

 

 「え、なに? ウホウホ魂?」怪訝そうにカルビが訊き返して、エミリアが目を怒らせる。「ゴリラの話はもういいですわよッ!」

 

 カルビとエミリア、それにネージュの等級が、彼女達の戦闘能力に反してやけに低い理由が分かった。つまり彼女達は頻繁にトラブルを引き寄せてしまい、その結果として割を食ってきた、ということらしい。

 

「私は格下げにはならなかったけど、消し炭になった荷馬車とか載せてた品物とかの何割か弁償しろって、ギルドに言われたんだよね……。あれは落ち込んだなぁ……」

 

 遠い眼になったローザが、宙に視線を投げ出しながら呻くような声で言う。体調でも悪くなったのだろうか。さっきまでよりも若干顔色が青く見える。

 

「た、大変だったんですね……」

 

 アッシュはもう一度、やはり自分でも驚くぐらい心が籠った相槌を打つ。

 

「アタシ達の武勇伝はまだあるぜ。これより強烈なヤツもな。ついでに聞きたいか?」

 

 ほとんどヤケクソな声音になったカルビが笑いかけてきた。

 

「――って言いたいところだが……、まぁいい。その様子だと、ホントにアタシ達の話とか聞いたことねぇんだな。お前、冒険者になってどれくらいだ?」

 

「冒険者になってからは、ちょうど1年くらい……、でしょうか」

 

「その間に、他の冒険者に誘われたことぐらいあンだろ?」

 

 カルビに訊かれて、勝気そうなリーナの顔が頭に浮かんだ。オリビアの優しそうな表情と、レオンの冷笑、ロイドの笑い声も一緒に思い出される。

 

 他のパーティと共に行動すると言っていたが、今頃は彼女達も、キュアニス坑道内で野宿をしているのだろうか。

 

「あぁ、はい。……1度だけ、誘って貰ったことがあります。でも、5等級の僕では足手纏いだということで、結局、その話は無かったことになりました」

 

「そりゃ、ソイツ等に見る目が無かったな」

 

 カルビは意地悪そうに唇を歪めたが、すぐに不審そうな顔つきになった。

 

「いや、でもよ、1回ってことはねぇだろう。お前の戦いぶりを見たら、普通は放っとかねぇよ」

 

「僕自身が他の方との接触を避けていましたし、特別に目立つような活躍をした経験もありませんから。それに僕が足を向ける場所は、ブルーズニーグの森や、ラグロム地下迷宮であることも多かったので、誰かと共闘することもありませんでした」

 

「……どちらもフィールドが広いし、潜るパーティ自体も少ない場所ね。他者との関りを割けてソロで動くには、悪くない選択だと思うわ」

 

 思案顔のネージュに続いて、「いやいや、1人で潜るには、どっちも相当ヤバいんだけどね……」とローザが半目になって指摘してくる。カルビが顎を撫でで頷いた。

 

「まぁ、アッシュの強さを見りゃあ納得もいくぜ。とはいえ……」

 

 カルビはそこで言葉を切って、僅かに目を細めてアッシュの認識プレートを一瞥した。

 

「そんだけ腕が立つのに最低等級のままってことは、今までも随分と貢献度加算の辞退をしてきたみてぇだな」

 

「……えぇ。冒険活動で得た戦利品は、ほぼ全てマテリアルショップに持ち込んできましたから。薬用植物の採取などに関しても、ギルドへの報告はほとんどしていないんです」

 

「なるほどな。無名の貢献者ってわけか。でも珍しくねぇよ。そういう生き方を選んでる冒険者は。色々あるヤツも多いしな」

 

 肩を揺らしたカルビは軽く笑って、この話題を締め括ろうとしているようだった。

 

 さっきまで飲んでいた大量の酒が回って来たのか。彼女の綺麗な琥珀色《こはくいろ》の瞳が、とろんとしているように見えなくもない。

 

「重要なのは、お前が信頼できるかどうかってことだ。これに関しちゃ、アタシ達の中に文句のあるやつはいねぇだろ」

 

 まぁね~と、そこでローザが深く頷いた。

 

「私への治癒魔法料や同行依頼料にしても、アッシュ君はゴネたり吹っかけてくることもしなかったしさ。今回の稼ぎだって、等分で納得してくれてるんだもん」

 

「えぇ。お金の話をするときも、アッシュさんはずっと冷静でいらしたわね」

 

