「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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墳墓ダンジョン2

 

 

 

「墓守どもが姿を見せないのは、俺達のクランが念入り狩り尽くしたからだ。お前らが隠しフロアの墓守どもに、集中できるようにな」

 

ガリクスが軽く笑いながらアッシュの方を振り返って来た。その軽い口調そのものに、武闘派クランとしての迫力がある。実際は危険な大仕事であったことだろう。

 

「あぁ、なるほど……。そうだったんですね。わざわざ僕たちの為に、ありがとうございます」

 

 アッシュが素直に礼を言うと、ガリクスは「まぁ、半分は俺達の為でもあるんだがな」と可笑しそうに肩を揺らした。

 

「今日は俺達も8階層に潜るんだ。セーブエリアまで平和に帰れることに越したことはねぇだろう? とはいえ、この平和さも長続きはしねぇ。墓守達はどれだけ狩っても、また墳墓の深部から湧いて出てきやがる」

 

 魔法や魔導具の歴史に詳しい者からガリクスが聞いた話によると、魔王ゼナルブが造り出した何らかの魔術的な装置や仕組みは今も生きていて、それが地下深くで墓守を造り続けているではないか、ということらしい。

 

「もしも本当なら、なかなかゾっとしねぇ話だよな。魔王の遺体と一緒に、生贄として埋められた人間の数は街一つ分だとも言われてる。その膨大な死者を材料にして、今だに墓守が製造され続けてる、ってワケだ」

 

 その不気味な話を聞いて、アッシュの周りの冒険者たちが息を飲んだり、顔を強張らせるような気配があった。茶髪の男も、その仲間たちも、今は硬い表情で黙り込んでいる。

 

「千年以上の時を越えてまで、死んだ奴らを墓守として使役するなんざ、マジで魔王ってヤツは碌でもねぇ野郎だ。まぁ、だからこそ、奴らは魔術を極めることも出来たんだろうがな」

 

 遠い昔の出来事に想いを馳せるような顔になったガリクスは、「そんな魔王様の御蔭で、あと数日もすれば、またセーブエリアに墓達が攻め上がってくるぞ」と、長閑な調子で冗談めかした。

 

ガリクスの部下たちも苦笑して、クランマスターの愚痴に付き合っていた。

 

「おっと、そうだ」

 

 すんなりと地下7階層までの階段を降り切ったところで、カルビが手を挙げた。

 

「今更で悪いんだが、アタシも一つ訊いておきてぇ」

 

 迫力のあるカルビの声音は美しくも狂暴そうで、薄暗い墳墓ダンジョンのフロアに、誰も無視できないような剣呑な響きを残した。周りの冒険達がどよめき、視線がアッシュ達に流れ込んでくる。

 

「おう。何だい、別嬪の嬢ちゃん。……言っとくが、高威力魔法の使用は厳禁だ。何かの弾みで墳墓を崩落なんてさせられちまったら、俺達まで生き埋めだからな」

 

 振り返ったガリクスも、やはり最近のローザ達の噂は知っているのだろう。トロールダンプの9階層を崩落させたという、あの噂だ。ガリクスの冗談の言い方には、釘を刺すような重みが伴っていた。

 

「んなことは分かってンだよ」カルビは顎を突き出すように舌打ちをしてから、「もしもの話だぜ?」と唇の端を吊り上げた。

 

「隠しフロアってのは、まだ本格的には探索されてねぇんだろ? なら、そこに踏み入るアタシ達が、新しく隠し部屋なり隠し財法なりを見つけちまう可能性だってある。その場合はどうなるんだ? アタシ達で、そのお宝を黙って持って帰っても良いのか?」

 

 カルビの言葉に、他の冒険者達も「言われてみれば……」といった感じで顔を見合わせている。

 

古代魔王ゼナルブの秘宝が、隠しフロアに眠っている可能性は十分にある。或いは、その秘宝や財宝が安置されている場所への通路が隠されているかもしれない。

 

 すっと眼を窄めたガリクスは睨むようにカルビを見たが、すぐに表情を緩めて顎髭を撫でた。

 

「……そうだな。その場合は仕方ねぇ。お前らで持って帰ってくれ。こういうのは早い者勝ちが基本だからな。いや、冒険者の流儀ってモンだ」

 

「え……、でも、ガリクスさんのクランに、まずは報告した方が良くないですか?」

 

 少し驚いた声を出したローザに、ガリクスが軽く笑う。

 

「この墳墓が俺達の所有地だったなら、そりゃあ報告は欲しいがな。生憎、俺達のクランは“墓荒らし”だ。人様の墳墓を専門に攻めてるってだけの、冒険者の集まりさ。そんな俺達が、他の冒険者が先に見つけた物品にとやかく言う権利は無いだろう?」

