「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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焦がれて届かず

 

 

 大所帯であるクラン『正義の刃』は、アードベルの9号区に広い敷地を所有している。数十年にわたるクラン活動のなかで、メンバーが増えるにつれて、徐々に広大になっていったのだ。

 

 クランメンバーが寝泊まりできる宿舎が複数、食堂、訓練所、クランメンバーが憩うための中庭や医務施設、敷地内の中央には小ぶりな砦が聳えている。

 

 石造りの砦は、外見こそ無骨で堅牢に見えるが、内装には各種生活用の魔導具が運び込まれており非常に快適である。

 

 この砦はいわば、クランにとっての外交用応接室であり、会議室であり、各隊長が書類仕事をするための事務所でもあった。

 

 以前、魔導具の商談にきた機械術士たちも、「流石は一流クラン。洒落たオフィスビルだ」と評していた。事実、この砦はクラン『正義の刃』のメンバーの仕事場でもある。

 

「サニア。きみが推薦した人物から手紙が届いているよ。私にもギルドから連絡があった。……どうやら、話はうまく纏まったようだ」

 

 この砦の一階最奥。膨大な書類が持ち込まれて保管されている庶務室に呼ばれたサニアは、ギルドの押印が目立つ高級な便箋を受け取っていた。

 

 アッシュからの、サニアに宛てられた個人的な手紙なのだという。既にサニアの鼓動は高鳴っていた。

 

 私に、私だけに向けられたアッシュの言葉たちが、彼の肉筆によって記されている手紙――。その事実が手の中にある。その甘美さを噛みしめながらも同時に、サニアは苦い重いで頭を下げた。

 

「今回の件では、私の浅慮で御迷惑をお掛けしました。申し訳ありません」

 

「前から言っているだろう。気にすることはないよ。ややこしい仕事を回してきたのはギルドの方だ」

 

 重厚な執務机に腰掛けた妙齢の美女が、柔和に微笑んでみせた。

 

 艶やかで長い黒髪と片眼鏡が理知的で、優雅で、なおかつ蠱惑的だ。クラン制服に包まれた肢体も、豊かで艶めかしい。

 

 マクネム=ジェルーテ。

 

 彼女は庶務隊長である。そして同時に、代23代目の総隊長でもあった。

 

 クラン『正義の刃』は、突出した武人が率いているのではない。

 

 優秀な頭脳を持つ彼女こそが、無数の依頼や会計書類をスムーズに捌き、クランメンバーの食い扶持を確保してくれているのだ。

 

「そもそもの話だが、王都企業や貴族が絡んでいても、これは冒険者にとって出世のチャンスなどではない。彼らは冒険者というものを酷く見下しているし、何かあれば責任を取れと吹っ掛けてくるのは目に見えているんだから」

 

 常日頃から感じている疲労を緩く吐き出すように、マクネムは天井を仰ぎながら執務椅子に凭れた。

 

「そんな連中からの依頼を受けてくれる上級女性冒険者など、集まるわけがない。ギルドも重々承知だからこそ、苦肉の策を連打しているのさ」

 

 ギルドだけではなく、魔導機械術士組合もね。そう付け足したマクネムは、瞑目しながら伸びをした。それから身体を起こし、執務机に積まれたた書類の束を一つ手に取った。

 

 しなやかなマクネムの指先が頁を繰るのを見ながら、サニアも頷く。

 

「ですが、今回は『鋼血』のメンバーも動きます。非常に規模が大きい任務ではありますが、優秀な人材が充分に揃っているとは思います」

 

「うん。まぁ、無理矢理に揃えたという感じだけどね。バーキャス歌劇場は機械術士組合が管理しているし、『戦乙女』たちが駆り出されない理由はないさ」

 

 マクネムが見下ろす書類には、歌姫が訪れる劇場の見取り図、歌劇場の敷地図、劇場内外の各地点に配属される冒険者名などが、ギッシリと記されている。

 

「そして最後に、歌姫さまのボディガードをもう一枚追加すれば、一応のところは人員も揃ったというわけだ」

 

 書類から顔を上げたマクネムが、サニアが手にしている便箋に指を向けてくる。

 

 キニス=グレイモア。女装したアッシュが纏う予定の、架空の名前だ。そしてこの情報も、マクネムとサニアを含め、現段階では一部の者しかクラン内では知らされていない。

 

「……しかし、特別警護役の協同者を募ろうという流れで、きみがクラン外の人物の名を出したのは流石に驚いたがね」

 

 含みのあるマクネムの笑みに、サニアは居心地が悪くなる。だが、表情には一切出さない。事務的に、冷静に応じる。

 

「私と同じく白兵戦に優れる……。それが、先方によって提示された条件でした」

 

