「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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第69話 新たな設問を胸に2

 

 

 

 レオンが言うには、かつてのネージュは上級冒険者パーティである、『魔女同盟』に所属していたらしい。

 

 『魔女同盟』はその名の通り女性を中心としたパーティであり、強力な魔法を駆使して魔物を殲滅することで知られ、その実力も、アードベルで活動している上級冒険者のパーティ、クランの中でも5指に入ると言われている。

 

 その『魔女同盟』の中でのネージュの立ち位置はと言えば、やはり前衛だった。

 

 水属性と氷属性を複合させた防御魔法に長け、大槍を自在に操って近距離戦闘をこなすネージュが他のメンバーを守り、その間に、後衛の“魔女”達が強力な魔法を編み上げ、発動させる。

 

 この『魔女同盟』の戦い方は、冒険者ならば誰でも知っているような基本的な連携ではあったが、その破壊力は桁違いであり、誰もが恐れていたと言う。

 

 だが、ある時を境に、ネージュは『魔女同盟』から離れて、ソロ冒険者として活動するようになった。

 

 そして、駆け出し冒険者であった頃のレオンは、当時のネージュに助けられたという話だった。

 

「5等級だった頃の俺は、まだリーナ達とは出会ってなくてな。あの時は、5等級と4等級だけのパーティだった。だからとにかく、俺達のパーティは貢献度と報酬が欲しかった。早く上級になって、稼ぎのいい依頼を受けたかったんだ」

 

 表情を硬くしたレオンは、くいっとメガネを指で押し上げ、アッシュを見詰めてくる。

 

 その眼差しには、『さぁ、ここらだぞ。ネージュさんと俺の大事な出会いのシーンを語るから、心して聴け』という暑苦しいメッセージが含まれていた。

 

 ただアッシュとしては、ネージュの過去の一面を知りたいと思っていたし、それを熱心に語ってくれるレオンにも感謝しつつ、相槌の代わりに真面目な頷きを返す。

 

 その真剣なアッシュの態度が気に入ったのか、レオンは前のめりになって語り出す。

 

「それで背伸びした俺達は、“ガイダスノート”に潜ったんだよ。力試しと修行も兼ねてな」

 

「低級冒険者ばかりで、あの地底城塞を攻めたのか?」

 

 身体を僅かに仰け反らせたロイドが、呆れと驚きを混ぜたような表情でレオンを見つめ、低い声を滑り込ませてきた。

 

「よく無事だったな……。上級クランでも、長期間の探索は諦めるダンジョンだぞ」

 

 ロイドに頷いて真顔になったリーナも、「……私達と組む前のレオンって、割と馬鹿だったんだね」と溢した。

 

「えぇ。でも、無事でなによりです」

 

 優しい顔のオリビアは一応のフォローらしい言い方をしたが、レオンが馬鹿だという評価を否定しなかった。

 

“地底城塞ガイダスノート”は、魔導機械術を極めたという、ある魔王の地下城と目されているダンジョンだ。そしてその最奥には魔王の死体が眠っているという噂もあり、一部の冒険者には墳墓としても扱われている難関ダンジョンでもある。

 

 ガイダスノートの内部をうろついているのは、魔物や墓守ではなく、“ギアズ・ドール”と呼ばれる戦闘人形たちだ。彼らはいわば、勇者革命戦争時代に製造された人型兵器である。

 

 強力な戦闘力を持つ彼らはガイダスノートを守備するよう造られており、外に攻め出てくることは滅多に無い。だが、侵入者に対しては一切容赦しない。

 

 彼らによって壊滅させられた上級冒険者パーティは、事実として少なくない。

 

 ただ、ギアズ・ドールを一体でも倒して、その体に使われている特殊な魔法金属や装備を持ち帰ることさえできれば、相当な高値で売れる。大きな儲けになるのも確かだ。

 

 この点はトロールダンプにも同じことが言えるが、ギアズ・ドールの方がトロール達よりも手強いという点で、ガイダスノートの方が難関ダンジョンと言えるだろう。

 

