「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
「人造人間としての僕の体には、ギギネリエスの持つ死霊魔術が使われているはずです。その僕に何らかの利用価値を見出した貴族の人達……、“秩序の塔”と呼ばれる集団が、悪意を持って僕に近づいてくることは考えられませんか?」
危惧しなければならないのは、過去ではない。これからのことだ。
アッシュ自身が、貴族達の邪悪さを招き寄せる可能性こそを警戒すべきだった。
それは暗澹とした想像ではあったが、そこにローザ達を巻き込んではならないと思った。
「状況によっては……、僕はアードベルから離れた方がいいのかもしれません。ギルドの意向次第では、冒険者を続けられなくなる可能性も考えられますけれど……」
アッシュは出来るだけ声に感情を籠めず、穏やかな表情で話す。
だが、期待したほど場の空気は平穏とはいかなかった。どこか悲愴な強張りがリビングに広がってしまう。
ローザやネージュ、それにカルビ、エミリアも、何かを喋り出そうとするのを堪えながらアッシュを見つめ、すぐにシャマニとヴァーミルに、縋るような視線を流したのが分かった。
「キミがアードベルを去る必要は無い」
静かに言い切ってくれたのは、ヴァーミルだった。
「キミに話したいことがあると言ったのは、そのことにも関係しているんだ」
緩く息を吐いたヴァーミルは言いながらローザ達にも視線を巡らせて、アイテムボックスから書類の束を取り出した。
「当然のことではあるが、“教団”で生まれたというキミの過去は、冒険者ギルドだけでなく、法に関わる王都の省庁各所も把握している。キミが養護院の保護を受ける際の、その手続きの段階でな。だが……」
分厚い書類をパラパラと捲ったヴァーミルが、そこで顔を上げてアッシュを見詰めてくる。
恵まれた体格のエミリアと同じか、それよりも少し大柄なぐらいのヴァーミルの視線は、小柄なアッシュの上から降ってくるようだった。
「キミとギギネリエスの関係を知っているのは、私達のクランの内部に若干名、それにギルドの一部の者だけだ」
ヴァーミルの言う若干名というのは恐らく、チトセのことだろうとアッシュは察した。
「そ、そうなんですね。少し意外でした。僕に対する扱いは、もっと容赦のないものになるかと思っていましたから……」
「あぁ。もしもキミが冒険者として問題ばかり起こしていたり、或いはレイダー共のような残酷な行いに手を染めていた場合は、そうなっていただろう」
そこでヴァーミルは声を厳しいものにしたが、すぐに緩く息を吐いて、アッシュに対して少し申し訳なさそうに視線を下げた。
「私達は今回、キミのことについても調べさせて貰った」
クラン『鋼血の戦乙女』には、犯罪者集団の裏を暴き回る能力は無いと言っていた。
だが、アードベルの治安維持にも関わる彼女達にとって、冒険者としてのアッシュの素行や活動を追跡することなどは容易いに違いない。
「養護院でのキミの生活態度に関しては、クレア=グリフィードの綿密な報告が幾つもある。更に言えばギルドの受付でも、キミが冒険者になってからの正確な活動記録も残っているからな」
分厚い書類の束に視線を落とし、そのページを軽やかに捲っていくヴァーミルの口調は事務的だった。だがその声音には、アッシュを安心させようとする気遣いも感じられた。
「……キミは冒険者になってから、等級を上昇させるような依頼をほとんど受けておらず、大きな活躍も無く、そして問題も起こしていない。時折、エレメンタルの魔骸石など、貴重なアイテムを受付に提出することもあったようだが……。その際は、“偶然見つけた”、“他の冒険者が助けてくれた”と述べ、自身の貢献度の加算を全て固辞しているな」
書類に記載されている内容を、ヴァーミルは淡々と口にしていく。やけに真剣というか、興味深そうな顔になっているローザ達も、それをただ黙って聞いている。
「……はい。確かに僕は、自身の等級を上げるような貢献度は辞退してきました」
「コホンッ……。ぁ、アッシュさ……、アッシュさんは……!」
シャマニが咳払いをした。妙な具合に声も上擦っている。