 エミリアがうんうんと頷き、ネージュも微笑みをアッシュに向けてくる。

 

「私やカルビを助けてくれたことに、恩着せがましい傲慢さも一切見せなかったわ」

 

「あぁ、それに何より」

 

 唇の端を持ち上げたカルビは、アッシュから目を逸らさないまま言う。

 

「初対面のアタシ達の為に、お前は躊躇なく身体を張って見せた。コイツは信頼できると思ったぜ。だからアタシは、お前がパーティに入ることには賛成なんだよ」

 

 ゆったりとした言い方をするカルビの、その琥珀色の瞳に真っ直ぐに見詰められて、アッシュは動揺した。下唇を小さく噛んでから目を逸らそうとして、今度はネージュと、その隣に座るローザ、エミリアからの視線も感じた。

 

 彼女達の真摯な声音や態度からは、アッシュを利用してダンジョンを楽に攻めようといった思惑や、色の良い返事を強要するような圧力も感じない。

 

“キミが居てくれて助かったよ”

 

 不意に、ローザと出会った時に、彼女が言ってくれた言葉が耳の中で甦ってきた。胸の奥がチリっと痛む。

 

「……その、すみません」

 

 その痛みには気付かないフリをして、アッシュは深く頭を下げた。

 

「僕のことを評価してくれているのは有難いですし、恐縮なのですが……」

 

 頭の隅の方で、男の低い声が聞こえてくる。

 

 ――“お前は人形だ”

 ――“お前は出来損ないだ”

 

 ローザの同行依頼を受けたときにも、この声はアッシュの脳裏に響いてきた。

 

 だが、今はあのときよりも重く、鈍く、そして、アッシュの心の表面を削るようにザラついた感触を伴っていた。

 

 ――僕は、彼女達に信頼されるような存在なのだろうか?

 

 慣れ親しんだ自問が、形を変えて意識を過っていく。俯いたアッシュは黙り込んで、テーブルを見つめながら唾を飲み込んだ。彼女達からの誘いを断るのに、何を、どう伝えればいいのか分からなくなる。

 

 彼女達がくれた優しい沈黙に、暗い重みが兆し始めた時だった。

 

「そっか……。うん。分かった」

 

 席にもたれたローザが明るい表情をつくり、軽やかに頷いてくれた。パーティ加入の誘いを断ったアッシュを攻めるでもなく、しつこく食い下がるでもない。

 

「アッシュ君にも都合があるし、理由もあるもんね。残念だけど、仕方ないか」

 

 肩を竦めるローザは、アッシュの意思を尊重してくれているのだと分かった。

 

「そうね。……無理強いはできないものね」

 

 何となくしょんぼりした顔になったネージュが俯いた。

 

「そう、ですわよね……。えぇ……。もう、本当に残念ですけれど……。ふぅうう……。アッシュさんの気持ちが、大事ですものね……えぇ……」

 

 ズビビッ! と洟を啜ったエミリアは悲しみを押し殺すような半泣きで、今にもテーブルに突っ伏してしまいそうな程の意気消沈っぷりだった。

 

「おいおいマジかよ~」と椅子に凭れて天井を仰いだカルビは、だが、すぐにガバっと姿勢を戻して、「なぁんでだよ~、アタシ達のパーティに入れよ~」と、駄々をこねるような口調で言いながら、アッシュと肩を組んできた。いや、抱き竦めてきた。

 

「ちょ、ちょっと、カルビさん……!?」

 

 やはり酔いが回ってきているのだろう。カルビの目の中が酒で濁っていた。

 

「アタシ達のパーティに入ってくれたらよ、ローザが、あのデッカいフワフワおっぱい、見せてくれるってよ」

 

「えぇ……」

 

 どう反応していいか分からず、アッシュは困惑する。耳打ちしてくるカルビの声音には、冗談らしさがない。エミリアとネージュと吹き出した。

 

「いや、そんな話してないけど?」と、ローザが瞬時に目を怒らせる。

 

 だが酔っぱらっているのだろうカルビは、そんなローザには全く怯むことなく微笑みを湛えて、ゆったりと頷く。

 

「はやく脱げよ」

 

「脱がないわよ! こんなトコで脱ぐワケないでしょ!」

 

 ローザは即座に言い返し、「自分が脱げばいいじゃない……」と、厄介な酔っ払いを突き放すような声で付け加えた。

 

