「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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チャンス、ピース <ローザ視点>

 

 

 

 

 「このまま押し返せればいいけど……!」

 

 遊撃としてローザは、サニアと着かず離れずの位置を保っていた。

 

 空中から急襲してくるゾンビ共を撃ち落とし、他の冒険者に襲い掛かろうとしているゾンビを吹き飛ばしながら、サニアの様子を窺う。

 

 彼女は強い。あの戦いぶりは、間違いなく“剣聖”だ。濁流の如く強襲してくる大量の有翼ゾンビを斬って斬って斬りまくって、徹底して斬り捨てている。

 

 魔術士を含む彼女のクランメンバーは離れた位置で後衛について、その残りを殲滅している状況だ。斬撃の化身のようなサニアに置いて行かれているという風情でもある。

 

 いや、サニアは味方を放置しているのではない。むしろ逆だ。最も危険な場所に、自らの身体を迅速に持ち込み、突出し、味方を危険から遠ざけようとしている。

 

 結果的に、サニアは独りでゾンビを斬り捨て続けている。

 

 暗銀の鎧を着込んだ彼女は、返り血代わりにゾンビ共の体液を浴びまくって、土砂降りの雨でも被ったような有様だ。彼女の暗銀の髪も、汚れて濡れそぼり、もうドロドロだ。

 

 それでも表情を変えず、彼女はただ只管《ひたすら》に剣を振るう。小動《こゆるぎ》もせず、斬撃を放ち続ける。

 

 その凄烈な彼女の姿は、どこかアッシュに似た冷徹さと、超然とした強さ、――危うさがあるようにローザが感じたときだった。

 

『……ルフルから報告がありました。西側上空から、“指揮個体”と見られるゾンビが飛来してきているとのことです』

 

 装着している通信用の腕輪から、サニアの硬い声が届いてくる。

 

 それを聞いてローザは、一瞬ドキッとしてしまった。またトラブルかと思ったし、私達の所為じゃないからと主張しそうになった。

 

 だが、そんな悠長でセコいことを言っている場合ではないことも理解している。

 

 それでも、西側の夜空を見上げたローザは、望遠魔導具を取り出しながら内心で舌打ちし、同時に戦慄してしまう。

 

 濁った深紫の魔法円が、積層型に展開されていた。その魔法円の内部に、女性が佇んでいるのが分かる。普通の女性なわけがないし、そもそも人間でさえないだろう。

 

 魔法円の内部で両手を広げている女性は、豪奢かつ荘厳、清廉な法衣を纏っている。その法衣をローブのように間深く被ることで、顔の上半分を神秘的に隠していた。

 

 彼女の顔の下半分は、その全体の美貌を仄めかすように整っていて、形の良い唇も、細く通った鼻筋にも、厳粛な神聖さと艶やかさがあった。

 

 ただ、彼女の肌は土気色だ。瑞々しさが全くない。まるで古い陶器のようで、一切の生気が抜け落ちている。死人。死体。そんな言葉を嫌でも連想させる。

 

 アレが、指揮個体のゾンビか。

 

「お、おい……、何だありゃあ……」

「次から次へと湧いてきやがって」

「今度は女神さまのゾンビかよ……」

 

 周りにいる冒険者達からも、あの女神ゾンビを見上げながら鼻白み、動揺しているのが伝わってくる。正直なところ、ローザも心境としては同じようなものだった。

 

 そんなローザ達を嘲笑うかのように、精緻な装飾が施された錫杖を手にした女神ゾンビが、何かを詠唱をしはじめたのが分かった。

 

 奇妙なことだが、声が聞こえてきたからだ。女神ゾンビとローザ達との距離は、まだあれだけあるのに。

 

「悲哀hr慈悲のMIEFfy慈悲をbhEFWEdaica苦悩niHCACoa愛されfuigrg涙にnsot濡れionb愛をirgue愛koMCE……」

 

 それは途方もなく美しく澄んだ、女性の声だった。祝福の聖歌を歌い上げるような、濁りのない透明な声だ。

 

 綺麗だ。物凄く。こんな綺麗な歌声を、ローザは聴いたことがなかった。

 

 無意識のうちに拍手をしそうになる。生まれて初めてだ。胸を打たれている。

 

 その問答無用で圧倒的な歌唱にあてられ、ローザ以外の冒険者達も、惚けたように女神ゾンビを見上げていた。泣きだした者までいるし、祈るために手を組もうとしている者までいる始末だ。

 

 だが、そんなことをしても無意味だ。

 ローザもネージュも、すぐに正気に戻った。

 

 分かっているからだ。

 あの女神は助けてなんてくれない。

 

 あの歌は、町をまもるべく戦っているローザ達に慈悲と救いを齎すものではなく、死と破滅を与える為に違いなかった。

 

 その証拠に、ローザ達の上空を飛行している有翼ゾンビ共が、濁った深紫色の魔光を纏いながら、吼え猛り、その身体を少しずつ巨大化させつつあるのだ。 

 

 あの女神ゾンビには、自分の魔力を分け与えることで、指揮下にあるゾンビ共にバフをかける能力があるらしい。

 

「うぉぉおおっ……!!」

「ぐぁぁっ!! クソが……っ!」

「吹っ飛ばされるな! バラけたら餌になるぞ!」

「耐えろ耐えろ! とにかく耐えるんだ!」

「奴らの突撃を止めて、引きずりおろせ!」

「魔術士達の詠唱時間を稼げ!」

「駄目だっ! こいつ等の攻撃が重くなってやがる!」

「くそったれ……! 受け止めきれねぇぞ!」

 

