「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
「通信用の指輪。やっぱりアッシュにも渡しといて正解だったな。連絡がとれたぜ」
大戦斧を肩に担いだカルビが、ローザとネージュに歯を見せた。気楽そうな笑みだったが、その緊張感の無さはそのまま、アッシュへの信頼の顕れなのだろう。
「リーナって奴のパーティメンバーは無事だ。今はゴブリン達に護衛されて、そのままダルムボーグから離れるみてぇだ」
「……そう。良かったわ」
リーナという女性冒険者を知っているらしいネージュが、胸を撫でおろすような声を溢した。アッシュの友人らしい冒険者が無事であることには、ローザも素直にホッとする。
「では、アッシュさんもゴブリン達と一緒なのではありませんの? 今のダルムボーグの状況では、共に撤退するよう指示されそうですが……」
エミリアは言いながら、この場に居ないアッシュを探すように視線を周りに流す。カルビが軽く笑った。
「いんや。アッシュの奴、アタシ達に合流するために、ゴブリン達に捕まる前に退散したんだと。この廃神殿が合流ポイントってことも伝えたぜ」
ぐるっと周囲を見回してから、カルビは背後を見上げた。
「目印としても、あの傾いた女神サマは分かり易くていいな」
不謹慎なことを言いながら唇を歪めたカルビに、ローザは「まぁね」と軽く応じてから顔を上げた。
晴れた空を背に、傾いてボロボロになった女神像が、黙ったままで祈る姿をとっている。
カルビが言う通り、ローザ達が居るのはダルムボーグの廃神殿の前だ。
打ち捨てられる前は、荘厳で重厚な神殿だったのだろうが、今では建物の亡骸といった風情だ。神殿の壁はボロボロで大穴がいくつも空いており、風雨に晒され続けた屋根も、ところどころが崩れ落ちている。
壁の穴から中を覗いてみると、神聖な雰囲気に満ちていた筈の礼拝堂には、建物上部から崩れ落ちた石材が散乱し、あるいは山となっていた。そこにネクロマンサーや魔物の姿などもなく、建物の隙間から差し込んだ陽の光が、宙に舞う埃を静かに暖めているだけだった。
先行したアッシュが向かった商館は、まだ先に行ったところにある。
ローザ達はアッシュに追い付けなかったが、その代わり、死体の怪物に襲われていた冒険者達を何人か助けることができた。
彼らは商館前から逃げてきたのだと言っていたが、恐らく、リーナという冒険者と共にクランを組んでいた者達だったのだろう。逃げ散っていく彼らの中には、「ネクロゴーレムだ……、ネクロゴーレムが……!」と、怯えまくっている者が大半だった。
ネクロゴーレム。
その単語自体は、ローザも耳にしたことはある。特に力のあるネクロマンサー達が操る、死体で編んだゴーレムのことだ。
知識としては知っていたが、戦うのは今日が初めてのことだった。というか、他の大半の冒険者達にとっても、あんなものと遭遇するのは初めてだったことだろう。
人間の死体だけを大量に組み合わせてゴーレムにするという、人間の尊厳を遊び半分で踏み躙るような容赦の無い所業は、邪悪以外の何物でもない。
死体で編み上げられたあの姿は、見た目だって強烈だ。エルンの町を襲ってきた人造アンデッド兵もグロテスクだったが、ネクロゴーレムはあれ以上だ。
しかも、数だって多かった。ローザ達が此処に来るまでにも15体以上は倒している。
ネクロマンサーに先手を打ったギルドが、『ゴブリンナイツ』や『鋼血の戦乙女』のクランをダルムボーグに向かわせていなければ、取り囲まれて全滅していたパーティも少なくなかった筈だ。
「なぁ、ローザ」カルビが思い出したように声を掛けてきた。
「マジックキャンセラーを使って、近くにいるネクロゴーレム共を一層ってのは無理か? エルンの町のときみてぇによ」
「出来ないこともないと思うけど……」ローザは腰に手を当て、緩く首を振った。
