「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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死の縁、再会

 

 

 

 

「まぁ、しかし……」

 

 女神像を踏みつけて足場にしているギギネリエスは、景色でも楽しむかのように手で庇《ひさし》をつくって廃都のダルムボーグを見回した。

 

「『ゴブリンナイツ』、それに『鋼血の戦乙女』までが相手だと考えるなら、雑魚冒険者どもから造ったゴーレムにしては、よく頑張ってる方だと褒めてやるところかもしれないねぇ」

 

 ローザ達を前にしても、のんびりとした様子のヤツは隙だらけだ。だが、迂闊に踏み込ませない迫力がある。既にローザは魔導銃を構えているのに、引き金を引けない。

 

 先に手を出せば不利になる。少なくとも、先手が有利には働かない。そういう相手に見える。深い理由はないが、直感的にそんな気がした。

 

 カルビとネージュ、エミリアも、武器を構えたまま姿勢を落として動かない。姿を見せたギギネリエスを警戒し、ヤツの行動に備えている。

 

 戦闘の音が断続的に響いてくる。乾いた風が吹いて、薄い砂埃を神殿前に巻き上げた。

 

「ダルムボーグに大量の冒険者をおびき寄せて、その冒険者達を死体にして集める肚だったようだけど……、残念だったわね。他の冒険者達は、もう私達が撤退させたわよ」

 

 金属の翼を自身の魔力と共に展開しているシャマニが、その埃っぽい風を切り裂くような鋭く攻撃的な眼差しで、悠然とした態度のギギネリエスを睨みつけている。

 

 尖らせた声音そのもので、ヤツを刺し貫こうとするかのようだった。

 

「お前の放ったネクロゴーレムも間もなく全滅するわ。そうなれば、お前は私達に包囲される……。逃げられるとは思わないことね」

 

 宙に佇むシャマニは手にした蛇腹剣にバチバチバチッ!! と電流を纏わせていた。

 

 物凄い威圧感だ。すぐにでも上空へ飛翔し、女神像の上に佇むギギネリエスへと斬りかかる気迫も漲らせている。

 

「んん? 俺が逃げる? 逃げるつもりなんてないよ?」

 

 だが、対するギギネリエスは悠然として、仄々《ほのぼの》とした表情さえ浮かべてローザ達を見下ろしてくる。

 

「それにねぇ、俺の賞金に目が眩んだだけのチンケな冒険者の死体なんて、別に要らないよ。まぁ、あっても困らないけど、今は間に合ってるんでねぇ」

 

 魔術で防腐処理をするのも、なかなか面倒なんだよ。世間話でもするような口振りでそう言い足したギギネリエスは、唇を薄く歪ませてシャマニを見下ろした。

 

「ギルドの連中も、どうやら俺の先手を打ったと思っているようだがねぇ。それは違う。勘違いしちゃいけないよ。俺の思惑通りに動いているのは、そっちの方さ」

 

「あぁ? どういう意味だよ?」

 

 戦斧を肩に担ぐようにして構えたカルビが、片方の眼を窄めて物騒な声で訊いた。

 

 当たり前なのだろうが、ギギネリエスは素直に答えたりしない。「そのままの意味なんだがねぇ」と薄く笑って、おもむろに女神像の上から地面に飛び降りてきた。

 

 やけにゆっくりとした下降に見えた。隙だらけにしか見えないし、攻撃するチャンスは幾つもある筈だが、やはり、まだ誰も動けない。いや、動けない。

 

 ……認めたくはないが、この場にいる全員がギギネリエスの存在感に飲まれているからだろう。

 

 ヤツは音もなく地面に着地してみせると、ローザ達を品定めするような視線を流してきた。

 

「しかし、今日の俺は運がいい。ツイてるよ。キミ達みたいな素敵な女性達とも巡り合えたんだから」

 

 正直、ローザは鳥肌が立った。

 

 ヤツの黄土色の瞳や声音に、以前に遭遇したレイダー達のような情欲が滲んでいれば、ヤツに人間らしさを感じられる分だけまだマシだったろう。

 

 ローザ達を見遣ったギギネリエスの眼差しには、冷酷さ以上に、あまりにも無機的な光が宿っている。

 

 ローザ達を生きた人間ではなく魔術的な部品としか見做しておらず、ローザ達の個性や人格、尊厳になど、まったく関心を払っていない目つきと表情だった。

 

 ヤツは、ローザ達の死体にしか興味がないのだ。それでいて、ローザ達との言葉の遣り取りを楽しんでいる様子でもある。その()()()()さが、この男の不気味さを加速させている。

 

「……気色の悪い男ね」

 

 低い声を出したネージュは、大槍の穂先を下げて重心を落とした。いつでも攻撃を繰り出せる姿勢だ。

 

「同感だな。お前、モテねぇだろ?」

 

 歯を剝いたカルビも戦斧を担いだままで、ぐっと姿勢を前に倒した。カルビとネージュは、ローザを守る位置に立ってくれている。宙に佇むシャマニは、黙ったままで前傾姿勢を維持し、殺気を放散させている。

 

「そうなんだよ。モテないんだよねぇ。理由は自分でも分かってるよ? 俺って正直者で、ついでにナイーブでだから、デートでも気を遣い過ぎちまう。今日だってそうだ」

 

 嘆くように軽く溜め息を吐いたギギネリエスは、首をゆるゆると振ってみせる。まるで臨戦態勢を取ったローザ達の気迫や戦意になど、まるで興味がないかのように。

 

 それから惚《とぼ》けるように肩を竦めて、手にした髑髏の杖に赤黒い魔力の揺らぎを灯した。

 

