「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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第70話 「アッシュ、ぉ、お兄ちゃん……?」1

 

 

 

 

 一緒に帰りましょうと声を掛けてくれたネージュだが、彼女は暫く黙ったままだった。

 

 ローザの家までの道のりを並んで歩きながら、アッシュは何度か、そっと彼女の横顔を窺ってみる。

 

 彼女の白い頬には、何らかの話題を切り出すために心の準備をしているような、決心を改めるような強張りが維持されている。

 

 その真剣な空気を察したアッシュは、ネージュが口を開くのを待つべきだと感じた。

 

「……さっきは、ごめんなさい。アッシュ君を尾行するようなことをして」

 

 ネージュが申し訳なさそうな苦笑を浮かべてみせたのは、既に8号区に入ってからだった。人影の少ない夕暮れの街路に、彼女の声がふわりと浮かぶ。

 

「いえ、ネージュさんにも理由があってのことでしょうし、謝って貰うようなことはありませんよ」

 

「でも、……やっぱりアッシュ君には気付かれていたみたいね。銀行の前で私と会ったときも、アッシュ君は少しも驚いていなかったもの」

 

 ネージュは降参するように言うが、その声は硬い。緊張しているのだろうか。

 

「どうしても、アッシュ君と2人だけのときに話しておきたいことがあったの。……これは、ローザ達にも、あまり話すような内容ではないから」

 

 目を逸らしたままのネージュの口調に、アッシュを特別扱いする響きはない。それに、ローザやカルビ、部外者として切り捨てようとしているふうでもなかった。

 

「話しておきたいこと……、ですか?」

 

 アッシュは少しだけ歩く速度を緩めて、隣のネージュを見上げた。

 

「えぇ」と頷いたネージュもまた、アッシュのことを見下ろしていた。彼女の薄青い瞳が、微かにではあるが苦しげに揺れている。

 

 頬を強張らせたネージュは、そこで唾を飲み込むような少しの間を置いてから「……実はね」と言葉を繋ぐ。

 

「私も昔、“教団”に囚われていたの。“魔王の器”……、人形として」

 

 そう打ち明けてくれたネージュの声音は、茜色に染まる8号区の街並みの景色に、やけに乾いた響きを残した。

 

 ネージュの過去に、“教団”が何らかの形で影を落としているのではないか。その予想は、アッシュの胸中を何度か過ってことのあるものだった。

 

 しかしネージュが、アッシュとほぼ同じ境遇にあったということには、正直なところ驚いた。

 

 アッシュは言葉を失いながらも、ネージュがアッシュの事を尾行し、2人だけになるタイミングを慎重に計っていたことにも納得がいった。

 

 エルンの町で町長に詰め寄ったネージュの剣幕を、そして、ギギネリエスとの戦闘の際にも、ネージュが強い憎悪と殺意を籠めて“教団”の名を口にしていたことを思い出す。

 

「そう、だったんですね……」

 

 やるせない納得感と共に、アッシュはゆっくりと彼女に頷いた。少なくともアッシュは――アッシュだけは――彼女の過去に怯んだり、動揺したりすべきではなかった。

 

「……本当ならもっと早くタイミングを見つけて、アッシュ君には話しておくべきだったわ」

 

「いえ……、こういう話をするのに、早いとか遅いとか、そういうことはないと思います」

 

 ネージュが自らの過去を明かすのは、完全に彼女の自由だ。アッシュに黙っておくこともできた筈である。

 

 だが、わざわざ彼女は、アッシュと2人きりになる機会を待って、探し、こうして真摯に打ち明けてくれたのだ。

 

“教団”に囚われていたというネージュは、同じく、“教団”で産み出されたアッシュの過去を自分だけが知っていることに、負い目のようなものを感じたのだろう。

 

 もしもアッシュが、今のネージュと同じ立場だったとすれば、やはり彼女と同じように、こうして過去を打ち明ける機会を望んだだろう。

 

 だが、自らの過去に正直に明かすということ自体にも、とても勇気が必要だったはずだ。

 

「むしろ僕は、こうして話をして下さったことに感謝しています」

 

「……うぅん。私の方がアッシュ君に甘えて、話を聴いて貰いたいだけなのかもしれないけれど」

 

 ネージュは冗談めかした言い方をした。だが、その声音はか細いままだった。冗談に紛らせながらも、何とか言葉を前に進めようとしている。そういう懸命さが感じられた。

 

 ネージュが、アッシュに自身の過去を明かすということは、アッシュと対等であろうとする彼女なりの意思表示に違いなかった。

 

「僕も……、ネージュさんの御話を聴かせて欲しいと思います」

 

