「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
「えぇ、そうなんです」
頷いたアッシュの声音は、リーナの困惑を解すように穏やかだった。
「ネージュさん達のパーティから同行依頼の話をいただいて、前に御一緒させて貰ったんです。それで色々とあって……。今日も、このギルドで待ち合わせていたんですよ」
“色々”という部分で詳しい説明を省いたアッシュは、苦笑を深めていた。
だが、その口振りには一切の棘が無く、リーナの頭のなかにスッと入って来た。だから、リーナは余計に混乱した。
えっ……。
えっ? えっ?
んんんんんんんんん?
ちょっと待って?
どういうこと?
雑魚アッシュが?
ネージュさんのパーティの?
同行依頼を? 受けた?
つまり……。
同行依頼を出したのは、えぇと……。
ネージュさん達の方から?
「そっ、そうだったんだ……」
目線が泳ぎそうになるのを堪えながら、リーナは何とか落ち着きを取り戻そうと努める。とりあえずといった感じで、状況を理解したふうを装うために何度か頷いた。
その間にも、ネージュに訊きたいことの数々が頭の中を巡る。
コイツって、ネージュさん達のパーティでどんな役割なんですか?
治癒術士ですか? いやでも、カルビさんも治癒魔法を使えるって聞くし……。
もしかして、前衛ですか?
いやいや、そんなワケ無いですよね!
じゃあ、遊撃? でも、それにしたってローザさんが居るし……。
アレ……。じゃあ、コイツのポジションって、あの、どういう……。
リーナは思考をぐるぐると回しながら、何か言わなければと思う。だが、言葉が出てこない。
そうやって動揺していること自体に、リーナは何だか腹が立ってきた。
「ちょっと! 説明しなさいよ!」とアッシュに声を掛けようとしたところで、ネージュが冷えた声で言う。
「まぁ、今日のところは、アッシュ君に同行依頼をするよりも先に、色々と確かめないといけないこともあるのだけれど……」
若干の緊張と憂鬱さのようなものを見せるネージュに、「えぇ。そうですね」と眉を下げたアッシュは、優しげな微苦笑で付き合った。
ネージュ達のパーティは、依頼を受けた先やダンジョン内でトラブルを呼んでいることで有名ではある。それはリーナだって知っている。
先程もアッシュが「色々あった」と言っていたし、ネージュ達に同行した冒険で何かあったのだろうか……?
アードベルに帰って来たばかりのリーナは、つい最近で話題になった噂については、ローザ達に纏わるものを含めてまだ耳にしていない。
だが確実なことは、アッシュはこうしてネージュに気に入られて、待ち合わせまでするほどの関係になっているということだ。
ふぅ~~ん?
ふ、ふぅ~~~ん?
ま、まぁ、別に?
アッシュが誰と仲良くなろうが関係ないし?
アッシュが誰の同行依頼を受けてても?
それがどうしたの、って感じだし?
うん。もうホント、全然気にしないけど?
うん。でも、まぁね? ほら?
一応はね? 幼馴染だし?
同じ養護院を出た誼というか?
まぁ事情はね?
とりあえず訊いといてやろうかなって感じ?