「あちこちにネクロゴーレムを潜ませておいたし、鬱陶しい賞金稼ぎ共が王都に出向いてるのも調べたし、あとは……、目当ての奴らをちゃんと皆殺しにできるよう、素敵なサプライズだって準備しちまってるしねぇ」

 

 よく喋る男だが、全く隙が無い。

 

 半笑いになって悠長に語るギギネリエスは、手にした髑髏の杖に灯った光を明滅させた。暗紅の魔力光は揺らぎながら地面に伸び、空気に滲みだし、乾いた風に流されながら、ダルムボーグの廃墟全体に沁み込んでいくかのようだ。

 

 「なんて魔力量ですの……」

 

 その様子を見ていたエミリアが、声を僅かに震わせながら唾を飲み込むが分かった。ローザの背筋にも冷たいものが伝う。

 

 サプライズ。罠か。より巨大な。罠。ギギネリエスは、まだ何かを隠している……? ダルムボーグ全体に及ぶような、大規模な何かを? 分からない。

 

 だが、目の前で笑みを湛えたギギネリエスの余裕はそのまま、ローザ達の危機の深さと見た方がいい。

 

 ギギネリエスが唇を舐めながら肩を揺らしている。金属の翼を広げたままのシャマニが、さらに前傾姿勢になる。いや、突撃姿勢といった方が正しいかもしれない。

 

 次の遣り取りで、シャマニが攻撃に出るつもりなのは明らかだった。

 

「……おい。シャマニが動いたら、アタシも前に出るぞ」

 

 呟くように言いながら、カルビが肩越しにローザに振り返った。ローザは頷く。多分、もうすぐ戦闘が始まる。いや、始めざるをえない。このままヤツに飲まれていたらジリ貧だ。

 

 戦わずに済むなら一番だが、そんな状況になるわけがない。

 

 ギギネリエスは攻撃を仕掛けてこないが、ローザ達を見逃すつもりもない筈だ。なら結局、どのタイミングでローザ達が仕掛けるかになる。

 

「うん、お願い。共闘は難しいかもだけど、2人はシャマニのカバーを重視して」ローザは言いながら、カルビとネージュに視線を配る。

 

「エミリアは私を守りながら、後衛について。状況によっては撤退戦に持ち込むよ。生きて帰るのが最優先だから」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたカルビが「おう」と頷き、表情を動かさないネージュは「分かったわ」と、真剣な目をして顎を引いてくれた。

 

「心得ましたわ!」エミリアも大盾を手に、肩越しにローザの目を見て力強い笑みをみせてくれる。

 

「うん。みんな、お願い」

 

 仲間全員の視線を受け止めながら、ローザも魔導ショットガンのグリップを握り直す。それから、少し離れた位置にいるシャマニに目線を移す。

 

 彼女が動いたとき、それに合わせてローザ達も動くつもりだが、シャマニはまだ空中に佇んだ突撃姿勢のままだ。

 

「……なら、お前の目的は何よ?」

 

 斬り込むタイミングを窺っているのだろうシャマニは、殺意の籠った声をさらに尖らせていく。

 

「ただ暴れたいがために、あちこちでゾンビ騒動を起こして、これだけの数の冒険者をダルムボーグに集めたワケ?」

 

 シャマニの魔力を変換しているからだろう。

 

 感情の昂ぶりに呼応して、彼女が手に握っている大剣も、纏う紫電の厚みを激増させている。バリバリバリ……ッ! バッチバチバチバチ……ッ!!と火花が散りまくっている。

 

「俺の目的? 知りたいの?」

 

 だが、そんな濃厚な殺意と雷電を振り撒くシャマニの顔を、覗き込むように背中を丸めたギギネリエスは、意外な反応を返してきた。「いいよ。教えてあげても」と楽しげに目を細めたのだ。

 

 そして、あっさりと答えた。

 

「俺が欲しいのはねぇ、ある女たちの死体さ。魔導機術によって製造された特殊武具の性能を、100%発揮するために、ちょっぴり身体を改造されちまってる女たちの」

 

「なに……?」

 

 攻撃的な声に僅かな動揺を滲ませたシャマニが、一瞬だけ顔を歪めた。

 

「そう。つまり、お前らのことだよ。『鋼血の戦乙女』達の死体さ」

 

 ギギネリエスが喉の底を鳴らすように低く笑い、肩を揺すった。

 

「俺がお前達を狙う理由も知りたそうだねぇ? 今日は特別だよ。サービスだ。教えてやろう。実はねぇ、依頼されたのさ。俺は仕事で此処に居るんだよ」

 

 ギギネリエスは片方の眉を下げて、リラックスした態度で腰に手を当てた。

 

「ここは廃都だからねぇ。ネクロマンサーの存在が噂されても、正規軍を動かして常駐させるのは現実的じゃない。金も掛かり過ぎる。そもそも、此処は広大な狩場だ。挙ってやってきた冒険者共を完璧に管理するのも難しい」

 

 ついでのように周りの廃墟を見回し、また喋りはじめる。

 

「……となれば、冒険者ギルドは実力のあるクランに捜査依頼を出すしかない。冒険者ギルドと仲良しこよしの機械術士の組合が、『鋼血の戦乙女』を動かす可能性は高いだろう?俺の依頼主は、そう予想してのさ。まぁ、『ゴブリンナイツ』に関しては誤差の範囲内だとは思うがねぇ」

 

 よく喋る男だが、やはり佇まいには隙が無い。冷静だ。ああやってベラベラと喋ることで、聞く者の内部を乱し、動揺させようとする意図が見える。

 

