「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
「……さっきの通路より、かなり広いな。広過ぎるぐらいだ」
周囲を見回したカルビの声が、やけに大きく響いた。アッシュも視線を頭上に向ける。
「えぇ。それに、天井も高いですね」
隠しフロアの通路の幅は、約15メートル。高さも20メートルはあるだろうか。ガリクス達が設置している魔法灯の明かりが届いておらず、アッシュ達の頭上には暗がりが敷き詰められている。
石床や壁面には、複雑かつ壮麗な、そしてどことなくグロテスクな紋様や彫刻が隙間なく浮き上がっていた。やけに空気が冷たく、澄んでいるのも不気味だ。
墳墓の7階層までは、城塞めいた頑強さと整然さがあった。だがこのフロアは、より厳粛で儀礼的、そして儀式的な雰囲気を湛えている。
まさに魔王の地下墓所といった様相だ。
アッシュ達の後を着いて来た冒険者達、それに茶髪の男達も驚いたような声を洩らしながら、あたりを見回している。
「ガリクスさん達が、このフロアをゆっくりと探索したがってるのも納得だね~……。見るからに何かありそうな感じだもん」
興味深そうに言うローザは近くの壁に近寄って、手にしていた魔導銃を腰のホルスターに押し込んだ。代わりに筒型の照明魔導具を懐から取り出して、壁面の文字を照らしていく。
「こういう紋様や彫刻が、秘宝の在処を示していたって不思議じゃないし。……っていうかこのフロア自体が、宝物庫の蓋である可能性だってあるかも」
慎重な顔つきになったローザは、壁面の彫刻や紋様に指でゆっくりと触れる。薄い土埃が舞って、照明器具の明かりで煙った。
「そいつはイイ。なら、この壁やら床やらの文字を解読してくれよ、ローザ。そういうのは得意だろ?」
暢気にテンションを上げたカルビに、「簡単に言わないでよ」とローザが眉根を寄せる。
「墓守が出てくるんなら、そんなことを悠長にやってられないって」
「実際、刻まれている文字らしきものを解読するには、相当な時間が必要でしょうね」
その作業の膨大さを想像してしまったのか。ネージュの声は落ち着いていながらも、既に疲れたような響きがあった。
ローザの持つ照明の明かりが薄暗がりを払ってくれたおかげで、この隠しフロアの広さを感覚として捉えることができたからだろう。
「墓荒らしクランの方々は、こんな広いフロアも調べ尽くすつもりなのかしら……。大変なお仕事ですわねぇ……」
賞賛とも感嘆ともつかない声を洩らしたエミリアが、前後に伸びる通路を交互に見遣った。
じっくりとこのフロアを探索、捜索するためには、出現する墓守の排除が必須であることは間違いない。
そのためにガリクス達は、上級冒険者が集まるという6号区のギルド支部で、墓守討伐のための冒険者を募ったのだ。
アッシュはそのとき、このフロアの壁面や地面の数か所に、抉れるような傷跡や凹みがあることに気付いた。
薄暗がりのせいで目立たないが、あれは戦闘の形跡だ。巨大な武器が、壁面や地面を削り、砕き、穿った跡だ。
やはり、墓守の持つ武具による損壊なのか。だとすれば、すぐ近くに墓守であるリビングアーマー2体が居るかもしれない。
緊張を緩めず、アッシュは薄く息を吐く。通路の奥に意識を向けて、耳を澄ませてみる。
「僕達よりも先にこのフロアに到着した方々も、まだ墓守とは遭遇していないようですね。……戦闘の気配が全くありません」
「あいつらもアタシ達も、このフロアには踏み入ったばっかりだしな。まぁ、しかし……」
カルビは言いながら地図を広げて軽く笑い、ローザとアッシュに振り返った。
「地図を見た感じだと、墓守と出くわすのは時間の問題だぜ」
ガリクス達が案内してくれた墳墓のフロアは、複雑な迷路じみていた。
