「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
「夜更かしは身体に悪いぞ」
普段よりも柔らかなカルビの声は微かに笑っていて、リビングの暗がりと静けさが、ふっと和らいだ。
「えぇ。少し考えごとをしていました」
アッシュは振り返って立ち上がろうとした。
それを、「あぁ、座ってろよ」と手で制したカルビは、薄暗いリビングを横切ってキッチンの方へと歩いていく。
「要するに、眠れねぇのか?」
「まぁ、そんな感じです」
曖昧に答えると、すぐに冷蔵器を空ける音がした。氷を取り出す気配に続いて、グラスの中に氷が放り込まれる、カランカランという涼しい響きがあった。
「気が合うな、アッシュ」
グラスに酒を注ぎながら歩いてきたカルビは、アッシュの隣にどっかりと腰を下ろした。
彼女が手に持っている酒瓶は琥珀色をしていて、下の方が丸み帯びて膨らむような形をしていた。迫力と高級感がある。高い酒なのかもしれない。
「アタシもだ。なんか眠れねぇ」
カルビは唇の端を吊り上げて見せてから、グラスに口をつけた。
黒シャツと下着だけしか着ていてない彼女が喉を鳴らす。無防備に曝された彼女の褐色の肌が、窓から入ってくる月明かりに濡れている。
「眠れないから、お酒を飲みに降りてこられたんですか?」
「んん? あぁ。まぁな」
喉を通っていく酒の熱を逃すように、床に座ったカルビは後ろに手をついて、ゆっくりと息を吐きながら天井を仰いだ。
「酒はいいぞ。うざってぇことを考えてるときとかな。酒が入ると、こう……、何となく、どうにかなるんじゃねぇかって気分になる」
リラックスしているからだろうか。今のカルビの声音は色っぽくて、情熱的で、狂暴そうで、誰に対する気遣いもない。
「お前も飲むか?」
ずいっとアッシュの方へとお尻を寄せてきたカルビは、空けたグラスに酒を注ぎながら訊いてくる。
「よく眠れるぞ」
薄く笑みを湛えたカルビは、そのグラスを揺すってみせる。琥珀色の液体が半分ほど注がれたグラスの中で、また氷がカランと軽やかに鳴った。
普段から酒をほとんど飲まないアッシュだが、今は無性に飲んでみたくなった。
「えぇ、ありがとうございます」
アッシュがそう答えたのが意外だったのか。カルビも「おぉっ」なんて、少しはしゃいだ声をだした。夕食後も彼女は酒を飲んでいたから、まだ酔いが残っているのかもしれない。
月明かりの中にあるカルビの顔は、まだ少し赤く見える。
「じゃあ、僕もグラスを借りてきます」
「洗い物が増えるだろ。これでいいじゃねぇか」
妙に楽しそうなカルビは、立ち上がろうとしたアッシュのシャツの裾をグイグイと引っ張って座らせた。
「ほら。飲め飲め」
グラスをアッシュに握らせたカルビは、無邪気に笑って酒を注いでくれる。
「はい。じゃあ、これで頂きますね」
アッシュは酒の名前を知らないし、その種類にも詳しくはない。飲酒の経験もほとんど無かった。だが、喉元を通っていく熱さと、その独特の香りを味わうことはできた。
床に胡坐をかいたカルビは、膝の上に肘杖をつく姿勢になって、アッシュがグラスを空けるのを眺めていた。見守るような眼差しだった。
「何だよアッシュ、お前、結構いけるクチじゃねぇか」
カルビの弾んだ声を聞きながら、アルコールで胸の中がじんわりと火照ってくるのを感じる。
「御馳走さまでした。美味しかったです」
アッシュがグラスを返すと、カルビは「だろ~?」と満足そうに頷いた。それから、またすぐにグラス酒を注いで、一口で飲み干す。
「あの……、そんなふうにゴクゴクと飲んで、大丈夫ですか? 飲ませて頂いたので何となく分かるんですが、それ、結構キツいお酒なんじゃ……」
「大丈夫に決まってるだろ。もしも酔いつぶれても、アタシの家ン中だしな」