「ネクロマンサーの影響を強く受けているゾンビは、マジックキャンセラーで無効化したところで再起動されちゃうからね。使うなら、ピンポイントで効果がある時に絞った方がよさそうなんだよ」
もちろん、出し惜しみするつもりは無いけどさ。そう言い足したローザに、ネージュが深く頷いてくれた。
「魔導銃とマジックキャンセラーを乱発すれば、ローザの負担が極端に大きくなるわ。それは避けるべきよ」
「えぇ。状況把握と魔導具関連のことは、私達もローザさんに頼りっぱなしですものね」
エミリアも力強く微笑み、ローザを労うように言ってくれる。
「戦闘では私達がカバーしますから、マジックキャンセラー使用のタイミングは、ローザさんに見極めもらいましょう」
「……やっぱり、アンタ達は残っていたのね」
可憐ながらも、やけに不愛想で尖った声が飛んできたのはその時だった。
ローザ達のことをうざったく思いながら、追い払おうとしている意志を隠そうともしない、遠慮のない声。
ローザ達が陣取っている神殿前は少し開けていて、廃墟の影から不意打ちを受ける心配は無い。それでも、油断しているわけでは決してなかった。だから、彼女の存在にはすぐに気付いた。
少し離れた廃墟の、その屋根の上だ。彼女はそこに立ち、薄く紫がかった銀髪を風に靡かせていた。紫水晶にも似た彼女の瞳の底には、気だるげで攻撃的な光が蹲っている。
「アンタ達も、もうダルムボーグから退きなさい」
漆黒と白金の全身鎧を纏った彼女は面倒そうに言いながら、廃墟の上から飛び降りる。やけにゆっくりとした落下だった。
彼女の纏っている鎧の背中の部分から、黒い金属の翼がバサァッ!! と拡がったのだ。翼の内側には、薄紫色の魔光がしなやかで美しい羽毛のように並んでいた。
彼女が所属するクラン『鋼血の戦乙女』達が身に着ける防具は全て、魔導金属術、魔導機械術によって製作された魔導武具である。
彼女の手に握られている、剣身のやたら長い大剣も特徴的な形状をしているし、何らかのギミックが搭載されているのだろう。
かなり扱いが難しそうだが、たっぷりとした威圧感を纏う彼女の前に立てば、あの武器が強烈な殺傷能力を秘めていることは誰だって感じ取れるはずだ。
シャマニ=レインジャック。
『鋼血の戦乙女』の主力メンバーである彼女は、音も無く地面に着地する。展開されていた鎧の翼を畳みながら、ローザ達の近くまで来て立ち止まった。
「……まぁ、退かないと言っても、力尽くで外まで引き摺って行くけれど」
鬱陶しそうに声を尖らせるシャマニは、面倒そうに髪をかき上げた。ついでのように目を細めて、射貫くようにしてローザ達を順に眺めてくる。遠慮の無い、鋭すぎる眼差しだ。
そもそもシャマニの纏う雰囲気自体が、『戦乙女』という言葉が追い付けないくらいに、刺々しくて攻撃的でもある。
「面白いじゃねぇか。やってみろよ」
大戦斧を肩に担いだカルビが歯を見せ、挑発するというよりも楽しそうに言う。「やめなさいよ」と、即座にネージュに窘められていた。
「……前々から思ってたけど、その舐めた態度が気に入らなかったのよね。丁度いいわ」
カルビを睨んだシャマニが片方の眼を窄めて、手にした大剣の切っ先をすぅっと地面に下げる。重心も僅かに落として、明らかに臨戦態勢に入ろうとしていた。
これはヤバいと思ったローザは、魔導ショットガンを持っていない方の手を上げた。
「私達は大人しく従います! ちゃんと撤退しますから……っ!」
眉を下げたローザは降参の白旗を振るようにして、上げた手を揺らして見せる。
エルンの町でもそうだったが、ギルドからの要請を受けて動いている大型クランからの指示ならば、ローザ達としては従うほかない。
“ダルムボーグから撤退しろ”というシャマニの指示に抵抗するということは、すなわち、ギルドの意向に対してローザ達が抵抗するということに他ならない。
