「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
レオンが語ってくれた内容によれば、かつてのネージュは上級冒険者パーティ『魔女同盟』に所属していたらしい。
『魔女同盟』はその名の通り女性を中心としたパーティであり、強力な魔法を駆使して魔物を殲滅することで知られ、その実力も、アードベルで活動している上級冒険者のパーティ、クランの中でも5指に入ると言われている。
その『魔女同盟』の中でのネージュの立ち位置はと言えば、やはり前衛だったようだ。
水属性と氷属性を複合させた防御魔法に長け、大槍を自在に操って近距離戦闘をこなすネージュが時間を稼ぎ、後衛の“魔女”達が強力な魔法を編み上げ、発動させる。
冒険者ならば誰でも知っているような基本的な連携ではあったが、その破壊力は桁違いであり、誰もが恐れていたと言う。
だが、ある時を境に、ネージュは『魔女同盟』から離れて、ソロ冒険者として活動するようになった。
そして、駆け出し冒険者であった頃のレオンは、当時のネージュに助けられたという話だった。
「5等級だった頃の俺は、まだリーナ達とは出会ってなくてな。あの時は、5等級と4等級だけのパーティだった。だから俺は、とにかく貢献度と報酬が欲しかった。早く上級になって、稼ぎのいい依頼を受けたかったんだ」
表情を硬くしたレオンは、メガネを指で押し上げてアッシュを見詰めてくる。
その眼差しには、『さぁ、ここらだぞ。ネージュさんと俺の大事な出会いのシーンを語るから、心して聴け』という暑苦しいメッセージが含まれていた。
ただアッシュとしては、ネージュの過去の一面を知りたいと思っていたし、それを熱心に語ってくれるレオンにも感謝しつつ、真面目な頷きを返す。
「それで、その時のレオンさん達は、少し背伸びした冒険に繰り出したんですね」
「あぁ。俺達は“ガイダスノート”に潜ったんだよ。力試しと修行も兼ねてな」
「低級冒険者ばかりで、あの地底城塞を攻めたのか?」
身体を仰け反らせたのはロイドだった。
「よく無事だったな。上級クランでも、長期間の探索は諦めるダンジョンだぞ」
「……私達と組む前のレオンって、割と馬鹿だったんだね」
半目になったリーナも、呆れと驚きを混ぜたような声を洩らす。
「えぇ。でも、無事でなによりです」
優しい顔のオリビアは一応のフォローらしい言い方をしたが、レオンが馬鹿だという評価を否定しなかった。
“地底城塞ガイダスノート”は、魔導機械術を極めたという、ある魔王の地下城と目されているダンジョンだ。そしてその最奥には魔王の死体が眠っているという噂もあり、一部の冒険者には墳墓としても扱われている難関ダンジョンでもある。
ガイダスノートの内部をうろついているのは、魔物や墓守ではなく、“ギアズ・ドール”と呼ばれる戦闘人形たちだ。
彼らはいわば、勇者革命戦争時代に製造された人型兵器である。
強力な戦闘力を持つ彼らはガイダスノートを守備するよう造られており、外に攻め出てくることは滅多にないものの、侵入者に対しては一切容赦しない。
彼らによって壊滅させられた上級冒険者パーティは、事実として少なくない。
ただ、ギアズ・ドールを一体でも倒して、その体に使われている特殊な魔法金属や装備を持ち帰ることさえできれば、相当な高値で売れる。大きな儲けになるのも確かだ。
この点はトロールダンプにも同じことが言えるが、ギアズ・ドールの方がトロール達よりも手強いという点で、ガイダスノートの方が難関と言える。
そしてトロールダンプと違い、ガイダスノートを好んで攻める冒険者が非常に少ないこと自体が、首尾よく金儲けができるような場所ではないことを物語っていた。
当然、低級冒険者が近づくような場所ではない。
だが、そこに駆け出し冒険者が集まったパーティで踏み込んだというのだから、当時のレオンもかなり肝が据わっている。
「お前ら、言いたいこと言ってくれるじゃねぇか」
怒ったような声を出したレオンは、リーナ達を視線だけで見回す。レオンは何か反論しようとしているのだろうが、このままでは話が脱線しそうだった。
アッシュは慌てて「そのガイダスノートで、ネージュさんと出会ったんですね」と話を元に戻しつつ、その先を話すようレオンに促した。
「あ、あぁ、そうだ。そうなんだよ」