 歩く速度を少し緩めながら、アッシュも笑みを返す。その声にだけ、僅かに力を籠めた。

 

 ネージュの過去を知り、その景色に深く踏み入ることができるとすれば、それはアッシュもまた“教団”に囚われたからだった。

 

「……ありがとう。アッシュ君」

 

 夕日に潤んだネージュの薄青い瞳が、微かに揺れている。

 

 今の彼女の微笑みは、やけに儚く見えた。8号区の道路は広く清潔ではあるが、人通りは少ない。閑静な屋敷町の中を、アッシュとネージュは速度を落として歩いていく。

 

 ネージュの足元には、夕日に伸ばされた影が燻ぶっている。その彼女の影は、アッシュの足元に伸びる影と同じ暗さをしている。黒々とした輪郭が、アッシュとネージュの姿を模しながら並んでいる。

 

 涼やかな風が街道を吹いてきて、並んで歩くアッシュとネージュを探るように、包み込むような穏やかさで撫でて行った。静かな街並みを走り去るその夕風を見送り、呼吸を整えるような間を置いてから、ネージュが語り始める。

 

「大陸の……、ずっと北西部の街で、私は家族と住んでいたの。両親と私の3人家族だった」

 

 伏し目がちに語るネージュの静かな声には、望郷と悲愁が混ざり合っていた。大事な思い出を、ゆっくりと温め直すように。

 

 だが、その優しい声の気配は、すぐに別の感情によって塗りつぶされたように剣呑になっていく。

 

「……幼い頃の私は、“教団”に攫われたの。生まれつき魔法を扱う素質があったのを、“教団”の人間が嗅ぎ付けていたみたいでね。ある日の夜……、私の寝ていた部屋に、フードを纏った男が忍び込んで来たのよ」

 

 彼女の目は、過去の光景に捕らえられたように動かず、自分の足元の影を見詰めていた。

 

「ネージュさんを、“魔王の器”とするために……ですね」

 

 アッシュが相槌の代わりに言うと、ちらりと視線だけを寄越したネージュが顎を引いた。

 

「えぇ。……奴らは、私の精神内部を空にすることで、私を“器”にしようとしていたわ」

 

 出来るだけ感情を籠めないように意識したのだろう。ネージュの声は低く、不自然なほどに抑揚が無かった。

 

「アッシュ君は、ギギネリエスが言っていたことを覚えている? “魔王の器”を作るための方法は2つあるって」

 

「……えぇ。覚えています」

 

 ギギネリエスの言葉を、嫌悪と共に思い返す。

 

“器”を造る方法――。

 

 1つ目は死体から、つまりは、0から“器”となる肉体を製造して、用意する。

 そして2つ目は、才能ある子供の中身を取り除き、“器”にしてしまう。

 

 この2つ目の方法によって、ネージュは“魔王の器”にされようとしていたのだ。

 

「攫われてから目を覚ました私は、何が何だか分からないうちに、精神破棄に関わる禁忌魔法での処置を受けたわ」

 

 そこまで話したネージュは、細く息を吐き出してから、暫く口を噤んだ。施術内容や、それを受けているときの自らの様子を語るのは、流石に憚られたのかもしれない。

 

 その沈黙が不用意なものではなかったからこそ、アッシュも、その時のネージュの心境を想像してしまった。

 

 両親から引き裂かれた幼い彼女が、見知らぬ場所で禁忌魔法を受けることになった恐怖は如何ほどだったろうか。まだ幼かったという彼女は、泣き叫んだのだろうか。

 

 同じく精神破棄に関わる禁忌魔法を受けたことのあるアッシュも、ネージュが受けた苦痛を鮮明に想像してしまって、何も言葉が出なかった。

 

“調律”という言葉が、暗い影を纏ってアッシュの脳裏を過っていく。

 

「妙な薬を幾つも飲まされて、打たれて……朦朧とする意識の中で、精神破棄処置を受け続けたわ」

 

 アッシュとネージュは、沈痛な静けさを分け合いながら暫く歩いた。その間も、2人の足元には、同じ暗さと深度を保った影が伸び続けている。

 

「……でも、私は完成形としての“器”には成り得なかった。奴らは、魔法を扱う私の素質に目を付けていたようだけれど、……皮肉なことに幼い頃の私は、精神魔法に対する耐性も高かったみたい」

 

「精神破棄の禁忌魔法に、対抗し得るほどですか……?」

 

「えぇ。それ以上に、“教団”の連中が扱う禁忌魔法が、所詮は古代魔法の劣化複製だったということもあるのでしょうけれど」

 

