「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
トロールダンプのセーブエリアで、ローザ達からの同行依頼の話を受けたアッシュは、また4日後にアードベルの冒険者ギルドで彼女達と会う約束をした。
カルビも酔い潰れてしまっていたので、また日を改めてアッシュの意見も聞きながら、次の冒険について詳しく決めたいということで解散する運びとなったのだ。
巨大要塞都市であるアードベルでは、2号区から6号区までが冒険者用居住区となっている。
アッシュ達が集まる場所として選んだのは、この6号区にあるギルドの支部である。中級から上級冒険者向けの依頼が集まるギルドの支部だ。
ちなみに、2号区と3号区支部には低級冒険者向けの依頼が、そして4号区、5号区ギルドには中級冒険者向けの依頼が集められている。
各々の冒険者達は自分の実力と相談して、訪れる支部を選び、依頼を受けにくるのだ。
こうして支部ごとに依頼難度を分けているのは、上級から低級までの冒険者が1か所に集中してしまうような事態を避けるためだ。
だが、アードベルを拠点にする冒険者の数が増え続けているため、各支部の混雑を解消するまでには至っていないのが現状である。
ただ、流石は『冒険者の楽園』などと呼ばれるだけあって、どのギルド支部の建物も、ちょっとした砦のような立派さである。冒険者用の宿泊施設や会議室なども用意されており、事前に予約さえしておけばスムーズに利用させて貰える。
他にも、上品なテーブルと椅子のセットが複数用意された一角がある。冒険者のパーティが集まって話し合いをしたり、特に大きな依頼を受ける場合は、その依頼主と面談したりする場合に使われているスペースだ。
昼過ぎになって6号区ギルドに集まったアッシュ達は、その冒険者用テーブルセットの1つに陣取っていた。
「しっかし……、ツイてねぇな~」
椅子に足を組んで座り、行儀悪く肘杖をついたカルビが顎を突き出し、面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「せっかくアッシュが同行してくれるってのによ~……、うまい依頼が1つもねぇじゃねぇか」
カルビの隣にはアッシュが座り、その正面にはローザとネージュ、エミリアが掛けている。
セーブエリアの酒場で話をしたときと同じ並びであることには、「……アッシュ君の隣に、どうして貴女ばかりが座るのよ」と、ネージュがさっきから不満そうにしていた。
「えぇ、不公平極まりないですわね。こんな横暴をいつまでも許してはおけませんわ」
眉間と顎に皺を寄せた渋そうな表情のエミリアも、深刻な声を溢している。
だが、そんな不機嫌顔のネージュとエミリアを相手にしないカルビは、頬杖をついた姿勢のままだ。
「アッシュが加わった今のアタシ達なら、どんな危険な仕事でもイケる筈なのによぅ。間が悪いよなぁ~」
「でも、僕と皆さんとの連携も確認するためにも、最初は難易度の低いダンジョンに潜って、僕を含めたパーティ戦の確認した方がいいのではないでしょうか……? ギルドの依頼を受けるのは、そのあとでも遅くはないでしょうし」
アッシュが控えめに提案したところで、「お前とアタシ達の実力から言えば、そんな予行練習みたいなモンはいらねぇだろ」とカルビは軽く笑って、深みのある琥珀色の瞳で容赦のなくアッシュを見詰めてくる。
「パーティ戦の感覚なんざ、その時々の実戦で掴むしかねぇんだからよ」
遠慮も手加減もない彼女の眼差しには、同時に、嘘も誤魔化しもない。
その声にも揺らいだところは一切なく、堂々としていた。高い実力を持つカルビが、アッシュのことを本気で信頼してくれているのが分かる。
「私も、カルビさんに概ね同意できますわ」
気持ちを切り替えるように紅の髪をかき上げたエミリアも、ゆったりと頷いた。
