「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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第72話 或いは平穏、抱き合わせの不穏と1 <ローザ視点>

 

 

 

 

 

 リビングのソファに深く腰掛けたローザは、大きく伸びをしてから息を吐き切った。

 

シャワーを浴びてきたが、まだ眠気が取れない。次の冒険に向けて、新しい魔導機術武器を調整するために、地下工房で徹夜したせいだ。

 

 壁の時計を見る。時刻は昼過ぎ。少し開けてある窓の外は晴れていて、いい天気だった。

 

 今のローザは短パンとシャツの姿なので、吹いてくる風がふんわりとしていて気持ちいい。

 

 ソファテーブルに置いたカップを手に取り、口を付ける。温めに、そして甘めにしたコーヒーだ。美味しい。

 

 今日の食事当番であるカルビには、朝食と昼食は要らないと既に伝えてある。地下工房で作業しながら栄養食は食べたので、空腹感は無い。ただ、少し眠い。

 

 身体を投げ出すようにソファに凭れて、ローザは瞑目する。

 心地よい微睡の中で、欠伸と一緒に独り言が口から漏れてきた。

 

「今日も平和だな~」

 

 穏やかな日常を身体全体で味わうローザの脳裏に、ふわっとアッシュの姿が浮かんだ。だが、アッシュの顔が見えない。ローブを着こんだ後姿である。

 

 「アッシュ君、今日も冒険にでてるのかな~……」

 

また独り言が漏れる。ローザの家にアッシュが住むようになって少し経った。

 

だが、ローザ達とアッシュの関係に劇的な変化は無い。互いに馴れ馴れしくなったというわけではないし、特別な関係が始まったということでもない。

 

 まぁ、言ってみれば普通だった。

 

 冒険活動の同行をアッシュに頼むのは、食事の後などの面子が揃っているタイミングでのことが多かった。そして同行依頼の話を受けてくれた場合には、次に攻めるダンジョンの相談にも、アッシュに混じって貰ったりしている。

 

 結局のところ、冒険者としてのアッシュの活動内容も、今までと殆ど変わることはなかったのではないかと思う。

 

 住んでいる場所が変わっただけで、今のアッシュは、『5等級・銀』のソロ冒険者のままである。

 

 ローザ達に依頼されて同行する以外にも、アッシュは1人でギルドに行って掲示板を確認し、その中から依頼を探して受けたり、近場のダンジョンに向かって魔物を狩り、魔骸石を集めたりしている様子だった。

 

冒険者としての在り方としては、ローザ達にも大きな変化は無い。もちろん、いい意味でだ。

 

 アッシュが同行していない冒険活動でも、ローザ達はそれなりに順調だった。カルビとネージュ、エミリアと共に難関ダンジョンに挑み、無理をせず、稼ぎのいい魔物を狩ったり、希少鉱石を採掘したりを続けている。

 

 おかげで、一時の赤字は殆ど取り返すことができた。魔法弾の補充も十分だし、新しい魔導装備を買うための資金も溜まりつつある。

 

 まぁ、冒険者なりの安定した生活が戻って来た、という感じだ。

 ローザ達の暮らし全体を見れば、やはり大きな変化は無かった。

 

 でも……、とローザは思う。

 

 ローザの家で暮らすようになったアッシュの姿を振り返ってみると、アッシュの態度は以前よりも少し柔らかくなったように思う。少なくとも、ローザはそんな風に感じている。

 

 何と言うか、ローザ達とアッシュとの関係が変わらなくとも、その距離が近くなったような気がするのだ。

 

 ローザ達に向けられるアッシュの声音には、明確な温もりがある。

 

それは決して社交辞令的な愛想ではなく、ローザ達だからこそ見せてくれる、アッシュからの控えめな親しみの表現なのだろうと思いたかった。

 

 ゆっくりと息を吐きだしながら、ローザは瞼の裏に浮かんだアッシュの後ろ姿を見詰めてみる。その眼差し気付いたように、想像のなかのアッシュが振り返った。

 