「俺はねぇ、お前のことも知っているよ。シャ~マニちゃ~ん。というか、俺は仕事のついでに、お前に会いに来たんだよ。シャマニ=レインジャックちゃん」

 

 ギギネリエスは親密さを演出するように、シャマニの名前を、ゆっくりと丁寧に、そして優しく口にした。侮蔑的で挑発的な口振りだ。

 

「シャマニちゃんの両親は、かなり腕の立つ冒険者だったそうじゃないか。でもある時に、野良のネクロマンサーに殺されたんだろう? その死体もまだ見つかってないんだろう? 寂しいだろう? いやぁ、可哀そうにねぇ……」

 

 眉を吊り上げたシャマニが、奥歯を噛む音が聞こえた。ゴリゴリゴリッと、硬いものが強く擦れ合うような凄い音だった。

 

 そんなシャマニの反応を眺めたギギネリエスは、はっとした顔になった。ワザとらしくて芝居がかった仕種だった。

 

「もしかしたらだけど、俺が持ってる死体の中に、シャマニちゃんの親御さんが居るかもしれないよ? 可能性はあると思うんだがねぇ? ()()()()()()()()()()()は、俺も一時期は集めてたからねぇ。シャマニちゃんが可愛くお願いしてくれるんなら、確認してやってもいいよ。俺はモテないけれど、気遣いができる優しい男だから」

 

 真面目くさった顔のギギネリエスは、そこで悪意に満ちた微笑を浮かべてみせる。

 

「実は、シャマニちゃんの両親の名前も知ってるんだよねぇ。確か――」

 

「もう喋るな……!!」

 

 シャマニが吼え、豪速で飛び出した。シャマニの翼が力強く空気を打ち、巻き起こった風がローザ達を強く煽った。ほとんど突風だった。ローザが腕で顔を庇い、再び前を見たときには、シャマニは既にギギネリエスに斬りかかっていた。

 

「はぁああ……ッ!!」

 

 裂帛の気合と共に、シャマニは手にした蛇腹剣で斬撃を放ちまくる。変幻自在の斬撃が、嵐となって渦を巻いた。彼女の魔力は紫色の雷電となって、ギギネリエスを両断する軌跡を何度も奔らせた。

 

 だが、ヤツに届かない。

 

「いいねぇ。シャマニちゃん。悪くないよ。なかなか疾いじゃないか。でもねぇ、弱いよ。その程度じゃあ、まだ足りない。足りないよ。ほら、もっと頑張った方がいいんじゃない? 俺への憎悪を燃やすんだよ。憎しみを抱えた人間の死体は、いい素材になるんだ。シャマニちゃんが俺を憎めば憎むほど、シャマニちゃんの死体は価値が上がるのさ。さぁ、俺を憎んでごらんよ。もっと。もっとだよ」

 

 巨体を誇るネクロゴーレムを圧倒していたシャマニの打ち込み、――あの雷電を纏った蛇腹剣の、うねる斬撃と雷撃の猛攻が、ギギネリエスには届かない。

 

 奴はベラベラと喋りまくりながらも、手にした髑髏の杖で平然と受け流し、弾き、いなしながら、薄ら笑いを浮かべている。

 

「シャマニちゃんの死体だけは、俺が持ち帰ってもいいって話になってるんだよ。まぁ、俺の仕事への追加報酬ってワケだ。だからこうして、わざわざシャマニちゃんを迎えに来たんだよ。シャマニちゃんを俺好みの死体に変えるためには、ただぶっ殺すだけじゃあダメなのさ。キーワードは負の感情だ。憎悪だよ」

 

 のんびりとした口振りのギギネリエスは、容赦なく振るわれるシャマニの蛇腹剣を前にしても揺るぎもしない。ただ厳然として邪悪さを湛えていた。

 

 感情を震わせて決死の様子のシャマニに対して、半笑いのギギネリエスは、どこまでも不真面目だ。遊んでいる。――それでもなお、あの強さなのか。ローザは怯みそうになる。

 

「強敵ですわね……」ローザを守る位置に立ってくれているエミリアも、流石に動揺している様子だ。

 

 舌打ちをしたカルビが「アタシも混ぜろよ……!」と吼えて、既に飛び出している。そのカルビに並走するネージュが、「気を付けなさい!」と鋭い声を飛ばした。

 

 喋りまくっているギギネリエスの、その横合いから迫ろうとしていた。

 

「あぁ、もう少しだけ待ってくれる?」

 

 大戦斧を手に一気に踏み込んでくるカルビに対して、にやけ顔を崩さないギギネリエスは、シャマニの猛攻を全て弾き、受け流しながら首を振った。

 

「キミ達の相手をするのは、シャマニちゃんを仕上げた後だよ」

 

 ヤツの杖を握っていない左手の中に、赤黒い魔法円が浮かんでいることにローザは気付いた。恐らくだが、新たなネクロゴーレムをアイテムボックスから――いや、ヤツの場合は、ネクロボックスとでも言うべきかもしれないが――召び出して、使役する為の魔法円だと即座に予想できた。

 

 のローザの予想は正解だった。シャマニを軽くあしらっているギギネリエスの、その周囲の空間にも幾つかの魔法円が描かれた。

 

 空中に象られた魔法円を潜るようにして、新たなネクロゴーレムが飛び出してくる。

 

「まぁ、それまでキミ達が、ちゃんと生きていたならの話だけどねぇ」

 

 だが、ヤツが新たに召んだネクロゴーレムは、さっきまでの奴らとは雰囲気が違った。

 

「あれは……!?」

 

