「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
「そうですか。アッシュは留守なのですね……」
ソファに腰を下ろしたサニアは俯きがちになり、溜息を混ぜこんだような沈んだ声を溢した。
“剣聖”とまで呼ばれる彼女が明らかにしょんぼりとして、アッシュに会えないことを分かりやすいぐらいに残念がっている姿は、なんとなく微笑ましい。
今のアッシュの住所を何故サニアが知っているのかという疑問については、彼女が引き連れてきたルフルが教えてくれた。
律儀なアッシュは今の住所をギルドに提出していたため、それをギルドで調べたサニアがローザの家を訪れた、という流れだ。
「しかし……」
ゆっくりと顔を上げたサニアが、冷たい鈍色の瞳をローザ達に向けてくる。
「アッシュと貴女達が共に生活しているとは思いませんでした」
彼女の声音はちょっぴり尖っていて、攻撃的では決してないものの、ローザ達を羨むような響きがある。
「私もアッシュ君と一緒に暮らすことになるなんて、想像してなかったですよ」
ローザは眉を下げて、ゆるゆると首を振った。
「でも、いろいろとあって、アッシュ君が住んでいるところを追い出されるような状況になったんですよ。私達にとっては、アッシュ君は恩人みたいなものなので……。部屋を使って貰うぐらいの恩返しは、しておきたいなと思ったんです」
「……なるほど、そうでしたか。貴女らしい、と言うべきなのでしょうね。或いはそんな貴女だからこそ、アッシュもその厚意を受け取ろうと思ったのかもしれません」
今のローザとアッシュの関係性について、サニアには何か思うところがあったのか。それとも、今の短い遣り取りの中で何かを察したのかもしれない。
小さく顎を引いたサニアは、やはり寂しげな眼差しをソファテーブルに落としながら、ゆっくりと瞑目した。自分から切り出した話題を、そこで取り下げようとするかのようでもあった。
「まぁアッシュ君が居ないんだったら、しょうがないって」
そんなサニアの隣のソファに掛けたルフルが、明るい声で言いながら肩を竦めた。
「ソロ冒険者として、アッシュ君も忙しそうだね。……わ! このコーヒー、おいしー!」
ローザが淹れたコーヒーの味に感動したのか。ティーカップを片手にルフルが目を輝かせる。
彼女の快活さと可憐さには、相変わらず嫌味が無い。誰に対してもあれだけ清澄な朗らかさを向けることができるなら、それは間違いなく彼女の美点だろう。
「そりゃどうも。お茶菓子が無いのは勘弁してね。ちょうど切らしててさ」
軽く笑いながら応じたローザは、ソファではなくリビングの椅子に腰を下ろしながら、改めて我が家のリビングを視線だけで見回す。
う~ん、しかし……。これはなかなか壮観というか、今まではちょっと想像できなかった光景と状況だ。
クラン『鋼血の戦乙女』の主要戦闘メンバーであるヴァーミルとシャマニの2人が、家のリビングに陣取っていることでさえ非日常的だというのに。
クラン『正義の刃』の6番隊隊長であり、“剣聖”とまで呼ばれているサニアと、そのサニアの補佐官というか、6番隊副隊長であるルフルまでもがコーヒーカップを片手にソファに腰掛けているのだ。
しかもソファの位置的に、『鋼血の戦乙女』のヴァーミルとシャマニ、そして『正義の刃』のサニアとルフル達は、互いに向かい合う形である。
「ところで“剣聖”よ。お前も例の件で此処に来たのだろう?」
低い声で言うヴァーミルの口振りは、感情的に難癖をつけるというものではなかったが、友好的とも言い難い重厚さだった。
「えぇ。そうです。……ということは、あなた方も?」
事務的に応じるサニアは、やはり表情を動かすことなく、視線だけでヴァーミルとシャマニを見比べる。今度はシャマニが腕を組んで、攻撃的な微笑を浮かべて見せた。
「お察しの通りよ。というか、貴方の御蔭で私達の仕事が増えてるんだけど。今もこうして、アッシュさ……、ンンン!! ……アッシュさんに了解を取りに来なくちゃいけなくなったんだから」
