「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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第75話 素直になれれば2<リーナ視点>

 

 

 

 

 リーナはアイテムボックスに入れて持ってきた紙コップを全員に渡して、水筒に入れてきた茶を全員に注いだ。おやつも持って来ている。異世界から伝わったというお菓子、『どらやき』だ。

 

 非常食やテントも一応は持って来ているが、この草原からアードベルまでは一晩泊まるほども離れているわけではない。夜更けまでには帰れる距離である。

 

 多少はゆっくりしていても大丈夫なので、取りあえずは休憩だ。

 

 さっきまでの緊張感が切れたことで、喉の渇きを覚えたリーナだけではなかったようだ。紙コップのお茶を一気飲みしたのは、アッシュ以外の全員だった。

 

 リーナもお茶をお代わりして、さっきまでの戦闘訓練を振り返る。まぁ、パーティメンバー同士で反省点を挙げ合うだけだが、それでも十分に有意義だった。

 

 前衛であるリーナとロイドの位置取り。レオンが操るゴーレム達との連携や、配置のバリエーション。結界魔法を展開しつつ、治癒魔法の分まで魔力を温存するためのオリビアの勝負どころなど――。

 

 どらやきに齧りつきながら意見を出し合うリーナも、ロイドも、レオンも、オリビアも,、みんな真剣である。

 

 何せ訓練中にはアッシュによって、複数回のパーティ全滅を経験しているのだから、全員が必死だ。

 

 一方でアッシュはと言えば、紙コップのお茶をちびちびと飲み、どらやきを小さくちぎって食べながら、リーナ達が話し合うのを静かに聞いている。

 

 積極的に参加してくるわけでもなく、完全な外野を決め込むわけでもない、という態度だ。全員の発言に耳を傾けながら、自分の考えを練っているようでもある。

 

 実際、レオンやロイドに意見を求められ、それに応じたりしているアッシュの発言は、親身で誠実だった。

 

「リーナさんとロイドさんの2人が居れば、ゴーレム達を先行させる数は2体までとして……。あとのゴーレムは、レオンさん自身の護衛に配置してもいいかもしれません」

 

 アッシュの意見を聞いているレオンとロイドの顔つきは、真剣そのものである。

 

「先程の様に、オリビアさんが咄嗟の判断で自身を守ることもできるのなら、回復役ではなく、最大火力役であるレオンさんを守るのも手かもしれません。勿論これは、回復薬の十分な準備と、撤退が可能な状況を確保、維持できていてこその戦法になると思いますが」

 

 自信無さげなアッシュの助言だが、それを聞き流せる者などリーナのパーティにはいない。

 

 この戦闘訓練においてアッシュは、リーナ達の師匠や先生ではなく、リーナ達の戦闘力を遥かに凌ぐ強敵として存在している。

 

 その実力差を真摯に受けとめるなら、少なくともアッシュが想定している戦い方や作戦については参考にすべきだろう。

 

 リーナ達はアッシュに自分達の力を示し、自分達で学ぶしかない。

 

「なぁ……」

 

 それから一通りの意見が出たあと、皆の会話が間遠になったのを見計らったレオンが、雑談のきっかけを作るようにアッシュに顔を向けた。

 

 草原の上に胡坐をかいたレオンは何気ないふうを装っているが、やけに強張った目つきをしている。

 

 ……どうせ、最近のネージュさんのことでも聞きたいんだろうな。内心で肩を竦めたリーナは、この場の雑談を温かく見守ることにした。

 

「えぇと……。お前、近いうちにローザさん達と冒険に出る予定はあるのか?」

 

 渋そうな顔になっているレオンの声は、妙に平たい。すぐにでもネージュのことを話題に出したいのに、それを我慢したかのようだ。

 

「え、えぇ。同行依頼を受けて、という形ではありますが」

 

 草の上に腰を下ろしていたアッシュは、口を付けていた紙コップから顔を上げて頷いた。

 