だが、すぐに「コホンッ!! んんんぅッ!!」と再び強めの咳払いをして、言葉を続けた。
「魔骸石に関しては、ぎるっ……、ギルドの受付ではなく、え、えぇと……、まっ、マテリアルショップにも持ち込んでいますね?」
アッシュに対して唐突な敬語になったシャマニの声は、所々でひっくり返りそうになっている。
「えぇと、はい。冒険者居住区の近くにある錬金術士のお店を、いつも利用させてもらっています」
取り調べを受けているような気持ちで、アッシュはうなずく。
「冒険者がマテリアルショップを利用するのなんて、当たり前のことだと思うけれど」
アッシュを庇うように言ってくれたのは、眉間を絞ったネージュだ。
「えぇ! そうですとも!冒険者生活としては、至極真っ当ですわよね!」と、ちょっと怒ったような顔になったエミリアも追従した。
「アッシュが偽物の魔骸石を掴ませたとか、そんなワケでもねぇんだろ?」
カルビが不審そうに目を窄めたところで、シャマニが緩く首を振った。
「その逆よ。アッシュさ……、アッシュさんが持ち込んでいるのは、危険な魔物の魔骸石ばかりだったの。かなりの高額で取引されているから、すぐに店員にも確認が取れたわ」
「キミはマテリアルショップに魔骸石を提出する際も、“偶然見つけた”、“他の冒険者が助けてくれた”と説明していたようだな。……まぁ、“5等級”の認識プレートをしているキミ自身が言うのであるから、説得力もあったのだろうが」
唇の端を僅かに歪めたヴァーミルは、マテリアルショップの店員とアッシュの遣り取りを想像しているのか、微笑ましいものを見る目になっていた。
そのヴァーミルに代わり、またシャマニが咳払いをして話を続ける。
「確かに、冒険者がマテリアルショップを利用するのは当たり前のことよ。不自然でもなんでもないわ。……でも、あ、アッシュさ……、アッシュさんがマテリアルショップを利用した時期に限って、神殿や養護院に高額寄付があった場合は、少し話が変わるでしょう」
アッシュの名を呼ぶときだけ、シャマニが言葉を詰まらせるのが気になったが、彼女の言いたいことはローザ達にも伝わったようだ。彼女達の視線が、分かりやすくアッシュに注がれてくる。
「寄付によって、何か御迷惑が掛かっていたのでしょうか?」
ヴァーミルとシャマニから目を逸らしたアッシュは、曖昧な笑みで首を振った。だが、即座にヴァーミルが言葉を被せてくる。
「いや、迷惑などではいが、多少の混乱はあったようだ。あまりに高額だったからな。キミの銀行口座の動きも、私達は把握している。見れば誰でも、常軌を逸した寄付額だと思うだろう」
「でも」と、そこでローザも語気を僅かに強める。やはり、アッシュを庇おうとするかのように。
「アッシュ君が自分のお金をどう使っても、それは特に問題ないはずです。冒険者が高額寄付を匿名で行ってはならないなんて、そんな法律も……」
「あぁ。そうだ。何も問題は無い」
ヴァーミルは鷹揚にうなずいてから、アッシュに真剣な表情を向けてくる。
「問題が無いからこそ、重要だった」
そこで言葉を切ったヴァーミルは、手にしていた分厚い書類の束をソファテーブルの上に置いた。どさりとした、重たそうな音が鳴る。
そこに記録されているものは、最低等級の冒険者――アッシュの行動と、その痕跡に違いなかった。
「本来なら、ギギネリエスと繋がりがある者は拘束し、然るべき機関に連行するのも私達の仕事だ。……だが、キミに関してはその必要はないとギルドは判断した。その根拠となったのが他でもない、キミの冒険者としての態度と実績だ」
毅然とした言い方をするヴァーミルは、ソファテーブルに置いた書類の束を、軽く指で叩いてみせる。内容は全て読破済みだとでも言うように。
「記録を見た限りでは、キミはギルドからの依頼を受けることは少なかった。だが、キミが高頻度で危険な魔物を狩り、それで得た収入の殆どを寄付してきたのは明白だ」
淡々と言葉を続けるヴァーミルは、目の前にいるアッシュから目を逸らそうとしない。
「それにキミは、贅沢も博打もしていないようだな。歓楽街にあるどの店にも、キミが利用していた形跡も記録もない」