「あちゃー……。その点に関しては、あーし達も謝るしかないんだけど、まぁ何と言うか、色々と状況が複雑だったもんで……」
申し訳なさそうに両手を合わせ、謝るというか拝むようなポーズを作ったルフルが、横目で見上げるようにサニアを見た。薄っすらと眉間に影をつくったサニアも、バツが悪そうに視線を斜め下に落とした。
「確かに、何の断りも無く彼を推薦したことは、浅慮で軽率だったと反省はしています。ですが……、人員不足が深刻であることも事実でした。女装を施した彼ならばと……。それを承諾したギルドとしても、そして先方の事務所も、信頼できる身辺警護担当を用意したいというのが現状なのでしょう」
「イベントまで時間はあるが、まるで人員が集まる気配が無いからな……。ギルド側も焦っているのだろう」
「おいおいおい。待て待て、待てよ」
今まで黙ってテーブルに頬杖をついていたカルビが、思わずといった感じで身体を起こして手を挙げた。
「お前らだけが知ってる事情で、お前らだけで盛り上がるなよ。アタシ達も混ぜろって。つーか、かなり聞き捨てならねぇ部分があったぞオイ」
彼女達に説明を求めるカルビに続き、ネージュとエミリアの方も妙な具合に深刻な表情になって、腰を浮かせかけるような姿勢になっている。
「今、サニアが口にした“彼”というのは、アッシュ君のことかしら……?」
「ンンンンフフフゥゥゥン……? なるほどぉぉン? アッシュさんが女装をする必要性がある依頼というのはァァ、脳が沸騰するぐらいにィィ、イィィィンタレスティィィンングですわねぇぇぇぇえ……!?」
顔を見合せて頷き合ったネージュとエミリアが、もう興味津々といった感じで体ごとサニア達に向き直った。彼女達の迫真の目力には、速やかに事情を話してみせろというメッセージが濃厚に滲んでいる。
……だがまぁ、気になるというのはローザも同じった。
『鋼血の戦乙女』『正義の刃』の主要メンバーが、タイミングまで揃えてローザの家に足を運んできているのだ。
さきほどルフルも言っていた通り、それなりに理由があるのは間違いない。――アッシュを含め、ローザ達を必要とするような理由が。
「この場にアッシュ君が居ないのは仕方ないとして……。今回の依頼に何かの事情があるのでしたら、私達も知っておきたい思います」
ローザは言いながら、パーティとして仕事を受けることを表明したつもりだった。
エミリアやネージュ、カルビからも反対意見は出ない。それを見て取ったヴァーミルとサニア、シャマニとルフルも其々に目を見交わし、頷き合った。
「込み入った事情というよりは、面倒な“御要望“”に頭を悩ませてるっていうのが正確なところね」
まず最初に口を開いたのは、機嫌が悪そうに片目を窄めているシャマニだった。
「アイドル……、まぁ王都じゃ歌姫って呼ばれてるみたいだけど、その歌姫サマの大型興行イベントの警備が、今回の仕事だっていうのはさっきも話したわよね?」
そこで言葉を切ったシャマニは、ローザ達が頷くのを待ってから、この依頼の面倒さを実感し直すように鼻を鳴らした。
ただ、このときもエミリアは何かを言いたげに手を挙げかけて、この場ではそれを慎むように座り直していた。王都からやってくるという歌姫について、個人的に何か気にあることがあるのだろうか。
「で、厳重な警備体制を構築する必要があるんだけど、ここに厄介な条件があってね」
エミリアの仕種には気付かなった様子のシャマニは、顔を歪めて鼻を鳴らした。薄っすらと眉間に影を作ったヴァーミルが、そのあとを引き取る。
「“現場の警備は全て女性で固めろ”とのことだ。……まぁ正確には、上級の女性冒険者を揃えろ、という話なんだがな」
疲労が色を付けたヴァーミルの口振りは落ち着いていて、その職業柄か、面倒な要求に対する諦念を十分に飼い馴らしているふうだった。
