「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
「うわぁ!?」
「こ、こいつ、強えぇ!」
「おい、固まるな!」
「後ろから攻撃しろ!」
「回り込め!」
「む、無理だッ!」
「コイツの剣が長すぎんだよ!」
冒険者達は応戦をしてみせるものの、ひょろ長い墓守に怯えてしまい、必死に距離を取って逃げ回る者が大半だ。数を恃みにした戦いも出来ていない。
誰も彼もが致命傷を避けるのに精一杯で、完全に防戦一方だった。
ひょろ長い墓守は体型に似合わず、かなりの怪力でもあるようだ。長刀を何とか受け止めた冒険者は吹っ飛ばされて、周りの冒険者を巻き込んで派手に倒れ込んだりしている。。
「クソがぁああああ!」
総崩れ寸前の冒険者たちの中から、両手剣を手にした茶髪の男が飛び出す。逃げ回って隙を伺うのではなく、正面から挑みかかる。
だが、あれは勇敢さからの踏み込みではなく、慎重に戦闘を維持するだけの精神力が早々に尽きてしまい、破れかぶれになったゆえの突撃にしか見えなかった。
実際、数合を打ち合っただけで茶髪の男は弾き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。
「ぐ、はッ……!?」
茶髪の男は崩れ落ちそうになって、何とか堪えようとしていた。だが、すぐに血の塊を吐き出して、ガクンと膝を突いた。背骨や内臓に大きなダメージが入ったのか。
両手剣も手から零れているし、目の焦点が定まっていない。
『Ko、Hooooo――……』
ひょろ長い墓守は、兜の隙間から呼吸音らしきものを洩らしながら、グロッキー状態の茶髪の男にトドメを刺すべく、ゆっくりと近寄ろうとしている。彼の仲間である鼻ピアスが叫んだ。
「させるかってんだ……!!」
頑丈そうな革鎧を着込んでいる鼻ピアスは、両手に手斧を握り締めて、ひょろ長い墓守に突っ込んで行く。茶髪の男を守ろうとしたのかもしれない。
咄嗟に攻撃に出た鼻ピアスだったが、その勇敢さも、墓守にとっては矮小なものだったようだ。
「喰らいやがれ、この野郎……ッ!!」
鼻ピアスが必死に振り回した手斧は、ひょろ長い墓守が虫でも払うかのように振るった双剣で容易く弾かれた。
ひょろ長い墓守の長刀は、あの細い刀身でありながら相当な強度を誇るのか。或いはやはり、魔王戦争時代の業物なのかもしれない。鼻ピアスの斧を弾いても、折れる気配が無く、ビクともしていない。
一方で、鼻ピアスは得物を弾かれた衝撃で、身体を大きく泳がせていた。その隙だらけになった鼻ピアスに向けて、ひょろ長い墓守は横蹴りを放った。
鎧を着込んでいるというのに、しなる様な鋭い蹴りだった。
「ぶげぇッ!」
「あひぃっ!?」
「うわっ……!?」
体格のいい鼻ピアスは派手に吹っ飛んで、後ろで湾刀を構えようとしていた小太りと、慌てた様子で魔法を唱えようとしていた色男を巻き込んで壁に激突していた。肉と骨が硬いものぶつかる、もの凄い音がした。
3人は仲良く気絶でもしたようで、地面に崩れ落ちたきり、ぐったりして動かなくなる。
ひょろ長い墓守が双剣を振るわず、あえて鼻ピアスを蹴飛ばしたのは、後衛である小太りと色男を同時に無力化するためだったのだろう。やはり戦闘に慣れている様子だ。
ヤツはものの数秒で茶髪の男達のパーティを黙らせてしまった。
茶髪の男はまだ起き上がれていない。地面に手を付いて、ふらついた身体を何とか体を起こそうとしている状態だ。このままでは、彼は死ぬ。殺される。彼を助けようとする者が居ないからだ。
他の冒険者達は蒼褪めていて、後ずさることもできていない。
戦う意志を折られた冒険者たちの目の前で、ひょろ長い墓守は姿勢を落とし、右手に握った長刀を自らの身体の横に引く。
そして、ほとんど蹲っているような状態の茶髪の男を突き刺そうとして、できなかった。
