「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
レイダー達の両腕を縛ったうえで、脚の傷だけはアッシュが治癒魔法を施した。エルンの町まで自力で歩いて貰わなければ困るからだ。
両腕の自由を奪われた状態で、魔物が出没する森の中に放り出されては堪らないからだろう。レイダーたちも、文句ひとつ言わずにローザ達に従いて歩いた。
そうしてアッシュ達がエルンの町に到着したのは、レイダー達に襲われてから2日目の朝。
王国の国境付近に位置するエルンの町だが、その規模はかなり大きい。広大な農地が周辺に広がり、その中心に町があるといった風情だ。
町を貫く中心道も整備されている。立ち並んでいる建物が立派なのは、隣り合う帝国からも商人がやってくるからだろう。
エルンの町の特産品は農産物で、非常に質の良い高級果樹類や、魔術的な効果も高い薬草などが帝国でも評判なのだ。
「よく来てくださいました。この町の長、ローガンと申します。長旅、お疲れ様でした」
頑丈そうな防壁門を潜ったところで、町長がアッシュ達を迎えてくれる。
落ち着いた貫禄のある老人で、温厚な笑みが似合っていた。痩身ではあったが、その眼差しには活力と聡明さがあり、力強さと共に思慮深さを感じさせる。
そして、町長と共にアッシュ達を迎えてくれた人物がいた。
「あなた方が“トラブルメーカー”という話はよく耳にしましたが、まさかレイダーを十数人も引き連れて来るとは思っていませんでした」
騎士風の甲冑と、暗緑色の軍服を組み合わせたような、厳格な雰囲気の装備を纏った女性だ。両脇に、同じく騎士風の甲冑を着込んだ男性を引き連れている。
「一先ずは、あなた方が無事であったことは何よりです。レイダーを捕獲した件については、ギルドにも報告しておきましょう。ですが……」
暗い銀色をした長髪と、鈍色の瞳が印象的な彼女の美貌は、静謐で厳格であり、他者を払うように拒絶的でもある。
「この町では余計な問題など起こさないよう、くれぐれも気を付けて下さい」
身長が高く、体格もいい彼女は見下ろすようにして此方を睥睨してくる。その瞳も鈍色で、射貫くような鋭い光が湛えられていた。
彼女が手に携えているのは細身のロングソードだろうか。精緻な装飾は施された鞘にはルーン文字が刻まれており、あの剣が魔術的な攻撃力を秘めていることが窺える。
彼女の名前は、ローザ達の噂を知らなかったアッシュでも知っている。逆に言えば、それぐらい彼女が有名であるということでもある。
彼女が町長と共に行動しているのは、やはり護衛の意味合いもあるのだろう。
“剣聖”。サニア=キースコート。
大陸各地に拠点と支部を持ち、大きな魔物被害が出た地域にメンバーを派遣している大型クラン『正義の刃』に所属している冒険者だ。その等級は『1等級・銀』。
冒険者ギルド運営部からの直接依頼があったり、王国正規軍からも同行を求められるような最上等級の冒険者である。
彼女の武勇伝で最も有名なのは、ある任務で彼女が、鬼人のオーガ100体を1人で相手取り、全て斬り伏せてしまったという話だ。
他にも、王都で開かれる剣舞闘劇にて、王立騎士団の剣達者を10人抜きしたであるとか、古代種の成竜と2日間戦い続け、ついにその首を斬り落としたといった話も耳にしたことがある。
英雄譚そのものといったこれらの戦歴が認められ、王族護衛騎士にならないかという王都からの誘いも彼女にあったようだ。だがサニアは、富も栄誉も得られる道を固辞し、冒険者としての活動を続けているらしい。
クラン『正義の刃』はアードベルを本拠地にしているし、やはりサニアも、今までのローザたちの噂は耳にしていることだろう。
彼女がローザ達を眺めてくる眼差しは、問題のある人物を警戒するものだった。
「へいへい。トラブルなんざ起こさねぇよ」
鼻を鳴らすようにサニアに応じたのは、耳を掻いているカルビだった。
「剣聖サマの言う通り、行儀よくするさ」
肩を竦めて口許を歪めたカルビは、反抗的な意思がないことをアピールするように両手を軽く挙げてみせる。
「とりあえず、話はギルドで聞いてる。剣聖サマや領兵騎士団が先頭に立って、この町を守りながら、地下施設とやらを調査してるんだろ? そんでもって、町の防衛指揮を執ってるのが『正義の刃』ってワケだ」
