「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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杖を剣に

 巨大な地下迷宮然としたトロールダンプの9階層から10階層をつなぐ“大階段”は、下層への岩盤を削り、掘り出すようにして作られたという。幅は20メートル、段差も300段以上あり、ただの岩の段差でありながら、壮大な建築物のような風情がある。

 

 その10階層への入り口である“大階段”が口を開けているのは、洞窟の壁や天井を掘り崩して広げたような、ドーム状の広いフロアだ。

 

 地面には石畳が敷かれているものの、壁面の大部分はゴツゴツとした岩が剥き出しになっている。岩壁には幾つものトロール製の魔法ランプが掛けられており、埃っぽく澱んだフロア内は全体的に明るい。

 

「だぁぁ! クソうぜぇ!」

 

 アッシュ達がその大階段のフロア内に駆け込んだところで、苛立ち混じりの怒声が響いてきた。巨大な生き物が吠え猛るような迫力だった。

 

「流石に数が多いわね……」

 

 研ぎ澄まされた冷気のような声が、周囲の温度を奪いながらそのあとに続く。

 

 直後だった。

 

 巨体を誇るトロール4体が同時に吹き飛ばされ、急な放物線を描いてアッシュ達の傍へと落下してくる。

 

 しかも、そのうちの2体のトロール達はただ吹っ飛ばされただけでなく、激しく燃えていた。ごうごうと燃えまくっていた。

 

「UGUE、GUUGAAA……ッ!?」

「GUGEEEEEEeeeeeeッ!!?」

 

 火の玉になって地面に叩きつけられたトロール達は濁った悲鳴を上げ、炎に巻かれて転げまわっている。

 

 あとの2体は、まるで封じ込められるように蒼い氷に覆われていて、地面に叩きつけられてもピクリともしない。青白い冷気が彼らの身体から滲み、床を這うだけだ。

 

 ローザが扱っていた魔法弾も強力だったが、このトロール達は更に強力な凍結魔法を受けた様子である。

 

 焼かれたり氷漬けにされたトロール達が吹き飛ばされて来た方へと、アッシュは視線を向ける。そこで2人の女性冒険者を見つけた。

 

 トロール達に取り囲まれている彼女達が、ローザとエミリアの仲間に違いなかった。

 

「エミリアは、このまま前衛をお願い! この陣形を維持したまま、私達もトロールを倒そう!」

 

「もっちろん!! アッシュさんを御守りしながら、仲間の加勢も行う!! えぇ! 簡単なことではありませんが、こぉぉのスペシャルな(わたくし)ならば可能ですわ!」

 

 ローザとエミリアは互いに頷き合ってから、アッシュにも頷いて見せた。

 

「……では僕も、引き続き後方支援を務めます」

 

 杖を握り直したアッシュも、ローザとエミリアの2人と視線を交わし、呼吸を合わせるように駆けだす。

 

 カルビとネージュを取り囲んでいるトロールの数は多いが、まだアッシュ達には気付いていない。だが、既にフロア内は濁ったトロール達の咆哮と金属音が渦を巻いている。

 

 正に戦場だ。

 

 あのトロールの群を、何とか切り崩したい。

 

 ただ、小人数であるアッシュ達が全員で戦い抜こうとするならば、自ずと戦い方が限られる。エミリアが大盾でトロール達を追い払いつつ、ローザが魔導銃を撃ち込んでいくというのが、やはり現状では最善だろうか。

 

 ならば、アッシュが前に出る必要性はない。ローザの魔導銃の攻撃範囲を考えれば、エミリアよりも前に出れば邪魔になる可能性もある。

 

 後方支援を任されている以上、彼女達が負傷したときのために、アッシュが健在である必要もある。

 

 今のアッシュに出来ることは、前衛のエミリアではカバーしにくい、背面や横合いからの不意打ち、あるいは投擲攻撃からローザを守ることだ。

 

「失せろ失せろ!」

 

 アッシュ達がフロア内を駆けだしてすぐだった。

 

 女性冒険者のうちの一人が、先ほどと同じように乱暴な声で叫んだ。トロール達を怒鳴りつけて、その声だけで押しのけるような迫力がある。

 

 通信用の指輪から聞こえていた声だ。

 確か彼女は、ローザ達からカルビと呼ばれていたはずだ。

 

「お前らの装備も魔骸石も、もうアイテムボックスに入らねぇんだよ!」

 

 艶のある褐色の肌と、くすみの無い豪奢な金髪、それに凄絶な美貌を備えた彼女は、赤と黒を基調としたド派手な全身鎧を纏っている。

 