 ローザの周囲では、彼方此方で怒号が上がった。雄叫び。苦鳴。それらを掻き消す戦いの吼え声が、夜の空気を激しく震わせている。

 

 集団戦を展開している他の冒険者達が、強化されたゾンビ共に押され始めたのだ。

 

「こんなトラブル、私のせいじゃないからね……!」

 

 ローザは悪態をつきながら、他の冒険者たちを魔導ショットガンで援護する。魔法弾の範囲に巻き込まないように細心の注意を払う必要があって、それもローザの精神を削った。

 

 さらに最悪なのは、あの女神ゾンビが強力な防御結界を纏っているらしいことだ。

 

 防壁上通路に陣取っている『正義の刃』所属の魔術士達も、さっきから飛来してくる女神ゾンビを撃と落すべく、空に向けて攻撃魔法を放ってくれていた。

 

 炎が渦となって巨大な矢を為し、凝縮した風の刃が唸りを上げて吹き荒れ、雷の束が火花を散らしながら荒れ狂っている。

 

 どれもこれも殺傷能力の高い属性魔法だ。それらが複数回、波状攻撃のように展開されて、強化された有翼ゾンビ共が砕かれ、焼かれ、墜落していく。

 

 物凄い連携魔法攻撃だった。ローザも魔導銃を構えて、女神ゾンビを狙って凍結魔法弾を撃ち込む。

 

 それなのに、魔法円に包れた女神ゾンビ本体には、一向に魔法攻撃が届いていないのだ。全て防御結界で防がれてしまう。

 

 防御結界を纏った女神ゾンビは両腕を広げ、悠然と、しかし結構な速度で居住区上空まで迫りつつある。

 

 シャーマンの時と似た状況になってきているが、あの時と決定的に違うのは、女神ゾンビが空を飛んでいることだ。簡単に手が出せない。

 

 魔法弾が無駄になったことに文句のひとつでも言ってやりたいが、それどころではない。

 

「hrfy慈悲をbavnioa愛のfuigrg涙をnsotionb愛をirgue愛愛愛愛……」

 

 此方を見下ろす女神ゾンビの詠唱が、巨大な魔法円を編み上げつつある。何の魔術を発動させるつもりなのかは知らないが、間違いなくヤバそうだった。

 

『下らねぇなことになったな。せっかく戦線が持ち直したってのに』通話用魔導具からカルビの声。驚くほど冷静な。『どうするよ? ここで迎え撃つにしては分が悪いぜ』

 

『えぇ。こちらから打って出た方がいいわ』続くネージュの声。僅かな焦りと警戒が滲んでいる。『何をしてくるか分からない以上、後手には回るのは危険よ』

 

『私もネージュさんに賛成ですわ!』エミリアの豪快な賛意。丁寧な口調だが、どこまでも攻撃的。『居住区に近付ける前に、先制攻撃で粉砕しましょう!』

 

「……まぁ、打てる手も無いこともないんだけど」

 

 仲間たちからの意見を聞きながらローザは、細く長く息を吸う。4秒の瞑目。手持ちの装備を思い返し、整理する。

 

 今まで幾つものトラブルに遭遇してきたローザだが、その分だけ、思考の瞬発力と応用力は鍛えられた。それを実践する度胸と勇気も。

 

 後頭部を狙って急降下してきたゾンビ2体を振り向きざまに魔導ショットガンで吹き飛ばしてから、ローザは息を吐いた。

 

 「あの、サニアさん。ひとつ提案があるんですが――」

 

 頭の中にある作戦を、カルビ、ネージュ、エミリア、それにアッシュにも通話を繋げた状態で、手短にサニアに伝える。

 

 全員が驚いているような気配があったが、ローザ自身も無茶苦茶なことを言っている自覚はある。だが、これしか手が思いつかない。

 

 『――無謀としか言いようがありません』

 

 通信用の腕輪越しに返ってきた彼女の声には、戸惑いの色があった。だが、『ですが……』と続いた声の響きには、侮蔑や軽蔑の気配も、何を馬鹿なことをとでも言いたげな呆れもない。

 

『貴女の案が、効果的であることは予想できます。遺憾ながら今の私にできることは、この命と剣をもって、敵の攻撃を受け止めることのみのようです』

 

 引き絞られたサニアの声は懺悔のようでもあり、既に己の死に場所を定めた者のような静けさもあった。

 

『あれだけ上空に陣取られては、私の剣は届きません』

 

 ローザに応答しながらサニアは、無数のゾンビを斬り倒している。腐肉が両断されて地面に撒かれる気配が、その声の背後に明瞭に立ち昇っていた。

 

『あの女神ゾンビが、此方に向かいながら何らかの魔術を準備しているのは明白です。貴女たちのパーティに先制攻撃を行う術があるのなら、……お願いします』

 

 どうか御武運を。最後にそう付け足して、サニアは通話を切った。戦闘に戻ったのだと遠目に分かる。

 

「……ありがとうございます」

 

 短く礼を述べたローザは、サニアのことを殆ど知らない。

 

 “剣聖”と呼ばれるに相応しく、強く聡明で気高い女性であり、その勤勉さと厳しさの余り、他者から疎まれたり煙たがられたりしているのを察した程度だ。

 

 だが、こうした命を賭した戦い中でも、ローザの武運を純粋に祈ってくれるサニアの善意こそは、いかにも“彼女らしい”ように感じられた。

 