改めてリーナは、「ちょっと! 説明しなさいよ!」とアッシュに詰め寄ろうとした。
だがそれよりも先に、宝石のようなネージュと目が合ってしまう。
「貴女がアッシュ君に依頼を出すつもりなら、……今日のところは、私達も少し遠慮した方がいいわね」
ネージュの声音に宿る冷たさには、リーナを威圧し、萎縮させようとするような意思は伺えなかった。飾り気も無い。ただ、研ぎ澄まされている。
この冷然と澄んだ美しい声音は、彼女本来のものなのだろう。数々の噂や伝説を持つ彼女だが、別に悪い人ではないんだと、リーナは単純に思った。
「あ、いえ、今すぐコイツに同行を依頼しようとか、そういうことではないんです。今日はその、“私達に同行しないか?”っていう話をしていただけなので……」
リーナは両手を振って、急ぎの依頼をアッシュにしにきたわけではないことを伝えて、軽く頭を下げる。
「お気遣い頂いて、ありがとうございます」
「あぁ、そうだったのね」ネージュが少しホッとしたように言ってから「……そう言えば」と何かを思い返す顔になる。
「アッシュ君は今までに1度だけ、他のパーティから誘いを受けたことがあると言っていたけれど、もしかして」
「えぇ。そうです。パーティへの勧誘と言うか、一緒に来るかどうかを僕に尋ねてくれたのが、彼女なんです」
ゆっくりと頷いたアッシュが、リーナの方を見た。ネージュもだ。2人の視線を受け止めるリーナは、自分の顔が再び引き攣ってくるのを感じていた。
「えぇ。その、ちょっと前のことですけど」
ぎこちなく笑みを浮かべたリーナの脳裏を、やけに鮮明に過っていく光景があった。それはやはり、いつかの早朝のことだったからだ。
あの日のレオンやロイドは、アッシュのことを足手纏いだの何だのと、好き放題に言い放っていた。リーナだって、アッシュのことを――今日もだが、“雑魚アッシュ”などと呼んでいたのだ。
そのことをネージュの前で、「僕は彼女達に、雑魚だ何だとひどいことを言われたんですよ」と、まるで責めるかのように言われるかもしれない。
今さらになってリーナは内心で身構えてしまう。
だが、あの早朝のことを思い出しているのだろうアッシュは、落ち着きのある微苦笑を浮かべて、緩く首を振ってみせた。
「ただ彼女達のパーティには、既に優秀な神官が同行されていましたから。治癒術士としての僕のポジションでは、パーティ内での連携が上手く取れないだろうという結論になったんです。それで、彼女達と一緒に冒険を共にすることはありませんでした」
アッシュはやはり、ネージュの前でリーナ達のことを一切悪く言おうとしない。
それはリーナ達への気遣いというよりは、アッシュ自身の卑屈さが理由であるいようにリーナは思えた。
「ふぅん……。能力の高い神官が同行している状態で、尚且つ、飽くまで後方支援を専門としてアッシュ君に任せようとするなら……。確かに、連携は取り難いかもしれないわね」
オリビアもそうだが、修行の一環として冒険者に同行する神官たちの中には、治癒魔法だけでなく、強力な結界魔法などを扱える者も多い。そのことはネージュだって知っているからだろう。形の良い指で顎に触れたネージュは、納得したふうに小さく頷いた。
「パーティ内の前衛後衛がバランスよく出来上がっているのなら、単純にアッシュ君を前衛にすればいいというものでないでしょうし……。そのあたりの調整は難しい問題よね。メンバー同士の結束が強いパーティなら、猶更」
そう言ってリーナを見遣ったネージュの目には、パーティを纏めることに苦労してきたリーナを敬い、労うような穏やかさがあった。
だが、リーナは彼女の言葉に引っかかるものを覚える。
アッシュが前衛、という部分だ。気持ちとしては、「え……? アッシュが前衛……?」といった感じだ。
アッシュが持っている、あのちょっと変わった形の杖が、実は近接戦闘で役に立ったりするのだろうか……?
