「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
巨大な地下迷宮然としたトロールダンプの9階層から10階層をつなぐ“大階段”は、下層への岩盤を削り、掘り出すようにして作られたという。
幅は20メートル、段差も300段以上あり、ただの岩の段差でありながら、壮大な建築物のような風情がある。
その“大階段”が口を開けているのは、洞窟の壁や天井を掘り崩して広げたような、ドーム状の広いフロアだ。
地面には石畳が敷かれているものの、壁面の大部分はゴツゴツとした岩が剥き出しになっている。岩壁には幾つものトロール製の魔法ランプが掛けられており、埃っぽく澱んだフロア内は全体的に明るい。
「だぁぁ! クソうぜぇ!」
アッシュ達がその大階段のフロア内に駆け込んだところで、苛立ち混じりの怒声が響いてきた。巨大な生き物が吠え猛るような迫力だった。
「流石に数が多いわね……」
研ぎ澄まされた冷気のような声が、周囲の温度を奪いながらそのあとに続く。
直後だった。
巨体を誇るトロール4体が同時に吹き飛ばされ、急な放物線を描いてアッシュ達の傍へと落下してくる。
しかも、そのうちの2体のトロール達はただ吹っ飛ばされただけでなく、激しく燃えていた。ごうごうと燃えまくっていた。
「UGUE、GUUGAAA……ッ!?」
「GUGEEEEEEeeeeeeッ!!?」
火の玉になって地面に叩きつけられたトロール達は濁った悲鳴を上げ、炎に巻かれて転げまわっている。
あとの2体は、まるで封じ込められるように蒼い氷に覆われていて、地面に叩きつけられてもピクリともしない。青白い冷気が彼らの身体から滲み、床を這うだけだ。
ローザが扱っていた魔法弾も協力だったが、このトロール達は更に強力な凍結魔法を受けた様子である。
焼かれたり氷漬けにされたトロール達が吹き飛んできた方へと、アッシュは視線を向ける。2人の女性冒険者が、トロール達に取り囲まれていた。
「カルビさん! ネージュさん! よォく頑張りましたわ!」
エミリアが大声を張り上げる。
「もう安心ですよォ! 私《わたくし》がやって参りましたわよこの私《わたくし》がァ!! フロアに踏み入り! こぉぉの漆黒の大盾を携えてェ!! 今まさに戦闘に加わろうしていますわよぉォォ!!」
「いや、自分自身の実況はいいから!」
慣れた様子でローザはツッコみつつ、フロア内をざっと見回した。
「……これはちょっと、やばいかも」
このフロアの入り口は3つあり、そのうちの2つから、また別のトロールの集団が姿を見せたのだ。その数も多い。ぱっと見ただけでは正確な数が分からないほどだ。
この階層のトロール達が、一斉に集まって来たのかもしれない。
「トロールの数を削りながら、カルビとネージュに合流しよう……! エミリア、前衛を頼める?」
「もっちろん!! アッシュさんを御守りしながら、仲間の加勢に向かうという方針ですわね! えぇ! 簡単なことではありませんが、こぉぉのスペシャルな私《わたくし》ならば可能ですわ!」
「……では僕も、このまま後方支援を務めます」
杖を握り直したアッシュも、ローザとエミリアに挟まれる陣形を維持し、呼吸を合わせるように駆けだす。
だが、フロアに流れ込んでくるトロールの群れに、正面からは突っ込むことはしない。
取り囲まれてしまわないよう、フロア内に円を描くように移動する。その最中に、アッシュは周りに視線を巡らせていた。
「おいローザ! トロール共の数に飲まれるなよ!」
女性冒険者のうちの一人が、こちらに向けて大声を発した。仲間への呼びかけといった感じだが、どうやらアッシュには気付いていない様子である。
通信用の指輪から聞こえていた声だ。
彼女は、カルビと呼ばれていたはずだ。
「エミリアを盾にして立ち回れ! 馬鹿だけどタンクとしては優秀だかなぁ!」
艶のある褐色の肌と、くすみの無い豪奢な金髪、それに凄絶な美貌を備えた彼女は、赤と黒を基調としたド派手な全身鎧を纏っている。