「皆も聞いてたと思うけど、私達がパーティで動くことはサニアさんに許可してもらったよ」

 

“剣聖”に武運を祈られたら、やるしかない。

 

「あの女神ゾンビを黙らせてやろうよ」

 

 駆け出しながら、ローザは仲間達に声を向ける。

 

『おう。今から行くぜ』意気揚々としたカルビの応え。『それにしても、時々ローザは無茶なことを考えるよな』

 

『でも、突拍子もないアイデアは柔軟性の証でしょう』信頼の籠ったネージュの応え。『突破口というものは得てして、そういうものなのかもしれないわ』

 

『何にせよ、私の“淑女力”を見せる時がきたようですわね!』力が漲りまくったエミリアの応え。『私のダブルバイセップスが唸りますわぁぁぁぁん!』

 

「うん。みんなことは、私も頼りにしてるよ」

 

 仲間たちがいることの心強さを噛み締め、ローザも応じる。

 

『一致団結してるトコ、ごめんローザ……!』

 

 通話用魔導具から切迫した声が届く。ルフルの声だ。

 

『アッシュ君には今、負傷者した冒険者パーティの治癒をお願いしたところなんだ……。強化されたゾンビを撃ち漏らして……!』

 

『サニアさんとのお話は、通話魔導具で僕も窺いました』

 

 すぐにアッシュの声も届いてくる。この淡々とした口調は冷淡さからではなく、彼が集中していることの顕れであることは、既にローザは知っている。

 

『負傷者の治癒を終えれば、必ず僕もローザさんと合流します。ただ……、負傷者の数が多いので、もう少し時間が掛かるかもしれません』

 

「なるほど……。うん。了解だよ」

 

 西側防壁の上部に目をやり、ローザは唾を飲み込みながら頷く。

 

 治癒薬ではなく、即効性の治癒魔法を必要とするということは、退避できないほどの負傷を負った者が複数出たということだ。

 

「アッシュ君は、治癒魔法に専念をお願い。怪我をしてる人を助けてあげてよ」

 

 腕の立つ治癒術士であるアッシュの存在は、命の危機に瀕している者達にとっての救いに違いなかった。

 

『はい、すみません。ありがとうございます』

 

「ううん。謝ってもらうことなんてないって。寧ろ、こんな無茶苦茶な作戦にアッシュ君を付き合わせちゃうのは、流石に気後れしてた部分もあるからさ」

 

 ローザが言葉の最後にだけ、小さく笑みを含ませた。この状況で、アッシュに余計な気を遣わせるべきではないと思ったからだ。ルフルの声が続く。

 

『ローザが凄腕の魔導具遣いってことはもう分かってるから、マジで頼りにしているよ!』

 

「いや、あんまり私に期待しないでよね。とにかく、私はパーティの皆と合流するよ」

 

『りょ! 気を付けてねマジで!』

 

『どうか、気を付けて下さい……!』

 

「うん。ありがと。そっちもね」

 

 指輪の向こうのルフルとアッシュに答えながら、ローザは今度こそ駆け出す。

 

 冒険者達の戦いの熱気が、夜の空気に滲み出している。夜風が吹いているはずなのに、やけに暑い。そこら中で咆哮が弾けて、悲鳴にも似た怒号が吹き上がり、その隙間を剣撃の響きと魔術の炸裂音が埋めていた。

 

 町のド真ん中での、魔物との戦闘だ。本来なら避けねばならなかった事態が、いままさに起きていることを改めて思う。

 

 夜の空気を吸い込み、ローザは走りながら奥歯を強く噛んだ。

 

 居住区内に幾つか設けられた避難場所に集まった住人たちは、神官や魔術士たち、さらに領兵騎士団員の結界魔法によって強固に防護されている。

 

 御蔭で、これだけ激戦になっても住人に被害は出ていない。だが、避難場所で震えているだろう町の人達は、どんな気持ちなのだろう。

 

 愛着のある生活の場が――。

 自分達が暮らしていた場所が――。

 自分の親兄弟が守って来た土地が――。

 愛していた故郷が――。

 

 こんなふうに暴力で染め上げられている現状を、苦しんでいない筈がない。

 

 ローガン町長が語ってくれた言葉を思い出す。そこには間違いなく、何十年にも亘る町の人達の苦労と喜びを見守ってきた人生が滲んでいた。

 

 ローザは町長の気持ちを理解できるとは言えないが、共感はできる。とても心の深いところで、頷くことができる。

 

 もしも、この町が焼けて消えてしまうようなことがあれば、それは、この町で生きてきた誰かの形跡までもが、跡形も無くなってしまうということだ。

 

 町の人達が生きてきた時間が、永遠の喪失へと押しやられてしまう。

 

 このゾンビ共を駆逐すれば、また町を再建することはできるだろう。だが、作り直された町の景色と、愛情を持って振り返る記憶の景色は、絶対的に違うはずだった。

 

 その悲痛と悲哀を予期する寂しさ、そして怖さは、ローザも身に染みて知っている。

 

「父さん――」

 

 無意識に呟いてしまったローザは、胸の内に蘇ってくる感傷を無理矢理に飲み込んだ。

 

 町の人達を守りたいと思うと同時に、この町そのものをローザは守りたかった。大それたことかもしれないが、それが正直な気持ちだった。

 