墓守の横合いに軽やかに着地したネージュが、間髪を入れずに大槍を繰り出したからだ。
このフロアの通路には十分な広さがあるとはいえ、他にも冒険者が多数いる中では、あんな大槍を扱うのは相当難しいはずだ。
だがネージュは、周囲の冒険者との距離を完璧に把握しているようだった。その証拠に、目にも止まらぬ速さで振り抜かれる彼女の大槍は、墓守だけを捉えていた。
ネージュは大槍を突き、右に凪いで、更に踏み込んで突きを放った。大槍の穂先に灯った蒼い魔力が、仄暗いダンジョン通路に微光の帯を引く。
『Haaaaaa――……!』
対するひょろ長い墓守は、突如として現れたネージュに対しても、反応を遅らせることがなかった。
ヤツは即座に姿勢を落として、武人然とした足捌きで数歩だけ下がりながら、繰り出されたネージュの槍を躱し、受け流し、最後は二振りの長刀で弾いてみせた。衝撃すら伴う、重い金属音がダンジョン内に一際大きく響く。
「ふぅん……。なるほど、強いわね」
厄介そうに言うネージュだが、踏み込んだあとの彼女の位置取りは完璧だった。ちょうど墓守と冒険者達の間で壁になるように立ち、ネージュは大槍を構え直している。
「おお!」「ネージュ!」「ネージュだ!」「す、す、すげぇ!」「あの墓守を押し返したぞ!」
及び腰だった他の冒険者達が、ネージュが助けに入ってくれたことに歓声を上げた。
「……五月蠅くするだけで戦わないのなら、さっさと逃げなさい。邪魔よ」
そんな彼らを肩越しに睨んだネージュは、完全な無表情で目だけを鋭く細めてみせる。
「まぁ、巻き込まれて死にたいなら話は別だけれど」
静かなネージュの声は、落ち着いている分だけ有無を言わさない迫力があり、真実だった。
ネージュと墓守が手にしている武器は長大だし、彼女達が本格的に一騎打ちを演じ、なおかつ魔法攻撃まで加わるとなれば、いくら通路が広いと言えども安全ではなくなる。
そのことは他の冒険者だってすぐに理解できたようだ。彼らは息を飲んだり唾を飲んだりしながら何度も頷き、無駄口も叩かずに退散していく者が続出した。
もちろん、負傷した茶髪の男や、鼻ピアス、小太りの男、それに色男などは壁に叩きつけられて気絶しているため、逃げ出すことはできない。
ネージュが墓守を相手にしている隙に、彼らを癒すのがアッシュの役目だ。
「すぐに傷を癒します……!」
アッシュは壁際に蹲る茶髪の男に駆け寄り、治癒魔法を唱えた。
杖を右手に持ったアッシュは、左の掌を茶髪の男に向ける。茶髪の男の足元に魔法円が浮かび、透明感のある清らかな翡翠色の光が立ち上った。
アッシュの持つ杖『リユニオン』は、2本の短剣に姿を変えるだけでなく、治癒系統の魔法を唱える際にも、魔導武具としての特質を発揮してくれる。
その効果は、治癒魔法の性質変容による、上位術式への組み換え。
端的にいえば、治癒魔法術者の魔力を抽出し、より被術者に適した生命力へと変換して分け与えることを可能にするのだ。
これは“生命付与”と呼ばれる上位治癒魔法であり、アッシュ自身の命を削って明け渡すことで、治癒を受ける茶髪の男の負担を大きく軽減できる。
「完治させることは状況的に難しいので、身動きが取れるところまで治癒させて貰います。あとはこのフロアを脱出してから、回復魔法薬を使って下さい」
「げほ……ッ、……ぉ、お前……」
茶髪の男は痛みを堪えながらも、かなり驚いた顔でアッシュを見詰めていた。
アッシュは頷き、茶髪の男の仲間たちの方を一瞥した。
彼らは気を失って地面に伸びたままだ。だが、腕や脚を斬り飛ばされたりはしていないし、大量に出血をしているということもない。
肉体の大きな外傷を即時修復するような規模の治癒魔法の行使は、術者と被術者の双方に、記憶や意識の混濁、運動機能や判断力の低下などを齎す場合もあるのだ。