いや、ここってローザさんのお家では……? とアッシュが控えめに指摘すると、眉を下げたカルビが唇を尖らせた。
「おいおいアッシュ。そうやってな、あんまり細かいことばっかり言いやがると、アタシは脱ぐぞ? いいのか?」
「なんで脅し口調なんですか……」
アッシュが呆れながらツッコむと、目を細めたカルビは「しししっ」と肩を揺らして子供みたいに笑った。アッシュも苦笑で付き合う。
こんな風にカルビと2人きりで話をすることは、あまり無かったような気がする。
暗がりのリビングに流れる時間は、アッシュが1人で月を見上げていた時よりも、ゆったりとしたものになっていた。
「……なぁ、アッシュ」
だが不意に、カルビが眉間を絞って切り出してきた。
「マジで今更なことかもしれねぇが、ちょっと訊いていいか? いや、確かめたいって言った方がいいのかもしれねぇが」
笑みを消したカルビは躊躇を振り払うように、自分の豪奢な金髪をぐしゃぐしゃっと掻き混ぜた。
「……お前の身体って、ちゃんと酔えるのか?」
そのカルビの問いかけは、まるで鋭く間合いを詰めてくるようだった。
ただ、その問いの意図までは掴み切れなかったアッシュは、カルビの顔を数秒だけ見詰めてしまう。
「悪い、変なこと訊いてるよな。……でもよ、こういう時にしかできない話ってモンもあるだろ。お前の身体のこととか、お前が感じてるモンとかな」
カルビは頬を掻いて、少しだけ眉を下げる。その申し訳なさそうな表情は、この話題がアッシュの過去に触れることを告げていた。
「こうやって一緒に酒を飲んでも、アタシだけ気分よく酔っぱらって、お前が酔えもしねぇんだったら、今まで……。いや、今日の晩飯の時も、今のこの瞬間もな。ずっとお前に気を遣わせてるんじゃねぇかって、気になってたんだよ」
淡々とした口調のカルビは、今はアッシュからの返事を求めているのではなく、まずは正直に打ち明けたいというふうだった。
「ローザやネージュも、エミリアもな、ずっと気にはなってたみたいだけどよ。なかなか、切り出せるモンじゃねぇだろ? こういう話は。こんなことを面と向かって訊くのは、タイミングとか空気っつーか、そういうのも必要だ」
カルビは言ってから、「まぁ、だからアレだ、何が言いたいのかっつーとだな」と言葉と視線を彷徨わせながら、また後頭部をガシガシと掻いた。
「アタシ達は、もっとお前のことを知っておくべきだよな、っつー話だ」
胸が押されたような感覚があって、アッシュは何も言えなくなった。
だが少なくとも今は、アッシュが何かを喋る番ではなかった。
「お前の身体がギギネリエスに造られたモンだろうと何だろうと、そんなモンは関係ねぇ。アタシ達は、その身体の中に居るのが“お前”だから同行依頼を続けてるし、この家に住むよう声を掛けたんだからな」
眉間に皺を寄せたカルビは、そこで話す速度を少しだけ落とした。自分の言葉を大事に扱うように。
「……でもよ、“お前”と、その“お前の身体”を完全に切り分けるのは、現実的には無理だろ? “お前”は、“お前の身体”の中にいるんだからな。だから、アレだ……、“お前”が、メシを食っても美味くも感じねぇし、酒を飲んでも酔えねぇのなら、この場で正直に教えてくれ」
懇願とも懺悔ともつかない色がついていた。
「晩飯の時に、明日は美食街にも行こうって話をアタシ達はしただろ? アレも実はな、お前の反応を探ってた部分もある」
「そう……、だったんですね」
「あぁ。だが、見事に空振りだ。お前は穏やかで優しい表情をちっとも崩そうともしなかったからな」
夕食のときのローザ達の賑やかさや、明日は脳裏を過る。あの華やいだ空気の裏には、彼女達の深い優しさと、アッシュへの親身な気遣いがあったのだ。
