「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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女神の不在

 

 

 

 町長とサニアによる現状の説明を受けたあと、アッシュとローザ達は、担当する守備位置への案内を受けることになった。

 

 案内してくれたのは、サニアが連れていた男性冒険者の2人。彼らは『正義の刃』のクランメンバーで、サニアと同じく6番隊に所属しているとのことだった。

 

 「数日前、町を襲ってきた人造ゾンビたちとの戦いで、応戦した領兵騎士団員にも多数の負傷者が出たのは、先程の説明の通りです」

 

 「防壁の周囲に配置された冒険者や我々のメンバーも、飛行能力を持つゾンビには苦戦を強いられました。防壁を飛び越え、町への侵入を許してしまったのです」

 

魔物が防壁を越えて、居住区まで侵入してくる最悪の事態は既に起きていたようだ。

 

「しかし、駆けつけたサニア隊長が大半のゾンビを斬り伏せてくれた御蔭で、被害は最小に済んだと言えるでしょう」

 

「それに加え、領兵騎士団と協力したルフル副隊長が、住民たちの避難を誘導しつつ、負傷した騎士団員をも守って下さいました」

 

 男性冒険者2人は、『正義の刃』が採用している鎧兜を着込んでおり、その表情は見えない。だが、自分たちの上司の活躍を思い出しているのか、誇らしげな口振りだった。

 

 「前の戦闘で大きく消耗した領兵騎士団には、町の内部の守備と共に、食糧の調達や辺境伯への連絡、非常時の町民の誘導なども任せてあります」

 

「やはり地域住民も、他所の街の冒険者である我々より、領兵である騎士団員を信頼しているでしょうから」

 

 彼らの話では、この町を拠点にしている自治会冒険者や領兵騎士団からは、住人達を他の町村へ送り届けたいという意見が以前から出ているようだった。

 

 つまりは、ひと先ずは住人たちを安全な場所に移した方がいいのではないか、という意見だった。

 

だが、辺境にあるエルンの町は、他の町村や街に住人を送ろうとしても、地形的に森と山とを数日かけて越えねばならない。

 

アードベルからエルンの町に辿り着くまでにも、アッシュ達はレイダーだけでなく、野生の魔物にも何度か襲われていた。

 

無論、襲ってきた魔物達は全て狩ることができたし、特に苦も無く自分の身を守ることができた。だがそれは、アッシュ達が戦闘を生業としている冒険者だからこそだ。

 

毒に侵された領兵騎士団の十数名を、他の町村に搬送することはできたかもしれない。

 

だが、非戦闘員である町の住人を大量に抱えながら、山々と森の中での過ごす数日を安全に乗り切るのは現実的ではないようにアッシュも思えた。

 

冒険者たちと領兵騎士団で部隊を組み、町の住人たちを守りながら山や森を突っ切るにしても、その途中で隊列の横腹を突かれれば人的被害は免れないだろう。

 

帝国側の街道は整備されてはいるが、避難住人の受け入れは既に拒否されている。エルンの町に最寄りの帝国市街でも、魔物被害が頻発しているためだ。

 

エルンの町に食糧が十分に蓄えられており、防壁が機能しているうちは、町に留まる方がいいというのが、今の『正義の刃』、そして町長の立場のようだった。

 

「町の住人を守るためにも、今では居住区付近に魔術士隊を配置しております」

 

「飛行能力を持つゾンビに対しては、我々は最大限の警戒をしておかねばなりませんから」

 

 彼らの話を聞いていたアッシュ達は、家々が並ぶ居住区域の近くを通り過ぎる。

 

隊列を組んで警備にあたる騎士達の姿が多くみられた。武装した騎士達の佇まいは物々しくも、どこか疲弊している雰囲気だ。

 

騎士達から余裕を奪っているのは、騎士団団長を含め、多くの団員が戦闘で負傷した経験だろう。

 

途中で、アッシュ達は何人かの町人とすれ違った。迫ってくる魔物達によって日常を揺さぶられている町の住人達の顔にも、やはり疲労が色をつけていた。だからこそだろう。

 

「あぁ! 新しい冒険者の方ですか!?」

「ありがたいことです……。どうか、この町を守って下さい」

「俺達にできることがあれば、何でも言いつけてくれ」

 

 彼ら、彼女らは、アッシュ達に深く頭を下げくれたり、わざわざ駆け寄ってきて礼を述べたりしてくれる。

 

