「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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傍観者よろしく

 

 

 

 

 

 エルンの町から少し外れた草原では、太い煙が張れた空に向かって幾条も昇っていた。町を攻めてきたゾンビの残骸を運んできて寄せ集め、それを焼いているからだ。

 

「しかしまぁ……。焼かなくちゃいけねぇゾンビ共の量がヤベェな」

 

 軽装のカルビは戦斧を肩に担ぐように持ちながら、疲れた声を漏らす。彼女の目の前では巨大な炎が渦を巻き、燃え盛っていた。

 

 だが、カルビが編んだ赤橙色の炎は、無闇に燃え広がることはない。

 

荒々しさを保ちながら、その場に留まり続けている。まるで、カルビに忠実な巨大な獣が、狩りの命令を待つかのように。或いは、餌を与えられて貪るように。

 

「これでやっと半分ぐらいか?」

 

「えぇ。多分、それぐらいだと思います」

 

覇気のないカルビの声には、アッシュも苦笑で応じた。

 

「北側防壁での戦いで倒したゾンビも、かなり多かったですからね」

 

 とはいえ、町のなかに散らばるゾンビの肉片やら何やらを草原まで運ぶことに関しては、運搬用のアイテムボックスを用いれば重労働ではない。

 

ただ、ゾンビの腐肉はネクロマンサーの魔力によって汚染されており、普通の火では焼くことも困難なので、魔術による炎を要した。

 

また、魔術の炎で焼却するためにも、まずは “浄化の霊炎”などの魔法で、ゾンビの腐肉から魔力汚染を取り除かねばならないのも厄介だった。

 

 汚染された腐肉を焼いても、そこから出た灰には汚染が残ってしまうからだ。

 

 今もエルンの町に残っている冒険者パーティや、『正義の刃』に所属している魔術士、治癒術士、それに神官達が協力して、山積みになったゾンビの腐肉に浄化処置を行ってくれている。

 

「焼いちまえば終わりってワケじゃねぇのが、また面倒だよな」

 

 ボヤくようにカルビは言いながら、ボリボリと頭を掻いた。

 

「だがまぁ、魔力汚染を残したまま焼いちまうと、今度は灰だの炭屑だのの浄化処理が必要になっちまうっつーオチだからな」

 

「えぇ。きっと、そちらの方が大変だと思います。ゾンビの肉塊を少しずつ浄化しながら、焼却していくしかないですよ」

 

「面倒だが、やるしかねぇ……ってか」

 

眉を押せて顎をしゃくれさせたカルビが、流れていく雲の長閑さを羨むように見上げながら、気怠そうに息を吐いた。

 

「ローザ達も、崩れた建物なり防壁なりを片付けに大忙しだしな」

 

 カルビの言う通り、ローザとネージュ、そして、瘴気と毒に身体を蝕まれて丸3日寝込んでいたエミリアも、今は町の内部の片付けと修繕に回ってくれている。

 

「病み上がりのエミリアさんには、今の忙しさは少し堪えるかもしれませんね」

 

「心配いらねぇよ。あいつの頑丈さは筋金入りだ」

 

軽く笑ったカルビの口振りは軽薄だが、エミリアが意識を取り戻し、そして快復するまでの治癒を行ったのはカルビだった。

 

「何なら、じっとしてる方が堪えるんじゃねぇか? あいつの場合は」

 

今はこうして肩を揺らしているカルビだが、自分の食事も睡眠も後回しにして、エミリアの治癒に全力を注いでいた。その真剣な横顔を、アッシュは思い出す。

 

エミリアが体力を取り戻したことに対して、誰よりも深く安堵しているのはカルビはずだった。

 

ローザ達がカルビのことを信頼する根拠とは、彼女の強さではなく、こういった真心のある献身を衒いなく実践してみせるところにあるのだろう。

 

「カルビさんは、本当に仲間想いなんですね……」

 

「だろぉ? 今回の治療費も、出世払いで許してやったんだぜ?」

 