 

「それはまぁ、そうかもしれないですけど」

 

 どこか釈然としない様子のローザに続いて、今度はネージュが挙手をした。

 

「もしも複数人で財宝を見つけたら、それも等分されるのかしら?」

 

「そんなモンは、流石に俺の知ったことじゃねぇな」ガリクスが苦笑して、面倒そうにひらひらと手を振った。

 

「依頼主である俺の通す筋は、お前らへの報酬をキッチリ用意することと、それが正当に分配されるように準備することだ」

 

「えぇ。さっきも貴方が言っていた通り、ギルドが間に入ってくれるなら、報酬の取り分は公正なものになるでしょうね。そのことを疑ったり、心配したりしているわけではないわ」

 

「そうかい。なら良いんだ。お前らが俺達の報酬以外のことで揉めに揉めて、殺し合いまで始めたとしても、俺達のクランには関係のない話だ。そっちで好きすればいい」

 

「つまり……、墓守の装備品と同じく、当事者同士で納得のいくようにしろ、ということですわね?」

 

 品のある仕種で顎に触れたエミリアが、確かめるように尋ねた。ガリクスは軽く笑って「まぁ、そういうこった」と鷹揚に頷いてみせる。

 

 その途端、周りの冒険者達の目に不気味な光が灯り始めて、不穏な興奮が渦巻いた。

 

「おいおい、上手くいけば2000万どころじゃねぇぞ」

「ガチで一攫千金のチャンスじゃねぇか!」

「魔王戦争時代の財宝が見つかれば――」

「あぁ、大金持ちだ!」

 

 小声ではあるが、アッシュの周りの冒険者達が熱を籠めて言い合う声が聞こえてくる。

 

 目をギラギラとさせ始めた彼らを落ち着かせるように、「改めて確認しておくぜ」と、ガリクスは歩きながら低い声を出した。

 

「さっきも言ったが、お前らが魔王の財宝を見つけて大金持ちになろうが、墓守に呆気なく殺されようが、俺達は関知しない。逆に言えば、お前らが墓守を倒したあと、俺達が後日に財宝を見つけたとしても、それを分けてやる筋合いも無い」

 

 ガリクスのゆったりとした声には、冷静さにも似た余裕がある。どうせお前らでは財宝など見つけられないだろうから、好きに探索すればいい。そんな厳しい響きさえある。

 

 生きて帰ってこれないヤツの方が多いんじゃないか、という先程のガリクスの言葉を思い出したのか。

 

何人かの冒険者達が背筋を伸ばし、息を飲んだ。その気配を察したのだろうガリクスは、肩越しに笑みを寄越して来た。

 

「あぁそれと、やっぱり怖気づいて帰るってんなら今が最後だぞ。もうじき、俺達が見つけた隠し通路だからな。その先がお前らの仕事場だ」

 

 ガリクスの太い声が、墳墓内の薄暗がりに響いたときだった。

 

 通路内の空気が、やけに生温くなった。他の冒険者数名が、唾を飲み込む音も聞こえる。地下であるのに、匂いのない微風を感じた。

 

アッシュは隊列から少し横に顔を出して前方を見てみる。

 

「……アレが隠し通路か?」

 

 茶髪の男が前方を指差した先では、通路の壁に半円形の穴が穿たれていた。

 

 半径は約2メートルほどだろうか。そんなに大きい穴でないが、穴の縁には突き崩したような形跡がある。アッシュ達一行が近づくと、暗がりの穴の奥には通路が続いているのが分かった。

 

「この通路を抜けた先にある隠しフロアは、お前らに渡した地図の通りだ。結構広いが、まぁ地図なんざなくても、アホほど単純な構造のフロアだからな。迷うことも無いだろう」

 

 ガリクスは慣れた様子で部下に指示を出しながら、「健闘を祈ってるぜ」と言い残し、アッシュ達を置き去りにするように通路を歩いていく。

 

先程も言っていたように、彼らは彼らで8階層の攻略に向かうようだった。残された冒険者達は、不安げに顔を見合わせる。

 

「誰か先に行けよ……」「いや、お前の方こそ1番前を行けよ」と言いたげな目線を互いに飛ばし合う彼らは、怖気づいているという風ではないものの、先頭を切って隠しフロアに踏み入るのを躊躇している。そんな感じだった。

 

 この先の隠しフロアには、強力な墓守が陣取っている。

 

 そのことを考えれば、慎重になるのも無理はない。だが、此処で立ち止まっていても仕方がないことも確かだった。

 

「取り敢えず、僕が斥候として様子を見て来ましょうか?」

 

 アッシュがローザに尋ねながら、窺うようにカルビとネージュ、それにエミリアにも目線を配ったときだった。

 

「まったく、どいつもこいつもモタモタしやがって」

 