 居住区防壁の西側まで走りこんだところで、夜空からゾンビ共が急降下してきた。数は3体。猛襲してくる。だが、ゾンビ共がローザを襲うことはできなかった。

 

「このまま、防壁の外まで行きましょう」

 

 ローザに並走してきたネージュが大槍を振り抜き、夜空から降ってきたゾンビ共を凍りつかせ、吹き飛ばしたからだ。

 

 いや、それだけではない。

 

 ローザに並走してくるまでにネージュは、ゾンビ共に押し込まれそうになっている複数の冒険者パーティの脇を通り過ぎながら、氷結魔法による防御魔法で彼らを援護していた。

 

「うぉお! こ、氷の結界か!?」

「ゾンビ共の動きも鈍ったぞ!」

「あ、ありがてぇ……!」

「助かった! このまま押し返すぞ!」

 

 ネージュの氷結魔法に支えられた冒険者たちが、ゾンビ共を押し返して反撃に移っているのが見えた。その様子を、ネージュも肩越しに確認しているのが分かった。

 

「他の冒険者もカバーしちゃうなんて、流石はネージュ」

 

「素通りするのも寝覚めが悪いでしょう」

 

「素通りできないのが、ネージュのいいところなんだって」

 

 軽く言い合うローザの脳裏に、“教団”という言葉が瞬間的に過った。

 

 そして、復讐という言葉も。

 

 ネージュが何の為に冒険者を続けているのか。

 そして何故、冒険者になったのか。

 

 その設問の答えとして、復讐という言葉は十分過ぎるほどの説得力を持っていた。そして、詮索することを躊躇わせるだけの、ネージュの過去も仄めかしている。

 

 だがそれでも、ネージュは他者を見捨てることはしない。

 

 もしかしたら心の深いところで、ネージュは人生の目的を復讐に設定しているのかもしれない。だが彼女は、人間的な優しさを放棄していないのだ。

 

 一見して矛盾しているように見えるが、その強かさこそが、ネージュという女性の本質を語っているのだとローザは信じたかった。

 

「あの女神ゾンビも、毒性の強い腐肉を纏っているのでしょうし。できるだけ居住区に近付かせない位置で相手取りたいわ」

 

 見上げるネージュの横合いから、今度は熱風が吹き付けてきた。

 

「そりゃあ、言えてるぜ」

 

 炎を纏わせた大戦斧をギュオンギュオンとぶん回すカルビが、頭上から迫ってきた有翼ゾンビ5体を叩き割って消し炭にしながら駆けよってくる。

 

「あんなもんが墜落してきたら、どんなサプライズがあるか分かったもんじゃねぇ」

 

 カルビの軽薄な口調の底には、揺らぐことのない熱い何かが燃えているのが感ぜられた。ローザとネージュに向けられた彼女の獰猛な瞳が、爛々と輝いている。

 

「だがまぁ、何が起こってもお前らを死なせることはしねぇよ」

 

 ネージュとは反対隣に並んだカルビの声には、やや力みがある。普段通りの雑な口調も、ローザ達を死なせないための決心を、自分自身に言い聞かせているようでもあった。

 

 仲間の死というものを極端に忌避しているらしいカルビの様子を、ローザ以上に敏感に感じ取ったらしいネージュが鼻を鳴らした。

 

「貴女は私に言っていたでしょう? 重要なことは住人を守ることよ。私たちの生き死にではないわ」

 

「アタシにとっては同程度に重要なんだよ。お前らが死なねぇってことはな」

 

「……自分勝手な言い分ね。私には偉そうなことを言っていたクセに」

 

「けけけ。アタシが身勝手なのは今更だろ」

 

 ローザの両脇を固めるように並走してくれるカルビとネージュは、言い合いながら目を見交わす。険悪さのない眼差しを結ぶ彼女達に、ローザも軽く笑って肩を竦める。

 

「まぁ、2人がいれば何とかしてくれるって信じてるよ」

 

 仲間がいることの心強さを噛み締めるローザも、カルビとネージュを交互に見た。そのすぐあとだった。

 

「ぜぇぜぇ……!! ローーザすわぁぁぁん!! ぜぇ……! シャァァァイニィィィング&パァァーーーーフェクトな淑女である私《わたくし》もお忘れなくゥゥ!!」

 

 漆黒の重装鎧を着込んだエミリアが、紅の縦ロール髪を揺らしながらドッスンドッスンと並走してくる。彼女は笑顔を維持していたが、頬が引き攣っていて汗だくだった。

 

 ローザ達に何とか追い付いてきたという風情だ。

 

「この作戦ではァァァ! ま・さ・に!! ぜぇ……! ゴホっ……! こ、この私《わたくし》が備えたァァ、ぜぇ……! 他の追随を許さない、圧倒的な“淑女POWER”が必須なのですからッ!!」

 

 とにかく力技が得意なエミリアだが、跳んだり走ったりするのが意外と苦手なのだ。

 

「必須なのはアタシ達全員だっつーの」

 

「……というかエミリア、貴女もうヘロヘロじゃない。大丈夫……?」

 

「これしきのことォォ、何の問題もありませんわ! ぜぇ……! でも、やはり私《わたくし》の淑女的高貴さは、か弱さと繊細さを内包していますから……。多少、疲れやすい体質かもしれませんわね……。ぜぇ……! ゲホホッ!!」

 

「……お前のガタイの、一体どこらへんが繊細なんだよ」

 

「そうよね。重戦車みたいな頑丈さだけが取り柄なのに」

 