 だが、言われた方のカルビが「しょうがねぇなぁ~」などと言いだしたので、「えっ」とローザの表情に緊張が走った。エミリアが「……は?」と低い声を出し、ネージュが舌打ちをしたのも聞こえた。

 

 アッシュは逃げ出したくなったが、カルビにガッチリと肩を組まれているのでそうもいかない。

 

「アッシュにだけ、特別だぜ?」

 

 愉しげに酔った声音に凄絶な艶を含ませたカルビは、「ほぅ」と灼熱の吐息を漏らしながら、より強くアッシュを抱き寄せた。そしてアッシュの額にあたりに頬を寄せ、片手で装甲服をゆっくりと脱ぎ始める。

 

 いつの間にか酒場が鎮まり返っていた。周りの冒険者たちが一斉に話を止め、こっちのボックス席を凝視しているからだ。

 

「アタシのおっぱいを見たら、今度はアッシュも脱げよ~?」

 

「か、カルビさん! ちょっと酔い過ぎですよ! お水を貰いましょう!」

 

 必死な声でアッシュは提案するが、「アタシは全然酔ってねぇよ」と簡単に退けられた。どうやらカルビは絡み酒で、本格的に酔うと脱ぎだす悪癖でもあるようだ。

 

 本当にカルビが脱ぎ始めるとは思わなかったのか。慌てた様子のローザが「えっ、ちょっと、えっ」などと、おろおろとしている。

 

 「お待ちなさいカルビさん! アッシュさんの前で破廉恥な振る舞いは、この私が許しませんわよッ!」

 

 義憤を漲らせたエミリアが、椅子から腰を浮かせて肩をいからせた。それを横目で見たカルビが、面白がるように鼻を鳴らす。

 

「あぁん? じゃあ、お前が脱げよ」

 

「望むところですわッ!」

 

「いや、望まなくていいから……」

 

 毅然とした態度で言い放つエミリアの隣で、ローザが半目になる。黙り込んでいるネージュも五月蠅そうな顔で、エミリアとカルビを見比べていた。

 

 アッシュは何とか話を逸らそうと頭を動かすが、目の前の事態に圧倒されて話題が出てこない。

 

「あぁ、やっぱりやめとけよエミリア」

 

 そのうち、何かを思い出したようにカルビが、落胆するように溜息をついた。

 

「干乾びたミミズみてぇだからな。お前の乳首。アッシュに気を遣わせちまう」

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁンンッ!!?」エミリアが紅の髪を振り乱し、恐ろしい顔になる。「だぁぁぁれの乳首が干乾びたミミズだとォォォ!!?」

 

「声が大きいわよ……」

 

 顔を顰め捲ったネージュが迷惑そうに指摘する。その隣のローザは、何か言いたげな顔のままで赤面していた。

 

 アッシュもどんな顔をしていればいいのか分からず、取りあえずエミリアとカルビの言い合いを見守るしかない。

 

「私の乳首は真珠貝のように滑らかで色艶も美しく、ぷっくりとした厚みと抜群の感度が自慢のォォォォ……――!!」

 

 テーブルをぶん殴りながら立ち上がったエミリアが、唾を飛ばして力説を始める。カルビの様子が少しおかしいことにアッシュが気付いたのは、その時だった。

 

「すぅ……、すぅ……」

 

「……えっ?」

 

 急にカルビの身体がのしかかってきたのだ。

 

 遠慮の無い体重の掛け方だった。何ごとかと思いアッシュは身構えつつも、カルビの身体に殆ど力が入っていないのが分かった。それに、耳元で聞こえる吐息は規則的で、安らかな寝息だった。

 

 見れば、酒で顔を赤らめているカルビが、アッシュの肩に頬を乗せて眠っているのだ。アッシュは一瞬、ポカンとしてしまう。

 

「ぁ、あの、カルビさん……?」

 

 起こそうと思って少し体を揺すってみたが、目を覚ます気配が全くない。装甲服から零れ落ちそうな彼女の乳房が、ポヨポヨと柔らかく弾むだけだ。

 

「まったく……、まるで子供ね。場を掻き混ぜたいだけ掻き混ぜておきながら、自分は酔いに任せて勝手に眠ってしまうなんて」

 

 向かいの席で立ち上がっていたネージュが、腕を組んで鼻を鳴らした。それからすぐに、優しい眼差しになってアッシュに向き直った。

 