 さっきの茶髪の男と、彼の仲間達だ。

 

彼らは乱暴な声を通路に響かせて、周りの冒険者達を嘲笑するような目つきで眺めた。そして、無遠慮にアッシュ達を囲んでくる。

 

「臆病者共は置いといて、俺たちで共闘しようぜ?」

 

 気を取り直したような自信と馴れ馴れしさを発揮する茶髪の男は、アッシュを押しのけるようにして、ローザとの間に割って入ってきた。

 

 にやついている茶髪の男の目が、カルビやネージュ、それにエミリアの認識プレートを確認していることにアッシュは気付く。

 

 確かに、ローザは『2等級・銀』の上級冒険者ではある。だが、その仲間であるカルビやネージュ、エミリアの等級は中級冒険者のものだ。

 

一方で、茶髪の男達のパーティメンバーは、全員が『2等級・銅』の上級冒険者である。

 

『パーティ全体としての戦力では、自分達の方が上だ』と、茶髪の男は余裕を取りもどしたのかもしれない。

 

「あと、こんな5等級の雑魚を連れて行くぐらいなら、俺達と組む方がよっぽどスマートだろ?」

 

 茶髪の男はアッシュを下目遣いで一瞥し、小馬鹿にするように鼻を鳴らしてみせる。ほぼ同時だった。彼の仲間の内の1人が、アッシュと肩を組んできた。

 

鼻ピアスをした、体格のいい男だ。上等そうな革鎧を装備している。

 

「しかしお前、随分と可愛い顔をしてやがるな。男ものの装備をしてやがるが、ホントは女なんじゃねぇのか?」

 

 鼻ピアスの男は全く遠慮らしいものを窺わせない視線で、アッシュの顔を覗き込んでくる。そのついでに、フードの隙間からアッシュの胸元までを覗こうとしていた。

 

「い、いえ、僕は男ですよ」

 

 愛想笑いに近い苦笑でアッシュが応じると、鼻ピアスの男が黄ばんだ歯を見せた。

 

「あぁ。そうか。まぁ、俺はどっちでもイケるクチなんだよ」

 

 男の濁った声は弾んでいて、今にもアッシュの尻や太腿を撫で回して来そうな勢いだった。その様子を見ていたローザが、表情に嫌悪感を滲ませている。

 

 ネージュも目を刃物のように細めて、鼻ピアスを睨んでいるのが分かったし、眉間に皺を寄せまくったカルビが小さく舌打ちをするのも聞こえてきた。

 

無表情のままのエミリアは、まるで蛇が威嚇でもするみたいに「シィィィィ……!」と歯の隙間から、攻撃的な息を吐き出していた。

 

 彼女達が放ち始めた威圧感に、アッシュは絡まれている自分よりも、絡んできている男の方が心配になった。

 

ただ、カルビとネージュ、エミリアに睨まれている鼻ピアスは気楽なもので、「お前も俺達と来るか?」などとアッシュに訊いてくる。

 

 だが、その問いには、迷うことなくアッシュは首を横に振った。

 

 さきほど自分を庇ってくれたローザや、自身のことを悪し様に言ってくる茶髪の男に、アッシュは何も応じることができなかった。

 

だが今は、自分でも不思議に感じるほどに、自然と拒絶の意思を表すことができた。

 

「……僕は、彼女達に同行を依頼された立場です」

 

 アッシュは答えながら、ローザやカルビ、それにネージュ、エミリアを順に見た。今のアッシュには、明確な役割がある。それは同行を依頼してくれた彼女達の戦力となることだ。

 

 彼女達は、アッシュを求めてくれた。アッシュを必要としてくれたこと、そのものに対する恩を返したいという気持ちもある。

 

「だから僕の意思だけで、そちらに御一緒させて貰うことはできません」

 

「あぁ……? 同行依頼を受けた? お前が?」

 

 アッシュの肩を抱いてくる鼻ピアスだけではなく、茶髪の男も怪訝な顔になっていた。

 

 彼らの仲間達も、ローザが首から下げた『2等級・銀』の認識プレートと、アッシュの『5等級・銀』の認識プレートを見比べている。上級冒険者が、わざわざ低級冒険者に同行を依頼していることが、やはり珍しいのだろう。

 

「墳墓に潜ることを決めてから、回復役を急募したってんなら……」

「修行神官は同行してくれるが、神殿での契約や順番待ちもある」

「すぐにってワケにはいかねぇんだよな。金もかかるし」

「だが、はぐれ者の治癒術士なら、格安で同行依頼もできるだろ」

 

 彼らはアッシュが治癒術士であること、そして最低等級であること改めて確認すると、その不自然さにも一定の理解を示した。

 