これらは当然、致命的な影響になる。いくら傷が癒えたところで、ダンジョン内で身動きが碌にとれないような状態に陥ってしませば話にならない。
だが、彼らの負傷の具合を見るに、そんな状況を心配する必要がなさそうだ。
「傷は癒えます。安心して下さい」
「あ、あぁ……」
アッシュの治癒魔法によって傷が癒えはじめ、痛みが薄れてきたのだろう。翡翠色の光に包まれた茶髪の男の顔に緊張はあるが、すぐに呼吸が穏やかになって、身体を起こして来た。
「す、すげぇなお前……。こんなすぐに身体が回復するなんて……」
茶髪の男は膝立ちの姿勢になり、身体の感覚を確かめるようにして、自分の両手を見たり、胸や腹に触れたりしている。
無論だが、そんな悠長なことをしていられるのは、ひょろ長い墓守を相手にしてくれているネージュの御蔭だ。
視線だけを動かしたアッシュは、茶髪の男への治癒魔法を維持しながら、ネージュの戦闘を見守った。
ネージュが大槍を突き、薙ぎ、払うたびに、ひょろ長い墓守が長刀でこれを受け流して、そして時に、墓守がその長身を折り曲げるようにして、ネージュの首や腕を長刀で狙い、脅かした。大槍の柄を引いて、これを正確に防御するネージュは即座に反撃する。
互いに深く踏み込まず、拮抗の中で凄絶な牽制を続けて、相手の隙を見つけようとしている。両者の激突には、そういった慎重な駆け引きがあるようだった。
「うぉお……! あの墓守とサシで打ち合ってやがるのか……!?」
膝立ちのままで茶髪の男も、ネージュと墓守の苛烈な戦いを目の当たりにして身体を硬直させている。
「こっちにも墓守が居やがる!」
「挟まれたぞ! やべぇ!」
「ぃ、いやっ、ネージュが相手をしてやがるぞ!」
「何か知らんが、ラッキー……!」
「今の間に、横を通り過ぎちまえ!」
だが、ずんぐりとした墓守に追い掛けられていた冒険者にとっては、ネージュの強さなど周知のことであり、今さら驚愕も戦慄も必要ないのだろう。
涎や涙まで流して逃げてくる彼らは、まさに潰走状態といった風情だ。もはやこのフロアから脱出することに必死の様子である。
「このチビ!どけっ!」
「邪魔くせぇ!」
「ぶっとばすぞ……!」
彼らは治癒魔法を続けるアッシュを横目に見ても無視したり、或いはぶつかって転びそうになりながらも、この隠し通路へと戻ろうとしている。
そんな冒険者達から、アッシュは倒れている小太りの男や色男、鼻ピアスを庇うように体を盾にする。
「お、お前……! くそっ……!」
既に身体を起こしていた茶髪の男も、咄嗟にアッシュに倣った。
背後を冒険者たちが走っていく。その爪先が、脇腹や背を蹴ってくるのを感じながら、アッシュは横目でローザ達の方を確認した。
冒険者達を追いかけてきた、あのずんぐりとした墓守の前に立ち塞がるようにして、カルビとエミリアが対峙しようとしているところだった。
カルビとエミリアの少し後ろでは、ローザが魔導ショットガンを手に控えている以外は、他に冒険者の姿はない。ローザ達の方は、もう乱戦になる心配は無いだろう。
だが、此方は違う。
前方から、つまりは、ずんぐりとした墓守から逃げてきた冒険者が殺到してきている。
ひょろ長い墓守は、ネージュと戦いながらも、まだ余力があったようだ。
いや、或いは墓守の使命として、強敵との戦闘よりも、逃げようとする侵入者達の抹殺を優先しようとしたのかもしれない。
ネージュの大槍を捌いていたひょろ長い墓守は、逃げてきた冒険者達へと狙いを変えた。
対峙しているネージュの間合いから外れるように横に移動し、そのまま冒険者達を追い掛けようとしたのだ。
だが、それをネージュは許さなかった。
「……どこに行く気?」
ネージュが大槍を地面に突き刺すと、その穂先から蒼い冷気から奔った。
冷気は蛇の様に渦を巻いて地面を走り、バキバキバキッ――、パキパキパキパキ――、と音を立てて、ひょろ長い墓守の両足に絡みついた。ネージュの魔力を帯びた冷気はすぐに凝り固まって、墓守の両足と地面を、分厚い氷で縫い留めていく。
