「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
ローザの家のリビングに通され、ソファに並んで腰かけているシャマニ、ヴァーミルの2人は、随分と硬い表情をしていた。
彼女達の着込んでいる騎士装束とも軍服ともつかない服装は、やはり見る者に厳格な印象を与える。あれは言わば、クラン『鋼血の戦乙女』の制服なのだろう。
さきほどローザの家に訪ねてきたシャマニとヴァーミルの2人には、アッシュはすぐに頭を下げた。ダルムボーグでの応急治療を施してくれたことや、瀕死になったアッシュを神殿に運んでくれたことに感謝の言葉を伝え、それが遅くなったことを詫びるためだ。
一方で彼女達の方は、ローザの家でアッシュと出会うことになって驚いていた。
だが、すぐに仕事の顔に戻ったヴァーミルからは「丁度良かった。キミにも伝えねばならないことがある」と言われ、アッシュもこの場に参加させて貰っている。
「それで、朝っぱらから何の用だよ?」
コーヒーを淹れたカップを手にしたカルビは、ソファにではなく、リビングの椅子に座って足を組んだ。
「まぁ、お前らの浮かないツラを見れば、楽しい話じゃねぇってことは分かるんだがな」
軽い口振りからは、今日の予定が潰れてしまったことに対する苛立ちや落胆の様子は見えない。
「……ギギネリエスの件で、ギルドに何か動きがあったんですね?」
シャマニ、ヴァーミルと向かい合って座っているローザが背筋を伸ばした。
ローザの隣に腰掛けているネージュとエミリアは、重要な話が始まる気配の中で押し黙っている。
「あぁ、そうだ」
低い声を出したヴァーミルがうなずき、シャマニは無言のままで眉間を絞っている。2人は、目の前のソファテーブルに置かれたコーヒーにも口をつけていない。
「この場での話は他言無用だ。文書にも残さんから、よく聞いておいてくれ」
重々しく告げるヴァーミルは、ローザ達を順に見まわしてから、最後にアッシュを見た。
アードベルで大きな傷を負ったアッシュのことを気にかけてくれているのか、先程から何度か目が合うヴァーミルの眼差しは、親身であり気遣わしげだった。
だがシャマニの方は、何故かアッシュと目を合わせようとはしない。
ローザ達が腰掛けるソファの端の方にアッシュは座っているのだが、向かい合っているシャマニは頑なにアッシュの方を見ようとしないのだ。
……僕は何か、シャマニさんの機嫌を損ねるようなことをしてしまったのだろうか。
そんな不安が胸を過ったときだった。
「ギルドの決定で、ギギネリエスの賞金が無効にでもなったのかしら?」
今まで黙っていたネージュが薄く笑った。
「もしくは、私《わたくし》達の貢献が認められなくなったとか?」
そう続いたエミリアの表情は真面目なものだったし、声音にも悲壮感や落胆、苛立ちはない。
対するヴァーミルとシャマニは、すぐには答えなかった。そのこと自体が、ほとんど答えのようなものだった。
苦笑するみたいに眉を下げたローザが、「あ、やっぱり、そんな感じなんですね」と特に深刻さのない、あっさりとした言い方をする。
「わざわざコイツ等が家まで訪ねてきた時点で、まぁ、お察しだよな」
リビングの椅子に凭れたカルビも、やれやれといった感じだった。
「……随分と簡単に納得するものだな」
少々意外そうな顔になったヴァーミルが、リビングに居る面々の落ち着きっぷりを不審そうに眺めた。
「お前たちのことだから、てっきり、“ふざけるな”と大暴れするものとばかり思っていたぞ」
拍子抜けしたように言うヴァーミルを見て、ローザが軽く笑って肩を揺らした。
「そりゃあ私達は、それなりにトラブルと縁のあるパーティだったかもしれませんけど」
「流石にちょっと失礼ですわよねぇ」