「アッシュさんが居てくれて心強いからといって、私達も無茶なことはいたしませんし、油断もしません。アッシュさんが危ない時には、こぉの私がァ、心頭滅却全身全霊粉骨砕身のラブラブマックスパゥワァァァを以ってカバーして差し上げますから、どうか安心してくださいね」
「……カルビと同等に、貴女が暴走しないかどうかが不安だけれど」
ボソッと溢したネージュは一つ息を吐き、それから口許を緩めてアッシュに頷いてくれた。彼女の澄み渡った薄青い瞳が、その怜悧さを和らげてアッシュを映している。
「寧ろ、私達の方がアッシュ君の足を引っ張ってしまう可能性もあるから……。そのときは、私達のフォローをお願いするわね」
冷静なネージュの眼差しには、アッシュの活躍を期待しつつも、それがプレッシャーにならないように気遣う優しさも含まれているのを感じた。
「……私としては、アッシュ君の慎重な意見に賛成なんだけどね~」
今まで黙っていたローザが、軽く伸びをして椅子に凭れ掛かった。ローザの前には、掲示板から何枚か持ってきていた依頼書が広げられている。ついさっきまで張り出されていたものだ。
「私達のパーティに馴染んで貰うためにも、この面子での実戦の雰囲気は、掴んでおく方がいいとは思うんだけどさ」
そこで言葉を切ったローザは、ガシガシと頭を掻きながら、テーブルの上の依頼用紙の束を、冒険者らしい手慣れた雑さで捲っていく。
「まぁ、でも……。同行依頼を受けて貰う以上、やっぱり私達だけじゃなくて、アッシュ君にも大きな利益があって欲しいからね。報酬も貢献度も高い仕事は、出来るだけ早めに狙いたいっていうのも、正直なところだよ」
「チマチマしたことやってると、稼げる依頼は全部持ってかれちまうからな」
「実際その通りっていうか、もう目ぼしい依頼は残ってなかったし……。周りを見た感じでも、今日は上級冒険者の姿だって見えないもん」
ローザが首を巡らせて周りを見たので、アッシュもギルド内を見回してみる。確かにローザの言う通りだった。
受付の前に列を作ったり、掲示板の周りでガヤガヤと騒いでいる冒険者達の認識プレートは、その大半が『3等級』のものだ。『2等級』以上の認識プレートを首から下げている冒険者の姿は無かった。
「今回はホントに、タイミングが悪かったね~……」
依頼用紙に視線を落としたまま、ローザが嘆息する。ネージュも依頼用紙を手に取り、その何枚かに目を通しながら眉を下げた。
「“逃げた猫を探してください”……。“3号区のドブ掃除”……。“偽装恋人になって下さい”……。確かに、小さな依頼ばかりね」
アッシュも、テーブルに残った依頼用紙を手に取った。
「“厨房スタッフ募集”……。“道具屋の店番をお願いします”……。“荷物配達の手伝い”……。えぇ。残っている依頼は、商業地区や職人街での手伝いが中心みたいです」
戦闘が苦手な低級冒険者は、こういう便利屋にも似た依頼を受けることも多い。こういった危険度の低い仕事が、低級冒険者の生活を支えている場合も少なくない。
とはいえ、「同行依頼をしてまでやるモンじゃねぇな」とカルビが苦い顔になるも無理は無かった。
こういった依頼は当然のように報酬も低く、ギルドから認められる貢献度も低いのだ。アッシュに同行依頼料を用意するローザ達からしてみれば、釣り合いが全く取れない。
「報酬はともかく貢献度を効率的に稼ぐには、ギルドからの依頼をこなすのが一番なんだけどさ」
眉を下げたローザが掲示板の方へと視線を投げる。
ギルドの職員が新しく依頼用紙を張り出しているが、掲示板前にいる冒険者達は少し暗い顔つきになり、嘆きの溜息を吐き出している様子だった。
列を作っていた冒険者の何人かが、その雰囲気に落胆して帰っていった。稼げる依頼がないことを察したのだろう。
「低級冒険者向けの依頼が6号区ギルドにまで回ってきているということは、もう大きい依頼も出てこないでしょうね」
手元の依頼用紙を見ていたネージュも、掲示板の方を一瞥してから残念そうに溢した。その間にも、黙っていたアッシュの耳には、遠巻きに此方を見ている冒険者達の声が聞こえて来ている。