武人然とした佇まいの彼女は、その赤茶色の瞳に鋭い光を湛えながら、アッシュの姿を力強く捉え続けている。
「キミは今まで、冒険者としての社会的な義務を果たし続けてきたのだろう。……ただ実直に、ひたすらに、世間への奉仕に尽くしてきたことは、この記録が物語っている」
事実を確認する口調のヴァーミルは、再び書類の束に視線を落としてから、軽く息を吐いた。
その薄い溜息は、今までのアッシュの生き方を、普通ではないと呆れるようでもあり、気遣わしげな賞賛を素直に向けるようでもあった。
「今回の件でもキミは、自らの命を懸け、シャマニを助けるために尽力してくれている。……それだけでなく、ギギネリエスを生きて捕らえる活躍もしてくれた」
その真っすぐなヴァーミルの眼差しを、アッシュは背筋を伸ばして受け止める。
『冒険者』という枠の中に埋没していこうとしていた過去の自分が、ヴァーミルやシャマニにも繋がったことを感じた。ヴァーミルの語る言葉が、アッシュの生きてきた時間に沁み込んでくる感覚だった。
「これらを踏まえた冒険者ギルドは、キミの行動を制限しないことを決定した。これについては、恩赦に近い意味合いもあるのだろうがな。……キミは今まで通り、冒険者として活動してくれればいい。さっきも言ったことだが、アードベルを去る必要もない」
ヴァーミルは低く静かな声で言いながら、ローザ達にも視線を巡らせ、またすぐにアッシュに向き直った。
「……キミの過去にも少々無遠慮に触れてしまったが、どうか許して欲しい」
「い、いえ、許すも何もないですよ」
アッシュは首を振ってから、素直に頭を下げた。
「……僕が冒険者であることを認めてくださって、ありがとうございます」
『鋼血の戦乙女』と冒険者ギルドが、アッシュを拘束することをせず、冒険者として活動することを許容してくれた。それは間違いなく、アッシュのこれからに関わる決定だった。
アッシュが冒険者を続けるならば、また同行依頼を受けて、ローザ達と共に行動することもあるだろう。
ヴァーミルはそれを見越しているからこそ、『鋼血の戦乙女』と冒険者ギルドの決定を、この場で話してくれたのだと思った。
「それで、そ、そのですね、ぇぇと……!」
少し顔を赤くしたシャマニが視線を彷徨わせ、薄紫色の髪を指で弄りながら唇を尖らせていた。何らかの心の準備をしているような妙にソワソワとした様子で、落ち着いたヴァーミルとは対照的だ。
「ぼっ、冒険者としてのアッシュさ……アッシュさんの力を見込んで、いずれは私達からも、ど、どどど、どっ、同行依頼ををををを……!」
俯き加減でボソボソと喋り出したシャマニの声は、さっきまでと比べて随分と聞き取りづらかった。
だから、「良かったじゃねぇか!」と明るい声を出したカルビは、シャマニが何らかの話を切り出そうとしていることにすら気付いていなかったのだろう。
「これでアッシュは何の気兼ねも無く、アタシ達と冒険を続けられるってことだろ?」
嬉しそうに言うカルビは、アッシュを抱きかかえるような勢いでソファに飛び込んできて、肩を組んでくる。避ける間もなかった。
張りのあるカルビの乳房が横顔に激突してきて、むぎゅぎゅっと柔らかく潰れる感触があった。その無防備でエッチな体温の密着は、カルビの鼓動が伝わってきそうな程だ。
「あ、あのっ、ちょっと、カルビさんっ……!」
アッシュは慌てて顔を逃がそうとするのだが、がっしりとカルビの腕に包まれているので、それも無理だった。
「ちょっとカルビ、まだ話の途中なんだから……、はしゃぐのは後にしなよ」
半目になったローザは、カルビを窘めるように言ってから鼻を鳴らしていた。
「ちょっとちょっとカルビさん! そういう過激なスキンシップは完全に協定違反ですわよッ!! おい聞いてんかテメェ……!!」
額に血管を浮かび上がらせまくったエミリアが、淑女らしからぬ恐ろしい声を出してソファから立ち上がった。今にも殴り掛かるような剣幕だ。
「アッシュ君が困っているでしょう。さっさと離れなさい」
ネージュの方は物騒に目を窄めて、並の冒険者なら震えあがるような殺気が籠もった眼差しでカルビを睨み始める。
そして今日は、そのドスの効きまくったネージュの声に続く者がいた。