だが、この隠しフロアは違う。余りにも単純だった。ちょうど、『ロ』の形である。地図を見た限り、アッシュ達が居る場所は、この『ロ』の右上あたりだ。
「どうする? 墓守が現れるまで待ってみるか、それとも、アタシ達もちょっと歩いてみるか」
危機感に欠けた口調のカルビだが、大戦斧を手にした彼女の立ち姿には全く隙が無い。
「私達の方から動いても、墓守の方がこっちを見つけるのを待つにしても、あまり状況は変わらないわね。フロアの構造も単純だし、これだけ通路も広いと、待ち伏せも出来そうにないし……」
低い声で応えたネージュは、通路の奥へと目を凝らしていた。
彼女の視線の先では、魔法灯によって揺れる薄暗がりの濃淡が、ずっと向こうに見える曲がり角までを埋め尽くしている。幅も高さも過剰な程にある通路だが、隠れる場所は無い。
「でも、この通路の広さは、僕達にとっては有利かもしれません」
アッシュも通路の先を見詰めて、出口の方を振り返った。
「もしも乱戦になっても、危なくなれば退却戦に持ち込むこともできそうです。もしもこのフロアの通路が狭くて入り組んでいたら、人数の多い僕達は戦い辛かったでしょう」
「その点は有難いですわね。迷うことも不意打ちを食らう心配もありませんもの。戦いに集中できますわ」
大盾を引き摺るのではなく、背負うように持ち替えたエミリアも、既に臨戦態勢を取っていた。それに続いてローザも頷く。
「それじゃあ、私達もちょっと動いてみようか。フロアの構造上、すぐに墓守と遭遇するだろうけどさ」
この隠しフロアを探索する隊列は、隠し通路でとったものと同じく、前衛にカルビとエミリアが出て、ローザとアッシュがその後方について遊撃兼後衛、殿にネージュがついてくれた。
アッシュ達が探索を始めると、やはり他の冒険者達が後に着いてくる。
彼らはローザ達を利用しようとしているようだが、それはあくまで、戦闘に参加することが前提の立ち回り方だ。
つまりは彼らも、報酬を得たいのであれば、いつまでもローザ達の後ろに隠れ続けることはできない。戦いは避けられないのだ。
戦闘を前にしたこの静寂は、やはり長くは続かなかった。
微かにだが音が聞こえてきた。
金属が短く、鋭く、だが激しくぶつかる音。
ズシィィン――……という、重い打撃音。
空気が燃え上がる音。炸裂音。
暗がりの通路の奥から、これらが断続的に響いてくる。
壁面に設置された魔法灯の明かりが、複数の影を躍らせているのが見えた。このフロアに先に侵入した冒険者達が、何かと戦っているのだ。
「戦闘が始まりましたね……」
前を見据えたアッシュは、手の中にある杖『リユニオン』の感触を確かめた。すぐに短剣形態である『エンクエント』、『パルティダ』に変形できるように意識する。
「うん。私達も陣形はこのままで、急ごう」
隣に居るローザが魔導ショットガンを持ち直し、駆け出一瞬だけ身体を強張らせるのが分かった。同時だったろうか。
ズズゥゥ――…………ンン!! という振動があった。通路の奥から熱を含んだ暴風が吹き抜けてくる。誰かが魔法を放ったのだ。
ただ、爆発系統の魔法ではない。炎熱、それと風魔法だろうか。攻撃魔法の明滅と余波が、アッシュ達を圧し包んでくる。
墓守との戦闘を行っている冒険者達が、優勢なのか劣勢なのかは、アッシュ達の場所からは分からない。
攻撃魔法が効いたのなら、数の多い冒険者達が優勢に立っているかもしれない。
だが、そのアッシュの予想はすぐに裏切られた。
悲鳴らしきものが響いてきたのだ。それに続いて、大勢の人間が走るような音も。聞こえてくる戦闘の音の質が変わった。
硬いものが激突するような音が極端に少なくなり、切羽詰まったような、慌ただしくも必死な足音がこっちに向かってくる。