「アッシュ君。その馬鹿に抱きつかれ続けて、窮屈だったでしょう? ちょっと今から、ソイツを3階層に放り出してくるわね」

 

 穏やかな声音のネージュは、そう言いながら腰を浮かせかけていた。どうやら本気らしい。

 

「さ、流石にダンジョンに放置するのは可哀そうでは……」

 

 アッシュは肩を組んでくるカルビの腕を解いた。そして、その腕を枕にしてテーブルに突っ伏すような姿勢にさせる。

 

 気持ちよさそうな寝顔のカルビは、一切の抵抗を見せないまま、「ひひひ。どうだぁ~、アッシュぅぅう~……」などと寝息をもらし、むにむにと唇を笑みの形に歪めている。

 

「どんな夢見てるんだろ。幸せそうな顔しちゃってさ」

 

 やれやれと言った苦笑を浮かべたローザは、テーブルに頬杖をついてカルビの寝顔を覗き込んだ。

 

「ま、まだ私の話が終わっていないというのに……!」

 

 ぬぅぐぐぐ……ッ!と拳を胸の前で握り締めているエミリアも、眠りこけているカルビの無防備さに引き摺られるようにして息をつき、席に座り直していた。

 

「僕の名前を呟いているのが、ちょっと怖いですけど……」

 

 「カルビはさ、私達の中でもソロでやってた期間が一番長いんだよ。苦労も結構してたみたいだし」

 

 頬杖をついていたローザは、穏やかな表情でアッシュを見てから、またカルビに視線を戻した。

 

「だから、アッシュ君のことを放っておけないのかも」

 

「そう、だったんですね」

 

 アッシュは隣でテーブルに突っ伏し、むにゃむにゃと心地よさそうに眠るカルビを眺めた。満腹になった猛獣が寝転がっているみたいだった。その寝顔は無防備で可愛いのに、全体的に迫力がある。

 

「アッシュ君をパーティに誘う話は、私が言い出さなかったとしても多分、カルビは自分から切り出してたと思う。だから、ガラにもなく緊張してたじゃないかな。カルビがこんなに酔っぱらって、寝落ちしちゃうなんて珍しいもん」

 

 優しい声を出したローザに、腕を組んだネージュが鼻を鳴らすついでのように頷いた。

 

「いつも馬鹿みたいな量を飲むけど、今日は特にペースも早かったわね」

 

 カルビを見下ろすネージュの眼つきは、鋭くはあっても冷たいものではなかった。手の掛かる仲間を見守るような、やれやれといった感じの眼差しだ。

 

「アッシュさんのことをパーティに加えることを想像して、はしゃいでいたんでしょうね。えぇ。その気持ちは私も痛いほど分かりますけれど」

 

 そう続いたエミリアも、やはりネージュと同じような態度と表情である。色々と言い合うことも多い彼女達だが、やはり互いのことを本心から嫌っているわけではないのだろう。

 

 ローザ達のパーティは不運に見舞われることも多いが、そのぶん、メンバーの結束が強いパーティなのだ。それぞれに実力もあるし、困窮している風でもない。

 

 治癒術士であるアッシュが、どうしても必要という状態でもない筈だった。

 

 だからアッシュは、もうここで彼女達との話を切り上げようと思った。

 

 この場で彼女達と結ばれそうになっている何らかの関係を、せめて慎重に解いて、もとのソロ冒険者として生きるべきだと感じた。

 

 彼女達の優しさを、自分が受け取ってはならないような気がしたのだ。だが――。

 

「……実はアッシュ君に、もう一つ話があるんだよね」

 

 話の行方を定め直すように、ローザが背筋を伸ばして座り直したのはそのときだった。

 

「これはさ、パーティに誘ったりっていう話じゃなくて、冒険者としての仕事の話なんだけど」

 

 真剣みのある声で言うローザの隣で、エミリアとネージュが怪訝そうな表情で顔を見合わせている。まだ何か話すようなことがあるのか、という顔つきだった。

 

 あの2人の様子からすると、これからローザのする話は彼女達のパーティからと言うよりも、ローザ個人からの話だろう。

 

「は、はい、何でしょう?」

 

 アッシュも姿勢を正してローザに向き直ると、彼女は不敵な笑みを浮かべた。

 

「うん。これから私達が冒険するときにはさ、またアッシュ君にも声をかけたいと思ってね」

 

「それは……、つまり」ローザの意図に、エミリアは気付いたようだった。

 