ギルドから危険人物扱いされれば、冒険者としての貢献度だって大幅マイナスだし、下手をすれば、稼ぎの良いダンジョンに潜れなくなる可能性だってある。
問題行為を繰り返す冒険者を門前払いするのも、セーブエリアに配置された正規軍兵士の仕事だからだ。
ここでシャマニとトラブルを起こしてしまえば、アードベルでの生活に深刻な支障が出ることだって考えられる。それだけは避けたい。
「私達も余計な問題を起こして、貴女達のクラン任務を意図的に妨害する意思はありませんわ」
同じように考えているのだろうエミリアも、ローザに続いて静かに頷いた。
「退却しろと言われれば、私達は大人しくダルムボーグから撤退するわ。……だから、このバカの物言いは大目に見てくれると助かるのだけれど」
ネージュも大槍に纏わせていた冷気を解きつつ、カルビを横目でジロッと睨んだ。
その、『もう余計なことは言わずに大人しくしろ』というネージュの眼差しを受けたカルビは、戦斧を肩に担いだままで、頭をボリボリと掻いて息を吐いてみせる。
「はいはい、分かってますよ。アタシだってそのつもりだ」
気の抜けた返事をするカルビを見て、シャマニも臨戦態勢を解いてくれた。
「……なら、ややこしい態度を取るのはやめなさいよ」
不機嫌そうに眉を寄せたシャマニが、そう言って腰に手を当てた時だった。
『シャマニ。そっちはどうだ。まだ残っている冒険者は見つかったか?』
この場に居ない筈の、別の人間の声がした。
女性の声だ。やけに鋭く、そして低い。
見れば、シャマニの左の耳元に、小さな魔法円が展開されていた。声はそこから響いている。シャマニの左耳には黒い耳飾りがあり、あれが通信用の魔導具なのだと分かる。
「えぇ、ヴァーミル。あのローザ達のパーティを神殿前で見つけたわ。彼女達以外には、周辺にも生体反応も無いし……」
シャマニは応答しながら、武器を手にしていない左手の中に何らかの魔導具を取り出した。
掌に収まるくらいの大きさの、板状の端末だった。彼女達の活動のため、機械術士達が製作したものなのだろう。
シャマニが口にしたヴァーミルという名は、同じく『鋼血の戦乙女』のクランメンバーである、ヴァーミル=エトラースで間違いないだろう。
「市街地と居住区にも、『ゴブリンナイツ』と私達のクランメンバー以外の生体反応は無かったから、私達の任務はほぼ完了よ」
『あのトラブルメーカー達で最後か。……此方の要求に応じないのなら、無理やりにでもダルムボーグから連れ出せ。荒っぽくなってもかまわん』
ヴァーミルの言い方には、任務遂行のためには暴力を厭わない、軍人然とした冷徹さがある。
「分かってるわよ。でも、彼女達に抵抗の意思は無いわ。すぐに撤退させる」
『了解した。油断はするなよ、シャマニ』
短い遣り取りを終えたシャマニは板状の機械をアイテムボックスに仕舞い、再びローザ達に視線を移して、顎をしゃくってみせた。
「聞いた通りよ。すぐに撤退しなさい」
彼女の整った顔立ちも相まって、ああやって静かに凄むだけで相当な迫力がある。
ただ、カルビはと言えば、そんな彼女の威圧感や迫力などものともせず、「大人しく帰るけど、ちょっとだけ時間をくれ」と肩を竦めた。
今の不機嫌そうなシャマニに、あれだけ気安くものが言えるのは流石だ。
「丁度、仲間がこっちに向かってるところなんだ。ソイツと合流さえすれば、すぐにダルムボーグから出ていくからよ」
言いながらカルビは、周りに視線を流した。「通信用の魔導具で連絡も取れたし、もうすぐ此処に来ると思うんだけど」と、手を上げたままのローザも言葉を付け足す。
「……そういえば、アンタ達の他にもう1人、小柄な女の子が居たわね」
記憶を辿るような顔つきになったシャマニが、視線を僅かに落とした。
「アッシュ君は確かに可愛いけれど、男の子よ」
今まで黙っていたネージュが、急に険しい顔になって即座に指摘する。ネージュにしては珍しいくらい、やけに力の籠った声だった。