「こんなチビ雑魚でも、治癒魔法が扱えるんなら使い道はあるか……」

 

 茶髪の男はアッシュを値踏みするように見てから、すぐに軽薄な笑みに戻ってローザに近づいた。

 

「その雑魚の治癒術士の世話も、一応はしてやるよ。だからよぉ、なぁ、俺達と組もうぜ?」

 

 茶髪の男はローザの乳房を横から眺めながら、彼女の肩に手を回そうとした。

 

「……さっきも言ったけど、絶対にイヤ」

 

 うんざりした表情を隠そうとしもしないローザは、伸びてきた男の手をすっと躱して距離を取った。軽やかな動きだった。

 

「協力する相手を選ぶ権利くらい、私達にだってあるよ。人手に困ってたとしても、貴方みたいなのは願い下げ」

 

「こ、こいつ……!」

 

 冷たい態度を取るローザに、茶髪の男が顔を微かに歪めた。茶髪の男の仲間達が、「だっせぇなぁ、お前」「こっぴどくフラれてるじねぇか」「ザマぁねぇな」と囃し立てた。

 

「うるせぇぞ、テメェら!」

 

 茶髪の男が怒鳴って、彼の仲間達がまた濁った笑い声を立てた。

 

そのうちの1人、小太りで目の細い男が「ねぇねぇ。キミ達の名前、何て言うの?」などと、懲りずにネージュとエミリアに話しかけてくる。

 

「貴方に名乗る必要を感じないわ」

 

「えぇ。同感ですわね」

 

 片方の目を窄めたネージュは、研ぎ澄まされた刃さながら眼差しで、小太りの男を射貫くように見た。

 

 またエミリアも、紅の髪をザワザワと揺らしながら下目遣いになり、腕を組みながら眉をハの字にしてみせる。それだけで物凄い威圧感だった。

 

 この2人に完全に圧倒されたようで、話しかけた小太りの男は、そのヘラヘラ笑いを盛大に引き攣らせながら3歩ほど後ずさっていた。

 

 その傍では、また別の男が不用意にカルビに近寄るだけでなく、「まぁ、俺達のパーティに入らなくても、今日のところは共闘しない?」と、カルビの腰を抱くように手を回していた。

 

 カルビの美貌を前に完全に目が眩んでいるのか。ネージュやエミリアの様子には全く気付いていない様子の男だが、その顔立ちは整っていて背も高く、色男風だ。

 

「同業なんだ。仲良くいこう」

 

ただ、極端に好色そうな目つきをしている。

 

「首尾よく俺達が報酬を受け取れたら、キミ達にも何か奢るよ。取りあえずさぁ、この仕事が終わってアードベルに帰ったら、俺達と夕食でもどう?」

 

 色男は軽薄な口調で喋りながら、ずっと視線をカルビの身体に注ぎ続けている。視線でカルビの服を脱がそうとでもしているかのようだった。

 

そのあまりにも露骨な眼差しに、カルビも返答する言葉を選ばなかった。

 

「……そんなにアタシを抱きたいなら、抱かせてやってもいいぜ?」

 

 見知らぬ男に腰を抱かれたカルビは妖艶な眼差しを返し、唇の端を歪めていた。

 

「え、マジ?」

 

 あれが誘惑的な笑みにでも見えたのか。カルビの腰に手を回した男が、にやけた目を輝かせて、鼻の下を伸ばしかけたときだった。

 

「あぁ。抱けるもんならな」

 

 琥珀色の瞳に物騒な光を宿したカルビが、低く笑う。その直後だった。

 

「うぉおおぁ……ッ!?」

 

 今までカルビの腰に手を回していた色男が飛び上がり、声を裏返しながら尻餅をついた。

 

カルビの全身を覆うように、濁った紅色の炎が激しく渦巻いたからだ。墳墓ダンジョン内がパッと明るくなり、アッシュ達の間を熱風が吹き抜けていく。

 

「焼け死ぬ覚悟が済んでるんなら、アタシの方から抱いてやるぜ? それか、無理矢理でもアタシを押し倒してみるか? ん?」

 

 渦を巻いていた炎の中から姿を現したカルビは、あの赤と黒のド派手な全身鎧と、巨大とも言える大戦斧を手にしていた。アイテムボックスに収納していた武具を召喚し、装備したのだ。

 

「まぁ、力づくでアタシを組み敷こうとした野郎どもは全員、火達磨にしてから治癒して、もう一回焼いてからギルドに突き出してやったんだがな」

 

 尻餅をついたままの色男は、武装したカルビの迫力に完全に気圧されてしまって何も言えず、パクパクと口を動かすだけだ。そんな男を見下ろしたカルビは、下らなさそうに鼻を鳴らしてからアッシュの方へと近づいてきた。

 

「うっ……!」

 

