「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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トラブルメーカー1<ローザ視点>

 

 

 負傷者した冒険者の治癒が終わったというアッシュの声を聞いて、ローザは油断しない程度に安堵した。

 

 肩越しに背後の状況を確認すると、最後まで残っていた負傷者たちが、隠しフロアの出口へと向かって逃げていく姿も確認できた。

 

 これで、この場に残っているのはローザ達だけだ。墓守とも戦いやすくなった。乱戦になることも無いし、魔導銃で他の冒険者を巻き込む心配も無くなったのだ。アッシュが負傷者たちの治療を終わらせてくれた御蔭でもある。

 

 まだ安心はできないが、間違いなく状況は持ち直した。魔導ショットガンを構えたままで薄く息を吐いて、ローザは前に視線を戻す。

 

「オラオラオラァ……!!」

 

 豪速で大戦斧を打ち込みまくるカルビが、ずんぐりとした墓守を防戦一方に追い込みつつある。

 

 ずんぐりとした墓守は手にした大棍棒で応戦しているが、反撃に移ろうとするタイミングを完全に読んでいるカルビは、その瞬間だけ攻撃の手を止めて、すっと下がる。

 

 「ズォーーッホッホッホッホォァァ!! 喰らいやがりあそばせェェ!!」

 

 そのカルビの代わりに、大盾をぶん回して前に出るのがエミリアだ。鎖付きの巨大鉄塊と化した大盾を振り抜き、ずんぐりとした墓守にぶち込んでいく。

 

 「淑女道奥義ッッ!! エェェキセントリックプロテイィィィィンンサンダァァーーーディィンジャラァァァスサンフラワァァーーーーキィィッスゥゥゥゥァァアアッッ!!」

 

 ローザは前から思っていたのだが、エミリア繰り出す技の名前は、基本的にその場のノリと勢いで叫んでいるだけではないのか。

 

 あんな暴力的で豪快無比な殴打攻撃の、一体どこらへんが“サンフラワー”で、どこらへんが“キッス”要素なのか。

 

 淑女道なるものを歩んでいないローザには皆目見当もつかないが、“デンジャラス”であることは間違いなかった。

 

 ローザの身体の芯を震わせるような、思わず腰が引けそうになる物凄い音がした。

 

 ずんぐりとした墓守は、エミリアの大盾を受け止めきれなかった。墓守は全身鎧を盛大に軋ませ、歪ませながら、身体を伸び上がらせて後ろに倒れて、尻餅をついていた。

 

 『Nuu、uuuuuuuuuu――……ッ!!』

 

 ずんぐりとした墓守は、すぐに手をついて立ち上がってみせる。

 

 だが、エミリアの一撃はやはり強烈だったようで、流石にダメージを受けているようだ。僅かに体がフラついている。まだ体勢を立て直しきれていない。

 

「とろくせぇんだよ! そろそろやっちまうぜ!」

 

 その隙を逃さず、大戦斧に炎を灯したカルビが攻め立てていく。だが、深追いしない。

 

「えぇ! 次の一撃でトドメですわ……!」

 

 カルビの少し後ろでは、大盾に繋がれた鎖を握り込み、ブオンブオン!! と回転させているエミリアが控えているからだ。無意味に魔力まで消費しているようで、エミリアが回転させている大盾からは、薔薇の花弁が盛大に振り撒かれている。

 

 カルビとネージュの連携、コンビネーションは強力だが、カルビとエミリアが組んだ時の爆発力と突破力も凄まじい。

 

 あの2人は、もう完全に勝ちムードだ

 だが、気を抜いてはならない。

 

 今のローザの役割は、遊撃を兼ねた後衛だ。

 周りをよく観察することが求められる。

 敵を。味方の動きを。状況を。

 

 ローザはもう一度、薄く息を吐く。

 

 状況が好転して楽観しても、緊張は維持しておく必要がある。

 落ち着けと自分に言い聞かせる。

 

 肩越しに後方を確認した。

 

 ひょろ長い墓守とネージュとの戦闘は続いていたが、そろそろ大詰めになりそうだった。そういう予感がした。理由はある。

 

 アッシュだ。

 

 杖を2本の短剣へと変えたアッシュが、墓守に迫ろうとしている。

 

 大槍を縦横無尽に振るっていたネージュの方は、ひょろ長い墓守の剣撃を捌きつつ少しだけ下がる。いや、ただ下がるだけなく、背後から加勢してくるアッシュに道を譲るようにして、僅かに通路の端に寄った。

 

 その一瞬だけ、ひょろ長い墓守とネージュとの、壮絶な打ち合いが止んだ。同時だった。下がったネージュと入れ替わって、風のようにアッシュが前に出る。

 