 アッシュが慄然として応えると、ネージュが少しだけ唇の端に笑顔を過らせた。温度のない笑みだった。

 

「結果的に“教団”の連中は、私の精神内部を完全な空白にすることが出来なかった。そして私は、“失敗作”とか、“出来損ない”とか言われるようになったわ。……勝手なものよね。私からすれば突然攫われて、精神改造施術を無理矢理に受けることになったっていうのに」

 

 感情を殺したような平たい声で言うネージュは、アッシュの相槌を待つこともなく、言葉を続けていく。その淡々とした彼女の口振りは、自身の記憶をこの場所に引き摺り出すかのようだった。

 

 “失敗作”。

 “出来損ない”。

 

 自分という存在。命。

 その全てを否定してくる言葉だ。

 

「私は“器”としては不全だった。でも“教団”の連中にとって私の身体は、まだまだ弄繰り回す余地があったのでしょうね」

 

 夕日の色を纏った緩い風の中で、彼女の呼吸が浅く、早くなっているのが分かった。

 

「私はそのまま、また別の禁忌魔法で“調律”を受け続けることになったわ。挙句、肉体だけを強制的に成長させられて、……今の姿になったの」

 

 そこまで語ったネージュは、普段の冷然とした微笑みではなく、やはり何処か幼さのある、無防備な、泣きだすのを堪えるような微笑を浮かべて、アッシュを見下ろしていた。

 

 このネージュの表情と雰囲気には、覚えがあった。

 

 ダルムボーグで過ごした夜。ネージュは普段のクールビューティーを落っことしてしまったような、幼い表情をアッシュに見せたことがあった。

 

「奴らは私の肉体を変質させることで、私の精神内部にも何らかの変化があると期待していたみたいだったけど、それも結局は失敗に終わった。後に残ったのは、身体は大人で精神は子供のままの、出来損ないの“器”だけ……」

 

 そこで言葉を切ったネージュは、歩く速度をまた少し落とす。そして、自分の意識や体の感覚を確かめ直すような、ゆっくりとした呼吸と瞬きをした。

 

「最終的に、奴らにとって“失敗作”だった私は、禁忌魔法による凍結保存処置を受けることになったわ」

 

「凍結保存、……ですか」

 

 アッシュは生まれながら、古代魔術や禁忌魔法に関する知識を思考に埋め込まれている。

 

 だから、ネージュが受けたという凍結保存処置がどのようなものなのか、ある程度は察することができた。

 

 生物は時間と共に老いていく。どれだけ強靭な肉体も、明晰な頭脳も、老いと共に衰微していく。それは避けられない。

 

 禁忌魔法による凍結保存処理とは、この老衰を強制的に阻むことを目的として、肉体を通過していく時間を疑似的凍結させる魔術処置である。

 

 その本質は『変化の拒絶』。

 

 幼い頃のネージュを攫ったという“教団”の支部は、魔術的に優秀な要素を持ったネージュという素体を、数百年規模で保存しようとしたのだろう。

 

 その長い時間の経過の中で、改めてネージュを“器”として完成させうる、何らかの魔法技術の進歩があることを期待したのかもしれない。

 

「……次に私が目覚めたのは、ある冒険者パーティが、その“教団”支部を壊滅させたときだったわ。そういう点でも、私とアッシュ君は似ているわね」

 

 そこでネージュの声から、強張りが少しだけ抜けるのが分かった。ここからの彼女の話は、“教団”から少し離れるのだろうと思った。

 

「ネージュさんを助けてくれた冒険者パーティが、『魔女同盟』だったのですか?」

 

 相槌の代わりにアッシュが尋ねると、「えぇ。アッシュ君も知っていたのね」とネージュは素直に頷いた。

 

「『魔女同盟』のメンバーは皆、魔法の扱いについては超が付くほどの一流だったわ。彼女達は、凍結処置されていた私を解凍して、助けてくれたのよ」

 

 表情に穏やかさを取り戻しつつあるネージュの声音にも、普段の温度らしきものが戻って来ていた。

 

「十数年も眠らされていた私は、生きていく術を持っていなかった。何せ、子供のまま身体だけを大人にしたような状態だったもの……。事情を知った『魔女同盟』のメンバー達が私の面倒を見てくれていなければ、私はとっくに野垂れ死んでいたはずよ」

 

 代わりに、死にそうになるほどの戦闘訓練を強制させられたけれど。そう付け足したネージュは眉を下げた苦労顔になって、唇の端に苦笑を浮かべた。

 

「今のネージュさんの戦い方が確立されたのは、その時なのですね」

 

 防御に優れる氷魔法と大槍を操り、後方を守ることに得意としたネージュの戦い方を思い浮かべる。

 