 今までアッシュの肩を抱いていた鼻ピアスも、カルビの琥珀色の瞳に容赦なく見据えられて、息を詰まらせて顔を引き攣らせる。

 

「ソイツはな、アタシたちの大事な同行者だ。手を出すんじゃねぇよ」

 

「は、はいっ……!」

 

 アッシュを指差したカルビに言われ、鼻ピアスは逃げるようにアッシュから離れた。

 

その代わりに、今度はカルビがアッシュと肩を組んでくる。まるで鼻ピアスからアッシュを奪い返すような手つきだった。

 

「おいアッシュ、大丈夫だったか? 尻とか太腿とか、触られてないか?」

 

「え、えぇ。そんなことは何もされてませんよ」

 

「本当か? よし、このカルビお姉ちゃんが、ちょっと確かめてやる」

 

 いったい何を確かめるというのか。やけに心配そうな顔になったカルビが、アッシュの尻や太腿、腰を撫でようとしてきた。

 

「おいゴラァ……ッ!!」

 

 恐ろしい形相になったエミリアが、淑女らしからぬドスの効きまくった声を発しながら、あの漆黒の重装鎧と大盾をアイテムボックスから召喚した。それとほぼ同時だった。

 

「そこまでよ、カルビ」

 

 氷の槍にも似た声を発したネージュの方も、アイテムボックスから蒼と黒の全身鎧、そして大槍を召喚し、装備していた。

 

 そして手にした大槍の石突でもって、アッシュの下半身に手を伸ばそうとしてたカルビの腰のあたりを、ドスン!! というか、ズドン!! という感じで、ぞんざいに突いた。

 

「ぐわぇ!!?」

 

 鎧を着込んでいるカルビが、身体を『く』の形に折れ曲げて、物凄い勢いで横向きに突き飛ばされて倒れ込んだ。だが、すぐに手をついて跳ね起きる。

 

「このッ……! 痛ぇじゃねぇかネージュこの野郎!」

 

 手にした大戦斧に炎を灯したカルビが獰猛な声を出して、周りの冒険者達が震えあがる。

 

「誰が野郎よ」眼差しだけで他者を凍りつかせるような表情のネージュが、冷淡に応じた。「あまりベタベタとアッシュ君にくっつくのは、いい加減やめなさい」

 

 そう言いながら、ネージュはすすすっ……と動いて、アッシュのすぐ傍に寄り添うような位置に立つ。だが、やけに近い。アッシュは何となく落ち着かず、ネージュを振り返って見上げてしまう。

 

「あの、ネージュさん?」

 

「安心して。アッシュ君のことは、私がカバーするわ」

 

「えっ、ぁ、ありがとうございます」

 

「うん」

 

 冷然とした表情をふわりと溶かし、ネージュが口許を緩めた。僅かな幼さのようなものを垣間見せるような、普段の彼女とは少し雰囲気の違う微笑だった。

 

「……ネージュさんも、アッシュさんにくっつこうとしてません?」

 

 疑わしいものを見る顔になったエミリアが、アッシュとネージュを高速で見比べながら指を向けてくる。鼻を鳴らしたカルビも、大戦斧に灯した炎を消してから頷いていた。

 

「言えてるぜ。ネージュの奴、アッシュには露骨にイイ顔をしやがる」

 

「いや、それはカルビもでしょ」

 

 軽くツッコみを入れたローザは、茶髪の男と、その仲間の男達を見ようとはしなかった。

 

武装したカルビとエミリアの存在感に気圧された彼らは鼻白んでいて、もうローザ達に近付いて来ようとすらしていない。

 

そんな彼らと話すことなど、もう何も無いというふうだった。

 

「さてと……。それじゃ、墓守達の居るフロアに入ろっか。ここで話し込んでても仕方ないし」

 

ローザが隠しフロアに続く通路へと身体を向ける。

 

「……だな。とっとと墓守をぶっ倒して、報酬を貰いに行こうぜ」

 

 大の男が持ち上げるのにも苦労しそうな大戦斧を、カルビは軽々と担ぐように持ち直しながら、隠し通路に向けて歩き出した。

 

「えぇ。墓守の1体や2体、いいえ、100体でも200体でも、こぉぉのハイパァストロォォォングで、アグレッシヴな私がァァ、全て粉砕してみせますけれどォォォん?」

 

 ふふん、と鼻を鳴らしたエミリアも、大盾を引き摺るようにしながらカルビの後に続いた。地面を削る大盾は、ゴリゴリギャギャギャギャ! と火花を散らしている。

 

 隠し通路に先頭きって踏み入っていくカルビとエミリアだが、彼女達の腕力の凄まじさは、傍目から見ても一目瞭然であろう。

 

「カルビとエミリアが前に出るなら、私は殿につくわ」

 