 ネージュは優れた戦士である。強いし、いつだって冷静だ。アッシュがどんな戦闘を得意とするのかも、ネージュは察していたはずだ。

 

 実際に、あの2人の連携は完璧だった。

 

 もしかしたらだが、数歩分下がったネージュを見たひょろ長い墓守は、それが勝機だと思ったのかもしれない。ヤツが両腕を大きく広げ、一気にネージュに攻め込もうとしていた。

 

 だが、出来なかった。姿勢を極端に低く落としたアッシュが、墓守のすぐ近くまで踏み込んでいたからだ。

 

『Na――……ッ!?』

 

 ひょろ長い墓守は、かろうじて反応した。

 迫ってきたアッシュから距離を取るべく、咄嗟に後ろに跳んだ。

 

『Ku、aaaa――……ッ!!』

 

 跳びながら、アッシュの接近を阻むようにして、両手に握った長刀をビュビュビュビュビュン!! と振るった。

 

 刃によって壁でも作るかのような、凄まじい密度の斬撃だった。

 

 だが、その斬撃の全てを一瞬で掻い潜ってしまったアッシュは、瞬く間に墓守との距離を詰めてしまった。

 

 あの体格差であれだけ近付かれてしまえば、もう長刀は振れない。抵抗は間に合わない。

 

 ひょろ長い墓守は、もはやアッシュの餌食でしかなかった。

 

 アッシュの身のこなし、それにスピードが尋常ではないことは知っているつもりだが、ローザは改めて唖然としてしまう。

 

 やはりローザでは、アッシュの動きを目で追えない。

 疾い。というか、マジで見えない。

 

 大槍を手にしたままで、ネージュだって目を瞠っている。

 

 完全な無表情のアッシュは、ひょろ長い墓守を軸にして、螺旋を描くようにヤツの長身を駆け上がった。もちろん、ただ駆け上がっただけではない。

 

 両手に握った白と黒の短剣を縦横無尽に閃かせて、ひょろ長い墓守が着込んだ鎧兜の隙間や関節部分を、正確無比に刺し貫き、抉って、引き剥がし、斬り裂いていた。

 

 トロールダンプのときも感じたが、あれは、やはり戦闘などではない。極限まで練り上げられた殺戮技術による、優雅かつ静謐な、解体作業の実行だった。

 

『O、o、oo――……』

 

 ひょろ長い墓守は、両腕と両脇腹、そして鎧の内部までを滅茶苦茶に損壊させられて、もう原型を留めていない。ボロ雑巾みたいになって、斜め後ろに倒れていく。

 

 だが、アッシュはまだ止まらない。

 

 ひょろ長い墓守の肩に着地しているアッシュは、すっと身を屈めてから短剣を振るった。

 

 倒れようとしている墓守の後頭部に白い短剣を突き込み、それを引き抜きざまに黒い短剣で首を刎ねた。

 

 斬り飛ばされた墓守の頭が通路を転がるのと、入念な破壊を終えたアッシュが膝を柔らかく曲げて、無音のままで通路に着地するのは、ほぼ同時だった。

 

 さっきまで回復役だったアッシュが戦闘に参加して――ローザがネージュ達を振り返ってから――ここまでが6秒半ぐらいでの出来事だ。

 

 相手に詰め寄った際のアッシュの強さは、やはり尋常では無い。あの無慈悲で無感動な戦いぶりを見ていると、背中に冷たいものが伝う。

 

 だが、アッシュの存在が心強く、頼りになるのは間違いない。同行依頼をしていてよかったと思ったときだった。

 

「オオォォラァアアアァァァ――ッ!!!」

 

 狂暴なカルビの咆哮と、重たい金属が拉げる音が響いた。

 

 アッシュがひょろ長い墓守を解体している間に、カルビの方も、ずんぐりとした墓守を叩き潰しに掛かっている。

 

 見れば、カルビの振り下ろした大戦斧が、ずんぐりとした墓守の鉄棍棒を割断して、そのままヤツの左上半身を破壊していた。

 

 カルビの打ち込みを受けきれなかったのだ。墓守の左肩と左胸、それに左腕が、着込んだ鎧ごと砕け散っている。

 

『Gu、ooooo――……ッッ!?』

 

 ずんぐりとした墓守は呻くような声を出しながら、よろよろと下がる。

 

 叩き割られた鉄棍棒を前に出し、無事な右の上半身で何とか防御姿勢を取ろうとしているが――。

 

「無駄ですわよぉぉぉォォォォッホッホッホ……!!!」

 