「おい、ローザ達だぞ……」
「聞いたか? アイツら、トロールダンプの通路も崩落させたらしいぜ?」
「マジかよ……。魔物より怖ぇ……」
「流石、『トラブルメーカー』の称号は伊達じゃねぇな」
「確かに腕は立つんだろうけどよ。アイツらと同じ依頼は受けない方がいいぞ」
「依頼は当然だが、一緒のダンジョンでも怖ぇよ」
「だな。生き埋めにされちゃかなわねぇ」
それらの囁き声は次第に、ローザ達と一緒の席に着いているアッシュを訝しむものへと変わっていく。
「つーか、あのローブを着たチビは何だ?」
「装備とか服装を見た感じ、治癒術士か」
「あそこはカルビが治癒術士なんじゃねぇのか?」
「新しくパーティに入れたんだろ」
「でも認識プレートを見ろよ。5等級だぞ」
「じゃあ、アレか……、捨て駒か?」
「実力派のパーティにはよくあることだ」
「肉の囮、ってやつか」
「魔物の気を引く餌役だったりしてな」
「ひでぇ話だぜ」
「まぁ、この業界じゃあ利用される奴が悪い」
囁き声が大きくなってきて、アッシュは俯きがちに肩をすぼめる。
「今日も周りが五月蠅いわね……」
目を鋭く細めたネージュが、鬱陶しそうに視線を巡らせた。
「ちょっと黙らせてくるか」
舌打ちをしたカルビが、おもむろに椅子から腰を浮かせかける。
「やめときなよ、カルビ」
ローザが溜息を吐き出しながら首を振って、カルビが立ち上がるのを制した。
「放っておけばよいのですよ。他者を見下すことしかできない者は、そこで成長と進歩が止まっている証拠ですもの。真なる淑女……いえ、誇り高い冒険者たり得ない方々ですわ」
「けっ。大層なことを言いやがって。じゃあ、アッシュの悪口を、もっと露骨に言ってくるヤツが居たらどうすンだよ?」
鼻を鳴らすついでのようにカルビが尋ねる。
「それは勿論……」何を分かりきったことを訊いてくるのか、という表情を浮かべたエミリアが腕を組んだ。「粉砕するに決まってるじゃありませんの」
「……あのさエミリア、一応確認しておくけど、ギルド内での暴力沙汰は絶対やめてね?」
げんなりした顔のローザが念を押す。
「そこで暴力に訴えるのは、淑女らしくないと思うのだけれど……」
どうでもよさそうな顔のネージュも、取りあえずといった感じで指摘した。
「あの……、何だかすみません。皆さんに気を遣わせてしまって」
伏し目がちにアッシュが頭を下げると、ローザが苦笑して軽く手を振った。
「私達の同行依頼を受けてくれて、アッシュ君は此処に居るんだからさ。まぁ……、だからこそ、アッシュ君にとっても実益のある依頼が残ってればよかったんだけどね~」
肩をすくめるローザは残念そうに言いながらも、既に気持ちを切り替えている顔つきだった。
「……取りあえず次の依頼は、私達のダンジョン探索に付き合って貰うって感じでもいいかな?」
優しげな苦笑になったローザに訊かれて、アッシュに断る理由はなかった。
ギルドから認められる貢献度も高く、さらに報酬も高額であるような依頼は、あれば幸運だと思う方がいい。それなりに稼げる依頼も、無いのであれば仕方のないことだ。
ギルドからの依頼が無くても、冒険者として出来ることは数多くある。
つまりはダンジョンに潜りこんで地下を探索し、魔物と戦い、有用な物資を持ち帰ってくるという、泥臭くとも冒険者然とした活動だ。
「えぇ。お願いします」
そうアッシュが頷いたときだった。
依頼掲示板の前が、ざわざわざわっと騒がしくなる。
ギルド職員が数人やってきて、また新たな依頼用紙が掲示板に張り出されたのだ。それも結構な量だった。
ギルドの職員達は掲示板に依頼用紙を張り終わると、今度は別の依頼用紙を周りの冒険者達にも配り始めた。恐らくだが、複数の冒険者を募る依頼内容なのだろう。
「うお! すげぇ!」
「高額報酬の依頼だ!」
「待ってた甲斐があったぜ!」
「いや、でもこれは……」