 そしてトロールダンプと違い、ガイダスノートを好んで攻める冒険者が非常に少ないこと自体が、首尾よく金儲けができるような場所ではないことを物語っていた。

 

 当然、低級冒険者が近づくような場所ではないが、そこに駆け出し冒険者が集まったパーティで踏み込んだというのだから、当時のレオンもかなり肝が据わっている。

 

「お前ら、言いたいこと言ってくれるじゃねぇか」

 

 怒ったような声を出したレオンは、リーナ達を視線だけで見回した。レオンは何か反論しようとしているのだろうが、このままでは話が脱線しそうだった。

 

 アッシュは慌てて「そのガイダスノートで、ネージュさんと出会ったんですね」と話を元に戻しつつ、その先を話すようレオンに促した。

 

「あ、あぁ、そうだ。そうなんだよ」

 

 大事なことを思い出した顔になったレオンは、少し遠い目になって語り始めた。

 

「俺達のパーティは、セーブエリアからガイダスノート内部に入り込んで、すぐにギアズ・ドールに見つかった。だが、ヤツは1体だった。運がいいと思ったぜ。これなら勝てる。数に頼れば勝機はある。そう思った。でもな。違った。俺達はあっという間に蹴散らされた。何もできないまま、ぶっ飛ばされて、通路に転がされた。俺とネージュさんの出会いは、まさにその時だった」

 

 そこでレオンは、少しの間を置いた。芳醇な思い出を記憶から取り出してみせる前に、勿体ぶるかのようだった。

 

 その間、オリビアは興味深そうにレオンが話し出すのを待っている様子だったが、リーナとロイドが顔を顰めながら見合わせて、肩を竦め合っている。

 

 今からレオンの語る話には、余計な脚色がふんだんに入っているのではないか、と疑っている風でもある。

 

 たがアッシュは、レオンの過去に目を凝らす思いで、その場面を想像していた。

 

“アタシ達とつるむ前のネージュが何をしていたのかは、詳しく知らない”。そのカルビの言葉が胸の隅を過っていったところで、レオンが口を開く。

 

「当時、ソロ冒険者だったネージュさんは、俺達にトドメを刺そうとしていたギアズ・ドールを、あの大槍の一撃で凍らせちまった。俺達が束になっても敵わなかったヤツが、何も出来ずに凍りついて、そのまま氷と一緒に砕けていく様は……、まぁ今でも忘れられねぇよ」

 

 表情を鋭く引き締めたレオンは、自分の目指す理想を定め直すかのように、遠い眼差しのままで小刻みに頷いている。

 

「それからネージュさんは、俺達1人1人に高位魔法薬を使ってくれた。無言でな。俺達を助けてくれたんだ。しかも、回復するまで俺達の傍にいてくれたんだ。守ってくれようとしたんだよ。回復した俺達は喚くように礼を言ったけど、ネージュさんは何も言わずに、またガイダスノートに独りで潜って行っちまった」

 

 そこまで語り終えたレオンは、眼鏡の奥で目を細めていた。過去の記憶にあるネージュの背中を、じっと見送ろうとするように。

 

「……そんなことがあったんですね」

 

 頷いたアッシュもまた、その過去のレオンの隣に立って、去っていくネージュの背中を見送るつもりで相槌を打った。今のアッシュが思い浮かべた想像の中のネージュは無表情で、無愛想で、無言で、強く、そして孤独だった。

 

「……でも、ネージュさんって、なんで『魔女同盟』を抜けたんだろ」

 

 リーナが誰に尋ねるでもなく、独り言のように溢してから、テーブルに着いた面々を見回した。

 

「『魔女同盟』ってさ、大陸中部の難関ダンジョンを攻める為に、数年前からアードベルから離れてるでしょ? 普通だったら、大事な戦力であるネージュさんを手放そうとはしないと思うんだけど」

 

 リーナはそこまで言ってから、「……やっぱり、何かあったのかな?」と少し声を潜めて付け足した。

 

「まぁ何の理由もなく、上級パーティから外れるなんてことは無いだろう」

 