大事なことを思い出した顔になったレオンは、遠くに眩しいものを見つけたような目になる。
「俺達のパーティは、セーブエリアからガイダスノート内部に入り込んで、すぐにギアズ・ドールに見つかった。だが、ヤツは1体だった。運がいいと思ったぜ。これなら勝てる。数に頼れば勝機はある。そう思った。でもな。違った。俺達はあっという間に蹴散らされた。何もできないまま、ぶっ飛ばされて、通路に転がされた。俺とネージュさんの出会いは、まさにその時だった」
そこでレオンは、少しの間を置いた。芳醇な思い出を記憶から取り出してみせる前に、勿体ぶるかのようだった。
その間、オリビアは興味深そうにレオンが話し出すのを待っている様子だったが、リーナとロイドが顔を顰めながら見合わせて、肩を竦め合っている。
今からレオンの語る話には、余計な脚色がふんだんに入っているのではないか、と疑っている風でもある。
たがアッシュは、レオンの過去に目を凝らす思いで、その場面を想像していた。
“アタシ達とつるむ前のネージュが何をしていたのかは、詳しく知らない”。そのカルビの言葉が胸の隅を過っていったところで、レオンが口を開く。
「当時、ソロ冒険者だったネージュさんは、俺達にトドメを刺そうとしていたギアズ・ドールを、あの大槍の一撃で凍らせちまった。俺達が束になっても敵わなかったヤツが、何も出来ずに凍りついて、そのまま氷と一緒に砕けていく様は……、まぁ今でも忘れられねぇよ」
深い感謝と尊敬が籠った口振りだった。
憧れの強度を確かめているふうでもある。
「それからネージュさんは、俺達1人1人に高位魔法薬を使ってくれた。無言でな。俺達を助けてくれたんだ。しかも、回復するまで俺達の傍にいてくれたんだ。守ってくれようとしたんだよ。回復した俺達は喚くように礼を言ったけど、ネージュさんは何も言わずに、またガイダスノートに独りで潜って行っちまった」
語り終えたレオンは、眼鏡の奥で目を細めていた。記憶にあるネージュの背中を、じっと見送ろうとするように。
「そんなことがあったんですね」
アッシュもまた、その過去のレオンの隣に立って、去っていくネージュの背中を見送るつもりで相槌を打つ。勝手に思い浮かべた当時のネージュは、今よりも無表情で、無愛想で、無言で、強く、そして孤独だった。
「……でも、ネージュさんって、なんで『魔女同盟』を抜けたんだろ」
リーナが誰に尋ねるでもなく、独り言のように溢した。
「『魔女同盟』ってさ、大陸中部の難関ダンジョンを攻める為に、数年前からアードベルから離れてるでしょ? 普通だったら、大事な戦力であるネージュさんを手放そうとはしないと思うんだけど」
リーナはそこまで言ってから、「……やっぱり、何かあったのかな?」と少し声を潜めて付け足した。
「まぁ何の理由もなく、上級パーティから外れるなんてことは無いだろう」
腕を組んだままで思案顔になったロイドも、視線を斜め上に持ち上げる。
「それについては、ネージュさんのファンクラブである『薄氷月華』の中でも諸説あってな。人間関係の拗れか、クラン内での揉めごとの煽りがあって抜けたのか……。どれが正しいのかは、今も分からねぇんだよな」
眼鏡を指で押し上げたレオンは馬鹿みたいに真面目な顔をつくり、リーナとロイドを見比べる。まるで何らかの専門家がアドバイスでもしてくるかのような貫禄だった。
驚いた顔になったオリビアが、「……と言うか、ファンクラブなんて存在するんですね」と感心しつつも、納得できるというふうに頷いた。
「でも、確かにネージュさんは、とても強く、それに綺麗な方ですからね」
「えぇ。それに、誠実で優しいひとです」
アッシュは自分の知っているネージュの姿を思い浮かべながら、そう補足した。
すると、半目になったリーナが「ふぅ~~~ん?」と唇を尖らせ、じっとりとした視線を向けてきた。
「そう言えばアッシュはさぁ、ネージュさんと、すっっ……ごく仲良さそうだったわよね?」
明るい声音に刺々しさを持たせたリーナが、含みのある笑みを浮かべる。それに続いて「ほう。そうなのか」と、ロイドが戦士の顔になって目を向けてくる。
「ダルムボーグでの戦いぶりから見るに、やはりお前は、ローザさん達からも信頼されているのだろうな」
「信頼されているかどうかはともかく、それに応える努力だけは放棄しないつもりです」