 ネージュも納得がいったようで、小刻みに何度か頷いて居る。「……これからもアッシュ君に同行を依頼する、ということね?」

 

「そ。今日みたいにね」と、ローザが気楽な声で2人に応じた。

 

「僕はソロのままで依頼を受けて、ローザさん達に同行する……、という話ですか?」

 

 アッシュは何度か瞬きをしてから、ローザの言葉の意味を理解した。

 

「うん。そういうこと」

 

 キラリと目の端を光らせたローザは、アッシュを正面から見据える。

 

「アッシュ君がソロを続けようとしてるのも、多分、アッシュ君にとって重要な意味とか、理由があるんだろうしさ。そのことについて、この場で色々と訊き出そうなんてつもりは無いよ。ただ、今日は私達のことも助けてくれたし、依頼も受けてくれたでしょ?」

 

 ゆっくりと瞬きをしたローザは、そこで言葉を切って俯き、すぐに顔を上げた。彼女の澄んだ瞳に、より力強い光が宿ったように見える。その眼差しも、アッシュの何かを確かめるようでもあった。

 

 余りにも真っ直ぐに彼女に見詰められ、アッシュは少し体を引いてしまう。だがその分、ローザがテーブルに身を乗り出してきた。

 

「だからさ、冒険者の仕事としての同行依頼だったら、アッシュ君も受けてくれるんじゃないかな~って思ったんだよ。あくまで対等な関係としての依頼だからさ、都合が悪かったり気分が乗らないときは、遠慮なく断ってくれればいいし」

 

 力の籠った声で言ったローザは、「……どうかな?」と訊いてくる。

 

 やはり、ローザの眼差しに迷いはない。揺るがない。彼女の隣に腰掛けているエミリアとネージュは黙ったまま、この話の行方を見守るように、アッシュとローザを交互に見ている。

 

「……どうして、そんなに熱心に僕を誘ってくれるんですか?」

 

 よく分からない種類の胸の苦しさを感じたアッシュは、ローザの視線から逃げるように俯いてしまう。

 

 ローザの口振りには、アッシュを極端に持ち上げるような気配は無い。卑屈さもない。彼女の言葉の芯にあるのは、有力な仕事仲間を見つけ、それを逃すまいとする熱意と強かさだった。

 

 きっとローザは、自身が冒険者であることに誠実であり、誇りを持っているのだろうと思った。

 

 同時に、アッシュの胸が軋んだ。果たして自分には、誇りに思えるような何かが自分の内側にあるだろうか。

 

 ――“お前は無価値だ”

 ――“お前は無意味だ”

 

 男の声が耳の奥で聞こえる。過去から響いてくる。だが、その声をアッシュから払い除けるように、ローザが「にひひっ」と悪戯っぽく笑った。

 

「どうして誘うかって訊かれても、理由はさっきと一緒だよ。アッシュ君が、信頼できる冒険者だって分かってるから」

 

 口許を緩めたローザが力強く即答した言葉は、アッシュが自分自身でも触れたことがないような、心の奥深くを揺さぶった。束の間の沈黙があって、その隙間を埋めるようにカルビの寝息が悠長に響いている。

 

「……だから、アッシュ君からしてみれば鬱陶しいかもしれないけど、こうやって食い下がらせて貰ってるってワケ。でも、安心して。これで最後のお願いだから。断られても恨んだりもしないよ。せっかくだし、アッシュ君と友達くらいにはなりたいとは思うけどさ。ね? ネージュ」

 

「えっ」

 

 不意に話を振られたネージュは、今までの静かな表情を崩した。僅かに目を見開き、その薄青い瞳でローザとアッシュとを順に見た。それから、「友達……というのは、よく分からないけど」と、何故か赤面しつつ言葉を繋いだ。

 

「アッシュ君と友好的な関係を築きたいとは、私も思うわ。……もちろん、ローザの言う通り、アッシュ君が私達との接点をこれ以上持ちたくないのであれば、仕方がないけれど」

 

 ネージュは言い終わると、僅かに口許を緩めながら、テーブルに突っ伏しているカルビに視線を向けた。

 

「駄々をこねて騒ぎ出しそうな馬鹿も、今は静かにしているから。何も遠慮はいらないわ」

 

「この話がどのような結果になっても、カルビさんにはうまく伝えておきますわ。ですからアッシュさんは、自分の御心のままに応えてくださいまし」

 