 ローザを守る位置に立つエミリアも、流石に驚愕の声を漏らしていた。ローザはと言えば半ば呆然として、「GOAAAHHHHHH――!!」と吠え猛りながらカルビに襲い掛かる、ソイツの姿を眺めてしまっていた。

 

 太い胴体と尻尾。発達した前肢。筋肉の詰まった逞しい後肢。身体の表面はつるっとしているが、光沢は無い。腐肉を思わせる白い体だ。

 

 頭部はトカゲっぽい形をしているが、眼らしい器官は無く、口しかない。そこに並んだ鋭い牙は2列で生えていて、ぬめるような光を湛えている。

 

 やはり人間の死体から造られたものだろう。体長は6メートル程だろうか。本物と比べればサイズは小さいが、それでも凄い迫力だ。

 

 そうだ。あれは、あの姿は、ネクロゴーレムと言うよりも――。

 

「ドラゴンかよ……ッ!?」

 

 驚いた表情のカルビは悪態を付きつつも、咄嗟に大戦斧を振り抜こうとしていた。ネクロゴーレムならぬ、ネクロドラゴンの噛みつき攻撃を迎え撃つつもりだったに違いない。

 

 だが、翼を広げたネクロドラゴンは、やっぱりデカい。その分、攻撃力というか圧力だって凄まじかった。

 

 勇猛果敢なカルビが豪快に、そして豪速で大戦斧を振り抜き、ネクロドラゴンの頭をぶん殴った。ズガァァン!!と行った。ネクロドラゴンの頭の半分が吹っ飛んだ。肉片が飛び散った。だが、ネクロドラゴンの方はお構いなしにカルビに飛び掛かって押し倒した。

 

「ぐぉおおおおおおおっ!!?」

 

 地面に倒されたカルビは、大戦斧を体の前に引いて盾のように構えていたが、ネクロドラゴンはその防御姿勢の上から前肢でカルビをボコボコと殴りつけ、後肢でドッシンドッシンドッシンと踏んづけまくった。

 

 踏まれたカルビごと、地面がドッコンドッコンと陥没していく。ネクロドラゴンが自らの巨体を利用して、倒れたカルビの上で跳ねているような感じだ。凄い振動だった。

 

 ドラゴンがカルビを踏みつけるたびに、地面が砕けて亀裂が広がる。その破砕音に、「ぐぇっ!」「ぐっ!」「痛ぇ……ッ!」「がはっ!」とカルビの呻き声が飲み込まれていく。

 

「カルビ……ッ!!」

 

 ローザは思わず叫んでいたが、ヤバいと思ったり援護したりする暇は無かった。

 

 理由は単純で、ギギネリエスが召び出したネクロドラゴンは、1体だけではなかったからだ。全部で4体だ。カルビを踏んづけまくって圧し潰そうとしているヤツの他に、まだ3体。

 

「邪魔よッ……!」

 

 そのうちの1体を相手取ったネージュが、冷気を纏わせた大槍を叩き込んでいた。

 

 だが、ネクロドラゴンのタフさは相当なもののようで、身体を凍らされながらもネージュに襲い掛かっていく。カルビほどの劣勢ではないにしろ、ネージュも苦戦を強いられそうだ。

 

 更に最悪なのは、残りの2体のネクロドラゴンが翼を羽ばたかせ、ローザとエミリアに向かって猛然と突進してきていることだ。応戦するしかない。逃げられない。

 

 「マジックキャンセラーを使うわ!」

 

 ローザは即断した。出し惜しみをしている場合ではない。この位置なら、シャマニの魔導具装備に影響を与えることはないし、とにかく、ネクロドラゴンを迅速に無効化して、カルビを助けに行きたかった。

 

 ローザが使用したマジックキャンセラーの効果範囲には、鋭くも短い空気の振動と共に、淡い魔力光が染みわたるように広がった。その微光の波がネクロドラゴンを通過し、ギギネリエスの死霊術を即座に無効化する。

 

 その筈だった。だが――。

 

 「……マジで……?」

 

 驚愕以上に戦慄した。

 

 ローザとエミリアに向かって飛翔してきているネクロドラゴン2体は、間違いなくマジックキャンセラーの効果範囲に入っていた。実際に、2体のネクロドラゴンは空中で一瞬だけ動きを止めて、その飛行姿勢を崩しかけていた。だが、それだけだった。

 

 マジックキャンセラーが、ほとんど利かない。いや違う。効いている。だが、ギギネリエスの魔力供給量と速度が異常なのだ。

 

 ネクロドラゴンを操作している筈の死霊魔術を無効化した次の瞬間に、また再活性と再起動を齎している。

 

 エルンの町では、一時的とはいえ女神ゾンビを機能停止まで持ち込んだマジックキャンセラーが、ギギネリエスには通用しない。

 

 あまり考えたくないが、エルンの町で女神ゾンビを操っていたネクロマンサーも相当なものだったが、ギギネリエスはあれ以上の実力というか脅威なのか。

 

 気が滅入りそうになるローザの耳には、シャマニと戦いながらベラベラと喋りまくる、ヤツの芝居がかった声が聞こえ続けている。

 

 シャマニちゃん達が雑魚冒険者どもを撤退させている間に、色々と準備も出来たしねぇ。さっきシャマニちゃんは、俺の事を包囲したとか言っていたが、それは違う。違うんだよ。逆だ。気付かないかい? 包囲されているのはシャマニちゃん達の方だよ。

 

 殺す……! 殺してやる……!