ソファの座って腕を組んだエミリアが、唇をへの字に曲げる。
「……そもそも」
眉根を寄せてムッとした顔のネージュが、ボソッと呟くように抗議する。
「私までカルビやエミリアと一緒にしないで欲しいのだけれど」
このネージュの物言いに「他所から見たら、お前もアタシ達と似たようなモンなんだよ」と指摘したカルビは、「まぁ、何にせよ」と話を進めた。
「アタシ達がギルドの決定に納得せずに騒ぎだしても、それを制圧できるようにお前らが訪ねてきたんだろ?」
意地悪そうに笑ったカルビは、リビングの椅子に座った足を組み替えて、シャマニとヴァーミルを交互に指差した。シャマニは鬱陶しそうにカルビを睨んだが、何も言わなかった。
「そういうことだ」
一方、ヴァーミルは鼻を鳴らして頷いてみせる。
「お前たちが受け取るはずだった賞金額も貢献度も、尋常ではないからな……。それを白紙にすることになれば、相当に揉めるだろうとは覚悟していた」
「そりゃあ、多少はムカつくけどよ。アタシ達だって子供じゃねぇ。何かあったんだろうってコトぐらいは分かる。とにかくだ。理由を話せよ。そのために来たんだろ?」
言いながらカルビは大袈裟に肩を竦めて、またコーヒーを啜る。
「……話が早くて助かる」
ゆっくりと瞬きをしたヴァーミルは、きつく眉間を絞った。
「私達の死体を回収するよう、ギギネリエスに依頼をした者が分かった。正確には“者たち”というべきだが」
不快感を隠そうともしないヴァーミルの声音には、明確な敵意があった。さっきから黙っているシャマニも目を窄め、物騒な雰囲気を纏い始めている。
「“秩序の塔”」
眉間を絞ったヴァーミルが低い声で言う。
「一部の貴族連中や、その関係者によって形成されているという集団だ」
「へぇ。マジかよ」と興味深そうな声を出したカルビが、リビングの椅子から立ち上がり、ソファの端に座るアッシュの傍へと歩いてくる。
「都市伝説みてぇなモンだろ? 実在すんのか」
“秩序の塔”
その名を聞いたのは、アッシュは初めてだった。
こういうとき、自分が世間知らずであることを思い知るのだが、今回はローザが簡単に教えてくれた。
「魔法原理主義というか、魔法至上主義というか、そんな感じの集団だよ。名前だけが一人歩きしてて、実体が認められたって話は私も聞いたことは無かったんだけど……」
「自白魔法を使って、ギギネリエスに口を割らせたのかしら?」
ネージュは訝しむようにヴァーミルを見た。
「それにしたって、今回の決定にも時間が掛かり過ぎている気がするけれど」
「……ヤツには、自白魔法は効かなかったのよ」
答えたのは、ゴリゴリと物凄い音で奥歯を噛んだシャマニだった。
「自白魔法は強力よ。超が付くほどね。でも、その効果範囲は“人間”であることが前提になってる。……この意味が分かる?」
低い声で言うシャマニは、だが、俯きがちだ。ソファテーブルの表面を睨みつけている。
「まるで、ギギネリエスが人間ではないかのような言い草ですわね」
軽口を叩くふうのエミリアの声にも、若干の強張りがあった。
「そうだ。ヤツは人間じゃない」
眉を顰めきったヴァーミルが断言した。
「ギギネリエスの正体は、……死体だ。ヤツは
「まさに、
鼻の頭に皺を寄せたシャマニが吐き捨てるように言う。ギギネリエスへの嫌悪や敵意を隠そうともしない、尖った声だった。
生ける屍。
忌々しそうに紡がれたその言葉は、アッシュの心に少なからず打撃を与えた。
それは殆ど不意打ちの衝撃で、微かに息を詰まらせてしまう。
ローザ達が一瞬だけ黙り込み、ヴァーミルも唇を引き結んだ。彼女達がアッシュの方を窺う気配があった。
「ぁ」
はっとした様子のシャマニが、しまった、という表情になった。
今日初めて、アッシュは彼女と目が合った。