 鎧を着こんでいるにしては細く見えるが、彼女の体型に合わせて展開される魔法装備なのだろう。兜の類はしておらず、力強く金髪を靡かせていた。

 

 彼女が手にしている武器は、非常識なほどに巨大で肉厚な刃を備えた戦斧だ。彼女の持つ魔力が伝導しているのか、戦斧の刃にはメラメラと猛る炎が宿っている。

 

「邪魔だ邪魔だ退け退けェ!!」

 

 大の男が数人がかりでも持ち上げるのに苦労しそうな大戦斧を、彼女はブォンブォングォングォン!と超豪快に、超豪速で振り回している。

 

 だが、ただの力任せというふうではない。足捌きや重心の移動など、洗練された確かな技術によって斧を振るっているのだろう。彼女の攻撃は大振りだが、その動作には無駄や隙が無い。

 

 振り抜かれた戦斧が唸りを上げるたび、盛大に火の粉が散って、景色を歪ませるように陽炎が躍った。肉厚の刃が描く炎の軌跡は、相対するトロールの巨体を紙くずのように粉砕し、吹き飛ばし、圧し飛ばし、燃え上がらせていく。

 

 彼女は――カルビは、まさに暴力と炎魔法の旋風だった。アッシュ達が居るところまで、熱風が吹き付けてくる。

 

「残念だけど、私のアイテムボックスも一杯よ」

 

 もう片方の女性冒険者の発した声は、決して大きなものではなかった。だが、その声音は澄み渡るような冷厳さを湛えていて、戦闘が繰り広げられているドームの中でも不思議と良く通った。

 

 彼女こそがネージュなのだろう。

 

 彼女も全身鎧を纏っている。黒と蒼を基調にした、神秘的かつ攻撃的な形状と雰囲気の鎧だ。カルビと同じく、兜の類はしていない。青みを帯びた銀色のショートヘアが、冷気に彩られて靡いている。

 

 トロールに囲まれていながら、彼女はその怜悧な美貌に表情らしきものをほとんど浮かべていない。切れ長の眼には湛えられているものは、冷然として冴えきった沈着さのみだ。

 

「ここからは無駄な戦闘と殺生になるけど、仕方ないわ」

 

 彼女の武器は、あんなものを扱えるのかと思えるぐらいに長大な槍だ。巨大な穂先は十字に広がる凶悪な形状をしており、青白い冷気まで放散させている。

 

 あの冷気が強力な魔力によって発生しているのは明白で、大槍の穂先の周りでは、パキパキパキ……と空気が凍りついて軋むようにして、氷の結晶が象られては儚く散っていた。

 

 魔導武具らしき大槍を手にした彼女は、間合いに入ってきたトロール達を即座に突き飛ばし、貫き、盛大に薙ぎ、払い飛ばし、容赦なく打ち据えている。流麗かつ峻烈な、芸術的な槍捌きだった。

 

 取り囲んでくるトロールを蹴散らしながらも、彼女達の戦斧と大槍は、寸でのところで干渉していない。こういった乱戦を得意としているだろう。カルビとネージュの2人は絶妙な距離を保ち、完成された攻撃連携をとっていた。

 

 カルビが放つ濁った赤橙の魔力と、暗く澄んだネージュの蒼い魔力の線は、まるで結界のような密度で幾重にも往復しながらも、決して折り重ならないままトロール達を寄せ付けず、圧倒している。

 

 大戦斧と大槍が緻密に、精緻に振るわれ、その軌跡をなぞるようにして炎熱と冷気が弧を描いく。カルビとネージュ、2人の戦闘力が非常に高い次元で拮抗しているからこそ可能な芸当なのだろう。

 

 ただ、彼女達の共同戦線は長く続かなかった。

 

「おい、ネージュ! もっと気合入れろよ! お前が手を抜いた分、アタシの方にトロールが流れてくるんだよ!」

 

「手なんて抜いてないけれど……。苦戦しそうになっているなら、それは貴女が弱いだけじゃないの? 足を引っ張らないでよ?」

 

「あぁ? 誰が弱いだって? もっかい言ってみろよオイ。無期懲役みてぇな目つきの悪さのクセによぉ、澄ましてんじゃねぇぞ」

 

「はぁ……? 何ですって? 貴女こそ、もう一回同じことを言ってみなさいよ」

 

「おぉ? なンだぁ? 此処でアタシとやろうってのか?」

 

