「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

2 / 101
最低等級

 

 アッシュが振り返ると、4人組の冒険者パーティが近づいてくるところだった。

 

 その先頭を颯爽と歩く彼女は、剣士風の軽装姿である。

 

「おはようございます。リーナさん」

 

 アッシュが軽く頭を下げると、彼女は満足そうに頷いて軽く手を振ってくる。

 

「ん、おはよ」

 

 明るい茶髪と、可憐なのに生意気そうな笑みが印象的だ。

 アッシュと同じ養護院の出身で、冒険者としても彼女の方が先輩である。

 

 「早いんだね、アッシュも」

 

 小柄なアッシュより身長の高いリーナは、腰に手を当てて、見下ろすような目つきで言ってくる。

 

「ソロのくせに、どっか遠くのダンジョンにでも行くの?」

 

「え、えぇ、僕は――」

 

 アッシュが答えようとしたときだった。

 

「おい、リーナ。あんまり嫌味を言ってやるなよ」

 

「最低等級のソロ冒険者が早朝にやることなど、だいたい決まっている」

 

 彼女の仲間である男性冒険者の2人が、小馬鹿にする言い方で遮った。

 

「大方、イリンジ森海にでも向かうんだろう。あそこは魔物も少ないからな」

 

 短い黒髪を逆立てている彼の名前は、確かロイドだった筈だ。大柄でガッシリとした体型の彼は、リーナ達のパーティの前衛を担っていると前に聞いたことがある。

 

 ロイドの隣では、細身の眼鏡をかけている魔術士が意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

 「稼げないスポットだが、雑魚冒険者が這い蹲って、薬草だの霊草だのを集めるには最適な場所だ」

 

 彼は、レオンという名だったのを覚えている。で、土と風の魔法を得意とするらしい。ほっそりとした体型で、肩辺りで切り揃えられた髪には薄く藍色が入っている。

 

 「分相応っつーか、まぁ、お前にはお似合いだな」

 

 レオンは冷笑気味な横目でアッシュを見下ろすように眺め、「くっくっくっ」と小さく肩を揺らした。

 

 彼の目線は、アッシュが首から下げた冒険者用の認識プレートに向けられている。

 

 冒険者達はそれぞれ、活躍と貢献度によって等級がつけられている上から順に『1等級』から『5等級』のランクで評価されている。

 

 また、同じ『等級』の中でも、ランクは『金』『銀』『銅』の3つに分けられており、『1等級・銀』よりも『1等級・金』の方がランクは高くなる。

 

 アッシュの認識プレートは銀色で、最低等級の5等級を表す紋様が刻まれている。

 

 つまり、アッシュの等級は『5等級・銀』である。

 

 ギルドに登録されてすぐの冒険者が『5等級・銅』の評価であることから見れば、アッシュの等級は新入りと大差ない。

 

 ロイドとレオンが首から下げている認識プレートには、『3等級・銅』を表す紋様が刻まれている。剣士としても腕の立つリーナは『3等級・銀』だ。

 

 3人とも、もう中級冒険者だ。

 アッシュよりもずっと高い等級である。

 

 ただ、リーナ達のパーティには冒険者ではない人物が参加していた。

 

 「……どのような職業でも、修行や見習い期間はあるでしょう。貴方たちも、最初は低級冒険者だった筈ですよ」

 

 ロイドとレオンを交互に見てから窘めるように言ったのは、豊満な肢体を厳格な神官服に包んだ女性だった。艶のある長い金髪と優しげに垂れた目、落ち着いた声音の一つ一つが、大人の女性然とした色気を放っている。

 

 彼女の名はオリビア。

 

 リーナ達のパーティの回復役を担っている女性神官だ。彼女もまた、アッシュと同じ養護院出身である。

 

 女神教の神官となった今の彼女は、養護院の子供たちの世話をしながら、神官修行の一環として冒険者パーティに同行している。そのため、オリビアだけは冒険者としての認識プレートをしていない。

 

 「まぁ、オリビアの言う通りだけどさ」

 

 やれやれと言った感じで腰に手を当てたリーナは、苦笑のついでに緩く息をついた。

 

「流石に1年近く最低等級ってのは、雑魚って呼ばれても仕方ないよ」

 

 「人には、向き不向きがあるものです」

 

 眉間を曇らせるオリビアが、アッシュを庇うように言ってくれる。一方のリーナは芝居がかった仕種で両手を軽く上げ、わざとらしく失望を表現した。

 