 突進の勢いで踏み込んだエミリアが、身体を一回転させながら大盾を振り抜く。ずんぐりとした墓守が突き出さそうとした鉄棍棒を、その両腕ごと殴り飛ばしたのだ。

 

 腕と武器を同時に失った墓守は、もう反撃も抵抗もできなかった。

 

「終わりだぜ!」

 

 美しくも獰猛な声でカルビが吼え、とんでもなく鋭い踏み込みを見せる。

 

 鋭いだけでなく、足元の地面が陥没するほどの力強さも備えていた。カルビの着込んでいる赤と黒のド派手な全身鎧が、瞬間的に炎の揺らぎを宿す。

 

「弾けろ……ッ!」

 

 カルビの本命の一撃は、大戦斧での打ち込みではなかった。身体をぶん回すように放たれた拳。炎の渦を纏った、力任せのパンチだった。

 

 ずんぐりした墓守に比べて、カルビの方が身長は低い。だから、斜めに突き上げるような格好で、ずんぐりとした墓守の腹部に拳を叩き込んだ。

 

 カルビの拳からは濁った炎の渦が吹き上がり、ずんぐりとした墓守を飲み込んで、爆ぜる。広い地下通路が、パッと明るくなった。

 

 大きな爆発では無かったところを見るに、地下ダンジョン内ということで、カルビも火力を抑えたのだ。

 

 だが、破壊力は十分だった。

 

 ずんぐりとした墓守の巨大な上半身が、炎の渦に食い荒らされた。重厚な鎧が粉々になって、得体の知れない墓守の中身も燃えカスになって爆散する。

 

 あとに残った墓守の下半身は吹っ飛んで、石床の上をワンバウンドして滑っていった。ギャリギャリギャリ……ッ!! っと、重さのある金属と石が擦れあう音が激しく鳴り響く。

 

「よぉーっし!! これで1000万だ!!」

 

 勝ち誇るように言うカルビが、突き出していた拳でガッツポーズをとった。ついでに大戦斧を肩に担いで、ガハハハァ……ッ!!と豪快に笑ってみせる。

 

「やはり、この私が戦闘に参加すれば、どんな相手であろうと敵ではありませんわ! この勝利も、まさにパァァアアフェクト! かァァつ!! マァァーーーベラァァス! 報酬も総取りで、もう言うこと無しではありませんのォォ!」

 

 胸を反らすエミリアも、左手で大盾を背負うように持ち、右手の甲を顎の下に持って行った。

 

「ニュォォッホッホッホッホッホッ!! ヌォォォッホッホッホゲハッ!? ゲッホゴヘホッ……! ォエ゛ッ!!」

 

 フルスィングの『御嬢様笑い』をやって咳き込み、噎せかえり、えづいているエミリアを尻目に、遊撃兼後衛のローザは集中を切らさない。

 

 周囲の気配を探り、ずんぐりとした墓守の破片にも視線を配る。アンデッド系の魔物は、最後の最後まで何をしてくるかわからないからだ。

 

「カルビもエミリアも、二人ともお疲れ様。でも、勝ち誇るのは帰ってからにしよう。まだ隠しエリアの中なんだ、し……」

 

 気を抜くのは全てが終わってから。そう自分に言い聞かせておいて本当に良かった。もしも緊張の糸を緩めていたら、腰を抜かしていたかもしれない。

 

 いつの間に。そう本気で思った。

 

 同時に、自分達がトラブルメーカーなどと呼ばれていることが頭を過る。

 

 まぁ確かに、冒険に不測の事態は付きものだ。

 だが、それを仕方ないと笑えるほど、ローザは楽観的でもタフじゃない。

 

 ソイツの存在にローザが気付いたのは、アッシュ達の方をもう1度振り返ってからだ。ほとんど無意識のうちに、ひゅるるっ、と変な息が喉から漏れてしまったかもしれない。

 

 このだだっ広い通路の、天井付近。

 

 ガリクスたちが設置してくれた魔法灯の明かりの御蔭で、ぼんやりと見える高さの場所だ。

 

 そこに、ソイツは姿を現していた。

 さっきまでは絶対にいなかった。

 

 ソイツはローザ達の戦闘の音を聞きつけて、密かに接近してきていたのか。ひょろ長い墓守といい、気配を消して動くのは勘弁して欲しい。

 

 だってさぁ。心臓に悪いんだもん……。

 

 ローザに少し遅れてソイツに気付いたカルビが、顔を引き攣らせて「ぅげっ!?」と明らかに怯んだ声を出していた。

 

「ぶぉ……っ!?」エミリアも面白い顔になって目を剝き、盛大に吹き出している。

 

 そりゃそうだろうと思う。

 

 いきなりあんなものを直視したら、誰だって似たような反応になる。

 

 だが、アッシュやネージュは、まだ気付いていない。というか、アレが姿を現したのは、ちょうど2人の真上あたりだ。

 

 物理的な死角でもあるし、タイミング的にも、ひょろ長い墓守を倒したあとの心理的な死角でもある。

 

 蜘蛛だ。

 ただ、デカい。余りにもデカ過ぎる。

 

 通路の幅から見ても、横に10メートル近くある。高さはどれくだろう。4メートルくらい?