 冷静に言うネージュは、手にした大槍に魔力を纏わせ始めていた。

 

彼女の魔力は蒼く澄みながら冷気となって放たれ、周囲の空気から温度を奪っていく。その絶対零度の闘気は、本物の強者然とした迫力に満ちている

 

「なんだ、あいつらの装備……」

 

 茶髪の男が唾を飲み込みながら震えた声を出しているし、ガラの悪い彼の仲間たちも「す、すげぇ……」「あんなもん、本当に振れるのか?」と慄いている様子だった。

 

「このままだと、カルビ達に報酬を総取りされちまう」

「せめて、墓守を見つけてダメージ負わせさえすれば……」

「あぁ。タダ働きにはならねぇ。報酬は出る」

「そうだな。俺達の真実は、人造兵が保証してくれる」

「よォし……、先頭は俺達が行くぞ!」

「じゃあ俺達は、さきにお宝を頂くぜ!」

 

カルビとエミリア、ネージュ達3人の圧倒的な存在感は、アッシュ達の周りにいる冒険者達を怯ませるだけでなく、同時に鼓舞もしていたようだ。

 

 この場の冒険者の約半数程が、次々とギラついた声を威勢よくあげた。彼らは挙って隠し通路に向かって駆け出して、カルビとネージュの脇を通り過ぎ、追い抜いていく。

 

「あっ。おーい、お前ら。あんまり不用意に突っ走ると死んじまうぞー?」

 

 暢気な調子で、カルビが彼らの背後に声を掛けた。だが彼らの心は、既に報酬である2000万ジェムと、魔王の秘宝に捕らえられてしまっているのか。

 

駆け出していった冒険者達は全く立ち止まる気配も見せず、我先に隠し通路の奥へと走って行ってしまう。

 

「あれだけの人数がいるなら、墓守と遭遇しても簡単に全滅なんてしないでしょ」

 

ローザが軽く息を吐いてから、アッシュの背中を軽く押してくれた。

 

「私達も行こう。アッシュ君」

 

「えぇ。では、僕とローザさんが、隊列の真ん中ですね」

 

「うん。前と後ろを固めて貰ってるから、今回もアッシュ君は回復役ってことでお願い。まぁ場合によっては、前にみたいに攻撃に参加して貰うかもだけど」

 

「分かりました。僕も状況を見て、最善を尽くします」

 

 頷いたアッシュはローザに並び、カルビ達と共に壁の穴を潜った。そのアッシュ達の後に、まだ残っていた冒険者達が、ぞろぞろぞろっと続いてくる。

 

 隠し通路に踏み入ると、埃の匂いが強くなって湿度が増した。空気が生温くなっていく。ガリクス達が設置してくれた魔法灯の御蔭で視界は保たれているが、それでも薄暗い。

 

 通路内には分厚い静寂が横たわっている。足音がやけに響く。誰かの呼吸の音が聞こえてくる。それに、声を潜めて話し合う声も。後ろの冒険者達のものだ。

 

「このまま、ローザ達の後を着けるのも手だな」

「あぁ。墓守とガチでやり合うのはアイツらに任せちまう方が楽だ」

「俺たちは適当な機会を窺って、墓守に不意打ちでも喰らわせてやればいい」

「そうすりゃ、労せず報酬にありつけるぜ」

 

 アッシュ達の背後を着けてくる彼らの狙いは、実力者であるローザ達の影に隠れ、控えめな共闘をすることが狙いのようだ。

 

言い方を変えれば、ローザ達を前列に立たせて積極的に利用し、報酬金の何割かを掠め取ろうとしているということでもある。

 

 彼らは自分たちの声が、ローザ達に聞こえていないとでも思っているのか。それとも、単純に注意力が不足しているのか。或いは、報酬を手に入れる算段がついて油断しているだけかもしれない。

 

 そんな冒険者達の中には、ローザ達のことをトラブルメーカーだと小声で毒づいていた者達の姿もあった。というか、さっきまで偉そうなことを言っていた茶髪の男達までもが、アッシュ達の後方についてきている。

 

 だが、彼らを責めることはできない。

 

 そもそもこの依頼自体が、『参加した冒険者達で仲良く墓守を倒しましょう』というものでもないのだ。ガリクスも念を押していたが、墓守を倒せるのならば何でもアリである。

 

 そのことを十分に理解しているのだろうローザ達は、自分達の背後に位置取った彼らに対して、特に何を言うでもなかった。

 

卑怯だとそしることも、鬱陶しそうに暴言を投げつけるでもない。

 

 むしろ、肩越しに彼らを振り返ったカルビは、「アタシ達のケツを追い掛けてくるのは自由だが、どうなっても恨むんじゃねぇぞ?」などと、気を遣うような言葉をかけていた。

 

