「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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第64話 カルビの影の、その断片2

 

 

 

 

 

 

 アタシが居たその集落は、山と森に囲まれてて、みすぼらしい畑がちょこちょこあって、ちょっと離れたところに川があって、たまに魔物が出るようなところだ。

 

 それが全部だったな。

 それ以外がマジで何も無かった。

 

 偉そうな王都の連中も、税だの何だのを取り立てにも来ねぇ。邪教の類が流行っていないかさえ調べに来ねぇような、ちっぽけな集落だった。

 

それどころか、流行り病の人間が出たりしたら、集落ごと焼き払われそうなぐらい見捨てられた場所だったぜ。

 

 とはいえ、集落に住んでた奴らは、それなりに必死に生きてた。

 

 笑えるくらいに痩せた土地を必死に耕して、森に入って食えるモンや使える薬草や木の実を探したり、動物を狩ったり、川で魚を捕ったりな。石器時代みてぇなことを朝から晩までやってるうちに、時々、野生の魔物に殺される奴もいた。

 

 つーか、アタシの両親もそうだった。……まぁ、アタシの本当の両親かどうかかも分からねぇんだが。髪の色も目の色も、肌の色まで違ったしな。

 

とにかくだ。親父とおふくろは、アホほど仲が悪くてな。毎日喧嘩ばっかりしてたが、死ぬときは仲良く森で死んだ。魔物に喰われちまったんだろうな。

 

親父は左腕だけ、おふくろの方は足首と靴だけしか見つからなかった。まぁ、そんなことが日常になるような、どうしようもねぇ場所だったわけだ。

 

 そういう過酷な生活の中で、傷ついた集落の人間を癒すのがアタシ達の仕事だった。仕事っつても、給金なんざ皆無だ。そこで生きるための、居場所を確保するための仕事だ。

 

 お前も知っての通り、治癒魔法は癒しの力と引き換えに、自分と相手の命を削る。この絶対的なルールを、あの集落の年寄りどもは、アタシ達みたいな神官モドキには教えなかった。アタシ達が死ぬまで使い潰すつもりだったんだろうよ。

 

 その辺の話は、両親から聞いて知ってたんだが、まぁ……、アタシは、それでどうこうしようとは思わなかった。そんな元気も無かったんだよ。当時はな。

 

 集落から出ていくって手も、もちろん考えた。でもよ、ガキが1人で何処に行くんだって話だろ? 行くアテも無いし、生きる術も無いしな。どうしようもねぇ。

 

もう、この集落で死ぬのは、しょうがねぇんだ。打てる手がねぇ。抵抗のしようがねぇ。運が悪かったんだ。仕方ないよな。受け入れるしかねぇ──。

 

 あの頃のアタシは、そんな感じだったぜ。

 

 自暴自棄と妙な冷静さが合わさって、毎日、ちょっとずつ心が死んでいくのが分かった。

 

 何かを考えるのもやめて、神官モドキの真似事だけやって、自分の人生をやり過ごそうと思った。寒さと飢えに耐えながら、1日1日を磨り潰していった。

 

 まあ、集落全体もそんな感じだったぜ。死んだら終わりだが、アタシたちは生きてても終わってる。そんな空気が充満してる場所だった。

 

 それでも、集落に住んでる人間の数は、減るどころか微妙に増えていきやがる。

 

 最初は不思議に思ったが、なんてことはねぇ。他に行くところのない犯罪者や、他所の寒村の鼻つまみ共が流れてきて、新しく集落に住み始めてただけのことだった。

 

 当然だが、集落には治安なんて概念は存在しなかった。だが、暴行だの強盗だのをしでかすヤツは少なかった。誰も彼も生きるのに必死な世界だったからな。

 

 集落の住民共は元気こそないが、自分達の脅威になるような奴には容赦しなかった。

 

 一致団結っていう言葉は、ああいう場所だと恐ろしいモンだぜ?