『Mu、uuuu――……』
ひょろ長い墓守は、凍りついた自分の両足を見下ろしてから、すぐにネージュへと顔を向けた。まずはネージュを殺すべきだと考えたのだろう。
バキバキバキッ……! と派手な音を鳴らしながら、ひょろ長い墓守は凍りついた自分の両足を地面から引き剥がし、両腕を広げる構えをとった。
そのまま身を沈めるように重心を下げた次の瞬間、ドン!! と地面を蹴り、ネージュに踏み込んだ。
『shiiiiiiiiiiii――……!!』
兜から鋭い呼吸音を洩らし、ひょろ長い墓守が長刀を矢継ぎ早に繰り出す。
ヤツの長い腕がしなるように動く。まるでムチのように不規則に、ビュンビュンブオンブオンと風を斬りまくる。墓守の腕が5本も6本もあるように見えた。
ヤツの斬撃はネージュを狙っているというよりも、ネージュの居る空間そのものを斬り刻もうとするかのようだった。恐らくは、未だにネージュの背後に隠れて、そのまま逃げていこうとする冒険者達をすら攻撃しようとしたのだ。
だが、ひょろ長い墓守が放った斬撃の暴風は、ネージュの操る大槍によって悉く弾かれ、流され、受け止められていた。
ネージュの槍捌きは神業だったし、その大槍の動きを追うようにして立ち昇る冷気は、空中で氷の刃と防壁となって、墓守の斬撃を全て遮断する。
この場をネージュに任せたローザの判断は、完全に正しかったのだと分かる。何かを守る戦い方や技術、近接用の戦闘魔法の扱いに、ネージュは凄まじく長けているのだ。
ネージュに庇われた冒険者達は、礼も言わずに息を切らし、鼻水を流し、或いは蹴躓いて這い蹲りながら、這う這うの体で逃げていく。
彼らの真剣な無様さを責めることも笑うことも、アッシュにはできない。ネージュに守られているのは、治癒魔法を行使しているアッシュも同じだからだ。
「おい! しっかりしろお前ら! 逃げるぞ!」
「あ、ああ……」
「ぅ……くそ、脚が痛ぇ……!」
茶髪の男にどやされ、小太りと色男の2人が掠れた声を漏らしている。比較的軽傷だった彼らは、もう意識を取り戻していたようだ。
だが、まだ朦朧としているのか。何とか立ち上がろうとする小太りと色男だが、すぐに膝が崩れていた。
だが、もっともダメージが深刻だったのは鼻ピアスだ。墓守の蹴りを正面からまともに食らって、まだ意識を失ったままだ。顔色も青いし、呼吸も浅い。
アッシュは肩越しに、ネージュと墓守の戦いを振り返る。
ひょろ長い墓守は、まだネージュが抑えてくれている。彼女は攻めに転じず、守備の戦い方を徹底している。
それを確認したアッシュは、鼻ピアスの傍でしゃがむ。より集中的な生命付与鼻ピアスに施すために、新たな魔法円を展開する。
「……僕は、こちらの方の治癒に集中します。そちらの2人には、手持ちの魔法薬での回復をお願いします」
「あ、あぁ! わ、分かった!」
アッシュの指示に、茶髪の男は何度も頷きながら、手持ちのアイテムボックスから高位魔法薬を取り出していた。
小太りと色男は比較的軽傷だ。意識もある。動けるまで回復するのにも、そこまで時間は掛からないだろう。
「な、なぁ、おい……!」
焦ったような顔になっている茶髪の男が、魔法薬を取り出して使用しながら、アッシュの方を窺ってくる。
「ソイツは助かりそうか!? 助かるよな!?」
「大丈夫です。必ず助けます」
鼻ピアスに対する治癒魔法円を維持しながら、アッシュは視線を返した。
「ほ、本当だろうな! 絶対に死なせんじゃねぇぞ!」
茶髪の男が叫んでくる。叩きつけるような命令口調だが、「仲間を助けてくれ!」とアッシュに縋るような響きもあった。
「えぇ。分かりました。……貴方は、本当は優しい方なんですね」
「あ、あぁ!? うるせぇ……! つーか、手を抜いたりしやがったら承知しねぇからな!」