「しょっ、そっ、そうよッ!! アッシュ様から離れなさいよッッ!!」
笛みたいに声を裏返しながら叫んだのは、顔を真っ赤にして眉を吊り上げ、肩をわなわなと震わせながら、ソファテーブルを蹴飛ばすような勢いで立ち上がったシャマニだった。
いきなりのことに、リビングが水を打ったように静まり返る。
呆然とシャマニを見詰めているエミリアとネージュは少しだけ目を見開き、無言で瞬きを繰り返していた。カルビも似たような反応で、ポカンとした顔だ。
シャマニの隣に座っていたヴァーミルは、突然立ち上がったシャマニを見上げながら、「一体どうしたのだ……?」といった、驚きと心配が混ざった表情をしている。
カルビに抱き着かれたままのアッシュも、ヴァーミルと同じ種類の表情になって、何も喋ることができずにいた。
「……様?」
不可解そうな表情のローザが、指怪訝そうな声を洩らした。
「はぁ……? 何よ……?」
目を吊り上げていたシャマニが、ローザの方を見た。
その2秒ほどの静寂のあと、シャマニが何かに気付いたようにハッとした顔になってから、すぐにその表情が更に赤くなり、耳や首元までが朱に染まっていく。
「あっ、いやっ、今のは、違っ……! だから、え、えぇと……ッ!」
アッシュの視線に気付いたシャマニは、ちょっと泣きそうな顔になって、わちゃわちゃと両手を振りながら視線を泳がせまくるものの、結局何も言葉が出て来ず、顔を隠すように前髪を片手で引っ張りながら、もぎゅもぎゅと下唇を噛みながらソファに座り直した。
そこで、また数秒の静寂があった。俯きがちにソファに座り込んだシャマニは、肩をすぼめまくっていて、どんどん小さくなっていくかのようだ。
「……様?」
この場にいるシャマニ以外の全員が顔を見合わせてから、声を揃える。顔を伏せているシャマニが、泣きそうな震え声で呻くような気配もあった。
「いや、誰にでも言い間違いはありますよ」
アッシュはフォローするように言う。
「それにしたって、随分と距離感の狂った言い間違いだぜ」
アッシュと肩を組んだままのカルビは、困ったような笑みを浮かべつつも、遠慮なくシャマニに指を向ける。
「なぁ、シャマニ。お前、もしかしてアッシュのことが――」
半笑いになったカルビの声を、「おい……!」というシャマニの低い声が遮った。
「それ以上、下らないことを喋るなら……」
ソファから腰を僅かに浮かせたシャマニの左腕には、既に黒と白の鎧が展開されており、左手の中には、特徴的な形をした長剣が召び出されていた。
柄に対して剣身が長い。あれが先程ヴァーミルの言っていた、彼女達専用の、オンリーワンの魔導機械武具に違いない。自らの専用武器を手にした今のシャマニは物凄い気迫で、アッシュも鼻白んでしまうほどだった。
だが、肝の据わりまくっているカルビは、シャマニに怯むどころか「おー怖っ」などと半笑いになるだけだ。
「そんな目で噛みつくような勢いで睨んでくるなよ、シャマニ。まるっきり可愛いチンピラじゃねぇか」
そう言って茶化すように肩を竦めるカルビの態度が、シャマニを本格的にキレさせたようだ。すぅっ……と目を窄めたシャマニが舌打ちをして、身体を前に倒した。
「煽るのはやめなさい、カルビ」
呆れ顔を顰めたネージュが、調子に乗り出したカルビを窘める。
「あ、あの、武器召喚はホントに勘弁してください……、家の中なんで……」
顔を引き攣らせたローザが、気の立っている猛獣を宥めるように両手を前に突き出し、必死な声を出した。
「シャマニさんの武器だと、ちょっと被害が洒落にならないですものね……」
顔を強張らきったエミリアも、ローザと同じような姿勢だった。
「シャマニ。武器と鎧を仕舞うんだ」
腕を組んだヴァーミルが横目にシャマニを見て、諫めるように言ってくれた。
流石に仲間の言葉を無視することはないのか。
シャマニは無言のままでカルビをねめつけると、「はぁ~~……ッ!!」と攻撃的に息を吐きながら武器と鎧をアイテムボックスに収納し、ソファに座りなおした。
カルビは悪びれた様子もなく、リラックスした態度でソファに座り直して、優雅に脚を組んでさえみせる。