 「だったら、雑魚アッシュには冒険者なんて向いてないってことじゃん」

 

 リーナがため息交じりに言うと、ロイドとレオンが忍び笑いを漏らした。

 

 オリビアが何かを言い返そうとしてくれているのが分かった。だがそれよりも先に、アッシュは曖昧に笑みを作って口を開いた。

 

「あ、あの」

 

 ここでオリビアに庇って貰うのも申し訳なく感じたので、この話題に区切りをつけたかった。

 

「皆さんも、どちらに向かわれるんですか?」

 

 「あぁ。俺達は今日から、キュアニス廃坑に行く」

 

 アッシュに勢いよく答えたのは、腕を組んだロイドだった。

 

「途中の街で、他のパーティとも合流する予定でな」

 

 滑らかに自分たちの事情を説明するロイドの声には妙な熱が籠っており、随分と気合が入っている様子だった。

 

 キュアニス廃坑は、アードベルから徒歩で3日ほどの距離にあるダンジョンだ。

 

 既に鉱脈も涸れて打ち捨てられた大鉱洞には、ゴブリンをはじめ、数多くの魔物が住み着いている危険な場所となっている。

 

「他のパーティと合流するということは、大掛かりな探索依頼でも受けたんですか?」

 

 アッシュがさらに尋ねると、よりいっそう胸を反らせたロイドが得意気に頷いた。

 

「うむ。探索でもあり、討伐でもある」

 

 「……おい。余計なことを喋るなよ」

 

 レオンが横目でロイドを睨んだが、「別にいいじゃん。雑魚アッシュに話したところで、影響なんかないって」と、リーナは気楽そうに笑う。

 

 「賞金首のネクロマンサーが、あのキュアニス廃鉱山に隠れてるって噂。アッシュも知ってるでしょ?」

 

 「い、いえ、すみません。その噂については初耳です」

 

 「えぇ~? 前から言おうと思ってたんだけどさー。そろそろアッシュも、そういう情報には敏感になった方がいいよ」

 

 腰に手を当てたままのリーナが、「やれやれ」といった表情を浮かべた。

 

「その様子だと、有名な冒険者の名前とか顔とか、まだ全然知らないでしょ? そういうの、ソロだとあんまり気を遣なくてもいいのかもしんないけどさ。いつかトラブルの原因になるかもよ?」

 

 リーナの声音は嫌味っぽくなくて、どちらかというとアッシュを気にかけてくれているふうでもあった。同じ養護院を出ている誼《よしみ》としての忠告なのかもしれない。

 

 そのリーナの優しさを大事に受け取るつもりで、アッシュは軽く頭を下げる。

 

「そ、そうですよね。気を付けます……」

 

 「ふふ。こうして見ていると、リーナとアッシュは姉と弟のようですね」

 

 そこでオリビアが、懐かしむような笑みを浮かべて頬に手を当てていた。

 

「養護院にいた頃は、リーナの方がアッシュに構って貰っていたのに」

 

「ちょ、ちょっとオリビア。あんまり昔のことは言わないでよ」

 

 慌ててオリビアの言葉を遮ったリーナは、軽く鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 

 さきほど会話を中断されたロイドが、話を再開するタイミングを探るように視線を彷徨わせていることにアッシュは気付く。

 

 「でも、どうしてネクロマンサーが潜んでいるなんて話が出たんでしょう?」

 

 取りあえずといった感じで、アッシュはロイドに水を向けた。

 

 「うむ! そこから話す必要があるな!」

 

 鼻の穴を膨らませたロイドは、噂の内容をアッシュに教えてくれた。

 

 10日ほど前、キュアニス廃鉱に向かった冒険者パーティ2組が壊滅した。

 

 唯一生き残った冒険者の1人が「仲間が殺されてゾンビにされた!」と、ギルドに駆け込んで来たが始まりらしい。

 

 彼らは鉱洞を探索している最中に、髑髏の杖を持った男に襲われたのだという。

 

 思案顔になったレオンが頷く。

 

「魔王の墳墓なんかを攻めてる途中で死んだとかなら、まぁ話は分かる。死んだ冒険者をゾンビ兵にして、そのまま“墓守”に加えちまうような呪いは珍しくねぇ。だが、廃鉱山で即席のゾンビが出来上がるってのは妙だからな」

 

「冒険者の死体を操ることができる者など、自ずと限られてくる」

 