余裕のない上擦った声を出す茶髪の男は、プライドも高そうだし口も悪いが、もしかしたら非常に仲間想いなのかもしれない。
勿論、そんなことはアッシュに関係は無い。この茶髪の男のことも、彼の仲間のことなど全く知らない。茶髪の男の無礼さに応じる形で、鼻ピアスへの治癒魔法を打ち切ってもよかった。
「分かっています。手を抜いたりなんて、そんなことは決してしません」
だが、どんな相手にも助力を惜しまない自由さを、1人の冒険者の特権として、アッシュは積極的に選択したかった。
「貴方も、貴方の仲間も上級冒険者なのですから。その経験と力を必要とする人が、必ずいます。アードベルの中にも、外にも」
アッシュは自分の声に力を籠めて、茶髪の男を見詰める。
綺麗事を言っているつもりはない。
巨大要塞都市アードベルには無数の個人業者があって、その人手不足を嘆くような小さな依頼も多い。だが、もっと切実で切迫した依頼も、確かにギルドに寄せられる。
大陸各地にある王立農業基地、放牧畜産基地への参加が地理的に叶わなかった農村部、或いは、山間に点在している集落群などは、常に魔物の脅威に曝されている。
そんなとき、村民が頼るのは誰か。
答えは冒険者だ。
王国正規軍には、あまり期待できない。
正規軍の主な仕事は、各種産業基地の守備、危険なダンジョンの監視などだ。これらは大規模な設備に加え、人員のボリュームも必要であり、その分だけ小回りが効きにくい。
対して冒険者というのは、とにかくフットワークが軽い。必要な報酬と貢献度が用意されているのなら、すぐに現地に向かう者だって多いのだ。
野生の魔物によって平穏な暮らしが脅かされるとき、冒険者という身軽な武力は、そこに暮らす人々にとっては間違いなく救世主である。
この茶髪の男達が生き延びるということは、彼らがまた、そういった人々を救う可能性を残すということだ。その希望の芽を守ることは、この場ではアッシュしかできない。
冒険者という業界の相互の助け合いの中に、自分は間違いなく存在している。
「この場での僕の治癒魔法は、貴方のパーティが誰かを助ける未来に繋がるのだと……、そう信じています。だから僕は、治癒術士としての役割を必ず果たします」
静かに言い切ったアッシュに、茶髪の男は苦々しく顔を歪めた。詫びるような、悔いるような表情で、アッシュに何かを言おうとしたようだ。
だが、茶髪の男は逃げるように目を逸らして、小太りと色男のために、2本目の高位魔法薬を取り出す。その顔つきからは、軽薄さが消えていた。
アッシュも、もう何も言葉を掛けなかった。自らの命を削り、付与し、鼻ピアスの治癒に専念する。その貴重な時間を稼いでくれているのは、ネージュだけではなかった。
「ガハハハハァ……ッ! 腰抜け共は逃げろ逃げろ! ぼさっとしてやがると、アタシの戦斧に巻き込まれるぞ!」
獰猛な笑い声を立てるカルビと――。
「ドゥォォーーッホッホッホッホッ!! この私の美しィィィ戦いぶりにィィ、目を奪われていてはいけませんわよぉぉぉ!」
いつもの『御嬢様笑い』を弾けさせるエミリアだ。
ずんぐりとした墓守は、ひょろ長い墓守に比べて背丈は低い。だが、それでも2メートル以上はあるし、筋骨隆々なトロールよりも、身体の厚みも幅だってある。凄い巨体だ。
ヤツが手にした棍棒だって巨大だし、相応の重量と破壊力を誇っているはずである。
『Mu、ooooooo――!!』
墓守は吼えて、棘付きの棍棒を矢継ぎ早に繰り出す。やはり武人然とした身のこなしで、無駄が無く、鋭く、一撃必殺の威力が籠った棍棒の乱打だった。
だが、並んで立つカルビとエミリアも負けていない。
カルビは手にした大戦斧を超豪快かつ精密に操り、ずんぐりとした墓守が打ち込んでくる棍棒の打撃全てを、正面からガッツンガッツンと弾き返している。
身体の前に構えた大盾を突き出すようにしたエミリアの方は、墓守の巨大棍棒を跳ね返し、押し返してさえいた。