鎧を着こんでいるにしては細く見えるが、彼女の体型に合わせて展開される魔導武具なのだろう。兜の類はしておらず、力強く金髪を靡かせていた。
彼女が手にしている武器は、非常識なほどに巨大で肉厚な刃を備えた戦斧だ。彼女の持つ魔力が伝導しているのか、戦斧の刃にはメラメラと猛る炎が宿っている。
「トロール共を蹴散らして、さっさと帰るぞ!」
大の男が数人がかりでも持ち上げるのに苦労しそうな大戦斧を、彼女はブォンブォングォングォン!と超豪快に、超豪速で振り回している。
「邪魔だ邪魔だ退け退けぇ!」
振り抜かれた戦斧が唸りを上げるたび、盛大に火の粉が散って、景色を歪ませるように陽炎が躍った。肉厚の刃が描く炎の軌跡は、相対するトロールの巨体を紙くずのように粉砕し、吹き飛ばし、圧し飛ばし、燃え上がらせていく。
彼女は――カルビは、まさに暴力と炎魔法の旋風だった。アッシュ達が居るところまで、熱風が吹き付けてくる。
「魔骸石も装備品も、この量だとアイテムボックスに入りきらないわね」
もう片方の女性冒険者の発した声は、決して大きなものではなかった。
「無益な殺生になるけど、仕方ないわ」
だが、その声音は澄み渡るような冷厳さを湛えていて、戦闘が繰り広げられているドームの中でも不思議と良く通った。
彼女がネージュなのだろう。
彼女も全身鎧を纏っている。黒と蒼を基調にした、神秘的かつ攻撃的な形状と雰囲気の鎧だ。カルビと同じく、兜の類はしていない。青みを帯びた銀色のショートヘアが、冷気に彩られて靡いている。
トロールに囲まれていながら、彼女はその怜悧な美貌に表情らしきものをほとんど浮かべていない。切れ長の眼には湛えられているものは、冷然として冴えきった沈着さのみ。
「せめて今回の冒険は、黒字で終わりたいところだけれど」
彼女の武器は、あんなものを扱えるのかと思えるぐらいに長大な槍だ。巨大な穂先は十字に広がる凶悪な形状をしており、青白い冷気まで放散させている。
あの冷気が強力な魔力によって発生しているのは明白で、大槍の穂先の周りでは、パキパキパキ……と空気が凍りついて軋むようにして、氷の結晶が象られては儚く散っていた。
魔導武具らしき大槍を手にした彼女は、間合いに入ってきたトロール達を即座に突き飛ばし、貫き、盛大に薙ぎ、払い飛ばし、容赦なく打ち据えている。
流麗かつ峻烈な、芸術的な槍捌きだった。
カルビとネージュ、2人の戦闘力は非常に高い次元で拮抗しているのだろう。
大戦斧と大槍が緻密に、精緻に振るわれ、その軌跡をなぞるようにして炎熱と冷気が弧を描いて、トロール達を寄せ付けていない。
カルビが放つ濁った赤橙の魔力と、暗く澄んだネージュの蒼い魔力の線は、幾重にも往復しながらも決して折り重なることなく、まるで結界のようだ。
ただ、明らかに上級冒険者の戦いぶりを見せる彼女達だが、首から下げている認識プレートは上級のものではない。
カルビが『3等級・銅』。
ネージュが『4等級・金』だ。
エミリアにしてもそうだが、彼女達は実力に比べて奇妙なほどに等級が低い。
ドーム内を駆けながらアッシュが和感を覚えたところで、カルビが「おい、ネージュ!」と怒号を発した。
「 もっと気合入れろよ! お前が手を抜いた分、アタシの方にトロールが流れてくるんだよ!」
「手なんて抜いてないけれど……。苦戦しそうになっているなら、それは貴女が弱いだけじゃないの? 足を引っ張らないでよ?」
「あぁ? 誰が弱いだって? もっかい言ってみろよオイ。無期懲役みてぇな目つきの悪さのクセによぉ、澄ましてんじゃねぇぞ」
「はぁ……? 何ですって? 貴女こそ、もう一回同じことを言ってみなさいよ」
「おぉ? なンだぁ? 此処でアタシとやろうってのか?」
「えぇ。氷漬けにしてあげるわ」
「上等だよ。丸焼きにしてやるぜ」
「2人とも、今はケンカしてる場合じゃないって!」