 ネージュに続き、すやすやと暢気に眠るカルビを一瞥したエミリアも、眉を下げた穏やかな表情で言ってくれる。2人とも、アッシュに言うべきことはここまでだというふうでもある。

 

 ならば次は、アッシュが何かを喋る番だった。

 

「……僕は、パーティ戦が苦手です。今回は役に立てたかもしれませんが、それも、たまたまだっただけかもしれません。それに、僕は世間知らずと言うか、ちょっと皆さんとズレている部分もあると思います」

 

 アッシュは今までの自分のことを見つめ直し、一つ一つ確認するように言葉を紡いだ。ローザとネージュと、それにエミリアを順に見た。カルビの寝息が、やけに優しく聞こえる。

 

 ――“お前の自我など不要なものだ”

 

 心の内部を重く占めていたあの男の声が、ローザ達の前では遠ざかっていく感覚があった。アッシュはテーブルの下で拳を握る。

 

「それでも、僕のことを必要としてくれて、こうして声を掛けてもらえることは、……とても嬉しいです」

 

 今までのアッシュは、過去から届いてくる男の声を半ば受け入れていた。あの男の声は、アッシュの肉体に向けられた言葉だ。アッシュという存在から、物理的な何か以外を削ぎ落そうとする、冷酷な声であり、呪いだ。

 

 だが、アッシュをパーティに誘ってくれるローザの言葉は、そのどれもが、アッシュの肉体ではなく、内面に向けられている。アッシュ自身の意思を問うてくれているのだ。

 

 この場でのアッシュの選択を否定せず、どこまでも対等であり、アッシュ自身を尊重しようとしてくれている。

 

 ――“お前が何かを判断するなど、我々は赦さん”

 

 男の低い声と、苦痛に塗れた記憶が頭の奥で甦ってくる。

 

 あぁ。駄目だ。僕はローザさん達に、そんなふうに信じて貰うに値しない。断ろう。この話を、もう切り上げよう。打ち切って、ソロ冒険者を続けるべきだ。

 

 そう思う一方で、アッシュの心の奥は揺さぶられたままだった。そして、自分に対する言い訳のような考えが浮かんだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ならば、彼女達の信頼を受け取る資格はあるのではないかと――。

 

 自分自身の意思を握り締める思いで、アッシュは顔を上げる。

 

「……僕なんかで良ければ、またダンジョンに御一緒させてください」

 

 その言葉を口にするには、自分の中の何かを飛び越えるような勇気が必要だった。

 

 声が微かに震えている気がしたが、構わなかった。アッシュは席に座ったままで背筋を伸ばし、ローザ達に向かって頭を下げる。

 

「わっ、本当!?」

 

 テーブルに身を乗り出していたローザが立ち上がり、目を輝かせ、はしゃいだ声をだした。

 

「はい。その……、よ、よろしくお願いします」

 

 アッシュはもう一度頭を下げる。

 

「うん! 此方こそ!」

 

「えぇ、よろしくね。アッシュ君」

 

 ローザとネージュが握手を求めてきて、アッシュはそれに応える。

 

「ふぅうううんんんん……!! よ、よよ、よ、宜しぐお願いしばすわわわわ……!」

 

 感極まった様子のエミリアは半泣きで声を震わせ、両手で握手をしてくれる。

 

 冒険者として活躍し、重い銃器や大槍を扱ってきたに違いない彼女達の手は、しなやかでありながらも力強く、ゴツゴツとしていて、ひんやりと冷たかった。

 

 自分という存在を、誰かが求めてくれている。そのことに嬉しさよりも寧ろ、恩を感じた。

 

「おぃぃ~、アッシュぅぅ~……、今度はアタシの番だぞぉ~……」

 

 テーブルに突っ伏すカルビが、ふにゃふにゃ声の寝言でアッシュの名を口にして、アッシュ達は顔を見合わせてから少しだけ笑った。

 

「どんな夢を見てるのかしらね」と、決して冷たくはない静かな声で言ったネージュが、手元のグラスに残っていた水を飲み干した。

 

 今のアッシュもまた、温かな夢を見ているような心地だった。実感の籠らない頬の熱さ、誰かに必要とされる喜びは、この店の喧騒が与えてくる錯覚ではないかと思う。

 

 だが、アッシュの掌に残るローザ達の握手の感触は、新しい冒険を予感させるほどに実在的だった。

 

 

 








今回も最後まで読んで戴き、ありがとうございました!
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