「なるほど、確かに。女性メンバーできみと同等の接近戦を演じられる者はいないな。うん。でも、きみが名を出した人物は男性だったじゃないか」

 

 マクネムの口調は真面目だが、目が微笑んでいた。明らかに面白がっているのが分かる。

 

「女装を前提とするならば、我がクランに揃っている男性メンバーでもよかったはずだ。腕の立つ者は多い。まぁ、男性的なガタイの良さは如何ともしがたいがね。だが、その程度は工夫で突破できる障害だ。でもきみは――」

 

 微笑み交じりに言いながら、マクネムは執務机に両肘をついて手を組み、そこに顎を乗せるポーズで身を乗り出してくる。そして目線だけで、周りに人が居ないことを確認した。

 

「あのアッシュという少年を推した」

 

 声を潜めたマクネムが、楽しそうにサニアを見上げてくる。サニアは喉の奥で呻きそうになるのを堪え、あくまで冷然と見詰め返す。憮然とした声音を作る。

 

 或いはそういった抵抗自体が、マクネムを楽しませているのかもしれない。

 

「総隊長は、いったい何が仰りたいのですか?」

 

「ふふふ。いや、なぁに。私はね、きみが彼に好意を抱いているのではないかと邪推しているのさ」

 

「こっ……!」

 

「こ?」

 

 執務机に両肘をついたマクネムが、にんまり顔で見上げてきた。眉間をぎゅぎゅっと絞ったサニアは咳払いをして、不機嫌な表情を取り繕う。

 

「つ……」

 

「つ?」

 

「つまり総隊長は、私が彼を推薦したことが公私混同であると、そう仰りたいのですね」

 

「ふふ……。いやいや、そうじゃない。違うよ。彼が特別警護に就くことはギルドも認めているし、『戦乙女』のヴァーミル達も歓迎している。先方企業の事務所も了承した」

 

 マクネムは身体を起こして、再び執務椅子に凭れた。肩を竦める。

 

「きみは、文句なしに適正な人材を推したんだ。その時点で、アッシュという冒険者にきみが好意を抱いていたとしても、わざわざ公私混同の問題として咎める理由も益も無い」

 

 マクネムはいくつもの書類から、アッシュの起用を了承することが記された頁をサニアに掲げて見せた。さらにその中には、エルンの町でサニアが拵えた報告書もある。

 

「辺境の町を滅ぼしかけた人造ゾンビの指揮個体を、彼はきみと協力して撃破もしている。我がクランとしても、彼の実力を疑う余地はない」

 

 優雅な口振りのマクネムは、執務机に置いてある書類の一山を指で軽く叩いてみせる。

 

 エルンの町に赴いていた、サニア以外のメンバー達の報告者の束だった。エルンの町に派遣された冒険者の名前、素性、顔なども彼女は把握しているに違いない。

 

「それならば何よりです」

 

 無表情を意識したサニアは、憮然としたままで応じた。マクネムが意地悪な笑い方をする。

 

「彼に好意を抱いていることは否定しないのだね?」

 

「……戯言はよしてください」

 

「しかし、あのアッシュという少年は可愛いらしいね」

 

 不意に、マクネムが記憶のなかに目を向ける顔つきになって視線を下げた。

 

「うちの女性メンバーのなかにも、ファンが多数いるというのも頷ける」

 

 妖しく目を細め、唇の端をチロリと舐めている。濡れたマクネムの唇は、同性のサニアから見ても煽情的だ。

 

「きみが彼に執着しないのであれば、私が美味しく食べ……、ぉ、おいおいサニア、そんな怖い目で睨まないでおくれ。ほんの冗談じゃないか」

 

「睨んでなどいません」

 

 自分でも驚くぐらいにドスの利いた声が出た。執務椅子に座ったままのマクネムが、両手を上げて身体を後ろに引いた。

 

「あと、剣の柄に手をかけるのは本当に怖いからやめてくれ」

 

「質の悪い冗談を口になさるからです」

 

「物言わぬ紙の束を相手にしていると、生身の人間とのお喋りが楽しくてね」

 

 重たい吐息を吐き出したマクネムが、大袈裟な苦労顔になる。ずっと書類と格闘しているのだから、こういう雑談ぐらいは許してくれと言わんばかりだ。

 

 庶務室兼総隊長室に並んだ書棚の列や、そこにぎっしりと並べられた分厚い資料、彼方此方に無造作に積み上げれた各種書類の山などは、厳めしい老人が何人も並び、むすりと黙り込んでいるようも見える。

 

 この部屋でひとり、数日の徹夜を熟しながら黙々と仕事をし続けていれば、他者との会話が恋しくなるのも理解できた。

 

「そろそろ、補佐する者をつけてはいかがです?」

 