ローザの言う通り、そんな場合ではなさそうだった。近くまで迫ってきていたトロール4体を大盾で薙ぎ倒したエミリアが、声を張り上げる。
「さっきのシャーマンですわ! カルビさんの右! 向こうの通路!」
「マジかよぶっ殺すっていうかお前らも気を抜くなよ!」
「間が悪いトラブル続きね、嫌になるわ……!」
カルビとネージュは剣呑な喧嘩ムードから一転し、再びトロール達との戦闘に戻ろうとしている。どうやら、彼女達はまだアッシュの存在には気付いていないようだ。
ただ、今まさに明確な脅威が現れたのだから、それも当然だろう。
「あれが……」
アッシュも見つけた。
装備の質が、他と明らかに違うトロールが居る。
ヤツは胸当てや兜などではなく、腕輪や首輪などの装飾品をじゃらじゃらと身に着けていて、武器を持っていない。
杖だ。宝石らしきものを鏤めた杖を右手に持ち、左手に水晶玉のようなものを握りこんで、ゆらゆらと身体全体を揺らして何かを唱えている。
トロールのシャーマンだ。
唱えているのは何らかの魔法か。
ダンジョンの通路を崩落させたというのも、あのシャーマンの仕業らしいし、放っておけば強力な魔法を発動させてくるのは間違いない。
先手を取って、ヤツの詠唱を阻みたい。
そう思ったのはアッシュだけでは無かったようだ。
このとき、ローザは既に立ち止まって、ショットガンをぶっ放していた。シャーマンを中心にしたトロールの集団に向けて、立て続けに2発。凍結魔法が籠められた散弾だ。トロール達に向けて無数の魔法円が中空に展開されていく。
ローザの持つ魔導ショットガンの威力は、既にアッシュも知っている。これでシャーマンは片付いたと思いたかったが、そう簡単にはいかなかった。
シャーマンはローザの攻撃に反応していた。
それだけでなく、対抗までしてみせた。
今までの詠唱を中断したヤツは、ローザに向き直って杖を掲げ、「GURU、GUGA、MUGUMU」と、独特のリズムで濁った声を発した。すると、ローザの魔法弾によって展開された無数の魔法円が、音もなく解けて消滅したのだ。
「うげっ!? カウンターマジック……!?」
驚愕したローザが、めちゃくちゃ不味そうに声を震わせた。
相手の魔法を打ち消すカウンターマジックは、発動させるのに最も集中力と精神力を使うとされる魔法の1つとされている。
ごく短い詠唱でカウンターマジックを発動させてみせたシャーマンは、完璧にローザの魔法弾を無効化したのだ。
「GE、GE、GE」
驚いたローザの反応が愉快だったのか。
シャーマンは肩を揺らして笑い声らしきものを漏らしている。
冒険者を相手にした戦闘にも手慣れているようでもある。今までも、幾つもの冒険者パーティを壊滅させてきたのかもしれない。
「思ったよりヤバいかも……! 気を付けて!」
魔法弾を無駄にさせられたローザが、悔しげに歯を噛み締めながら魔導ショットガンに弾を籠めようとしていた。そのローザの身体が、僅かにフラつく。
魔導銃の連続発砲で、魔力を多大に消費したに違いない。
アッシュは僅かに息を乱しているローザを守る位置に立って、再びドーム内に視線を巡らせる。
「……確かに、あのシャーマンだけが特別に厄介ですね」
ヤツに時間を与えるべきではない。だが、そのシャーマンを倒すためには、まずはヤツを守るように陣形を取っているトロール達が邪魔だ。
遠距離攻撃はローザが担当しているようだが、そのローザからの攻撃をシャーマンが防いでしまう以上、接近して倒す必要がある。
「なら、僕が――」
アッシュは踏み出そうとするよりも早く、シャーマンを倒しに動いた者達がいた。
カルビとネージュだ。
「カウンターマジックとは、めんどくせぇ野郎だなオイ!」
「えぇ。先に仕留めましょう」
彼女達はトロールの群れを断ち割り、シャーマンに迫るべく駆け出した。
そんなカルビとネージュの2人に向き直ったシャーマンは、独特なリズムを持つ詠唱を再び開始して、ゆらゆらと腕と身体を揺らし始めている。
かなり危険な雰囲気だった。