せめて、ローザさん達に相応しい自分でありたい。
浅ましい謙虚さかもしれないが、その願いを今は無視できそうにない。それを胸の内で確かめ直したところで、アッシュはギクッとして肩を震わせてしまう。
完全な真顔になったレオンが、その目線でアッシュを貫かんばかりの勢いで見詰めていたからだ。
「お前、ネージュさんと仲が良いのか……?」
強張った目をしたレオンは真顔を崩さず、その声音にも尋問してくるような響きがあった。下手なことを言えない雰囲気である。
「え、えぇと、そ、そうですね。仲良くして貰っています」
アッシュも一応、真面目な表情を作ってレオンに答える。
するとレオンは目尻を下げて、眉をハの字にした。
それから、「いっ、いいなぁ~……」と、子供のような素直過ぎる感想を洩らしながら、盛大に落ち込んだように頭を両手で抱えた。
「俺もネージュさんと仲良くなりてぇ~……」
その余りにも湿ったレオンの声音に、場の空気まで辛気臭く沈みそうになったところで、「話が逸れまくった今更だけど、そろそろ話を戻そうか」と、リーナが気を取り直すように言って、テーブルを指でトントンと叩いた。
「まだ大事なことを確認できてないし」
そこでオリビアが首を傾げて、ロイドも難しい顔になる。
「大事なこと? えぇと……」
「そもそも俺達は、何の話をしていたんだったか?」
「や、もともとはアッシュに同行依頼をする話だったじゃん。依頼するにしても、私達の住所をアッシュが知ってる方が便利だよねって話になってから、ネージュさんの話に逸れたんでしょ?」
誰かの所為でさ。そう言い足したリーナが半目になって、レオンに視線だけでツッコむ。
オリビアとロイドの2人は「あぁ、そういえば」といった様子で顔を見合わせていた。アッシュも同じく、「あぁ、そうでしたね」と暢気に頷いてしまった。
「しっかりしてよね」と苦笑したリーナは、アッシュを含む、この場の全員を見回した。
「取り敢えず、アッシュに同行依頼をしたいときは、依頼用紙を受付で預かって貰おっか? ちょっとお金が掛かるけど、これは必要経費ってことで」
確認するように続けてから、アッシュに向き直る。
「私達の同行依頼なんて、基本的には急なものじゃないと思うから。頻繁にギルドに足を運んで受付で確認したりとか、気を遣わなくてもいいからね。……アッシュはアッシュで、忙しいだろうからさ」
そう言ったリーナの方が、気遣わしげな苦笑を浮かべていた。声音の背後にも、アッシュと比べて自分を卑下するような響きが隠れているのが分かった。
ただ、それは自虐的というわけではなく、アッシュと自分の力の差を、冷静に確かめ直しているふうでもある。
「さっきも言ったけど、アッシュに同行依頼をするのは楽に稼ぐためじゃなくて、強くなるために力を貸して欲しいんだよ」
改めてこの同行依頼の意味を確かめるように言う。
「私達も、今は強くなるために必死だよ」
何気ないそのリーナの言葉には、真実らしい澄んだ響きが宿っていた。
「強くなるために、これからはアッシュの力を借りたいんだよね」
「……僕が力になれるかどうかは、ちょっと自信は無いですけど」
何気ない風を装いつつも、アッシュも自分の言葉に誠実さを籠める。
「僕でよければ、同行させて貰います」
「それじゃあ、決まりだな。お前が同行してくれるなら、難関ダンジョンでの鍛練でも心強い」
唇を歪めたロイドが太い声を出して、レオンが指を向けてきた。
「つっても、お前は前衛に出さねぇからな。俺達の戦いぶりを見といてくれよ、アッシュ先生」
「だから、先生なんて呼ぶのは勘弁してくださいよ……」
弱り切ったアッシュを見て、今度はオリビアが悪戯っぽく微笑んだ。
「これから、よろしくお願いしますね。アッシュ先生」
「頼りにしてますよ~、先生~」
楽しそうなリーナまで追撃してくるので、アッシュは抗議する気力も失せてしまう。代わりに、うなずくようにして皆に頭を下げる。
「えぇ。こちらこそ、よろしくお願いします」
リーナ達に深く信頼さえていることは分かったが、そのことに対する優越感はなかった。
むしろ、冒険者として真剣に生きようとするリーナ達の姿勢を鏡として、アッシュは自分の姿を見つめる思いになる。
――冒険者としてではなく、僕が、僕として出来ることとは、何だろう?