「その点、私達のパーティはバランスが悪くて無茶苦茶だから、アッシュ君が居てくれると凄く助かるわ」
本当に微かな、儚い笑みらしきものを浮かべたネージュが、アッシュに視線を移した。
その眼差しには信頼と、微かな好意らしき何かが添えられたものだった。凍てついた宝石のような彼女の瞳に、仄かな熱が宿っているように感じられる。
こんなに綺麗な人から、あんな微笑を向けられれば、男なら誰でもデレデレとしてしまうのではないか。多分というか、ほぼ間違いなく、同性のリーナだってドキッとしてしまうだろう。
実際にリーナは、ネージュの横顔に見惚れてしまった。
だがアッシュはと言えば、何だか申し訳なさそうに眉を下げて、困ったような微苦笑を維持している。
何その反応、と思わないでない。
やけに自然体なアッシュと、そんなアッシュに優しい眼差しを向けるネージュを再び見比べたリーナは、この2人の関係が妙に気になってしまった。
だって、その、なんて言うか……、2人共、仲も良さそうだし……。
いや、仲が良いというか、アッシュに向けられるネージュさん眼差しが、妙に熱っぽいような……。
それに、「アッシュ君」と呼ぶネージュさんの声音も、やけに艶っぽく聞こえるし……。
急にモヤモヤとした気持ちが胸の中に立ち込めてきたときに、またアッシュと目が合った。
「リーナさんが僕に同行依頼をしてくれるなら、その依頼も大切に受けさせて貰うつもりです。……でも、その僕の意志よりも重要なのは、僕がリーナさんのパーティに受け容れて貰えるかどうかですが」
詫びるような表情になって眉を下げるアッシュの表情に、リーナは咄嗟に唇を尖らせて鼻を鳴らした。
「そ、そこは私が説得するわよ。説得できたら、またアンタに声をかけるつもり」
レオンやロイドは、アッシュのような5等級の治癒術士では、一緒に来られても足手纏いになると言っていた。
だが、その最低等級のアッシュが、ネージュ達から同行依頼を受けるほどに認められるには、相応の経緯がある筈だった。
その当たり前の事実が、何故だかリーナには堪えた。
アッシュとネージュは、何処で、どういうふうに知り合ったのか。
その経緯を訊いてみたいという気持ちは、無視できない大きさまで膨らんでくる。だが、待ち合わせをしていたという2人の時間に、これ以上入り込んでいくのも躊躇われた。
「……それじゃ。また今度ね」
リーナは何となくアッシュの方を見れないままそう言ってから、「時間を取ってしまって、失礼しました」とネージュに頭を下げてから踵を返そうとした。
「あぁ。待って」
だが、ネージュの低い声に引き止められる。彼女に悪意が無いと分かっていても、その声音にはかなり迫力があった。何を言われるのだろうか。
「えぇと、は、はい……」
おっかなびっくりと、リーナは必死に笑顔をつくって振り返った。アッシュの傍に立つネージュが、こちらを見据えていた。
「私のことは、貴女も知っているかもしれないけれど……」
冗談とも自虐とも言えない前置きをしてから、ネージュは微笑み、自己紹介をしてくれた。
その彼女の表情と声は、透き通った清水が凍結する寸前のように、冷え冷えと冴えわたっていた。ここがギルドであることも忘れ、リーナはドキッとするどころか、ネージュの微笑みに釘付けになってしまう。
やっぱりネージュさんって、物凄く奇麗なひとだなぁ……。
漏れそうになる溜息を飲み込んだリーナは、同時に、どうして自分が自己紹介をされているのかとオロオロとしそうになる。だが、理由はすぐに分かった。
「……貴女の名前、教えて貰ってもいいかしら?」
リーナに名を尋ねる前の礼儀として、ネージュは、まず自らの名を名乗ったのだ。はっとしたリーナは背筋を伸ばし、ネージュに身体ごと向きなおる。
「りっ、リーナ=エルジスですっ」
こんなに裏返った声で自己紹介をしたのは初めてだった。無遠慮な好奇心に満ちた周囲からの視線は相変わらず感じてはいたが、やはり緊張のせいか気にならなかった。
「ふぅん、リーナね」
冷気のような声で言いながらも、ネージュは薄い笑みを浮かべたままだ。彼女はリーナの傍まで歩み寄ってきて、掌をすっと差し出してくれた。