「ほう……」興味深そうな顔になって顎を撫でるロイドが、自然と話に混ざっていく。

 

「お前が同行するとなると、やはり難関ダンジョンに潜る予定か? 最近は、古代の魔導具が大量に発掘されたとして、ヴァザラス遺跡が盛り上がっているようだが」

 

「ヴァザラス遺跡か……。大陸南西部の、かなり端っこの方だろ。俺達も行ってみたいが、ちょっと遠いな」

 

 レオンが腕を組み、思案顔になって斜め上に視線を飛ばした。

 

「向こうに行って、滞在しながらそれなりに遺跡を攻めて、そんでアードベルまで帰ってくるまで、だいたい3ヵ月ぐらいか?」

 

「けっこうな遠出になりますね。道中や現地で何らかのトラブルに巻き込まれれば、アードベルに帰ってくるにはもっと時間が掛かるでしょう」

 

 小刻みに頷いたオリビアが何気なく紡いだ“トラブル”という言葉に、リーナ達は一瞬だけ目を見交わしてしまう。

 

 他の冒険者達からの忌避と恐れが入り混じった、“トラブルメーカー”という評判というか2つ名というか、まぁ、ローザ達のパーティに対する悪口を思い出したのは、リーナ達だけでは無かったようだ。

 

「僕が同行させて貰うのは、もっと近場のダンジョンや狩場の予定だった筈です」

 

 アッシュも反応に困ったような苦笑を浮かべている。

 

「ローザさん達なら、別にそんな遠い所にある遺跡まで行かなくても、十分に稼げるもんね~」

 

 腕を組んでからリーナも頷く。

 

「そもそも、アードベルを拠点にしてたら仕事には困らないだろうし」

 

 言いながらリーナは座っている体勢から両手を後ろについて、肩越しに見晴らしのいい草原を見遣る。

 

 リーナ達がいる場所は少しだけ丘のようになっているので、遠くには草原を突っ切るように舗装されている街道を眺めることができた。

 

 その街道を行く大型の馬車の列が見える。大商人が所有する大型の荷馬車なのだろうが、その馬車を守るように陣を組んでいる冒険者達の姿もあった。

 

 数は……12。6人組のパーティが2組といった感じだ。恐らくクランを組んでいる。彼らは馬車を護衛する依頼を受けたのだろう。

 

 人、モノ、金が循環しながら集まり、需要と雇用を生み出し続けるアードベルでは、今の彼らがこなしているような仕事も大事な冒険活動のひとつだ。

 

 冒険者という職業の人間は、潜在的には常に求められ続けている。そのなかで冒険者達は、また別の冒険者を仲間として、協力者として求める。

 

 危険な冒険を共にするための、命を預け合うに足る仲間を求めるのだ。

 パーティメンバーとして。或いは、同行者として。

 

 ――きっとローザ達にとっては、アッシュがその立場にいるのだろう。

 

「ずっと同行の依頼をして貰ってるってことはさ、アッシュは……、やっぱりローザさん達から信頼されてるんだね」

 

 思わずというか、気付けばリーナはそう口にしていた。そのことに焦った。胸に中に燻ぶり始めたモヤモヤとしたものが、リーナの意識をすり抜け、勝手に零れ落ちたかのようだった。

 

 もしもこの自分の声に陰鬱な翳りがあったのなら、リーナは自己嫌悪に陥っていたかもしれない。だが幸いなことに、ちゃんと軽口めいた響きになっていたことには、こっそりと安堵した。

 

「……光栄というか、ありがたいことです」

 

 アッシュは穏やかな声でリーナに応じながら、一瞬だけ目を伏せていた。

 

 その時のアッシュの目が、ローザやカルビ、ネージュ、エミリア達のことを脳裏に思い浮かべるような優しい光を湛えたのを、リーナは見逃さなかった。

 

 そして今、リーナの方へと顔を上げたアッシュの笑みも、今までよりも柔らかい印象を帯びている。

 