想像の中のアッシュは、泣き顔になる寸前のような、優しい微笑を浮かべてみせる。そこでローザの胸が、きゅっと苦しくなった。

 

いつかのアッシュの涙と、あの苦しげな泣き方を想うと、やはり放っておけないというか、こう……、勝手なことではあるが、守ってあげたくなるというか、一緒に居てあげたくなる。

 

その場の勢いもあったけど、あのときはアッシュ君に対して“大好き”とか言っちゃってるし……。な、何だか凄いコト言っちゃったなぁ……などと、今になって赤面しそうになる。

 

「あの、ローザさん」

 

 アッシュのことを想っていると、不意に声が聞こえた。

 すぐ近くから。

 

「おっぱい、揉んでいいですか?」

 

 次の瞬間だった。

 ローザの乳房の先端が、遠慮のない手つきで摘ままれた。

 いや、摘まむだけではなく、きゅっと捻るような動きまであった。

 

「ひぎゃああああああああああああ!?」

 

 いきなりのことに眠気が吹き飛んだローザは、叫びながら飛び上がってしまう。

 

何事ごとか思い目を開けると、目の間にカルビが居た。悪戯めいた笑みを浮かべるカルビは恐らく、気配を消して近づいて来ていたのだろう。全く気付かなかった。

 

「こんなところで寝てたら風邪ひくぜ?」

 

 愉快そうに肩を揺らしたカルビは、どさっとローザの隣に腰掛けてくる。

 

「……普通に起こすか、毛布でも掛けてくれればいいじゃん」

 

 ローザは自分の胸を腕で隠すようにして、横目でカルビをじっとりと睨んだ。

 

「今度やったら、部屋代10倍にするからね」

 

「そ、それは勘弁してくれよ……」

 

 大いに怯んだカルビが弱った声を出して、ローザはついでに指を向けた。

 

「あと、アッシュ君はそんなこと言わないから」

 

 この指摘に、肩を竦めたカルビが半笑いに戻る。

 

「いや~、状況によっては言うかもしれないぜ?」

 

「どんな状況よ……」

 

 冷凍ビームさながらの声で応じたのは、キッチンの方から歩いてくるネージュだった。

 

彼女は手に盆を持っていて、その上にはコーヒーカップが3つ。湯気をくゆらせている。

 

「ローザのも温め直しましょうか?」

 

 ネージュが尋ねてくれたので「ううん、大丈夫。まだ温かいから。ありがとう」と礼を言って、ローザも自分のコーヒーに口をつける。

 

 香りの良い苦みは気持ちを落ち着かせてくれるのだが、「そりゃあ、お前」と暢気に笑うカルビの方は、落ち着かない話題を膨らませようとしている。

 

「“おっぱいを揉んでいいですか?”なんて訊いてくる状況なんざ、それなりに限られてくるだろ?」

 

 ネージュからコーヒーカップを受け取ったカルビが、鬱陶しいぐらい得意気な様子で、ゆったりとソファに凭れた。

 

「例えばだな……」と勿体ぶるように言葉を切ったカルビは、たっぷりとした余裕らしきものを漂わせて脚を組み、上品ぶってコーヒーを啜った。

 

「あちちッ!?」

 

 自分で広げた話題であるのに、カルビはその続きを話すことにモタモタとし始める。

 

「何をやってるのよ……」

 

 ネージュが苛立ちを籠めた舌打ちをしてソファに腰かけたところで、キッチンの方からエミリアも歩いてくる。

 

「どうせカルビさんのことですから、『アタシと風呂に入ってるとき』だの、『アタシと添い寝をしてるとき』だのと言いだすのでしょうけれど……」

 

 溜息交じりのエミリアも手に盆を持っていて、その上には人数分のチーズケーキとフォークが乗っている。おやつの用意をしてくれていたようだ。

 

「へぇ。よく分かったな」感心したような顔になるカルビが、「だいたい予想できますわ」と呆れたような微笑のエミリアからチーズケーキを受け取る。

 

「アッシュさんの分は冷蔵器にありますから、勝手は食べては駄目ですわよ。カルビさん」

 