 村や町の防衛に関わる依頼を受けたことのないアッシュには、初めての経験だった。こんなにも真摯に感謝の念を向けられることに戸惑い、内心で狼狽えてしまう。

 

一方でローザ達は慣れた様子で、こうした住人たちに応じていた。

 

「私達は、防壁の外で見張りをさせてもらいます」ローザが町人の一人一人に軽く頭を下げて、エミリアが真摯に頷く。「この町のために、力を尽くしますわ」

 

「ゾンビ共なんざ返り討ちだ。任せとけよ」とカルビが胸を張ってみせたところで、ネージュが不味そうな顔になる。「……何でそんなに自身満々なのよ、貴女は」

 

このネージュのツッコみに対して、カルビが肩を揺らした。

 

「お、いつもの調子が戻って来たか?」

 

「……もう落ち着いているわよ」

 

ネージュは軽く息を吐いて、アッシュ達を順に見てから「さっきは、ごめんなさい」と小さく俯いた。もしかしたら、頭を下げてくれたのかもしれなかった。

 

「気にすんなって。お前がポンコツなのは知ってるからよ」

 

「……なんですって」

 

 そんな遣り取りにも、普段の彼女達らしい遠慮のなさが戻ってきていた。その何気ない他愛の無さを、ローザとエミリアは見守るような眼差しで眺めていた。

 

 彼女達の最後尾を歩いていたアッシュは何も言えないまま、息苦しさを堪えているだけだった。

 

――もしかしたらネージュさんも、僕と“同じ”なのだろうか?

 

無闇な憶測がアッシュの脳裏に過りかけて、その黒々とした想像を追い払おうとしたときだった。

 

「あの防壁門を出たところで、皆さんには守備に就いてもらいます」

 

 アッシュ達を案内してくれていた男性冒険者が、手元の書類を捲りながら振り返ってきた。

 

「もともと、町の警護団が使っていた詰め所小屋がありますので、そこは自由にお使いください」

 

 「現在守備についているパーティとの交代は、明日の夕刻となります。厳密なタイミングについてはサニア隊長からの連絡をお待ちください」

 

 男性冒険者に従いて、アッシュ達も防壁を出た。

 

帝国側への街道が正面に伸び、街道から外れた向こうには森が見え、山裾に連なっている。広大な森だ。野生の魔物も多いだろう。

 

防壁を背にして、この森を見据える場所が、アッシュ達が守備につく場所だった。直ぐ近くの防壁上部には張り出した部分があり、そこが見張り台として機能するようだった。

 

 この時間は他の冒険者達が守備についていて、防壁の外に4人の冒険者が暇そうに雑談しているのが見えた。

 

全員が男性で、革鎧や防具で身を包み、剣や槍を手にしていた。近接装備の彼らは、見るからにパーティの前衛といった感じだ。

 

 彼らの内の1人は、アッシュ達がサニアから渡されたものと同じ腕輪を嵌めている。彼らも、サニアと直接に連絡を取り合うことが出来るのだ。

 

 一方、防壁の見張り場には3人の女性冒険者の姿があった。彼女達は周囲を見回し、森の上空にも変った動きがないか目を凝らしていた。

 

 彼女達の服装からして、弓使いが1人、魔術士が1人、回復役が1人といったところだろうか。そしてこの女性冒険者達のうちの1人、回復役らしい女性が腕輪をしているのが見えた。

 

アッシュ達は明日の夕刻には、彼ら、彼女らと交代するという形になる。

 

必要な説明と案内を終えた『正義の刃』の男性冒険者2人は、サニアに合流すべくこの場をあとにした。

 

ローザ達が守備任務に就くのは明日からであり、今は実質的に非番だ。この時間の余裕を利用して、ローザ達は防壁の周りをもう少し見て回ることにした。

 

「もしかしたら、私達もあちこち走り回ることになるかもだし」とローザは言っていたが、その可能性は高いのではないかとアッシュも思った。

 

町や村を守るという仕事は、冒険者の仕事の中では珍しいものではない。だが、容易いものでは決してない。

 

大型クランである『正義の刃』、それに領兵騎士団と協力するとはいえ、冒険者個々人の用心と下調べに越したことは無い。

 

だが、油断する者たちというのは必ずいるようだ。

 