言いながらカルビが、サニアの後ろで控えている騎士風の男性2人を交互に見た。首に認識プレートを下げているので、正確には騎士ではなく冒険者のようだ。
彼らも『正義の刃』のクランメンバーなのだろう。
カルビの容赦ない琥珀色の瞳を向けられ、男性2人が兜の奥で息を飲むような、身体を強張らせるような気配があった。
「私たちのクランに従って貰っているのは、ギルドから派遣されてきた冒険者たちだけです。辺境領の騎士団員は、別系統の指揮の下で村を守ってくれています」
表情を動かさないままのサニアは、静かに顎を引いた。
「この町の防衛には、領兵騎士団との協力が不可欠になります。自由を謳う冒険者にも、勝手気儘な行動は慎んでもらわねばなりません」
表情を動かさないサニアは、有無を言わさない口調だ。
「あなた達には、防壁外での守備を担当して貰いたいのですが」
「へっ。お願いの体をしちゃいるが、そりゃ強制だろ? まぁ、文句は言わねぇよ。“アタシ達のパーティは非協力的で素行が悪かった”なんて、ギルドに報告されるのも癪だしな」
こういう時のカルビは素直だが、それは強者に諂っているのではなく、状況と常識を弁えているからだ。「安心しろよ。やることはやるぜ」と、最後に真面目な声で付け足した。
アッシュが知る限り、カルビは好き勝手な物言いをするが、重要な場面では自分個人よりもパーティ全体を尊重する。誰彼構わずに諍いを起こすようなこともしない。
そしてそれは、ローザやエミリア、ネージュにしても同じだった。アッシュ達が最優先すべきことは、町を守ることだ。
「粛々と町の防衛を務めさせていただきますわ。私達は、その為に此処に来たのですから」
傲然と胸を張ったエミリアは、劇場の主演女優さながらに腕を広げた。
「そしてェ、こぉぉの私《わたくし》が来たからには、この町の脅威は、もはや脅威ではありませんわっ! 例えどんな魔物が迫ってこようとも、私が誇る“淑女力”で粉砕して差し上げますわよォォォォホッホッホッホッホッホォォォォ!!」
エミリアは喋っている途中で腰に左手をあて、右手の甲を頬の横に持っていった。流れるようなスムーズさで『御嬢様の高笑いポーズ』に移行したのだ。
「ズゥオオオオオッホッホッホッホッ!! ヌゥウオオオッホッホンゴホッ!!? ゴホホッ! ゴッハホホホッ! ウ゛ォエ゛ッ!!」
「はいはい、そんな一生懸命に笑わなくていいから……」盛大にえづくエミリアの背中をさするローザも、町長とサニアに頭を下げた。
「私たちも、町を守るために最善を尽くします。他の冒険者たちとも協力関係を築きたいですし、問題を起こさないように気を付けます……」
“問題を起こさない”という部分で自信無さげな声になったローザの後に、軽く溜息を吐いたネージュが冷静に付け足した。
「私達だって、好き好んでトラブルに首を突っ込んでいるわけではないわ」
額に指をあてて渋い顔になったネージュの口振りは、今までの自分たちの不運を思い出しているような、何とも切なげで、やりきれないという風だった。
「皆さん、ご苦労をなさってきたんですね……」
町長のローザ達を見る目が、どこか気遣わしげで不憫そうなものになっている。今までローザ達を見舞ってきた生々しいトラブルの場面を想像しているのかもしれない。
「そういえば……、貴方は?」
無機的な態度のサニアが、そこで初めてアッシュの存在に気付いたように目を向けてきた。
「この町に滞在する貴女たちのパーティは4人組であると、ギルドからの連絡にはありましたが」
彼女はアッシュとローザ達を見比べて、一度、手元の書類に目を落とした。それから、不可解そうに片方の目を窄めてみせる。
アッシュを見下すのではなく、有用性を問うてくるような、静かだが途轍もない重圧のある目つきだった。
トラブル体質かもしれないが、ローザ達は間違いなく実力派パーティである。無名で最低等級のアッシュが彼女達と行動を共にしているのは、やはりサニアにとっても奇妙に見えるのかもしれない。
「えぇと……。名乗るのが遅くなって申し訳ありません。初めまして、アッシュ=アファブルです。治癒術士として、ローザさん達に同行させて頂いています」