 

 誰かを害した奴は、袋叩きにあった。そこに例外は無かった。やり返されても文句は言えねぇし、それを取り締まるような公的な機関なんざありゃしねぇ。

 

 あの集落じゃあ、自分の悪事は、全て自分に返ってくる場所だった。

 

 殺されたくないんだったら、誰も殺さない。

 害されたくないんなら、誰も害さない。

 

 集落の住民たちは、生きるための最低限の接点を持って、協力をして食い物を見つけて、確保して、何とか日々の命を繋いでいく……。

 

 そういう消極的な平穏こそが、たった一つの安らぎだった。結局、流れ者も一緒に身を寄せ合って、飢えと寒さを凌ぐしかなかったのさ。

 

 ――ところがだ。ある日の夜、そんなどうしようもねぇ集落に、魔物の群れがやってきた。

 

 人を襲い慣れたオークの群れだ。

 

 笑えるくらい、いや……笑えねぇ程度には、ありきたりで陳腐な悲劇だろ?

 

 だが、これには原因があってな。

 

 このオークの群れは討伐対象になってやがったのさ。ある冒険者のパーティに追い回されてたんだよ。そんでもって、オーク共は逃げ延びてきた先で、アタシ達の住んでいた集落を見つけたって流れだ。

 

 アタシ達の集落は、為す術なく蹂躙された。あっという間だったぜ。

 

 どいつもこいつも殺された。喰われちまった。

 

 悲鳴が彼方此方で上がってたなぁ……。嫌味な年寄り共が踏み潰されてるのが、遠くに見えた。ざまぁ見ろなんて笑ってる暇は無かった。

 

並んでたボロい小屋が崩れまくって、火の手が上がってやがった。逃げ惑って混乱している奴らは、いい餌食だった。

 

 本来の魔物の脅威ってのは、ああいうモンなんだよな。

 

防壁に守られた暮らしをしてると忘れがちになるけどよ。そういう世界だってことは、ガキなりにアタシも理解していたし、慣れてたつもりだった。

 

 でも、あの時は、まだ死にたくねぇとは思った。

 生きることに倦んでた筈のアタシは、気付けば走り出してた。

 逃げようと思ったのさ。

 

 だが、森に入ったところで捕まった。一匹のオークが追ってきてやがったんだ。戦うことも知らねぇガキだったアタシは、そのままオークに組み敷かれた。

 

 喰われる。もう終わりだ。アタシは死ぬ。そう思った。でもな。そのときは同時に、今まで感じたことが無いような苛立ちが湧いてきたんだよ。

 

 アタシの人生をこんな風に終わらせようとしている世界とか運命に、死ぬほどムカついたんだよな。

 

 心の動きを殺して生きてきた、その反動だったのか何なのか分かんねぇがな。真っ暗な夜の森の中でオークに組み敷かれたまま、アタシの感情はそこで爆発した。

 

 この世界をぶっ壊してぇ。

 そう、本気で思ったぜ。

 

「……その時だな、アタシが治癒魔法だけじゃなくて、炎熱系魔法の才能があるってのが分かったのは」

 

 淡々とした口調でそこまで語ったカルビは、グラスを持っていない方の掌の上に、赤橙色の炎を灯した。

 

 その炎の力強い揺らぎは、窓から差し込んできていた淡い月明かりと、リビングの柔らかな薄暗がりを一瞬でなぎ払っていった。明るく揺れる赤橙色が、アッシュの視界を薄く染めていく。

 

「……そのオークは、カルビさんが倒したんですか?」

 

 カルビの手の中にある炎を一瞥したアッシュは、自分の声に、出来るだけ感情を籠めないよう意識した。

 

「あぁ。焼き殺したぜ」

 

赤橙の明かりで横顔を染めたカルビが、唇の端を吊り上げる。

 

「当たり前だが、ガキの頃のアタシは攻撃魔法なんざ教わってもいなかった。だがな、アタシの両手から溢れた魔力は、間違いなく炎になってオークを焼いた。焼き尽くして、吹き飛ばした」