 ただ、そのアッシュの温和な気配は、目の前にいるリーナに向けられたものではない。アッシュが内心で抱いている、ローザ達に向けられた親しみの顕れに違いなかった。

 

 今のアッシュの自然な笑みは、ローザ達から分けて貰ったもののように思えた。アッシュの心の深い場所には、もうローザ達が住みついているのだろう。

 

 それを思うと、リーナの胸の奥が、何かに締め付けられる。

 きゅうううっと縮まるように痛んだ。

 ……めっちゃ苦しい。何だろ、これ。

 

 アッシュがこんな風に嫌味無く、なんでも素直に話を聴いてくれるんなら、もっと早くにパーティに同行する話をしておけばよかったな……。

 

 そんな後悔を自覚しそうになって、リーナは冗談めかしてアッシュを肘で小突いた。

 

 「ま、あんまり世間知らずなことをやって、ローザさん達に失望されないよう気をつけなさいよ」

 

「え、えぇ……。でもそれは、本当にその通りですね。気を付けます」

 

 リーナがたじろいでしまうほどの無防備さで、アッシュは自嘲するような苦笑を浮かべてみせる。ほとんど不意打ちだった。

 

「気に懸けて下さって、ありがとうございます。リーナさん」

 

 「べ、つに……、これぐらいは、まぁ」

 

 言いながらリーナは、軽い笑顔を何とか維持しながら奥歯を強く噛んだ。……何でコイツ、私に向かってこんなに風に隙だらけになれるんだろう。

 

 まぁ、失望されて同行も依頼されなくなったら、私達のパーティに来なよ。そう言おうとしたが、やめておいた。今度こそ声が震えそうで怖かったからだ。

 

「しかし……」

 

 ロイドが難しい顔になって、アッシュを見た。

 

「実力者揃いのローザさん達のパーティなら、アードベルを拠点にしつつ、大陸各地の有名ダンジョンまで足を伸ばすことがあっても不思議ではなさそうだがな」

 

「ローザさん達には、3か月ほど先に控えた興行イベントの警護を務めるよう、ギルドからも話が来ているようでしたから。ローザさん達が遠方のダンジョンまで足を伸ばすことは、今のところは無いと思います」

 

「あぁ~……。9号区のバーキャス歌劇ホールに、王都の歌姫が来るんだろ? 3日連続でライブをするとか、情報雑誌にもあったな」

 

 何かを思い出す顔つきになったレオンが、顎を撫でながら眉根を寄せる。

 

「あの大ホールを3日も貸し切りにするとは、豪勢ですねぇ……」

 

 感嘆口調のオリビアは、自分には理解できない世界を遠くから眺めるような顔つきだ。

 

「その歌姫さまってのが、王都じゃ相当な人気者なんだろ。そんだけ金が動いてるってことは、ライブ当日は貴族だの大商人だのも、自分の世話係と一緒に王都から詰めかけてくるのかもな」

 

 束の間だけ思案顔を作ったレオンだったが、自分に関係のないことだと判断したのか、それとも考えるのが面倒になったのか、すぐに鼻を鳴らして頭を掻いた。

 

「ホール周辺を警護するために、上級の女冒険者を募ってるビラは掲示板にもあったがな。まぁ、誰も相手にしてなかったはずだぜ」

 

「当然だな。上級冒険者なら猶更、王都から流れてきた依頼など受ける気にならんだろう」

 

 軽く鼻を鳴らしたロイドも、組んだ胡坐の上に頬杖をついて、覇気のない顔つきになっていた。

 

「そのあたりは、ギルドが一番理解してるって」胸の中に澱んでいたモヤモヤを無視しつつ、リーナは何とか雑談に復帰した。

 

「実際、人が集まらないのを見越して、オリビアにも話が来てるんでしょ? ね?」

 