防壁に沿って歩いていたアッシュ達が、見張り台や櫓の位置を確認していたときだった。

 

「守備に就いている間は、飲酒は厳禁であると伝えた筈ですが」

 

「い、いや、今日はなんつーか、平和な感じだったからよぉ……」

 

「そのように油断されていては困ります」

 

サニアが複数の男性冒険者に冷ややかな眼差しを浴びせている場面にでくわした。

 

恐らくは見回りの途中だったのだろう。サニアの傍に町長の姿はなく、代わりに4人ほどの『正義の刃』のクランメンバーを引き連れていた。

 

「さ、酒ぐらい別にいいだろう。眠りこけてるワケでもねぇ」

「ゾンビ共が攻めてくるのは、決まって夜だったんだろ?」

「こんな昼間なら、ちょっとぐらい休憩しても大丈夫だって」

 

サニアに見据えられている男性冒険者たちは、引き攣った愛想笑いに不満を過らせている。

 

彼らの首元には、『2等級・銅』の認識プレートが光っていた。上級冒険者として、防壁門の守備を任されていたようだ。

 

だが、その足元には酒瓶が数本転がっており、どうやら酒盛りでもしていたらしい。そこを、見回りにきたサニアに見咎められているところのようだ。

 

「それにゾンビ共が大挙して押し寄せてきても、アンタがいるじゃないか」

 

なぁ? と、男性冒険者の1人が同意を求めるように肩を竦めた。他の男性冒険者たちも、冗談めかしつつ媚びるような追従笑いを浮かべる。

 

「……非協力的な心構えは、即刻改めてください」

 

だが、サニアは容赦なく言い捨てる。その冷然とした態度と眼差しに射貫かれ、男性冒険者たちは背筋を伸び上がらせた。

 

「あなた方が果たす務めは、この町を守ることです。それを放棄するような態度は、ギルドにも報告させていただきます」

 

サニアの声には抑揚がなく事務的で、宣告的でもある。

 

「これ以上の怠慢は、あなた方の等級に関わるでしょう」

 

言葉遣いも丁寧だが、それが却ってサニアの威圧感を増幅させていた。

 

男性冒険者たちは顔を引き攣らせたまま頷きつつも、やはり不満そうな眼差しでサニアを捉え、何かを言い返そうとしていた。

 

だが、表情を作ることなく片方の目を窄めたサニアに「何か申し開きはありますか?」と訊かれて、言い返せる者はいなかったようだ。男達は黙って頭を下げる。

 

「……では、以後気を付けて下さい」

 

そう言い終えたサニアは、すぐに男性冒険者たちから視線を外して歩き出していた。町の防壁に沿った見回りを続けるようだ。

 

恐らくだがサニアは、自分の背中に向けられた男性冒険者たちの恨めしげな視線にも気付いているだろう。

 

「けっ……。気に入らねぇ」

「顔はイイが、可愛げの欠片もねぇな」

「この仕事がギルドからの強制依頼じゃなけりゃあなぁ」

「あぁ、速攻でバックレてるところだぜ」

 

悪態をついてボヤく男性冒険者たちの姿を遠目に見ながら、カルビが鼻を鳴らした。

 

「冒険者ってのは数を集めると、どうしてもああいう不真面目な奴らが混ざるんだよな」

 

「まぁ、問題を起こしたペナルティで派遣されてくる冒険者たちなら、なおさらだよ」

 

ローザも眉を下げて、ネージュも軽く息を吐いた。

 

「町の守備に配置されている人数自体が多いのも、油断に繋がるのかもしれないわ」

 

「“剣聖”であるサニアさんが控えてくれていますからね。その心強さの御蔭で、かえって慢心してしまう方がおられるのも無理はありませんわ」

 

 遺憾そうに溢したエミリアに、アッシュも続いた。

 

「この依頼自体も、『正義の刃』の補助としての意味合いが強いのも事実ですから。あまり熱心でない冒険者の方がいても、仕方がないのかもしれません」

 

 手に負えないほどに強力なゾンビが迫って来たとしても、最後には剣聖サニアに助けて貰える。そういう意識が、冒険者たちから危機感を奪ってしまう可能性はある。

 

 だが翻って言えば、剣聖サニアの存在は、エルンの町の住人や、この土地を守るべく集められた領兵騎士団たちにも安心感や希望を与えているということだろう。

 