「あぁ。ちょっとヤバそうだな」
「現場は……、墳墓ダンジョンかよ」
「おい、依頼主のクラン名を見てみろよ」
「『安らかに眠れ』って、アレか」
「前に依頼料をカットしたとか何とか」
「あの墓荒らしクランか」
依頼用紙を受け取った冒険者達が口々に言う。ある者は意気軒高として、またある者は落胆している様子だった。
高額な報酬が用意されている依頼らしいが、彼らは我先にといった感じで殺伐としている風ではなく、どちらかといえば、依頼を受けるかどうかを迷っているようだ。
「1枚、貰ってきましょうか?」
アッシュは席を立とうとしたが、それを手で制したネージュが先に席を立った。
「アッシュ君は座っていて、私が貰ってくるわ」
依頼用紙を配っていたギルドの男性職員は、自分に近づいてくるネージュに気付いてギクリとした様子で顔を強張らせていた。「アイツ、ビビられてやがるぜ」と、その様子をカルビがニヤニヤと笑っている間に、ネージュが戻ってくる。
「確かに、実入りのいい依頼ね」
ネージュは受け取って来た依頼用紙を、テーブルの上に置いて椅子に座った。
「……墳墓ダンジョンでの仕事よ。それも探索じゃなくて、討伐」
「どれどれ」カルビも依頼用紙を覗き込んでから、「ほーん……。悪くねぇな」と興味深そうに顎を撫でた。
「確かに報酬は高いですけれど、その分だけ、気を引締めないといけない依頼内容ですわね。まぁ? この私が? エレガンスでスペシャルな感じで本気を出せば? 墳墓ダンジョンなど一日で踏破できますけれど?」
依頼用紙を眺めていたエミリアが澄まし顔で言うのを、ネージュが溜息交じりに窘める。
「ダンジョン内で無茶をしないっていう話は、さっきしたところでしょう……」
「でも、面白そうじゃねぇか。丁度、どのダンジョンを攻めようかってタイミングだったしな。今日はツイてるぜ」
椅子に凭れて腕を組んだカルビは、唇の端を吊り上げて乗り気だった。
「確かに、この報酬額は魅力的だけどね~」
ちょっと怪しむような顔になったローザが、依頼用紙をテーブルに戻した。一体どんな内容なのかとアッシュも手に取り、その報酬額に驚く。
「す、凄いですね。報酬の総額が2000万ジェムって……」
だが、この2000万ジェムは飽くまで総額だ。複数の冒険者を募る依頼なので、参加している冒険者達の活躍に応じて、其々に報酬を支払うと依頼書には書かれてある。
つまり、活躍を評価されなかったり、他の冒険者の足を引っ張ったりすれば、報酬を受け取れない場合もあるということだ。
「その報酬総額の下に、小さい字で但し書きがしてあるでしょ? 変額する場合ありって。前に噂になったんだよ、そのクラン。仕事が終わってから報酬を減額してくることでさ」
椅子に凭《もた》れたローザが顔を顰めて、アッシュの持つ依頼用紙に指を向けた。
依頼主は、墓荒らしクラン『安らかに眠れ』。
依頼内容は、墳墓ダンジョン内に配置されている、ある“墓守”を撃破して欲しいというものだった。
「墓守というのは、墳墓ダンジョン内をうろついているアンデッドのことですよね?」
「うん。普通の魔物よりも、ちょっと厄介な相手だよ。ピンキリだけど、魔法を使ってくるヤツもいるし」
アッシュに答えたくれたローザが、そこで少し真剣な声になる。
「内容から見るに、この討伐対象の墓守って、かなり強力っぽいよね……」
アッシュが手にしている依頼用紙には、“最近になって見つけた隠しフロアに、番人よろしく陣取っている墓守2体を倒して欲しい”と記されている。
「でも、これだけの報酬を用意して冒険者を募っているということは、墓荒らしクランのメンバーも、その番人めいた墓守には相当困っているんでしょうね」
言いながら椅子に座り直したネージュは、「少しだけ見せて」とアッシュから依頼用紙を受け取り、慎重な目つきで依頼内容を読み直した。
「“この墓守の討伐には、『安らかに眠れ』のメンバーは同行しない”って書いてあるもの……。この隠しフロアの墓守2体は、彼らの手には負えなかったと見て、間違いなさそうね」