「えぇ。私がお願いされたのは、イベント会場の警備ではなく、体調不良者などが出た場合に備えた、治療スタッフとしてですけれど。……神官修行者にまで参加を募るという時点で、本当に人が集まっていないのでしょうね」

 

「えぇ、現状ではそのようです……」

 

 そこでアッシュが、妙にしみじみとした相槌を打つのが気になった。まるで事情を多少は知っている風でもあるし、自分も参加するかのような口振りにリーナには聞こえた。

 

「なんか当事者みたいな言い方するじゃん、アッシュ。女装でもして、アンタも会場警護に参加するの?」

 

 冗談めかしたリーナが少しだけ探るように言うと、アッシュは一瞬、驚いたように目を見開いた。だが、すぐに首を振って「まさか」と苦笑を浮かべ直してみせる。

 

「僕は会場警護の任務には参加できませんよ。男性ですし、等級も低いですから」

 

「ふぅん……。まぁ、普通に考えればそうだよね」

 

 自分の冗談を片付けながら、リーナは思う。そう。普通ならば。だが、アッシュは普通ではない。そのことをリーナは知っている。

 

 冒険者としてのアッシュが、どのような理由で最低等級を維持しているのかは判然としない。だが、その実態そのものはギルドだって把握しているのではないか。

 

 王都で人気を博した歌姫がアードベルに訪れるのなら、もともとの王都に住まう貴族のファンたちも、アードベルに足を運んでくる可能性は十分にある。

 

 そういった上流階級の人間達の安全を確保しようとするのは、アードベルの行政部もそうだが、冒険者を束ねるギルドにとっては最重課題の1つだろうし。

 

 その実力を買われたアッシュが、この警護任務に参加することをギルドから依頼されていたとしても不思議ではないように思える。

 

 リーナは横目で、アッシュの表情をチラリと窺う。

 

 落ち着いて紙コップのお茶を啜るアッシュの姿からは、何かを隠そうとするような動揺の気配は見て取れない。或いは、あの静かな態度の奥で、実はあたふたしてたりするんだろうか。

 

 ちょっと気になる。……でも、しつこく探るような質問を重ねて、ウザがられるのも嫌だし……。

 

 ん? いや。いやいや。別にね?

 アッシュに嫌われたくないとか、そういうのじゃなくてね?

 なんて言うの? 

 同じ冒険者として、良好な関係というか。

 また訓練にも付き合って貰いたいし。

 適切な距離というか、礼儀? みたいな?

 同業者として、アッシュとは友好的でいたいし。

 当然、摩擦は避けたいし、媚び諂うのもしたくないし。

 今まで通りと言うか。そういう感じでいたい。

 

 ……これって実はワガママというか、贅沢なのかな~。

 

「というか、やっぱりローザさん達には、警護の参加要請が来てたんだね~」

 

 ギルドから冒険者個人に対する依頼や、こういった任務の参加要請というのは、基本的には窓口で言い渡されるものだ。冒険者がギルドで依頼用紙を見て、その参加の旨を窓口に伝える際にというのが、タイミングとしては一般的だろう。

 

 ただ、ローザ達のような“家持ち”の冒険者が住所を提出していた場合は、通達が郵送されることもある。特に今回のような、『女性の上級冒険者』という、割と厳しい条件を満たした者を集めたい場合には、ギルド職員が直接出向いているかもしれない。

 

「えぇ。数日前のことですが、シャマニさんやヴァーミルさんが直接、ローザさんのご自宅に訪ねて来られていましたね」

 

「あの『戦乙女』の……?」

 

 うへぇ。凄い人物名がさらっと出てきたなぁ……と、リーナは驚いてしまう。

 

 クラン『鋼血の戦乙女』の主要戦闘メンバーの、シャマニ=レインジャック、それに、ヴァーミル=エトラースで間違いないだろう。

 

 この2人の戦闘力は並の上級冒険者など軽々と上回るということで恐れられているし、今までに彼女達に刃向かった馬鹿者どもは、一人残らず叩きのめされて牢獄にぶち込まれているそうだ。