 ロイドが獣のような笑みを浮かべ、腕組みをしたまま「フン!」と鼻を鳴らした。

 

「冒険者を殺してゾンビにしたのが、ネクロマンサーである可能性は高い。髑髏の杖を持っていたのが本当ならば、まず間違いないだろう」

 

 ギラリと光るロイドの瞳の中には、なんとしても賞金首のネクロマンサーを仕留めてやろうという野望が揺れていた。

 

 一方、ニヒルな笑みを浮かべたレオンは、アッシュを横目に見下ろしてくる。

 

 「ギルドに駆け込んで来たヤツの仲間は結局、消息不明のままだ。……お前みたいな雑魚は、今のキュアニス廃鉱山には近づかない方がいい。殺されてゾンビ兵にされちまうぞ」

 

 言いながら、レオンはそこで肩を竦めた。

 

「まぁ、ソロ冒険者のお前にとっては、ネクロマンサーなんて大物よりも、“レイダー”共の方に気を付けるべきなんだろうけどな」

 

 レイダーとは、冒険者でありながら他の冒険者を標的として襲撃し、金目のものを略奪する者達のことだ。勿論これは重罪で、レイダーの身元が割れれば賞金首となり、その冒険者にはギルドからの追手がかかる。

 

 「えぇ。レイダーには、僕も気を付けているんです」

 

 レオンに頷いたアッシュは、不意に思い出すものがあった。

 

「……そういえば、そのネクロマンサーの名前は知っているかもしれません。確か……、ギギネリエスでしたか?」

 

 数日前のギルドの掲示板に、確かそんな名前で張り出されていた手配書があった気がする。

 

 「そうだ、ソイツだ!」

 

 即座にアッシュに答えて指を向けてきたのは、やはり鼻息を荒くしたロイドだった。

 

「情報屋から仕入れた話によれば、最近になって、アードベル付近で何度か目撃されているらしい」

 

「金で買った情報までベラベラ話すヤツがあるかよ……」と、レオンが呆れたような声でロイドにツッコんだ。だが、興奮気味のロイドは止まらない。

 

「奴を仕留めれば、たんまりと賞金が出る。冒険者としての貢献度もガツンと上がるし、有名にもなれる。うむ……。いいこと尽くしだな!」

 

 「功を急いては危険ですよ、ロイド」

 

 緩く息を吐いたオリビアが、心配そうな目つきでロイドを見ている。

 

「この件のネクロマンサーの情報は、極端に少ないのですから。とにかく不気味と言うか……。慎重な態度で探索に臨む方がいいでしょう」

 

 「つっても、ヤツの賞金額は魅力だ」

 

 オリビアに向けてレオンが指摘する。

 

「賞金首を狩るのは、早い者勝ちが基本だ。油断はしないにしても、多少は急いだ方がいい」

 

「この噂に信憑性が出て広まっちゃうと、賞金稼ぎ専門のクランも動くかもしれないもんね~」

 

 不敵な笑みを作ったリーナは、アッシュに向けて人差し指を立てた。

 

「だからその前に、ネクロマンサーを私達で仕留めちゃおうって話になったのよ。まだ噂が噂の段階で、動いてるパーティも少ないうちにね」

 

 その彼女の指には、魔法石が埋め込まれた指輪が嵌っている。冒険者の装備品や戦利品などが収められる、特殊な空間を作り出す魔導具。アイテムボックスだ。

 

 装備品をアイテムボックスに入れておけば、身に着けた状態で即座に取り出せるため、冒険者の間では非常に重宝されている。必須アイテムと言ってもいい。

 

 指輪の他にも、耳や首、腕飾り型のアイテムボックスがあり、アッシュも右手に指輪型のものを一つ装備している。

 

 ただ、アッシュが装備しているアイテムボックスの性能はそこまで高くないため、回復用の魔法薬や懐中灯などを収納するだけで一杯になってしまう。そのため、治癒魔法用の杖は手で持ち歩いている。

 

 一方のリーナ達は皆、それぞれの指に幾つものアイテムボックスを装備している。必要なものを全て収納できているからだろう。彼女達は軽装で、ほとんど手ぶらだ。そのこと自体が、彼女達の活躍の証でもある。

 

「キュアニス廃坑には野生の魔物も住み着いてるからね。そいつらを狩っておけば、噂が外れだとしても、とりあえずは骨折り損にはならないだろうって踏んでるんだよ」

 