 腕を組んだままで思案顔になったロイドも、視線を斜め上に持ち上げる。

 

「それについては、ネージュさんのファンクラブである『薄氷月華』の中でも諸説あってな。人間関係の拗れか、クラン内での揉めごとの煽りがあって抜けたのか……。どれが正しいのかは、今も分からねぇんだよな」

 

 眼鏡を指で押し上げたレオンは馬鹿みたいに真面目な顔をつくり、リーナとロイドを見比べる。まるで何らかの専門家がアドバイスでもしてくるかのような貫禄だった。

 

 驚いた顔になったオリビアが、「……と言うか、ファンクラブなんて在るんですね」と感心しつつも、納得できるというふうに頷いた。

 

「でも、確かにネージュさんは、とても強く、それに綺麗な方ですものね」

 

「えぇ。それに、誠実で優しいひとです」

 

 アッシュは自分の知っているネージュの姿を思い浮かべながら、オリビアに頷いた。すると、半目になったリーナが「ふぅ~~~ん?」と唇を尖らせ、じっとりとした視線を向けてきた。

 

「そう言えばアッシュはさぁ、ネージュさんと、すっっ……ごく仲良さそうだったわよね」

 

 明るい声音に刺々しさを持たせたリーナが、含みのある笑みを浮かべる。それに続いて「ほう。そうなのか」と、ロイドが戦士の顔になって目を向けてくる。

 

「ダルムボーグでの戦いぶりから見るに、やはりお前は、ローザさん達からも信頼されているのだろうな」

 

 その生真面目なロイドの言葉はそのまま、ロイドからアッシュに向けられる信頼の証でもあるのだと思えた。アッシュは礼を言い掛けたが、それも相応しくないと思い、微笑みと共に首を緩く振った。

 

「僕も不甲斐ないですし、知らないことばかりですから……。信頼されているかどうかはともかく、それに応える努力だけは放棄しないつもりです」

 

 突き詰めて言えば、それこそが冒険者としてのアッシュの『役割』だった。それを胸の内で確かめ直すように口にしたところで、アッシュはギクッとして肩を震わせてしまう。

 

 完全な真顔になったレオンが、その目線でアッシュを貫かんばかりの勢いで見詰めていたからだ。「アッシュとネージュは凄く仲が良い」という、先程のリーナの発言に対する反応なのだろうが、ちょっと怖い。

 

「お前、ネージュさんと仲が良いのか……?」

 

 強張った目をしたレオンは真顔を崩さず、その声音にも尋問してくるような響きがあった。下手なことを言えない雰囲気である。

 

「え、えぇと、そ、そうですね。仲良くして貰っています」

 

 アッシュも一応、真面目な表情を作ってレオンに答える。

 

 するとレオンは目尻を下げて、眉をハの字にした。それから、「いっ、いいなぁ~……」と、子供のような素直過ぎる感想を洩らしながら、盛大に落ち込んだように頭を両手で抱えた。

 

「俺もネージュさんと仲良くなりてぇ~……」

 

 その余りにも湿ったレオンの声音に、場の空気まで辛気臭く沈みそうになったところで、「……さぁて、話が逸れまくった今更だけど、そろそろ話を戻そうか」と、リーナが気を取り直すように言って、テーブルを指でトントンと叩いた。

 

「まだ大事なことを確認できてないし」

 

 そこでオリビアが首を傾げて、ロイドも難しい顔になる。

 

「大事なこと? えぇと……」

 

「そもそも俺達は、何の話をしていたんだったか?」

 

「や、もともとはアッシュに同行依頼をする話だったじゃん。依頼するにいても、今のアッシュの住所を知ってる方が便利だよねって話になってから、ネージュさんについての話に逸れたんでしょ?」

 

 誰かの所為でさ。そう言い足したリーナが半目になって、レオンに視線だけでツッコむ。

 

 オリビアとロイドの2人は「あぁ、そういえば」といった様子で顔を見合わせていた。アッシュも同じく、「あぁ、そうでしたね」と暢気に頷いてしまった。

 

「しっかりしてよね」と苦笑したリーナは、アッシュを含む、この場の全員を見回した。

 