握手を求められていることに気付き、リーナは慌ててネージュの手を握る。ネージュの手はひんやりとしていて、しなやかで、それでいて武人然とした力強さと厚みのある手だった。
「よ、よろしくお願いします」
「私に対して、そんなに頭を下げる必要はないわ。よろしく、リーナ」
あたふたとしてしまうリーナに、ネージュは、冷気を含みながらも穏やかな声音で応じてくれる。
彼女が冷酷非道な女傑であるという噂はよく聞くが、それが誤りであるのだと、リーナは改めて実感した。
「えぇ、と……っ。そっ、それじゃ失礼しますっ」
ただ、ネージュの纏う迫力自体は本物なので、去り際にまた反射的に頭を下げてしまう。そのことに気まずさを感じる前に、リーナは足早に出口に向かう。
「あっ、リーナさん」
アッシュがリーナを呼び止めようとする気配があったが、聞こえないフリをした。此方を興味深そうに眺めていた周りの冒険者たちの間を、小走りに縫って外に出る。
街道に出ると、慣れ親しんだアードベルの喧騒がリーナを包み込んできた。俯きがちに小さく深呼吸をして、足早にギルド支部を離れる。
ネージュと握手するという、さっきまでの非現実的というか、非日常的な体験によって齎されていた緊張が、ようやく解けようとした時だった。
前方の注意が疎かだった。
そこで誰かとぶつかってしまう。
「おっと」
だが、衝撃は小さかった。ぶつかった相手が、リーナの両肩を手で押さえるようにして、受け止めてくれたからだ。
「考えごとか? 下を向いて歩くのは危ねぇぞ」
「あっ、ご、ごめんなさ……ぃ……」
慌てて身体を引いたリーナは、すぐに謝ろうとして言葉が詰まった。ついでに心臓が跳ねるのを感じた。
頭の中で、『ネージュさん達のパーティと待ち合わせをしている』という、先程のアッシュの言葉が点滅しはじめる。
リーナを受け止めてくれた彼女は背が高く、冒険用の装甲服を着こんでいた。
その頑強そうな装甲服の色合いは、黒と赤のド派手なものだった。だが、下品さより高貴さを感じさせるのは、彼女の纏う凶暴な雰囲気にも、ある種の優雅さがあるからだろうか。
「まぁ、怪我しなくてなによりだ」
「す、……みません。気を付けます」
彼女は謝ったリーナをすぐに離してくれたが、リーナの心臓は冷たくなったままだ。
「おう。この辺りはゴロツキ紛いの奴も多いからよ。油断は禁物だ。女冒険者は特にな。……とはいえ、お前が女で良かったな」
褐色の肌と凄絶な美貌を持つ彼女は、艶のある長い金髪を揺らしながらリーナに笑みを向けてきた。親しげで気安さのある愛嬌と、命の危険を感じさせるような狂暴さが同居した笑みだった。
「これで飛びついてきたのがアッシュ以外の男だったら、このまま消し炭にしてるところだったぜ」
“ドラゴンベイカー”の異名を持つ彼女は――カルビ=エストマゴは、肩越しに誰かを振り返りながら、冗談っぽく喉を鳴らしている。ただ、細められた彼女の目を見れば、その言葉が本気であることは誰だって分かるだろう。
「……アッシュ君なら、抱きついてきても許すんだ?」
カルビの背後から、快活そうで艶のある声が聞こえてきた。
「そりゃアッシュだって、カルビお姉ちゃんに甘えたい時だってあるだろうからな」
「あのさぁ、カルビ……。そうやってアッシュ君のお姉ちゃん面するのは勝手だけど、もうちょっと遠慮がちにしなよ。堂々としすぎだよ」
可憐さのある美人顔に、呆れ気味の表情を浮かべている彼女は、ローザ=エタンセルだ。
桃色の髪をボリュームあるツインテールにした彼女は、その高身長に良く似合う、黒いボディスーツを着込んでいた。その上から黒のジャケットコートを羽織っているものの、豊満でありながらも引き締まった彼女の肉体は、とにかく主張が強い。
たわわな乳房、くびれた腰、適度にボリュームのあるお尻や太腿などには、同性であるリーナであっても、興奮にも似た羨望と共に視線が吸い寄せられてしまう。
「アッシュさんがカルビさんに抱き着いてくるなんて事態は、太陽と月がいっぺんに昇って沈むぐらいあり得ませんわ」