 

 蜘蛛の頭の後ろあたりには、人間の上半身らしきものが生えている。格式の高そうなローブを目深く被っていて、顔は見えない。白骨化が進んだ手が杖を握っている。

 

 明らかに普通の魔物じゃない。ガリクス達が確認できなかった、3体目の墓守なのだ。

 

 この隠しフロアの通路がやたら広くて天井まで高いのも、あの蜘蛛が配置されていたからに違いない。

 

 あんなデカい蜘蛛が、ひとひとひとひとひと……、と動いている光景は悪夢でしかない。デカいしキモイし、めっちゃ怖い。もう泣いちゃいそう。

 

 だが、泣いている場合じゃない。

 先手だ。先手を打つ。

 

「アッシュ君! ネージュ! 伏せて!!」

 

 ローザは叫びながら、手にしていた魔導ショットガンをアイテムボックスに仕舞う。同時に、腰のホルスターから大型魔導拳銃を取り出して、大蜘蛛に向けて撃つ。

 

 拳銃はリボルバー式で装弾数は4発と少ないが、かなり大型の魔法弾を使用できる。

 

 大蜘蛛に向けてローザが撃ち出したのは、水属性の魔法弾『アクア・ウォール』だ。

 

 魔力の通った巨大な水球を発生させて、その中に魔物を閉じ込めて窒息させたり、足止めしたりするのが目的の魔法弾である。

 

 炎熱や爆発系などといった、破壊を撒き散らすタイプの魔法弾ではないため、ダンジョン内でも気兼ねなく使用できるのが利点だ。

 

 それに、発生する水の防壁自体の殺傷力は低く、魔物の近くに他の冒険者がいても、巻き込んで負傷させてしまう可能性も低い。

 

 ローザが撃ち出した『アクア・ウォール』の魔法弾は、どたぷーーーーーん!!っといった感じで、中空に水球が発生させる。

 

 薄い紫色の微光を纏った、巨大な水の塊だ。

 

 アッシュとネージュの2人を、頭上から強襲しようとしていた大蜘蛛は、突如として発生した水球に顔を突っ込む形になる。

 

『Giiiiiiiii――……!?』

 

 流石に驚いた様子の蜘蛛野郎は慌てて壁面を這い、後退して、その水の球から這い出た。

 

 大蜘蛛にダメージは与えられていないが、ローザの魔力を帯びた水球は空中に留まり、分厚い防壁として機能していた。

 

 ローザの「伏せて!」という指示に即座に反応していたアッシュとネージュは、身を屈めて素早く跳び下がりつつ顔を上げて、大蜘蛛の存在に気付いた。

 

「ひぅ……っ!?」

 

 顔を強張らせたネージュが、悲鳴らしきものを飲み込むのが聞こえてくる。

 

 ローザもカルビも、それにエミリアも虫は好きではないが、ネージュは特に駄目なのだ。

 

 あのサイズ、というか、あんな巨大な蜘蛛が迫って来ていたことを知った彼女が、ちょっと半泣き気味の表情になるのも仕方がない。

 

 ただ、流石はネージュと言ったところで、唐突に現れた大蜘蛛に驚くというか、若干のビビりを見せて動揺してはいるが、戦闘態勢は解いていない。

 

 一方でアッシュの方は、大蜘蛛を目の当たりにしても無表情で、重心を落として静かな眼差しを向け続けている。

 

 取り敢えずではあるが、アッシュとネージュの2人が、頭上から迫ってくる大蜘蛛から距離は取れた。これで急襲されずに済んだが、結果的にローザ達との距離も離れてしまう。

 

『Sisisisisisisi――……!』

 

 大蜘蛛は、『アクア・ウォール』によって発生した巨大な水球に最初は驚いたものの、その水球に殺傷能力がないことを理解したようだ。

 

 ヤツは水球を避けたり、潜って抜けてくるようなことはしなかった。あの巨体の力に任せて、分厚い水の壁を突き破りながら落下してくる。

 

