「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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第68話 新たな設問を胸に1

 

 

 養護院をあとにしたアッシュは、オリビア達が集まっているという第5号区のギルド支部へと足を向けた。その途中で、以前にもリーナとは5号区支部で出会ったことを思い出す。

 

 あれは確か、アッシュがローザ達と待ち合わせをしているときだったはずだ。あの時のリーナは、アッシュに同行を頼むために、レオンとロイドも説得するとも言っていた。

 

 冗談らしさのない彼女の言葉を思い返しながら、アッシュは自分の首に下げた“5等級”の認識プレートに指先で触れる。

 

 頭の隅に、いつかの早朝の光景と声が蘇った。

 

『仮にコイツをパーティに組み込んでも、お荷物になるのは目に見えてる。治癒魔法の腕が確かでも、前衛のお前とロイドの負担が増えたら意味がねぇ』

 

『レオンの言う通り、アッシュが足手纏いになっては本末転倒だ。神官であるオリビアの負担まで増えかねん。それは結果的に、俺達全員の危機に繋がる』

 

 レオンとロイドは、アッシュのことを侮り、戦力にならないと遠慮なく言い切っていた。だがそれは、彼らが自身のパーティを想ってのことだということも理解できる。

 

 裏を返せばレオンとロイドは、自分達が危機に陥ったときでも生き残れるよう、“肉の囮”として、等級の低いアッシュを敢えてパーティに加えるような人物ではないということだ。

 

 彼らは、他者を冷酷に利用しようする人間ではない。寧ろ、その逆だ。

 

 ダルムボーグでの彼らは、ネクロゴーレムに取り囲まれた窮地にあっても、リーナやオリビアを見捨てて逃げるのではなく、自らの命を張って彼女達を逃がそうとしていた。

 

 そういった状況は、途中で助けに入ったアッシュでも十分に察することができた。

 

 リーナ達は、いいパーティだ。

 

 そう素直に思いながら、アッシュは5号区ギルドの扉を開いた。

 

 頑丈そうな鉄枠が備え付けられた物々しい扉の向こうからは、粗暴な活気と、切羽詰まった真剣さ、能天気な溌剌さが混じり合った喧騒が流れ出してくる。

 

 あの日と同じように、ギルドの5号区支部は混雑していた。

 

 受付前には冒険者達が長い列をつくっており、依頼が張り出される掲示板の前も似たような様子だ。まさに意気軒高といった表情をしている者や、思いつめたような顔で俯いている者、気楽そうに仲間と話している者の姿がある。

 

 アッシュは他の冒険者達の邪魔にならないよう、フロアの隅に寄ってから、リーナ達の姿を探してみる。すぐに見つけた。

 

 混み合っている受付や掲示板から離れた場所には、椅子やテーブルが並べられたスペースがある。冒険者のパーティが話し合いをする場として設けられたスペースだ。

 

 今も、掲示板から持ってきた依頼用紙を見比べ、顔を突き合わせているパーティが幾つかあった。

 

 そのうちの1つが、リーナ達だった。

 

 ロイドもレオンも、それにオリビアの姿もある。4人は奥の方の席に陣取り、真剣な表情で話をしていた。これからの冒険者活動のための、大事な打ち合わせをしている様子である。

 

 リーナ達に会うことを少し緊張していたアッシュは、すぐに彼女達に話しかけるのではなく、彼女達の話し合いが一区切りするのを待つことにした。

 

 アッシュは、ダルムボーグでのことを蒸し返すつもりも無いし、恩着せがましく何かを要求するつもりもない。

 

 貸し宿から追い出されたアッシュの家具を、リーナ達が『慈悲の院』まで届けてくれたことの感謝と礼を、真摯に伝えればいい。

 

 ギルドの壁に背中を付けていたアッシュが、そう思った時だった。

 

 硬い表情をしてリーナ達と何やら話をしていたロイドが、肩の凝りを解すようにして首を回した。その際に、ロイドの視線が此方に流れてきて、それをアッシュが受け止めてしまった。

 

 3秒ほど、完全にロイドと目が合う。

 