『Mu、Gu、ooooooo――!!』
ずんぐりとした墓守は、どうやらカルビとエミリアを打ち倒すのではなく、押し退けようとしている様子だ。
恐らく、ずんぐりとした墓守は、先程まで追い回していた冒険者達がこのフロアから逃げていくのを察知している。だから彼らを逃がすまいと、通せんぼをしてくる邪魔なカルビと、そしてエミリアを退かしたいのだ。
「オラァ……っ!!」
だが、ネージュと同じく、カルビもそれを許さない。大戦斧での打ち込みを更に強めて、墓守を押し戻していく。
「私達を突破しようとしているようですがァァァ、そうはさせませんわよぉォォォッホッホッホッホォォォンンヌゥ!!」
ずんぐりとした墓守は、カルビの強烈な打ち込みで体勢を崩していたが、そこにエミリアが踏み込んで行って、大盾の縁で殴るように振り抜いた。
重たい金属同士が激突する、鈍い音がフロアに響き渡る。
ずんぐりとした墓守は棍棒を体の前に構えて防御姿勢を取ったが、それでもエミリアの殴打に耐え切れずに身体を浮き上がらせ、後方へと倒れそうになっていた。
「さすがだぜ、エミリ……いや、ウホウホ! こりゃあ報酬は頂いたも同然だぜ!」
「誰がウホウホですってェェ……!! っていうか、何で言い直したんですのッ!?」
「2人とも、油断は禁物だよ」
ずんぐりとした墓守が、棍棒を手に体勢を立て直すタイミングだった。
その瞬間を狙い澄ましたように、淡々とした声で言うローザが魔導ショットガンをぶっ放す。
遊撃兼後衛のローザは、冷静に戦況を見ていたに違いない。前衛であるカルビとエミリアの横合いまで移動し、2人を巻き込まない射線を完璧に通していた。
詠唱不要の魔法弾が撃ち出されて、広い通路の中空に、複数の魔法円がザアアアァァと展開される。
ずんぐりとした墓守に向けて発動した魔術は、トロールダンプでも威力を発揮した、あの強力な凍結魔法だった。
『Nu、uuuuu――……!』
ずんぐりとした墓守が纏った鎧兜が、パキパキパキパキッ――……という細かい音と共に、真っ白な霜に覆われていく。いや、墓守だけでなく、通路の地面や壁面もだ。
まるで極寒の雪山を思わせるような冷気が、アッシュ達の場所まで流れてくる。
あれだけの威力を持つ魔法弾をローザが使用したのは、他の冒険者達が逃げ散ったあとだからに違いない。
他の冒険者が放った炎熱魔法や風魔法では、殆どダメージを負った風でもなかった墓守だが、ローザの凍結魔法弾の前では、明らかにダメージと影響を受けている。
『Muu、oooooo――……!!』
ずんぐりとした墓守は、その巨体を凍らされつつあっても、鉄棍を構えてカルビとエミリアに向かっていく。
だが、遅い。明らかに動きが鈍っていた。足を動かすたびに、ヤツの鎧兜の内側から、ギシギシバキバキと何かが割れて崩れるような音を立てている。
「よぉし! コイツはこのまま仕留めるぜ!」
「モォホホホ……ッ! 1000万ジェェム! イタダキですわぁぁぁぁぁん!」
「弱ってるけど気を付けて。向こうはまだ戦う気満々だよ」
ずんぐりとした墓守が弱ったところを見て、カルビが更に攻勢に出る。カルビに並んだエミリアも、大盾を構えてプレッシャーをかけ続けていく。
だが、2人は攻め込み過ぎるということもない。危なくなればすぐに後退して、ローザが援護射撃を行えるような位置を維持している。
彼女達のコンビネーションは堅実かつ強力だった。20人以上の冒険者を追い散らして来た筈の墓守を、たった3人で圧倒しつつある。
「す、すげぇ……」
魔法薬を使って仲間を回復させている茶髪の男は、怯えと感嘆を混ぜた込んだ声を洩らしながら、ローザやカルビ、エミリア、それにネージュが戦うさまを見比べていた。
「何者だよ、お前らのパーティ……」
顔を強張らせている茶髪の男が、震える声で訊いてくる。
――彼女達は何者なのか?