「え……、りょ、料金は発生するんですか……?」

 

ツッコミ気味にアッシュは言いながらも、カルビの心情を察せないわけではなかった。

 

エミリアが語った、クラン設立という夢。

それを応援する意図があっての“出世払い”なのだろう。

 

「くく……。まぁ出世できなかった場合は、タダにしといてやるさ」

 

冗談めかしたカルビが意地悪な笑みを見せたところで、涼やかな風が草原を渡っていった。今のエルンの町の忙しさを冷やかすように。

 

 

 女神ゾンビの襲撃を退けてから、今日で5日目。

 

 クラン『正義の刃』のメンバー、領兵騎士団、そして冒険者達が力を合わせた居住区防衛戦は成功したが、明らかになった町の被害状況は小さなものではなかった。

 

防衛戦での攻撃魔法の余波や、墜落した有翼ゾンビの巨体によって、町の建物が幾つも損壊しており、ゾンビ共の焼却処分も含め、その後始末が急ピッチで行われている。

 

「そう言や……神殿の礼拝室で寝込んでる町の奴らも、まだ多いんだろ?」

 

 別のゾンビの山を燃やすべく歩き出したカルビが、眉を下げた顔になって聞いてきた。

 

居住区を防衛する戦いの中で負傷した者の数も、当然だが少なくなかった。

 

それに加えて、町の住人たちの中からも、体調不良を訴える者、気力を消耗しきったように倒れる者が続出した。

 

無理も無かった。戦闘の経験も碌に無いまま、生きるか死ぬかの緊張に一晩中曝され続けたのだ。心身共にダメージを負わないという方が不自然だろう。

 

「えぇ。でも、神官の皆さんが無償で滋養魔法を提供してくれていますから。御蔭で、住人の方々の心身の快復も、かなり進んだはずです」

 

この戦いを終えたエルンの町の神官達は、教義にではなく己の良心に従い、人々の心身を今も癒してくれている。

 

「この地方を治める辺境伯が、新たに領兵騎士団員を派遣してくれましたし。医療薬や滋養薬を豊富に送り込んでくれたことも、町の人たちの心を支えていると思います」

 

「そりゃあ、何よりだ」遠くの方へと視線を投げたカルビが、軽い溜息と共に溢した。自分に言い聞かせるような、随分と抑えられた低い声音だった。

 

「今回のゾンビ共は、汚染と毒持ちだ。その影響で、冒険者も町の奴らも、戦いが終わったあとにバタバタと死んじまうってのが一番怖ぇからな」

 

「えぇ、本当に……。町に戻って来られた『正義の刃』の別動隊の方々も、皆無事だったようですし」

 

「だな。まぁ、この町の傷や疲れが癒えきるには、もうちょっと時間が掛かるだろうけどよ」

 

 カルビは言いながら、草原の向こうに見える町の方に目線だけを向けた。

 

 商館や宿など、広いスペースを持つ建物の多くは現在、包帯、ガーゼ、傷薬や麻酔薬などが大量に持ち込まれ、傷が癒えきっていない冒険者達が運ばれている。

 

 居住区の防衛戦が終えてからの3日間は、治癒術士であるアッシュも、負傷者の回復を手伝いに足を運んでいた。

 

清潔感と閉塞感のある薬品の匂いと、幾人もの人間の体温が無造作に混じり合う空気の中、重傷者たちが無造作に寝転んだり座り込んだりしているのは、一見すると野戦病院のような風情だった。

 

 ただ、本当の野戦病院のような緊迫感は無かったし、痛みに叫び、もがき苦しむような者も殆どいなかった。寧ろ、他愛のない談笑が小さく弾けながら、リラックスした気配が漂っていた。

 

『正義の刃』に所属している治癒術士隊のメンバーが、入れ代わりで重傷者の治癒を継続しているため、命の危機に曝されているような重体の者は、もう既に回復は済ませていたからだ。

 