ローザ達は、アッシュと同じくらい真剣に、アッシュに向き合おうとしてくれているのだと分かった。
「だが、アタシ達の目論見は見事に空振りだ。お前は穏やかで優しい表情をちっとも崩そうともしなかったからな。お前の本心らしいものが、なんにも見えてこなかった」
だからだろう。
偶然ではあるが、リビングでアッシュと2人きりになったカルビは独断で、こうして遠慮なく本音をぶつけることを選んだのだ。それは勇気のある行動だと思ったし、そのカルビの勇気は、アッシュのために使われたに違いなかった。
「お前は頭もキレるし、手先も器用だ。味が分からなくても、アタシ達の胃袋を掴んじまうような美味いモンを作ってみせるぐらいは、まぁ、やりそうだしよ。実際、味覚が鈍くても一流の料理人はいるってのは聞くしな。……あぁ、それと」
これは強調しておくぞ、という感じで、カルビは真剣な顔でアッシュに向き直った。
「別に、造られたお前の身体が気味悪いとか、お前の過去が悲惨で可哀そうとか、そういうことを今は言いたいんじゃねえし、そんな話をするつもりも、これっぽっちもねぇからな」
無遠慮で飾り気のない、ともすれば無思慮とも感じられるような正直過ぎる言い方だが、いかにもカルビらしいと思った。その彼女らしさが信頼できることは、もうアッシュは知っている。
「えぇ、……ありがとうございます」
アッシュがまた微苦笑を返して小さく頷くと、カルビは鼻を鳴らしてから「あと、ついでに言っとくが」と腕を組んだ。
「アタシはな、お前と出会った時から、その身体が普通じゃねぇことぐらいは見抜いてたんだぜ?」
「……そういえば」
アッシュも思い出すものがあった。
「トロールのシャーマンを倒したあとで、僕の腕や背中の傷を癒してくれたのは、カルビさんでしたね」
破れたボディスーツの隙間からは、アッシュの身体に刻まれた紋様が覗いていたはずだ。それを気付いていてもカルビは何も言わずに、まずはアッシュの傷を癒すことに専念してくれていたのを思い出す。
そんなに昔のことではないはずなのに、彼女達の出会いを懐かしく思う。
「僕の身体は……、ちゃんと酔うこともできますし、何かを味わうことも、夢を見ることもできます」
手にしていたグラスをカルビに返したとき、その中で溶け始めた氷が動いて、またカランと鳴った。水気のある軽やかな響きは、リビングの薄暗さと月明かりに溶け込んでいく。
「この身体の機能自体は、ギギネリエスの言った通り……、たぶん、普通の人と変わらないと思います」
アッシュは、できるだけ明るい口調でカルビに話したかった。
「僕が料理に興味を持ったのは、独りでも上達を感じたり、味覚を楽しむことができたからです」
「……なるほど。他の人間を必要せず、お前だけで完結する趣味みてぇなモンか」
「えぇ。お酒に酔うことも、お風呂に入って温もりを感じることもできます。ただ、そういった贅沢や快適さに興味を持つ機会も、動機も、僕にはほとんど無かったんですよ」
カルビはしばらくの間、ドラゴンが餌食を見るような目でアッシュを睨んでいた。アッシュが何かを取り繕って誤魔化す気配があれば、即座に飛び掛かってくるような迫力だ。
だが、微苦笑のままアッシュは、自分の言葉は嘘ではないと証明する思いで、カルビから目を逸らさなかった。
アッシュとカルビが黙り込み、リビングには遠慮深い静けさが拡がっていく。暫くしてからだった。
「……ん。そうか」
カルビは安堵したように微かに鼻を鳴らしてから、またグラスに酒を注いだ。それを飲み干し、また注いで、「飲めよ」とアッシュへと手渡してくれる。水滴に濡れたカルビの手が、アッシュの手と触れ合って、すぐに離れた。
「なぁ。ローザ達にも、今の話を教えてやってもいいだろ?」
「えぇ。……すみません。気を遣って頂いて」
「こんなモン、気遣いのうちに入るかよ」