 全員分にケーキを渡し終えたエミリアも、ゆったりと優雅にソファに腰掛け、上品な仕種でコーヒーに口をつける。

 

そこで、ふと気付いたようにリビングに視線を流したネージュが、ローザの方を見た。

 

「……そういえば、アッシュお兄ちゃんは?」

 

 あまりにもネージュが自然な言い方をするので、ローザは我が耳を疑った。

 

「ぅぶふっ!?」

「おぶぉほっ!?」

 

 コーヒーを啜っていたカルビ、エミリアの二人も爆発するように噴き出していた。その熱々のコーヒーの飛沫が、短パン姿のローザの太腿に飛んでくる。

 

「熱ッ!? あっつ……!!?」

 

 ソファに座ったままで、ローザは身体を硬直させたままで仰け反らせてしまう。

 

「げほげほっ!? あぁ!? わ、悪い!」

 

「ごほっげはッ……! ご、ごめんなさいローザさん! すぐに拭きますわ!」

 

 わちゃわちゃとやり始めたローザ達を眺めて、ネージュは「いったい何をやっているのだ」という怪訝そうな表情だ。

 

ローザからすれば、「いったい何を言い出すのか」という思いではある。

 

 一頻りにゲホゲホと咳をして落ち着いたカルビが、「お前……」とネージュに深刻な顔を向けた。

 

「マジで何を言い出すんだよ、いきなり」

 

「まぁまぁ、びっくりしたよね……」とローザも頷き、カルビに続く。

 

「……? 何がよ?」

 

 怪訝そうな表情のままのネージュは、カルビとローザを見比べるだけだ。やはり気付いていないのか。

 

「何がって……、それはこちらの台詞ですわよ!」

 

表情を引き締めたエミリアが、真面目な声に興奮を滲ませ始める。

 

「何ですの、その“アッシュお兄ちゃん”というのは……!? ちょっと参考にしたいというか、かなり味わい深いアプローチの仕方じゃありませんことッ!」

 

「えっ」ネージュは眉を顰めてからカルビとエミリアを順に睨み、すぐに何かに気付いたように「あっ」と声を洩らして目を開いて、顔を青くした。そしてすぐ赤くなる。

 

「そっ……、そんなことは、ぃ……言ってない」

 

 やけに強張った声を発したネージュは、難しい顔になってそっぽを向いた。

 

「ネージュ、大丈夫……? 何か顔色、紫っぽくなってるけど……」

 

 流石に心配になってローザは声を掛けるが、ネージュは「でゃ……、大丈夫よ」と短く応じるだけで、そっぽを向いたままだ。

 

何だか妙な沈黙が流れかけたところで、リビング内に来客を知らせるベルが鳴った。取りあえずと言った感じで、ローザ達は顔を見合わせる。

 

「……誰だろ? ちょっと行って来るね」

 

「おう」

 

「えぇ」

 

「お願いしますわ」

 

 カルビとネージュ、エミリアの声を背中で受け取りながら、ローザはソファから立ち上がる。今のラフな格好だと少し不味いかもしれないと思い、一応の着替えを自室で済ませて、門扉まで行ってみる。

 

 ――そして、その数分後。

 

 リビングにはいつかのように、シャマニとヴァーミルがソファに腰掛けて、それと向かいあうようにローザ達も腰掛けていた。

 

 来客はシャマニ達で、どうやら以前に言っていた同行依頼の話を持ってきたということだった。彼女達の服装も以前のときと同じで、白と黒を基調とした騎士装束然とした制服だ。

 

流石は実力派クランの主要戦闘メンバーというべきか。ただ静かに座っているだけでも、彼女達には他者を圧迫する貫禄がある。

 

 ただ、そんな仕事モードの彼女達の迫力に圧倒されそうになっているのは、この場ではローザだけのようだ。

 

 平然としてコーヒーを啜っているエミリア、さっきと比べて落ちついた様子のネージュは、泰然としてシャマニ達が話し出すのを待っている。

 

「なぁ、そう言えば気になってたんだけどよぉ」

 