さらに、ローザの隣に並んでいる長身巨躯の彼女が、自信を漲らせまくった力強い声を発した。
「アッシュさんが安らぎと休息を求めるときは、この私《わたくし》ィィ、エミリアお姉さまの腕の中であり、胸の中である筈ですもの」
彼女が着込んでいる黒いドレス風の装甲服は、やはり冒険用のものなのだろう。スカートには深いスリットが入っていて、しなやかで筋肉質な太腿が露わになっているのが眩しい。
「カルビさんのような野蛮で狂暴な女性に抱かれていては、アッシュさんも疲労困憊でしょうし」
鮮やかな紅の髪を、豪華な縦ロールにした彼女――エミリア=アイゼンローズは、溜息交じりに緩く頭を振ってみせる。
「ンだと……?」
リーナの肩に手を置いたままのカルビが舌打ちをした。
美人が怒ると怖いという話は聞いたことがあるが、確かにカルビは怖かった。身体を伸び上がらせたリーナは「ひぃん……」と喉の奥で悲鳴を漏らしてしまう。ちびりそうだ。
「ちょっと2人とも、こんな往来で言い合いはやめよう。アッシュ君もネージュも、ギルドで待ってるんだから」
疲れたような半目になったローザが、2人の間に入った。
「あぁ、そうだな。とりあえず行くか。アッシュとネージュを2人きりにしちまうのは気に入らねぇ」
軽く鼻を鳴らしたカルビは、リーナを横目で見てから「じゃあな」と肩を軽く叩いてギルドの中へと入って行った。
ローザの方も、リーナとすれ違いざまに、「ごめんね。びっくりさせちゃって」と小さく手を振ってくれた。優しい声音だった。
「い、いえ、こちらこそ」
リーナは、やはりネージュの時のように反射的に頭を下げてしまうが、それに応じてくれたのはエミリアだった。
「お互いに冒険者同士なのですから、そんなに畏まらなくても構いませんわ。いつか手を取り合って、協力しあうときがあるかもしれませんのに」
品のある微笑みを向けてくれるエミリアは、すれ違い様に「では御機嫌よう」と軽く頭を下げてくれる。嫌味の無いその丁寧な仕種自他が、エミリアがリーナのことを対等な冒険者であると認めている証に違いなかった。
「は、はい……」
動揺からうまく立ち直りきれていないリーナは、挨拶らしい挨拶もできず、ギルドの中へと消えていく3人の背中を見送った。
歩道に取り残されたリーナは、他の冒険者の邪魔にならないよう、その場をすぐに後にしようとした。
ローザとカルビ、エミリアの3人は評判はどうであれ、実力のある冒険者たちだ。そんな彼女達は、これからアッシュと合流するのだ。
そう思うと、また胸がモヤモヤとしてきたからだ。
ただ、このモヤモヤは、アッシュが他の冒険者から見下された時に感じた、さっきのモヤモヤとは少し違った。疎外感にも似た、妙にチクチクとしたものがある。
リーナはこの感情の正体を深追いしたくなくて、口の中をモゴモゴと噛みながら足を速める。気分を変えたい。このまま、武器屋や道具屋が並ぶ通りにでも行こうとした時だ。
「おい、リーナ!」
妙に深刻な声が横から飛んできて、2人の冒険者が駆け寄って来る。血相を変えたロイドとレオンだった。
「ぉ、お前、大丈夫だったか?」
「火傷は? どこか、燃やされたりしてないか?」
馬鹿みたいに真面目くさった顔をした2人は、リーナの頭から爪先までを見て、ほっとしている様子だった。
「見てたぜ……。お前、カルビさんに絡まれてただろ」
強張った目をしたレオンが、ギルドの入り口をチラリと見遣ってから、声を潜ませて訊いてきた。
「えっ?」
リーナはきょとんとしてしまう。今度はロイドの方が、「うぅむ……」と唸り、顎を撫で、何かを言いたげに視線を彷徨わせたあとで、「何かあったのか?」と重苦しい言い方をした。
レオンとロイドを交互に見たリーナは、あぁ、そういうことかと察した。
どうやら2人は、リーナとカルビ達との間に、何らかのトラブルが在ったのだと勘違いしたようだ。リーナは苦笑して手を振った。
「違うよ。違う違う。絡まれてたんじゃなくて、私が不注意で、カルビさんにぶつかっちゃったんだよ」
「……お前、よく無事だったな」