『Kisisisisisisiiiiiiiiiiii――……!』

 

 大蜘蛛は不気味な声を立てて、口許の牙をガチガチと鳴らしてみせた。墳墓への侵入者であるローザ達に向けられた、剥き出しの敵意が窺える仕種だ。

 

「クソ面倒なことになったぜ……」

 

 うざったそうに溢したカルビが、大戦斧を肩に担いで舌打ちする。

 

「このフロアにあんなモンが居るなんて聞いてねぇぞ。墓守は2体だけじゃねぇのかよ」

 

「えぇ。この件に関しては、依頼主のガリクスさんにもお話をしておかないといけませんわね」

 

 やや緊張した面持ちになったエミリアも、大盾を背負い直すようにして姿勢を落とした。

 

「……ネージュ、そっちは無事?」

 

 魔導拳銃を左手で構えつつ、ローザは右手の通信用魔導具で声を送る。

 

『怖くて泣きそう』

 

 ネージュの半泣き声が返ってきて安心した。この調子ならアッシュも無事に違いない。

 

 だが問題なのは、パーティを分断されている今の状況だ。

 

 ローザとカルビ、エミリアの3人と、アッシュとネージュの2人で、蜘蛛野郎を挟み込んでいる状況ではあるが、ローザ達が有利とは思えない。

 

 蜘蛛野郎は通路の壁面や天井を自由に移動できるのだから、むしろ、ヤツの巨体でパーティを分断されていると思った方がいい。

 

『Shiiiiiiii――……!!』

 

 怖気の走るようなシューシュー声を立てた大蜘蛛も、ローザ達の分断を決定的なものにしようとしたに違いない。

 

「っ……」

 

「きゃああああああぁぁぁぁあーーーッ!?」

 

 大蜘蛛がアッシュ達に尻を向けて、その先から大量の糸をブシャアアアア!!っと吐き出してみせたのだ。

 

 アッシュは微かに眉を動かしただけだったが、ネージュの方は素の悲鳴を上げていた。

 

 ……ネージュの悲鳴なんて、初めて聞いたかも……。なんて暢気なことを思っている場合ではない。

 

 大蜘蛛が吐き出した、あの白濁した糸は厄介だ。

 

 いや、あの太さと量だと、糸というよりもぶっとい綱の束といったほうが正しいかもしれないが、呼び方なんてこの際はどうでもいい。

 

 「うぇ……」

 ローザは鼻を摘まむ。

 

 「くっせぇ……」

 カルビが舌打ちをする。

 

 「うぉ臭ッッッ……!!!」

 エミリアが顔を歪めて叫ぶ。

 

 もの凄い異臭だ。湯気まで出ていて、滅茶苦茶くさい。あんなものを浴びせられては堪らないし、避けるためには、アッシュとネージュは下がるしかない。

 

 大蜘蛛が吐き出した糸が壁面や地面の彼方此方にへばりついて蓄積し、見る見るうちに通路を塞いでいく。馬鹿みたいに広かった筈の通路が、あっという間に遮断されてしまった。

 

 そんな様子を、ローザ達も黙って見ていたわけではない。これ以上に状況が悪化しないよう、大蜘蛛を攻撃しようとした。だが、先手を取られた。

 

 大蜘蛛の頭の後ろあたりから生えている、あのローブの墓守だ。

 

 やはり魔術士なのだろう。大蜘蛛が糸を吐き出している間に、ヤツは手にした杖をローザ達に突き付けるように構えていて、何かを素早く唱えていた。詠唱だ。

 

 魔術。攻撃魔法。

 

 ローザがそう思った次の瞬間、薄暗い通路が真っ赤に染まった。

 

 ローブの墓守が、魔法円を展開した。

 それも複数。しかも、一つ一つの魔法円が大きい。

 魔法円の群れで、大蜘蛛の姿が隠れるくらいだ。

 

 熱い。熱波を感じた。

 火の玉。ファイアボール。

 いや、その上位魔法か。とにかく大きい。

 ゴォォォォ!! と燃え盛る、馬鹿でかい炎の塊。

 直径で2メートルぐらい。それが全部で7発。

 視界を埋め尽くすように飛んでくる。

 

 こっちを目掛けて……!