 

 呟くような低い声のカルビは、掌に灯した炎の向こうに、自分の過去を見詰めるような眼差しになった。

 

「アタシはな、まずアタシを組み敷いてきたオークを炭屑にしてやってから森を出て、集落に戻った。くくく……、笑えるだろ? ガキだったアタシは、そのまま逃げるんじゃなくて、反撃を選んだんだよ。無意識にな」

 

 今のカルビの目は、自分の記憶に乗っ取られたように焦点が定まっていなかった。

 

「集落を襲ってきたオーク共を、アタシは燃やして燃やして燃やしまくった。全滅させた。どいつもこいつも消し炭にしてやった。でもな、その時のアタシには、オーク共に対する殺意とか敵意とか、そういうモンは無かった」

 

彼女の声音に、他者に聞かせるべきではないような仄暗い情熱が灯る。

 

「オーク共の向こうにある、運命とか宿命とか、そういう、もっとデッケェ何かに戦いを挑もうとしてたんだ。手の中から溢れる炎で、この世界を燃やしてやろうと本気で思った」

 

 眉間に皺を寄せて目を窄めたカルビは、自分の掌に揺れる炎を見続けている。彼女が語る凄惨な過去と、その時に現れた自分の感情の動きを、心の中で辿り直そうとするかのように。

 

「だがまぁ……、オーク共を全滅させたときのアタシは、もう魔力を使い果たす寸前で、治癒魔法で自分を癒すこともできねぇときた。威勢のいい感情に振り回されたガキのアタシは、流石にぶっ倒れて気を失った」

 

 カルビはそこで、掌に灯していた炎を握り潰した。ぼぅっと空気が激しく震えるような音がして、赤橙の揺らぎが消滅した。

 

 暗がりと月明かりが、遠慮がちにリビングに戻ってくる。その慎み深い沈黙を味わい直すように深呼吸をしたカルビは、自嘲気味に軽く笑う。

 

「……それで、だ。アタシが目を覚ますと、乗合馬車に寝転がってた。寝こけてたアタシの周りには、5人の冒険者どもが居た。……そいつらが、オークを追い回してた冒険者だったっつーオチだ」

 

 炎を握り潰した方の手で、カルビが顔を擦った。

 

「その冒険者どもは、オーク群れを追ってきた。そこで襲撃された集落と、皆殺しにされた住人たちの死体と、消し炭になったオーク共の死体と、倒れてたアタシを見つけたんだとよ」

 

 喉の奥を短く鳴らしたカルビは、「その冒険者共は、アタシに謝ってみせたけどな。反省してる様子じゃなかった」と言い足して、またグラスを傾ける。

 

「まぁ、あの集落自体も、身元も戸籍もヘッタクレもない浮浪者どもの住処みたいなモンだったからな。どこの誰が殺されたのかなんて分からねぇし、そもそもが、賞金が出る程度には狂暴だったオーク共の仕業だ。……その冒険者の責任にはならねぇって話だった」

 

 話しているカルビの口調にも、感傷的なところがない。ありふれた悲劇を俯瞰する目つきで、手の中のグラスを揺らす。

 

「それで、だ。……その冒険者どもは、パーティに入らないかってアタシに訊いてきた。ヘラヘラ笑いながらな。ガキだったアタシの治癒魔法と炎魔法の才能を、うまい具合に利用しようとしたんだろうよ」

 

「……カルビさんは、その冒険者の方たちとパーティになったんですか?」

 

 僅かに息を飲んでから、アッシュは話を急かすように訊いてしまった。

 

するとカルビは嬉しそうに、しかし酷薄そうに、それでいて痛みを堪えるような笑みを浮かべて、「あぁ。パーティに入ってやったぜ」と頷いてみせた。

 

「完全な孤児になったアタシにとっては、都合も良かった。冒険者としてギルドに登録するのも、その冒険者共が色々と手を回してくれたからな。……それからだ。アタシの冒険者としての人生が始まったのは」