まるで大勢の人間が、何かから逃げているような、そういう足音だ。
だが、“何か”なんて考えるまでもない。
そんなものは決まっている。
墓守。リビングアーマーだ。
「……アタシ達が行かなくても、向こうからこっちに来てくれるみてぇだな」
吹き付けてくる熱風を涼しげに受け止めるカルビが、唇の端を獰猛に吊り上げる。
「ンンンン~フフフゥ! 歩き回る手間が省けましたわね!」
意気揚々とした様子のエミリアも、大盾にグルグルと巻き付けられた太い鎖を手に掴み、すぐにでも振り回せる体勢になってカルビと並んだ。
「逃げて来る冒険者が邪魔ね……。一緒に凍らせるわけにもいかないし」
特に表情を作りもせず、冷えた声で言うネージュが大槍の穂先を下げる。
「3人とも平然とし過ぎだよ……。まぁ、そうやって迎え撃つ気満々でいてくれるのは、頼りになるけどさぁ」
通路の先をじっと見据えているローザは緊張した声を出したものの、迫ってきている墓守の存在感に怯んではいない様子だった。
だが、此処までアッシュ達の背後に隠れるようについてきた冒険者の中には、「何か、思ったよりヤバそうだぞ……」「ぃ、一旦戻ろうぜ」などと言い合っている。
さっきまで威勢の良かった茶髪の男達までもが、迫ってくる墓守の存在感にあてられて、顔を強張らせて狼狽えている様子だ。
彼らの等級自体は上級のものだが、それはやはり、他の冒険者も言っていたように、実力の伴わないメッキだったのかもしれない。
ただ、そんな彼らにしてみても、報酬の2000万ジェムは簡単には諦められないのか。
逃げる前に、せめて墓守がどの程度のものなのかを見極めようとしている様子で、ぐずぐずと足踏みをして、右往左往している。
「他の奴らが逃げ出せば、自動的に報酬はアタシ達の総取りだな。多分、依頼書にもそういう記載があった筈だ」
そんな彼らを肩越しに一瞥したカルビは、機嫌が良さそうに喉を鳴らす。それから、逃げてくる冒険者を通すためなのだろうが、大戦斧を肩に担いだままのカルビは、通路の端に寄った。
「アッシュ君の言う通り、通路が広くて良かったわ……」
「これだけ幅に余裕があるのなら、逃げてくる冒険者達も私達を避け易いでしょう」
大槍の穂先を下げたネージュ、大盾を軽々と引き摺るエミリアも、カルビとは反対の通路の端に立った。彼女達の間には十分な広さがある。
「3人共、分かってるとは思うけどさ。狙うのは墓守だけだからね?」
全身鎧を纏ったカルビの後につく形で、魔導ショットガンを手にしたローザが通路の先を睨んだ。
「いくら通路が広くても、こっちに向かって冒険者達が逃げてくるんなら、私の魔導銃は使えない。魔法弾の範囲に巻き込んじゃうからさ。多分、向こうの角から姿を現した墓守は、すぐに近距離の間合いに入ってくると思う」
ローザは言いながら、通路の先を見詰めている。響いてくる無数の足音が、だいぶ大きく聞こえるようになった。
アッシュ達の後ろでモタモタしている冒険者達も、固唾を飲んで通路の先を凝視している。
この場の静寂を踏み潰そうとするかのように、通路の向こうに見える曲がり角から、もうじき墓守が姿を見せるだろう。その墓守に追われている冒険者達もだ。彼らが走り込んでくれば、アッシュ達のいるこの通路が戦場になる。
「あの……、僕も前衛に出ましょうか?」
通路の奥から聞こえてくる大勢の足音を聞きながら、アッシュはローザに尋ねる。
「“回避型の前衛”ということであれば、僕が役に立てると思います」
これは、逃げてくる冒険者達とすれ違う形でアッシュが前に出て、墓守との戦闘に入るという提案だった。
「墓守の持つ武器や素早さにもよりますが、カルビさんやネージュさんよりも僕が前に出て、退避してくる冒険者の方々のフォローに入ることも可能かもしれません」