「取り敢えず、アッシュに同行依頼をしたいときは、依頼用紙を受付で預かって貰おっか? ちょっとお金が掛かるけど、これは必要経費ってことで」

 

「あぁ、なるほど……。でも、それが一番、無難だと思います」

 

 リーナの提案に、アッシュも頷く。

 

 ある冒険者個人へ何らかの依頼をしたいとき、冒険者ギルドの受付で依頼用紙を預けておくことができる。その冒険者が受付を利用した際、依頼が出されているということを伝えて貰えるのだ。

 

 割高な料金が設定されているが、実力の高い冒険者に、確実に依頼をしたい場合などには非常に重宝するサービスだった。レオンが抱えていた頭を上げる。

 

「まぁ、コイツに依頼する度にローザさんの家を訪ねるのも、流石に迷惑だろうからなぁ」

 

「俺達がローザさんの家を訪ねたタイミングで、アッシュが留守という場合も十分考えられる。迷惑とまではいかないまでも、気を遣わせてしまうかもしれん」

 

 腕を組んだロイドは、そのレオンの発言に追従するように頷き、椅子に深く凭れて顎を撫でた。

 

「手紙でのやり取りを挟めば、そういったすれ違いも防げるのでしょうけれど……」

 

 真面目な顔のオリビアも顎を引いた。リーナが軽く笑う。

 

「そうなんだよね~。オリビアの言う通り、ローザさんの家に手紙を出すってことも考えたんだけどさ。ほら、ちゃんとした依頼文書とかなら、ギルドが持ってってくれるでしょ?」

 

 冒険者活動の一環ということで、同行依頼の他にも、パーティやクラン勧誘などに関わる文書であれば、ギルドの受付で頼めば送付して貰うことができる。

 

 無論、送付先は冒険者ギルドに住所を登録している相手に限られるが、料金も安く設定されていた。

 

「でも、いきなりアッシュに依頼用の手紙を送るよりも先に、家主であるローザさんに一声かけるなり、挨拶するのが先かなって思うしさ」

 

 律儀なリーナに、オリビアも頷きながら「えぇ。その方が、失礼も無いでしょう」と微笑んだ。ロイドも「違いない」と低い声を出した。そのあとで、ボリボリと頭を掻いたレオンが「つまり」と話を纏めようとする。

 

「俺達からの同行依頼は、受付を通してのものになるってワケだな」

 

「当面はね」とリーナが軽い声音で応じてから、アッシュに目を向けた。

 

「私達の同行依頼なんて、基本的には急なものじゃないと思うから。頻繁にギルドに足を運んで受付で確認したりとか、気を遣わなくてもいいからね。……アッシュはアッシュで、忙しいだろうからさ」

 

 そう言ったリーナの方が、気遣わしげな苦笑を浮かべていた。声音の背後にも、アッシュと比べて自分を卑下するような響きが隠れているのが分かった。

 

 ただ、それは自虐的というわけではなく、アッシュと自分の力の差を、冷静に確かめ直しているふうでもある。

 

「私達も、今は強くなるために必死だよ」 何気ないそのリーナの言葉には、真実らしい澄んだ響きが宿っていた。

 

「強くなるために、これからはアッシュの力を借りたいんだよね」

 

「……僕が力になれるかどうかは、ちょっと自信は無いですけど」

 

 何気ない風を装いつつも、アッシュも自分の言葉に誠実さを籠める。

 

「僕でよければ、同行させて貰います」

 

「それじゃあ、決まりだな」

 

 唇を歪めたロイドが太い声を出して、そのあとにレオンが眼鏡を指で押し上げた。

 

「俺達が拠点として借りている宿も、教えといた方がいいよな?」

 

「えぇ。皆さんが泊っている宿の住所が分かれば、連絡を取り合うことには困らないと思います。僕の方からも、ギルドに頼んで皆さんに返事を送れますから」

 

「連絡さえつけば、あとは同行する冒険の日程や準備についても、集まって話し合うこともできますね」

 