 

 治安維持にも関わる『鋼血の戦乙女』はアードベルの都市内を随時巡回中だが、特にこのシャマニとヴァーミルが巡回しているときは、粗暴なゴロツキ冒険者達だけでなく、悪党紛いの裏クランまでもが大人しいという話は有名である。

 

 ダルムボーグでの大規模戦闘のおいても、ギギネリエスが捕らえれたのは彼女達の活躍があってこそという噂も、もう何度も耳にした。

 

 なるほど……、とリーナは思う。

 

 アードベルの9号区には、バーキャス歌劇ホールをはじめとした、特に富裕層向けの娯楽施設が集合している。そして、そういった施設の整備を担当しているのは魔導機械術士達であり、彼らを取り纏める組合である。

 

 そしてこの魔導機械術士組合は、クラン『鋼血の戦乙女』のオーナーだ。

 

 王都から歌姫が訪れることにより、貴族を含む王都からの客人がこの9号区に大勢訪れるとなれば、その警備と治安体制には彼らも相当気を遣うはずだ。

 

 アードベルの行政経済的、都市運営的な意味合いも込めて、魔導機械術士組合が背負わねばならないものは大きいだろう。

 

 普段から治安維持を担当している『戦乙女』のメンバー達が、歌姫がライブを行う会場の周辺警護に駆り出されることになっても不自然ではない。

 

 さっきもロイドが言った通り、女性の上級冒険者が集まらないなら尚の事だ。

 

 シャマニとヴァーミルの2人組が実力のある冒険者に向け、歌劇ホールの警護任務への参加を呼び掛けるのも納得できる。

 

 特にローザ達のパーティは戦闘力が高い。

 

“トラブルメーカー”という悪評もあるが、それ以上に、クラン『鋼血の戦乙女』に、そしてシャマニとヴァーミルの個人からも、ローザ達は重要な戦力として認知されているのだ。

 

「いやぁ~……。やっぱりローザさん達って、凄いパーティだよね」

 

 降参するような小声を洩らしてしまったリーナだったが、この感情をただの憧れで済ませてしまうつもりはなかった。

 

 冒険者としてのアッシュやローザ達が立っている場所は、今のリーナ達からは遠いかもしれない。でも、届かないわけじゃない。それを疑いたくはなかった。

 

「……私達も、もっと頑張らないと」

 

 奥歯を噛んで笑顔を作ったリーナは、自分の仲間達を見回してみる。

 

 すると、顔を見合せたロイドとレオンが笑顔のまま、ちょっと表情を引き締めて頷いてくれた。この2人は調子に乗るところもあるが、基本的には向上心も強い方だ。

 

 オリビアも似たような表情で、リーナを見据えながら顎を引いてみせる。神官として、もっと強くなりたいというのは彼女も同じ気持ちのようである。

 

 あのダルムボーグの一件から、リーナ達の意識が変わったというか、冒険者としての自覚の重心が下がったというか――。私達だって、もっと強くなれる筈だと。みんな、そう信じたくなったのだ。

 

 だからこうして、リーナ達はアッシュの背中を追いかけている。追い付きたい。私だって、アッシュの隣に立ちたい。ローザさん達のように。

 

 ……違う。そうじゃない。もっと欲張っていい。

 ローザさん達に負けないぐらい、アッシュに相応しい冒険者になりたい。

 いや。もっとだ。もっと素直に、単純な願望を自分に許すなら――。

 

 ローザさん達みたいに、私だってアッシュに求められたい。

 ……取られたくない。やだよ。やだ。

 あぁ……。しまったなぁ。もうタイミング無くない?