またカルビが膝の上に肘杖をついて、笑ったままで鼻を鳴らした。
「もしもお前が、実は酒にも酔えねぇ、メシを食っても味も分からねぇって答えてたら、アタシは金輪際、お前の前では酒もメシも口にしないつもりだったぜ」
「それは流石に申し訳ないですよ……」
「なら、お前がそんな居心地の悪さを感じないで済むよう、タシはローザ達に提案しただろうよ。お前の五感を取り戻す方法を探そうぜ、ってな」
くつくつと笑うカルビは、酔いが進むに任せて、今までの深刻な空気を冗談に紛らわせようとしている。そんな風に見えた。
それは不真面目さではなく、アッシュに気を遣わせないための、カルビなりの気遣いに違いなかった。その不器用な優しさが、またカルビらしいと思った。
「美味いモンとか楽しいこととかを、もっとお前と共有したいからよ」
カルビの“お前”という言葉の響きは、アッシュの身体を素通りして、アッシュの内部に遠慮なく飛び込んでくる。酒の熱さとは違うものが、グラスを空けたアッシュの胸を温めてくれた。
そこにアルコールの熱が加わって、アッシュの中の感情の水位が、みるみる上がってくる感覚があった。鼻の奥がツンとしてくる。
だが、それを今は堪える。
……僕はこんなに泣き虫だったのか。
自分の涙を目の奥に押し戻すつもりで、きつく瞬きをした。
「……優しいんですね。カルビさんは」
グラスを返しながら、アッシュは眉を下げる。「だろ~?」とカルビは機嫌良さそうに言いながら、受け取ったグラスに酒を注いで、唇の端を吊り上げた。
「カルビお姉ちゃんはな、優しいんだよ。おまけに美人で、セクシーだろ?」
「ちょっと言葉遣いが乱暴で、たまに怖いですけどね」
「お、なんだ、ネージュの悪口か?」
惚けたような口振りのカルビが、アッシュの隣で小さく笑い声を立てた。
グビグビと喉を鳴らしたカルビが、またグラスを空ける。高級な酒を一気飲みするのは品が無いというのは聞いたこともあるが、あれがカルビの味わい方なのだろう。
「ん」
カルビはすぐに酒を半分ほどグラスに注いで、またアッシュに渡してくれる。氷が溶けてきて、小さくなってきている所為か。受け取ったグラスに口をつけると、酒の味が変わった気がした。
「……僕も、カルビさんに訊いてみたいことがあります」
「お? カルビお姉ちゃんのスリーサイズか?」
「違いますよ……」
「じゃあ、何だ? アタシのパンツの色か? ほれ」
胡坐をかいているカルビが言いながら、シャツの裾を無造作に捲り上げた。
やけに小さくて薄い赤色の下着と一緒に、しなやかで逞しいいカルビの太腿が丸出しになる。いや、それどころか、しなやかな彼女の腹筋や脇腹の筋肉までが丸見えだ。
美しく鍛えてある下半身を見せつけるかのような大胆さだった。
「違いますよ!?」
顔を逸らしたアッシュの慌てぶりが楽しかったのか、カルビが喉を鳴らして笑う。
「おいおい、こんな夜更けに大声を出すのは感心しねぇぞ?」
「誰の所為なんですかね……」
思わずアッシュは半目になってしまったが、気を取り直すようにしてグラスの中の酒を飲み干した。アッシュ自身も酔ってきている自覚はあったが、ワケが分からなくなるほどではなかった。まだ落ち着いている。
「僕が訊きたいのは、カルビさん自身のことです」
冗談を言い合う今の雰囲気が、背中を押してくれる。
「カルビさんが生きてきた時間とか、どうして冒険者をしているのかとか……。勿論、カルビさんが話したくなかったり、話す必要がないと思うのでしたら、無理に訊きたいとは思いません。……でも、カルビさんのことを知りたいというのは、僕の本心です」
こんな風に、カルビの内面や過去にも触れる話題を切り出せたのは、やはり2人きりで酒を飲んでいるからこそだと実感した。
「ふぅぅん……? んんふふふぅ~~ん?」