「えぇ。氷漬けにしてあげるわ」

 

「上等だよ。丸焼きにしてやるぜ」

 

 つい今まで発揮されていた芸術的な連携は、一体どこに行ったのか。

 

 2人の女性冒険者は言い合うだけでなく、取り囲んでくるトロールの集団などそっちのけで互いに睨み合って、今にも決闘まで始めそうな雰囲気まで放ち始めた。

 

 彼女達の纏う魔力と、お互いが相手に向ける威圧感が混ざり合っているのか。ドーム内の空気がビリビリと震えだしている。

 

 彼女達が放ち始めた不穏で剣呑な、かつ険悪なムードに、トロール達も攻める手を止め、不安げに顔を見合わせていた。「こいつ等の傍に居ると不味いんじゃないか?」「巻き込まれるんじゃないか?」といった感じで狼狽え、少しずつ後退りしている。

 

 そんな空気を一切読まず、真面目な顔のエミリアが大声を張り上げた。

 

「カルビさん! ネージュさん! よォく頑張りましたわ! もう安心ですよォ! (わたくし)がやって参りましたわよこの(わたくし)がァ!! フロアに踏み入り! こぉぉの漆黒の大盾を携えてェ!! 今まさに戦闘に加わろうしていますわよぉォォ!!」

 

「いや、自分自身の実況はいいから!」

 

 慣れた様子でローザはツッコみ、トロール達をそっちのけで睨み合っているカルビとネージュにも大声を飛ばした。

 

「2人とも、今はケンカしてる場合じゃないって!」

 

 ローザの言う通り、そんな場合ではなさそうだった。

 

 エミリアとローザの大声で、トロール達の群の一部がアッシュ達に気付いた。彼らはアッシュ達に標的を変えたようで、ぞろぞろっと此方に向かってくる。それだけでも十分に緊張すべき事態だが、状況は更に変わりつつある。

 

 しかも悪い方へ。

 

 このフロアの入り口は3つあり、そのうちの1つから、また別のトロールの集団が姿を見せたのだ。その数も多い。ぱっと見ただけでは正確な数が分からない。

 

 とにかく、フロア内の敵が一気に増えた。

 この階層のトロール達が、一斉に集まって来たのかもしれない。

 

 ローザとエミリアに挟まれる陣形を維持し、走りながら、アッシュは周りに視線を巡らせる。トロール達の群れは、ローザ達3人と、カルビとネージュの2人を分断するように密度を増していくのが分かる。

 

「さっきのシャーマンだよ! カルビの右! 向こうの通路!」

 

「マジかよぶっ殺すっていうかローザお前らも気を抜くなよ!」

 

「エミリアも来たから戦力も整ったけれど、トロールの数が減らないわね……!」

 

 カルビとネージュは剣呑な喧嘩ムードから一転し、再びトロール達との戦闘に戻ろうとしている。どうやら、彼女達はまだアッシュの存在には気付いていないようだ。

 

 ただ、今まさに明確な脅威が現れたのだから、それも当然だろう。

 

 「あれが……」

 

 アッシュも見つけた。

 装備の質が、他と明らかに違うトロールが居る。

 

 ヤツは胸当てや兜などではなく、腕輪や首輪などの装飾品をじゃらじゃらと身に着けていて、武器を持っていない。杖だ。宝石らしきものを鏤めた杖を右手に持ち、左手に水晶玉のようなものを握りこんで、ゆらゆらと身体全体を揺らして何かを唱えている。

 

 間違いない。

 トロールのシャーマンだ。

 

 唱えているのは何らかの魔法か。止めなければ不味いことになる。ダンジョンの通路を崩落させたというのも、あのシャーマンの仕業らしいし、放っておけば強力な魔法を発動させてくるのは間違いない。

 

 先手を取って、ヤツの詠唱を阻みたい。

 そう思ったのはアッシュだけでは無かったようだ。

 

 このとき、ローザは既に立ち止まって、ショットガンをぶっ放していた。シャーマンを中心にしたトロールの集団に向けて、立て続けに2発。凍結魔法が籠められた散弾だ。トロール達に向けて無数の魔法円が中空に展開されていく。

 

 ローザの持つ魔導ショットガンの威力は、既にアッシュも知っている。これでシャーマンは片付いたと思いたかったが、そう簡単にはいかなかった。

 

 シャーマンはローザの攻撃に反応していた。

 それだけでなく、対抗までしてみせた。

 