アッシュの胸の内には、新しい設問が浮かび上がってきていた。
この自問に対する回答は、リーナやローザ達に同行し、冒険者として活動することで見つけたいと思った。今のアッシュにとってそれは次の標であり、導きに違いなかった。
この同行依頼の話の後、リーナ達は食事にも誘ってくれたが、それは丁重に断った。
「そっか~。それじゃ、また今度ってことで」
「いずれ近いうちに奢らせろよ!」
「うむ。お前と呑むのを楽しみにしているぞ」
「では、アッシュ。帰り道は気を付けて」
残念そうにいってくれるリーナ達と別れてギルド支部を出たあと、街道を少し歩く。
尾行されていることには、すぐに気付いた。
街路の雑踏を挟んで、少し離れた場所だ。アッシュに付かず離れず、距離を保ち続けている気配の数は1つ。複数ではない。
“王都から、貴族の息のかかった冒険者がアードベルにも流れてきている”。
先日のヴァーミルの言葉が頭を過った。
アッシュは警戒しつつ、人の気配の無い路地裏へ入っていく。
だが、何も起きない。何者かが襲ってくる気配もない。アッシュの感じている視線に、殺意や害意が感じられない。まるで見守るような、奇妙なほどに穏やかな追跡だった。
この視線の主は、アッシュと接触するタイミングを慎重に窺っている様子でもあり、アッシュに気を遣ってくれているという可能性にも思い至った。
この遠慮がちな視線の主に対して、アッシュは何か、出会いやすいタイミングや状況を用意すべきではないかと思った。
そこで、アッシュは銀行に寄ることにした。
銀行から出てくる姿は、アッシュが自身の用事を済ませたことをアピールできるのではと期待してだ。
アードベルの第13号区にある王立無窮銀行の外見は、城と宮殿を足して割ったような風情で、内装も豪華なだけではなく堅牢さが感じられ、どことなく重厚で荘厳ですらある。
他の土地からアードベルに来ると、この銀行は銀行には見えず、たいていの場合は観光地か美術館に間違えられるそうだ。
アッシュも初めて銀行を訪れた時は、かなり戸惑ったのを覚えている。
受付のある広大なフロアには、冒険者用の受付が7つと、魔導機械術士や錬金術士用の受付、それと一般市民向けの受付が3つずつ並んでいる。
どの時間帯でも銀行の利用者は多いものの、荒くれ者の冒険者とアードベル市民の間でトラブルが起きることは滅多に無い。
その理由は単純だ。
対人戦に優れた冒険者が警備役として複数雇われているだけでなく、狼型の魔導機械獣が何体もフロア内をうろついており、暴力沙汰など問題を起こす輩を即座に排除するからだ。
「ありがとうございます」
1万ジェム合金硬貨20枚と通帳を受け取ったアッシュは、受付の女性に頭を下げる。
「またのご利用をお待ちしております」
受付の女性は、アッシュの5等級の認識プレートを見て、「頑張ってね」という笑みを口許に浮かべてくれた。傍を通りかかった狼型の魔導機械獣も、ぺこりと頭を下げてくれる。
「マタノ御利用ヲ、オ待チシテオリマス」
それは感情の籠らない機械音声だった。だが、その冷然とした響きこそが、この場の安全を死守する機能の顕れのようにも感じられて、頼もしくもあった。
「はい。またお世話になります」
アッシュは受付の女性と魔導機械獣の両方に頭を下げて、受付のあるフロアをあとにする。
銀行から外に出ると、太陽の光は茜色を帯びていた。
涼しい夕風と、そこに混じる緑の匂いを感じた。銀行の入り口周辺はちょっとした公園のようになっている。
手入れの行き届いた植え込みの瑞々しさを眺めながら、設置されたベンチに腰掛けて談笑しているアードベル市民や、クレープを売っている露店に立ち寄っている女性達の姿もあった。
その長閑な景色は、優しい茜色が塗されていている。
「お疲れ様、アッシュ君」
彼女の蒼み掛かった銀髪にも、薄青い宝石のような瞳にも、夕焼けの色が滲んでいた。
アッシュが銀行から出てくるのを待っていてくれたのだろう。彼女こそが、先程までの視線の主であり、穏やかな追跡者なのだと、すぐに分かった。
彼女は――その美しい横顔に夕日を受けるネージュは、この鉢合わせを驚く風でもなく、静かに微笑んでいたからだ。
今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!