「えぇ。前衛として機能するよう、随分と鍛えられたわ」

 

 ネージュは軽く笑う。彼女の記憶に流れている時間が、現在へと近づいてきているのを感じた。アッシュは、どうしても訊いておきたいことがあった。

 

「……ネージュさんは、御両親と再会することは出来たのですか?」

 

 それは、本来あるべき人生を奪われたネージュにとって、何よりも大切なことではないかと思った。

 

 歩く速度をまた少し落としたネージュは、少しのあいだ押し黙り、そのあとでニュアンスの違う微笑みを浮かべ直して首を振った。

 

「……『魔女同盟』に加えて貰ってから、一度、住んでいた街に戻ったこともあるけど……。私の両親の行方は、分からなかったわ。私が凍結されて眠っている間に、どこか別の場所に移ったみたい」

 

 寂しげに言うネージュだが、すぐに「無理もないと思うわ」と繋いだ。

 

「私が住んでいた街は、もともと凄く寒い地域にあってね。身体の弱い母を心配していた父は、違う街に移ろうって話をいつもしていたから」

 

 家族との思い出を見つめ直しているのだろう。目の焦点を曖昧にしたネージュは胸のあたりで手を握り、その眼差しの中に温かな光を灯した。

 

「いつか……、また会えるといいのだけれど」

 

 ぽつりと溢されたその言葉には、彼女の細やかな願いと、その期待を自制するような諦観が混ざっていた。ただ、これ以上は感傷に流されたくなかったのか。ネージュはそこで表情を引き締める。

 

「ただ、どうしても私は、“教団”の連中を見過ごして生きることが出来そうになかった。……だから、冒険者を続けてきたの」

 

 自分の生き方を確かめ直すように、ネージュは言う。アッシュは胸の苦しさを覚えながらも、何とか頷きを返した。

 

 彼女が“教団”を追うならば、冒険者として生きることは理に適っている。

 

“教団”支部の存在が確認されれば、その情報は必ず冒険者ギルドに持ち込まれる。そして、ああいった危険な集団をギルドが察知すれば、有力な冒険者クランやパーティには、“教団”支部の壊滅、教団員の捕縛が要請される可能性も高い。

 

「冒険者としての実力が認められて等級が上がれば、優先的に“教団”の情報を得ることも出来るでしょう?」

 

 ネージュの口振りは平静さを装ってはいたが、その背後に籠り始めた暗い情熱は隠しきれていなかった。

 

「では、『魔女同盟』から離脱したのは……」

 

「えぇ。“教団”への復讐を優先したかったからよ」

 

 薄笑いを浮かべたネージュが言い切る。

 

「『魔女同盟』は、ダンジョン攻略や魔物討伐を請け負うことの多いパーティだったの。“教団”を含めて、賞金首の類を狙うことには積極的ではなかったわ。“教団”支部で凍結されていた私が彼女達に助けられたのは、本当に幸運だったと言えるわね」

 

 澱んだ熱を帯びた声で言いながら、ネージュは自分の影へと視線を落としている。

 

 その影の向こうに、“教団”へと向けられた憎悪と敵意、そして復讐という暗い決心を見つめ直しているのかもしれなかった。

 

「それでネージュさんはソロ冒険者になって、このアードベルを拠点に冒険者活動を続けていたんですね……」

 

 アッシュの脳裏には、ローザ達とパーティを組む前のネージュの姿が思い浮かんだ。

 

 “教団”の情報をいち早く得たいならば、ギルドから信頼される上級冒険者になる必要がある。

 

 自身の等級を上げるため、ネージュは難関ダンジョンに挑み続けていたに違いない。レオンがネージュに助けられたというのも、恐らく、この時期のことなのだろう。

 

「アードベル以上に、人や物、それに情報の循環が盛んな場所も、今の大陸内にはそうそう無いでしょう?」

 

 ネージュはそこで言葉を切ると、軽く鼻を鳴らした。

 

「ただ……、私がアードベルに来てからは、“教団”に纏わるギルドの依頼も、情報も、噂話の類すら殆ど出回らなかったわね。ローザ達とパーティを組む前から、私は『2等級・銀』の冒険者として、ギルドからの依頼も何度か受けたこともあったけれど……」

 

“教団”に関係のありそうなものは1つも無かったわ。そう付け足したネージュは、アテが外れたといったふうに息を吐いた。そこでアッシュを見詰めてくる。

 

「過去にあった“教団”に関わる依頼を、ギルドにも調べて貰ったこともあるわ。もっとも近いものでも3年ほど前……。当時は賞金稼ぎクランが動いて、“教団”の地下施設ごと団員を全て処理したと。記録にはそうあったわ」