 もっと早く、素直になってればなぁ……。

 

 またリーナの感情がぐちゃぐちゃになって、モヤモヤとしてきたところで、レオンが大袈裟な咳払いをした。

 

 このままでは、自分が持っていきたい話題になかなか辿り着けないことを察したのだろう。

 

「話は変わるんだが」と、前置きして話題を切り替えていくレオンは、急に険しい顔つきになってアッシュに体ごと向き直った。

 

「実はお前に、どうしても訊いとかなきゃならねぇことがあるんだ」

 

 馬鹿みたいに真面目くさった顔のレオンが、強引に自分のしたい話を進めてくれるのが、今は有難かった。

 

 リーナのモヤモヤとした気分も、少し落ち着く。ほっと息を吐きながら見れば、ロイドとオリビアが軽く笑みを浮かべて、目を見交わせていた。

 

『どうせ、ネージュさん絡みのことだろう』といった感じだ。実際、その通りだった。

 

「2、3日前だ……。お前、ネージュさんと2人で買い物してたか?」

 

 レオンが重たい声を出し、重大な罪を糾弾するように言う。

 

「お前はそんな話を、何処から手に入れるんだ?」と怪訝そうに言うロイドに、「ファンクラブ繋がりでしょ」とリーナは軽く肩を竦める。

 

「それで、アッシュとネージュさんが2人でデートしてたって目撃情報は」と、話の続きを促したリーナのあとを、「……本当なのですか、アッシュ」とオリビアが引き取った。

 

 そのオリビアの声は、普段の優しいものとは違って、やけに険しい。

 

 アッシュを見詰める彼女の眼差しは静かで落ち着いているものの、その眼光には、凶悪な亡霊を眼差しだけで打ち祓う大神官のような、厳粛さというか威力というか、そういうパワーが漲っていた。

 

 ただ、全員からの視線を注がれているアッシュはと言えば、いつもの困ったような苦笑を浮かべ、肩をすぼめるようにして緩く首をふってみせる。

 

「え、えぇ。確かに、ネージュさんの買い物に御一緒させては貰いましたが、デートなどではありませんよ。買い揃えた物も、冒険用の装備品や魔法薬でしたから」

 

 デートではないと言い切るアッシュの今の言葉を、もしもネージュが聞いていたら、ちょっと落ち込むのではないか。

 

 何となくそう思ったリーナも苦笑を返し、「なるほどね~」と肩を竦める。こうやって何でもないふうを装うのも、もう慣れてきた。

 

 一方のレオンは何とも言えない表情になってアッシュを見詰めていたが、そのうちに両手で顔を覆い、「んふぅぅぅ~……」と切なげな溜息を漏らして項垂れた。

 

「はぁぁぁ~……。俺もネージュさんと2人で買い物に行きてぇ~……」

 

 重たい声で紡がれた正直過ぎるレオンの声は、透明な風に押されて草原の中を転がっていく。

 

 こんな調子のレオンが本当にネージュと2人きりになったときに、まともに会話が出来るのかどうかは怪しい気がした。そのことをリーナが指摘するよりも先に、「でも」とアッシュが口を開いた。

 

「買い物の途中で、レオンさんのことは話題になりましたよ」

 

「な、なに!?」

 

 ガバっと顔を上げたレオンは意味も無く姿勢を正して草原に座り直し、それに自分が着こんでいる魔術士衣装を整えた。そして咳払いをして、キリっとした表情になる。

 

「それで……、ど、どんな話になったんだ? ネージュさんは、俺のことを何か言っていたか!?」

 

「……ねぇレオン。声がひっくり返ってるよ」少し笑ってリーナは指摘するが、もうレオンの耳には聞こえていない様子だ。

 

「……っていうか、どういう話の流れでレオンが話題になったの?」

 

「えぇ。最初にリーナさんの話になって、それから、リーナさんのパーティについての話になったんですよ」記憶を振り返るように、ゆっくりとアッシュは頷いた。

 

「それで、レオンさんのことも話題になったんです」

 

「あぁ、なるほど。私もネージュさんと握手させて貰ったこともあるし、話題にしてくれる程度には、私達のことも気を掛けてくれてるんだね……」

 