 

「ちょ……ッ!?」

 

「クソうぜぇ!!」

 

「魔法まで使うのは反則でしてよォォ!!?」

 

 ローザとカルビ、エミリアは同時に動いた。

 

 ローザは『アクア・ウォール』の魔法弾を2連射して、通路を塞ぐように水球を発生させた。これで3発の火球を中空で打ち消す。

 

 魔力を帯びた炎と水がぶつかりあって、バシュウウウーーーッッ!! っと凄い音がした。水が蒸発する音だ。

 

 通路には濛々と水蒸気が立ち込めたが、その分厚い白い靄を突き破って、残った4発の火球が飛んでくる。

 

 これは、カルビとエミリアが前に出て、全ての火球を弾き、叩き落とし、ぶった切って、掻き消してくれた。

 

 だが、それでも熱い。ローザは顔を腕で庇いながら、気が滅入った。

 

 あの大蜘蛛は、思ったよりもずっと手強い。エミリアが言う通り、反則だ。あの巨体だけでも脅威なのに、これだけ強力な魔法まで使ってくるなんて。

 

「やってられねぇな……!」

 

 低い声でカルビがぼやいた。全く同感だった。それに、やってられないと思う理由は、ローザにはもう1つあった。

 

「ほんとだよ、ゲッホ……ッ!」

 

 ローザは自分の心臓が変なリズムで脈を打っているのが分かる。汗も凄い。内臓が浮いてくるような気持ち悪さ。息が弾みまくっている。

 

 魔導銃を撃ち出すことによって、大量に魔力を吸われたからだ。やはり高位魔法弾の連射は堪える。

 

 だが、弱音を言っている場合ではない。

 

 ローザは魔導銃を構えて、発砲しようとしたが、それを「おい、待てローザ」と、カルビに止められた。

 

 いや、止められただけではなく、荷物みたいにひょいと肩に担がれた。

 

「ひゃあ……!?」

 

「退くぞ!」

 

 いきなりのことに声を裏返してしまったときには、すでにカルビは走り出していた。

 

 全身鎧を着込み、ローザを担いでいるのとは反対の手で大戦斧を握っているカルビだが、駆ける早さはかなりのものだ。彼女の持つ、桁違いの体力と怪力が為せるワザだろう。

 

「このフロアには隠れる場所も無さそうだからな。回復薬を使うタイミングも作りにくい。お前は魔力を温存しとけ。死んじまうぞ」

 

 ローザを担いで駆けるカルビは、有無を言わさぬ口調だった。

 

「あ、あの……ッ! ちょっとカルビさんッ! もうちょっとスピードを落としてくれませんッ!? は、速いんですけどッ……!!」

 

 カルビの後ろに続いてきたエミリアは、既に息が切れかけている。必死の形相だ。

 

 単純なパワーに関してはエミリア方が上だが、足の速さや総合的な体力においては実はカルビの方が上なのだ。

 

「というかコレ、何処へ向かうんですの……ッ!?」

 

「このフロアの構造は単純だ。このまま、ぐるっと通路を回り込もうぜ」

 

 確かに、このフロアは『ロ』の形をしている。ローザ達が居る通路を回って行けば、ネージュやアッシュ達との合流は可能だろう。

 

「だが、見ての通りだ。アタシは両手が塞がってるし、エミリアも息が上がって、まとも喋れる状態じゃねぇ。ローザ。お前がアイツらに連絡を取ってくれ。つーか……」

 

 ぐんぐんと走る速度を上げるカルビは、息一つ切らさずに、チラッと後ろを振り返る気配があった。

 

「あの大蜘蛛の狙いは、多分お前だぜ」

 

 カルビに担がれているローザは、お尻を前に、頭を後ろにする恰好なので、ちょうどローザはカルビの後ろに顔を向けている。

 

 だから、カルビの言っていることの意味がよく分かった。

 

 こっちに向かってゆっくりと動き出している大蜘蛛の、その8つの赤い目が、明らかにローザを捉えているのだ。

 

 ローザは今、大蜘蛛と目が合っている。

 目と目がバッチリと合って、見つめ合っている。

 勿論、その熱い眼差しで恋が始めるとか、そんなことは断じてない。

 

 さらに言えば、魔術士の墓守もだ。

 

 ヤツは目深に被ったローブを翻しながら、手にした杖を明確にローザに向けてきている。

 

 勘弁してよ……。

 

 担がれているローザは、思わず呻きそうになった。

 

 恐らくだが蜘蛛の墓守は、初手で『アクア・ウォール』を撃ち出したローザのことを、強力な魔法を使用してくる魔術師として認識しているようだ。

 

“まずは敵の魔術師から仕留める”というのは、勇者革命時代においては戦闘のセオリーだったと聞く。

 

 だが、あんなクソデカくて気持ちの悪い大蜘蛛に目を付けられるなんて、冗談じゃない。もう勇者革命戦争は終わっているし、そもそもローザは魔術士などではない。

 