テーブルに少し身を乗り出したカルビが「だろうな」と目を光らせる。
「逆をいえば、だ。この依頼を出した墓荒らし共は、2000万ジェムを払ってでも墓守を排除して、辿り着きたい場所があるってことだ」
唇の端を吊り上げたカルビが、低い声を潜めながらアッシュ達を順に見た。
「それが古代魔王の玄室なのか、副葬品が眠ってる隠し部屋なのかどうかは知らねぇがな。とにかくだ。この依頼からは、お宝の匂いがするぜ」
「魔王戦争時代の秘宝なら、数億ジェムの値がつくことも珍しくないものね……」と、ネージュが冷静に頷いた。
数億ジェム。その価値の大きさを、アッシュは感覚として捉えられない。額の大きさもそうだが、自分には無縁だと感じた。
「ムホホホホッ! そのような貴重な財宝秘宝の類は、まさに煌めきの化身たる高貴な私にこそ相応しいですわ!」
胸に手を当てたエミリアが顎を持ち上げ、傲然と言い放つ。それを見たカルビが半笑いになった。
「エミリアお前、自分のことを淑女どうこうと言うわりに業突く張りだな。そんな大儲けしてどうすんだよ? エステにでも通い詰めるのか?」
「はぁ? 誰もが嫉妬する美しさを誇る私の、このミラクルセクシーなバッチリボディの、一体どこをエステで磨くというのです? これ以上、私は美しくなりようがありませんわ」
凄まじい自信と、その完璧さ故の憂いらしいものを表情に滲ませるエミリアが、ゆったりとした仕種で椅子から立ち上がった。
そして、両手で紅の髪をかき上げるポーズを取ってみせる。両腕を上げることによって、彼女の豊かで張りのある乳房が強調された。
「誰もが嫉妬する美しさを誇る私の、このミラクルセクシーなバッチリボディの、一体どこをエステで磨くというのです? これ以上、私は美しくなりようがありませんわ」
何故か同じことを2回言いながら、エミリアは更に上半身を軽く揺すって見せる。
黒いドレス風の装甲服の中で、たっぷりとした重さを感じさせるように揺れ動く乳房をアピールするように。
というか、さっきからエミリアが、しつこいぐらい何度も連続でアッシュに流し目を送ってきているのは、一体どういう意図からなのか。
かなり気まずいし、アッシュとしても下手なことは言えない。
だが実際のところ、エミリアの持つゴージャス系の美貌は類稀なものだろう。間違いなく美人であるし、その恵まれた体格も身長もゴージャスだ。
嘘でも世辞でもなく、アッシュは本当にそう思っているので、素直に口にした。
「そ、そうですね。エミリアさんは、とても綺麗な方だと思います」
「まぁっ、そ、そんな……っ!」
ぱっと表情を輝かせたエミリアが頬を染めて、今度はアッシュから目を逸らした。
「き、綺麗だなんてぇン……!」
さっきまでは傲慢とも言える口振りで自らの美しさを誇っていたエミリアが、アッシュから褒められた途端、急に初心な乙女のような、モジモジとした態度になる。
ローザとネージュが何か言いたげな顔になっていた。ただ、2人は結局黙ったままだった。色々とツッコミを入れたいところだが、もう面倒だったのかもしれない。
一方でカルビは、テーブルに頬杖をつきながら鼻を鳴らした。
「つってもエミリアお前、最近になって下っ腹がぷよぷよになってたじゃねぇか。この依頼で儲けたら、エステの脂肪燃焼マッサージにでも行くのかと思ったぜ」
デリカシーも遠慮もへったくれも無い言い方をするカルビに、ローザとネージュが吹き出した。アッシュは反応に困ったが、そっと目を逸らして聞こえないフリをした。エミリアが噴火する。
「ぷっ……!? ぷよぷよなんかじゃぁぁありませんわよ!! 前から言いたかったんですけど、アッシュさんの前でそういうことを言うのは、もう本当にやめて頂けないかしら!? いろいろと誤解を与えるでしょう!?」
「あー悪い悪い。ぷよぷよじゃなくて、ぶよぶよだったな」