 

 カルビはグラスの酒を飲み干してから、悪い冗談を思い出したような口振りになった。

 

「アタシはそいつらから、武具や防具の扱い方、魔法の理論、それに戦い方なんかを学びながら、力を付けた。もともと、冒険者としての素質があったんだろうな。気付けば、アタシはその冒険者どもの誰よりも強くなってた」

 

 唇の端を舐めて歪めたカルビは、声の中に複雑な感情を過らせていった。

 

「……アイツらは、アタシに対してビビりながらも、信頼を寄せ始めてやがった。アタシが居れば、どんな魔物でも討伐できるし、どんなダンジョンだって踏破できるんじゃねぇかっ、てな具合でな。性根の腐った単純な奴らだったぜ」

 

 少し苦しげに目を細めているカルビは、そのかつてのパーティメンバー達を侮蔑しながらも、何らかの愛着を認めざるを得ない、というような声音になる。

 

「アイツらのパーティの枠に収まりきらなくなったアタシの存在が、パーティそのものを引き摺って行くことになった。……実際、アイツらとは幾つもダンジョンを潜って、魔導戦争時代のお宝も手に入れたことだってある」

 

「……お宝というのは、カルビさんが着ている鎧や、あの戦斧ですか?」

 

「あぁ。その通りだ。察しがいいな。ああいう強力な武具は、売り払っちまうのも一つの手だが、冒険者を続けるなら自分で使う方がいい」

 

 くっくっと喉を鳴らしたカルビは、空になったグラスを口につけかけて、止めた。

 

「冒険者ってのは、生存確率を上げるのが優先だ。ついでに言えば、強いヤツが装備してる方がいい。……だから、アタシが使うことになった。誰にも文句は言わせなかったぜ?」

 

 唇の端を吊り上げるようにして笑ったカルビだが、すぐに鼻を鳴らして表情を消した。

 

「……まぁ、文句を言うまえに、アイツらも死んだ。それなりの難関ダンジョンの下層でな。魔物に囲まれて、くたばりやがった。……アタシの目の前でな」

 

 月を見上げたカルビは、ここではない何処かの、下らないものを見る目になった。

 

 「助けてやれなかった。全員、死んじまった」

 

苦しげに語るカルビの声。アッシュも、そこに自責の響きを聞き取れないわけではなかった。カルビには確かに、ローザ達が死ぬようなことを極端に忌避するようなところがあった。

 

仲間を失うこともそうだが、それ以上にカルビは、仲間を助けることができないという状況を恐れている。彼女が抱く恐怖の源泉は、やはり彼女の過去にあったのだと分かった。

 

「冒険者になったアタシは、今度こそ1人になったんだよ」

 

「……それで、ソロ冒険者として、アードベルに来られたんですか?」

 

「まぁ、そういうことだ」

 

 カルビは胡坐を組んでいた脚を伸ばし、後ろに手をついて伸びをした。それから、つまらない話はこれで終わりとでも言うふうに、欠伸を噛み殺しながら顔を擦った。

 

「……退屈で、ありふれた話だったろ? アードベルを拠点してるような冒険者の間でなら、特にな」

 

 自嘲気味に肩を揺らしたカルビに、「いえ……」とアッシュは首を振った。

 

「以前、貴族になることを目指している、と言っていたのは……」

 

「あぁ。アレか」

 

 カルビが鋭い八重歯を見せて、狂暴な笑みを刻んでみせる。

 

「さっきも話した通りだが、ガキの頃は碌な飯も食えなかったんだよ。その反動か、冒険者になってからは、美味い酒とメシを喰うことがこの上なく楽しみになっちまってな。そこでアタシは考えたワケだ」

 

 言いながらカルビは、窓の外の広がる暗闇と、漫然として佇む夜空に向かって、挑みかかるような目つきになった。まるで巨大なドラゴンが、獲物を見つけたように。

 