 大きな傷を一気に癒せば、術者と被術者、双方の命を大きく削ってしまう。

 

だが、ある程度の時間をかけて、複数人が治癒魔法を施術し、それに並行して魔法薬での治療を行うことで、その危険性を回避していた。

 

止血、痛み止め、応急処置用の治癒魔法薬に関しても、『正義の刃』が十分に用意してくれていたのも大きい。このあたりの準備の量や周到さは、やはり武闘派クランと言ったところだろう。

 

 負傷者の数は多かったものの、その大半は、体の奥深くまで与えられた傷と、そこに残った痛みを安静にしながら取り除いていく段階だった。

 

「あー! カルビさんとアッシュ君だ!」

「え! あっ、マジじゃん!」

「おーい! アッシュくぅ~ん! カルビさぁ~ん!」

 

 瑞々しく華やいだ声が、草原の静けさを彩りながら近づいてくる。振り返ると、3人の女性冒険者がアッシュ達に手を振ってくれていた。彼女達の名前は、既に教えて貰っている。

 

「あぁ、おはようございます。ルフルさん。それに、マリーテさん、ステファさんも」

 

 アッシュが軽く頭を下げる。カルビも身体を向き直らせた。

 

「おう。今日はお前らも焼却作業か」

 

「えぇ、そうなんですよ。浄化魔法を使える人間はゾンビの処理に回れってのが、サニア隊長からの指示でして」

 

 馴れ馴れしいというよりは、人懐っこい笑みでカルビに応じたのは彼女の名は、確か、マリーテ=ルノティフだった筈だ。

 

 すっきりとした美人顔と、切れ長だが少し垂れ気味の目許が印象的な女性だ。赤紫の髪を後ろで束ねているのも颯爽としていて、背が高くスタイルの良い彼女に似合っている。

 

「あたし達って、水、土属性の魔法が得意なんでぇ。万が一の時の消火役も兼ねてるんですぅ」

 

ゆったりとした喋り方、艶のある褐色の肌、何処か眠たそうな目、そしてクリーム色のセミロングの髪の毛が色っぽい彼女の名は、ステファ=シェルル。

 

 無邪気な少女のような笑顔に、ぷっくりとした唇が艶を与えている。

 

 2人は小洒落た濃紺色の魔術士装束の上から、『正義の刃』が採用している軽装防具を身に着けていた。だが今は非戦闘時であるためか、胸当ての類はしていない。

 

それに、ある種のファッションのように魔術士装束の着崩している。いい加減でだらしない着方という感じではなく、彼女達の意図と感性によるものだと分かった。

 

ただ、『正義の刃』のクランメンバーらしからぬというか、やや露出度の高い恰好だ。

 

「草原に火が燃え広がらないように管理するのは、魔術士隊の仕事だからね。割と大変だけど、ド根性ギャルのあーしも頑張りまっす!」

 

 明るい声で言いながら、アッシュにずんずんと近づいてきたのはルフルだ。そのルフルの背後、少し離れたところで2人の青年の姿が見えた。

 

 彼らの名は確か、レニー=スコーブ、そして、ガヴェリー=レイゴッドだ。金髪美青年のレニーが、アッシュに向かって深く頭をさげてくれている。傍にいる黒髪のガヴェリーも、丁寧な会釈をしてくれた。

 

 アッシュも慌てて頭を下げる。『正義の刃』の魔術士隊に所属している彼らも、マリーテやステファ、そしてルフル達と共にゾンビの焼却作業についているようだった。

 

 レニーとガヴェリーはカルビにも頭を下げたが、その時、レニーの方の表情には緊張が見え、頬には微かな朱が差していた。

 

 その様子を肩越しに眺めていたルフル達が、はしゃぐようにして笑いあう。

 

「いやぁ~。レニーってば今回の戦いで、すっかりカルビさんのファンになっちゃったみたいですね」

 

にんまりと笑うルフルが浮ついた言い方をして、カルビが顎をしゃくらせた。

 