「えっ」
意表を突かれたように顔を上げたシャマニに、エミリアが『やれやれ』と言った感じで緩く首を振って見せた。
「遠目からでは、アッシュさんが可憐な女の子に見えてしまうのも無理はありませんわ。寧ろ、近くからでも女の子に見えてしまうくらい、アッシュさんのキュートさ、プリティさはスペシャァァァルですもの……!」
「あの、ごめんねエミリア……、力説してるところ悪いんだけど、話が逸れまくっちゃうから、その辺にしとこうね……?」
ローザがエミリアを落ち着かせるように言うのを見て、シャマニが「ふぅん。そう……」と、ちょっと興味深げだった。
「トラブルメーカーだって噂のアンタ達のパーティに入るなんて、随分と肝の据わった男の子ね。そのアッシュという男の子は」
今までのローザ達の評判を良く知っているのだろうシャマニは、不審がるような口振りになる。
彼女が所属するクラン『鋼血の戦乙女』は、魔導機械術士組合のアードベル支部が抱えている。そして魔導機械術士組合は、冒険者ギルドとも繋がりが深い。
冒険者間での規模の大きな諍いや、ダンジョン内で深刻なトラブルが起こった場合、冒険者ギルドが組合を通じて彼女達に解決を依頼することもある。
また、『鋼血の戦乙女』はアードベルの治安維持活動も行っており、素行の悪い冒険者達からは恐れられたりもしている。
幸いに、と言うべきか。最近のローザ達は、シャマニの属する『戦乙女』クランに世話になるようなトラブルは引き起こしてはいない。
まぁそれでも、異常に強いトロールのシャーマンに出くわしたり、墓守の蜘蛛野郎に襲われた上に墳墓内の罠が起動したり。そのペナルティで派遣されたエルンの町でも、ネクロマンサーの操るゾンビ兵や女神ゾンビと戦うことになったりもしたが――。
いやぁ……、冒険者をやっている以上は仕方ないけど、思い返してみると本当にトラブル続きだなぁ……。
「アッシュ君には同行依頼を受けて貰ってる形だから、パーティを組んでるわけじゃないんです」
ローザが苦笑交じりに答えた時だった。
少し遠くの方で、また廃墟が崩れる音がした。やはり複数回だ。細かい振動が足元を伝わってきて、埃っぽい風が吹き抜けてくる。腕で顔を庇ったローザは、口の中にザラつきを感じながら耳を澄ます。
怨怨OOOOOォォォ……。
宇宇UUUuuuゥゥゥゥ……。
亜亜AAAAAァァァァァ……。
微かにだが、重なり合う呻き声のようなものも聞こえてくる。その不気味な声で風が濁り、ダルムボーグ全体の空気までが澱み、沈んでいくかのような感覚になる。
「新しいネクロゴーレムでも出やがったか」
カルビが遠くを見る目つきになって、廃墟の向こう側の空へと視線を投げた。土煙が細く、幾つも上がっているのが見える。伝わってくる振動も激しい。
廃都のあちこちで起こっている戦闘は、また激しさを増している様子だ。建物が崩れる音が立て続けに響いてくる。
新たにネクロゴーレムが発生し、『ゴブリンナイツ』、『鋼血の戦乙女』のクランメンバー達が交戦中しているのだろう。
舌打ちをしたシャマニが板状の端末を仕舞い、その左手の人差し指と中指を、左の耳元の傍で立てた。ヴァーミルか、或いは別の誰かと通信に繋ごうとしたのだろう。
だが、それよりも先に、また轟音が響いた。ローザ達の居る神殿前から、少し離れた廃墟が崩れたのだ。濛々と粉塵が膨らんでいる。
その中から悠然と現れたのは、2体のネクロゴーレムだった。ただ、さきほど交戦したネクロゴーレム達とは様子が違う。
外見としては、やはり多くの人間の死体を継ぎ接ぎして作ったといった様子だが、さっきまでのネクロゴーレムよりもデカい。
それに、ローザ達を見つけて近づいてくる動きも滑らかで、『生命』という言葉を連想させるほど、生物らしい躍動感があった。