美しい紫水晶のような彼女の瞳が、何かを弁解しようとするかのように、赦しを請うように揺れていた。怯えているようにさえ見える。
生ける屍。
その言葉がアッシュの肉体を指す言葉だと、シャマニは既に知っているようだった。
だが、それは別に驚くことではない。
クラン『鋼血の戦乙女』は、アードベルの治安維持に深く関わっている。
冒険者ギルドからの要請を受けて活動することも多いし、ギギネリエスをアードベルまで厳重に連行してきたのも彼女達だ。
その彼女達がギギネリエスを取り調べる過程で、あの男が面白半分に、自分とアッシュとの関係を暴露していても不自然ではない。アッシュの過去は、既にアッシュだけが知るものではないのだ。そのことを改めて思う。
「……強力なネクロマンサーなら、疑似的に死を克服することも可能なのですね」
アッシュは思案顔を作ることで、この場の話を前に進める。
懺悔するように俯いて下唇を噛んでいるシャマニに対し、自分は何も気にしていないというメッセージを籠めたつもりだった。
「僕としては、賞金首のネクロマンサーと貴族の間にそういった繋がりがあることの方が、意外でした」
ローザ達からの窺うような視線も受け止めつつ、それをゆっくりと解くつもりで、アッシュは順番に視線を返していく。少なくともこの場では、アッシュは平静を装うべきだと思った。
ヴァーミルが緩く息をついた。
「金と権力に貪欲な貴族共の中には、レイダーや裏クランなどの犯罪集団と繋がりがある者もいる。……ネクロマンサーを雇うような輩が居ても、不思議ではない」
やりきれないというふうな口振りだった。
「無論だが、そういった貴族と犯罪集団の間には、さらに別の集団や組織が幾つも連なっている。直接的な繋がりを避けることで、互いを繋ぐ線を薄くしているんだ」
顔を顰めるヴァーミルに、やや疲れた顔になったエミリアが細かく頷いた。
「法的闘争に持ち込もうにも、貴族側と非合法組織を結ぶ線を特定するのは……簡単なことではありませんわね」
「自分達の罪を握り潰して、揉み消せるのも貴族の特権ってことか。金と権力を利用すれば、偽証でも何でも意できそうだもんなぁ」
うぇ、という顔になったカルビが下顎を突き出す。ローザも緩く首を振った。
「“秩序の塔”という組織名で、そこに所属する個人の名前さえ隠せるからね。正面から糾弾することは、かなり難しいんじゃない?」
「そもそも、貴族を相手に法廷での戦いを仕掛けること自体、リスクが大き過ぎるわ。……話を戻すのだけれど」
ソファに座りなおしたネージュの声が鋭くなる。
「ギギネリエスに自白魔法が通じないなら、貴女たちはどうやって、“秩序の塔”が関わっていることを突き止めたの? 独自で調べたのかしら?」
「私達のクランは、あくまで魔導機械術士組合の一部に過ぎん」
首を振ったヴァーミルが緩い息を吐く。
「アードベルにある組合支部、その関連施設を守り、ギルドの要望にも応えて任務をこなす。それが私達の仕事だ。……上流階級の裏側に潜り込み、貴族共の腹を探る様な能力は無い」
そこで言葉を切ったヴァーミルは、顔を顰めながら鼻を鳴らした。
「“秩序の塔”とギギネリエスの繋がりを暴いたのは、冒険者ギルドだ。もっと正確に言えば、秘密裏にギルドからの依頼を受けた、賞金稼ぎの者達だな」
「そう言えば……、ダルムボーグでの騒動の頃は、賞金稼ぎクランも王都に出向いていたわね」
ネージュが記憶を辿るように溢すのを聞いて、アッシュも思い出すものがあった。
ギギネリエスの噂に前後して、賞金稼ぎクランが王都に出向いているというのを聞いた覚えがある。
「ギルドが先手を打ってたんですね……」
納得顔になったローザが、何度か小刻みに頷いた。カップのコーヒーを一気飲みしたカルビも「蛇の道は蛇ってヤツだな」と呟いて、顎を撫でている。