 思わず背筋を伸ばしてしまったアッシュは、ぎこちなく頭を下げた。このギルドの荒々しく分厚い喧騒の中では、小柄なアッシュの無言の会釈など、ほとんど存在感を備えていない。

 

 だが、当然ではあるが、アッシュに気付いているロイドにだけは届いている。心の準備ができていなかったのはお互い様のようだった。

 

 笑みを浮かべる寸前のような表情で目を丸くしているロイドは、今まさに発言しようとしているレオンに向けて、慌てたように右の掌を突き出し、左手でアッシュの方を指差してきた。

 

 いきなり自分の発言を遮られたレオンは不満そうに眉を寄せ、「何だよ」とでも言いたそうな表情でロイドの指先を辿るように視線と首を動かした。

 

 そこでアッシュの姿を見つけたレオンは、何もそこまでと言いたくなるほど不味そうに顔を歪めながら、急に居心地が悪くなったかのようにそっぽを向いた。

 

 さっきまで難しい顔をしていたリーナは、「どうしたの、急に」といったふうに、レオンの反応を訝るように眺めてから、アッシュの存在に気付いた。

 

 アッシュと目が合ったリーナは一瞬だけ表情を明るくしたあと、すぐに苦しそうに眉を下げて、唇を引き結んだ。

 

 椅子から立ち上がって胸の前で両手を組んでいるのは、オリビアだった。

 

 アッシュを見詰めてくる彼女の瞳には濡れたような光が揺れており、その表情も、感謝の笑顔と泣き顔の狭間で揺蕩うようだった。

 

 意図せず彼女達の話を中断させてしまったアッシュは、いつかのように曖昧な微笑みを浮かべてから、もう一度頭を下げつつ、冒険者達の間を縫ってリーナ達のもとへと歩いた。

 

 リーナ達のいるテーブルに向かう途中で、ある冒険者はアッシュを邪魔そうに見下ろし、またある冒険者はアッシュにぶつかりかけて舌打ちをして、また別の冒険者は「おいチビ、邪魔だ」といって押し退けて行った。

 

 「ご、ごめんなさい……! 通ります……! ごめんなさい……っ!」

 

 アッシュは謝りながら何度も頭を下げ、あたふたと歩いてリーナ達の居るスペースに辿り着いた。

 

 そんな頼りないアッシュの姿を見て、テーブルに肘杖をついて顔を顰めているレオンが、呆れたような声で言ってくる。

 

「……あれだけクソ強いくせに、何をそんなにペコペコと縮こまってんだよ」

 

「ぅ、す、すみません」

 

「いや、別に謝らなくてもいいけどよ」

 

 バツが悪そうに言って眉を寄せたレオンが、軽く鼻を鳴らしつつ、疑わしいものを見る目をアッシュに向けてくる。

 

「お前、ダルムボーグの時とは別人みてぇだな……」

 

「あぁ、全くだ」

 

 低い声でレオンに続いたのは、不思議そうというか怪訝な表情になって、顎に手を当てたロイドだった。椅子に座ったままのロイドは前のめりになり、アッシュの頭上から足元までを、視線で2往復した。

 

「あのネクロゴーレムの巨体を易々と切り裂いていた時のお前とは、雰囲気もまるで違うが……。まさか、本当は別人だったりするのか……?」

 

「そんなワケないじゃん」

 

 ぎこちない苦笑交じりに、リーナが肩を揺らした。椅子から立ち上がっているオリビアは黙ったままで、じっとアッシュを見詰めている。

 

「えぇ。僕は、僕ですよ」

 

 アッシュはその言葉を、何らかの思考を経ることなく自然と口にしていた。そのことにアッシュ自身も驚いて、無意識のうちに口を引き結んでしまった。

 

 その束の間の沈黙の中で、アッシュは自らが発した言葉を噛み締める。

 

 クレアとの出会いも。リーナ達との面識も。

 自身の『役割』を求め、冒険者になったことも。

 ローザ達から同行依頼を受けたことも。

 ギギネリエスとの再会も。

 そして、アッシュが生まれたことも――。

 

 今まで経験してきたこと全てが意味を帯びて、過去のアッシュと、今のアッシュが均衡する感覚が、確かにあった。

 

“僕は何者なのか?”