アッシュは頭を下げて、自分の認識プレートが見えやすいように手に持った。
「……私も名乗るのが礼儀ですね。私はサニア=キースコート。クラン『正義の刃』、6番隊隊長を務めている者です」
事務的な口調の、どこまでも儀礼的な自己紹介だった。
他者との関係性を礼節以上には重要視していないらしいサニアは、アッシュの等級が『5等級・銀』であることを認めてから、もう一度ローザ達を順に見た。何かを確かめるような目つきだった。
「あなた達のパーティに同行している以上は、5等級とはいえ彼もそれなりに有用なのですね。治癒魔法には期待しています」
体温の籠らない声で言うサニアを横目で見て、町長が表情を引き締めた。
「この町にも帝国からのお客さんも増え、それにつれて建物も増えました。立派な神殿も拵えていただき、神聖な治癒魔法を扱う神官様にも恵まれております」
町長は噛み締めるように言いながら、アッシュに向き直る。
「しかし、今は何が起きるか分かりません……。いざというときは、その……、町の住人達の治癒をお願いさせていただきたいと思います」
申し訳なさそうにアッシュに頭を下げた町長は、治癒魔法が術者の生命を削ることも知っているようだ。
面と向かって、『あなたの命を使ってくれ』と頼まなければならないのは心苦しいはずだ。だが、それが町の長としての務めなのだろう。
その役割を町長は全うしようとしている。ならばアッシュも、冒険者として応じるべきだと思った。
「はい……。微力ではありますが、僕にできることなら助力は惜しみません」
町長の言葉をしっかり受け止めるつもりで、アッシュは強く頷いた。
その真剣さは伝わったようだ。
「ぁ、ありがとうございます。……よろしくお願いします」
村長は安堵したような、だが少し苦しそうな笑みを懸命に浮かべていた。せめてアッシュは、微笑で応じなければならないと思った。
「必要であれば、いつでも声を掛けてください」
アッシュがもう一度、町長に頷いたときだった。
不意に、サニアから強い視線を感じた。見れば、片目だけを僅かに細めたサニアが、アッシュを見下ろしていた。
何か気に障ることでもしてしまったのかと気になったが、アッシュが顔を向けるとすぐに、サニアは誤魔化すように瞑目して顔を逸らしてしまった。
だが、サニアが目を閉じる瞬間、今まで無機質であった彼女の鈍色の瞳が、微かに強張っていたのをアッシュは見逃さなかった。何らかの感情が浮かび上がりかけていて、それを沈ませようとするように。
「私たちが防壁の外で見張りをやるのは分かったわ」
ネージュが頷き、サニアに向き直る。
「その時刻と日程については、この場で貴女の指示を仰げばいいのかしら?」
「えぇ。話が早くて助かります」
言いながらサニアは、背後に控えている騎士風の男性冒険者から紙の束を受け取っていた。
記されているのは、エルン村に詰めている冒険者達の名前と等級、見張り位置、持ち回りの順などのようだ。
「あなた達には、明日の昼から明後日の朝にかけて、村の南側の守備をお願いします」
「では……!」エミリアが胸を張って、その胸の前で拳を握った。
「明日の昼まで、私《わたくし》達に何かできることはありませんの!? 何でも仰ってくれて構いませんわよッ!」
「いえ、特には」視線だけをエミリアの方へと向けたサニアは、素っ気なく答える。
そのあまりの愛想の無さには、いつも自身満々で明るいエミリアでも若干気圧されたようだ。「そ、そうですの……」と小声を漏らして、しゅん……となる。
「ですが、今の状況や出没している魔物について伝えておきたいので、此方にお願いします」
サニアと町長が、アッシュ達をギルドに案内してくれることになった。
街道の要所には、鎧兜を着込んだ領兵騎士達が警護に立っている。彼らはアッシュ達に気付くと、胸の前に拳を作るような敬礼のポーズを取ってくれた。
この町を守るべく集まった騎士団員たちは、冒険者のことを見下している風ではなく、寧ろ協力者として受け容れてくれているようだった。
「なぁ、剣聖サマよ」街道を歩きながら、カルビが首を鳴らした。
「レイダー共を生け捕りにしたアタシ達の貢献度は、今日中に加算してくれんのか?」