 

 殺す? 俺を? シャ~マニちゃ~ん。出来っこないよ。そのザマで俺を殺すなんてね。無理だよ。無理無理。憎悪が足りないよ。でもまぁ、仕方がない。シャマニちゃん、俺が思ってたより弱いから、そこらへんが限界なのかもしれないねぇ。感情を昂らせるには気力がいるし、集中力だって必要だ。か弱いシャマニちゃんにしては、まぁ、よく頑張ったってことにしておこうか。お疲れさま~……というワケで、そろそろ死んじゃう?

 

 人の神経を逆撫でするギギネリエスの声に内心で舌打ちしながらも、ローザの意識は、飛来してくるネクロドラゴンに向いていた。魔導ショットガンは既に構えている。

 

「ローザさん。奴らの動きを少しだけ鈍らせるために、牽制をお願いしますわ」

 

 大盾を構えるエミリアの静かな声が、ローザを落ち着かせてくれる。カルビを助けに行くには、小細工無しでネクロドラゴンを倒すしかない。

 

「……うん、やってみるよ!」

 

 ローザは答えてから息を吸う。吐く。撃つ。石化弾。空中に幾つも魔法円が展開される。

 

 2体のネクロドラゴンは、これに反応してみせる。身体をしならせ、捻り、魔法円を潜り抜けるようにして、複雑な軌道でローザ達に飛来してくる。

 

 だが、魔法円の全てを回避することは出来ていない。ネクロドラゴン達の身体の一部が石化して、その速度が明らかに鈍った。

 

「流石はローザさんですわッ!」

 

 エミリアが張りのある声を発しながら、「行きますわよォ……!」と構えていた大盾を背負うように持ち直し、前傾姿勢になって踏み込んだ。漆黒の大盾からは、エミリアの魔力が変換された赤い薔薇の花弁が盛大に舞い散り始めている。

 

「“淑女道奥義”!! ワンダァァァエキセントリィィック・ビューティフルエキゾチィィック――!!」

 

 長ったらしい技名を叫び終わるよりも先に、エミリアは手にした大盾を体ごと、斜めから降り下ろすようにぶん回した。超重量かつ頑強な鉄塊が、豪速で飛来してきたネクロドラゴン1体を、ズゴォォン!!と叩き落とす。

 

「GUGYAAAAAA――ッ!!?」

 

 身体を半分ほど地面に陥没させたネクロドラゴンは、それでも動いて這い出そうとしたようだが、それをエミリアは許さなかった。

 

「――トロピカァァァル・タイフゥゥゥゥゥンンンヌァァアア!!!」

 

 更に身体を一回転させてエミリアが、勢いを更に増した大盾の一撃でネクロドラゴンの身体の上半分を粉々に吹き飛ばしたのだ。ドグシャア……ッ!!というか、ドパァアアン……!!というような、やけに水気を含んだ轟音が響く。

 

 なまっ白い肉の塊が、エミリアの魔力が象った真っ赤な薔薇の花弁と、濁った紫色の粘液と共に飛散る中を、もう1体のネクロドラゴンが飛び込んでくる。

 

「GOOOAHHHHHHHhhhh――ッッ!!!」

 

 大盾を振り抜いたエミリアの隙を狙っているのだ。

 だが、そうはさせない。

 今度はローザが前に出る。

 

 魔導ショットガンをアイテムボックスに仕舞い、代わりに、大型の魔導拳銃を取り出す。ネクロドラゴンがどれだけ素早くても、この距離なら外さない。

 

 エミリアの隣に滑り出る勢いのまま膝をつき、拳銃を両手で構え、狙いを絞る。撃つ。炎熱系統の炸裂魔法弾。図体がデカい魔物にも大きなダメージを期待できる魔法弾。

 

 これも効いた。

 

「GYOHOOOOOOO――ッ!!!?」

 

 ネクロドラゴンは一瞬で爆炎に包まれて吹っ飛んでいって、廃墟に突っ込んだ。その衝撃で、脆くなっていた廃墟も崩れ落ちて、その瓦礫がネクロドラゴンを完全に飲み込んでいく。

 

 2体のネクロドラゴンを倒したローザとエミリアは、すぐに、ネージュとカルビに目線を向ける。

 

 「GAAAAAAHHHHH――ッッ!!!」

 

 咆哮。ネクロドラゴンが、その巨体全てを叩きつけるようにしてネージュを脅かし続けている。だが、もう終わりだった。

 

 「いい加減、しつこいわね……」

 

 ネージュの着込んだ鎧が、冷気を放ちながら変形する。冷気と金属を織り込むようにして編まれたのは、ネージュの頭部全体を覆う兜だった。

 

 黒と蒼の鎧兜で身を包んだネージュの姿は、女性暗黒騎士といった風情であり、高貴でありながらも鋭利で、優雅でありながらも攻撃的な気配を備えている。

 

 「じゃれあっている暇は無いのよ」

 

 兜の奥で低い声を響かせるネージュは、魔力を籠めた大槍を地面に突き立て、冷気を流し込み、周囲に氷を奔らせる。

 

 そしてネージュの前方に、巨大な氷の盾を形成した。当たり前だが、あれは普通の氷じゃない。ネージュの魔力が織り込まれた、分厚い氷の壁だ。

 

 氷の表面には複雑な魔法紋様が浮かび上がっており、その内部にも、蒼い光の線が明滅するように走っている。ネージュが得意とする、強固な防御魔法だ。

 

 ネージュに飛び掛かろうとしていたネクロドラゴンは、いきなり出現したこの巨大な氷の壁を避けることができなかった。まともにぶつかる。凄い音と衝撃だった。

 