それに続いたルフルもまた、眉を下げて肩を竦めた。もう降参、という具合に。
「この条件を満たそうとしたら、やっぱり厳しいからさ。女性の上級冒険者なら誰でもイイってわけでもないし、信頼できる人物じゃないと」
笑顔を深めたルフルが、ローザ達を順番に指差した。彼女の言う“信頼できる人物”として、ローザ達は数えられてるということなのだろう。
「……これらを理由に、確保できる人員が不足しているのが現状です。ギルドとしても、上級の男性冒険者ならかなりの数を用意できる筈ですが、女性だけとなると話は簡単ではありません」
サニアが締め括るように静かに頷き、ローザ達にも視線を流してくる。
「……つーか、そもそもの話なんだが」
テーブルに頬杖をつく姿勢に戻ったカルビが、ひらひらと手を挙げた。
「何で女ばっかりなんだよ。王都から来るっていう歌姫サマは、相当な男が嫌いなのか? それとも、その興行主だか元締めだかの趣味なのかよ?」
「どちらでもない」渋い顔のヴァーミルが緩く首を振った。
「女性冒険者だけで警備体制を構築するのは、歌姫のファン達に向けた配慮だそうだ」
「常識的な普通のファンが大半だけどね~……。歌姫に男を近寄らせるなー! って、やたら感情的に騒ぎ立てる過激なファンも、少なからず居るみたい」
そう続いたルフルが苦笑を浮かべて、シャマニも小刻みに頷きながら軽く息を吐いた。
「ただでさえ男の冒険者は血の気が多い連中が揃ってるんだから。その冒険者連中と、王都からもやってくるだろう厄介なファン同士が大勢でぶつかったら、諍いやトラブルで済まないでしょ」
「なるほど……。そういうこと」
椅子に座って脚を組んだネージュが、納得したように呟く。その隣ではエミリアも腕を組んで、顎先を指で摘まむ格好になっていた。
「暴力沙汰が起きる可能性を極力減らすため……ということですわね」
「“王都からも見物人が来る”って部分で、いろいろと事情が見えてきたぜ」
頬杖をついていたカルビが身体を起こし、訳知り顔でニヒルな笑みをつくった。
「さっきも剣聖サマが人員不足だのなんだのと言ってやがったが、そりゃあ無理もねぇよ。そもそも王都から流れて来てる仕事なんだろ? ……ってことは、だ」
「カルビさんのお察しの通りなんだよねぇ~」眉を下げたルフルは、もう参っちゃう、とでも言いたげだった。
「ほら、今までも王都からの依頼って、報酬も貢献度も極端に低くかったからさ。ほとんど冒険者の命を見下して買い叩くようなものもあったし……」
「まぁ……、アードベルの冒険者なら、王都のギルド支部から流れてくる依頼なんて、よっぽどのことが無い限り見向きもしないわね」
ネージュが冷たく言って鼻を鳴らす。これにはエミリアも同意せざるを得ないといった感じで、ゆるゆると首を振った。
「因果応報ですわね。王都に本部を置く企業の依頼は、冒険者を軽視してきた事実がありますもの。貴族の持ち会社の依頼なども、今になって快く引く受ける冒険者なんて本当に極少数でしょう」
「だね~……。人が集まらないワケだよ」
ローザが肩を竦めると、今度はシャマニが「その対策として」と言葉を続け、面倒そうに息を吐いた。
「この依頼の報酬と貢献度は、何度か設定され直してるわ。普通の冒険者なら飛びつきたくなるぐらい、かなり高めにね。でも……さっきも言ったけど、これは上級冒険者を対象とした依頼だから。現状だと殆ど効果は出てないわ」
「そりゃあ、まぁ……」そうでしょうね、と言い掛けたのをローザは飲み込む。
単純な理由として、上級女性冒険者にとっては、この依頼を受ける意味がない。そもそも上級冒険者としての実力があるなら、十分に稼ぎを出しているはずだ。
わざわざ王都に本部を置くような企業に媚びを売る必要もないし、売ったところで旨味も薄いうえに、面倒でしかない。
なるほど。状況を見れば見るほど、冒険者を集められない条件が揃っている。
「で、結果的に駆り出されることになったのが『鋼血の戦乙女』と、剣聖サマが率いる『正義の刃』、その女クランメンバーって感じか」