だが、シャマニ達よりもさきに、カルビが顎を撫でながら口を開いた。

 

「ギギネリエスの野郎は、あれからどうなってやがるんだ?」

 

とりあえず訊いとくか、みたいな口振りだ。

 

だが、カルビの声は普段よりも硬い。今のギギネリエスがどういった状況にあるのかは、ローザも気になっていたことだった。顔を上げたエミリア、ネージュも同じだろう。

 

「……ヤツは、我々のクランが管理する施設で預かっている。厳重に力を奪った上でな」

 

ヴァーミルは言いながら瞑目した。

 

「一応は生きているわよ。あの男の状態から言えば、“完全な死を与えないよう”に調整してるっていう方が正しいわね」

 

続いたシャマニは顔を歪ませている。その口振りも、ギギネリエスに対する嫌悪や憎悪を隠そうともしないものだった。

 

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 酷薄そうな薄ら笑いを浮かべたギギネリエスが、シャマニの両親に言及したときの言葉。その断片が、ふっとローザの頭を過ぎる。

 

 

シャマニがギギネリエスに狙われた理由については、ローザは何も知らない。

 

 だが、ギギネリエスはシャマニのことをよく知っているふうでもあったし、シャマニの方も、ギギネリエスを含むネクロマンサー全体を憎んでいる様子ではあった。

 

ただ、それらの理由を直接シャマニに尋ねるのは躊躇われた。

 

「ヤツは完全な虜囚だ。現状では脅威にはなり得ん。……確かめるまでもないだろうが、この話は他言無用で頼むぞ」

 

目を開けたヴァーミルが、鋭い眼差しでローザ達を順に見遣った。

 

「理解しているわ」ネージュが頷く。「えぇ、勿論ですとも」エミリアが優雅に髪をかき上げた。「あぁ。ちょっと気になっただけだ。教えてくれてありがとよ」カルビも軽く笑う。

「あの……。アッシュ君には、そのことを伝えても大丈夫でしょうか?」

 

一応のつもりでローザが尋ねると、ヴァーミルは頷いてくれた。

 

「あぁ。彼にならば問題無い。付け加えておくが、ヤツを拷問にかけるようなことはしていない。我々は飽くまで、ヤツの身柄を完璧に拘束しているだけだ」

 

そう説明してくれるヴァーミルの声は気遣わしげで、遣る瀬なさも滲んでいる。アッシュとギギネリエスが、一応の親子であることを意識しているようだった。

 

「そういえば今日は、アッシュさ……、コホンッ! アッシュさんは?」

 

 強引に話題を切り替えていくシャマニは、期待と焦りを綯い交ぜにした目でリビングを見回していた。

 

廃都ダルムボーグで、シャマニはギギネリエスによって殺されかけた。その危ないところを救ってくれたアッシュに対し、感謝と強い敬慕の念を、彼女が抱いているのは間違いなさそうだ。

 

「おいシャマニ。今、アッシュ様って言いかけただろ?」

 

 くつくつと笑ったカルビが、面白がって指を向ける。

 

「……はぁぁあ? 言いかけてないんだけど。馬鹿じゃないの?」

 

 ぎゅっと眉間を絞ったシャマニが、眉をハの字に下げながら片方の目を物騒に窄めた。

 

シャマニは普段の佇まいからして攻撃的なので、ああいう表情が似合う。滅茶苦茶こわい。並の冒険者だったら腰を抜かすか、金縛りにあうか、動けるのなら逃げ出すだろう。

 

「ホントか~? 今の明らかに、アッシュ様の『さ』までを言った感じだったぜ~?」

 

 そんなシャマニの剣幕に動じることもなく、カルビはニヤニヤしている。

 

「やめなさいよ、カルビ。誰にだって言い間違いはあるわ」

 

 カルビの横からネージュが、シャマニを庇うような優しい言い方をする。

 

言い間違いをする、という部分を特に強調した口振りなのは、さっきの“アッシュお兄ちゃん”の発言があった為だろうか。

 

「いや、そもそも言ってないんだけど?」

 