「そこしか褒めるところが無いみたいな言い方ァ……ッ!?」

 

 カルビとネージュに容赦なくツッコまれ、エミリアが半泣きで大声を上げる。その姿を横目で見たローザが思い出すのは、レイダー達を前にしたエミリアの、清冽な覚悟と言葉だ。

 

“冒険者”という生き方によって体現できる善意を、エミリアは真剣に生きようとしている。自分自身を貫く生き方に、誇りを持っている。

 

 そんなエミリアを、カルビも、ネージュも否定しない。

 

 彼女達はそれぞれに過去を抱えて、それを全て曝け出さないことを認め合い、共鳴して、絆と呼べるものさえ育んでいる実感さえ覚えることもある。

 

 感傷的になっている場合では全くない筈なのに、彼女達がパーティメンバーであることが、今のローザは何かの奇跡のように感じられた。

 

 ――父さん。私、いい仲間に恵まれたよ。

 

 胸中で呟いてから、ローザは気持ちを完全に切り替える。前を見て、頭上を見上げる。

 

「はいはい。皆が普段通りなのは心強い限りけど……そろそろだよ!」

 

 ローザ達が居住区防壁を走り出てようとしたときだった。

 

「遺遺遺遺遺遺遺遺遺遺……――!!」

「亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜……――!!」

「怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨……――!!」

 

 守備陣形から外れて行動するローザ達を警戒したに違いない。女神ゾンビを護衛するように陣取っていた有翼ゾンビが、一斉に急降下してきた。

 

 幾重にも折り重なって降ってくる奴らの濁声も、そのままローザ達の身体を押し潰さんばかりだ。

 

 だが、このとき、ローザ達を追い越していく者がいた。

 

 濃緑の軍服に、暗銀の鎧を組み合わせたような恰好の彼女は、頭上から降ってくるゾンビの群れを正面から相手取った。

 

 サニアだ。

 

 守備陣形についている冒険者達と『正義の刃』のクランメンバー達から突出した彼女は、自らの身体を餌にするようにしてゾンビ共に身を曝す。

 

 次の瞬間には、彼女を中心にして無数の斬撃が空間を奔り、ローザ達に殺到しようとしていた10体近くのゾンビ全てが斬り捨てられて、地面に撒き散らされていた。

 

 暗銀の魔力を帯びた剣を手に、彼女は“剣聖”としてそこに在った。ただ独りで突出してきたサニアはローザ達のために、ゾンビ共を引き受けてくれたのだ。

 

「頼みます」

 

 脇を通り過ぎようとするローザ達に、サニアが頷いて見せる。

 

「はい……!」駆けながらローザは頷く。「おう!」カルビがウィンクを返し、「礼を言うわ」ネージュが目礼をして、「お任せになってェ!」エミリアが握り拳をつくってみせた。

 

 ローザ達は前に出る。居住区の西側防壁の門から、幹線道路へと走る。飛来してくる女神ゾンビを、ほぼ真上に捉える位置まで走った。文字通り、迎え撃つために。

 

 だが、それは女神ゾンビも同じだったようだ。

 

 「死の安らぎdanuda抱擁をbahdai授けndayda歌をmidahu愛をmdiahu――!」

 

 女神ゾンビが、明らかに詠唱を中途で放棄した気配があった。その証拠に、展開されつつあった魔法円には欠けている場所があり、完成された術陣としては見るからに不完全だった。

 

 だが、それでも女神ゾンビの魔術は発動した。結果的に、ローザ達は女神ゾンビの先制攻撃を許してしまう。

 

 女神ゾンビが夜空に描き出した、不完全な魔法円。そこから濁った薄紫色の光というか、靄の塊みたいなものが発射されてきたのだ。

 

 それも、物凄い数と密度の、魔光弾の礫だった。分厚い弾幕のように拡がりながら降ってくる。星屑が降ってきたみたいだ。いや、これは暢気な比喩でもなんでもない。

 

 あまりの光弾の多さで、夜なのに昼間にみたいな明るさになる。

 

 冗談じゃない。マジで凄い量だ。

 ブワァァァァっと来てる……!

 

 カルビも、ネージュも、エミリアも、夜空を見上げて悪態をつくとか、舌打ちをするとか、失望や落胆の態度を表すとか、そんな暇もなかった。

 

 彼女達は咄嗟の防御姿勢をとった。カルビとネージュが防御魔法を瞬間的に唱えて、さらのその2人をエミリアの大盾で庇うという陣形を瞬時に整えたのだ。

 

 とはいえ、幾ら強固な防御魔法を展開していようとも、あれだけの光弾をまともに浴びるのは危険だ。圧殺される可能性だってある。

 

 だが、それ以上に女神ゾンビはローザ共々、居住区の守備についている人間を皆殺しにする気なのは明白だった。

 

「させないっての……!」

 

 カルビやネージュ、エミリアに庇われながらだが、ローザは既に、腰に下げたホルスターから大型魔導拳銃を抜き取って、迫りくる光の壁に向かって構えていた。

 

 装填していた魔法弾は、『クリムゾン・エクスプロージョン』。

 

 ローザの切り札だった。

 

 その名の通り、炎属性かつ爆発系統の魔術が籠められている。威力の大きさから使いどころが難しい上に、値段も張る。1発で約100万ジェム。

 

 さらに魔力消費も殺人級で、この魔法弾を実用したことが原因の魔力枯渇で、報告されているだけで7人が昏睡、2人が死亡している。

 