 穏やかな表情のオリビアが目許を緩め、声を少し弾ませた。それに釣られるようにして快活に笑ったリーナが、ワザとらしく肩を竦めた。

 

「私達がアッシュの足手纏いにならないよう、しっかりと準備だけはしたいもんね」

 

 それは冗談めかした口振りだったが、遠回しに自分達の慢心を戒めているのは明らかだった。リーナの言葉の後に、ロイドもレオンも、そしてオリビアも、小さく顎を引いて、リーナの言葉を噛み締めるような間があった。

 

「足手纏いなんて、そんなことは……」

 

 アッシュは緩く首を振ったが、「いや。今の俺たちじゃ足手纏いだ」と、レオンが即座に答えて、少し鋭くした目線を向けてきた。

 

「実際の話、お前ならソロで冒険を続けることに困ることなんて無いだろ? お前1人なら、なんでもやれる。……だが俺達が同行したら、そうはいかねぇ」

 

 淡々と言うレオンのあとで、「……その通りだな」と、ロイドが重い声を発して続いた。

 

「アッシュ1人なら、難関ダンジョンを可能な限り潜って、適当なところで帰ってくることもできるだろう。実力から見ても、そっちの方が十分に稼げる。だが俺達が一緒となると、アッシュの行動や選択に制限を掛けることになる」

 

「えぇ。私達が枷になるのは、間違いないですね」

 

 神妙にオリビアが頷いたところで、少し表情を引き締めたリーナも口を開いた。

 

「さっきも言ったけどさ。アッシュに同行依頼をするのは、私達が楽に稼ぐためじゃなくて、強くなるために力を貸して欲しいんだよ」

 

 改めてこの同行依頼の意味を確かめるように言う。

 

「そこはさっきも言った通りだな。端的に言えば、挑戦を兼ねた俺達の鍛錬に付き合ってくれ、というワケだ」

 

 ロイドが低い声で纏めると、「そういうこったな」とレオンが鼻から息を吐いて、アッシュに指を向けてきた。

 

「お前は前衛に出さねぇからな。俺達の戦いぶりを見といてくれよ、アッシュ先生」

 

 真剣な言い方をするレオンの瞳の奥には、彼の冒険者としての誇りと、より強くあろうとする純粋な向上心が燃えているのが分かった。そしてそれはレオンに限らず、アッシュのことを静かに見詰めてくるリーナも、ロイド、オリビアにしても同じだった。

 

「だから、先生なんて呼ぶのは勘弁してくださいよ……」

 

 弱り切ったアッシュは、自分がこんな形で誰かに必要とされることを想像したことがなかった。

 

 自分の冒険者としての『役割』が、同行するパーティによって少しずつ意味を変えていくことを改めて実感する。

 

 リーナ達に深く信頼さえていることは分かったが、そのことに対する優越感はなかった。むしろ、冒険者として真剣に生きようとするリーナ達の姿勢を鏡として、アッシュは自分の姿を見つめる思いになる。

 

 ――冒険者としてではなく、僕が、僕として出来ることとは、何だろう?

 

 アッシュの胸の内には、新しい設問が浮かび上がってきていた。

 

 この自問に対する回答は、リーナやローザ達に同行し、冒険者として活動することで見つけたいと思った。今のアッシュにとってそれは次の標であり、導きに違いなかった。

 

 ただ、新たな景色や自分の成長への期待を、心置きなく味わうには、もう少し時間が必要そうだった。

 

 ――養護院から出てギルドに来るまでに、誰かからの視線を感じていたからだ。

 

 流石にギルド内では感じることはなかったが、あの視線の主は恐らく、ギルド支部の建物の外で、アッシュが出てくるのを待っているのではないか。

 

 この同行依頼の話の後、リーナ達は食事にも誘ってくれたが、それも丁重に断った。 

 

「そっか~。それじゃ、また今度ってことで」

 

 残念そうにいってくれるリーナ達と別れてギルド支部を出たあと、アッシュは敢えて狭い路地を選んで歩いた。

 