 

 その問いの答えを、今まさにアッシュは得ることができた。

 

“僕は僕なのだ”と……。

 

 言葉してしまうと、単純で、幼稚で、捻りの無い、不細工で失笑ものの回答かもしれない。だが他者への応答として、今のアッシュは、これ以上に相応しい言葉を持っていないことも事実だった。

 

“アッシュ君は、これからも、アッシュ君になっていくんだよ”

 

 あのローザの優しい声は、アッシュの心の最も穏やかで深い場所に、今も温かく木霊している。

 

「……今日、皆さんとお会いできて、良かったです」

 

 自分が齎してしまった沈黙を片付けるつもりで、アッシュは改めて頭を下げる。

 

「貸し宿の荷物を届けて下さって、ありがとうございました。……こうしてお会いするのも遅くなってしまって、すみません」

 

 アッシュが謝ると、いつかのように「やれやれ」といった感じに肩を竦めたリーナが、「それは私達もだよ。ね?」と苦笑を浮かべて、ロイドやレオン、それにオリビアを見回した。

 

「えぇ、そうですよ。アッシュ」

 

 涙の気配を僅かに含んだ声は、オリビアのものだった。

 

 立ち上がっていたオリビアはゆっくりと歩いてアッシュの前まで来ると、そっとアッシュの右手を取った。そしてそのまま祈るようにして、オリビアは両手で、アッシュの右手を掌で包んでくれた。

 

 しなやかで、ひんやりとした手だった。

 

「リーナ達から、話を聞かせてもらいました。……本当に危ないところだった私達を、身を挺して助けてくれたそうですね」

 

 小柄なアッシュよりも、オリビアの方が身長もあるからだろう。言いながらオリビアは身を屈め、笑顔とも泣き顔ともつかない表情のままで、アッシュの瞳の中を覗き込んでくる。

 

「修行神官としてリーナ達に同行していた私は、パーティを守護する勤めを果たせませんでした。あの時、……後悔と無力感に苛まれたまま、死の淵に立ってしまった私に代わり、リーナ達を救ってくれたことを、本当に感謝しています」

 

 微かな震えと共に紡がれたオリビアの声音からは、自身の命が救われたこと以上に、リーナ達のパーティ全員が生き残れたことを、改めて安堵していることが窺えた。

 

「ありがとうございます。アッシュ」

 

 涙ぐむような声のオリビアに続いて、「……俺も、お前には言っておかなきゃならないことがある」と立ち上がったのは、渋そうに眉間を絞ったレオンだった。

 

「俺もだ……」と神妙な顔になったロイドと、それからリーナも椅子から立ち上がって、アッシュに向き直った。

 

「え、えっと、はい」

 

 何事だろうと驚いたアッシュは、右手をオリビアに包まれたままで背筋を伸ばしてしまう。

 

「お前のことを、雑魚で足手纏いだとか好き勝手言って、……悪かった」

 

 何度か下唇を噛んだレオンが、視線を逸らしながら言う。だが、次の瞬間には真っ直ぐにアッシュの目を見据え、がばっと頭を下げて見せた。

 

 一瞬だけポカンとしてしまったアッシュだったが、どうやらレオンは、いつかの早朝でのやり取りのことを謝ってくれているらしかった。

 

「……この通りだ」

 

 低い声で続いたロイドも、腰を深く折って頭を下げてくれていた。

 

「ごめん。アッシュ」

 

 震える声で言うリーナもだ。

 

「や、そ、そんなっ……!」

 

 3人から頭を一斉に下げれてしまったアッシュは、オリビアの掌に包まれていない方の左手をブンブンと振った。

 

 ギルド内に設けられた話し合い用のスペースではあっても、5等級冒険者であるアッシュ1人に、3等級の冒険者であるレオンやロイド、それにリーナ達が揃って頭を下げている光景は、なかなか目立っているようだった。

 

 更に言えばアッシュの隣では、アッシュの右手を両手で包みこんだままの神官服のオリビアまでもが、深く頭を下げてくれている状況なのだ。周囲からも視線が流れてきているし、何やら囁き合うような声も届いてくる。

 