 魔導銃を使っているだけで、魔法なんて使えない。その魔導銃だって、魔力をめちゃくちゃに食う。下手をしたら死ぬ。使用する魔法弾だって馬鹿みたいに費用が嵩むのだ。

 

 その御蔭で、どんなに稼ぎのイイ仕事を終えても、収支を見れば貯金できるギリギリの額しか残らないことだって多々ある。

 

 自身の戦闘力だってそんなに高くないローザは、その分だけ、冒険の為の装備品、消耗品に金を掛けているのだ。

 

 等級で言えばローザは上級冒険者だが、大儲けしているかと言えば、そんなことはない。全然ない。カツカツである。

 

 ローザだって、一応だが守りたいものがあって、その為に必死に生きているのだ。

 

 だから、もう許して欲しい。

 そう力説したい。全霊で訴えたい。

 でも、きっと無意味だ。

 

 だって大蜘蛛は、既にこっちに迫ってきているのだ。あの太くて長くて細い毛がびっしりと生えた足を、わしゃわしゃひたひたと動かして、こっちを追いかけて来る。

 

 カサカサガサガサっと迫ってくる姿なんて、もう夢に出そう……。

 

 だが、泣き言を漏らすのはあとだ。今はまず、このフロアをぐるっと回って、ネージュやアッシュ達と合流するのが先決だ。

 

 カルビに担がれたままのローザは、通信用魔導具である指輪に呼びかけた。

 

「ネージュ、聞こえる!?」

 

『えぇ。聞こえているわ』すぐにネージュの返事があった。『私達は通路を迂回して、そっちに向かっているところよ。もう直に2つ目の角を曲がるから』

 

 彼女の声音自体は落ち着ているが、切羽詰まっているような緊張がある。

 

「そりゃあ、話が早くて助かるよ。私達も退却中だからさ」ネージュ達も考えることは同じだったということだろう。「とにかく、合流しよう!」

 

 そうだ。態勢を整えて、あの大蜘蛛に反撃するのだ。ネージュと一緒にアッシュだって此方に向かってきてくれている。

 

 全員が揃えば、きっと勝てる。これは楽観じゃない。ほぼ確信だった。だが、そう簡単にはいかないかもしれない。

 

 大蜘蛛の頭に生えているローブの墓守が、また何かを唱えた。素早い詠唱だった。

 

『黒ki蟲乃群re夜ki多礼我乃敵wo喰i殺se……!』

 

 ローザ達を追ってきている大蜘蛛の頭の上で、何かが光った気がした。カルビに担がれていたローザは顔を上げて、そして見た。

 

「うそぉ……」

 

 思わず泣きそうな声が出た。これはもう仕方ない。悲鳴を我慢しただけでも褒めて欲しい。普通だったら絶叫している。

 

 しかも、さっきのような攻撃魔法じゃない。あれは、召喚系統の魔法だ。通路の空中に、無数の魔法円が浮かび上がっている。魔法円の色は、黒に近い褐色だった。

 

 その光の輪を通って、ズズズズズズズ……っと這い出てきたのは、無数の蟲だった。

 

 蠅と蜘蛛を合体させたような、翅のある蟲だ。かなりキモい見た目だが、もっと最悪なのは、この蟲もデカいことだ。

 

 人間の大人ぐらいの大きさだし、数も多い。パッと見ただけでは数えられない。めちゃくちゃ多い。10匹とか20匹とか、そんなレベルじゃない。

 

 通路の床やら壁面やらを埋め尽くすような密度だ。

 

 ブブブブブブブブ!! なんて盛大な羽音を鳴らしまくり、或いは、ガサガサガサガサガサ!! と硬いものが激しく擦れ合うような音を立てながら、もの凄い勢いで迫ってくる。

 

 キモ過ぎる。相当ヤバい。っていうか、怖い。怖い怖い怖い……!!

 

 喉から飛び出して来そうになる悲鳴を、ローザは必死に飲み込む。

 

 もうやだぁ……!