 

「……えぇ。僕はその時に、“教団”から助け出されました」

 

 アッシュが小さく笑みを作って頷くと、ネージュの目つきが変わった。

 

 苦しげに抗うようなその眼差しは、明らかにアッシュを見ているのではなく、アッシュの過去を通して、ネージュ自身の過去を振り返っているようだった。

 

「……ねぇ、アッシュ君」

 

 いつも大人びたネージュの顔つきも、今はやはり普段よりも幼く見える。

 

「私とアッシュ君の境遇は、よく似ていると思わない……?」

 

 その美貌全体を軋ませるように微笑んだネージュの声音は、アッシュとの距離を測るようであり、ほとんど縋るような響きがあった。そしてアッシュからの言葉を待つためか、ネージュは口を噤み、立ち止まる。

 

 まるで幼い子供が、我儘を通そうとするかのように。

 

 不意に立ち止まったネージュに遅れて、アッシュは数歩進んだ場所で立ち止まる。

 

 沈んでいく夕日の位置の関係で、立ち止まったアッシュは、ネージュの影に足を踏み入れることになった。

 

 さっきまでは並んでいた2人の影が、アッシュの足元で重なり、交わっていた。もの悲しく澄んだネージュの瞳は、ただ正面からアッシュを捉えている。

 

「本当は、こんなことを言うべきではないのかもしれないけれど。……私はアッシュ君と出会えて、よかったと思ってる」

 

 そう紡がれたネージュの声は、明らかに揺れていた。

 

「“過去の私”も、“過去のアッシュ君”も、……互いに1人ぼっちじゃないって、分かったから」

 

 まるで懺悔するように溢したネージュの言葉に、アッシュはようやく、この会話の裏にある彼女の意図が分かった。

 

 ネージュは自らの過去を打ち明けることで、アッシュが“教団”から受けた苦痛や悲しみ、孤独に、共感することを許して欲しいと請うているのだ。

 

 “教団”に纏わる過去において、アッシュとネージュの間には似通っている部分は多い。

 

 彼女と同種の苦しみを潜った者が他にも居るというその事実は、やはりネージュの心を少しでも癒したのだろう。

 

 傍から見れば、それは傷の舐め合いでしかないのかもしれない。だが、消えない傷を慰め合い、寄り添うことの何が悪いのだろう。

 

 人の性格や好みにも相性があるように、傷跡や痛み、苦悩にも、相性があるのでないか。

 

 ならば、背負ったものの重さや暗さを分かち合い、自分が孤独ではないことを確かめたいと思うのは、人間らしい望みではないのか。

 

「僕もネージュさんと出会えて、よかったと思います。いえ、ネージュさんだけではなくて、ローザさんにも、カルビさんにも、エミリアさんにも、出会うことができたことは、本当に幸運でした」

 

 言いながらアッシュは、幸運という言葉の意味を噛み締める思いだった。だからこそ、伝えておかねばならないこともある。

 

「これは誤解しないで欲しいのですが……。僕は、ネージュさんが家族と離れ離れになってしまったことを、美化したいのではありません。そうではなく、ネージュさんが生きていることを、肯定したいんです」

 

 アッシュは、ネージュから目を逸らさなかった。ネージュは微笑んだままで小さく頷いてくれた。それは分かっている、というふうに。

 

 ネージュの身に起きたことは、忌まわしい悲劇だ。

 

 そんなものは彼女の人生に在るべきではなかった。だがそれでも、苦しみを乗り越えてネージュは生きている。その尊さを肯定したかった。

 

「……もしも皆さんと出会っていなければ、僕はずっと自分の過去も、今も、未来も、何も肯定することができないまま、生きていたと思います」

 

「それはきっと、私も同じだったと思うわ」

 

 足を止めていたネージュが、またゆっくりと歩き出した。アッシュのすぐ隣を通り抜けていく。

 

「ローザ達が居なければ私も、ずっとソロのまま、いえ……、独りだった筈よ」

 

 静かな声で呟いたネージュの少し後ろを、またアッシュも歩き始める。会話が途切れたところで、アッシュは気になっていたことを尋ねてみた。いや、今だからこそ尋ねておくべきだと思った。

 

「ネージュさんは、どうしてローザさん達とパーティを組もうと思ったんですか?」

 

 

 

 

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 たくさんのブクマ、★も寄せて下さり、本当にありがとうございます!

 皆様に支えられながら、何とか更新させていただいております……(土下座)

 

 不定期更新ではありますが、また皆様のお暇つぶし程度にでも

 お付き合い頂ければ幸いです……。

 

 今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!

 

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