「王都付近の街や町村で暗躍してるレイダーとか裏クランとか、そういう怪しい連中を片っ端から捕らえて、有益な情報を吐かせたって感じか?」
「あぁ。だが……、下衆な貴族共の悪徳を白日の下に曝し、法で裁くことは難しい。そもそも、“秩序の塔”が関わっている、というぐらいしか現状では分かっていないのだからな」
実に下らないといったようにヴァーミルが顔を顰めた。
「それに、さっきも言ったとおり、貴族共の力は強大だ。奴らは容易く真実を捻じ曲げる。揃えた証拠も意味を無くす。奴らは表向きには潔白であり続けながら、気に食わない者には容赦しない」
「……話が見えてきましたわね」
溜息を堪えるようにエミリアが顔を歪めて、手で額をおさえるような格好になる。
「つまり、その厄介な貴族共は今ごろ、頭に血を上らせてやがるワケだ。せっかくギギネリエスを動かしたってのに、それが返り討ちにされちまったんだからな」
ソファに深く腰掛けたカルビが胸を反らし、獰猛に笑った。渋い顔になったネージュも頷く。
「このタイミングで、私達がギギネリエスを捕らえたことが公表されて、莫大な賞金や貢献度が出ることになったら……。まぁ、下らないことになるわよね」
やれやれといった感じのネージュの言葉に、アッシュも気付くものがあった。
「ギギネリエスを雇ったという貴族達から見れば、僕たちは……」
「忌々しい邪魔者でしかないよね~」
苦笑しようとして失敗したようなローザが、力なくソファに凭れて天井を見上げた。
「アンタ達がギギネリエスを捕まえたのは、私達しか知らないわ」
そこで、今まで黙っていたシャマニが顔を上げ、毅然とした声で言い切った。
「ダルムボーグに最後まで残っていたのは、私達のクランと『ゴブリンナイツ』、そして、アンタ達だけだから」
真剣な目をしたシャマニが、ローザ達を見回す。アッシュとも目を合わせてくれた。その時のシャマニの薄紫色の瞳は、もう揺れてはいなかった。今の状況を整理すべく、冷静な光を湛えている。
「ここ最近、王都からアードベルに流れて来る冒険者も多いわ。その中には、王都貴族共の息が掛かった連中が居ることも間違いない……。でも、ダルムボーグでの真実は、誰も知りようがない。当然よね。アンタ達以外の冒険者は、私達が撤退させたんだから」
「あぁ。あのときもシャマニは、アタシ達の周囲に生体反応は無いって言ってやがったな。……今にして思えば、自分の死体を動かしているっつーギギネリエスに、そういう反応が無かったのも納得できるぜ」
カルビが呟くように溢す。そこでヴァーミルが軽い咳払いをした。言いにくいことを切り出す前に、少し間を置くように。
「ギギネリエスとの決着を見届けた冒険者はいない。これを利用して冒険者ギルドは、前から流れている尤もらしい噂を事実として扱うことを決めた。……つまり表向きは、私達のクランと『ゴブリンナイツ』が、ギギネリエスを捕らえた、ということになる」
そのヴァーミルの口調は有無を言わさないものではあったが、同時に、アッシュ達に理解と了承を、あらためて頼むような響きもあった。
「そう……。なるほど」
ネージュが落ち着いた声を出した。
「賞金も貢献度も、私達には与えることはできない。その代わり、悪徳貴族達からの敵意や悪意を肩代わりしてくれる……、ということね」
確認するように言いながら、ネージュはゆっくりと視線を動かして、シャマニとヴァーミルを見比べた。シャマニが頷き、ヴァーミルが「そう思ってくれて構わない」と顎を引いた。
「それじゃあ、賞金はどうなる? お前らのところのクランと『ゴブリンナイツ』で山分けか?」
取りあえずといった口調のカルビが、伸びをしながら訊ねた。息を吐いたヴァーミルが、やはり言い難そうに視線を下げる。