「ウチのネージュとエミリアは、特にポンコツだからな。コイツらの戦いに巻き込まれないよう、気を付けとけよ~」

 

 喉を鳴らすようにして笑うカルビを、ネージュが恐ろしい目つきで睨んだ。

 

「……前も言ったけれど、誰がポンコツですって? 誰かを巻き込む可能性で言えば、貴女の炎熱魔法の方がよっぽど危険でしょう。馬鹿じゃないの?」

 

「誰が馬鹿だと? つーか、お前こそ、アッシュに失望されないよう精々頑張れよ」

 

 顔を顰めたカルビが鼻を鳴らし、ネージュに言い返す。

 

「お前のポンコツさが本格的にバレたら、アッシュに呆れられちまう。そうしたら、もうアタシ達の同行依頼を受けてくれなくなっちまうかもしれねぇ」

 

「はぁ……? 貴女の馬鹿さ加減が露呈したら、の間違いでしょう? まぁ、もう手遅れかもしれないけれど」

 

「あぁ? アタシはいつだってベストな力加減と火加減で戦ってんだよ。あとな、お前がアッシュと話をするとき、いっつもキス待ち顔になってるから、気を付けた方がいいぞ」

 

「なっ、きっ……!? キス待ち顔なんかしてないわよッ!! 戦い方と関係ないでしょう! そ、それに、そんなことを言うなら……ッ!」

 

 顔を赤くしたネージュは眉を吊り上げて叫んで、エミリアに指を向けた。

 

「アッシュ君を前にしたエミリアだって、澄ました顔をしながら、ンフーッ……! ンフーッ! って鼻息を荒くして、何度も舌なめずりをしているじゃない!」

 

「し、してませんわよッ!? なんだか思わぬ方向から飛び火がきましたわ……!? というかネージュさんまで、あらぬ誤解をアッシュさんに与えるような言い草は止めていただけませんっ!?」

 

 目を泳がせそうになっているエミリアが、アッシュの方を視線だけでちらっと見てから、必死の形相になった。

 

「仮にィ? もしも仮にィィィ? この淑女であるこの私が、アッシュさんを熱い眼差しで見詰めていたとしてもォォォ? それは飽くまで、アッシュさんの可憐かつ凛々しい佇まいをこの濁り無き“淑女EYE”に焼き付けェェ、頼れる美人なお姉さんとしてェェ、アッシュさん守護らなきゃ……! という決意と情熱ゥ、そしてェ、清冽かつ強烈な使命感を新たにしているだけであってェェェ、イヤらしい情念など全く介在していないんですのよォォォォォオオン!!」

 

「急にデッカい声で早口になるなよ。怖ぇんだよ」

 

カルビが顔を歪めて、「じゃあ」と尋ねた。

 

「お前はアッシュの前では、常にピュアハートを貫いてるってワケだな?」

 

「もッッッ……ちろんですわよ!!」

 

 地面を蹴飛ばしながら、エミリアが力強く言い放つ。

 

「女神ルミネーディアに誓っても構いませんが、私はァァ! アッシュさんと一緒に添い寝したいであるとか! 一緒にお風呂に入りたいとか! アッシュさんに可愛らしい御洋服を着せて、心ゆくまで愛でたいとか! そのときにちょっと恥ずかしがるだろうアッシュさんの反応を思い浮かべて、んほほぉぉ~たまんねぇ~、などと思ったことはァァァ、一度たりともォォォ、これぽっっっちもありませんわよォォン!!!」

 

「いや、思ってんじゃねぇか……」

 

 顔を顰めたカルビが鼻を鳴らして、ネージュも軽く頷いた。

 

「本当に思っていないなら、そんな詳細な状況は口から出てこないわよ」

 

「はいはい、3人共そこまで」

 

 慣れた様子で3人を宥めたローザも、軽く溜息を吐いてから、後ろについてくる冒険者達を振り返った。

 

「誰かを巻き込んじゃう危険性で言えば、私も負けてないからさ。気を付けてね」

 

 一応言っとくけど、という感じで、背後に着いてくる冒険者達にローザが声を掛けるのを聞きながら、アッシュは先程のことを考えていた。

 

『――私の仲間を悪く言うの、やめてくれない?』

 

 ローザの口から出た、あの“仲間”という言葉は明らかにアッシュのことを指していた。その事実を、上手く自分に馴染ませることができていない。

 

 そもそも、アッシュがローザ達と共に冒険者として活動するのは、まだ2回目である。仲間だと呼んで貰えるほど、アッシュと彼女達の間で、何かを共有できているはずもない。

 

 恐らくだが、あの“仲間”という言葉自体に、深い意味はない。

 

あったとしても、“今回の冒険の同行者”程度のものだろうと思う。

 