シャマニが武器を収めてくれたことに対しては心底ホッとしたのか。胸を撫で下ろしたローザが、安堵の溜息を吐き出していた。ネージュとエミリアも、やれやれといった表情だ。
それから、誰が最初に口を開くのかを窺うような間があった。
取りあえずと言った感じで、アッシュが「あの……」と、おずおずと手を挙げる。
「さきほど、シャマニさんは何かを仰っていましたが、何か、大事なお話だったのではないでしょうか?」
「えっ!? えぇっ、はっ、はい……っ、あ、あにょ……、そっ、しょの……」
アッシュが尋ねると、恐ろしい上目遣いでカルビを睨んでいたシャマニが、すぐに顔を赤くして、あたふたとした声を出した。
ただ、モジモジとして妙な様子のシャマニに任せるよりも、自分が話した方が早いと判断したのか。「端的に言えば」とヴァーミルが言葉を継いだ。
「いずれ私達も、キミに同行を依頼したいと思っているんだ」
「……えっ」
冗談らしきものを含まないヴァーミルの硬い声に、ローザ達が顔を見合わせている気配があった。アッシュも思わず、自分を指差してしまう。
「ぼ、僕にですか……?」
「あぁ。今すぐに、という話ではないがね」
ヴァーミルは少し疲れたように言いながら、手にした書類の束をアイテムボックスに仕舞った。その慎重な手つきは、彼女の実直さの顕れなのだろう。
「私達のクランも、戦闘に慣れているメンバーが揃っているとはいえ、所帯の大きさはそこまでではない。ダルムボーグでの捜索や戦闘では、頭数の少なさに悩んでな」
そこで言葉を切ったヴァーミルは、アッシュだけではなく、ローザやカルビ、それにネージュとエミリアにも目線を向けた。
「今回は『ゴブリンナイツ』に協力を仰ぐことができたが、いつでも彼らが応じてくれるとは限らん。信頼できる協力者が欲しいとは、常々思っていたところだ」
彼女の口振りはアッシュだけでなく、明確にローザ達のパーティにも同行を頼もうとしているものだった。
「ほーん……。やっとアタシ達の実力が認められたってことか」
唇の端を吊り上げたカルビが、ソファの座った姿勢のままで頬杖をつき、肩を揺らした。
「これは、とても光栄なことですわね! 『戦乙女』の方々に認められるパーティなど、アードベルでも極少数でしょう」
んふー……! と満足そうに鼻から息を吐き出て胸を張るエミリアは、ご満悦の様子で目を細めている。そんなエミリアを横目に見たネージュが、少し警戒する目つきになってヴァーミルを見据える。
「……でも、どうして私達を?」
探るような眼差しになったネージュが姿勢を正し、ヴァーミルに向き直った。
「クラン『鋼血の戦乙女』なら、協力者なんて募ればいくらでも見つかるでしょう? 噂でも美人ばっかりだし、報酬だって弾んでくれそうだけれど」
「さっきも言った通りなんだがな……」と、ヴァーミルが緩く首を振った。
「私達が必要としているのは、“信頼できる協力者”だ。金に目が眩んで寄ってきた挙句、身の危険を感じればすぐに逃げ出すような者達など、どれだけ数が揃っても邪魔なだけだ」
やけに実感の籠っているふうのヴァーミルの言い方には、軽蔑を通り越したような苦い達観が見え隠れしている。恐らく過去にも、彼女達が協力者として募った冒険者達の中には、そういった者達も少なくなかったのだろう。
「その点、この場にいる面子が信頼できることは、ギギネリエスとの戦いが証明している。……また私達にも力を貸して貰えれば有難い」
微かな笑みを湛えたヴァーミルが、もう一度ローザ達を順に見たところで、ソファに凭れていたカルビが身体を起こして、軽く笑った。
「アタシ達で引き受けられる面倒ごとなら、協力はするぜ」
「とはいっても、私達のパーティも少数ですから。どこまで力になれるかは分からないですけど……」
静かな面持ちのローザが、慎重に言葉を繋いだ。
「同行を依頼していただけるのなら、私《わたくし》達のディンジャラスでァァアグレッッッシヴなパゥワァァァァアアアを、全力全開にして応えましてよォォッホッホッホッホッ!!」
威勢の良すぎるエミリアの笑顔は、頼もしさというよりは寧ろ、行き過ぎたパワフルさがトラブルを招き寄せるのではないかというような、不吉な予感を感じさせるものだった。