 今までの詠唱を中断したヤツは、ローザに向き直って杖を掲げ、「GURU、GUGA、MUGUMU」と、独特のリズムで濁った声を発した。すると、ローザの魔法弾によって展開された無数の魔法円が、音もなく解けて消滅したのだ。

 

「うげっ!? カウンターマジック……!?」

 

 驚愕したローザが、めちゃくちゃ不味そうに声を震わせた。

 

 相手の魔法を打ち消すカウンターマジックは、魔術を専門に扱う上位職の魔導師であっても、発動させるのに最も集中力と精神力を使うとされる魔法の1つだ。

 

 ごく短い詠唱でカウンターマジックを発動させたシャーマンは、完璧にローザの魔法弾を無効化したのだ。恐らくは、バフやデバフ、突き詰めれば治癒魔法も打ち消すこともできるのだろう。

 

 並のトロールなどよりも、遥かに厄介な存在だ。

 

 しかもシャーマンは強力な魔法を扱えるだけでなく、冒険者を相手にした戦闘にも手慣れているようでもある。今までも、幾つもの冒険者パーティを壊滅させてきたのかもしれない。

 

「GE、GE、GE……!」

 

 驚いたローザの反応が愉快だったのか。

 シャーマンは肩を揺らして笑い声らしきものを漏らしている。

 

「思ったよりヤバいかも……! 気を付けて!」

 

 魔法弾を無駄にさせられたローザが悔しげに言いながら、魔導ショットガンに弾を籠めようとしていた。そのローザの身体が、僅かにフラつくのが分かった。魔導銃を発砲するには、使用者の魔力を多大に消費するのだという、先程のローザの話を思い出す。

 

「このままでは取り囲まれますね……」

 

 アッシュは僅かに息を乱しているローザを守る位置に立って、再びドーム内に視線を巡らせる。ローザの魔法弾は打ち消されてしまったものの、状況的にはローザの仲間であるカルビ、ネージュの方が優勢だ。

 

 「ヌゥオォォーーッホッホッホッホォオオンンンヌゥウ! 無問題ですわぁ! アッシュさん! シャーマン以外のトロールなど、恐るるに足らぁぁぁず!! 私の敵ではございませんことよォ!!」

 

 巨大盾を鎖付き鉄球のごとく振り回して、詰め寄ってくるトロール共を蹴散らしていくエミリアの戦力も大きい。

 

 だが、やはり未知数であるのはシャーマンの力だ。

 

 ヤツに時間を与えるべきではない。だが、そのシャーマンを倒すためには、まずはヤツを守るように陣形を取っているトロール達が邪魔だ。

 

 今しがたアッシュも意識したことだが、ローザ達のパーティには魔術士が居ない。遠距離攻撃はローザが担当しているようだが、そのローザからの攻撃をシャーマンが防いでしまう以上、接近して倒す必要がある。

 

 「なら、僕が――」

 

 アッシュは踏み出そうとしたが、それも無理だった。

 ローザを狙った投擲攻撃が横合いから来た。投げ槍だ。

 4本。豪速で飛んでくる。

 

「……っ」

 

 ローザを庇うように素早く回り込んだアッシュは、投げ槍の1本を杖で弾き飛ばした。もう1本を叩き落とし、更に次の1本を払い飛ばす。最後に飛んで来た1本に対して、アッシュは身体を横に1回転させつつ跳躍する。

 

 飛んできた投げ槍を巻き込むように体を撓らせ、アッシュは空中で、素手で槍を掴んだ。回転させた体の勢いを殺さず、着地と同時に身体を捻り、投げ槍をそのまま投げ返した。

 

「BU、……Aッ!?」

 

 投げ返されるとは思わなかったのか。アッシュが投げた槍は、反応が遅れたトロールの群の1体の、その眉間に吸い込まれるように突き刺さった。

 

「え、今のスゴ……」

 

このアッシュの反撃を見たローザは目を瞠って驚いていたが、すぐに汗を拭ってシャーマンの方へと身体を向けた。ショットガンの次弾装填は終わったようだ。

 

「ありがとうアッシュ君、依頼料は弾ませて貰うねッ!」

 

「い、いえ、普通でお願いします。……ローザさんを守るのは、僕の役割ですから」

 

 ローザに視線だけを返して、アッシュは自分自身に言い聞かせるように応じる。

 

 投擲攻撃をそのまま返されるとは思わなかったのか。トロール達は、続けて何かをアッシュに投げつけるのを躊躇したようだ。

 

 遠距離攻撃ではなく、距離を詰めて来ることを優先した。

 