「それは難しいと思います。まずは、捕縛されたレイダー達の、冒険者としての等級や余罪について調べたあとになるはずです」
事務的なサニアの応答。
「町の状況を考えれば、レイダー達の身元を調べている余裕もありません。殺人と暴行の疑いのある彼らを、町に入れることもできませんから」
彼女は表情を作らずにカルビを振り返り、すぐに前を向く。
「とりあえずは、防壁外に拵えた天幕に繋いでおくことになるでしょう。食事を含め、レイダーたちの世話をする人員は用意します」
「へいへい……。貢献度加算も褒賞金も、どっちもお預けってワケか」
顎をしゃくらせたカルビが、鼻を鳴らして後頭部を掻いた。
「別に慌てなくてもいいでしょう」ネージュが言い切って、ローザも頷く。「明確な調査結果が出るのは、もっと先のことになるだろうからね」
「あのレイダーの方々の余罪が、そう重くないことを願うばかりですわ。命で償うようなことなど無いように……」
憂い顔のエミリアが小声で溢してから、気持ちを切り替えるように周りを見回す。
「華やかな町ですわね。道も広いですし、しっかりとした防壁も頑丈そうですわ」
「えぇ。それに、町の中にも防壁が作られているんですね」
ローザ達のあとに続いているアッシュは、少し遠くを見遣る。
食糧庫や家々がある区域を囲う防壁が見えていた。町の中心部付近には、立派な神殿の姿がある。
帝国との国境が近くにあるエルンの町は、規模の大きさでいえば“町”ではなく“街”と表現すべきかもしれない。
舗装された幹線道路の広さは、帝国からやってくる馬車が余裕を持って走れるためだろう。帝国の商人達を迎えるための娯楽施設や集会場、ホテル、商館や取引所などは、どれも広大な土地を有しており、豪華で華美な佇まいをしている。
「この町が今のような姿になったのは、ここ十数年のことです」とローガン町長は話してくれた。
エルンの町は、もともと小さな寒村だった。だが、この土地に豊富な自然魔力が宿っていることを、代々の辺境伯は知っていた。
「辺境伯様と私達の先祖たちは長い時間をかけて、魔術士や魔導師を伴った規模の大きな土木工事、錬金術士製の肥料薬による土の改良などに手を尽くしてきました」
エルンの町の歴史を口にする町長の表情は、少しだけ誇らしそうだった。それはきっと、町長の祖先が自然を相手に戦ってきた歴史そのものだからだ。
「まだエルンの町が小さな村であった頃から、帝国の商人たちの行き来はありました。この土地で採取される植物の価値が、帝国にも伝わっていたのでしょう」
商人達が行き交うなかで道が整備され、取引用の商館や宿泊施設が建てられ、冒険者ギルドも設置されるようになった。
「飛躍的に発展したエルンの町ですが、居住区に立ち並ぶ家々は、どれも質素で端然とした佇まいですよ。石造りの立派なものは少なく、多くは昔ながらの木造です」
ローガン町長は居住区防壁を眺めて、何度か深く頷いた。
「この土地を受け継いだ今の住人たちも、贅沢や享楽より、日々の時間と実りに誠実であろうと努力を続けて、暮らしておりました」
そう言い添えられた町長の言葉に、アッシュは深い叡智を感じた。生活の基盤も思想も、それ以上に愛情が根付いた故郷を簡単に捨てることなどできない。
経済的にも潤っている筈のエルンの町だが、そこに住まう者たちの多くが祖先に敬意を払い、実直な生き方を倣っているのだ。
魔物被害に脅かされても尚、この町を出ようとしない住人たちが大多数であるという状況にも、改めて納得ができた。
「この街道も普段なら、何かを忙しなく話し合う声と、硬貨がテーブルを叩く音が断続的に聞こえてくるのですが……。流石に今は、商人たちの行き来も途絶えております」
魔物が頻繁に迫ってくる今の状況では、当然でしょう。そう言い足した町長に続き、サニアが重々しく頷いた。
「帝国内の市街でも、今は魔物被害が頻発しているようです。その影響により、帝国側からの援助も期待できません。住人避難の受け入れも、既に断られています」
町のギルドに到着したアッシュ達が通されたのは、集会場として使われる大部屋だった。
今は『正義の刃』が作戦会議室として使っているとのことで、簡素な造りの円卓や椅子が運び込まれている。