「おい、アレ、なんかあったのか……?」

「稼ぎの取り分とかで揉めてんだろ」

「リーナのところのパーティじゃねぇか」

「あいつら、調子いいんじゃなかったのか?」

「……つーか、あのチビは誰だよ? 可愛い顔してるけど女か?」

「チビの方、あれ5等級のプレートじゃね?」

「あぁ、なるほどな……」

「5等級の雑魚を、パーティから追い出してるトコか」

 

 周りからは完全に勘違いされている様子であるし、そもそもアッシュはソロ冒険者である。ただ、そんなことをギルド内にいる冒険者全員に伝えることはできないし、もはや勘違いされるに任せるしかなかった。

 

「み、皆さん、取りあえず頭をあげて下さい! 椅子もあるんですから、もう座りましょう!」

 

 謝罪の言葉を受け取るアッシュの方が、あわあわとして降参するような声を出してしまう。その情けない声音に、頭を下げていたリーナが小さく笑って、上目遣いでアッシュを見た。

 

「何でアンタが慌ててんよ」

 

「……これでは、謝っている俺達の立場が無いな」

 

 苦笑を漏らしたロイドに続いて、オリビアも静かに頭を上げてくれた。

 

 空気が弛緩して、リーナ達が椅子に座り直してくれた。そのおかげで、アッシュ達のいるこの場所も、またギルドの光景に馴染んだものになる。何気ない、ありきたりな風景に戻っていく。

 

 「調子狂うな、オイ」

 

 またテーブルに肘杖をついたレオンが、そっぽを向きながら鼻から息を吐いた。少し不機嫌そうな、居心地の悪さを誤魔化すような、そんな息の吐き方だった。

 

「俺達に悪態つくとか、嫌味の1つでも返すとか、そういう反応は無いのかよ。お前には」

 

 眉間に苦しげな皺を刻んでいるレオンは、頭をボリボリと掻きながらアッシュをねめつけてくる。

 

 それからレオンは、近くにあったテーブルセットから椅子を引っ張ってきて、「ちょっと座れ」と命令口調で言ってきた。

 

「えっ」

 

 アッシュは戸惑うが、「いいから座れ」というレオンの眼差しには、有無を言わさぬ目力が籠められており、気圧されるままにアッシュは従う。

 

「お前の実力から言えば、俺達になんて何でも言い返せるじゃねぇか。『今更謝っても遅いんですよ』とか『雑魚は皆さんの方でしたね』とかな。なのに……」

 

 奥歯をギリギリと噛むような低い声を出すレオンの中では、どうやらまだ納得のいかないものがあるらしい。

 

「何でお前は、そんなに平然としてやがるんだよ。まるで何事も無かったみてぇに。俺達のことを馬鹿にしてやがるのか?」

 

 言葉を続けるレオンの口調には、途中から軋むような熱が籠り始めていた。リーナ達が顔を見合わせ、レオンを宥めようとする気配があった。だがそれよりも先に、アッシュは緩く首を振った。

 

「馬鹿にしているなんて、そんなことは全然ないですよ」

 

 そう答えたアッシュは、やはり、いつかの早朝の遣り取りを思い出していた。

 

「そもそも僕は、レオンさん達に何かを否定されたわけでもありませんから」

 

「……なんだと?」

 

 攻め込んでくるようなレオンの眼差しを、アッシュは頷いて受け止める。

 

「以前、レオンさんは僕に、“悪いことは言わない。ビビりの5等級は、薬草集めでも頑張っておけ”と……そう言ってくれましたよね?」

 

 心当たりがあるからだろう。レオンが顔を歪め、視線を逸らして「あぁ」と頷いた。ロイドとリーナは険しい目をして俯き、黙っている。オリビアもだ。

 

 いつかの早朝のことを――アッシュがローザ達と出会った日の早朝のことを――彼女達も思い出しているに違いなかった。

 

「あの日のレオンさんの言葉は、確かに厳しいものではありましたが……。少なくとも、僕が冒険者であることを否定するものではありませんでした」

 

 今のアッシュは、あの日にレオンの言葉に、意味を与え直し、捉え直すことができるようになった。その強かさを、ローザ達から教えて貰っていた。

 