つまりは、“前衛の前衛”として、アッシュが真っ先に墓守に接触するということだ。
アッシュが墓守の注意を引き付けて時間を稼ぎ、その間に、こちらに敗走してきた冒険者達を退避させる。
それが出来れば、彼らをローザ達の戦闘や魔法に巻き込む心配もなくなる。カルビやネージュ、エミリアも戦いやすくなるだろう。
普通なら、ここまで他の冒険者を案じる必要などない。ガリクスも言っていたように、そもそも冒険者とは、自らの身で危険を冒してこそだ。
冒険によって得られる富や名声も、傷も、死も、それは冒険者自身が責任を負うべきものである。
そんなことは冒険者業界どころか、世間一般の共通認識だ。だが、助け合ったり協力できる手段や可能性があるのなら、アッシュはそれを選択したいと思った。
アッシュの申し出に「なるほど……」と呟いたローザが、数秒だけ唇に触れて、考え込むように視線を落とした。そしてすぐに顔を上げると、「優しいんだね、アッシュ君は」と、力強い笑みを浮かべた。
「アタシ達よりも前にアッシュが出てくれるなら、確かに助かるぜ。逃げてくる冒険者共を避けるのも面倒癖くせぇが、その状況で墓守とやりあうのは、もっと面倒くせぇからな」
「窮屈な戦いにならずに済むなら、とても有難いですわ!」
カルビとエミリアの2人も、身体を前に向けたままでアッシュを振り返り、頷いてくれた。
「でも……。同行を依頼しているアッシュ君に、危ないポジションを任せてしまうのは心苦しいわね」
ネージュが申し訳なさそうに言ってくれるが、アッシュは緩く首を振った。
「ありがとうございます。でも、正式に依頼料も頂いていますから。僕に出来ることがあるなら、何でもさせて下さい」
「うん……。それじゃあ、アッシュ君には“前衛の前衛”をお願いするよ。でも、危ないと思ったら無理しない、で、ね……」
そこまで言ったローザが、何かに気付いた。アッシュの後方を見詰める彼女の表情と声音が、盛大に強張った。
ローザの様子が変わったことに気付いたカルビとエミリアも、アッシュの方を振り返ってから、いや、正確にはアッシュの後方を見遣って、顔を歪めた。ネージュも肩越しに視線を後ろに向けて、身体を僅かに強張らせる気配があった。
イヤな予感がした。アッシュも、その彼女達の視線を追うようにして後ろを振り返る。
思わず息が詰まった。
いつの間に。
この隠しフロアには、強力な墓守が2体いる。そのことをアッシュは失念していた訳ではなかった。
だが、ローザ達の後方に隠れたままで、この場で戦うかを逃げるかを選びきれず、ただ浮足立っていただけの他の冒険者達の方は、どうか。
ローザ達の戦力をアテにしていた彼らは、もしも通路の奥から現れた墓守が強大で自分達の手に負えなさそうな場合であっても、踵を返せば十分に逃げることができる。そう踏んでいた筈だ。
いざとなれば、アッシュ達を囮にすることだって可能である。そういう位置にいる彼らには、グズグズできる余裕があった。だから彼らは油断していたのだ。
そうでなければ、あんなに接近されるまで気付かないなんてことはないだろう。
ゆっくりとした足取りで、ヤツは冒険者達のすぐ背後に迫ってきていた。
ヤツは汚れた黒い鎧兜を纏っており、異様に背が高い。3メートルは無いだろうが、それでもトロールよりも上背がある。体型は人間に似ているが、腕が奇妙なほど長い。
鎧を着込んでいるが、身体の横幅も極端に細いのも不気味だった。身長が身長だけに華奢にさえ見え、貧弱そうな印象さえ受ける。
だが、弱いなんてことは絶対に無い。
あれだけの身長があって鎧兜を纏っているのに、ヤツの足音が一切聞こえないのだ。姿は見えているのに気配が静か過ぎる。その所為で、アッシュ達も気づくのが遅れたのだ。