 トロールの数の多さは、それだけで脅威だ。アッシュ達は包囲されつつある。だが、そんなアッシュ達に代わり、シャーマンを倒しに動いた者達がいた。カルビとネージュだ。

 

 「カウンターマジックとは、めんどくせぇ野郎だなオイ!」

 

 「えぇ。先に仕留めましょう」

 

 彼女達はトロールの群れを断ち割り、シャーマンに迫るべく駆け出した。

 

 そんなカルビとネージュの2人に向き直ったシャーマンは、独特なリズムを持つ詠唱を再び開始して、ゆらゆらと腕と身体を揺らし始めている。

 

 かなり危険な雰囲気だった。

 何か、厄介な魔法を使ってくると見て間違いない。

 

「させないっての!」

 

 シャーマン目掛けて、ローザが再び魔導ショットガンを構える。だが、そうはさせまいとトロールの群れも動いた。

 

「ちょっ……!?」

 

 苛立ったローザの声が聞こえた。

 

「猪口才な真似をしやがりますわねッ!」

 

 エミリアが鬱陶しそうに舌打ちをした。

 

「……」

 

 目を細めて、アッシュも眉を顰める。

 

 ローザとシャーマンの間に壁を作るように、トロール達が隊列を変えたのだ。

 

「GUGUGURUuuuuaaaaAA!!」

「GARU、GA、GUUUURURURU!!」

 

 唸り声を交し合うトロール達は、シャーマンを守り抜くことが、自分達の群れの勝利に繋がると信じている様子だった。戦闘種族らしい、迷いのない、それでいて統率された動きで展開されたのは、まさに肉弾防御の壁だった。

 

 魔導銃でシャーマンを攻撃しようとしても、あれではローザの魔法弾も十分な威力を持ってシャーマンに届かない。そうなれば無駄撃ちだ。

 

 しかも、シャーマンを守る防壁はただの壁ではなく、攻撃の意思をもったトロールの壁だ。シャーマンを守りながらも、こっちに迫ってくる。じっとしていては飲み込まれてしまう。

 

「エミリア! 私達は横から回り込もう!」

 

 軽く唇を噛んだローザは、大盾を右へ左へと振り回して、トロール達を追い払い、殴り倒し、殴り飛ばしているエミリアに叫んだ。

 

「カルビとネージュと合流さえ出来れば、シャーマンも倒せると思う!」

 

合点承知(がってんしょうち)(すけ)! ですわァ!!」

 

 ローザの提案に、エミリアは即座に反応した。

 

 ぶん回していた盾を引き寄せるついでに、横合いから飛びかかって来ていたトロール2体を盾と篭手で殴り飛ばしたエミリアが、アッシュとローザの前に出て、先行してくれる。

 

「GURURURUAA!!」

「GAU!GAU!GUUURUA!!」

 

 互いに指示を出し合うように吠え声を交わしたトロール達の動きは、まさに戦士だけで構成されたパーティのようだった。

 

 迅速で果断な彼らの群れは、まず、シャーマンに向かってくるカルビとネージュを迎え撃つべく動きを見せた。

 

 シャーマンを護衛するように付き従っていたトロール達のうち、8体だ。彼らは其々に手にした巨大な剣や棍棒や斧を握り締め、咆哮と共に躍り出た。

 

 巨体のトロール達が並んで吠え猛り、猛然と突撃していく様は、圧倒的な暴力の迫力に満ちている。

 

「いい加減うぜぇ! どきやがれ!」

 

 だが、そんなトロールの群れを正面に相手取ったカルビは、鬱陶しそうに言いながら姿勢を沈め、大戦斧を体ごと1回転させた。そこから更に大きく踏み込み、もう1回転。爆炎が大きな円を2度描いて、押し寄せてくるトロール4体を一斉に両断しながら吹き飛ばしていた。

 

「これ以上時間を稼がれるのは不味いわ……!」

 

 冷たい声で言うネージュの方は、躍りかかって来た残りのトロール4体を、大槍でいなすようにして順番に刺し貫き、薙ぎ、払い除け、氷漬けにしていく。一瞬の澱みもなく振るわれる大槍の軌跡には、氷の結晶が美しく煌めき、帯を引いて白く散っていた。

 

 トロールの達を瞬く間に蹴散らしたカルビとネージュは、ぐんぐんとシャーマンとの距離を詰めていく。

 

 だが、間に合わない。

 シャーマンの次の詠唱を止めることはできなかった。

 