くっくっく、と喉の奥を鳴らしたカルビが、ソファに陣取っているヴァーミルやサニア、シャマニ、ルフルを順番に見まわした。実際、その通りなのだろう。
ヴァーミルとシャマニは渋そうな顔になってカルビを睨み、サニアは瞑目しながら、堪え損ねたような細い溜息を溢している。
「ぶっちゃけ、そんな感じでーす」と両手を頭の後ろで組んだルフルだけが、からからと笑った。
「上級の女性冒険者を揃えるってことだったけど、私達にまで話が回ってきていいの?」
冒険者業界の暗黙の了解というか、不文律的な常識として、上級冒険者というのは『2等級』よりも上の者達のことを指している。
ローザは『2等級・銀』であるし、確かに上級冒険者ではある。だが、カルビは『3等級・銀』であるし、ネージュとエミリアは『4等級・金』だ。上級とは呼べないが、それでも構わないのだろうか。
そんなローザの疑問も既に察しているのだろう。
「その点については、何も問題はありません」
冷淡な声音と表情のサニアが、ゆったりと頷いてみせる。
「確かに、求められているのは女性の上級冒険者です。ですが、その実力が上級冒険者に相当すると判断できる者については、この条件は不問とするというのが、今のギルドと先方企業の決定です」
ハッキリとした物言いをするサニアは、冷たい光を帯びた鈍色の瞳でローザ達を順に見た。その彼女の眼差しに、エルンの町で顔を合わせたときのような剣呑さは無い。
「共に戦かった貴女達の力と人柄を、私は知っています。そして、貴女達が信頼できる人間であることも。貴女達を警備隊に迎え入れることについても、既にギルドから許可は得ています」
「“剣聖”と同じく、我々もお前たちのことは信用している」
サニアの言葉に追従したヴァーミルが、厳粛な声音で言い切った。
「だからこそ、この話をお前達に持ってきたんだ」
意外なことに、そこで反応したのはサニアだった。
「……貴女も、彼女達と共に戦ったことが?」
ヴァーミルとシャマニに目線を移したサニアは口許を僅かに緩め、何かを確かめるような、ある種の共感を引き出そうとするような訊き方をする。
そのサニアに深く頷いたヴァーミル、押し黙ることで肯定を示しているシャマニも、ローザ達を一瞥した。「ダルムボーグの一件でな」と応じたのは、表情を少し穏やかにしたヴァーミルだった。
「私達はローザ達に助けられた。……我々がギギネリエスを仕留めるのに、ローザ達も、それにアッシュも、ひと役買ってくれたんだ」
ギギネリエスを斃したのは『鋼血の戦乙女』と『ゴブリンナイツ』の両クランであるとギルドも公表している。
この場でのヴァーミルの語る言葉に嘘は無い。表面的には。そして矛盾もしていない。当時の現場で何が起こったのかを知っているのは、ローザ達を含めて極少数だ。
「あのネクロマンサーが討伐された件で、貴女達も動いていたのですね」
サニアは探るようにローザ達を見回してから、何度か小刻みに頷いて見せる。
「そう言う貴女は、ローザ達との共闘の経験があるの?」
やや威圧的な口調のシャマニが、片方の目を窄めてサニアを見据えた。
あの態度がシャマニの素なのだろうが、やはりちょっと怖い。どうにも攻撃的だ。だが、そんなシャマニにも物怖じせず、サニアは表情を動かすことなく頷く。
「うん! あーし達とローザは、バチバチに共闘した仲だから!」
相変わらず明るい調子で答えたのはルフルだった。
「ちょっと前まで、あーし達は辺境の町を防衛する任務についてたんだけど、ローザ達の御蔭で、危ない所を乗り越えたんだよ。ねー?」
緊張感の欠片もないような能天気な口振りのルフルだが、実戦での彼女の理知的な戦い方や人形遣い兼魔術士としての実力はローザ達も知っている。
そして恐らくは、ヴァーミルやシャマニだって、ルフルが並の冒険者ではないことは理解している筈だった。