「レオンさんの言葉は、僕が冒険者であることを……、いえ、もっと言えば、冒険者としての、僕の臆病な生き方を肯定してくれていました」

 

 不意打ちを食らったような顔になったレオンが、アッシュを凝視してきた。顔を上げたリーナ達だったが、一様に押し黙っている。

 

 そんな彼女達を順に見たアッシュは、自分が首から下げた“5等級”の認識プレートに、また指先で触れた。

 

「実際に僕は、等級が上がって自分が“何者”かになることを避け、最低等級のまま、息を潜めるように冒険者活動を続けてきました」

 

 自分の生きてきた時間を言葉にして、アッシュは自分が抱えていた1つの矛盾に、今更ながら気付いた。

 

 自らの過去と存在を希釈すべく、冒険者の中に埋没していこうとしていたアッシュは、だが同時に、自分が何者であるかという問いの答えを欲していた。

 

 消えていく自分が、せめて何者であるのかを知りたかったのだ。

 

 それは結局のところ、何者かとして生きたいという、ありきたりでありながらも、それゆえに切実な願いを、裏返しにしてアッシュ自身も抱いていたということだろう。

 

 僕は、僕として生きたい。

 アッシュは今、素直にそう思った。

 

「僕は5等級のソロ冒険者のままで、今までの様に、自分の冒険者という『役割』の中にありたいと思っています」

 

 この場でのリーナ達との話を締め括るつもりで、アッシュは全員の顔を見回した。

 

 リーナ達との間に、何らかの特別な上下関係や、摩擦や軋轢、蟠りも残したくなかった。ただ、対等でありたかった。――出会った日のローザが、アッシュに対して、そうしてくれたように。

 

「同じ冒険者として、これからもよろしくお願いします」

 

 リーナ達は真剣な面持ちでアッシュの話を聞いていたが、そこでようやく表情を緩めてみせた。

 

「あぁ。俺達の方こそ、よろしく頼む」

 

 姿勢を正したロイドが、アッシュを真っすぐに見据えて厳粛な声を出した。続いてオリビアが「えぇ。よろしくお願いしますね。アッシュ」と微笑み、頷いてくれた。

 

「……そんなお人好しじゃ、やっぱり冒険者に向いてねぇよ。お前」

 

 顔を掌でゴシゴシと擦ったレオンが、疲れたような声音で言う。

 

「えぇ。よく言われます」アッシュは少しだけ笑った。「特に、リーナさんには」

 

「……ねぇ、アッシュ。何かイイ感じの空気になりかけてるのに、そんな意地悪なこと言うのやめない?」

 

 リーナは恨みがましく言うが、その表情には笑みが兆していた。

 

「まぁ、お前が冒険者を続けるのは、お前自身が決めることだしな」

 

 自分自身に聞かせるような響きを持たせて言いながら、腕を組んだレオンが鼻を鳴らした。

 

「だが、まぁ……、せめて今度、一杯ぐらいは奢らせろよ」

 

「よし! 男だけで行くか!」

 

 ロイドも乗り気になり、この場を見守るような優しい表情を浮かべていたオリビアも、「あまり羽目を外し過ぎてはいけませんよ」と目許を緩めている。

 

 混雑しているギルドの騒がしさは、リーナ達とアッシュの関係を異物として咎めることなく、冒険者同士の他愛のない会話として飲み込み、何気ないアードベルの日常にしてくれる。

 

 周囲から見ても、今のアッシュは間違いなく“冒険者”だった。紛れ込んでいるのではなく、誰かと名を呼び交し合い、ここに存在している。

 

 その実感が、今はただ嬉しかった。

 

「ねぇ、アッシュ」

 

 名前を呼ばれた。テーブルに身を乗り出したリーナだ。

 

「さっき、ソロ冒険者を続けるって言ってたけどさ。前にもしたけど、……私達が同行依頼をしても、引き受けてくれる?」

 

 リーナは笑顔だが、その瞳にはアッシュの腕を掴んでくるような力強さが宿っていた。

 

「もちろん、アッシュが他のパーティの同行依頼を受けてるときは、無理だってのは理解してるよ。私達を優先して欲しいとか、そんなことを言うつもりもないし」

 