「GUMU、MA、GUBUNU、GUGAGUBUBUBU……!」

 

 ゆらゆらと腕や体を揺らしていたシャーマンが、そう唱え終わった瞬間だった。

 

 カルビとネージュの喉と手首、それに足首を拘束するように、濁った緑色の魔法円が二重に浮かんだ。まるで咎人の動きを封じるための枷のように、魔法円はガッチリと彼女たちを捕えている。

 

「ぐぉ!?」

 

 魔法円に捕らえられたカルビは、大戦斧を担いだままで体勢を崩し、その場にガクンと膝をついた。

 

「何だこれ、マジかよ!?」

 

 カルビは自分の手首や足首を見てから、苦々しい表情でシャーマントロールを睨んだ。

 

「あの野郎、バインド系の上位魔法まで使えんのか!?」

 

「……やっぱり、あのシャーマンだけ普通じゃないわ」

 

 カルビと同じく体勢を崩したネージュも、大槍を杖のように持って何とか倒れずに踏ん張って見せている。だが、身体の動きを抑制された状態では、近接戦闘は至難の業だろう。

 

 さらに不味いことに、彼女達に嵌った魔法円には恐らく、魔導武具の性能を低下させるような効果もあるのだろう。

 

 カルビが手にしている大戦斧は、先程まで巨大な炎を灯していた筈だ。だが、その炎が唐突に薄れて消えたのだ。ネージュの大槍が纏っていた分厚い冷気も、淡く霧散してしまっている。

 

 つまりカルビとネージュは、身動きを大きく封じられたままで、大幅に攻撃力を低下させられたのだ。そして恐らくは、あの鎧の防御力も。

 

強烈なデバフ効果を受けている2人を見て、トロール達が吼え猛った。やられた仲間の仇討ちのチャンスと見たのだろう。

 

 シャーマンが引き連れているトロール達のうち、また別の6体が武器を振り上げて駆け出し、まだ膝をついているカルビとネージュに襲い掛かかった。

 

「クソがッ! 下らねぇことになったぜ!」

 

「戦うしかないわ。足手纏いにならないでよ?」

 

「うるせぇこっちの台詞だ! 死ぬなよッ!」

 

「えぇ、上等……!」

 

 余裕のない軽口めいた遣り取りをしながら、彼女たちは立ち上がって応戦してみせる。だが、さきほどまでとは違い、明らかに押されていた。防戦一方のままで、トロール達に包囲されつつある。

 

「ヤバ……っ!」

 

 焦った声を出したローザは、エミリアを射線上から外すように僅かに前に出て、魔導ショットガンを慌てて構え直した。だが、撃てない。

 

 彼女達に襲い掛かろうとしているトロール達を魔導銃で撃退しようにも、カルビ、ネージュの2人も一緒に、ローザの魔法弾の効果範囲に巻き込んでしまいかねない。

 

 この時も、アッシュは冷静に周りを見ていた。

 

 本来ならローザは、多くの魔術士の後衛がそうであるように、もっと味方の近くで魔法攻撃を行っている筈だと思った。味方との距離が離れれば離れるほど、強力な魔法攻撃での援護は難しくなるからだ。

 

 ローザの扱う魔導銃の強力さが裏目に出ているのが、まさに今の状況だ。更に不味いことに、シャーマンがアッシュ達の方へと身体を向けてきた。

 

 ヤツは再び両手を揺らしながら、「MU、GU、MU、MU……」などと詠唱を始めている。

 

 シャーマンは、カルビとネージュのトドメを他のトロール達に任せて、今度はアッシュ達に狙いを定めることにしたようだ。

 

 「GUMU、MA、GUBUNU、GUGAGUBUBUBU……!」

 

 あの詠唱は、カルビやネージュを捕らえたバインド系統の魔法か。ヤツは間違いなく、エミリアやローザ、それにアッシュの身動きまで封じようとしている。

 

 「くっそぉ……!」

 

 そこでローザは再び、シャーマンに狙いを変えて魔導ショットガンを発砲した。だが、これはやはりシャーマンのカウンターマジックで封殺されてしまう。シャーマンの魔法攻撃はアッシュ達に対して有効であるのに、ローザの魔法攻撃は通じないのだ。

 

 ただ、シャーマンの詠唱を一時的に中断させているので、一応はローザの魔導銃も牽制としては機能している。だが、シャーマンを倒す決め手にはなりそうにない。

 

「このままじゃジリ貧じゃん……!」

 