心の籠りまくったレオンの言い方は、まるで魔界に踏み入って還ってきた者を湛えるようだった。「大袈裟すぎるよ」とリーナは苦笑する。
「そうか。俺達の早とちりで良かった。実を言うと、お前を助けに入ろうと思ったんだが、……あの迫力に呑まれ、俺達は動けなかった」
「いいっていいって」
苦笑交じりに息を吐いて、リーナはまた手を振ってみせる。
本当にリーナが危なくなったとき、レオンとロイドは身体を張って、助けに出てきてくれる。そのことは、パーティを組んでいるリーナはよく知っている。
「カルビさん、男が突っ込んで来たら焼き殺すって言ってたからさ」
リーナが肩を竦めて言うと、レオンとロイドが顔を見合わせて「今回ばかりは、ビビッて正解だったな……」「あぁ……」などと、安堵を分かち合うように頷き合っていた。
仲の良い2人の姿が何となく可笑しくて、またリーナはクスクスと笑ってしまう。
「そういえば、2人もアイテムボックスをギルドに預けに来たんでしょ。早いとこ受付に行ってきなよ」
リーナが顎でギルドの入り口を指すと、レオンとロイドが再び顔を見合わせ、渋い表情になった。
「い、いや、カルビさんとか、まだ中に居るんだろ? つーか、入っていったトコじゃねぇか」
そわそわとした様子のレオンが、不安そうに言う。
「……そうだな。ギルドに寄るのは、もう少し後でもいいだろう。そう急いでも、アイテムボックスが返却される時間は、そこまで変わらん」
笑えるくらい表情を引き締めたロイドもレオンに頷いたあとで、ちらりとギルドの入り口を見遣った。
「いやいや。2人とも、マジでビビってるじゃん」
リーナは笑いながらも、アッシュがカルビ達のパーティから同行依頼を受けていることを、今は2人に伝える気にならなかった。
何となくだが、その話題の行方は、いい方向に向かわないような気がしたからだ。それにリーナ自身も、どんな顔とテンションで話せばいいのか分からない。
今まで格下だと思っていたアッシュが、有名な上級冒険者から同行依頼を受けている。そして、それなりに必要とされて、評価もされている様子だった。
その事実を、リーナは胸の内で持て余している。
またモヤモヤとした気分が立ち上ってきそうになったところで、『人にはそれぞれ役割がある』という、アッシュの話が頭を過る。アッシュにはアッシュの、リーナにはリーナの役割があるのだと。
その言葉は、不思議と今のリーナを落ち着かせてくれた。
一つ息を吐いて、意識して肩から力を抜いてみる。今日が久しぶりの休日であったことを思い出した。
「……それじゃ、カルビさん達がギルドから帰るまでの時間潰しに、“職人街”に行ってみようよ。久しぶりに武器屋通りにも寄ってみたいし」
「それはいいけどよ。リーナお前、アイテムボックスを受付に預けてきて、持ってねぇだろ。言っとくが俺達のアイテムボックスも一杯だぞ。……もしかして、俺達に荷物持ちでもさせる気か?」
レオンの辛気臭い声を背中で受け止め、リーナは歩きだしながら笑顔で答える。
「うん!」
「う、うん!?」
「まぁいいだろう、レオン。俺達もアイテム屋通りには寄るつもりだったからな」
「おいロイド、俺はな、掘り出し物がないかを見に行くつもりだったんだよ。断じてリーナの荷物持ちをやるために予定してたんじゃねぇ」
顔を歪めたレオンは不満を表明しながらも、リーナの後ろについてくる。
「確かにそうだろうが、このままブラついているのも時間が勿体ないだろう」
そのレオンに並んで歩くロイドが、ゆったりとした仕種でリーナに頷いた。
リーナは肩越しに2人を振り返り、ここにオリビアを加えた4人が、自分のパーティなのだと改めて思った。難関ダンジョンに挑むには、あと2人は欲しい。
バランス的に見て、前衛が1人、後衛が1人だろうか。まぁ、前衛も後衛もこなせるメンバーが入ってくれれば理想だが、そんな優秀な冒険者が簡単に見つかるわけもない。
とりあえず後衛は、いずれアッシュに同行依頼を出せばいいか。ローザのパーティから依頼を受けるほどの実力があるなら、レオンもロイドも、アッシュのことを見直す機会なんていくらでもあるだろう。