その問いに対する答えを、いっそ清々しい程に、アッシュは持っていなかった。
彼女たちが、非常に腕の立つ冒険者であること以外、アッシュは何も知らない。そしてそれは恐らく、ローザ達にとってのアッシュも同じだった。
――僕は何者なのか?
そんな自問にすら答えられない自分自身を意識しながら、アッシュは鼻ピアスに向ける治癒魔法を維持する。緩く首を振った。
「彼女達のことについては、僕もほとんど知らないんです」
今度は、アッシュが茶髪の男から目を逸らす番だった。
「……僕は、彼女達のパーティメンバーではありませんから……」
言い訳をするように、そう小声で付け加えた時だった。
倒れていた鼻ピアスが意識を取り戻した。
「ぅお、……な、なんだ? こりゃ、何だ? お、おい、何で俺、お前に治癒を受けてんだ?」
身体を起こした鼻ピアスは、やや困惑したように自分の身体とアッシュを見比べていたが、響いてくる激しい戦闘音にはすぐに気付いて、通路の前後に首を巡らせる。
そこで、2体の墓守を渡り合うローザ達やネージュの姿を見つけ、半ば絶句しつつも、どうして自分がアッシュから治癒魔法を受けているのかを思い出したように蒼褪めていた。
「な、な、……あの墓守と互角かよ……!」
「デカブツの方は、もう倒しちまいそうじゃねぇか……」
茶髪の男が取り出した回復魔法薬の効果で、今しがた意識をハッキリとさせた様子の小太りの男、それに色男も、身体を起き上がらせていた。そして鼻ピアスと同じように顔色を失い、ローザ達の戦う姿を呆然と見ている。
「ボケっとしている間は無ぇぞ! さっさと起きろ!」
よろよろと立ち上がろうとしている小太りと色男の頭を小突いた茶髪の男が、まだ回復しきっていない鼻ピアスを荷物の様に肩に担いだ。
あのままセーブエリアまで運んで行くつもりなのだろう。仲間を見捨てないその姿勢に、損得勘定では測れない絆や結束といったものが、やはり彼らの間にもあるのをアッシュは感じた。
「逃げるぞ! 俺たちも生き残るんだ……!」
小太りと色男の2人に命令口調で言いながら、茶髪の男は駆け出す。
その直前、彼はアッシュの方を強張った顔つき振り返り、何かを言いかけた。だが、すぐに迷うように唇を噛み、舌打ちして、結局、何も言わなかった。
茶髪の男は、アッシュに礼もしない。余計な説明を仲間にもしない。その懸命な後ろ姿について、小太りと色男も慌てて立ち上がり、あとに続いて走り出す。
「あ、ちょ、まっ、待ってくれ!」
「ぉ、俺を置いてくんじゃねぇ!」
小太りと色男を引き連れた茶髪の男は、ひょろ長い墓守と壮絶な一騎打ちを演じるネージュの脇を走り抜けていく。
その後ろ姿には、もう迷いがない。2000万ジェムという報酬への執着を完全に捨て去ったようだ。
いや、もしかしたら、自分たちの為に時間を稼いでくれたローザ達に、これ以上の負担を掛けまいとしているのかもしれない。
だが何よりも重要なのは、これでローザ達が、周りの者を巻き込む心配が無くなったということだ。
「負傷者の治癒が終わりました! 僕もネージュさんに加勢します!」
少し離れた場所にいるローザ達にも聞こえるよう、アッシュは大きく声を出す。
自分の声が通路に残響するのを聞きながら、手にした杖『リユニオン』を、2振りの短剣『エンクエント』、『パルティダ』に変形させていく。
手の中で短剣の感触を確かめるアッシュは、自分の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じていた。指先にまで意識が通い、身体が軽くなり、思考が澄んでいく。
負傷者の治療は終えた。ローザ達も優勢。
パーティ戦は続行中。敵は健在。
ならば、次にアッシュが果たすべき“役割”は何か?
その答え――戦闘。殺戮。標的は、すぐ近くにいる。
今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!