「美味いモンと美味い酒を鱈腹飲んで、金に溺れて、いいように人間を動かす。これは贅沢だ。生きてるヤツの特権だ。そういう上澄みの快楽を食らい尽くすには、貴族になるしかねぇ」

 

 牙のように八重歯を見せるカルビは、獰猛な笑みのままだ。ただ、「王族になるのは無理だろうからな」と続けた口調は、語られる内容とは裏腹に、やけに醒めているようにも聞こえる。

 

「アタシを消そうとしたこの世界に、アタシが生きていることを見せつけてやろうと思ったんだよ……。冒険者として金を稼いで、貴族になって、出来得る限りの贅沢を味わいながらな」

 

 言い切ったカルビは、その野心を冷静に燃やし続けているのだろう。貴族になるという大それた野望は、彼女なりの、過去を克服するための到達点なのだ。

 

「まぁ、しかし……」

 

 ぶっきらぼうに、しかし、穏やかな声で言ったカルビが、またアッシュと肩を組んで来た。

 

 いや、それはもはや肩を組むというよりは、しな垂れながら、力一杯に抱き寄せてくるかのようだった。アルコールで上昇したカルビの体温が、柔らかくて官能的な弾力を持ってぶつかってくる。

 

「あの、か、カルビさんっ……?」

 

 ぬいぐるみの様に遠慮なく抱き着かれたアッシュは、その勢いのままで床に押し倒されそうになる。

 

「この話をしたのは、アッシュが初めてだ」

 

「……そうなんですか?」

 

 アッシュが少し驚いた声で言うと、顔を寄せてくるカルビが「ししし」っと照れ隠しみたいに笑った。彼女が無邪気に笑って身体が揺れるたびに、アッシュの腕に押し付けられた彼女の乳房も、その体温を主張するように弾んだ。

 

 だが、肩を組んでくるカルビの腕の強張りや、指先に微かな震えがあることを、アッシュは気付いていた。

 

 彼女が今しがた打ち明けてくれた経験は、今もまだカルビ自身の内部に巣食い、拭い難い後悔と自責として、彼女を苦しめているのだろう。

 

 その苦悩を打ち払うためにも、貴族になるという未来をカルビは手に入れたいのだ。

 

 だが、改めてアッシュの前で剥き出しになった自らの過去を飲み込み直すために、カルビは無理にでも明るく振舞おうとしている。そんな風に感ぜられた。

 

「……ローザ達とは、こういう話をするタイミングが無かったんだよ。自分から言い出すようなモンでもねぇしな」

 

 苦しそうに笑うカルビは、アッシュの横顔を見てくる。

 

「アタシもな、ローザ達の過去については詳しく知らねぇ。でもアタシは、アイツらが生きてきた時間を否定しねぇよ。絶対にな」

 

 カルビの迷いの無い言葉は、容赦の無い琥珀色の瞳と共に、明確にアッシュにも向けられていた。

 

「アタシの過去だって、マジで下らなくて、ありきたりで、どうしようもねぇモンだが……」アッシュの肩を抱いてくるカルビの腕の力が、更に強くなった。苦しいぐらいだった。

 

「今を生きるアタシ達は、どんな過去にだって、好きなように意味を与えられるだろうが」

 

 熱の籠った声を出すカルビは、やはり、何処か遠い目をしていた。

 

目を窄める彼女の眼差しにも、執拗に追い縋ってくる野良犬を忌々しく睨むような、哀れむような、赦しを請うような、複雑な感情が溜まっているのが窺える。

 

「だからその気になれば、人生は意味で満たすことができるんだよ。今を起点にして、過去から意味を汲み直すこともできる。そうじゃなきゃ、おかしいだろ」

 

 昔のパーティメンバー達を助けてやれなかった。そう語った彼女は今もまだ、自分を搦めとろうとした“運命”に戦いを挑もうとしているのだ。

 