何か、厄介な魔法を使ってくると見て間違いない。
「させないっての!」
シャーマン目掛けて、ローザが再び魔導ショットガンを構える。だが、そうはさせまいとトロールの群れも動いた。
ローザとシャーマンの間に壁を作るように、トロール達が隊列を変えたのだ。
「ちょっ……!?」
苛立ったローザの声が聞こえた。
「猪口才《ちょこざい》な真似をしやがりますわね!」
エミリアが鬱陶しそうに舌打ちをした。
目を細めて、アッシュも眉を顰める。
「GUGUGURUuuuuaaaaAA!!」
「GARU、GA、GUUUURURURU!!」
唸り声を交し合うトロール達は、シャーマンを守り抜くことが、自分達の群れの勝利に繋がると信じている様子だった。戦闘種族らしい統率された動きで展開されたのは、まさに肉弾防御の壁だった。
魔導銃でシャーマンを攻撃しようとしても、あれではローザの魔法弾も十分な威力を持ってシャーマンに届かない。そうなれば無駄撃ちになる。
迅速で果断な彼らの群れは、ローザの魔導銃からシャーマンを守る壁になりながら、向かってくるカルビとネージュを迎え撃つべく動きを見せた。
シャーマンを護衛するように付き従っていたトロール達のうち、8体。
彼らは其々に手にした巨大な剣や棍棒や斧を握り締め、咆哮と共に躍り出た。
巨体のトロール達が並んで吠え猛り、猛然と突撃していく様は、圧倒的な暴力の迫力に満ちている。
「いい加減うぜぇ! どきやがれ!」
だが、そんなトロールの群れを正面に相手取ったカルビは、鬱陶しそうに言いながら姿勢を沈め、大戦斧を体ごと1回させた。
そこから更に大きく踏み込み、もう1回転。爆炎が大きな円を2度描いて、押し寄せてくるトロール4体を一斉に両断しながら吹き飛ばしていた。
「これ以上時間を稼がれるのは不味いわ……!」
冷たい声で言うネージュの方は、躍りかかって来た残りのトロール4体を、大槍でいなすようにして順番に刺し貫き、薙ぎ、払い除け、氷漬けにしていく。
一瞬の澱みもなく振るわれる大槍の軌跡には、氷の結晶が美しく煌めき、帯を引いて白く散っていた。
トロールの達を瞬く間に蹴散らしたカルビとネージュは、ぐんぐんとシャーマンとの距離を詰めていく。
だが、間に合わない。
シャーマンの次の詠唱を止めることはできなかった。
「GUMU、MA、GUBUNU、GUGAGUBUBUBU……!」
ゆらゆらと腕や体を揺らしていたシャーマンが、そう唱え終わった瞬間だった。
カルビとネージュの喉と手首、それに足首を拘束するように、濁った緑色の魔法円が二重に浮かんだ。まるで咎人の動きを封じるための枷のように、魔法円はガッチリと彼女たちを捕えている。
「ぐぉ!?」
魔法円に捕らえられたカルビは、大戦斧を担いだままで体勢を崩し、その場にガクンと膝をついた。
「何だこれ、マジかよ!?」
カルビは自分の手首や足首を見てから、苦々しい表情でシャーマントロールを睨んだ。
「あの野郎、バインド系の上位魔法まで使えんのか!?」
「……やっぱり、あのシャーマンだけ普通じゃないわ」
カルビと同じく体勢を崩したネージュも、大槍を杖のように持って何とか倒れずに踏ん張っている。だが、身体の動きを抑制されたあの状態では、近接戦闘は至難の業だろう。
さらに不味いことに、彼女達に嵌った魔法円には恐らく、魔導武具の性能を低下させるような効果もあるのだろう。
カルビが手にしている大戦斧は、先程まで巨大な炎を灯していた。だが、その炎が唐突に薄れて消えたのだ。ネージュの大槍が纏っていた分厚い冷気も、淡く霧散してしまっている。
つまりカルビとネージュは、身動きを大きく封じられたままで、大幅に攻撃力を低下させられたのだ。そして恐らくは、あの鎧の防御力も。
強烈なデバフ効果を受けている2人を見て、トロール達が吼え猛った。やられた仲間の仇討ちのチャンスと見たのだろう。
シャーマンが引き連れているトロール達のうち、また別の6体が武器を振り上げて駆け出し、まだ膝をついているカルビとネージュに襲い掛かかった。