 すぐに、誰かに尾行されていることに気付く。街路の雑踏を挟んで、少し離れた場所だ。アッシュに付かず離れず、距離を保ち続けている気配の数は1つ。複数ではない。

 

“王都から、貴族の息のかかった冒険者がアードベルにも流れてきている”。

 

 先日のヴァーミルの言葉が頭を過った。

 

 アッシュは警戒しつつ、人の気配の無い路地裏へ入っていく。

 

 だが、何も起きない。何者かが襲ってくる気配もない。アッシュの感じている視線に、殺意や害意が感じられない。まるでアッシュを見守るような、奇妙なほどに穏やかな追跡だった。

 

 この視線の主は、アッシュと接触するタイミングを慎重に窺っている様子でもあり、アッシュに気を遣ってくれているという可能性にも思い至った。

 

 この遠慮がちな視線の主に対して、アッシュは何か、出会いやすいタイミングや状況を用意すべきではないかと思った。

 

 そこで、アッシュは銀行に寄ることにした。

 

 銀行から出てくる姿は、アッシュが自身の用事を済ませたことをアピールできるのではと期待してだ。

 

 アードベルの第13号区にある王立無窮銀行の外見は、城と宮殿を足して割ったような風情で、内装も豪華なだけではなく堅牢さが感じられ、どことなく重厚で荘厳ですらある。床や壁の石材も、実用的でありながらも磨き抜かれてピカピカだ。

 

 他の土地からアードベルに来ると、この銀行は銀行には見えず、たいていの場合は観光地か美術館に間違えられるそうだ。アッシュも初めて銀行を訪れた時は、かなり戸惑ったのを覚えている。

 

 受付のある広大なフロアには、冒険者用の受付が7つと、魔導機械術士や錬金術士用の受付、それと一般市民向けの受付が3つずつ並んでいる。

 

 どの時間帯でも銀行の利用者は多いものの、荒くれ者の冒険者とアードベル市民の間でトラブルが起きることは滅多に無い。

 

 その理由は単純だ。

 

 対人戦に優れた冒険者が警備役として複数雇われているだけでなく、狼型の魔導機械獣が何体もフロア内をうろついており、暴力沙汰など問題を起こす輩を即座に排除するからだ。

 

「ありがとうございます」

 

 1万ジェム合金硬貨20枚と通帳を受け取ったアッシュは、受付の女性に頭を下げる。

 

「またのご利用をお待ちしております」

 

 受付の女性は、アッシュの5等級の認識プレートを見て、「頑張ってね」という笑みを口許に浮かべてくれた。傍を通りかかった狼型の魔導機械獣も、ぺこりと頭を下げてくれる。

 

「マタノ御利用ヲ、オ待チシテオリマス」

 

 それは感情の籠らない機械音声だった。だが、その冷然とした響きこそが、この場の安全を死守する機能の顕れのようにも感じられて、頼もしくもあった。

 

「はい。またお世話になります」 アッシュは受付の女性と魔導機械獣の両方に頭を下げて、受付のあるフロアをあとにする。

 

 銀行から外に出ると、太陽の光は茜色を帯びていた。

 

 涼しい夕風と、そこに混じる緑の匂いを感じた。銀行の入り口周辺はちょっとした公園のようになっている。

 

 手入れの行き届いた植え込みの瑞々しさを眺めながら、設置されたベンチに腰掛けて談笑しているアードベル市民や、クレープを売っている露店に立ち寄っている女性達の姿もある。

 

 その長閑な景色は優しい茜色が塗されていて、眩しく、そして美しかった。

 

「お疲れ様、アッシュ君」

 

 穏やかに声を掛けてきてくれた彼女の、その蒼み掛かった銀髪にも、薄青い宝石のような瞳にも、夕焼けの色が滲んでいた。

 

 彼女は、アッシュが銀行から出てくるのを待っていてくれたのだろう。彼女こそが、先程までの視線の主なのだと、すぐに分かった。

 

 彼女は――ネージュは、横顔に夕日を浴びながら、この鉢合わせを驚く風でもなく、静かに微笑んでいたからだ。

 

 

 

 

 










今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
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