さっきまでサニアの背後に控えていた男性冒険者2人は、何らかの書類を手に集会場の外に出て、通信用の魔導具で他の『正義の刃』メンバーと連絡を取り合っていた。
「貴女たちも既に知っているでしょうが、この数週間の間、町に近付いてくる魔物は全てアンデッド系です。……それも、恐らくは人造の」
円卓に積まれた書類の中から、サニアは何冊かの束をアッシュ達に配ってくれる。今までに村周辺で討伐された魔物達の姿や特徴の報告書らしかった。
誰にも気付かれないようアッシュは何度も唾を飲み込みながら、ざっと目を通していく。
幾つかの魔物の姿が描かれているが、どれも人間的なシルエットを持っている。
端的に言えば、それらはゾンビだ。頭が2つあったり、腕が6本あったり、背中や脇腹から別のゾンビが生えていたり、粗末で乱雑な姿をしている。
記載されている文章の中でも、死体、縫合、結合、魔術的蘇生、死霊術的再活性、などといった文字が付随し、強調されていた。
「これは……、ネクロマンサーが関わっているということですの?」
報告書から顔を上げたエミリアが、珍しく声を硬くした。ローザとカルビは黙ったままで、報告書を読み込んでいる。ネージュが視線を上げて、サニアの言葉を待っている。
「断言はできませんが、その可能性はあります」
サニアが、また別の書類を円卓に置いた。
そこに描かれていたのは、翼の生えたゾンビだ。下半身が大蛇になっているゾンビの姿もある。体長などについても注釈があり、これらのゾンビは2メートルを超える巨体のようだ。
「異種移植的な実験の形跡が見られるゾンビも、複数体出現しました。既にこれらは私が斬り伏せましたが、次に現れるゾンビがどのようなものかは全く予想ができません」
「剣聖サマが直々に斬ったってことは、このゾンビ共はそれなりに厄介だったってことか」
カルビが鼻を鳴らして、ローザも難しい顔になって頭を掻いている。
「造り出されたって仮定するなら、戦闘力を向上させる魔術的な処置もされてあるだろうからね~……」
「なら、普通の魔物を相手にするのとは話が変わるわ。兵器として造られたゾンビ兵なら、その兵を指揮する個体も造られているでしょうし」
思案顔になったネージュも眉を顰めて、やや険しい顔のカルビが声だけで笑った。
「なるほど、死体の軍勢ってか。もしも殺されたら、そのまま仲間にされちまいそうだ」
茶化すようなカルビの言い方に、サニアが無表情のままで片方の目を窄めてみせた。「冗談だよ」とカルビが肩を竦めて、ネージュが話を前に進める。
「この報告書を見させて貰う限りでは、地下施設の調査に向かっている面子も、ゾンビ兵を排除しながらの探索を続けているのね」
「はい。施設調査に参加しているのは3番隊と4番隊、それに、こちらが認めた冒険者のパーティ数組です。人数は52名。探索のため、5つの部隊に分かれて貰っています」
サニアは淡々と答えながら、アイテムボックスから板状の魔導具を取り出した。
「ギルドが機械術士組合に頼み、用意してくれた魔導具です。複数の通信用魔導具と繋がっているので、これで逐次重要な情報を遣り取りしながら、町の防衛と施設調査を進めているのです」
番号が刻まれた9つのボタンが表面に並び、裏側には網目になった金属板が張り付けられている。
「あなた達にも、これを預けておかねばなりませんね」
サニアは説明しながら、腕輪型の通信魔導具を2つ、アイテムボックスから取り出した。それをローザに手渡す。
「この腕輪も、それに繋がってるんですね。サニアさんに連絡が通じるように」
腕輪を受け取ったローザが、サニアの手にある板状の魔導具を見た。
「えぇ。その通りです。他の冒険者にも伝えてありますが……。あなた達が防壁の外で見張りについた際、ゾンビを発見した場合は必ず連絡をお願いします。手に負えないようであれば、私が対処します」
「……やはりこのゾンビ達は、強力な魔物なんですね」
今まで黙っていたアッシュは、絞り出すように言う。
異様に強張った声が出たが、それがアッシュの緊張と怯みからくるものだと判断したのか。町長はアッシュを見て、重苦しい頷き方をした。