 既に甚大な消耗を強いられているローザは、荒い息のままで汗を拭い、悔しそうに歯噛みしている。

 

「これは噂に聞く、“大ピンチ”というヤツですわね……!」

 

 周囲に視線を素早く奔らせたエミリアが、迫ってくるトロール達を大盾で殴り飛ばし、追い散らしながらも歯軋りをした。

 

「GU、MU、RU、GA、MUGU、GARO、GU……!」

 

 まるで指揮者のように指や腕を振り、他のトロール達に指示を飛ばしている様子のシャーマンは身体を揺らし、詠唱を再開しようとする。

 

「しつこいっての!」

 

 忌々しそうに言いながら、ローザが再び魔導ショットガンを撃ち出す。シャーマントロールは詠唱を中断し、さらにカウンターマジックでこれを無効化してくる。

 

「このままじゃ2人が……!」

 

 息を荒くしているローザは、魔導ショットガンに素早く魔法弾を込める。トロール達を相手取っているエミリアも、鋭く舌打ちをしたのが聞こえた。

 

 身動きを封じられてしまったカルビとネージュの許に向かおうにも、アッシュ達の目の前にはまだトロール達が壁を作っている。このままでは、別のトロール達に襲われようとしている2人を助けにいけない。

 

 更には、シャーマンを軸にしたトロール達に群れも、エミリアが振るう大盾に怯みながらも、慎重に間合いを測り、逃げることもなく、じりじりと圧し潰すように距離を詰めて来ている。

 

「この(わたくし)がいくら万夫不当、一騎当千のメガストロングを誇っているとはいえ、こうも数が多いと……!」

 

 確かにエミリアは強い。たった一人で、前面から寄って来るトロール全てに対処し、ローザとアッシュを守ってくれている。だが、それ故にエミリアは前進できない。周りに居るトロールの数が多過ぎるせいだ。

 

 こんな状況でも、本来ならローザの魔導銃で効果的にトロール達を排除できるのかもしれない。だが、今のローザはシャーマンの詠唱を阻むことに専念させられている。

 

 ローザとエミリアは一緒に戦ってはいるものの、既にその戦力を分断されてしまっているのだ。

 

 このままでは各個撃破されるのも時間の問題に見え、状況は一気に最悪に近づこうとしている。

 

 だからこそ、今のアッシュには自分に出来ることが明確に見えていた。

 

 このドームのフロアに踏み入ってからのアッシュは、いや、ローザの同行依頼を受けてから、治癒術士としての役割に忠実であろうとしていた。

 

 エミリアとローザの回復役として、彼女達に守られながら、常に後方支援だった。後衛として、的確に後手を担う。それがこの同行依頼における、アッシュの明確な“役割”だった。

 

 同時に、アッシュがこの場に居る意味であり、価値だった。

 

 だが今は、状況が大きく変わった。

 

 シャーマンによるバインド系統の魔法により、手足を拘束されているカルビとネージュは、一時的な戦闘不能状態だ。誰かが彼女達のカバーに入らなければならない。

 

 しかし、近接戦闘で力を発揮しているエミリアは、ローザとアッシュの壁役として踏ん張ってくれている最中だ。大きくは動けない。ローザの魔導銃では、その威力と位置的な問題で、カルビとネージュの2人を援護できない。

 

 しかし、アッシュならば――。

 

「……ローザさん、シャーマンの牽制をお願いします」

 

 アッシュは言いながら、自然と前に踏み出していた。

 

「投擲攻撃には十分に気をつけて下さい」

 

 言い足しながら、身体から余計な力を抜いていく。

 

「僕が、あの2人をカバーします」

 

「えっ、でも……!」

 

 そこからローザが言葉を続けるよりも先に、アッシュは身体を前に倒す。極端な前傾姿勢になって地面を蹴り、一気に速度を上げる。

 

「はや……っ!?」というローザの驚く声が背中の方で聞こえた。

 

「あ、アッシュさんッ……!?」

 

 3体のトロールを同時に殴り飛ばしていたエミリアも、声を裏返しながら息を飲む気配があった。

 

 ローザとエミリアを振り返ることなく、アッシュは身体を前に倒して疾駆する。杖を握り締めながら、並み居るトロール達の間をすり抜け、飛び越え、飛び移り、足場にして、カルビとネージュの許へと一直線に向かう。

 

 シャーマンにとっても、いきなり駆け出したアッシュの動きは予想外だったのか。

 

 こちらに向けて詠唱を続けていたシャーマンは思わずと言った様子で「UGO!?」と強張った声を出し、アッシュに注意を取られていた。

 