死体を組み合わせた造物に、新たな命を吹き込む。その冒涜的な魔術の力を改めて目の当たりにして、ローザは息を飲んだ。
エルンの町で戦ったアンデッド兵のゾンビも、確かにグロテスクで強力だった。
だが、加工されているという感じがあった。死体でありながらも、魔法技術的な人工物という印象があったのだ。
それは恐らく、魔物同士を異種移植し、そこに人間の死体を混ぜているという程度だったからだろう。
この廃都に出現するネクロゴーレムは違う。人間の屍を部品として扱う残忍さと、何の加工もされていない、剥き出しのおぞましさがある。
無造作な死体を組み合わせたゴーレムに、これだけの力を付与できることも異様だった。
ローザの体感的に、エルンの町を襲ったネクロマンサーよりも、この廃都を根城にしていたらしいネクロマンサーの方が、より危険で恐ろしい存在に思えた。
実際、ローザ達の目に現れた2体のネクロゴーレムは、かなりヤバそうだ。
奴らは、共に4本腕だ。それに武器を持っている。1体は、其々の手に大剣を握っていて、剣の4本持ちだ。もう片方は、2振りの大鎌を携えている。奴らは強化型ネクロゴーレムと言ったところだろう。
「……やっぱ好きになれねぇなぁ。人の死体を好き勝手しやがるネクロマンサーってのは」
忌々しそうに言うカルビが、苛立ちを逃がすようにして「ハァァァー……」と息を吐きだした。その吐息にはカルビの魔力が混じり、濁った橙色の火の粉が混じっている。
「同感ね。……早く楽にしてあげましょう」
冷たい声で応えたネージュは、手にした大槍をすっと構えて姿勢を落とした。大槍の穂先には再び冷気が宿り始め、青白い魔力が渦を巻いた。
「戦いながら逃げられるほど、今度のネクロゴーレムは弱くはなさそうですわね……。少し、気合を入れましょう」
ふんッ! と鼻から息を吐いたエミリアが、ゴキゴキと肩と腕を鳴らす。
「取りあえず、私達が撤退するのはネクロゴーレムを倒してからということで……」
ローザは魔導ショットガンを構えたまま、シャマニへと視線を向けながら確認するように言う。
「まぁ、そうなるわね」
シャマニは頷くかわりに小さく舌打ちをして、2体の強化型ネクロゴーレムを交互に見た。
「アンタ達はトラブルメーカーだけど、今は好きに暴れてもいいわよ。周囲に生体反応は無かったから、誰かを巻き込む心配も無いわ」
つまらなそうに言うシャマニの鎧は、既に変形を始めていた。鎧の背中部分が拡がり、金属の翼のような形状になる。いや、それだけじゃない。
シャマニの纏っている鎧の首元からも、ガシャガシャガシャと金属板がせりあがり、組み合わされて、羽根つきの兜を形作った。
金属の翼を広げ、手にした長大な大剣を構え直したシャマニの姿は、彼女のクラン名に相応しい、厳粛かつ清廉な、だが機械的で刺々しくものある『戦乙女』の姿だった。
「……ネクロマンサーなんて外道は、皆殺しにすべきね」
鎧から生えた翼を羽ばたかせるシャマニは、身体を宙へと浮き上がらせていく。彼女達の魔導鎧に組み込まれている浮遊魔法だ。
魔力消耗も激しい高等魔術装置らしいが、それを涼しい顔で扱うシャマニが、物騒に眼を窄めている。
「生け捕りなんて、生温いのよ」
ネクロゴーレムを睨み据える彼女の眼差しも、冷酷で苛烈な感情で彩られていた。
そのシャマニの戦意に呼応するように、2体のネクロゴーレム達が、ドン!! っと地面を蹴り砕き、飛び出してきた。
さっきまでのネクロゴーレムの動きとは、まるで違う。疾くて鋭い。奴らはもう目の前だ。
4本の大剣を持ったネクロゴーレムが、ローザ達に向かってくる。
大鎌を手にしたネクロゴーレムは、シャマニへと。
ローザ達は4体1だが、シャマニは1体1だ。
ローザは一瞬だけ、カルビかネージュ、エミリアの誰かに、シャマニのカバーに入って貰うべきかと考えた。
だが、そんな必要はないと言わんばかりに、シャマニは即座に前へと飛び出してネクロゴーレムを迎え撃った。