「クソがッ! 下らねぇことになったぜ!」
「戦うしかないわ。足手纏いにならないでよ?」
「うるせぇこっちの台詞だ! 死ぬなよッ!」
「えぇ、上等……!」
余裕のない軽口めいた遣り取りをしながら、彼女たちは立ち上がって応戦してみせる。
だが、さきほどまでとは違い、明らかに押されていた。防戦一方のままで、トロール達に包囲されつつある。
「ヤバ……っ!」
焦った声を出したローザは、エミリアを射線上から外すように僅かに前に出て、魔導ショットガンを慌てて構え直した。
「最悪……!」
だが、撃てない。
彼女達に襲い掛かろうとしているトロール達を魔導銃で撃退しようにも、カルビ、ネージュの2人も一緒に、ローザの魔法弾の効果範囲に巻き込んでしまいかねない。
ローザの扱う魔導銃の強力さが裏目に出ているのが、まさに今の状況だ。更に不味いことに、シャーマンがアッシュ達の方へと身体を向けてきた。
ヤツは再び両手を揺らしながら、「MU、GU、MU、MU……」などと詠唱を始めている。
シャーマンは、カルビとネージュのトドメを他のトロール達に任せて、今度はアッシュ達に狙いを定めることにしたようだ。
「GUMU、MA、GUBUNU、GUGAGUBUBUBU……!」
あの詠唱は、カルビやネージュを捕らえたバインド系統の魔法か。ヤツは間違いなく、エミリアやローザ、それにアッシュの身動きまで封じようとしている。
「くっそぉ……!」
そこでローザは再び、シャーマンに狙いを変えて魔導ショットガンを発砲した。だが、これはやはりシャーマンのカウンターマジックで封殺されてしまう。
シャーマンの魔法攻撃はアッシュ達に対して有効であるのに、ローザの魔法攻撃は通じないのだ。
ただ、シャーマンの詠唱を一時的に中断させているので、一応はローザの魔導銃も牽制としては機能している。だが、シャーマンを倒す決め手にはなりそうにない。
「このままじゃジリ貧じゃん……!」
既に甚大な消耗を強いられているローザは、荒い息のままで汗を拭い、悔しそうに歯噛みしている。
「これは噂に聞く、“大ピンチ”というヤツですわね……!」
周囲に視線を素早く奔らせたエミリアが、迫ってくるトロール達を大盾で殴り飛ばし、追い散らしながらも歯軋りをした。
強烈なデバフ効果を食らい、カルビとネージュは追い詰められつつある。
苦戦している彼女達の許に向かおうにも、アッシュ達の目の前にはまだトロール達が分厚い壁を作っていた。
更には、シャーマンを軸にしたトロールの群れも、エミリアが振るう大盾に怯みながらも、慎重に間合いを測り、逃げることもなく、じりじりと圧し潰すように距離を詰めてくる。
「この私《わたくし》がいくら万夫不当、一騎当千のハイパーメガストロングを誇っているとはいえ、こうも数が多いと……!」
確かにエミリアは強い。たった一人で、前面から寄って来るトロール全てに対処し、ローザとアッシュを守ってくれている。
だが、それ故にエミリアは前進できない。
トロールの数が多過ぎる。
本来なら、こういう状況でこそ、ローザの魔導銃の威力によって、効果的にトロール達を排除できるはずなのだ。
だが、今のローザはシャーマンの詠唱を阻むことに専念させられている。
ローザとエミリアは一緒に戦ってはいるものの、既にその戦力を分断されてしまっているのだ。
このままでは各個撃破されるのも時間の問題である。
だからこそ、今のアッシュには自分に出来ることが明確に見えていた。
「……ローザさん、シャーマンの牽制をお願いします」
アッシュは言いながら、自然と前に踏み出していた。
「前衛のエミリアさんに代わって、僕が前に出ます」
そう言い足しながら、身体から余計な力を抜いていく。
「えっ、でも……!」
そこからローザが言葉を続けるよりも先に、アッシュは身体を前に倒す。極端な前傾姿勢になって地面を蹴り、一気に速度を上げる。
「はや……っ!?」
ローザの驚く声が背中の方で聞こえた。