全く謝る態度ではないカルビが、表情だけを真面目にした。
「違いますぅぅぅぅ!! ぶよぶよでもないですぅぅぅ!! そんな無駄なお肉なんて、私のお腹にはついてないですぅぅぅう!!」
子供みたいな口調になったエミリアが、歯軋りをしながらとうとう半泣きになる。
「はぁ……。カルビ、エミリアも、今はアッシュ君も居るんだから、あまり話を脱線させ過ぎるのはどうかと思うわ」
眉根を絞ったネージュが呆れ口調になって間に入ったところで、カルビが肩を竦めて指摘した。
「自分だけクールぶってんじゃねぇよ、ネージュ。お前だって昨日、『アッシュくぅん、アッシュくぅん……』なんて寝言で言ってたじゃねぇか」
「な……っ」びくっと肩を跳ねさせたネージュが、一瞬だけ盛大に怯むような顔になって、アッシュの方をチラッと見た。アッシュと目が合ったネージュの頬と耳、首筋までを、かぁぁっと赤くなった。「なにを馬鹿な……っ」
「ネージュさん……?」
顔を強張らせたエミリアが、不審なものを見る顔になってネージュを凝視した。
「ねぇ皆。そろそろ話を前に進めてもいい?」
いい加減焦れてきたという風に、ローザがテーブルを指で叩いた。
「私達のお腹の脂肪とか寝言とか、そういう話は置いとこうよ」
気を取り直すような口振りのローザは、見えない何かを横に押しやるように手を動かしてから、アッシュに向き直った。
「まずはこれからのことを決めなきゃ。……で、肝心なところなんだけどさ。この墳墓ダンジョンの依頼、アッシュ君はどう思う?」
真面目な顔になったローザが、姿勢を正して尋ねてくる。
「今のところ、この依頼を受けるか、他のダンジョンに潜るかの2つしかないけどさ。アッシュ君は、どっちが良い?」
対等な立場にある、1人の冒険者としての意見が求められているのだと思い、アッシュも椅子に座り直して、ローザ達を順に見た。カルビとエミリア、ネージュも、やはり黙ってアッシュの言葉を待ってくれている。
アッシュは今まで、誰かとパーティを組んだことも無いし、どのダンジョンを攻めるかなどの話し合いにも無縁だった。こうしたパーティメンバー同士の会話に本格的に混ざるのは、間違いなく初めての経験である。
自分の意見、思いを口にすることに緊張する。だが、ローザ達の視線を受け止めている自分自身の存在を、今までよりも実在的に感じてもいた。
誰かに求められ、必要とされた結果として、自分はこの場にいる。
そのことを、アッシュは強く意識した。少なくともこの瞬間のアッシュは、今までのソロ冒険者のときとは、全く違う生き方をしている。
だがそれは、嫌な感覚では無かった。
「この依頼を受けることには……」
アッシュは頷いてから応える。
「僕は賛成です。複数の冒険者が参加するのであれば、状況によっては助け合えるでしょうし、ある程度は危険も分散していると思いますから」
実益よりも生存率を重視するのは、冒険者業界での常識である。だが、拾えるチャンスを無駄すべきではないのも、この業界の常識だ。
彼女達の実力であれば受けられる依頼を、弱気なアッシュの意見だけで見逃してしまうのも躊躇われた。慎重さも過剰になれば、それは彼女達への侮辱にもなりかねない。
「首尾よく墓守を倒すことができれば、大きな報酬を得ることも出来ます。先程ローザさんは、同行する僕にも大きく利益があって欲しいと言ってくれましたが、それは僕も同じです」
アッシュはもう一度、ローザ達を順に見た。
「同行させて貰う立場の僕からすれば、ローザさん達が受け取る実益こそ、やはり大きくあって欲しいと思います」
「……そっか。うん。ありがと」ローザが小さく笑み浮かべて頷き、カルビとネージュ、それにエミリアに視線を流した。
「アッシュ君もこう言ってくれてるし、今回はこの依頼を受けてみよっか」
「おう。つーか、アタシは受ける気満々だったからな。その依頼。せっかくアッシュも居るんだし、アタシ達で墳墓の隅々まで攻め入って、墓守どもを狩り尽くしちまおうぜ!」