過剰な悲壮感に町が覆われておらず、住人たちの生活が一気に崩壊せずに済んでいるのは、クラン『正義の刃』のメンバー達とサニアの存在によるところも大きいに違いない。

 

それからもアッシュ達が防壁の周りを歩き、町人たちの避難経路を確認し終えたときには、陽の光には夕刻の色が滲んでいた。

 

「それじゃ、ギルドが用意してくれた宿に行こっか」

 

淡い茜色に浸された町並みを眺めたローザが伸びをして、アッシュ達を見回した。

 

「私達も明日からは本格的な守備任務に入るからさ。身体を休めとこう」

 

アッシュ達が村に滞在することになるのは、7日から10日程度になるとギルドから話は聞いている。

 

その間に、またアッシュ達と入れ替わる形で他の冒険者が送られてくるので、それまで魔物から町を防衛するというのがアッシュ達の仕事である。

 

 町の守備が交代制のようになっているのは、派遣されてくる冒険者の数が多くなり過ぎても、『正義の刃』だけでは指揮できなくなるからだろう。

 

ギルドが用意する依頼報酬が嵩むし、そういった資金を辺境伯が負担するにしても、やはり限界がある。

 

 そういった事情を考慮した結果、小回りの利く冒険者を適宜補充しながら、町の防衛力を維持していくという今の方針に落ち着いたようだ。

 

「町の防衛戦ということになれば、私達のパーティも手分けすることになるかもしれませんわね……」

 

防壁を眺めやったエミリアが、思案顔で頷く。

 

「宿に着いたら、アッシュさんを含めた私たちの組み分けも考えましょう」

 

「あぁ。だが、そういう難しい話はメシの後にしようぜ。腹が減って仕方ねぇよ」

 

怠そうな顔になったカルビが後頭部を掻いて、飲み込み損ねた欠伸を漏らした。

 

「……他の冒険者のことを不真面目だ何だのと言っていたくせに、貴女も随分と長閑な態度ね」

 

半目になったネージュが指摘するが、「不真面目な油断と、緊張を緩めるのとじゃ意味が違う」とカルビは肩を揺らす。

 

「ずっと気を張ってると、集中力や判断力も落ちてくるからな。適度なリラックスも大事なんだよ。……だからネージュ、お前も今のうちに肩の力を抜いとけよ」

 

穏やかな口調のカルビは、最後に付け足す。

 

「アタシ達はパーティだ。一人じゃねぇ」

 

明確にネージュに寄り添おうとする言葉だった。それを感じ取ったに違いないネージュも、「分かっているわ」と素直に頷いてから、そっぽを向いた。

 

そんなネージュの様子をこっそりと窺っていたアッシュの脳裏には、先程のネージュが見せた尋常ではない剣幕が過っていた。

 

 間違いなく、ネージュは“教団”について何かを知っているし、強い感情を抱いている。それが憎悪や復讐心の類であることも間違いなさそうだった。

 

“教団”と呼ばれる集団について、アッシュが知っていることは多くない。

 

 古代魔王の復活を目的としていることや、そのために人造生命体を生み出している、といった程度のことしか知らない。

 

それ以上を詳しく知ろうとしなかったというよりも、“教団”に関する情報自体が極端に少なく、調べようが無かった。

 

 それに、“教団”について関心を新たに持つこと自体が、アッシュにとっては途方もない苦痛でもあった。

 

 頭の中で、あの男の声がする。

 

 ――お前は出来損ないだ。

 ――お前は不全だ。

 ――お前はガラクタだ。

 

 この村のすぐ傍に、あの男が居るような気配さえ感じた。

 俯いたアッシュは、きつく目を閉じて薄く息を吐く。

 

 ――自分は何者なのか?

 

 その設問に向き合う気力を、今のアッシュは維持できなかった。

 代わりに、もしかしたら……、という別の設問が浮かび上がってくる。

 

 ――ネージュさんも、僕と“同じ”なのだろうか?