「どこ見てんの……!」

 

 その隙を突くように、ローザが魔導ショットガンを撃ち出す。

 

「アンタの恋人はこっちでしょ……!」

 

 トロール達の肉弾防御の壁を突き崩す勢いの連射で、カウンターマジックで打ち消せるものなら打ち消してみろと言わんばかりだった。

 

 流石に、これは効果があった。

 

 実際にシャーマンが対処しきれなかった魔法弾が発動し、冷気魔法の散弾が多くのトロールを凍らせながら押し倒し、薙ぎ倒し、シャーマンに迫った。

 

 シャーマンも慌てたように魔法防壁を展開し、更にはカウンターマジックを重ねて唱え、ローザが撃ち出した魔法弾を無効化してみせる。

 

だがローザは、もうお構いなしだった。魔法弾を装填しては、次々とショットガンを撃ち込んでいく。弾薬費と命を吐き出すかのような連射だった。

 

 それに対応するシャーマンも、繰り返しカウンターマジックを被せ続ける。どちらかの魔力が尽きるまで続く、魔法と魔導銃の正面からのぶつかり合いになった。

 

 あの後先の無い魔法弾の連射が、ローザの魔力をごっそりと奪っているのは間違いなかった。険しい表情のローザの顔は汗だくなのに、真っ青だった。

 

 だが、今のローザは破れかぶれじゃない。

 冷静に力を振り絞っている。

 自分にできることを迷いなく遂行している。

 

 勿論ではあるが、シャーマンを護衛しているトロール達も黙っていない。魔導ショットガンを撃ちまくってくるローザを目掛けて、手にした棍棒や手斧、大型のナイフなどを豪速で投げつけている。

 

「ではアッシュさんの恋人候補は、やはりこの(わたくし)というコトッ!?」

 

 珍妙な天啓でも受けたように声を張ったエミリアは赤面しつつ、周りのトロール達を大盾で殴り飛ばし、突き飛ばし、薙ぎ倒しながら、防御姿勢を取ってローザを庇う。投げつけられた数々の武器は、やはりエミリアの大盾によって悉く弾き飛ばされた。

 

「や、それはアッシュ君次第だって……!」

 

 盾に守られたローザは荒い息をつきながら、エミリアにツッコミを入れた。そして、すかさず反撃に戻る。歯を食い縛るローザは、魔導ショットガンによるシャーマンへの牽制を緩めない。

 

「MUGUGUGIGIGIGI……!!」

 

 苛立つように声を濁らせて震わせるシャーマンは、ローザが撃ってくる魔法弾を打ち消すことに一杯いっぱいで、アッシュのことをターゲットに出来ずにいる。

 

 懸命なローザが、アッシュのために時間を稼いでくれているのだ。

 そしてそのローザを、エミリアが防御してくれている。

 

 あの2人と同じように、今の自分に出来る最善を尽くさねばならないとアッシュは思った。

 

 地面と身体が平行になるぐらいまで身体を傾けて、アッシュは走る。走りながら、身体の感覚が鋭くなっていくのが分かった。今のアッシュには、ドーム内で起こっている全てのことが、やけにゆっくりと見えている。

 

 前を見ろ。

 僕に何が出来る?

 

 猛攻撃を仕掛けているトロール6体に対して、カルビとネージュは、押されながらも耐えている。トロール達からの攻撃を弾き、受け止め、時には下がりながらも、致命傷を避けているのだ。

 

 彼女達に加勢する。

 それが最優先だ。

 

 ――僕は何者なのか……?

 

 不意に、慣れ親しんだそんな自問が、意識の端を通り過ぎて行った。

 

 だが今は、自分が何者であるかなど、どうでも良かった。

 思い通りに動く、この身体の性能こそが重要だった。

 

 呼吸にも乱れはない。落ち着いている。

 

 その凪いだ精神に呼応するかのように、アッシュの手の中にある杖が、キィィィーン……と鳴動した。そして中ほどから杖は2つに分かれて、それぞれが短剣へと姿を変えていく。

 

 トロールの真っただ中に向かっていく今のアッシュは、求められた回復役としては無意味で無価値かもしれない。だが、この場での最善を尽くすという“役割”の中に、アッシュはまだ留まっている。

 

 二振りの短剣を両手に握り、アッシュは息を吸い込み、吐き出さずに止める。次の瞬間には、カルビとネージュを囲んだトロール達を、アッシュは間合いに捉えていた。

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