 サニアは軽口に付き合いつつも、マクネムに対する本心からの労いと感謝を籠めて提案した。だがマクネムは、安心しろとでもいうふうに首を振る。

 

「クランにとって重要な権利書類の管理と保存は、既にギルドと連携して行っている。もしも私が過労で倒れたとしても、この砦や敷地内施設の所有権が失われたりすることはないさ」

 

「我々にとっては、総隊長が壮健であることの方が重要ですが」

 

「……ありがとう。私のことを心配してくれているのだね。だが、これでも私の身体は丈夫な方だ。節制もしている。健康診断の結果も良好だ」

 

「それが嘘であったなら、先程の冗談よりも遥かに質が悪いですね」

 

「嘘ではない。本当さ。あぁ、そうだ。医療魔術士に聞いたところによると、やはり恋をしていた方が健康にはいいらしい。男性とのスキンシップが、心身に活力を与えるんだ」

 

「眉唾な話にしか聞こえません」

 

「疑うのはいいが、否定からは何も生まれないよ。ものは試しだ」

 

 マクネムは言いながら、爽やかな笑みを浮かべる。

 

「というわけで今度、私にもアッシュ君を紹介して――……おい、サニア。まだ喋っている途中だろうが。おい。剣に手をかけるな。重心を落とすな。ちょっと、あの、ご、ごめんなさいっ」

 

「失礼します。よろしいですか、総隊長」

 

 執務椅子にしがみつきような恰好のマクネムが情けなく声を震わせたはじめたところで、庶務室兼総長室の扉が軽やかにノックされた。

 

 軽く咳払いをしたマクネムが居住まいを正し、「あぁ。入ってくれ」と、すっとぼけたような真面目な声を扉に向ける。サニアも剣の柄にかけていた手を離し、肩越しに振り返った。

 

 促されて入って来たのは、一人の青年だった。

 

 高身長で大柄だが童顔で、柔らかそうな茶髪が似合っている。彼が纏っている雰囲気自体は柔らかいが、背筋を伸ばした歩き方は堂々としていた。

 

 3番隊隊長。ジュード=フォルエン。

 

 大剣を振るい、多くの魔物を斬り伏せてきた強者だ。彼が率いる部隊も勇敢な実力者揃いで、多数の魔物を相手にする戦況では何度も重要な役割を果たしてきた。

 

 エルンの町でも彼らの部隊は、“教団”のものと思われる地下施設の探索にあたり、内部に巣食っていたゾンビを殲滅している。

 

 サニアに気付いたジュードは、優しく目許を緩めて目礼してくる。サニアも目礼を返す。そのとき、ジュードはサニアが手にしている便箋をチラリと見ていた。

 

「総隊長が俺を呼んでいると、部下から聞きました。新しい仕事ですか?」

 

 サニアの隣に立ったジュードが、胸の前で右拳を作る。

 

 その厳粛な敬礼姿勢に比べて口調が些か砕け過ぎてはいるが、畏まった態度での遣り取りを窮屈がるマクネムが「普段の話し方でいい」と許可しているが故だ。

 

「あぁ。その通りだ、ジュード。だが、いつもの仕事とは少し毛色が違う。これに目を通しておいてくれ」

 

 マクネムが執務机の上にある書類の束を手に取り、それをジュードに手渡す。

 

「当日まで時間はあるが、必要な段取りも準備も多くてね。今から進めて欲しい」

 

「……これ。歌劇場の周辺警備ってことですよね。確か、歌姫のファンが五月蠅いから、男の警備役はお呼びじゃないって話だったと思うんですけど」

 

「劇場の内部と敷地内はな。女性冒険者で固めている。だが、敷地外に関しては男性冒険者を起用する流れになった。これはアードベル行政の、治安維持管理部からの要請さ」

 

「見た感じだと……。当日は歌劇場の内外を含めて、号区全体に防犯体制を作れということですね。それなりの数の貴族が来るから、念には念をって感じですかね」

 

 無造作な付きで書類を捲っていたジュードは、目を上げないままで確認口調になる。

 

「歌劇場付近の高級ホテルは、もう予約で一杯だそうだ」肩を竦めたマクネムが頷く。

 

「きみの他にも、2番隊、5番隊、7番隊に参加して貰う予定だ。既に各隊長には、きみが手にしているものと同じ書類を渡してある」

 

「分かりました。当日の人員配置とか巡回ルートは、他の隊長と相談した上で、また報告しにきます」

 

 受け取った書類を丁寧に畳んだジュードは、口許を緩めてサニアを横目で見た。

 

「特別警護役のサニアは、王都まで歌姫を迎えに行くんだろう? あの『戦乙女』たちと一緒に」

 

「えぇ。王都の防壁門で、歌姫が所属する事務所スタッフ達と合流する予定です」

 

「王都までは長旅になるな。道中、何も無いことを祈っているよ」

 