「私達が受け取った賞金は全て、アードベルの都市経営のための経費に組み込まれる。『ゴブリンナイツ』達の方にも、神殿と医務機関に賞金を寄付するように頼んである」
「貴女達のことは伏せた上で、今回のことは『ゴブリンナイツ』の主要メンバーにも説明してあるわ。どうもキナ臭そうな態度だったけど、賞金の扱い自体には快諾してくれたわ。彼らは皆、熱狂的な女神教の信者だから」
ヴァーミルの後に続いたシャマニも、居心地が悪そうな表情でそう付け足した。
「賞金の流し方としては、それが一番無難かしらね」
黙って話を聴いていたネージュも納得したように溢し、隣のローザも「だね……」と軽く肩を竦めていた。
「不自然さは残るだろうけど、角は立たないし」
「えぇ。私達が受け取るはずだった賞金が、実利的な公共福祉に繋がるのでしたら本望ですわ」
エミリアも意見を対立させることはせず、今のヴァーミル達の話を承諾するように深く頷いた。
「まぁアレだ。今回の冒険費用を補填してくれさえすれば、文句も何も言わねぇよ」
軽い調子のカルビだが、その表情には遣る瀬無さではなく、落ち着いた諦観があった。
貴族達がどうこうという話なのであれば、一介の冒険者に過ぎないローザ達に出来ることはない。
それは当然、アッシュも同じだった。
「賞金の行方はともかく、面倒ごとを引き受けてもらう形になりますね……。申し訳ありません」
ソファに座り直したローザが、シャマニとヴァーミルに頭を下げる。
そのローザに続いて、カルビとネージュ、エミリアも居住まいを正す気配があった。アッシュも背筋を伸ばし、頭を下げようと思った。
だが、その先手を打つようにして、腕を組んだヴァーミルが首を横に振ってみせる。
「お前たちが謝る必要などない。ダルムボーグでは私達も助けて貰っている。もっと言うならば、私達が先に頭を下げるべきなんだ」
ローザに向き直ったヴァーミルが「頭をあげてくれ」と言葉を繋いで、そのすぐ後に、シャマニも言い難そうに口を開いた。
「……アンタ達を巻き込むことになったのも、私がギギネリエスに負けた所為だもの」
申し訳なさそうに言ったシャマニが、また俯きがちに奥歯を噛んでいた。
「アンタ達は、私を守ってくれた。その気になればギギネリエスとの戦闘を切り上げて、ダルムボーグから撤退もできたのに……」
彼女は自分の不甲斐なさを責めるように、ぎゅうぎゅうと自分の膝に爪を食い込ませている。苦しげに目を細めるシャマニを見て、アッシュは、ギギネリエスと対峙した時のことを思い出した。
確かにあの時、シャマニは大きなダメージを負って倒れていた。
意識を失っていた彼女が、かなり危険な状態であったことも覚えている。瀕死の彼女を守りながら、アッシュ達はギギネリエスと戦い抜いた。
だが、アッシュやローザ達が、貴族たちの悪意から身を隠さねばならない原因になったのは、シャマニの敗北ではない。
もとはと言えば、“秩序の塔”などという秘密結社のようなものに属する悪徳貴族たちが、『鋼血に戦乙女』を壊滅すべくギギネリエスを差し向けてきたのが始まりではないか。
「シャマニさんは、何も悪くないですよ」
気付けば、アッシュはそう言っていた。
顔を上げたシャマニが、少し驚いたような、感激しつつも悔しそうな表情を浮かべて、アッシュを見詰めていた。彼女は何かを言おうとしていたが、それよりも先に、「まぁ、そりゃそうだ」とカルビが鷹揚に頷いた。
「そもそもの話をすりゃ、下衆な貴族どもが悪いんだからな。アタシ達はとばっちりだ」
「えぇ、間違いないわ」
落ち着いた声で続いたネージュも、ゆったりとソファに座り直した。
その隣にいるローザも、「もちろん、貴族の全員が悪徳に走るわけじゃないんだろうけどね~」と、重苦しくなりかけた空気を解すように肩を竦めた。