「ほう……。あの地方の辺境伯から、アードベルのギルドに依頼が流れていたのは覚えているが……。そうか。アレにお前達も参加していたのか」
ヴァーミルが少し驚いたように目を見開いた。続いて、何かを思い出すようにシャマニが眉間を絞ってローザ達を見回した。
「厄介なゾンビの群れに襲われていたそうだけど、その制圧のためにアンタ達も戦ったわけね。……でも辺境への派遣って、問題のある冒険者への懲罰的な意味合いがあったように記憶してるんだけど」
「あー……。まぁ、エルンの町に出向く前に、私達も色々あって……」
頬を強張らせたローザは愛想笑いで視線を泳がせつつ、言葉を濁す。
墳墓ダンジョンの罠を起動させてしまい、貴重な隠しフロアを埋めてしまったとは言えなかった。
そのペナルティとしての貢献度剥奪の代わりに、エルンの町に赴いて『正義の刃』の手伝いをすることになったのだということも、説明する気にならなかった。
またお前達はトラブルを起こしたのか、などと呆れられるのがオチだ。
「あぁ……。なんつーか、笑うしかねぇっつーか」
「何と言うか、不幸な事故だったわね……」
「そうですわねぇ……」
ゼナルブ墳墓でのトラブル、というか、今までの冒険活動全般を思い出しているのだろうカルビやネージュ、エミリアも、ちょっと煙たそうな、元気が無くなったような顔をして頷き合っている。
“トラブルメーカー”という不名誉な称号、或いは、自分達のパーティの2つ名、というか、単純な悪口がローザの頭を過っていく。乾いた笑い声と一緒に溜息が出た。
「ポジティブに考えようよ! ローザ達がトラブルに巻き込まれる体質な御蔭で、私達には縁が出来たんだし!」
ローザ達のしめやかな空気を感じ取ったのだろうルフルが、そこで励ますように言ってくれる。
「それにさ、現場でのトラブルを冒険者として解決し続けてるなら、ローザ達も“トラブルブレイカー”とか名乗ればイイじゃん!」
ルフルからの意外な意見に、ローザ達はまた顔を見合せる。……なるほど。今までのローザ達の冒険活動を好意的に解釈すれば、そういう捉え方もできるのかもしれない。
「でもよ、“トラブルブレイカー”とか……、何かダサくねぇか?」
眉をハの字にしたカルビが、相変わらず遠慮のない言い方をする。ネージュとエミリアが、酸っぱそうな顔になって頷き合った。
「ダサい気がするわ……」
「ダサい気がしますわね……」
「ひどぉい!? せっかく励まそうとしたのにぃ~!」
悲しそうな顔になったルフルが、身体を仰け反らせた。
「っていうかぁ!急に3人の息がぴったり合うのは何なのー!?」
頬を膨らませるルフルに、ローザは宥めるように苦笑を向ける。
「や、ごめんごめん。この3人、実は仲良しだからさ。でも、ありがと……。そんなふうに言ってくれたら、私達も救われるよ」
「お礼なんていいって。面倒なトラブルとかピンチにも、ローザ達は真摯に対処してきたんでしょ? なら、胸を張ればいいじゃんていうのは、あーしの本音だもん」
他の冒険者達から厄介者として見られることも少なくなかったローザにとって、嫌味無くにんまりと笑ってくれたルフルの言葉は、かなり心に響いた。
他者への気遣いに長けていながら、そこに裏表を感じさせないルフルという女性は、きっと男性からも好意を向けられることも多いだろう。そしてそれ以上に、同じクランメンバーの女性達からも好かれているに違いないと思った。
「まぁ、トラブルなんて起きないのが理想なんだけれど」
ニヒルな笑みを作ったシャマニが身も蓋もないこと言って、やや険しく眉間を絞ったヴァーミルも無言で頷いている。
そんなことは言われなくても分かってますぅ、というメッセージを籠めるつもりで、ローザも唇をへの字にひん曲げた。
「そんなモン、アタシ達だって同じだっつーの。ついでに言わせて貰うがよぉ~」
眉間を絞ったカルビが顎をしゃくれさせ、シャマニとヴァーミルを恨めしそうに見てから指を向ける。
「今回に限っては、ちょっと妙な感じの仕事を持ち込んで来やがったのはお前らの方だぜ?」