だがそれでも、“仲間”という言葉を向けて貰えることに、アッシュは嬉しさや喜びよりも、戸惑いと申し訳なさを覚えた。

 

 胸の奥に澱んでいくような、その感情の正体をアッシュは掴み損ねている。うまく言語化できない。

 

自分という存在を誤解されているような、もっと言えば、ローザ達を騙しているような気分だった。

 

 ――お前は失敗作だ。

 

 頭の中に、過去からの声が響く。

 

 それは相変わらず、アッシュの存在を規定し、そして同時に、アッシュの内部を、感情を、意思を否定する声だった。過去の記憶が脳裏に浮かんできそうになる。アッシュは意識的に深く呼吸をして、それを慎重に沈め直す。

 

 当たり前のことだが、ローザ達はアッシュの過去のことなど知らない。アッシュがどんな存在なのかも、どのように生み出されて、どんなことをしてきたのかも。

 

彼女達は何も知らない。

当然だった。

 

 アッシュは彼女達自身のことについて何か尋ねることも無かったし、アッシュもまた、彼女達に何も語ったことがないからだ。

 

“冒険者”という明確な役割に入り込んだアッシュが、自らに求められる役目を果たすことに、自分の過去などは関係ない筈だった。そしてアッシュ自身も、自分は彼女達の協力者だという認識だった。

 

 同業の協力者であり、互いに適切な距離と誠実さを保ちながらも、彼女達とは深い結びつきを持ち得ないと思っていた。

 

 しかし、アッシュを庇うようにローザが紡いでくれた“仲間”という言葉に、ほとんど不意打ちのような温かさを感じたのだった。

 

そのローザの優しさを黙って受け取ることに、生々しい後ろめたさがあった。

 

 養護院に居たころも、誰かに優しくされたりしたときに、同じような感覚味わったことを思い出す。

 

自分の存在そのものが、不誠実で、正しくないかのような、この世界から疎外されているような感覚だった。

 

 俯いたままで歩き、アッシュは思う。

 

 もしも僕が、僕でなかったなら――。

 もしも僕が、人形でも、器でもなかったのなら――。

 

 彼女達のパーティの一員となって、彼女達の仲間に相応しい親密さを持って、これからも共に冒険をしていたのだろうか。そういう未来があったのだろうか。

 

 或いは今日から、違う自分を生き直すということも、できるのだろうか。

 

 答えの出ない問いが、アッシュの頭の中で巡る。過去からの声も、その自問の隙間を縫うように聞こえてくる。

 

 ――お前は人形だ。

 ――お前は器だ。

 

 影のようにアッシュに付き纏う、男の声。

 頭の中に滲む男の声が、アッシュの声そのものに変わっていく。

 

 僕は、ガラクタの人形だ。

 僕は、ガラクタの器だ。

 僕は、数えきれないほどの多くの“僕達”を殺して来た。

 僕は、誰かと関わりを持つべきではない。

 僕は、誰かの善意を受け取るような資格を持っていない。

 

 でも、それでも僕は――。

 

こんな自分を、この造られた身体を、愚かにも誰かの役に立てようと思った。

 

 だから養護院を出たあと、ソロ冒険者として生きること決めたのだ。

 

少しでも正しく。

少しでも孤独に。

無人称の奉仕者として――。

 

「……アッシュ君、大丈夫?」

 

 不意に、ローザから声を掛けられた。はっとして顔を上げると、少し心配そうなローザが、アッシュの顔を覗き込んでくる。

 

その気遣わしげで優しい眼差しを受け止めると、心の何処かが緩むような感覚があった。今まで血の通わなかったアッシュの内部に、温かいものが滲み込んでくる。

 

 僕のことを“仲間”と言ってくれて、ありがとうございました。

 

 そう口走りそうになり、アッシュは咄嗟に緩く首を振った。

 

「……えぇ。大丈夫ですよ。少し緊張していますけど」

 

「そう? うん。なら、いいんだけど」

 

 曖昧に笑みを返したアッシュに、ローザが何か言いたそうな表情を浮かべて、すぐだった。

 

 トンネルを潜り終えたような感じで、アッシュ達は丁字路に出た。左右に別の通路が伸びているだけでなく、あたりの雰囲気が明らかに変わる。

 

 壁面や床には空間を清浄に保つ魔法が幾つも描かれているので、酸素が薄いということもない。その筈なのに、今まで潜ってきた階層に比べて、息苦しさを感じた。

 

 空気が生温く、纏わりついてくるような重たさがある。暗がりも濃さを増している。床や壁面、天井などの材質も変わり、今までとは異なった趣になっているのが分かる。

 

 隠しフロアへ到着したようだ。

 












今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
誤字報告までいただき、感謝しております……(土下座)
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