「その通りですッ! 貴族たるもの、その名に恥じぬ高貴な振る舞いが求められるもの! それは権威を身に帯びる者の務めですわッ! その使命を全うすることに、上流も下流もありませんことよッ……!」
そこで力強く声を張ったエミリアは、ソファから立ち上がって握り拳を作ってみせる。
熱意と正義感に溢れる態度に、シャマニとヴァーミルも一瞬、気圧されたように体を後ろに下げて、ソファに凭れるような姿勢になる。
今のエミリアの態度を見たアッシュは、やはり彼女は、貴族と何らかの関りがあったのではないかと思った。
エミリアの仕種の端々に在る品格のようなものは、彼女の過去に纏わるものなのではないか――。
そんな風に感じているのはアッシュだけではなく、ローザやネージュも同じようで、何か言いたそうな顔になっていた。
だが、話が逸れてしまう前に「言いたいことは分かるぜ。だがまぁ、取りあえず座れよ」と、カルビが落ちついた声でエミリアを宥めた。
「一応確認しておきてぇんだが、結局、お前達のクランが狙われた理由ってのは何だ? まさか、貴族どもに喧嘩でも売ったのかよ?」
話題の深刻さを払うようなカルビの軽口に、ヴァーミルが目を細めて「そんなワケがあるか」と、ムスッとした顔になった。
「ギギネリエス自身が既に言っていたようだが……。私達の身体そのものを、死体として回収したかったのだろう。研究素体か何かとしてな」
軽く鼻を鳴らしたヴァーミルが、自分の掌を軽く握り、開いてみせる。その自らの手の動きを一瞥してから、彼女はシャマニと目を見交わした。
「此処まで巻き込んでしまったお前達には、話しておくべきだな」
重厚な口振りのヴァーミルは、ゆっくりとアッシュ達を見回して、「これも口外しないで欲しい内容だが」と断りを挟んだ。
「……魔導機術武具は量産されてもいるが、我々のクランが扱う武具は、その全てがオンリーワンだ。一人一人に専用の武具が開発、設計され、それらの魔導武具の性能を最大限まで発揮できるよう、私達も手術を受けている」
そう淡々と付け加えるヴァーミルだが、その内容は極めてデリケートなものに違いなかった。
「腕とか背中、脚とか、それに骨をくり抜いて、機械を埋め込んだりしてるのよ」
特に表情を変えないシャマニが補足して、「そこまで魔導武具を最適化させる必要があるのかよ……」とカルビが不味そうに顔を歪めた。ローザとネージュ、エミリアの3人も僅かに目を見開き、驚くと共に鼻白むようにして背筋を伸ばしている。
「でも、とても納得できるお話です」
アッシュはそこで、奇妙な親近感をヴァーミル達に抱いた。
その肉体を何らかの目的の為に捧げているという点で、何となく自分と類似しているものを感じたのだ。
「ローザさんの魔導銃もそうですが、高性能な魔導機械装備というものは、往々にして使用者に負担を強いる特性を持っているようですし」
飛空能力を付与する全身鎧などは、やはり誰もが装備できるものではないのだ。
その使用において、厳密な適正と身体能力、魔力的な適合、それらの条件を満たすための肉体的な処置も必要になってくるのだろう。
「まぁ、使用者とか装備者の負担を担保にして、威力とか性能を発揮しているような部分もあるかもね~」
魔導銃をメイン武器として使いこなしているローザが、何とも弱々しい苦笑する。
沈着な目つきになったネージュも、ヴァーミルとシャマニを見比べていた。まるで鍛え抜かれた武具類を鑑賞するようでもある。
「クランメンバーとして『鋼血の戦乙女』に所属するには、適正検査をパスしないといけないっていう話は聞いたこともあるけれど……。なるほど、そういうことだったのね」
「それにしても、『鋼血の戦乙女』の皆さんを襲うなんて、余りに野蛮で乱暴すぎますわ……!」
そこでエミリアが、義憤を再燃させるように声を荒げかける。考え込むように視線を落としたカルビも頷いた。