だが、そこまで考えてから、「あれ……?」と思った。
さきほどギルド内でした、ネージュやアッシュとの会話の内容が引っかかる。
ネージュは、以前に同行依頼をアッシュに出していると言っていた。そして、また今日も同行依頼をするようなことを言っていたはずだ。
そのことに気付くと、かなり大きな違和感が首を擡げてくる。
そもそも、ソロの冒険者に同行依頼を重ねて申請しつづけるなら、いっそパーティに誘えばいいのではないか。そうすれば、毎回の依頼料を省けるはずだ。
レオンやロイド達のように、アッシュの実力を疑っている者が居る状態ではパーティに誘うのは難しい。だからリーナはさっき、まずは自分たちのパーティに同行だけしてみないかとアッシュを誘ったのだ。
難度の低いダンジョンや依頼の中でアッシュの実力を見極めればいいし、その過程で、アッシュに対するレオンやロイドの評価も変わってくるのではないかと期待もしていた。
だが、ネージュの場合は、アッシュに対して、重ねて同行依頼を申請する様子だった。
それはつまり、ローザやカルビを含む彼女達のパーティメンバー全員が冒険者としてのアッシュの力を認めているということだ。
その上で、ソロ冒険者のままのアッシュを、パーティに誘わないなどということがあるだろうか。
「……ねぇ、レオン」
リーナは肩越しにレオンに振り返った。
「あ? なんだよ」
眉間に皺を寄せたレオンは、眼鏡を人差し指で押し上げて、不機嫌そうに視線を寄越してきた。
「機嫌なおしてよ。今日はゴハン奢るから」とリーナは肩を竦めてから、「あのさ」と尋ねた。
「ローザさんのパーティって、新しいメンバーとか募集してたっけ?」
「いきなりだな、おい。つーか何で俺に訊くんだよ?」
「だってレオン、ネージュさんのファンなんでしょ?」
「……それ、誰から聞いた?」
「前に酔っぱらったとき、自分で言ってたよ?」
「マジかよ……」
苦りきった表情になったレオンは、ボリボリと頭を掻いてからリーナをじとっとした目つきで睨んだ。
「ネージュさんとこのパーティが、他の冒険者に同行を募集したり依頼してたってのは、ちょっと前だな。ただ、ほとんど誰も寄り付かなかったって話だ」
「……実際、色々と有名ではあるからな」
口をヘの字に曲げて、顎を撫でるロイドが頷いた。
「話で聞く暴れっぷりもそうだが、あのパーティに入って仕事するなんて並大抵じゃねぇよ」
顔を歪めたレオンは、疲れたような声で言う。
「後衛無しで、4人中3人が前衛向きだろ? あのバランスの悪さで、攻めてるダンジョンも相当やべぇトコばっかだって聞くしよ。冒険者は稼いでナンボとは言え、流石にちょっとな……」
「でもレオンはさ、ネージュさんが好きなんでしょ?」
「好きとかじゃねぇよ畏れ多いんだよファンて言いやがれ」
急に早口になったレオンは舌打ちして、そっぽを向いてしまった。その様子を横目で見ていたロイドは小さく苦笑してから、顎を撫でつつ口を開いた。
「そう言えば……、あのローザパーティが、ゼナルブ墳墓の隠しフロアを埋没させたとかいう噂を、宿で聞いたな。何でも、大掛かりな罠を起動させてしまったらしい」
「えぇ……、マジで?」
リーナは唖然としてから、“いろいろあった”とアッシュが言っていたことを思い出した。
ローザ達がその墳墓ダンジョンに潜ってトラブルに見舞われた際に、アッシュもその場に居たということだろうか……。
「まぁ、その話を置いておくとしても」顎を撫でたままのロイドが話を戻しつつ、リーナに視線を向けて来る。
「メンバーの少なさは、そのままパーティの弱点になるからな。仲間に加わってくれる同等の実力者は、今でも欲しているんじゃないか?」
「ま、まぁ4人っていうのは、難関ダンジョンに挑むには少ないよね」
そうは言っても、ウチも4人なんだけどさ。リーナがそう付け足すよりも先に、ロイドが「あぁ」と頷いた。
「あれだけ戦闘力が高いパーティでも、同行依頼や募集をかけていたところを見れば、やはりもう1人ぐらいは仲間が欲しかったのだろう」
その『もう1人』のポジションに、アッシュが収まっている……?