ガリクスが言っていた、“ひょろ長いノッポの墓守”というのは、ヤツに違いない。
ヤツが手にしている双剣には反りがあり、その切れ味の凄まじさを物語るかのように刃毀れ1つ無い。それに刀身も2メートルほどだろうか。嫌味なぐらいに長い。
あの身長と腕の長さ、それに刀の長さが加わるなら、ヤツの間合いの広さは相当なものだ。
いくらこの隠しフロアの通路が広くても、通路の真ん中に陣取ったヤツの脇を素通りするのは至難だろう。
全く頭が上下せず、無音のままで忍び寄ってくるあの独特の歩法も、明らかに武人のそれだ。逃げ去ろうとする者の無防備な背中など、あの墓守は容易く両断してみせるはずだ。
ローザ達の動向を窺うだけの無防備な冒険者達は、ヤツの間合いに捉えられようとしている。
「後ろ! 墓守が来てる……ッ!」
血相を変えてローザが叫ぶ。
「何言ってんだ?」「あぁ?」「後ろ?」
怪訝そうに言い合った冒険者達が、揃って首を回して背後を見た。そして彼らも、すぐ近くまで接近していた墓守の存在に気付いた。
「げっ!?」「うわぁっ!?」「で、出やがった!!」
見上げるほどの長身を持つ墓守を前に、冒険者達は身体を強張らせたり、飛び上がったり、後ずさったり、驚いて尻餅をついたりしている。
「おい! マジで雑魚ばっかりかよ!」
「せめて中級冒険者らしく、戦う体勢ぐらいとりやがれ!」
「くそっ……。何だよあの刀の長さ……!」
「距離を取れ、まずは態勢を整えるぞ……っ!」
咄嗟に武器を構えて戦闘態勢を取ったのは、茶髪の男達だけだった。だがそんな彼らも、墓守の存在感に飲まれている。
あの様子からして、上級冒険者であるというあの茶髪の男も、彼のパーティメンバーにしても、凄まじく腕が立つということでもなさそうだった。
他の冒険者達も、思い出したように各々の武器を構えてみせたが、やはり完全に腰が引けていた。
そんな状況を鬱陶しそうに見ていたカルビが、「結果的に挟み撃ちにされちまったな」と通路の前方に顔を戻した。
「通路は広いが、奴らの図体もデケェぞ。……そろそろ前からも来るぜ」
カルビが睨んだ通路の先、その曲がり角から、とうとう出てきた。
「ひぃぃぃ!!」
「邪魔だぞテメェら……ッ!!」
「どけどけぇぇええ!!」
必死の形相で走ってくる冒険者たち。
その背後から、もう1体の墓守が迫ろうとしている。
黒い鎧兜を纏っていて、横幅がかなりある。足が短くて、胴体と腕が太くて長い。ずんぐりとした体型だが、決して小さい体格ではない。巨体と言っていいだろう。
先程の轟音と振動を齎した炎熱魔法と風魔法を受けても、ビクともしていない様子だ。それに、動きも遅くない。むしろ早い。俊敏だ。
ズン……ッ! ズン……ッ! ズン……ッ! と重たい足音を立てて、逃げる冒険者を猛然と追ってきている。
手には巨大な、巨大すぎる棍棒を握っている。棍棒の両端には、殺傷力を高めるための棘が並んでいるのが見える。ガリクスの言っていた通りの装備だ。今まで墓を荒らしに来た者達を、あの凶悪な棍棒で粉砕してきたのだろう。
「おい馬鹿野郎っ、どけェ!!」
「ひぃっ、ひぃっ……!!」
「おっ、おいっ、押すんじゃねぇ!!」
ずんぐりとした墓守に追われる冒険者達は、お互いに叫びながら、どたどたバタバタと走ってこっちに向かってくる。
カルビの言う通りだ。結果的に、アッシュ達は墓守に挟み撃ちにされる形になってしまった。乱戦を避けたいアッシュ達にとって、今の状況はかなり悪い。
前から逃げてくる大勢の冒険者達と、後方で逃げ損なった冒険者達が墓守に足を止められ、結果的に通路が詰まってしまうことになれば最悪だ。
押し合いへし合いしながらの乱戦になれば、死傷者の数は一気に増すのは間違いない。