「何だよ、アタシのファンって」

 

「ありゃ、カルビさん、気付いてないんですか?」

 

マリーテが意外そうに眉を上げた。

 

「カルビさんのパーティ、町に詰めてる冒険者の間でも話題ですよ。スゲー美人揃いの凄腕パーティだぁ、って。まぁ、ちょっとスケベな話題も多いみたいですけど」

 

そう苦笑しながら言い足したマリーテの苦笑に続き、うんうんとステファも頷いている。

 

「うちのクランメンバーの大半も、カルビさん達のパーティを見直してましたよぉ」

 

クラン『正義の刃』はアードベルを拠点にしているため、そのメンバー達も、ローザ達がトラブルメーカーであるという噂は耳にしたことがある者も多いのだろう。だが実際に共闘してみれば、ローザ達が誠実な冒険者であることは分かるはずだ。

 

「実際、カルビさん達のパーティに同行依頼をしたらどうかって意見も、隊員たちからも出てるんですよ」

 

言い添えるルフルの表情には、カルビに向けられた穏やかな敬意がある。

 

ローザ達の評価や印象が良くなったことには、アッシュも素直に嬉しかった。

 

「アタシ達の力が認められるってのは、悪い気分はしねぇな。だが、同行依頼を受けるってなると、ちょいと話がややこしくなるぜ」

 

だが一方で、カルビの反応はイマイチだった。

 

「うちのパーティの指令塔はアタシじゃねぇ。メンバーの意見も聞く必要がある。それに……」

 

言いながらアッシュを横目で見下ろしてきたカルビは、そこで獰猛で艶美な笑みを顔に刻んで、アッシュの肩をがっしりと組んでくる。というか、抱き寄せてきた。

 

「アタシ達はこれからも、コイツに同行して貰おうと思ってるからよ~」

 

ルフル達を見渡すカルビの口振りは、まるで恋人でも紹介するかのような熱っぽさだ。

 

「アッシュに同行依頼をしながら、別のクランの同行依頼を受けるってのも、妙な具合になっちまうもんな」

 

「ひ、必要としてもらえるのは、ありがたいです……」

 

カルビの装甲服の胸部分で頬を潰され、あたふたとアッシュは応じる。

 

「ああーー! カルビさん! アッシュ君のひとり占めはズルいですよ!」

 

「そぉーですよぉー! 独り占め、はんたーい!」

 

 マリーテとステファが抗議の声を上げるが、カルビが鼻で笑う。

 

「アタシはまぁ、アレだ、アッシュのお姉ちゃんみてぇなモンだからな。これぐらいの距離感で丁度いいんだよ」

 

 余りにも堂々とお姉ちゃん面をするカルビは意味不明な理論を展開しつつ、今度はマリーテとステファに指を向ける。

 

「……つーか、その様子だと、お前らの方はアッシュのファンにでもなっちまったか?」

 

「そーですよッ!」マリーテが勢いよく胸を張り、「はーい! ファンですぅー!」とステファも挙手をした。

 

「そ、そうなんですか……?」困惑するアッシュを見て、可笑しそうに小さく笑ったルフルが説明してくれる。

 

「ほら、さっき言ったっしょ? ウチのクランでも、カルビさんのパーティは話題になってるって。それで、同行していたアッシュ君にも注目が集まったんだよ」

 

「あー……」納得したようにカルビが低い声を漏らし、アッシュをちらりと見下ろした。

 

「最後まで剣聖サマと並んで戦った、5等級の名無し冒険者だもんな。そりゃあ、話のタネにもされるか」

 

「勿論それもあるんですけどっ」はしゃいだ声になったマリーテが補足した。「ウチのクランでは、女性隊員たちの間で、アッシュ君の人気が沸騰中でして!」

 

「そうなんですよぉ!」ステファも目を輝かせてアッシュを見詰めてくる。「やっぱり、アッシュ君みたいな感じの男の子って、冒険者業界でも少ないしぃ!」

 