にんまりと嬉しそうな笑みを浮かべたカルビが、酒瓶を手にしたままでアッシュと肩を組んでくる。酒が入って体温が上がっているのか、アッシュに絡みついてきたカルビの身体は熱いくらいだった。
「何だよアッシュぅ~、カルビお姉ちゃんに興味津々か? もしかして、アタシのことを口説こうとしてんのかぁ~?」
そのまま頬ずりでもしてきそうな程に顔を近づけてくるので、アッシュは「いえ、違いますよ?」と即答しておいた。
「ンだよ、可愛くねぇ~……」
しゅんとなったカルビは唇を尖らせて、不満そうに鼻を鳴らした。そのカルビの手の中で、グラスの氷が転がる。水気が増したカランカランという音は、さっきまでよりも軽やかになっている気がした。
アッシュは肩を組んでくるカルビの手から酒瓶の方を受け取る。それから、「まだ飲みますか?」と瓶の口を傾けて、酌をするようなポーズを作った。
「……悪いな。注いでくれ。これで最後にする」
アッシュがグラスに酒を注ぐと、カルビは肩を組んできていた腕を解いた。
「アタシも色々と訊いちまったし、……形はどうであれ、お前の過去とか知っちまったからなァ」
呟くように言ってから、グラスの中身を半分だけ飲んだ。
「アタシのことを真剣に訊かれて答えねぇってのは、ちょっと不公平だよな」
顔を上げたカルビが、ニッと笑う。
「アタシの話をすると、7時間ぐらいかかるぞ? 笑いあり涙ありの大スペクタクルだ」
「ぜひ、聴かせて下さい」
アッシュが姿勢を正して頷くと、カルビが困った顔になった。
「……おいアッシュ、真面目なのはいいがな。こういう時はツッコめよ。7時間もかかるわけねぇだろ。そもそも、そんなに細かく話すことなんざ、アタシの人生には無ぇよ」
正確には、アタシがお前らに出会う前はな。
そう付け足して肩を竦めたカルビは、月を睨むように見上げたが、すぐに、またグラスの中に視線を注いだ。
溶けだして小さくなっていく氷の表面には月明かりが滲んでいて、琥珀色に揺れる酒の中に反射している。
「まぁ、……覚えてることだけ、テキトーに話すぜ?」
グラスを見詰めたままのカルビは、水の中に深く潜っていく準備のように、ゆっくりと呼吸をした。
自分の人生を振り返るような間を置き方だった。
「……ガキの頃の話だけどな。アタシは、もともと神官だったんだよ。……いや、神官モドキっつった方がいいな」
話し始めたカルビの声音には、懐かしさと忌々しさが入り混じっていた。
「ちょっと昔の大陸になら、どこにでもあるような寒村つーか、貧しい集落の、神殿とも呼べねぇようなボロっちい小屋でな。治癒魔法を使って、同じ集落の人間の、傷やら病気やらを治してたんだよ。アタシは」
自嘲気味に言うカルビは、アッシュの方を見ようとしない。
彼女が言葉を紡ぐ速さも、普段と比べて明らかにゆっくりとしたものだった。自身のことを誰かに話すことに、カルビは慣れていないのだろうと思った。
そのぎこちなさを晒してくれるカルビの横顔を、アッシュはじっと見詰めて話を聴いた。
「アタシの他にも、神官モドキは居た。……つっても、アタシを含めた全員が、王都から認められた正式な神官とは違った。当たり前だがな」
ついでのように言いながら笑って、カルビは唇を濡らすようにグラスを少し傾けた。
「ただ治癒魔法を使う素質があっただけだ。集落の年寄りどもから治癒魔法の基礎を教わったに過ぎねぇ、ド素人の集まりだった」
また遠い目つきになったカルビの声は、そこで少しだけ低くなった。彼女の視線も床に落ちていく。
「そんな、ちっぽけな寒村とも言えないような、ボロボロの集落だったがな……。ありきたりな悲劇っつーのは、アタシ達にも用意されてたワケだ」
月明かりによって、リビングの床に薄ぼんやりと滲んだ自らの影。それを見下ろすカルビが、滔々と語り始める。