 5号区ギルドでのネージュとの鉢合わせしたのを、リーナは懐かしく思う。

 

「有難いというか、恐縮というか」

 

「おいリーナお前マジかよ握手とか羨まし過ぎるだろ」

 

 険しい表情になったレオンが唾を飛ばしてくる。

 

「なに早口になってんのよレオン。ちょっと落ち着きなよ……」

 

 顔を顰めたリーナが手で壁を作っている間に、座ったままのレオンが「話が逸れたら戻すぞ! 俺はっ!? 俺についてはどんな話になったんだ!?」と、猛然と身を乗り出す。

 

 穏やかな表情のままで、アッシュが頷いてみせた。

 

「レオンさんが得意とする属性が、扱いの難しい『土』と『風』であることと、その2つ属性を生かして、パーティ全体の攻守に貢献しているということで、ネージュさんは感心されていましたよ」

 

「ま、マジか……!?」

 

「えぇ。特にこの『土』、『風』の魔術は応用も効くので、後衛に居ながら周囲の状況に対応してくれるなら、きっと心強いでしょうと言っていました」

 

 それを聞いたレオンは項垂れ、感激したように大きく息を吐き出しつつ、「やっぱり、ネージュさんは分かってくれるんだよなぁ……」などと大袈裟な苦労顔になる。

 

「このパーティにおいて俺の存在は欠かせないっつーか、なんつーの? 心臓部? 脳? まぁ、そういう重要な役割を俺が担ってるのを、やっぱりネージュさんは気付いてくれてるってことなんだよなぁ……」

 

 鬱陶しいぐらいのしみじみ口調になったレオンが、1人でうんうんと頷きながら、ネージュの目の付け所を褒めちぎり始める。

 

「まぁ、レオンが大事なポジションに居るのは確かだけどね」

 

 リーナは控えめに頷いておいた。

 

 実際のところ、リーナ達は3人組のパーティだ。そこにオリビアを加えて4人メンバーなのだから、誰もが重要だ。

 

 それを皆が理解しているから、全員で3等級まで昇ってこれた。今は調子に乗っているレオンだが、いざという時は、リーナやオリビアのために身体を張ってくれる。

 

 さっきまで煩かったレオンが、静かになるタイミングを待っていたのか。

 

「では……」とオリビアが厳かな声を発した。

 

「アッシュ。今度は私とも一緒に、冒険用の装備を買いに行きましょう」

 

 艶のある笑顔を浮かべるオリビアは、座ったままで草原に両手をつき、恐らく無意識なのだろうが、ぐっと乳房を寄せるような姿勢になった。

 

 清らかな神官服に包まれているため余り目立たないが、オリビアの肢体の豊満さはローザにも負けていない。ああいう風に、たまにオリビアが無防備になったときはそれが分かる。

 

 普段はあまり意識しないが、リーナは何となく自分の胸を見下ろし、それから、神官服の胸の部分をたっぷりと持ち上げているオリビアの乳房に視線を戻す。

 

 ……でっか……。

 

 思わず呟きそうになるリーナにだって、それなりに胸はある。だが、オリビアは凄い。

 

 神殿にやってきて女神に祈るのではなく、オリビアの乳房を拝みに来るだけの不届きな男性冒険者までいるのだ。サイズでは敵わない。

 

「え、えぇ。買い物を御一緒させて貰うのでしたら、オリビアさんが信頼している魔法薬や結界護符などを教えていただけると有難いです」

 

 無邪気な言い方をするアッシュは、目の前で揺れるオリビアのエッチな身体にも動揺した様子が無い。

 

 或いは、その恬淡としたアッシュの態度こそが、アッシュがローザ達に信頼される根拠の一つなのだろうか。

 

「オリビアと買い物に行くのか? なら、俺も着いて行こう。アッシュがどんな装備品を選ぶのか興味がある」

 