 シャマニが怖い顔のままでムキになる。このままだと言い合いに発展しそうなので、ローザはストップを掛けるべく「あの」と挙手をした。

 

「今回は私達も含めて、アッシュ君にも同行の依頼を……?」

 

「あぁ。彼にも依頼の内容は直接伝えたかったが、留守であるならば仕方がないな」

 

 腕を組んで頷いたヴァーミルが、残念そうに言う。

 

アッシュに会えることを、ヴァーミルも多少なりとも期待していたのだろうか。その態度から、ヴァーミルがアッシュを高く評価していることが窺えた。

 

 アードベルでも有数の実力派クラン『鋼血の戦乙女』の中でも、ヴァーミル=エトラースと言えば、冒険者達からも一目置かれる存在である。そんなヴァーミルからもアッシュが認められていると思うと、ローザは何だが誇らしい気分になった。

 

「……アンタ達のパーティには」

 

何かを確認するような口調のシャマニが、ローザ達を見回した。

 

「アッシュさ……、ゴホンッッ!!ンンッ!! ……アッシュ様は、まだアンタ達のパーティに入ってないのね?」

 

 わざわざ咳払いまでして誤魔化したのに、全く言い直せていないことに指摘すべきかどうかは、この場に居る全員が悩んだところだろう。

 

 実際、3秒ほどの沈黙があった。

 

その間に、シャマニの隣に腰掛けていたヴァーミルが、何とも言えない表情になってシャマニの横顔を眺めていた。ローザとエミリアは視線だけを合わせて、シャマニの言い間違いには触れなかった。

 

「おいシャマニ、お前」と何かを言いたげな声を洩らしたカルビを、ネージュが『見逃せ』とでもいうような目つきで睨んだ。

 

取りあえず空気を読んだのか。ボリボリと頭を掻いたカルビが、「……まぁな」とだけ応じる。

 

「ふぅん。……そう。そうなのね」

 

 アッシュがローザ達のパーティに所属していないことに対して、シャマニは安心したような、それでいて意外そうに何度か頷いた。

 

「やはり彼は、まだソロを続けるつもりなのか?」

 

 真面目な顔になったヴァーミルもローザ達を順に見て、誰にというふうでもなく尋ねてくる。ローザは肩を竦めながら、カルビとエミリア、ネージュと顔を見合わせた。

 

「今のところは、そうだと思います。実際、私達が同行を頼んでいないときは、アッシュ君はソロで冒険活動を行っていますから」

 

 ローザが答えたあと、少しだけ目を伏せたネージュが小さく顎を引いた。

 

「……何処かのパーティに入るつもりだとか、そういう話はアッシュ君からは聞かないわね」

 

 そこで顎に手を当てたカルビが、「あぁ、そう言や……」と何かを思い出すように視線を上に放り投げた。

 

「アッシュの奴、今日は他の冒険者どもの鍛錬つーか訓練つーか、まぁ、稽古をつけてくれって頼まれたらしいぜ? ほら、あのリーナって冒険者に」

 

 何でもない風にカルビが口にした名前は、ローザも覚えている。ダルムボーグでアッシュが助けに向かった女性冒険者だったはずだ。

 

そこまで思い出すと、ローザの頭の中には、アッシュの戦う姿が浮かび上がる。

 

 不気味なネクロゴーレム達に次々に襲い掛かり、眉一つ動かさずにバラバラに切り裂いていくアッシュの姿だ。

 

恐らくはリーナという冒険者も、殺戮と解体を撒き散らすアッシュの強さを目の当たりにしたのだろう。だから、自らを鍛えてくれとアッシュに師事を頼んだのだ。

 

 「リーナって……。誰よその女」

 

 気付けばシャマニが怖い顔になっている。

 

「アッシュさんの幼馴染ですわ」とエミリアが応じて、エミリアもちょっと辛そうに顔を歪めた。

 

「幼馴染……。ンフゥゥ~ンンン……。今からでも、私《わたくし》もアッシュさんの幼馴染になりたいですわねぇ……」

 