「……何も言い返せんな」
ヴァーミルが僅かに顔を歪めて、シャマニも鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「ところで……。ずっと気になっていたから話を戻させて貰いたいのだけれど」
妙に熱の籠った口調のネージュが、鋭い眼差しになってヴァーミルとシャマニ、それからサニア、ルフルを順に見遣った。
氷の大槍さながらのネージュの眼差しを受けても、「何か訊きたいことが?」と落ち着いているサニアに対して、ルフルは顔を強張らせて背筋を僅かに伸ばしている。
「えぇ。さっきサニアが口にしていた内容よ。アッシュおに……、アッシュ君が女装するとかどうとか言っていたでしょう?」
アッシュお兄ちゃんと言い掛けたのだろうネージュだが、その顔は怖いくらいに真剣だ。さっきまでの仕事の話を聞いているときよりも、よっぽど熱心に見える。
「そうそうそうそうっ! そうですわ!!」
これは一大事だと言わんばかりの顔つきになったエミリアも、身を乗り出すどころかリビングの椅子から立ち上がって、サニアが座っているソファの近くまで寄っていき、しゃがみ込んだ。
「私《わたくし》もそのことを根掘り葉掘り徹底的に訊き尽くしたいと思っていたところですの!!」
緋色の瞳を爛々と輝かせるエミリアは、怖いくらいの積極性を発揮している。
ちょっと顔を引き攣らせたルフルが引いていた。あまり表情を動かしていないサニアにしても、いきなり近づいてきた巨大な野良犬でも見るような目でエミリアを見て、身体を引いている。
「つっても、今までの話を聞いた感じだと、なんとなく事情は分かるけどな」
こういうときに妙に落ちついているカルビは、思案顔になって顎を撫でていた。ローザも頷く。
「上級の女性冒険者が集まらないから、女装したアッシュ君にも参加して貰おうって感じかな?」
ローザが口にした推測に対して、腕を組んだヴァーミルが苦い表情で顎を引いた。
「……その通りだ。ただ、彼には“剣聖”と共に仕事をして貰うことになる」
「この話を進めるにはアッシュ様の了解が必要だから、まだ確定してるわけじゃないけど」
そう言い足したシャマニは、やれやれといった感じで鼻から息を吐いてからソファに凭れた。
「…………アッシュ様……?」
「…………アッシュ様……?」
サニアとルフルの2人が、怪奇現象を目の当たりにしたような顔になってシャマニを凝視し始める。
シャマニの方は「あっ」という顏になってから一瞬だけ視線を彷徨わせ、すぐに不機嫌そうな目つきで2人を睨み返した。
「なによ……? 私がアッシュ様って呼ぶことについて、何か文句でもあるワケ?」
喧嘩腰になったシャマニが攻撃的な開き直りを見せる。
ヴァーミルが顔を歪めているし、サニアとルフルも顔を見合せて、この話題に深入りすべきかどうかを目線で確かめ合っている様子だった。
「おいおい。シャマニちゃんよ。そうやって話を脱線させんじゃねぇっつーの」
疲れたような顔になったカルビが、ひらひらと手を振って口を挟んだ。
「ほら。さっきも言っただろ。ダルムボーグで色々あってな。そのときに、シャマニちゃんがアッシュに一目惚れしちまったんだよ」
リビングのテーブルに頬杖をつく姿勢に戻ったカルビが、サニアとルフルに向けて、ぞんざいな説明を済ませた。そして「まぁあれだ。“剣聖サマ”と一緒ってわけだな」と言い足したことで、今まで静謐な雰囲気を維持していたサニアが吹き出す。
「なっ……、何を言うのです……っ! わ、 私は……っ!」
明らかにテンパり始めたサニアが顔を赤くして、ソファから勢いよく立ち上がった。
サニアの肌は白く奇麗だから、その紅潮具合がよく分かる。瞬間的に沸騰したサニアは、もう耳まで真っ赤だ。
今度はシャマニとヴァーミルの2人が、不可解な現象を目の当たりにしたような顔つきになってサニアを見上げていた。