妙な感じにテンションを上げ始める2人。それを困った顔で見ていたカルビが、やれやれと溜息を吐き出す。

 

「それなら猶のこと、アッシュが悪い女共に騙されないよう守るのが、このカルビお姉ちゃんの役目ってワケだな」

 

「あーし達は悪い人じゃないので、大丈夫でーす! ね? アッシュくん、ねー?」

 

 ルフルは同意を求める言い方をしながら、アッシュの顔を覗き込むようにしてウィンクを飛ばしてくる。

 

既にルフルの距離感は、アッシュに対するフレンドリーさを通り越していた。カルビが眉間を絞って舌打ちをするのが聞こえた。それでも険悪な雰囲気にならないのは、ルフルもカルビも、互いの実力と人格を認めているからだろう。

 

そしてそれは、アッシュも同じだった。

 

「えぇ。そう……ですね」

 

 受け取る言葉の全てを深刻に捉えていては、キリが無い。それは理解している。だがこの時は、『悪い人』という言葉が、やけに強い言葉に聞こえた。

 

 怯えと驚愕交じりのネクロマンサーの掠れた声が、耳の奥で疼く。

 

 “テメェ、何者だよ……”

 

 単純な設問。だが、明確な回答はアッシュには無い。

悪い人……。僕もまた、悪人なのだろうか。

 

僕の行動とは関係なく、誰かから見える僕の姿にも関係なく。僕の本質として――。だからこそ僕は、僕以外の誰もが、眩しい善性を帯びて見えるのだろうか。

 

「この町を守るために戦った皆さんが、どのような人生を送ってきたのかは全く分かりません。誰にも明かすべきでもないような、暗い傷痕や想いを抱えているひとも、少なくかもしれません。でも……」

 

 あの夜は、冒険者も、神官も、騎士団員も関係なく、エルンの町の為に命を懸けて戦った。その紛れもない現実は、無かったことにはならない。

 

内面の善悪という基準で人を分けねばならないのだとしても、その事実の尊さを無視することはできないだろう。

 

 正直な思いを口にする。もしも仮に、本当に“悪い人”がいたとしても、あの夜を戦い抜いて町を守ったという経験は、深い自省の契機になるのではないか。

 

まさにエミリアが言っていた、“歩み直す”という意味において。

 

「他の冒険者の方々を含め、この町を守るために戦かった皆さんのことを、“悪い人”だと思うのは難しいです」

 

アッシュは正直な想いを込めて、ルフルに応えた。アッシュ自身も意識はしていなかったが、口許には笑みが自然と浮かぶ。

 

 するとマリーテとステファが、「う……」とか「ほわぁ……」などと変な声を漏らし、ちょっと驚いたような顔になってから、何度か瞬きをしながら頬を赤らめた。

 

 衝撃を受けたように目を少し見開いたルフルも、唇をへの字に曲げて僅かに体を引いている。

 

「……いやぁ、アッシュくん。そんな風に笑うのはズルいってぇ……」

 

 渋い顔になったマリーテが頬を指で掻き、ちょっと悔しそうに呟いた。

 

「うんうん! 今みたいに笑って何かをお願いされちゃうと、何でもきいてあげたくなっちゃう!」

 

 声を高くしたステファも、ふんわり笑顔のままで少し息を荒くしている。

 

「こんなに強烈な胸キュンをさせられちゃうとは、あーしも不覚だったわ~……。うぅ~ん……。魔性の少年って、ヤツぅ?」

 

 強敵を分析するような口振りのルフルも、ちょっと頬を赤くしながら唇の先を舐めている。

 

「え、魔性の……、何ですか?」

 

 彼女たちからの眼差しがやけに熱っぽくなって、アッシュが当惑しそうになったときだった。組んでいた肩を解いたカルビに、ぐいっと振り向かされた。

 

「お~い、アッシュ~?」

 

 ちょっと拗ねたような声になったカルビが、アッシュを見下ろしながら両手を伸ばしてくる。アッシュの頬に。

 