 氷の壁とゴッツンコした激突ダメージが大きかったのか。ネクロドラゴンが一瞬だけ怯むのが分かった。

 

 だが、すぐに翼で空を打って「GUUOOOAAAAAAAA――……!!」と猛り狂い、大口を開けて氷の壁に噛みつき、前肢で殴り、後肢で蹴ったくり、尻尾を叩きつけ、氷壁を砕こうとしている。

 

 だが、ネージュが自らの魔力と共に編んだ氷の壁は、そう簡単には崩れない。

 

 暴れまくるネクロドラゴンを氷の壁越しに見ていたネージュは、大槍の穂先を地面から引き抜き、更に重心を落として槍を構える。同時に、鎧を着こんでいるとは思えない程にしなやかに体を捻り、大槍をまっすぐに突き出した。

 

 ネージュとネクロドラゴンの間には氷の壁が存在している。

 

 だが、あの凄まじく強固な氷の壁は、ネージュの意思に従い姿を変える、強力無比な武器でもある。

 

 ネージュが突き出した大槍は、氷の壁をすり抜けるようにして渦を巻き、その際には氷の壁を取り込むようにして巨大な刃へと練り直し、槍の穂先へと変えた。

 

 巨大な氷柱と化した大槍の突きは、凍結属性魔力を濃密に帯びた、破城槌と言ってよかった。至近距離にいたネクロドラゴンの巨体は、まるで柔らかいチーズのように体をごっそりと抉られ、半ば凍りつきながら吹き飛んでいく。

 

 更に、ネージュに凍らされて吹き飛んだこのネクロドラゴンは、カルビを踏み潰そうとしているネクロドラゴンと激突した。

 

「GIIIIEEEEAAAA――ッッ!!」

 

「GUAA――ッ!?」

 

 2体にネクロドラゴンの動きが、その一瞬だけ完全に止まった。

 そのときだった。

 

「痛ェェェェェつってんだろうがぁぁあ…………ッ!!」

 

 今までネクロドラゴンに踏んづけられていたカルビが、地面に埋もれそうになりながら怒声を張り上げたのだ。

 

 そして、ネクロドラゴンの巨体を猛然と押しのけて立ちあがった。いや、立ち上がっただけじゃない。

 

 流石はカルビ言うか何というか、もう滅茶苦茶だった。カルビは戦斧を握っていない方の手で、“凍りつきかけている方のネクロドラゴン”の尻尾を乱暴な手つきで引っ掴んでいた。

 

 今のカルビは、右手に大戦斧を握り、左手に凍りかけのネクロドラゴンを握っている状態だ。二刀流という言葉はあるが、あのカルビの状況を二刀流と表現するのは正しいのか。

 

「死んじまうだろうがこのクソボケェ……!!」

 

 憤怒の声を上げるカルビの全身鎧は、派手に炎を吹き上げながら、ネージュのものと同じように変化していた。

 

 あの大蜘蛛の墓守を倒したときと同じく、肩と背中の部分がグググっと盛り上がり、カルビの頭を覆う兜になっている。全体的に刺々しく猛々しく、そして荒々しいフォルムを持つ兜は、狂暴なドラゴンを連想させる。

 

 今のカルビが放つ怒気と威圧感は、気品も容赦もない。

 

 あの純粋で強烈な存在感は、紛い物のネクロドラゴンなどよりも、遥かにドラゴンという種族に近いように思えた。というか、今のカルビはドラゴンを上回る凶暴さだった。

 

 まずカルビは、引っ掴んでいたネクロドラゴンを軽々とぶん回した。

 

 “さっきまでカルビを踏んづけていた方のネクロドラゴン”を思いっきりぶん殴った。つまり、ネクロドラゴンで、ネクロドラゴンをぶん殴ったのだ。

 

 ドグオォン!! というか、ズドゴォォン!! というような、とんでもなく重くて鈍い音が響き渡った。豪快を通り越して、もう無茶苦茶だ。

 

 殴られたネクロドラゴンは地面に叩きつけられて悲鳴らしきものを漏らし、カルビから逃げようとした。翼を動かし、空へと飛ぼうとしたのだ。だが、カルビは許さなかった。

 

「逃がすかよ阿呆ぅ……!!」

 

 カルビは凍りつきかけているネクロドラゴンを再び振りかぶりながら踏み込み、更に乱暴にぶん殴り、宙に逃げようとしているネクロドラゴンを叩き落とした。いや、叩き落とすだけではなく、地面に埋め込む勢いだった。

 

 凍りかけている方のネクロドラゴンは、さっきまでカルビに尻尾を掴まれてもがいているようだったが、今の衝撃で明らかにぐったりとなった。

 

 力任せに撃墜された方のネクロドラゴンは「GYAHIIII――ッ!!?」などと悲鳴を上げ、地面に叩きつけられた衝撃で両翼が拉げていた。あれでは飛行不能だ。もう逃げられない。

 

 もちろんというか、カルビの攻撃はまだ終わらない。

 

 カルビは凍りかけている方のネクロドラゴンを、もう片方の手に握っていた大戦斧で、豪快にズドン!!といった。ぶっ刺したのだ。そのついでに大戦斧に爆炎を宿し、一瞬でドラゴンの串焼き状態にした。

 

「VOOGYAAAAAA――!!?」

 

 串焼きにされたネクロドラゴンが、ほとんど断末魔に近い苦鳴を響かせる。

 

 だが、そんなものは知ったことじゃないと言わんばかりのカルビは、立ったままで体の軸を斜めに1回転するように踏み込んで、そのネクロドラゴンの串焼きごと、大戦斧を思いっきり振り下ろした。