宙に浮きながら大剣を軽やかに扱うシャマニは、ネクロゴーレムが振り回してくる大鎌を受け止めて、いなし、捌いて、難なく弾き返す。金属が重くぶつかる音と共に、火花が散りまくった。
シャマニと斬り結ぶ強化型のネクロゴーレムの動きは洗練されていて、まるで武人だった。戦闘という機能に特化されているのだと分かる。そしてそれは、ローザ達に向かって飛びかかってきた大剣ネクロゴーレムも同じだ。
「コイツは面倒そうだな」
「油断しないで」
「来ますわよッ!」
余裕のある口調で言い合うカルビとネージュが重心を落として、エミリアがすっと前に出て、ローザを守る位置に陣取ってくれる。
「怨怨OOOOOォォ亜亜AAAAAAHHHH……!!」
大剣のネクロゴーレムが吠え猛りって上半身を捻り、4本腕で持った剣を矢継ぎ早に打ち込んでくる。ブォンブォンビュンビュン!と風を斬りまくる、凄まじい連撃だった。
強化型のネクロゴーレムは図体も相当デカいから、その4本剣の連撃は、飛んでくるというよりも上から降ってくる。
並の冒険者なら数秒でミンチにされてしまうだろう斬撃の雨だ。だが、カルビとネージュは平然と受け止めて、弾いて、更に弾いて、弾き捲った。
ギャガガガガガガガン!! とも、ギギギギギン!! とも言えない、金属同士が激しく、そして重く激突する音が響く。
「やるじゃねぇか!」
「えぇ、悪くないわ」
巨大と言っていいほどの武器を、軽々と振り回すカルビとネージュ。彼女達の大戦斧と大槍は互いに干渉することなく、大剣ネクロゴーレムの攻撃を全て遮断している。遮断しつつも、押し返している。
その証拠に、ネクロゴーレムが僅かに下がった。それでも奴は攻撃の手を止めない。寧ろ、より激しく大剣を振り回し、突き出してきた。勿論、カルビとネージュは対応する。更に前に出る。
カルビの戦斧とネージュの大槍は、ネクロゴーレムの大剣をいくら受け止めても傷一つ入っていない。エミリアはローザを守りつつ、攻撃に参加できるタイミングを計っている。
ローザは魔導ショットガンを構え、目の前の戦闘を注意深く観察しつつも、横目でシャマニが戦う姿を捉えていた。
あの取り回しづらそうな大剣を容赦なく、そして峻烈に閃かせるシャマニは、相対するネクロゴーレムを圧倒している。
大鎌のネクロゴーレムは4本腕のうちの2本を既に斬り落とされており、手にしていた筈の2振りの大鎌も、その1振りが地面に転がっている。
翼を広げた鎧を纏い、浮遊しながら高速で戦うシャマニは、低い声で何かを詠唱しながら、ネクロゴーレムが振り回す大鎌を易々と避ける。あるいは、手にした武器で打ちあう。
そのシャマニの打ち込みがまた強烈な様子で、巨体のネクロゴーレムが体勢を崩すほどだった。心配ない。1人でも、シャマニは優勢だ。
寧ろ、ああやって浮遊しながら戦闘するスタイルの彼女に、下手な援護は逆効果だろう。
そこまで判断して、ローザは目の前の戦闘へと意識を戻す。そのときにはもう、決着が着きそうだった。
「ふっ……!」
鋭く息を吐いたネージュが大槍を引き、そして突き出した。冷気の渦を纏った大槍は、ネクロゴーレムの持つ大剣ごと、2本あるヤツの右腕の1本を抉り抜いて砕き、消滅させた。
それだけじゃない。ネクロゴーレムの右半身が、ネージュの魔力を浴びて凍りついた。
奴の動きが鈍る。その隙を、カルビは見逃さない。手にした戦斧に爆炎を纏わせたカルビは、身体を鋭く回転させながら踏み込んだ。
「オラァ……!!」
獰猛に吼えたカルビは、ネクロゴーレムの左半身を目掛けて戦斧を横薙ぎにぶち込んだ。
ネクロゴーレムは左腕2本を咄嗟に引いて、大剣の2本を盾にするような防御姿勢を取った。だが、怪力を誇るカルビの戦斧を受け止めきれなかった。
「GU、AAA……!」