確かに、治癒魔法に関しては、オリビアに並ぶくらい優秀かもしれないけど。
私が全然知らないだけで、もしかしてアッシュって結構スゴい奴なの……?
考えれば考えるほど、リーナの中にあるアッシュという少年の人物像が揺れはじめる。
等級と実力は比例しない。
そんなことは、降格処分を受けたカルビやネージュを見れば明らかだった。彼女達は等級で見れば低級冒険者だが、その戦闘力は並の上級冒険者を遥かに凌ぐだろう。
それと同じことがアッシュには当て嵌まらないと、ただリーナが勝手に思い込んでいただけではないか。
それに、冒険者の等級を左右する貢献度についても、キナ臭い噂はある。例えば冒険者の中でも、他所で凶悪な罪を犯したことのある者や、ギルドが危険人物と判断した者は、付与される貢献度が極端に引かれているらしい。
冒険者を管理しているギルド内部のことであるから、リーナもその真相は知りようがない。
だが事実として、前科のある者が職を追われて渋々と冒険者になる際にも、細かい審査と取り決め、時には面接までがあり、なかなか等級を上げて貰うことができないという話は有名だ。
そしてリーナは、アッシュの過去を知らない。
養護院の図書室で、独りで黙々と本を読んでいたアッシュが――。
拝殿にある女神像を、睨むように見上げていたアッシュが――。
どんな経緯で養護院に身を寄せたのか。
ただ、そういったことを安易に訊くのは慎むべきだとは、リーナも理解している。
過去に傷を持つ者の多くがそうであるように、やはりアッシュも、自らの過去にあった何かによって、その生き方を決定づけられたのではないか。
もしかしたらアッシュは、リーナが思っているよりも遥かに深刻な理由と決意を持って、ソロ冒険者という生き方を選んだのかもしれない。
少なくとも、ローザ達のような上級冒険者からパーティに誘われても、それに応じるわけにはいかないような――。
浮かんだ憶測が進むに任せているうちに、『他の人と関わるのが得意ではありません』というアッシュの言葉を思い出す。
不気味さにも似た違和感を伴いながら輪郭がぼやけ、リーナの知っているアッシュが、違う何かに変わろうとしていく。
街路を歩くリーナはギルドを振り返りそうになった。
「おい、リーナ」
後ろから声をかけられて、振り返る。
猫背になったレオンが顎を突き出し、不機嫌そうに此方を見ていた。
「急に無口になるんじゃねぇよ。何か考え事か?」
「あれ、心配してくれてるの?」
リーナが悪戯っぽく笑うと、「後衛の俺が、前衛のお前のコンディションを気にすんのは当然だろうが」と、レオンは顔を顰めて指を向けてきた。
「大丈夫だって。魔物と戦うときにまで、ぼーっとしたりしないよ」
リーナは軽く応えて、ひらひらと手を振った。
せっかく休みの期間を取ったのだ。
ごちゃごちゃと考えるのは、ここまでにしよう。
キュアニス鉱山跡での稼ぎもあるから、ちょっと長めに休んでも問題無い。宿代を含む生活費、冒険活動用の資金にも余裕がある。
今のリーナのすべきことは休息を取ることだし、リーナ達が休んでいる間にも、アッシュにはアッシュの冒険があるというだけだ。
……まぁ、いろいろと訊きたいことはあるが、またいつか、一緒に冒険をするようになってからでいいや。
胸の中に膨らみそうになったモヤモヤを、リーナは敢えて無視した。
いや、無視しようとしたが失敗した。
脳裏を過った気付きに、リーナは自分の胸を見下ろしてみる。それから、ローザやネージュ、カルビやエミリアの姿を順に思い浮かべた。
養護院に居た頃は全然そんな素振りとか気配とかも無かったし、オリビアを前にしても特に反応も見せないけど……。
……実はアイツって、巨乳が好きなのかな?