 

 勿論、振り下ろす先は、さっきまでカルビを踏んづけていたくせに、今では地面に半分ほど埋まっている方のネクロドラゴンだ。戦斧を叩き込む瞬間、カルビの纏う全身鎧が、一際大きく炎を噴き出した。まさに、本物のドラゴンが吐き出したブレスのようだった。

 

「オォォラァァア……ッッ!!」

 

 容赦も遠慮もへったくれも無いカルビの一撃は、多分、ダルムボーグ全体を揺するほどの衝撃を生んだ。ついでに爆炎の火柱を派手に発生させ、ネクロドラゴン2体を完全に炭屑にして消し去ってしまった。物凄い熱風が吹きつけてくる。

 

 ローザは腕で顔を庇いながら、思わず「うわわっ!?」と声を漏らしてしまう。だが、叩きつけるようにして吹いてくる熱風からローザを庇う位置に、大盾を構えたエミリアが、すっと立ってくれた。

 

 その巨大な盾と、漆黒の重装鎧を纏った大柄なエミリアの身体が、熱風からローザを守ってくれる。小動もしない。壁役としてのエミリアは、本当に頼もしい。

 

「アレを地下ダンジョン内でやられたら、私達も無事ではすみませんわね……」

 

 感嘆交じりの声音と共に、エミリアが鼻を鳴らすのが聞こえた。「ほ、ホントだね……」とローザも頷きながら、カルビが敵じゃなくてよかったと本気で思った。

 

 静謐な冷気を纏っているネージュも健在だし、彼女の大槍が宿している魔力量にもまだまだ余力がありそうだ。

 

 カルビもネージュも、以前のシャーマントロール戦のように、強力な魔法で動きを封じられてしまったりしなければ、本当に強い。

 

「へぇぇ、やるじゃないか!」

 

 シャマニの相手をしながらギギネリエスは、ローザ達を順番に見てから感心したような声を出した。

 

 そのついでに鋭く体を捻ったヤツは、逆手に持った髑髏の杖を突き出した。

 

 ローザは目を疑う。あの装飾過剰で悪趣味な髑髏の杖は、もしかして、とんでもない強度なのか。だって、高速で斬りかかってくるシャマニの右肩を、戦乙女の鎧ごと貫いた。

 

「ぐぅ……ッ!!」

 

 宙に居るシャマニの表情が苦悶に歪んだ。次の瞬間には、ギギネリエスは髑髏の杖をシャマニの肩から引き抜いてから、またすぐに突き出す。半笑いのヤツは、ごく短い詠唱も済ませていた。

 

 右肩を砕かれたシャマニは、咄嗟に左手に持ち替えていた蛇腹剣を手元に引き、大剣へと姿を戻していた。それで防御しようとしていたのだろうが、間に合わなかった。

 

 ギギネリエスの髑髏の杖は、シャマニの胴に吸い込まれるようだった。

 

 それに、ただの打撃ではなかった。髑髏の杖が赤黒い光を宿し、シャマニの鎧の胴体部分に魔法円を発生させたのだ。その魔法円を通して、ギギネリエスの纏う赤黒い魔力が瞬間的に、しかし膨大な量がシャマニに注ぎ込まれるのが分かった。

 

 冒険者である魔術士の中には、近接戦闘用の魔法を習得している者も居る。ギギネリエスが使用したのは、多分その類のものだ。魔導鎧だけでなく、その内部にも衝撃を与えるような、強烈な攻撃魔法に違いなかった。

 

 その証拠に、何かが破裂するような低い音が、シャマニの鎧の中から聞こえた。くぐもっていながらも、鳥肌が立つような重低音だった。

 

 シャマニが纏っている鎧にも、内側から強い衝撃と破壊作用を受けたかのように、バキバキバキッ……!!と亀裂が入り、生えていた翼まで砕け散ってしまった。

 

「うぶっ、ぁっ……! がッ……は……ッ!!?」

 

 空中で身体を『く』の字に折ったシャマニは、血の塊を吐き出した。ヤバい吐き方だった。

 

 シャマニはとんでもない勢いで吹っ飛ばされて、受け身をとることもできずに何度も地面をバウンドしながらゴロゴロゴロッと転がっていく。

 

 転がっている間に、シャマニの手からは大剣がこぼれ、砕けた鎧の隙間からは血が飛び散っていた。

 

 しばらく転がったシャマニは地面にうつ伏せに倒れたままで、ピクリとも動かなかった。嫌な静寂が数秒あった。

 

「あらら……、ちょっと強めにやり過ぎたかな……」

 

 その静けさを茶化して誤魔化すように、ギギネリエスが眉を下げている。料理の火加減でも間違えたかのような、牧歌的な口振りだった。

 

 ローザは気付かないうちに唇を噛んでいた。近距離戦でシャマニを上回る実力を持っているギギネリエスに畏怖を覚える。

 

 全身鎧を戦闘形態にしたネージュとカルビも、カバーに入る暇がなかった。2人が息を殺している気配が伝わってくる。エミリアが奥歯を噛み締める音が聞こえた。

 

 うつ伏せのシャマニは、まだ動かない。この距離だと、息があるのかどうかも分からない。あれは、死んだかもしれない。仮に息があっても、治癒魔法は間に合わないかもしれない。

 

 あの血の量と、鎧の砕け方を見れば、かなり不味いことぐらいはローザでも分かる。

 

 今のシャマニの体内は、もう無茶苦茶だろう。頭部は無事だが、だからどうしたというレベルでの負傷に違いない。今すぐ治癒しないと。

 