そのことを直接的に伝えるのは流石に失礼だと思って気を遣ったのか、ヴァーミルが難しい顔になって頷いた。
「あ、あぁ……いや、そこまで全力でなくてもいいぞ」
「その言い草だと、信頼されてるのか警戒されてるのか分からないわね」
苦い顔になったネージュだが、口許には微笑がある。
「あ、あのっ……!!」
声を裏返したシャマニが、ソファから立ち上がる寸前のように前のめりになって、アッシュを見詰めてくる。あの雰囲気からして、ずっと声を上げるタイミングを見計らっていたのかもしれない。
「アッシュさむぁ……ッ! コホンッ!! んんッ!! アッシュさんにも、私達の同行依頼を……ッ!! そんな頻繁でもないと思いますし……ッ! 今すぐでもないですし……ッ! 無茶なこともないと思うので……ッ!! うっ、うっ……! ふぅぅぅんッ!! ズビビビ……ッ!! ど、どうか……ッ!!」
滅茶苦茶赤い顔のシャマニは、ほとんど叫ぶように言いながら途中で盛大に洟を啜り、体に残った勇気を振り絞るかのようだった。
目尻には薄らと涙まで浮かんでいるし、その両肩もぶるぶると震えて、今にも爆発するのではないかと思う必死の様相だ。
「えっ、えぇと……、はい。僕で良ければ、同行の依頼は受けさせていただきます。ただ、依頼して下さった方の都合や、僕自身の状況にもよりますけれど」
いきなり話題の中心に引きずり出されたような状態のアッシュは、半泣きのシャマニの気迫の圧倒されてしまい、もはや頷くしかなかった。
「おいおい、シャマニ。もうちょっと落ち着けよ。ちょっとサニアみてぇになってんぞ」
半笑いのカルビが喉を鳴らすと、「確かに……」みたいな顔になったネージュが、複雑な表情で頷いていた。ローザは肩を竦めて苦笑しているし、黙り込んでいるエミリアも「アレ、これはもしや……」とでも言いたげな渋い顔だ。
「……何で“剣聖”の名前が出てくるのよ」
シャマニが物騒な目つきになってカルビを睨んだ。その隣にいるヴァーミルも、興味深そうに僅かに目を見開いている。
「ほう……。お前達は『正義の刃』とも関係が深いのか?」
「関係が深いつーか」カルビがひらひらと手を振った。「剣聖サマが、アッシュのことを気に入っちまってな」
「えッ……!!!」
目を見開いたシャマニが、ビクーン!!と身体を仰け反らせてアッシュを見た。
「そうなんですか……?」と、怖いくらいに無表情になったシャマニが見詰めてくるので、やはりアッシュは頷くしかなった。
「い、いえ、気に入ってもらっているかどうかは判然とはしませんが、いずれまた、同行を依頼したいというお話は頂いています」
サニア達が所属する『正義の刃』は大所帯であるし、その部隊編成によっては、外部の冒険者を同行させては連携に支障が出たり、そもそも不要であることもあるだろう。
そう考えれば、『正義の刃』から頻繁に同行依頼があるとは考えにくかった。
ただエルンの町を防衛したときのように、頭数を揃える必要があり、尚且つ、その数をクランメンバーのみで賄えないという場合などであれば、アッシュにも依頼があってもおかしくない。
「なるほどな。あの堅物の“剣聖”がキミのことを評価しているのならば、私達やギルドの判断も、やはり間違いではなさそうだ。しかし……」
満足そうに言うヴァーミルは、そこで僅かに眉を下げてアッシュを一瞥して、更にローザ達全員を見回してから、軽く鼻を鳴らした。
「アッシュ。この家でキミと会ってから、少々気になっていたんだが……。キミはソロ冒険者のはずだが、もしかして、ローザ達と同棲しているのか……?」
「えぅぇッ……!!!?」
さっきよりも更に目を見開いたシャマニが、ビククーン!!と身体を伸び上がらせて、またアッシュの方を凝視してくる。
シャマニの深刻過ぎる表情とは裏腹に、この場での話題が全く深刻ではない方向へと脱線していく。その温度差はまるで、雲間から温かな陽光が伸びてくるかのようだった。
この得難い騒がしさこそは、アッシュが新しい日常に足を踏み入れたことの証であり、一つのしるしに違いなかった。
今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!