「歌姫さんの事務所からギルドに要望があってね。歌姫さんの特別身辺警護役として、サニアが任命されることになったんだよ。平たく言えばボディガードなんだけど」
明るい苦笑を溢したルフルが、脱線しそうになる話を前に進めてくれる。
「……で、実力があって信頼できる女性冒険者を、もう1人ぐらいはボディガードに欲しいよねっていう話になってさ。そこでサニアが推薦しちゃったのが……」
そこで話が見えてきた、というふうにネージュが小刻みに何度か頷いた。
「アッシュおに……アッシュ君だったのね」
「なぁぁるほど。確かにアッシュさんなら、実力も人柄も可愛らしさ、まさにパァァァァァァフェクトですものねぇ」
エミリアも鼻から大きく息を吐き出し、満足そうな顔になっている。
「それで、アッシュに女装してくれって話になるわけか」
鼻を鳴らしたカルビも、すぐに事情を了解したようだ。今までの話を頭の中で纏めつつ、ローザも納得していた。
「サニアさんの推薦となれば、歌姫さん側の事務所だってアッシュ君の実力を疑うこともないだろうし。確かに、話はスムーズに進みそうだよね」
だがそれ以上に、アッシュが誰かのボディガードになることをギルドが許容していることに、ローザは深い感慨のようなものを覚えていた。
以前ヴァーミルやシャマニが調べてくれていたアッシュの人格や素行、出自や来歴などは、当然だがギルドも把握しているはずである。
その上でギルドは、歌姫の特別警護という重大な仕事を、アッシュに任せる判断をしたのだ。
それは結局のところ、社会生活を始めたアッシュの足跡こそが、彼の無害と、客観的な善良さを立証する検査結果であり、診断結果であり、訓練結果でもあったということだろう。
少し大袈裟な感傷かもしれないが――この世界や社会と巨大な何か、その寛容さをもって今のアッシュのことを否定していないように思えて、ローザは嬉しかった。
「取り敢えず、あとはアッシュに話を通して、女装でも何でもしてくれるっつー了解が必要ってこったな」
ぐぐぐっと両手腕を上げて伸ばし、ゴキゴキと首を鳴らしたカルビは、そこで冗談めかして笑った。
「何なら当日、シャマニとエミリアも、犬耳だが猫耳だかを着けて行ったらどうだ?」
「……それは何の話なのです?」
あからさまに訝しむ目つきになったサニアが、カルビを一瞥し、それから名前の挙がったシャマニとエミリアを順に見た。何をワケの分からないことを言っているのかという、呆れ交じりに警戒するような視線だった。
「アッシュお……、アッシュ君のペットになるとかどうとか、そんな話をさっきまでしていたのよ」
淡々とした口調のネージュの説明だが、その淡々としている分だけ、意味不明さというか、不可解さが際立って伝わったのかもしれない。
「……何を言っているのか、少々理解に手間取りますが……。なるほど、つまりは、アッシュと親密になる手段について、話がなされていたわけですね?」
流石は“剣聖”だ。理解が早い。いや、関係ないのか。ただ、目つきだけを深刻にしたサニアが、下唇を持ち上げて顎に皺を寄せる表情になった。……初めて見る表情だなぁ……。
……というか、ネージュもさっきから『アッシュお兄ちゃん』と言いかけまくっている様子だけど、そろそろ注意すべきだろうか。
「まぁ、アッシュ君のペットになりたいっていう欲求の是非は置いとくとして」と気楽に応じたルフルの方は楽しげだ。
「シャマニさんもエミリアさんも美人だから、結構似合うんじゃないかな~? 実際、そういうアクセサリーも売ってるし」
「でしょう!?」とエミリアが勢いよく立ち上がり、「そ、そう?」と満更でもなさそうな顔のシャマニが口角をむにむにと上げていく。
普段から自己肯定感の塊のエミリアは、だいたいのシチュエーションで自信過剰気味だからあまりに気にならないが、シャマニのチョロさはちょっと心配になる。それはローザだけでなく、ヴァーミルも同じだったようだ。
「……おいシャマニ。あまり乗り気になるなよ」