「お前らのクランが狙われた理由としては、まぁ分かる。……だが貴族共っつーか、“秩序の塔”の連中が、そこまで恐慌的な手段に出る理由としては弱くねぇか?」
「奴らには正義や良識、倫理なんてものは無用の長物なんだ。魔法原理主義者である奴らは、同時に、徹底した魔法分野の実利主義者でもある」
何かを諦めるように、ヴァーミルが緩く首を振る。
「奴らは魔導機械術業界そのものを、強烈に敵視しているのよ」
片方の眼を窄めたシャマニが、ヴァーミルの言葉の続きを引き取った。
「今まで魔導機術士達は、大陸にある都市部の暮らしぶりに大きく貢献してきたわ。この8号区の家々を見れば分かり易いと思うけど。特に、上下水、廃棄物浄化処理施設とか、あとは……」
「冷蔵器や冷凍器、調理機器なんかもそうよね」
視線だけを動かして、ネージュがリビングを見渡した。
「私の魔導銃もそうだし」とローザが続いて、「魔法薬の瓶と蓋もだな」とカルビが閃いたように言う。こういった話は、以前もリーナとしたことを思い出す。
魔導機械術士組合は、冒険者達が提供してくれる豊富な原材料を背景に、魔術士や錬金術士、それに医術士などの組合と連携することで、安価で効き目の高い魔法薬の量産を可能にした。
それに伴って各都市の医療サービスも拡充され、貧しい村々でも、病魔に備えて魔法薬を揃えることができるようになったのだ。
「医療や公衆衛生においても、魔導機械術の恩恵は非常に大きいですよね」
アッシュが言うと、渋い顔になったヴァーミルが溜息を飲み込むようにして頷いた。
「……そういった発展を、鬱陶しく思う貴族連中は少なくないんだ」
馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの表情になったヴァーミルのあとに、不機嫌そうに眉を下げたシャマニが続く。
「要するに、自分達の権威や利益を切り崩されるんじゃないか、って危惧しているのよ。怪我や病気を治すのも昔は、偉そうにふんぞり帰った医術魔導師や高位神官に頭を下げて、高額な医療費を払わなきゃいけなかった。でも、ここ数十年で、もうそんな必要もなくなった」
「そんでもって、そういう偉そうな医術魔導師や高位神官の背後で、金を吸い上げてやがったのが魔法至上主義の貴族共だったっつーのは、……まぁ分かりやすい構図だな」
不味そうな顔でカルビが鼻を鳴らした。
嘆かわしいと言わんばかりに、エミリアも首を緩く振ってみせる。
「陰謀論的には目新しくも無い話ではありますけれど……。いえ、だからこそ、現実的というべきでしょうか」
そして、そこで何かに気付いた様子のローザも、これでもかと言わんばかりに眉を顰めて口を開いた。
「まさか、『鋼血の戦乙女』が狙われた理由は……」
「あぁ。魔導機械術士組合への、単なる嫌がらせだったのかもしれん」
ヴァーミルが呆れたような、それでいて諦観を含んだ吐息を漏らしながら頷いた。
「例え私達が殺されてクランが壊滅しても、機械術士達には被害が無いからな。技術的なものが失われることもなければ、王都を含む他の都市への影響もない。実質的な損害は、ただ私達が死んで素材になるだけだ」
あったかもしれない悪辣な結末を、ヴァーミルは冷徹に口にする。
眉間を険しく絞ったシャマニが続いた。
「機械術士のアードベルの支部は、大陸内でも特に規模が大きいから。私達が目を付けられたんでしょうね」
「……魔導機械術士の支部が、王都にだけ置かれてないのも納得したわ」
伏し目がちになったローザが、軽蔑の色を浮かべていた。ネージュとカルビも眉間を絞り、険しい表情で黙り込んでいる。今までの話を聴いていて、アッシュも強い嫌悪感を覚えていた。
大昔の勇者戦争時代から培われてきた魔術理論には、大いなる神秘が綴じられ、編み込まれているのは確かだった。炎や水、土や風などの自然要素を操る魔法も、人間の生命に関わる治癒魔法も、それらの間違いなく奇跡の類だ。