 

 心の中だけで泣き言を溢して洟を啜ったローザは、何とか泣くのを堪えて、声にだけは気合を入れ直した。

 

「かっ、か、カルビ……!! 後ろを振り向かないで! エミリアも! 前だけ見てて! いい!? っていうか、お願いだから絶対に転ばないで!!」

 

 カルビに担がれているローザは必死に言いながら、手にした魔導ショットガンを蟲の群れ目掛けてぶっ放す。

 

 魔力を温存しろとは言われたが、蟲の群れを足止めするためには仕方がない。

 

 凍結魔法弾が炸裂して、群れの先頭の10数匹を凍りつかせた。だが、霜に塗れて動きを止めた蟲たちの後から、別の蟲達が次々とギチギチガチャガチャと激しくぶつかり合い、押し退けて踏み越え、ローザ達をブワァアアアアアアアと追ってくる。

 

「あぁ? 後ろがどうしたってんだよ!? あと何の音だよコレうっせぇな!」

 

 ローザの必死さが、逆にカルビの興味というか好奇心というか、怖いもの見たさのような精神作用を齎してしまったのかもしれない。まるで当然のように、カルビは肩越しに背後を振り返った。

 

「ぜぇ、ぜぇ……! 物凄く不快な音ですけどッ……! 何が起きてるんですの……!?」

 

 息を切らしながらも、鬱陶しそうに言ったエミリアもだ。

 

 そして2人は、仲良く絶叫した。

 

「だぁぁぁああああああああっ!?!?」

 

「びゃあああああああああああ!?!?」

 

 黒い蟲の群れが通路を埋めつくす光景には、流石のカルビも動揺したのか。ローザを抱えたままでよろけて、転びそうになった。

 

「ちゃああああああああああああっ!?!?」

 

 思わずローザも悲鳴を上げてしまう。このままカルビが転んで、一緒にあの蟲の群れに飲み込まれたらどうなるのか。想像だってしたくない。絶対に嫌だ。

 

「おいおいおいおい洒落になってねぇぞマジで!!」

 

 カルビの苛立ったような焦り声も、背後から迫ってくる蟲の群れに半ば掻き消されていく。

 

「もう嫌ですわもう嫌ですわもう嫌ですわ……ッ!!」

 

 懸命に走っているエミリアが、あまりにも心の籠った泣き言を叫ぶ。

 

「も、もうッ! もう2度と墳墓ダンジョンなんかには挑みませんわ……ッ!! こっ、こんな目に合うなんてェ……聞いてませんわよォ……ッ!」

 

 紅の縦ロール髪を振り乱したエミリアは、半泣きで懸命に走っている。そうだ。今はもう、走るしかない。

 

 あの蜘蛛の墓守が、ローザ達を物量で圧し潰す気なのは間違いないのだ。

 

 なら、ローザ達が打てる手は何だ……?

 

 あれだけの蟲の群れを、一気に仕留めるか、勢いを止めてしまうかする必要がある。

 

 そうでなければ、ネージュやアッシュと合流したところで、あの蟲の濁流を押し返すことは無理だろう。全員が飲み込まれてしまう。

 

 何か。何か打開策を練らねば。見れば、もうすぐ通路の曲がり角だ。ネージュやアッシュ達も此方に向かって来ていることを考えれば、もう時間が無い。

 

 ローザが、もっと大火力の魔法弾を使うことが出来たならば、或いは、カルビが遠慮せずに、爆発系統の魔法を使えたならば、あの蟲の群れを押し返すことは可能だ。

 

 だが、ここは地下ダンジョン内である。

 そんな高威力の魔法弾や魔法は使えない。

 

 破壊力の高い魔法、特に爆発系統の魔法は、ダンジョン自体にもダメージを与える。

 

 それによってダンジョンが崩落なんてことになれば、ローザ達だけでなく、ガリクス達のクランや他の冒険者まで生き埋めになってしまう。

 

 炎熱系統の魔法も使用は可能だが、ここが地下である以上、加減を間違えばローザ達も蒸し焼きになりかねない。

 

 一応、人数分の酸素マスクはアイテムボックス内に用意してあるが、ローザ達が相手をしなければならない敵は、蟲の群れだけではない。

 

 あの巨大過ぎる蜘蛛野郎だって健在なのだ。

 今のローザ達は、かなり追い詰められている。

 

「まだ、私達に打てる手はあるはず……」

 

 小声で呟き、ローザはきつく目を閉じる。カルビの肩の上で揺らされながら、その瞼の裏の暗がりに飛び込み、自分を落ち着かせる。

 

 私は戦闘力が低い。そのことは理解している。

 だから、せめて冷静にならないといけない。

 誰よりも周りを観察して、突破口を考えるのだ。

 

 カルビに担がれたままで、ローザは腰の後ろのホルスターにある、魔導拳銃に手を触れる。4発分の『アクア・ウォール』を装填してあったが、そのうち3発は使った。

 

 あと1発。魔導ショットガンの方も弾数は少ないが、凍結魔法弾は残っている。

 

 ローザの命を削ることになるが、この魔法弾を一気に撃ち尽くす。

 そこにネージュの魔法が加われば――。

 

 












 今回も最後までお付き合い下さり、ありがとうございました!
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