渋い顔になっているヴァーミルが、それとなく窘めている。
仕事の話から脱線しているというよりは、ローザ達が把握すべき事情が、話題として大方出尽くしたからだろう。リビングの緊張が緩やかに解けて、日常らしい時間が流れ始めるのを感じた。
「ローザはどうだ? 猫と犬、どっちがいい?」
唇の端を持ち上げたカルビが、ローザが猫耳だが犬耳だかを着けることが、既に確定しているかのような訊き方をしてくる。
「私なんかよりも、アッシュ君が猫耳とか犬耳を着けてくれた方が可愛いよ、きっと」
肩の力を抜いたローザが冗談交じりに返した瞬間だった。
めっちゃくちゃ真剣な顔つきになったサニアとシャマニがソファから立ち上がり、同じく立ち上がったエミリアが目を見開いて、ネージュが感銘を受けたような眼差しでローザを見詰めてくる。
新時代の幕開けを見たような表情になった彼女達はさらに、“それだ!”と言わんばかりに、一斉にローザに指を向けてきた。
……え、何この空気。
別にスケベなことを言ったわけでもないし、下ネタを言って滑ったとかでもないのに顔が熱くなってくるし、ローザは最高に居心地が悪かった。
「流石はローザだな。視野の広さがアタシ達とは違うぜ」
ニヤニヤ笑いのカルビが横から言ってくる。まぁ、カルビが茶々を入れて来るのはいつもの事なので、「うっさい」と一言だけを返しておく。やはり意外だったのは、ここでヴァーミルが先頭を切って意見を口にしたことだ。
「アッシュには猫耳が似合う。間違いない」
重々しくも武人然とした、あまりにも厳粛な言い方をするヴァーミルは、ひょっとしたら猫が大好きなのか。それを尋ねるよりも先に、ヴァーミルは自分の興奮を恥じるように視線をそっぽに向け、手を振った。
「ぁ、いや……な、何でもない。……忘れてくれ」
声を掠れさせて思いっきり赤面しているヴァーミルを、今度はカルビが弄り始めて、話はさらに脱線していく。ある程度の仕事の話が済んではいるものの、そこからはもう完全に雑談の空気が出来上がってしまった。
まさか、本当にお茶会でも始めそうな雰囲気になるとは思ってもいなかったので、ローザは面食らいつつも、ちょっと感動していた。
“トラブルメーカー”とまで呼ばれた自分達が、実力のある有名クランから必要とされるだけでなく、仲間意識のようなものを持って接して貰えていることは素直に嬉しかった。
カルビやネージュ、エミリアにしても、いつもよりも何となく表情が明るく見えるのは気のせいではないだろう。
この場にアッシュが居れば、恐らくはローザ達と同じ種類の喜びを分かち合ってくれたのだろうが、残念ながらアッシュは不在だ。仕方がない。
不意に、ローザの脳裏には父の姿が浮かんできた。
記憶の中に住まう父親が、実父ではないことはとっくに察していた。だが、ローザは父のことが好きだった。尊敬していたし、憧れもしていた。
思い出す父の目はいつも、人々のなかで生きるということの複雑な様相を、誰よりも深いところから眺めるように凪いでいる。
あの優しく、穏やかな父の眼差しが、ローザの記憶に混在するアッシュの微苦笑と、溶け合うように重なっていくのを感じた。
多分だけど、父さんはアッシュ君のこと、気に入ったんじゃないかなぁ……。何なら、私を差し置いてパーティに誘いまくったりしそう。
そうだ。父さんなら、きっと……。アッシュ君がこの世界に馴染み切れなくても、それでも、生きていることを肯定してくれるだろう。この場にいるローザ達と同じように。
ただ、父ならばアッシュに女装をしてくれなどとは言わなかっただろうと思い、ローザはこっそりと苦笑する。
この場の面子にアッシュが合流し、女装のための衣装や装備について話し合う場面を想像してみる。感傷的だった苦笑に代わりに、純粋な笑みと軽い溜息が零れた。
う~ん……。忙しくなるかもしれないよ~、アッシュ君。
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