「えぇ。それは本当にそうね……」

 

 冷静な顔のネージュが、ここにきてエミリアと一緒に訳の分からないことを言い始める。

 

「いや、無理でしょ……」ローザが思わず2人にツッコんだところで、カルビが何かを思い付いたように声を弾ませた。

 

「幼馴染ってことは、アッシュとも距離も近いだろうからな……。鍛錬だか稽古だかが終わった後は、2人でイチャイチャしてるんじゃねぇか」

 

 芝居がかった真面目顔を作ったカルビは、ありそうも無いと分かっていて冗談にしている口調だった。隕石でも降ってくるかもな、といった類の深刻さしかない。

 

「イチャイチャって、どんな?」

 

 それが分かっているから、ローザも適当に話しに乗った。

 

「そりゃあ、さっきも言ったじゃねぇか。“おっぱい揉んでいいですか?”って具合だろ」

 

得意気になったカルビが、冗談めかして指を鳴らす。

 

「またそれ?」とローザは苦笑で片付けようとしたが、意外なことに、誰よりも先にヴァーミルが顔色を変えた。

 

「彼ならば、そんな下らんことを口にしない」

 

 険しい表情のヴァーミルがカルビを睨み、厳しい口調で断言する。

 

 もはや『アッシュ様』という呼び方を隠そうとしないシャマニはともかく、アッシュのことで少しムキになるヴァーミルの姿が意外だった。

 

同じことを思ったのか。「ほ~ん……?」と興味深そうな顎を撫でたカルビも、そのことを指摘する。

 

「何だよ、ヴァーミル。お前までやけにアッシュへの信頼が厚いじゃねぇか」

 

「……私は、冒険者としての彼の生き方や姿勢に敬意を払っているだけだ」 

 

腕を組んだヴァーミルが、やたら低い声を出す。眉間に皺を刻みまくったシャマニも、「アッシュ様がそんなことを言うわけないでしょ」と噛みつくような言い方で続いた。

 

 ヴァーミルとシャマニは、ギギネリエスの件でアッシュの素性を細かく調べている。恐らくはローザ達も知らないような事実だって、幾つも知っている筈だった。

 

 低等級のまま、そして孤独のまま、無私の奉仕に自らを埋没させていたアッシュの素行や選択の背後に、あの2人はアッシュ自身の人間性を垣間見たのだろう。

 

 そんな彼女達と、アッシュに対する解釈が一致であることに満足したのか。瞑目していたネージュが深く頷いて、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに鼻を鳴らしてみせる。

 

「2人の言う通りよ。アッシュお兄ちゃんは、そんなことは言わないわ」

 

 ネージュの口振りは、重大なミスを指摘するように険しい。だが、あんな真面目な顔で『アッシュお兄ちゃん』などと言い出すので、やはり何が何だかというような気分になる。

 

 同性であるローザから見ても、ネージュはクールビューティーで神秘的だし、慣れていても時々、見惚れてしまう程だ。ただ、カルビが普段から言っている通り、もしかしたらネージュは、そこそこポンコツなのだろうか……。

 

 ローザは先程と同じように、ネージュを凝視してしまう。エミリアもすごく何かを言いたそうな顔だった。

 

 シャマニとヴァーミルの2人も、いったい何事か、という表情になってネージュを見詰め、それから互いに顔を見合わせて、またネージュを凝視した。

 

「おいおいネージュ……。さっき言いそびれたけどよ。そんな迫真の表情でアッシュの妹面なんてされたら、アタシ達だって反応に困るだろうが。もうちょっと加減しろよ」

 

 やれやれといった感じでカルビが肩を竦めると、またネージュがハッとした顔になり、何かを言い返そうとするように唇をむにむにと動かしていたが、結局何も言わずに、ムスッとしてそっぽを向いた。

 

「まぁ……、お前がアッシュの妹面するなら、このカルビお姉ちゃんが一緒に面倒見てやるけどよ」

 

 そのカルビの穏やかな言い方は、ネージュの言い間違いを弄るものではなく、『何か理由でもあるんだろ?』といった感じだった。

 