 そう言葉を繋いだリーナは、「……ダメ、かな?」と少し上目遣いになる。

 

 黙り込んでいるロイドとオリビアも、アッシュの言葉を待つように視線を向けてくる。アッシュに同行を依頼することに、2人が反対する気配はなかった。アッシュは戸惑いつつも頷く。

 

「いえ……、僕で良ければ、同行させて貰いますよ。ただ、リーナさんが仰ってくれたように、もしも他に依頼を受けて居た場合は、少し待っていただくことになると思います」

 

 ヴァーミルやシャマニ達に続いて、こうも立て続けに同行依頼の話を貰うのは、何だか妙な感覚だった。

 

「つまり、同行してもらえるということだな」

 

 顎を撫でるロイドが嬉しそうに言ったが、そこで「待てよ」と声を低くしたのはレオンだった。

 

「コイツが強ぇってことは、俺も身に染みて知ってる。信頼できるってこともな。同行を依頼するのも納得できるぜ。だがな……」

 

 言いながら眼鏡を指で上げたレオンは、リーナとロイド、オリビアを順に見た。真剣な眼差しだった。

 

「さっきも言ったが、俺達の方が足手纏いになるぞ。……つーかな、同行してきたコイツが」

 

 顔を歪めているレオンが、アッシュに指を向けてくる。

 

「手当たり次第に魔物に襲いかかって殺しまくったら、あとに残るのは肉片と魔骸石だけだ。やることが無くなった俺達は、それを拾い集める係か?」

 

 そんなのは御免だぜと言い足したレオンは、トントンと指でテーブルを叩いた。

 

「俺はな、コイツに同行依頼をするのは反対しねぇ。だがな、コイツの強さに、おんぶにだっこの状態になるのは我慢ならねぇ。俺達が俺達のパーティである意味が無くなっちまう」

 

 そう言い切ったレオンの熱量に圧され、アッシュはおろおろとしそうになる。

 

 だが、このレオンの反対意見は、レオンが自分達のパーティを大事に想っているからこそに違いなかった。

 

「……私も同じことを考えてたよ」

 

 すぐに応じたリーナもまた、レオンに負けないぐらいの真剣な表情だった。

 

「アッシュの力に頼った、ワンマンパーティ化しないためには、どうすればいいかってね。でも、そんなの簡単じゃん? ……っていうか、よくある話でしょ」

 

 リーナは肩から力を抜くように笑った。

 

「アッシュが同行してくれるときは、後衛に固定させてもらうんだよ。私達はいつも通り戦うし、ダンジョン探索の陣形も崩さない」

 

「俺達全体のバックアップを、アッシュに任せるということだな」

 

 低い声で頷いたロイドが、人畜無害な置物みたいになっているアッシュの方を一瞥して、結論を急いだ。

 

 微笑みを浮かべるオリビアが、ゆっくりと、しかし深く頷く。

 

「上級冒険者に支えられながら難関ダンジョンで修行を積むというのは、この業界では珍しくないですね」

 

 オリビアは言いながら、レオンに優しい目を向けた。これなら納得できるかしら、と窺うように。ロイドとリーナも、レオンの反応と意見を待つように顔を向けている。

 

 口を挟むタイミングを全く掴めないアッシュは、行儀よく座っているしかない。だが、何度かレオンの鋭い目線が飛んでくるので、その度に背筋が伸びてしまう。

 

 そのうち、観念したようにレオンが手で顔を擦り、「……分かった」と頷いた。

 

「そういうことなら賛成だ。……同行してくれたときには、安心して俺達の背中を任せるぜ。アッシュ先生よ」

 

 軽口めいた言い方をしたレオンが、そこでようやく表情を和らげる。

 

「先生なんて止めて下さいよ……」

 

 同行を頼まれるアッシュの方が参ってしまいそうだった。ただ、この話がいい方向に纏まったのを見て、満足そうなロイドもアッシュに笑みを向けてくる。

 

「アッシュの都合のいいタイミングで依頼を出せるよう、住んでいる場所を教えてもらった方がいいかもしれん。実際に会って話せば、大抵の依頼話は3分で終わるからな」

 