「あ、アッシュさんッ……!?」
3体のトロールを同時に殴り飛ばしていたエミリアも、声を裏返しながら息を飲む気配があった。
ローザとエミリアを振り返ることなく、アッシュは疾駆する。
杖を握り締めながら、並み居るトロール達の間をすり抜け、飛び越え、飛び移り、足場にして、カルビとネージュの許へと一直線に向かう。
シャーマンにとっても、いきなり駆け出したアッシュの動きは予想外だったのか。
こちらに向けて詠唱を続けていたシャーマンは思わずと言った様子で「UGO!?」と強張った声を出し、アッシュに注意を取られていた。
「どこ見てんの……!」
その隙を突くように、ローザが魔導ショットガンを撃ち出す。
「アンタの相手はこっちでしょ……!」
トロール達の肉弾防御の壁を突き崩す勢いの連射で、カウンターマジックで打ち消せるものなら打ち消してみろと言わんばかりだった。
流石に、これは効果があった。
実際にシャーマンが対処しきれなかった魔法弾が発動し、冷気魔法の散弾が多くのトロールを凍らせながら押し倒し、薙ぎ倒し、シャーマンに迫った。
シャーマンも慌てたように魔法防壁を展開し、更にはカウンターマジックを重ねて唱え、ローザが撃ち出した魔法弾を無効化してみせる。
だがローザは、もうお構いなしだった。
魔法弾を装填しては、次々とショットガンを撃ち込んでいく。弾薬費と命を吐き出すかのような連射。
それに対応するシャーマンも、繰り返しカウンターマジックを被せ続ける。どちらかの魔力が尽きるまで続く、魔法と魔導銃の正面からのぶつかり合いになった。
この魔導銃の連射が、ローザの魔力をごっそりと奪っているのは間違いなかった。険しい表情のローザの顔は汗だくなのに、真っ青になっていく。
だが、今のローザは破れかぶれじゃない。
冷静に力を振り絞っている。
自分にできることを迷いなく遂行している。
勿論ではあるが、シャーマンを護衛しているトロール達も黙っていない。
魔導ショットガンを撃ちまくってくるローザを目掛けて、手にした棍棒や手斧、大型のナイフなどを豪速で投げつけている。
「ローザさんにはァァ、傷一つ負わせなませんわよォォォ!!」
勇ましく声を張ったエミリアは、周りのトロール達を大盾で殴り飛ばし、突き飛ばし、薙ぎ倒しながら、防御姿勢を取ってローザを庇う。投げつけられた数々の武器は、大盾によって悉く弾き飛ばされた。
「MUGUGUGIGIGIGI……!!」
苛立つように声を濁らせて震わせるシャーマンは、ローザが撃ってくる魔法弾を打ち消すことに一杯いっぱいで、アッシュのことをターゲットに出来ずにいる。
懸命なローザが、アッシュのために時間を稼いでくれているのだ。
そしてそのローザを、エミリアが奮戦して防御してくれている。
あの2人と同じように、最善を尽くさねばならないとアッシュは思った。
地面と身体が平行になるぐらいまで身体を傾けて、アッシュは走る。走りながら、身体の感覚が鋭くなっていくのが分かった。今のアッシュには、ドーム内で起こっている全てのことが、やけにゆっくりと見えている。
前を見ろ。
僕に何が出来る?
猛攻撃を仕掛けているトロール6体に対して、カルビとネージュは、押されながらも耐えている。トロール達からの攻撃を弾き、受け止め、時には下がりながらも、致命傷を避けているのだ。
彼女達に加勢する。
それが最優先だ。
――僕は何者なのか……?
不意に、慣れ親しんだそんな自問が、意識の端を通り過ぎて行った。
だが今は、自分が何者であるかなど、どうでも良かった。
思い通りに動く、この身体の性能こそが重要だった。
呼吸にも乱れはない。落ち着いている。
その凪いだ精神に呼応するかのように、アッシュの手の中にある杖が、キィィィーン……と鳴動した。そして中ほどから杖は2つに分かれて、それぞれが短剣へと姿を変えていく。
カルビとネージュを取り囲んで圧殺しようとするトロール達を、アッシュはもう間合いに捉えていた。