振り抜かれたカルビの戦斧は、ネクロゴーレムの左腕というか大剣というか、左半身を破壊した。まさにぶっ壊したという感じだった。ヤツの身体の破片が、盛大な火の粉と共に派手に飛び散る。ヤツはよろけている。
だが、まだ倒れない。動いている。
戦闘を継続できる。腕は1本残っているし、大剣も握っている。
ヤツは下がろうとしている。体勢を整えるため、いったん距離を取る気か。
「仕上げはお願いしますわ、ローザさん」
ローザを庇う位置から、エミリアが落ち着き払った声で言う。
同時に、ネクロゴーレムが下がるよりも早く、カルビとネージュが、ローザの傍まで下がってくる。2人はローザを守る陣形になる。
厄介そうな魔物と戦うとき、ローザ達はこの戦法を取る。
カルビとネージュが前に出て相手の戦力を削り、大盾を持つエミリアに守られながら、瞬間火力に優れるローザが相手を仕留めるのだ。
最大火力で言えばカルビの方が上だが、詠唱などの準備を必要としないローザの魔導銃器は、ある程度の連射も効く。それに加えて、相手によって弾薬の種類を変えることも出来る。
「任しといて……!」
短く応えてローザが撃ち出したのは、通称『ゴルゴン弾』と呼ばれる魔法弾だ。非常に強力な石化効果を持つ弾薬で、魔法耐性を持った魔物であっても、容赦なく石化させることができる。
販売元の魔術士協会も威力を保証していて、その分、値段も張る。魔導銃をメインで使う冒険者がいないのも納得できる値段だ。確実に命中させたい。ただ、高価なだけあって効果は覿面だった。
「愚愚GU、宇宇U、ォォOOOOO……!!」
バシバシ……、バキバキバキ……、といった感じで、まずはネクロゴーレムの下半身部分が灰褐色の石に変化し始め、その石化はすぐに全身に及んだ。
ネクロゴーレムは、再びローザ達に向かって踏み出そうとしていたようだが、その姿勢のままで完全に静止する。
やつらの身体を構成している死体、というよりも、ゾンビやスケルトンと言った方がいいかもしれないが、それらも纏めて石化させることが出来た。
「アタシらのコンビネーションは、やっぱり最強だな」
沈黙したネクロゴーレムを確認したカルビは、満足そうに言いながらシャマニの方へと身体を向ける。
「……あとはアッシュ君が居れば完璧ね」
大槍に冷気を宿したままのネージュも、妙に熱っぽい声をボソッと溢し、カルビに倣う。
「寧ろ、ここにアッシュさんが居てこそ、私達のコンビネーションは真に完成するのですわッ……!」
エミリアが鼻息を荒くして、誰に向けてか分からない宣言を高らかにしていた。
「異論は無いけど、気を抜くのはちょっと早いって」
ローザは呼び掛けるように言いながら魔導ショットガンを構えつつ、シャマニを援護するタイミングを窺おうとしたが、その必要は無さそうだった。カルビとネージュ、エミリアも、すぐにでもカバーに入れるよう、シャマニとの距離を詰めようとしてはいるが、積極的に動こうとはしていない。
まぁ、今のシャマニに余計な手出しなどすれば、邪魔にしかならないことはローザでも分かった。
シャマニの大剣が紫電を帯びている。それだけでなく、特殊な魔鋼金属であろう剣身が無数の節に分かれ、伸び、淡い紫色の電流と火花を散らしていた。
あの形状は、長大な蛇腹剣というべきか。
優勢なままで戦闘を続けていたシャマニは、表情を動かさないまま、鞭のように撓る剣を掬い上げるようにして振り抜いた。その斬撃の軌跡に、紫色の雷電が尾を引く。
蛇のように不規則な撓り方をする剣は、ネクロゴーレムに絡みつくようにして刃を走らせながら、その腕の全てを斬り飛ばした。一撃だった。ヤツの握っていた大鎌が地面に落ちる。
全ての腕と武器を失ったネクロゴーレムは、一歩だけ後ずさった。この場から逃走しようとしたのかもしれない。飛び下がって、シャマニから距離を取った。
だが、それと同時にシャマニの詠唱も完成した。薄い紫色の微光を放つ魔法円が積層状に展開され、その内側にネクロゴーレムを封じ込める。拘束系の魔法だ。