 

 再び、脳裏に黒いものが過りそうになって、アッシュは肺を絞るようにして、もう一度だけ息を吐きだした。

 

 余計なことを考えるのはやめよう……。

 

 ネージュと“教団”の間に何があったのか。それを訊き出すことは、ネージュの過去の、最も深い場所に踏み入ることになるだろう。

 

ただの同行者であるアッシュが触れていい話題ではない。

 

 ネージュとパーティを組んでいるローザやカルビ、エミリアなら何か事情を知っているのかもしれない。実際、“教団”という言葉をローザは口にしていた。

 

 だが、彼女達の間に入り込んでいくことは躊躇われた。

 

 そんな資格は、僕には無い。

 

 アッシュの過去をネージュに明かすことなども、出来るはずもなかった。ましてや、理解されようなどと願ったり、受け容れられようなどと思うことが間違いなのだ。

 

 僕は、独りであるべきだ。だからこそ、ソロ冒険者だったはずだ。それなのに僕は今、こうやってローザさん達に同行している。

 

そのこと自体が、何か、自身の愚かさや醜さの証明のようにアッシュが思えたときだった。

 

「アタシはな、お前にも言ってるつもりなんだぜ」

 

横合いにまで近付いてきたカルビが、アッシュと肩を組んで見下ろしてくる。

 

「えっ、僕ですか?」

 

「あぁ。さっきから元気がねぇからな。ちょっと休憩してくるか?」

 

カルビの声音は、ネージュに向けられたときのままだ。穏やかで温かい。

 

「レイダー共に鎮静魔法をかけたり傷を癒したり、そういうのをお前に任せちまったのも悪かったな」

 

「あれから動きっぱなしだったもんね。アッシュ君、やっぱり疲れてる?」

 

ローザも心配そうな顔になっていた。

 

「私達の都合を優先して下さるアッシュさんに、少し甘え過ぎてしまいましたわね……」

 

「傷の治癒や魔力回復用だけじゃなくて、滋養薬も持って来ているから。必要なら、いつでも声を掛けてくれて構わないわ」

 

 エミリアとネージュも、アッシュを振り返ってくる。彼女達の親身な眼差しを、とても有難いものに感じた。

 

「ありがとうございます、皆さん」

 

アッシュは頭を下げる。自分の問題に意識を向け過ぎるあまりに、彼女達に心配をかけてしまったようだ。

 

「滋養薬を頂くほどではないのですが……。では御言葉に甘えて、少しだけ、1人の時間を頂きたいと思います」

 

 同行依頼を受けた身としては、余計な気を遣わせてしまっていることも申し訳なかった。

 

「夜までには、必ず皆さんと合流しますから」

 

「うん……。分かった。それじゃあ、また後で。あ、そうだ! これを持って行ってよ」

 

 ローザが手渡してくれたのは、通信用の指輪だった。

 

「もしも緊急事態が起きても、これなら落ち合うのも簡単だし」

 

「わざわざ僕の分まで用意してくれていたんですね。……ありがとうございます」

 

「ううん。寧ろ、渡すのが遅れちゃってゴメン。ゆっくりしてきてね」

 

 優しい声で応じてくれたローザに頭を下げ、アッシュはその場を離れた。

 

 独りになり、少し落ち着きたいのは事実だった。余計なことばかりが浮かんでくる思考を沈めて、勝手に感傷的になってくる自分の心を処理したかった。

 

 どこか、他の冒険者も、町の住人とも会わないような場所はないだろうか。

 

 そんな風にぼんやりと考えて歩いていると、広場に出た。隊列を組んでいる領兵騎士団員たちと、彼らに縋るような眼差しを向ける町の住人たちの姿が疎らにあった。

 

 非日常に囚われ、停止した町。その全景を見下ろすように、広場の正面には立派な神殿が聳えている。

 

魔物の脅威に曝されながらも、この町の神殿が纏う厳格さは、白々しいほどに損なわれていなかった。

 

広場の前で足を止めたアッシュは、黙って神殿を見上げた。

 

 女神教の養護院の世話になったアッシュは、神殿の運営に関わる人々には敬意を払っているし、それらは尊い職業であると確信している。

 

だがアッシュは、女神教の信者ではなかった。

 

女神教の経典に現れる言葉たちは、正義と善良さ、平等を重んじていて、確かに徳に満ちている。人間的で、疑いようがないほどに正義だった。

 

だが、それら全ては“人間”に向けられたものであり、“偽造された人間”に向けられたものでは無いのだ。

 

 ――お前は必ず救われない。

 

 アッシュの耳にこびりつた声。同時に、後ろからローブの袖を引っ張られた。振り返ると、1人の男の子が挑むような目つきでアッシュを見上げていた。

 

 

 

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