「こういう事態にはならないと思ってたんだけどな~……」
前と後ろの状況を見比べたローザが、少し焦った顔になる。
だが、思考を切り替えるような3秒ほどの瞑目のあと、ローザは冷静な表情に戻ってから、アッシュ、カルビ、ネージュを、素早く見た。
「ごめん。作戦変更。私とカルビ、それとエミリアの3人で、前から来るデカブツの墓守を止めよう。ネージュとアッシュ君は、後ろの冒険者達のフォローをお願い……!」
このローザの指示に、ネージュは「分かったわ」と即座に頷いた。「あの様子だと、後ろの連中はどのみち邪魔になるし」
「えぇ、仕方ありませんわね……。では、私達が逃げる時間を稼いで、援護して差し上げましょう」
やれやれといった感じで続いたエミリアが、大盾を背負い直しつつ身体を翻す。
「まぁ、見捨てちまうのも寝覚めが悪いしな」とカルビも鼻を鳴らして、肩に乗せて担ぐように持っていた大戦斧を軽く揺らした。
彼女達の迷いの無さはローザを信じているというよりも、彼女達自身も納得のいく判断だったからだろう。
彼女達は、2000万ジェムの報酬を独占するチャンスだと喜ぶのでもなく、自分達だけが難を逃れようとするのでもない。
さっきまでローザ達をいやらしい目で見て絡んできていた茶髪の男や、その仲間の男達でさえ見捨てようとはしていない。
ローザという女性は冷静に、より多くの冒険者が生き残る選択を優先する。そして、エミリアもネージュも、カルビも、躊躇なくその判断に従う。
そういった彼女達の行動は、ある意味では冒険者らしいとは言えないかもしれない。ともすれば、お人好しの甘い判断だと揶揄されるだろう。
だがアッシュには、彼女達の善意の在り方が、やけに眩しく新鮮で、そして正しいものだと感じた。
引き締まった表情のローザは、「気を付けてね!」とアッシュにも言ってくれる。
「はい! ローザさんとカルビさん、エミリアさんも……!」
アッシュも短く応じてから、既に駆けだしていたネージュの、その少し後ろにつく形で後方へと向かう。
この広いダンジョンの通路内は、あっという間に戦闘の空気で満たされた。
冒険者達の怒号。慌ただしい足音。金属の擦れる響き。彼らの怯えた息遣い。武器を握り締めた手の、筋肉が軋む音。それらがよく聞こえる。心が落ち着く。
――『お前は出来損ないだ』
頭の奥で声が響く。
アッシュの過去が、アッシュの身体を乗っ取ろうとしているのが分かる。
だが、別にいい。
今のアッシュに重要なのは、自分の過去ではない。この場でアッシュが果たすべきは、ネージュ、エミリアと共に、他の冒険者達をフォローすることだ。
通路を駆けるアッシュの視線の先では、刻一刻と、冒険者達が確実に劣勢に追い込まれている。
ひょろ長い墓守が双剣を鋭く振るって、冒険者達を蹴散らしていた。長刀を奔らせるヤツの動きは武人然としており、澱みや無駄が無い。
「私が墓守を引き付けて、時間を稼ぐわ」
焦りも怯みも見せないネージュは、静かに言いながら駆ける速度を上げ、手にした大槍に冷気の渦を纏わせた。彼女の放つ冷気は魔力を含み、蒼く澄んだ微光を放っている。
「アッシュ君はその間に、負傷した冒険者を治してあげて」
「分かりました……! 治癒を終えた後は、僕もすぐに戦闘に加わります!」
「うん。お願いするわね」
アッシュの方を振り返ったネージュは、唇の端に微笑を過らせ、頷いてみせた。
それから近くの壁へと跳躍し、更にその壁を蹴って、墓守を前にして怯んでいる冒険者達を軽々と跳び越えていく。纏っている鎧の重量を感じさせない、鋭い跳躍だった。
邪魔になる冒険者達の頭上を通過し、ネージュはひょろ長い墓守へと迫る。
今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!