「だからな、アッシュ。お前も、考え込みすぎんなよ。能天気になれって言ってるんじゃねぇぞ? 自分を責めたり、追い詰めるような感情に、心の重心を乗せすぎんなって言ってるんだぜ」

 

 それは恐らく、カルビの人生哲学みたいなものなのだろう。

 

 親身な言葉をかけてくれたことが嬉しかったし、有難かった。アッシュも、ローザ達の過去がどのようなものであれ、それを否定するつもりはなかった。

 

「……はい。僕は陰気なところがあるので、気を付けます」

 

 アッシュは頷いてから、肩を組んでくるカルビの手に触れる。

 

 『今』、つまりは『現在』を起点とする生き方。それをもっと肯定的に捉えるならば、まだ訪れない未来もまた、過去に意味を与え続けるということだろう。

 

「僕も僕なりに、今を必死に生きてみたいと思います」

 

 自らが背負ったものに、自らの人生で祝福を与える為に――。

 その正直な気持ちを、アッシュは微苦笑で伝えた。

 

「そ、そうか?」

 

 アッシュに手を触れられたカルビは、動揺したように一瞬だけ視線を揺らした。だが、すぐにいつもの獰猛な笑みを浮かべた。彼女の美貌には、こういう荒々しい表情が似合う。

 

「そんな素直に頷いてみせるなんて、アッシュにしては珍しいじゃねぇか。とうとうカルビお姉ちゃんこと、好きになっちまったか~?」

 

 冗談めかして肩を揺らすカルビに、アッシュは頷いた。

 

「はい。僕はカルビさんのことが、好きですよ」

 

 つい先程も、アッシュは自分の感情を確認していた。ローザ達のことを好きになっている自分を自覚していた。だから、答えに迷う必要もなかった。

 

 一方でカルビの方は、驚いたような顔になって背筋を伸びあがらせ、何度か瞬きをしながら「え」とか「ぉ」とか「ぅ」とか言いながら、視線をせわしなく動かした。

 

それから唇をむにむにと動かしたものの、結局は何も言わずにそっぽを向いてしまう。だが、アッシュと組んでいる肩を放そうとはしなかった。

 

 唇を尖らせたカルビの横顔が、月明かりに照らされている。その頬が赤く見えた。きつい酒をゴクゴクと飲んでいたからだろう。

 

「……そろそろ、寝ましょうか」

 

 できるだけ穏やかにアッシュが言うと、「ぅえっ!」と弾んだ声を上げたカルビが、ギクリと身体を震わせた。

 

「ね、寝る……!?」

 

「えぇ。明日は、アードベル市街をいろいろと回る予定だと、僕も声を掛けて貰いましたし」

 

「ぁあぁ! そっ、そうだなっ、もう休んだ方が、ぃ、いいよな……」

 

 何だかしょっぱそうな顔になったカルビが歯切れ悪く言いながら、アッシュと組んでいた肩をやけに名残惜しそうに解いた。

 

「そのグラス、僕が洗っておきますよ」

 

 アッシュは立ち上がりながら、カルビからグラスを受け取ろうとした。だが、カルビは「……いや、いい。アタシが洗っとく」と、少しぶっきらぼうに言って、氷の溶けた水を、舐めるようにちびちびと飲んでいた。

 

「……また明日な」

 

 アッシュと目を合わせようとしないカルビだったが、その声音は、やはり優しかった。

 

「はい。おやすみなさい」

 

 軽く頭を下げたアッシュは、リビングを出て、借りた部屋へと向かう。照明を絞った廊下は暗かったが、何も見えない程ではなかった。

 

 廊下を歩きながらアッシュは、明日が来ることを少しだけ楽しみにしている自分に気付いた。だが翌日、アッシュはローザ達と市街地に出かけることは叶わなかった。

 

『鋼血の戦乙女』の戦闘メンバーである、シャマニとヴァーミルの2人が、朝からローザの家を訪れてきたからだ。

 

 

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 今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 











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