 断言口調で言うロイドに、「……そう?」とリーナが懐疑的な眼差しを向ける。

 

 だが、「まぁ、住んでるところは訊いておくべきかもな」と頷いたレオンが、混み合う受付と掲示板の前へと視線を流した。

 

「連絡用の掲示板はギルドにもあるが、あの人だかりじゃ使う気になれねぇ」

 

「すぐに埋もれてしまって、あまり便利とは言えませんからね」

 

 オリビアも苦笑しながら続く。「アッシュに依頼を出したくても、またすれ違いばかりになるかもしれませんし」

 

「そう言えばさ……。アッシュは今、どこに住んでんの? 貸し宿から追い出されたとこまでは、私達も知ってるけど」

 

 そこまで言ったリーナが、少しモジモジとした様子で俯き、アッシュの顔色を窺うような横目遣いになる。

 

「も、もしも住むトコに困ってるならさ、その……、私達が泊ってる宿にさ、部屋を取ろうか? 」

 

「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。ローザさんの家の一室を、お借りすることができたので」

 

 「ぅえ!?」

 

 変な声を洩らしたリーナが、思わぬ事態に出くわしたような驚き顔を見せる。そしてその顔を強張らせたまま、視線を彼方此方に泳がせ始めた。

 

「そっ、そうなんだぁ~……。ふ……、ふぅ~~ん? へぇぇぇええ……。そぉぉ? ふぅぅぅ~~んんん?」

 

 震える声を所々で裏返すリーナに続き、「ぁ、アッシュは今、女性と同棲しているのですか……?」と、何故かオリビアが傷ついたような声を出した。

 

 腕を組んだロイドはといえば、アッシュの勇敢さを湛えるような熱い眼差しになる。

 

「噂で聞いたことはあるが、ローザさんの家は豪邸で、あのカルビさん達も一緒に住んでいるのだろう? ……そんな恐ろしい場所に住むことを決めるとは、冒険者の鑑だな」

 

 冷静に考えれば滅茶苦茶に失礼なことを、あんな引き締まった表情で平気で口にするロイドも、なかなか豪胆だとアッシュは思った。

 

「……おいちょっと待て。“カルビさん達”、ってことは、ネージュさんもお前と一つ屋根の下に住んでんのか?」

 

 いきなり険しい表情になったレオンが、重罪人を睨むような眼差しをアッシュに向けてくる。アッシュは僅かに身を引いて、「え、えぇ。まぁ、そうなります」と頷いた。

 

「ローザさんの家には部屋がたくさんあって、エミリアさんや、カルビさん、それにネージュさんも――」

 

「それは許せねぇなぁ……!!」

 

 アッシュが説明している途中だというのに、大声を出したレオンが顔をくしゃくしゃにして机をぶっ叩き、アッシュの言葉を遮った。

 

 ギルドに居た他の冒険者達も、「何だ」「喧嘩か」「やっぱり何か揉めてんだろ」「よくあることだ」などと言いながら視線を流してきていた。

 

「お前、俺がネージュさんの大ファンだってことは知ってるよな?」

 

 重要なことを確かめるような厳しい表情と口調になったレオンに、取りあえずといった感じでアッシュは首を振る。

 

「い、いえ、初耳ですけど……」

 

「いいから聞け」

 

 厳かな表情になったレオンは、これから女神教の聖句でも唱えるかのような、重たい咳払いをした。

 

「これだけはな、言っておかなきゃならねぇ。いいか、お前、もしもネージュさんの風呂や着替えを覗こうなんてしてみやがれ。そン時はなぁ……!」

 

 熱くなったレオンに厄介な絡まれ方をしたアッシュは、それからしばらくの間、ネージュの魅力を力説するレオンに付き合わされ、リーナ達のパーティに囲まれたまま、その場を離れることができなかった。

 

 自分の魂を削り出すような迫真さを持って、ネージュという女性が如何に魅力的かをアッシュに力強く説くレオンは、そのうち、ネージュの過去について少し触れることも語ってくれた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 不定期更新が続いており、申し訳ありません……。

 今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!

 

 

 

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