 ソロで活動するアッシュに比べ、自分たちのパーティが充実した冒険を繰り広げていることをアピールするように、リーナは「ふふん」と機嫌良さそうに笑みを溢した。

 

 だがそこで、彼女は真面目な目つきになる。

 何かを決心するような一瞬の間があった。

 

「……ねぇ。雑魚アッシュ」

 

 リーナが少しだけ膝を折るように屈んで、アッシュの顔を覗き込んでくる。

 

 「アンタもさ、私達と一緒に来る?」

 

 「えっ」

 

 リーナからの突然の申し出に、アッシュは当惑した。

 

 目を丸くしたロイドとレオンも、アッシュとリーナを見比べながら「えっ」という声を揃えていた。オリビアも驚いた表情のまま、少し目を見開いている。

 

 「いや、まぁね、アッシュは雑魚だけど、治癒魔法の腕は確かなんでしょ? そうじゃなきゃソロなんて続けらんないだろうしさ」

 

 何処かぶっきらぼうな口調のリーナは表情を作らず、ロイドとレオン、それにオリビアを見回した。

 

「とりあえず雑魚アッシュが居れば、オリビアの負担も軽くなると思うんだけど……、どう?」

 

「おいリーナ、タチの悪い冗談はやめろよ」

 

 即座に反論したのは、眉間を絞ったレオンだった。

 

「駆け出しの頃ならともかく、これから俺達は賞金首を探しに行こうってんだぜ? 最低等級の治癒術士なんて、一緒に来られても邪魔でしょうがねぇよ」

 

 眉間に皺を寄せたレオンは舌打ちをしてからアッシュを一瞥し、「一応、訊いといてやるけどよ」と面倒そうに鼻を鳴らした。

 

「お前、治癒魔法以外に何か出来んのか? バフなりデバフなりの補助魔法とかよ」

 

「い、いえ、僕は、そういった魔法が苦手で……」

 

「頼りねぇな、オイ。なら攻撃魔法は?」

 

「え、えぇと、ほとんど使えません……」

 

「使えねぇなオイ」

 

 レオンは呆れたように溜息を漏らしながら頭を掻いて、「それじゃ、お前の武器は?」と質問を続けたが、明らかにアッシュには何も期待していない口振りだった。

 

「この杖だけ、……です」

 

 アッシュが手に持っている杖は、白と黒の金属棒を繋ぎあわせたような色合いで、冒険者が装備する杖――ワンドというには無機質だ。

 

 上等な魔杖なら、先端に水晶や魔法石などが嵌め込まれていたりするが、アッシュの持つ杖にはそんな装飾は施されていない。やや歪《いびつ》で無骨な金属棒といた風情である。

 

「……なんか安物っぽい杖だな。つーか、得物がそれだけって、マジで大丈夫かよ、お前」

 

 アッシュの杖を不味そうに眺めたレオンは、もはや呆れを通り越して心配そうな口調になった。

 

 レオンの持つ杖はアイテムボックスに収納されているのだろうが、『3等級・銅』の等級に相応しいだけの杖を手にしているのだろう。

 

「体術や剣術が優れている、というふうでもなさそうだしな」

 

 小柄なアッシュを見下ろしながら、ロイドも渋い声を出した。疲れたような顔になったレオンも、面倒そうに耳を掻く。

 

 「俺達のパーティにコイツを組み込んでも、お荷物になるのは目に見えてる。治癒魔法の腕が確かでも、前衛のリーナとロイドの負担が増えちまったら意味がねぇ」

 

 「レオンの言う通り、アッシュが足手纏いになっては本末転倒だ。神官であるオリビアの負担まで増えかねん。それは結果的に、俺達全員の危機に繋がる」

 

 腕を組んで頷くロイドの傍で、オリビアが何かを言いたげな表情で黙っている。2人に賛成するでもなくアッシュを庇うでもない彼女と、アッシュは一瞬だけ目が合った。

 

 すると、すぐにオリビアは申し訳なさそうに目を伏せてしまった。

 

 優しい彼女のことであるから、戦力的に足手纏いになるからというだけでなく、賞金首を探しに行くという冒険のなかでは、アッシュ自身にも危険が及ぶ可能性を考慮してくれているのだろう。

 

 とにかく、アッシュをパーティに加えるというリーナの提案に関しては、ロイドとレオンの2人は完全に反対の態度である。

 