 アッシュとネージュの関係性や、ネージュの過去にも触れることなく、そして無視するでもなく、今のネージュの在り方を肯定するような口振りでもあった。

 

 ネージュは少し驚いた顔になってカルビを見ながら、何度か瞬きをした。それから眉間をぎゅっと絞って下唇を噛んだものの、やはり何も言わずにまたそっぽを向く。

 

 その無言からは、咄嗟に言葉にできなかった礼らしきものを含んでいるような、柔らかさが感じられた。カルビが「ししし」と目を細めて、肩を揺らす。

 

釣られてローザも、エミリアと目を見交わせつつ少しだけ笑ってしまう。

 

「アンタみたいなのに姉面されるなんて、アッシュ様も大変ね……」

 

 気の毒そうに言うシャマニが切なげな表情になる。それを聞き逃さなかったカルビも、「言ってくれるじゃねぇかシャマニ」と楽しげに唇の端を吊り上げた。

 

「じゃあ、アッシュ様アッシュ様って言ってるお前は、犬耳だか猫耳だかを付けて、アッシュのペットにでもなるつもりかよ?」

 

 鼻を鳴らしたカルビが肩を竦めると、表情を引き締めたシャマニが勇ましく言い返した。

 

「望むところよ……ッ!!」

 

「えぇ……、即答かよ」

 

 流石にカルビの顔も歪んでいた。絶句しているネージュも半ば圧倒されている様子だった。エミリアは違った。

 

「私も同行しますわよ……ッ!」

 

片手で拳を作って勢いよく立ち上がったエミリアは、熱意と希望を漲らせた眼差しでシャマニに頷く。まるでこれから激しい戦いへと共に身を投じる、信頼できる戦友を見詰めるかのようだ。

 

「シャマニさんが犬耳を装着するならば、私《わたくし》は猫耳で参りますわッ!」

 

「いや、参らなくていいから……。取り敢えず座りなよ」

 

 何だかよく分からない今の会話の中、ほとんど為す術がないローザは投げやりな反応しかできなかった。

 

「まぁ、しかし」ワケの分からない盛り上がりを一旦落ち着けるように、この場の面々を見回したヴァーミルが重々しい口調で呟く。「彼も大変だな……」

 

「あぁ。妹面するヤツだけじゃなく、ペット希望の変なヤツにまで近寄ってこられたら、流石にアッシュだってストレスが溜まってしょうがねぇよ」

 

いかにもアッシュの理解者然とした顔のカルビが、ソファに座り直しながら、うんうんと頷いていた。

 

「このカルビお姉ちゃんが、たっぷり癒してやらねぇと」

 

 あまりにも遠慮のないカルビの姉面に、ローザは半目になってしまう。エミリアとネージュが鼻を鳴らして、シャマニが舌打ちをするのが聞こえた。誰が何を言っているのか、という空気だ。

 

「……お前のように、自分のことを姉だと言い張るような者も同類だろう」

 

 邪悪なものを見る目になったヴァーミルが指摘すると、カルビはワザとらしく驚いた表情を作って肩を竦めた。

 

「おぉっと? 知性と優雅さ、そして母性と優美さを兼ね備えた清純派女性冒険者、このカルビ=エストマゴを、ヴァーミルさんは御存知でない?」

 

「……どこの誰だ、それは」

 

 もはや何か言い返すのも面倒そうになったヴァーミルが、雑音を聞き流すような態度と表情になる。

 

「私の知ってるカルビとは、違う人だね」取りあえず、ローザもツッコんでおく。

 

「何一つとして符号していないわね」とネージュが頷き、「何もかも欠けてますわね」と目を細めたエミリアも冷たい声を出す。シャマニは何も言わずに鼻で笑った。

 

「へいへい、冗談だっつーの」

 

 カルビはひらひらと手を振ってから、どさっとソファに凭れた。

 

そして余計な力を抜いたふうの表情になってから、「まぁでも、前にアッシュは、お前のことについても言ってたぜ」と、ヴァーミルに笑みを向ける。

 