「野生の魔物とは、やはり様子が違うようです。辺境伯様も騎士達を動かして、この町を守ってくれようとしたのですが……」
暗い顔になった町長が、緩く首を振った。
「非常に強い毒性を帯びたゾンビ達の攻撃で、多くの騎士団員と共に、騎士団団長様も負傷されました。並の治癒魔法や解毒魔法薬ではどうすることもできず、他の町に運び、そこで集中的な治療を受けておられます」
その沈んだ声は重たい湿りけ含んでおり、会議室の床に落ちるようだった。
「今の領兵騎士団は副団長様が指揮されておりますが、やはり、団員の多くを欠いた状態では、戦力として心許ないと……。それで辺境伯様は冒険者を頼り、方々のギルドに使いを走らせて相談したと聞いています」
領内にあるダンジョンの管理にも兵力を割かねばならない貴族が、散発的に発生する魔物被害に対して後手に回ってしまう。よくある話だからこそ、切実な問題だった。
その魔物被害に曝されているのが、帝国との交易の窓口と機能しているエルンの町であるのだから、領主としては打てる手は何でも打ちたいところだろう。
「それで、アードベルでも有数の“砦持ち”クラン『正義の刃』にも話が行ったってワケだ」
椅子にドカッと座り直して脚を組んだカルビは、町長に頷いてからサニアに指を向けた。
「さっき素行の話を自分でしていたのだから、そうやって足を組むのはやめなさい……」
カルビの行儀悪さを指摘したネージュも、静かな面持ちのままでサニアの発言を待つような視線を送る。
「この町を守りながら、周囲で発見された地下の施設に潜るためには、どうしても人数が必要になります。所帯の大きいクランに話が行くのは自然でしょう」
サニアは冷徹な無表情を崩すことなく、顎を引いた。
「それに……、魔物の被害に対処するのは、私達のクランの存在意義です。ギルドからの依頼が無くとも、私達は動くつもりでした」
体温を感じさせない声音だった。彼女の鈍色の瞳にも、今までよりも鋭く冴えた輝きを宿している。
ただ、今のサニアの佇まいからは、情熱や使命感とは種類の違う直向《ひたむ》きさをアッシュは感じていた。
存在意義という言葉を使ったとき、彼女の声には、自分を説き伏せるような響きが混じっているようにも聞こえたのだ。
彼女は何故、“剣聖”と呼ばれるほどに己を高めたのだろう。
魔物という存在に対する憎悪からだろうか。
或いは、義務感や正義感によってなのだろうか。
そしてそれらの理由は、サニアが冒険者という生き方を選んだことにも無関係ではないのではないか――。
僕と同じように――。
脳裏に浮かんできた無礼で無闇な憶測を、アッシュは苦々しい思いで打ち切る。
「自分達の組織の利益よりも、困窮する人々を助けることを優先する……。素晴らしいクラン理念ですわ」
アッシュの傍で、胸に手を当てたエミリアが感服したように瞑目し、深く何度も頷いていた。だが、すぐに顔を伏せて軽く息を吐き出す。
「大所帯で実力のあるクランと言えば、『鋼血の戦乙女』もそうでしょうけれど、あちらはアードベルの治安維持にも関わっていますものね……」
人員と経済力を持つクランの全てが、危機に曝された人々のために迅速に動けるわけではない。そのことを残念がるように声を萎ませた。
「あのクランは機械術士組合がオーナーだし、あんまり遠くまではメンバーを派遣できないのかも。まぁ、賞金首や犯罪者を追ったりする場合もあるんだろうけど」
ローザが肩を軽く竦めたところで、サニアも頷いた。
「クラン『鋼血の戦乙女』は、この件とは別に、他の調査依頼をギルドから受けているところですから」
「ほぉ~ん? 確かに『戦乙女』は忙しそうなクランだもんな。で、その調査依頼ってのは何だ? 有名な賞金首でも追ってるのか?」
円卓に肘をついたカルビが興味深そうに笑みを刻んだのを見て、サニアが緩く首を振った。
「……すみません、話が逸れましたね」
「おい何だよ、勿体ぶるなよ。もしかして向こうは、デケェ犯罪者集団でも捕まえようとしてんのか?」
カルビが五月蠅くなるが、サニアは落ち着いた態度を崩さない。
「犯罪者集団に関わる調査依頼というならば、この件も同じです」
抑揚のない声で言うサニアに、ローガン町長が頷いた。