 魔術士協会直属の販売店でも、この『クリムゾン・エクスプロージョン』弾を購入する際、ローザも一筆書かされて、血判を押して来たのだ。アレは要するに、“この魔法弾で魔力枯渇に陥って死ぬことになっても自己責任です”という署名だった。

 

 まぁ、それぐらい曰く付きというか、普通なら使うことを躊躇うような代物だ。だが、かららこそ、こういうギリギリの時には頼りになる。

 

 普段はケチになって節約して、ここぞという時は惜しまない。

 それが冒険者を続けるコツだと、父は笑いながら言っていた。

 その通りだと思う。

 

 出し惜しみをして、誰も彼もが死ぬような事態になったら、何もかもが無意味だ。幸いなことにローザには借金も無いし、ローンで魔法弾を購入しているワケでもない。

 

 貯金用と普段使い用に口座に分けて、涙ぐましいやりくりで装備を整え、赤字を補填するためだけのダンジョン探索も何度もやった。

 

 ああいう地味な冒険者活動も、ある意味で、こういう時のためだ。いざという時に、可能性を持ち込むためだ。

 

 だから今は、持っているものは使い切ろう。

 仲間を、大切なものを守るために。

 

 自分の命だけ、少し残しておけばいい。

 ――これも父が言っていた言葉だった思う。

 

 ……残ればいいけどね。

 

 ローザは口許だけで苦笑しながら、奥歯を噛み締めて引き金を引く。

 

 その瞬間だった。身体の中から、体温というか体力というか鼓動というか、その他もろもろ、生きるために必要な色んなものが消滅する感覚があった。

 

「――ぅぁ……」唇の隙間から漏れる自分の掠れた声が、他人事のように聞こえる。霞みつつある目を凝らして、ローザは見ていた。

 

『クリムゾン・エクスプロージョン』は、流石の高級魔法弾だった。

 

 文字通り、中空に紅色の爆発が起こった。しかも、ただの爆発ではない。魔術士達によって編み上げられ、指向性を持ち、密度と殺傷力を増幅させられた、破壊のための魔法だった。

 

 夜気を焼き払う紅の爆炎は、だが、その熱も火の粉も、ローザ達の方には押し寄せてはこない。そう設計されているからだ。

 

 魔術によって発生した苛烈な炎は、その前方と横に向けて、荒々しくも盛大に、かつ迅速に、容赦なく腕を伸ばし、女神ゾンビとその周りにいた有翼ゾンビ共を、飲み込んだ。

 

 降ってくる無数の光弾も炎の中に抱き込まれて、その多くが爆風と共に消滅して夜空に消えた。

 

 掻き消せなかった光弾は、ローザ達の周囲にある家屋や建物、居住区防壁に直撃。門が崩落。直後に、サニアからの通話が届く。

 

『魔法攻撃の相殺、助かりました。おかげで、居住区内部にまで被害は出ていません』

 

 どうやらサニアは、崩れた防壁には巻き込まれていないようだ。

 

『崩落した防壁門を迂回し、すぐに私もそちらに向かいます』

 

 届いてくる彼女の硬質な声に、揺らいだ部分は全くない。恐らく、負傷もしていないのだろう。そんなふうに安堵を覚えた瞬間、ローザの呼吸が遠のいた。

 

 魔力消耗の甚大さを思い知る。感覚が消えて、夜なのに目の前がホワイトアウトした。身体が傾く。倒れていく。

 

「ローザ!」横からネージュに支えてくれる。「無茶しやがるぜ……!」カルビが治癒魔法の詠唱を始める声。

 

「でも、見事でしたわローザさん! 御蔭で魔法攻撃は凌ぎましたわよ……!」エミリアが魔力回復薬を使ってくれる気配。

 

 抜け殻になりそうな身体を支えられ、体力と魔力を注ぎ直されているのが分かる。命を繋ぎ止められた感覚だった。仲間がいてくれてよかった。

 

 「ありがと、皆……。本番はこれだから、手筈通りにお願い」

 

 まだ力の籠らない小声で言いながら、ローザはもう一度夜空を見上げる。

 

 灼熱の風が吹き荒れたあと夜空では、立ち込めていた雲の層も、紅色に滲みながら押し流されていた。千切れていく暗雲の狭間から、淡い月明かりが覗いてくる。

 

 そこに広がる光景に、ローザは舌打ちをした。

 

 「やっぱり、あの防御魔法円は崩せないか……」

 

 女神ゾンビは、展開している魔術結界で『クリムゾン・エクスプロージョン』弾の爆炎を防いでいた。ヤツは健在だ。嫌味ったらしいぐらい、悠然と空に佇んでいる。

 

 今も、女神ゾンビの襲来を阻むべく、防壁上の冒魔術士達が魔法を唱え、炎弾や雷槍を幾度も放っているが、これらも全て魔術防壁で掻き消されてしまっている。

 

 暗い空を支配するように陣取る女神ゾンビは、まさに鉄壁だ。触れられない。

 

 しかも女神ゾンビは居住区上空に向かってきながら、今度は特大魔法円を2つも展開しつつある。

 

 考えたくもないが、さっきみたいな深紫の光弾を星屑のように降らす準備に違いない。それも、単純に考えてさっきの倍の規模で。

 

 凌ぎきるのは至難というか、次にアレを撃たれたら多分終わりだろう。居住区どころか、この辺り一帯が更地になってしまう。

 

 ゾンビ共を操っているだろう黒幕の目的が何であれ、あんな規模の攻撃魔法を展開してくる時点で、もう瓦礫と死体の山を作りたいだけなのかもしれない。

 

 だが、ここまで近付けば反撃は間に合う。

 

 うん。間に合う。間に合え。間に合え……!