 ただ、アッシュとしては少しホッとした。仮にパーティに加えてくれるという話になっても、断るつもりだったからだ。

 

 これで逆にアッシュを歓迎してくれる流れであったなら、その親切な気持ちを断るのも心苦しい。邪険に扱われる方が気分も楽だった。

 

 「皆さんの言う通りですよ。いきなりパーティに加えて頂いても、僕では上手く連携も取れないと思いますし」

 

 アッシュが言うと、リーナは一瞬だけ何か言いたげに唇を動かした。だが、すぐにそれを誤魔化すように、きゅっと下唇を噛んだあとで鼻を鳴らしてみせる。

 

 「……ちょっと言ってみただけだって。皆もそんな本気で反対しないでよ」

 

 つまらなさそうに肩を竦めたリーナは、「じゃあね。ザ~コ」と小馬鹿にするように言って、アッシュの額にデコピンを食らわせた。

 

 「いたっ」

 

 アッシュが額を手で抑えたときには、リーナは既に背を向けて歩き出していた。

 

 足早なリーナの背中は、どこか拗ねたような気配が漂っている。そんなリーナに続いて、ロイドとレオンがアッシュの脇を通り過ぎていく。

 

 すれ違いざま、レオンはアッシュを横目に見ながら、突き放すように言う。

 

 「悪いことは言わねぇよ。ビビりで雑魚の5等級は、薬草集めでも頑張っとけ」

 

 やはり見下すような口調でもあったが、薬草を集めておけというのは的確なアドバイスにも思えたし、彼なりの優しさなのかもしれなかった。

 

 「俺が賞金首を狩って有名になったら、サインぐらいはしてやるぞ!」

 

 意気揚々とした声で言うロイドは、アッシュの肩を強めに叩きながら「ムハハハハッ!」と豪快に笑っていた。その笑い声は力強く、早朝の街の空気を景気よく震わせるようだった。

 

「アッシュも、どうかお気をつけて」

 

 ロイドのあとにアッシュの隣を通り過ぎたオリビアは、穏やかな微笑みを浮かべて軽く会釈してくれた。

 

「えぇ。ありがとうございます。皆さんも、気を付けてください」

 

 アッシュもオリビアに頭を下げ、それから、リーナ達の後ろ姿に軽く頭を下げた。

 

 先に街道を歩いてきたはずなのに、アッシュは街道に置き去りにされる形になった。

 

 彼らの弾んだ話し声が、静かな街道によく響いている。

 

 「賞金首のウワサが外れだったら、今度はトロールダンプにでも潜る? ちょっと遠出して、地下都市イケブクロに挑戦したりとか?」

 

「だから、そういう冗談はやめろっつーんだよ。どっちも難関ダンジョンじぇねぇか」

 

「うむ。挑むとすれば、あと2人はメンバーが欲しいところだ」

 

「やってみないと分からないじゃん。何事もチャレンジだって」

 

「チャレンジとは言うが、入り口の“セーブエリア”からすぐ下の階層をうろつくだけでも、相当な覚悟と装備が必要になるぞ」

 

 遠慮なく言い合うリーナとロイド、レオン、そしてその3人を少し離れた位置から見守るオリビアが、早朝の街道を颯爽と歩いていく。

 

 アッシュは立ち止まったまま、冒険者として順調な成長を続ける彼女達のパーティを見送るように眺めた。

 

 ふと思い出すものがあり、アッシュはギルドの依頼用紙をローブから取り出した。その依頼の内容は魔物の討伐であり、その討伐対象が“上位トロール”だったのだ。

 

 つまり、上位トロールを討伐するために向かわねばならないダンジョンこそは、つい今しがたリーナが口にしていた“トロールダンプ”である。

 

 アッシュは依頼用紙をローブに仕舞ってから、リーナ達が進んだ街道から外れた。彼女達が使うであろう防壁の出口とは、また別の出口へと足を向ける。

 

 ソロであれば、どのダンジョンに潜るのも自由だ。リーナ達のように話し合いなど要らないし、誰かに必要とされなくてもいい。雑魚でも最低等級でもいい。

 

 ――自分は何者なのか。

 

 結局はその答えも、“冒険者”という役割の中に埋没してしまえば、意味も価値も無くなるのではないか。

 

 この諦念にも似た確信は、今まで何度となくアッシュに纏わりついてきたものだった。零れそうになった溜息を飲み込んで、アッシュは早朝の街道を独りで歩いていく。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。