 この全く空気を読まないロイドの発言に、オリビアが笑顔のままで眉間に皺を寄せまくった。今まで見たことのない種類の表情に、思わずリーナは笑ってしまう。

 

 アッシュの方はと言えば、オリビアにもロイドにも素直に頷くだけだ。

 

「僕が買う物なんて、他の方と同じだと思いますけど……。あぁ、でも、投擲用のナイフは、あと何本か欲しいと思っています」

 

「ほぅ。お前、投げナイフまで扱えるのか」

 

「扱えるというか、補助武器に携行しておこうかな、という程度ですよ」

 

「いや、お前のことだ。どうせ達人級の腕なのだろうとは予想がつく。今度、俺にも教えてくれ」

 

「でも、僕の場合はその……、与えられた我流といいますか……」

 

 そこで言葉を切ったアッシュは、眉を下げた笑みになる。まるで、自分自身の扱い方に困っているのを恥じるような、頼りない笑みだった。

 

「教えるとは言っても、方法論や技術的なものではなく、物凄く感覚的なものになると思いますけど……」

 

 アッシュとロイドの会話が意外な方向で盛り上がり、話に入れなくなったオリビアが眉根を寄せ、恨めしそうに下唇を持ち上げている。

 

 その隣では、完全に自分の世界に入り込んでいるレオンが腕を組みながら、ウンウンと感じ入るように何度も頷いていた。

 

「俺も早く、ネージュさんに認められる男にならねぇと……。それで、いつかはネージュさんと……」

 

 妄想の中に旅立っているレオンは、暫く帰ってきそうない。

 

 そんなレオンとオリビアを見守りながらも、リーナはアッシュのことが気になっていた。

 

 今も、ロイドに自身の強さを賞賛されるようなことを言われても、アッシュは胸を張るでも、得意がることもなかった。

 

 嫌みったらしい謙虚さを演じるでもなく、寧ろ、アッシュ自身が、自分の持つ強さとの距離感や関係を持て余している雰囲気がある。

 

 ――これは勝手な印象ではあるが、アッシュは自分自身のことを嫌いではないにしても、あまりに好きではないように見える。

 

 実際のところ、リーナはアッシュのことを殆ど知らない。

 

 ただ推察できるのは、過去に何かがあって、それが原因で『5等級』から昇格もしにくく、敢えてソロ冒険者を続けていた、ということぐらいだろうか。

 

 そのあたりの話も訊いてみたいが、踏み込む勇気が出ない。

 

 養護院に居た頃のアッシュは、いつも難しそうな本を読んでいた。

 

 あの狼から助けてもらったあとのリーナは、何度なくアッシュの部屋に足を運んで「何読んでんの?」と尋ねた。

 

 その度にアッシュは、少しだけ笑みらしきものを浮かべて「こういう本を借りてきました」と、おずおずといった感じで表紙を見せてくれたのを覚えている。

 

 それらの本は、リーナが尋ねるとき、毎回違った。異界から持ち込まれた本を訳したものらしく、哲学や思想、心理に関わる内容だったはずだが、当時のリーナにはさっぱり分からなかった。今も本のタイトルは思い出せない。

 

 だが当時のアッシュが、何かを必死に探すような眼差しを本に向け、書き写し、何冊ものメモ帳を使い潰していたことは印象に残っている。

 

 当時のアッシュには魔法の知識もあったらしく、古代魔術や魔王に関わる歴史本も読破していたはずだ。

 

 養護院に居る頃のアッシュを思い浮かべると、その喉首に嵌められた、あの拘束用魔導具らしい首輪がチラついた。

 

 だが今になっては、それがどうしたのだという気分でもある。アッシュの過去がどのようなものでも、今を生きるアッシュが傍に居ることは間違いないのだ。

 

 

 だから今は、ただ強くなりたい。

 

 強くなって、そして、いつかアッシュと本当の意味で肩を並べられるようになった時にこそ――。同行依頼ではなく、もう一度、正式にアッシュをパーティに誘うんだ。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

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