 でも、治癒魔法を使用するような時間など、ギギネリエスが与えてくれるとは思えない。

 

 シャマニは助けられない。諦めるしかない。もしもローザ達だけだったなら、そう決断せざるを得ない状況だった。

 

 だから、少し離れた廃屋の上から、放たれた弓矢のように跳躍してきた彼に気付いた時には、声が出そうになった。

 

 彼は音もなくシャマニの傍に着地して、即座にエリクシルを使用してくれた。そうだ。今のローザ達のパーティーには、もう1人の冒険者が同行してくれている。

 

 彼のことを忘れていたわけでは無かったが、その存在の心強さに思わず身体から力が抜けそうになって、それを何とか堪える。

 

 霊薬エリクシルが発生させた治癒・回復魔法円が、倒れているシャマニを包むのが、ローザにも見えた。

 

「げほっ……! はぁ、はっ……ぁ!!」

 

 うつ伏せのシャマニが、血の咳を吐き出している。

 激痛を堪えて、苦悶の声を洩らしているが、まだ生きている。

 生きてさえいるのなら、エリクシルでの回復は可能だ。

 

 ネージュが兜の中で、大きく息を吐いているのが聞こえた。明らかに安堵の息だった。シャマニが助かるかもしれない。きっとネージュもそう思った筈だ。

 

 そしてカルビの方も、魔導鎧から噴き出る炎をそのままに「助かったぜ……!」と、手を上げていた。

 

「アッシュさん……!」

 

 エミリアが潤むような掠れた声を出した。

 

「遅くなりました。すみません」

 

 シャマニを守るための戦いを想定してだろう。

 

 両手に短剣を握るのではなく、間合いを広くとれる長刀を手にしたアッシュは重心を落とし、エリクシルの回復・再生効果を受けているシャマニを庇う位置に立っている。

 

 ギギネリエスを睨んでいる彼の、青みがかった暗い灰色の目には、トロール達を殺戮したときと同じような無機質で冷徹な輝きが灯っていた。

 

「……おぉ」

 

 アッシュの視線を受け止めるギギネリエスは、今までの惚けたような不真面目な態度を消していた。

 

 ヤツは一瞬だけ怪訝そうに片目を細めたあとで、何かに気付いたかのような驚きと、この場の偶然に喜びを滲ませた表情になる。

 

「おいおい。久しぶりだねぇ」

 

 ギギネリエスの親しみの籠った口振り。ローザは、今までに感じたことがないような、途方もない不吉な予感と共に、足元が崩れ落ちるような不気味な納得感を覚えた。

 

 これ以上は聞きたくないと思った。だが、無駄だ。ギギネリエスは楽しそうに、嬉しそうに喋りつづける。

 

「お前のトコの“教団”支部は潰されたって聞いていたから、てっきりお前も処理されちまったモンだとばかり思っていたよ。でも、生きていたんだねぇ。神殿の養護院にでも入ってたのかい? しかも、今では冒険者までやってるのかい? そうやって人間のフリをしてるのかい? 涙ぐましいねぇ」

 

 薄笑いを浮かべるギギネリエスの馴れ馴れしい口調に、アッシュは警戒するように眉を顰めている。

 

 そうやってアッシュが不審がる様子を面白がるように、ギギネリエスは優しい笑顔を浮かべてみせた。寒気がするような笑みだった。

 

「俺はねぇ、お前のお父さんだよ?」

 

 その声音に籠められた柔らかさは、愛情のフリをした明確な悪意だった。アッシュが目を見開いている。ローザが初めて見る種類の、アッシュの表情だった。

 

「ある仕事で注文を受けてねぇ、俺がお前を造ったんだ。オーダーメイドって奴さ。無数の死体から優れた機能と思考と知識を吸い上げて、選りすぐって、お前を造りあげたんだよ」

 

 カルビもネージュも、エミリアも、動きを止めている。当惑している気配がある。困惑に飲まれている。ローザも同じだ。

 

「いや、造ったというよりも、産み出したんだよ。俺が、お前を。大事に大事に。愛情と、俺の魔力を注いでねぇ。だから、俺がお前を見間違えるもんかい。大きくなったじゃないか」

 

 感じ入るような、ギギネリエスの声。芝居がかった口調。ローザ達を動揺の沼の中に沈めながら、この世界からアッシュを切り取ってしまうような暗い鋭さに満ちている。

 

「やっぱり、俺のことは覚えてないかい? せっかくの再会だってのに。この感動を味わえるのが俺だけだなんて。寂しいねぇ。でも、無理もない。あの時のお前は、感情も意識もなんにもない、空っぽの人形だったからねぇ」

 

 笑みを深めていくギギネリエスの声音には、次第に嘲笑うような響きが混ざっていく。

 

 カルビも、ネージュも、エミリアも、誰も口を挟めない。この数秒間。飲まれているといよりも、無意識に耳を傾けてしまう。あの男の声と言葉には、聞く者を黙らせる力がある。

 

「俺の言ってることが分かるかい? 覚えてないかい? それとも、そんなことを考えたことも無かったかい? じゃあ、いい機会だ。優しいお父さんが教えてやろう」

 

 もう黙れ。黙れ。ローザはそう思った。だが、ギギネリエスは黙らない。言葉を与えてくる。押し黙ったアッシュを、どこか暗い場所に、こことは違うどこかへ引き摺り込むように。

 

「お前はねぇ、無数の死体から再構築された生ける屍……。鼓動と思考を持つ、健康優良な死体人形ってワケだ」

 

 

 








誤字報告まで寄せて戴き、感謝しております……。
今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
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