「むぇ?」

 

 むにゅっと両頬を摘ままれたアッシュは、変な声を出してしまう。だがカルビはお構いなしに、アッシュの頬をムニムニむにょむにょと奔放に動かし始める。

 

「あもあもあもあも……!」

 

「そうやってなぁ~、相手を信頼しきった無防備な感じでなぁ~、ふわっと笑い掛けるのはよぉ~、アタシ以外にはやめとけってよぉ~、前に言ったよなぁ~?」

 

 ゆったりとしたカルビの確認口調は、アッシュの返事を求めているものではなかった。実際、アッシュは両手をわちゃわちゃと動かすのが精一杯で、ほとんど喋れなかった。

 

「あぁ~! いいなぁ~、ウチもやる~!」

 

「その次はあたしも~!」

 

 マリーテとステファが順番待ちを始めつつあったが、それはカルビが「駄目だ」と一喝する。

 

そんな暢気な様子を見て可笑しそうに笑っていたルフルが、「いや~、でも、アッシュ君のさっきの笑顔は、サニアには見せない方がいいかも」と冗談めかした。

 

「サニアってば、腕っぷしが強くて男くさい連中を相手するのは慣れてるだろうけど、アッシュくんみたいな子には免疫が無いだろうからさー。もしかしたら、ガチ恋しちゃうかも」

 

 架空の話を面白がるように続けたルフルに、不味そうな顔になったカルビが「もう手遅れだったりしてな」と、軽くあしらうような相槌を打つ。

 

 「まぁでも、サニア隊長に関しては、既にガチ恋している人間がクラン内にいますからね~……」

 

仲間の誰かを思い浮かべる口振りになったマリーテが、切なそうに口許を歪めた。やり切れないといったふうに、ステファも息を吐いている。

 

「ジュード隊長は、まぁ、うん……。あれだけ分かりやすい好意を向けてるのに、サニア隊長ってば全く気付いてないみたいだしぃ……」

 

どうやら『正義の刃』の内部には、サニアに懸想する者がいるようだった。だが、命を預け合いながら彼女と志を共にしていれば、それも不思議なことではないだろう。

 

サニアの美貌や、彼女の剣技の冴えよりも、職務に忠実な謹直なさ、理知的な振る舞いにこそ心を動かされるのでないか。

 

「あぁ、そうそう。サニアの話で思い出した!」

 

 この場での立ち話に区切りをつけるように、ルフルが軽く手を叩いた。

 

「お喋りが楽しくて、伝えるのを忘れるところだったよ。えぇと……」

 

少し真面目な声を出して、アッシュとカルビを見比べた。マリーテとステファの2人も、道を譲るようにすっと黙って、ルフルの発言を促す。

 

「もぁ……?」

 

 カルビに頬を引っ張られたままのアッシュは、顔と視線を何とか動かしてルフルの方を見た。「ん? アタシ達に用があんのか?」と、カルビも訝しそうに眉を下げている。

 

「えぇ、カルビさん達のパーティに、サニアから伝えて欲しいって言われてたことがあるんですよ。それと、アッシュくんにも」

 

 言いながらルフルは、アイテムボックスから細身の眼鏡を取り出し、次は書類の束を取り出して、ぺらぺらと捲り出した。そこで、「あ」と声を出したルフルが、アッシュとカルビに向き直って、かけた眼鏡をクイッと指で持ち上げ見せた。

 

「どうですか!? 眼鏡っ子ギャルのあーし! 似合ってます!?」

 

 にひひ、と笑うルフルに、アッシュは頷こうとしたが出来なかった。まだカルビが両頬を持ち上げてくるからだ。カルビは鼻を鳴らして顎をしゃくった。

 

「おう。とりあえず要件を言えよ」

 

「反応うすっ!」

 

 ルフルがショックを受けたように体を僅かに仰け反らしたが、すぐに書類に視線を戻した。

 