「アンデットの魔物が町の付近に現れ始めた頃に私は、この町を拠点としている冒険者や、自治会に所属する冒険者たちに、付近の調査を依頼したのです」
言いながら町長は、記憶を辿るような目つきで俯く。
「町の南に広がる森に入った自治会冒険者の数名が、白服装の集団を見かけたと……」
町長が話し終えるよりも先に、アッシュは軽い眩暈を覚えていた。視界が急速に狭まって、息がうまくできない。動揺していることを自覚し、余計に動揺した。
――お前は、必ず救われない。
耳の奥に染みついているあの悪夢の声が――あの象牙色のローブの男の声が――アッシュの思考を握り潰そうとしたときだった。
「それは間違いないのね……?」
今まで静かで落ち着いていたネージュが、俄かに立ち上がった。そして、殺気に近い威圧感を発散させながら町長に詰め寄ろうとしたのだ。
ローザが目を丸くして驚き、エミリアもぽかんとした顔になっていた。あまりにも突然のことに、2人は反応が遅れていた。
「うっ……!?」
町長が怯えた表情になって後退り、その町長を守るようにサニアが立ち塞がった。サニアは既に手にした剣を抜く構えを取ろうとしている。
「あの、ネージュさん……!」
ネージュを止めねばとアッシュも立ち上がり、町長を庇う位置に移動する。会議室の空気が一気に緊張したものになるが、そこで全く動じていなかったのはカルビだ。
「おいネージュ待て待て止まれ」
さっと立ち上がったカルビの動きには無駄が無く、的確だった。
後ろからネージュの肩を抱くようにして、強引ではない手つきで立ち止まらせたのだ。羽交い絞めをしなかったのは、ネージュを刺激しないためかもしれない。
「放しなさい……」
肩越しに振り返ったネージュは恐ろしい目でカルビを睨み、乱暴に腕を振りほどこうとした。だが、ネージュの首と肩に回ったカルビの腕はビクともしない。
「駄目だ。放さねぇ。いいから落ちつけ。な?」
カルビの声は厳しくも、諭すような優しさがあった。
「何をそんなにイラついてるのか分からなねぇが、とにかく座ろうぜ。町長の話をじっくり聴きたいなら、大人しくした方がいい。だろ? アタシ達は何の為に此処に居るんだ? 優先すべきものは何だ?」
大事なことを確認するようなカルビを睨み、ネージュは何かを言い返そうとしたようだ。だが結局は何も言わずに、奥歯を噛みしめながら俯き、絞り出すように息を吐いた。
「……本当にごめんなさい。少し、取り乱してしまったわ」
申し訳なさそうに目を伏せたネージュが、町長に深く頭を下げる。沈んだ声音には後悔と自責が滲んでいたが、それはネージュが冷静さを取り戻した証だった。
「よし。いい子だ。分かりゃいいんだよ」
軽く笑ったカルビが、ネージュの頭をぐしぐしと撫でた。
「町長さんよ、怖がらせて悪かったな。コイツ、普段はクールビューティーぶってるけど、結構な激情家でな。まぁ根はいいヤツなんだ。許してやってくれ」
「え、えぇ。許すもなにも、私は何もされていませんから」
町長も温和な笑顔を浮かべ直してくれた。その間も、カルビはネージュの頭を撫で続けている。
「……やめなさい。おいやめろ」
ネージュが鬱陶しそうにその手を払う。さっきまでの周囲の緊張が、そこで間違いなく緩んだ。カルビの御蔭だった。アッシュも肩の力を抜き、ホッとした。
「それにしても、ど、どうしたんですの、ネージュさん? 今の町長のお話の中に、何か気になることでも……?」
エミリアが心配そうな顔になって、ネージュの表情を窺うローザが何度か頷いた。
「もしかしてだけど……。その白装束の集団って、前にネージュが言ってた“教団”ってヤツ?」
この時アッシュは、自分がどんな表情をしているのか分からなかった。頬が痛いほどに強張って、自分の鼓動が冷たくなっていく。
「なるほど……」
ネージュが落ち着いたのを認めたサニアが、剣を抜く構えを解いた。
「あなたも、“教団”の被害者だったのですか」
遠慮のないサニアの口調には、尋問にも似た響きがある。
ネージュはサニアを横目で睨むように見て、何かを言おうとして息を吸い込んだ。だが、それは微力な嘆息となって零れ、何らかの言葉としての形を成さなかった。
汲み上げられなかったネージュの言葉の行方を、アッシュは立ち尽くしながら想うしかなかった。