勇ましく言うカルビを、さっきまで半泣きだったエミリアが洟を啜ってから半目で睨んだ。
「まったく……。ダンジョン内で無茶をしないっていう話は、さっきもしたところですわよ」
「それをさっき私に言われたのは、エミリアなのだけれど……」
何とも言えない顔になったネージュが指摘する。だが、ネージュもこれ以上は無駄話を広げるつもりはないようで、すぐに口を噤んだ。
「あと、他の冒険者も参加してくるんだから、カルビもエミリアも、揉め事は起こさないでよ? そういうのが原因で報酬が無くなるのは、もうゴメンだしさ」
ローザが苦笑して続くと、カルビが鼻を鳴らした。
「なんでアタシ達に言うんだよ? それこそ、さっきも言っただろうが。アタシみたいに清楚でお淑やかだと、他の冒険者とトラブルを起こす要素が無ぇよ。なぁ?」
「そうですわそうですわ! 淑女道を極めんとするこの私が、そんな無駄な諍いなど起こす筈がないでしょう?」
「はいはい……」
ネージュが雑音を聞き流すように応じ、その隣でローザが軽く肩を揺らしていた。
危険な墳墓ダンジョンに挑むことを決めた彼女には、特別な緊張や不安を抱いている様子は見られない。それはやはり、彼女達の実力に裏打ちされた自信と、冒険者としての覚悟があるからだろう。
そんな彼女達に同行を依頼されたアッシュは、無意識のうちに自分自身に問いかけていた。
――僕は、彼女達から信頼されるような存在なのだろうか?
己の半身のように慣れ親しんだこの自問には、やはりアッシュの過去から響いてくる。
――お前は無意味だ。
――お前は無価値だ。
アッシュはきつく目を閉じる。頭の中に木霊する声を、自分の記憶の中に押し返す。それでも耳の中で残響しようとする声を払うように、テーブルの上に置かれた依頼用紙を手に取った。内容を改めて確認する。
“5日後の朝、ゼナルブ墳墓のセーブエリアに集合”と記されていて、参加冒険者に制限は無い。それに4、5等級以下は参加不可という制限もない。希望すれば誰でも、この依頼を受けることができる。
「ゼナルブ墳墓なら、明後日にはアードベルを発った方がいいかもな」
アッシュの隣に座っていたカルビが、肩を組むついでのように依頼用紙を覗き込んでくる。
「あそこは冒険者用の乗合馬車を拾っても、移動に丸1日かかる距離だからね~。少し早めに向かった方が無難かも」
ローザが頷くと、エミリアが何かを思い付いたように手を軽く叩いた。
「なら、それまで必要なものを揃えておきましょう。ティーセットと御茶菓子も買ってこないといけませんわね」
「……そんなの要る?」
控えめにツッコんだローザの顔は、ちょっと疲れ気味だった。
「墳墓ダンジョンなら、解毒用のアイテムを多めに持っておいた方が良いわ。いざという時のためにも、回復役としてのアッシュ君の負担は、出来るかぎり軽くすべきだわ」
このネージュの意見に賛意を示すように、ローザとエミリア、カルビが頷き合って、アッシュに向き直った。
「さぁて、これからの方針も決まったし、改めて挨拶させて貰うよ。よろしくね。アッシュ君」
この場での話し合いを締め括るように、ローザが明るい声で言ってくれる。
「此方こそよろしくお願いします」
カルビに肩を組まれたままのアッシュは、ローザ達に順に頭を下げた。
アッシュはそこで、彼女達の眼差しの中に、自分自身が存在していることを意識した。そして、自らの過去とは関係なく、この場で役割を得た1人の冒険者として、今という時間を通過している自分自身を思った。
――お前は無意味だ。
――お前は無価値だ。
それらの言葉は、過去のアッシュに刻まれたものだ。
ならば、今こうして同行依頼を受けた“冒険者のアッシュ”ならば、己自身の無意味さや無価値とは関係なく、誰かの役に立てるのではないか。
そしてそれを望むことは、アッシュが“冒険者”という生き方を選んだ理由とも、矛盾しないはずだった。
今回も読んで下さり、ありがとうございました!