魔導機械術は、こうした奇跡から特別性を排除して、一般性を与えた。
魔導機械術が造り上げた魔導具は、魔法が齎す恩恵を受け取れるようにした。
冷蔵機器や冷凍器、空調器などは、飢えや暑さ、寒さを凌ぎたいという、人々の切実な願いから生まれたものに違いなかった。ヴァーミル達の話にもあったように、恐ろしい病魔を払い、命に関わる怪我を癒すことも、もっと安価でできる時代がきた。
しかし、この時代の流れに逆行するかのような権威主義的な貴族たちの在り方はもとより、自らの利益の為に他者を平然と蹂躙する行為など、許されるものではないはずだ。
「こういう話を聴いた後だと、ギルドの判断にもヴァーミルさん達にも、改めて感謝しなくちゃって思うよね」
ぞっとしたものを感じたように言うローザが、真剣な思案顔になって呟く。
「アッシュ君や私達の名前が公表されて、賞金も出て、貢献度が認められて等級まで上がってたら、本当にとんでもないことに巻き込まれてたかも……」
「同感ね……」と、ソファに凭れたままのネージュも緩く首を振った。
ギギネリエスを捕らえたのがアッシュやローザ達だと分かれば、冷酷な貴族達が、また何らかの行動を起こすであろうとことは容易に想像できた。
人間社会の上流階級に住まう者達には、闇の力と――あのギギネリエスのような者と、取引を交わす場所と手段があるのだ。
「まぁ、もしも貴族共がクソ下らないことをアタシ達に仕掛けてきやがったら、正面からボロクソのギッタギタに返り討ちにしてやるだけだがな」
攻撃的な笑みを浮かべたカルビだったが、「あと気になったんだが」と、すぐに眉間に皺を寄せた。それからカップを持っていない方の手を腰にあてて、シャマニ達に向き直った。
「ギギネリエスの野郎はどうなってンだよ? アイツの扱い次第じゃ、アタシ達を匿うっていう今の話も、まるで無駄になるだろ。例えば、王都の魔術研究機関に引き摺って行かれたアイツが尋問を受けて、何から何までゲロっちまうとかな」
その可能性は、昨夜にアッシュも少し考えていたことだった。
ローザ達の視線が、シャマニとヴァーミルに向く。彼女達は慌てた様子もなく、その点は安心してくれ、とでもいう風に息を吐いてみせた。
「その心配はない」
ゆったりとした声で、ヴァーミルが応えてくれた。
「冒険者ギルドも、ギギネリエスは生け捕りにしたのちに死んだものとして処理する予定だ。“負傷と消耗が原因で死亡し、ギギネリエス本人を生かしていた死霊魔術の失効により、その死体も消滅した”ということで処理される。……ヤツを貴族共の手に返す訳にはいかん」
「何だよ。やっぱり喧嘩を売ってるじゃねぇか」
ソファに凭れたカルビが肩を揺らすと、「先に手を出して来たのは向こうだ」とヴァーミルが冷然と開き直る。
「ギギネリエスの生存を知るのは、信頼できるギルドの一部の人間と、私達のクラン、……それに貴女達だけになるわ」
ヴァーミル後に言葉を繋いだシャマニは、ちらりとアッシュの方を見て、すぐに目を逸らした。一瞬だけアッシュに向けられた彼女の眼差しは気遣わしげで、この場に居る誰もが、触れづらい話題に及ぼうとしているのが分かった。
シャマニが黙ったことで話が途切れ、誰も口を開かない時間が3秒ほどあった。
この沈黙を片付けるのは自分の役目なのだと思ったアッシュは、少しだけ息を吸ってから口を開いた。
「僕とギギネリエスの関係については、貴族の方々は把握していないんでしょうか……?」
温かい応援の言葉や、誤字報告でも支えていただき、本当に感謝しております……。
今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!