 

 奥歯を噛みながら強く念じるローザは、全ての装備をアイテムボックスに仕舞いこんだ。同時だった。ネージュが軽く息を吐くのが聞こえた。

 

「……いつでも言って。タイミングは貴女に任せるわ」

 

 ローザの身体を片腕で支えるネージュは、『クリムゾン・エクスプロージョン』が無効化される光景を睨みながら、既に必要な魔術詠唱を終わらせてくれていた。

 

 空いた方の彼女の掌の中に、一際強い魔力光を宿した魔法円が象られている。

 

「でも、死んでは駄目よ。ローザ」

 

 目を見交わしたネージュが、頷きながら言ってくれた。

 

「大丈夫だよ。カルビとエミリアから、体力と魔力も回復させて貰ったからね」

 

 声が震えないよう気を付けながら、ローザは少しだけ笑う。

 

「命を使い切るギリギリで、踏み止まれると思う」

 

 泣いていても始まらないし、笑うしかない。「分かったわ」とネージュが短く応じてくれたあと、彼女の両手の掌に展開した魔法円が、蒼い光の線となって解けていく。

 

 蒼い魔力の光線は、絡まるようにしてローザの身体を覆いながら、蒼い氷へと姿を変えていく。ネージュの魔力で編み込まれて生成された氷の装甲であり、頑強な氷の鎧だった。

 

「出来る限りの……、魔力を籠めたわ。強度は十分の筈よ」

 

 ローザの作戦ために、多大な魔力注いでくれたのだ。女神ゾンビを見上げるネージュの声は僅かに揺れて、掠れていた。

 

「ありがと。ネージュの扱う凍結魔法だもん。私も信じてるって」

 

 呼吸を整えるような間を置いたネージュに、ローザは短く礼を言ってウィンクした。それからすぐに、エミリアに向き直る。「それじゃあ、お願い」

 

「えぇ、善は急げ! ですわ! ……でも、ホントにやるんですの?」

 

 つい今しがた襲撃してきた有翼ゾンビを大盾で殴り飛ばしたエミリアが、微かに不安そうになる。そんなエミリアの目を見詰めながら、ローザは苦笑した。

 

「勿論。エミリアの“淑女パワー”を貸してよ」

 

「……了解しましたわ。ローザさんの勇気に敬意を表して、全身全霊を掛けさせて頂きますよォ!」

 

 覚悟を決めたように声に力を籠めたエミリアが、大盾が水平になるように持ち直し、すっと姿勢を落とした。深紅のバラと茨が描かれた大盾の上に、ローザは軽く跳んで乗った。

 

 心臓が暴れはじめる。大丈夫だ。私は落ち着いている。口が異様に乾くし、頭の後ろとか背中が痺れているような感覚があるけど。集中できる。いける。

 

 足が震えるのだけは必死に堪えた。

 

 ……ごめん。

 ……やっぱり、めっちゃ怖い。

 でも、そんなことは言ってられない。

 ビビってられない。

 

 歯の根が鳴りそうになったとき、横合いから背中を叩かれた。

 

「大丈夫だ。アタシが居るんだ。死にゃしねぇよ」

 

 既に大戦斧と鎧に炎を灯しているカルビが、その凄絶な美貌に凶悪な笑みを刻んで見せる。根拠のないことを言うカルビだが、今は頼もしくて仕方がない。

 

「それじゃ手筈通り、雑魚を薙ぎ払うのはアタシに任せとけよ。ローザ」

 

 そう言ったカルビは、「ハァァァaaaaaaAAAAAHH――……!」と、長く大きく息を吐き出しながら身体を前に折り畳むように、自分の魔力を体内に凝縮させるように曲げていく。

 

 カルビの吐息には火の粉が混じり、彼女が纏う全身鎧も、バキバキと音を立てて姿を変え始めた。

 

 鎧の肩と背中部分が分厚く広がり、流動的に変形し、猛々しい形状の兜が生成されて、カルビの頭部を覆っていく。鎧自体が、伝説にあるような竜人にも似た形態へと変わった。

 

『KA、HAAAAHHHH……――!!』

 

 竜の頭部に酷似した兜からは、彼女の息遣いが炎となって漏れ出している。

 

『飛んでるだけの雑魚共は、全部まとめて炭屑にしてやるぜ。それに合わせろよ、エミリア』

 

「合点承知の助! ですわ!!」

 

 威勢よく応じたエミリアも、自らの肉体を強化する詠唱を素早く済ませていた。

 

 エミリアの着込んでいる漆黒の鎧の内側からは、ミシミシミシ……ッ! という、筋肉が密度を増して凝縮していくような、パワフル過ぎる音が聞こえてくる。

 

 というか、女性にしては大柄なエミリアの身体が、また一回りくらい大きくなったような気さえする。

 

 ついでにエミリアは、ローザが乗っている大盾にも魔力を流し込んでいるようで、紅の薔薇の花弁まで盛大に吹き上がり、舞い上がり始めていた。明らかに無駄な演出ではあったが、それを指摘するような余裕は、今のローザには無い。

 

 もう喋れない。全然、そんな余裕がない。ただ、女神ゾンビによって夜空に描き出された、あの魔法円の中心に収束していく、濁った紫色の光を睨んでいた。

 