光の環の中で身動きを封じられたネクロゴーレムは身体を激しく揺すり、もがき、何とか魔法円を振りほどこうとしている。だが、そんな抵抗は意味を為さない。
既にシャマニが蛇腹剣を振り上げて撓らせ、翼を羽ばたかせていたからだ。次の瞬間には、ネクロゴーレムの頭から股までが、拘束用魔法円もろとも両断されていた。
「U、GO……」
ネクロゴーレムの呻きが、消えていく魔法円の揺らぎに融けていく。切り裂かれたネクロゴーレムが、左右に分かれながら傾いた。
ゆっくりと倒れていくネクロゴーレムの身体へと、シャマニは更に斬撃を何度も加えた。紫電を纏う蛇腹剣を粛々と、だが熾烈に振るう。
ゾンビやスケルトンとして立ち上がってくる者などいないよう、ネクロゴーレムの身体を構成する死体たちを、丹念に破壊した。
ネクロマンサーに囚われた冒険者達を、蛇腹剣から発せられる、あの清冽な紫電による慈悲な斬撃によって弔うかのように。
微塵に斬られ、地面に崩れ落ちたネクロゴーレムの無数の肉片は、光の粒子となって風に攫われていく。ローザの石化弾によって固まっていたネクロゴーレムもサラサラと崩れながら、淡い光となって溶けだしている。
それは晶石化現象とは違う。完全な消滅だ。ネクロマンサーの呪縛からの解放された魂たちが、最後に輝きを残していく。
武器を振るうのを止めたシャマニは、その淡い煌めきを見送りながら、女神ルミネーディアへと祈りを捧げる姿勢を取った。
ローザ達と話をしていた時のシャマニは、とにかく気だるげで刺々しく、攻撃的だった。だが、今の彼女の雰囲気はまるで違う。
解放された冒険者達の魂の眠りが、安からなものであることを願うような、慈しみに満ちた祈りの姿をとっている。神話の戦乙女のように。
ローザも、カルビも、ネージュも、エミリアも、その厳粛なシャマニの姿を見守った。
ダルムボーグでは、まだ戦闘の音が断続的に響いている。轟音と振動が、ローザ達まで響いてくる。だが、死者の冥福を祈るシャマニの心の声は、どうか掻き消されることなく、女神に届いてほしいと思った。
「いやぁ、こうも簡単にゴーレム共を蹴散らされてるのを見ると、ちょっぴり虚しい気分になるねぇ。せっかく俺が戦闘用に調整してやったってのに」
そんなローザ達の姿を嘲笑う声が響いてくる。
ローザ達は声がした方へと一斉に振り返った。
「雑魚の冒険者ってのは、死んでからも雑魚のままで役に立たないモンだねぇ」
失望と呆れを大袈裟にアピールするような、やれやれといった声音だ。芝居がかっていて、鬱陶しくてしかたない、不吉なほどに艶のある、男の声。
さっきまでは誰も居なかった筈の廃神殿、その傾いた女神像の肩と、後頭部を足場にして、ヤツは悠然と立っていた。
女神像を踏みつけるなど冒涜的な所業だが、ヤツにとっては何でもないことなのだろう。
ヤツは濃紺のローブを纏っていて、そのローブには赤黒い色で複雑な紋様が描かれている。手に握っている杖も大振りだ。人間の白骨を組み合わせて、じゃらじゃらと金属の装飾を施したような、禍々しい杖だった。
黒い髪の隙間から覗くヤツの瞳も、どろっと濁った黄土色をしていて、不吉な輝きを宿している。ヤツの顔立ちが整っていることが、余計にその不気味さを際立たせていた。
何でこのタイミングで、とか、何でこの場所に、とか色んなことがローザの頭を過った。何かの狙いがあってのことなのだろうが、今の状況では会いたくなった。
「なぁ、キミ達もそう思わないかい?」
賞金首のネクロマンサー。
“死の門”、ギギネリエス=ノーキフ。
まるで散歩の途中に景色を眺めにきたような長閑さ、そして冷酷な剽軽さ、濃密な邪悪さを振り撒きながら、ヤツはローザ達の前に姿を現した。
今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!