「む……。な、何をだ?」

 

 思わずといった様子で姿勢を正したヴァーミルは、眉根を寄せ、期待と警戒を含んだ声を硬くした。カルビが頷く。

 

「あぁ。『ヴァーミルさんて、美人でかっこよくて素敵ですね』ってな」

 

「な、なに……?」

 

「ついでに、『どうしたらヴァーミルさんと仲良くなれるんでしょう?』って訊かれたぜ?」

 

「それは本当かっ!?」

 

 落ち着いた様子でソファに腰掛けていたヴァーミルが、笑みを溢す寸前のような表情になって前のめりになり、声を高くした。対するカルビが朗らかに笑う。

 

「なに本気にしてんだよ。冗談だっつーの」

 

「貴様……」

 

 恐ろく低い声を吐いたヴァーミルが、ソファから立ち上がろうとする。そのヴァーミルの右手には、既に戦鎚が召喚されていた。めっちゃデカい戦鎚だ。

 

 立ち上がったヴァーミルはこの場でいる誰よりも高身長だし、身体の幅や厚みもある。その迫力が加わるせいか、彼女が手にしている戦鎚も余計に大きく見える。

 

「ちょ、ちょっとヴァーミルさん! 武器召喚は禁止! 駄目ですって!」

 

 ソファから立ち上がりながら、ローザは思わず叫んでしまう。あんなものを家の中で振り回されては堪らない。リビングが内部から吹き飛んでしまう。

 

「む……。すまない……」

 

 大人しく戦鎚をアイテムボックスへと収納してくれたヴァーミルは、横目でカルビを睨みながらソファへと座り直した。

 

「えぇと……。それじゃあそろそろ、私達が同行させてもらう仕事内容を教えて頂いても……?」

 

 安堵の溜息を飲み込みながら、ローザはソファに座り直す。いい加減、話を前に進ませないと夜まで駄弁ってしまいそうだ。

 

「あ、あぁ。そうだな。……この件に関しては、同行というのも正確ではないんだが」

 

 そう歯切れ悪く断りを入れたヴァーミルが、ローザ達を順に見てから声を抑えた。

 

何となく説明し辛そうな口振りなのは、やはりこの場にアッシュが居ないことも関係しているのだろう。

 

ヴァーミルも先程、アッシュにも依頼の内容は直接伝えたかったと言っていたはずだ。

 

わざわざ彼女達が出向いてきたことを考えれば、何か厄介なことをアッシュに頼まねばならないのかもしれない。

 

 クラン『鋼血の戦乙女』は武闘派ではあるが、治安維持のための行政執行にも関わることも多い。機械術士組合がオーナーではあるが、彼女達のクラン業務には司法機関も関わっているようだし、実質的に彼女達は公務員的なポジションにある。

 

 所帯の大きなクランに属するのもそうだが、より巨大な組織の一部として機能せねばならないヴァーミルやシャマニ達には、ローザ達のような普通の冒険者以上に気苦労も多いに違いない。

 

 大変そうだなぁ……とローザが尊敬の念を新たにしたところで、ヴァーミルは手の中に書類を取り出してペラペラと捲った。アイテムボックスに収納していたのだろう。

 

「約3ヵ月後、アードベルで規模の大きなイベントが行われる予定だ。お前達のパーティには、その警備に参加して貰いたい」

 

「ほら、あれよ。王都からやってくるアイドルだが歌姫だかの、その身辺警護も兼ねてるんだけど……」

 

 続いたシャマニの言葉に、肩をピクリと動かしたエミリアが、何かを考えるように視線を斜め下に動かした。『その歌姫というのはもしかして……』というような表情だった。

 

そこで、また来客を知らせるベルが鳴った。

 

 正直に言えば、この段階でローザはちょっとイヤな予感がしていた。その通りになった。訪れてきた人物が、クラン『正義の刃』の幹部である“剣聖”サニアだったからだ。

 

 

 











いつも読んで下さり、温かい感想を寄せてくださり、ありがとうございます!
不定期で更新も遅くなっており、申し訳ありません……。

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