「えぇーと、カルビさん達のパーティとアッシュくんが、エルンの町に滞在して貰う期間は、まだもうちょっとあるんですよね」

 

 書類のページに指を這わせたルフルが、ちらっと顔を上げた。クラン『正義の刃』、6番隊副隊長の眼差しになった彼女の瞳には、知的で静かな光が灯っている。

 

「で、その間の何時でも良いんで、ウチのクランが使わせて貰ってるギルドの部屋……、というか、サニアのところに皆さんで顔を出して貰いたいな~、と」

 

「ほぉ~ん……。“剣聖”サマからの呼び出しか」喉を鳴らすように軽く笑ったカルビが、そこでアッシュの頬から手を離した。

 

「お叱りを受けるようなことをやらかした覚えは、アタシには無ぇんだがな」

 

 低い声で不敵な言い方をするカルビに、ルフルも肩を竦める。

 

「そりゃあ、お叱りとは違う要件だからです。きっと、カルビさん達のことを勧誘したいんだと思いますよ、サニアは」

 

 サニアのことを“隊長”とは呼ばないルフルは、自分の上司の心境を推察するというよりは、親しい友人を思い浮かべるような口振りだった。

 

「きっと、カルビさん達のことを勧誘したいんだと思いますよ。同行依頼ではなくて、正式なクランメンバーとして」

 

恐らくだが、これはアッシュが思っているよりも重大な話のようだった。少しだけ黙ったカルビが顎を撫でて、鼻を鳴らした。

 

「……分かった。そういうことなら今日の晩飯を食ったあとにでも、ローザ達と一緒に剣聖サマのとこに顔を出してくるぜ」

 

「そうして貰えると助かります。ご協力感謝しまっす!」

 

 快活な笑みのルフルは、掌を額に添えるようにして敬礼のポーズをとってみせる。

 

それから「それじゃ、あーし達も仕事に戻りまーす!」と、マリーテとステファを引き連れていった。

 

 彼女達の去り際、マリーテとステファが何度もアッシュ達を振り返って、「カルビさん、アッシュくんも、また今度一緒にゴハン行きましょー!」「是非ウチに入ってくださいね~!」と、手を振ってくれたのが印象的だった。

 

 涼やかな草原の静けさの中に残されたアッシュとカルビは、暫く無言のままで風に吹かれていた。彼女達の声の華やかさも余韻として残っていたが、すぐに透明な風の中に紛れていった。

 

「さて……」

 

 先に口を開いたのは、首を曲げてゴキゴキと鳴らしたカルビだった。

 

「ローザ達がどうするかだが、アタシは『正義の刃』に入るつもりなんざ無ぇし……」

 

 難しい顔になったカルビが、視線を落としながら呟いた。

 

「ことと場合によっちゃ、ローザ達ともパーティ解消だな」

 

 その言葉を聞いてアッシュは、自分でも驚くほど動揺した。ローザ達が好意的に受け入れられるという先程の喜びを、大きく凌駕するほどに。

 

 だが冷静に考えれば、冒険者パーティが解散するなんてことは、この業界では珍しくも無いことなのだ。

 

もとより冒険者として高く評価されていくということは、裏を返せば、其々のパーティの意味を変えてしまうということなのかもしれない。

 

 ローザパーティの消滅。

 

 それは冒険の中にある危機や障害によってではなく、寧ろ、彼女達を高く評価する者達が増えるほどに現実感を増していくのだと感じた。

 

「取り敢えず、ローザ達にも話をしとかねぇとな。まずはそれからだ」

 

 どんな結論が出ようとも、それを受け容れる準備が既に出来ているのかもしれない。落ちついた声で言うカルビが、今は妙に大人びて見えた。

 

 一方のアッシュは、ローザ達のパーティメンバーでないにも関わらず、酷く落ち着かない気分だった。だが、同行依頼を受けているソロ冒険者である自分が、一体、何を言えるのだろう。

 

 

 












今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
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