「詩をutai死をnageki悲しみwo濯ぎnagasi命をnagiharai全te余燼ni砕けyo愛の下に慈悲nomooni……!!」

 

 女神ゾンビの声は今まで以上に美しく澄んで、悲哀を滲ませたような切なさを周囲に響かせた。

 

 ローザは鳥肌が立つのを抑えられなかった。背筋が冷たくなる。

 

 やはり、あれは詠唱ではなく歌だ。愛と死を歌っている。悲しさと共に優しさが漲る歌を。そんなことを無意味に考えてしまう。だが間違いなく、聞く者の心を打つ歌声だった。

 

 だが、もういい。もう十分だ。

 

『いい加減うるせぇんだよ……』

 

 そう思っていたのはローザだけではなく、両手持ちした大戦斧を体の後ろに構えたカルビも同じだったようだ。

 

『ローザ! アイツを黙らせて来い……ッ!』

 

 声音の端に凶暴な笑みを滲ませたカルビは夜空に向けて、爆炎を纏わせた大戦斧を思いっきり振り抜いた。その肉厚の刃が描く斬撃の軌跡をなぞるように、赤橙色の光が盛大に奔った。

 

 あれは魔法や魔術ではなく、ただカルビの肉体の持つ魔力が放散されているに過ぎない。だって、カルビは詠唱も触媒の準備も、何もしていないのだ。

 

 それでも、あの威力と範囲だ。魔導銃を扱うローザでも圧倒されるし、そもそも魔法を使えないエミリアは驚愕するしかないし、高レベルの魔術を扱えるネージュだって舌を巻くだろう。

 

 カルビの扱う炎は、その破壊力ゆえに、ダンジョン内でも迂闊には使えない。だが、夜空に向けてならば遠慮は不要だ。

 

 大戦斧を介してカルビが解き放った爆炎の塊は、陰影を象りながら巨大な姿を得て、雄々しく翼を広げていく。魔力の炎によって編み上げられたあれは、ドラゴンの髑髏、その幻影だった。

 

『VOOOOOORAAAAAAAAAHHHHHHH……――!!』

 

 夜空を焼き尽くさんと燃え盛る業火の広がりは、女神ゾンビ達に襲い掛かろうとする髑髏竜の咆哮となって響き渡る。

 

 それは殆ど、幻想的でさえある光景だった。

 

 炎で象られた巨大な髑髏の竜が夜空へと飛翔し、爪牙を広げ、まだ夜空に残っていた有翼ゾンビ達を飲み込み、抱き込むように焼き払い、消し飛ばしていく。

 

 ローザの『クリムゾン・エクスプロージョン』にも劣らない威力だ。

 

 だが、あの炎で編まれた髑髏の竜でも、女神ゾンビの展開している魔術防壁までは突破できなかった。

 

『GOOOOOOAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHH……――!!!』

 

 術陣が象られた魔力の防壁に激突し、その一瞬の硬直のあと、髑髏の竜は熱波を撒き散らしながら消散してしまった。

 

 邪悪な竜が、聖なる女神の力によって退治されたかのように。

 

 そんな神話的な絵画にも似た光景を、のんびりと眺めている場合ではない。

 

 カルビが解き放った髑髏竜は掻き消されてしまったが、空に陣取っていた有翼ゾンビの殆どを消し飛ばしてくれた。明らかに、さっきよりも夜空が広くなった。

 

 今がチャンスだ。カルビが道を作ってくれた。防護ゴーグルとマスクを取り出して装着した。ネージュによって生成された氷の鎧に、自分の体温を託す。そして叫んだ。

 

「エミリア……! お願い!」

 

「えぇ! 行きますわよォォォオ……!!!」

 

 ローザを乗せた大盾を両手で持っているエミリアは、「シィィィィ……!!」と鋭く息を吐いてから、地面をズッドォォン!!と踏み砕いて陥没させながら、一歩前に出た。

 

「“淑女道奥義”ィィ……!!」

 

 そして体を大きく捻り、ローザを乗せたままで大盾をぶん回す。

 

「エェェキセントリィィィック・メガハードヒロイック・エミリア・カタパルトォォォオアアアアア……ッ!!」

 

 いったいどこら辺に淑女要素があるのかは完全に謎だが、エミリアのパワーを用いたカタパルトという点では分かりやすい技名だ。

 

 ほんの一瞬だけ、ローザの脳裏をそんな暢気な思考が過った。

 

 その時にはもう、ローザは空を飛んでいた。

 いや正確には、とんでもない速度で射出されていた。

 一気に夜空へと昇っていく。

 

 内臓が全部裏返って、押し上げられて口から出そうだ。軽い吐き気を無視しながら、絶対に下は見ないようにした。

 

 流石に怖過ぎるし、ここで集中力が切れたら笑えない。下唇を強く噛んで前だけを、というか、上だけを見ていた。

 

 ローザの身体は今、女神ゾンビへと急接近している。

 見る見るうちに、両腕を広げた女神ゾンビが近づいてくる。

 

 うひぃ……!

 

 変な声が出そうになるのを飲み込みながら、ローザは両手の感触を確かめる。

 

 今のローザは手ぶらだ。何も持っていない。戦況をどこからか観察しているだろう黒幕、もしくはネクロマンサーに手の内を悟られたくないからだ。

 

 だが、この作戦の半分は成功している。ここまで来たなら――!

 

 

 

 

 










今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
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