「その必要はありません。私達のクランが祈るべきは、この任務中に、他の町村で魔物被害が広がらないことでしょう」

 

「魔物被害が出たなら、俺が一人でも出向くさ。警備役は部下に任してな」

 

 彼がサニアに向けてくる眼差しには、いつも妙な熱が籠っているように感じられた。だがそれは、同じ任務に携わる者に向けた信頼の顕れなのだろうとサニア自身は解釈している。

 

 ジュードとサニアは、分類するならば同じ剣士である。今までも同じ戦場に立ち、共に魔物の群れと戦ったことは幾度もあった。

 

 その経験から、彼がサニアのことを戦友然として親しみを覚えていても不思議ではない。実際にサニアも、任務における実直なジュードの態度には好印象を持っている。

 

「あなたが魔物を斬りに行くのなら、私も同行したいところです」

 

 何気なくサニアは応じたが、それは本心だった。

 

 ボディガードとして他者の命を守ることも重要な任務に違いない。だがやはりサニアにとっては、魔物を斬るために剣を振るうことの方が自分には相応しいと思える。

 

「……どうしました、ジュード?」サニアはそこで、驚いたような顔で自分を見詰めてくるジュードの顔が、妙に赤いことに気付く。「体調でも悪いのですか?」

 

「あぁ、いや、そ、そうじゃないんだ。俺は、全然……」

 

 あたふたとしたジュードが、鼻の頭を掻きながらそっぽを向いた。その様子を眺めていた、というか、サニアとジュードの遣り取りを見ていたマクネムが微妙な顔をしている。

 

 嵐でも来そうな薄暗い曇天を心配そうに見上げているような、どこまで茶化していいのかを見極めようとするような、そんな顔つきだ。

 

「まぁ……。魔物被害に備えた人員は、ちゃんと温存できるようにしてあるから。まだこれから、ギルドとも色々と調整していくからね。そのあたりの心配はいらないよ」

 

 きみ達は自分の任務に集中してくれ。

 

 最後にそう付け足したマクネムに頭を下げて、サニアとジュードは庶務室兼総隊長室をあとにする。

 

 廊下にでたところで、他のクランメンバー数人とすれ違う。

 

 彼らはきっちりとした敬礼してくれた。だが、サニアとジュードを見比べた一瞬の眼差しには、本当に僅かにだが、微笑ましいものを見たような柔らかさがあった。

 

 いや、正確にはサニアとジュードを、というよりは、ジュードの様子を見て取って、という方が正しいかもしれない。

 

「……ジュード。やはり顔が赤いですよ」石造りの廊下を歩きながら、サニアはジュードの横顔を見詰めた。

 

「それに、額や頬も汗ばんでいます。体調が悪いのではないですか?」

 

「だっ、大丈夫だよ俺は。別に、どこも悪いわけじゃないさ」

 

 サニアの視線に耐えられないといったふうに顔を手で隠すジュードだが、その声は上擦っていた。明らかに普段とは様子が違う。

 

 だが、それを指摘されるのを、今の彼は嫌がるだろうと思った。

 

「……あなたがそう言うのであれば、深く追求はしません。ですが、身体の内外を癒すことも仕事のうちです。あなたはクランにとって、重要な存在なのですから」

 

 前を向きながらサニアが言うと、今度はジュードが苦笑を向けてくるのが分かった。

 

「我がクランが誇る“剣聖”からそう言って貰えると、光栄な限りだよ」

 

「私は事実を口にしているだけです。それに、私とあなたは対等です。それに、必要としあう仲間でしょう。気に懸けるのは当然です」

 

「俺は……」

 

 隣を歩きながら、ジュードは言葉を詰まらせた。サニアが目を向けたところで、眼差しがぶつかる。

 

「きみにとっても、俺は必要な人間かい?」

 

 軽口めいた口調だった。だが苦笑を浮かべる彼の顔の中で、彼の目だけが、何かを飛び越えようとする真剣な光を湛えて強張っている。

 

 それが何を意味しているのかサニアには分からないが、ジュードに対する自分の思いを誇張したり、偽ったりする必要はないと思った。

 

「無論です」前に向き直りながら、サニアは短く言い切る。

 

「魔物被害に苦しむ人々にとって、あなたの強さと勇敢さは希望です。私達が志を共にする仲間である以上、私はあなたを必要とし続けるでしょう」

 

「……そうか。あぁ。ありがとう」

 

 ジュードが一瞬だけ立ち止まりかけて、すぐにまたサニアの横に並んだ。

 

「俺も、きみに会えてよかった」

 

「えぇ、私もですよ。……ジュード。本当に大丈夫なのですか? 首まで赤いですよ」

 

「ははっ。気にしないでくれ。ちょっと気分が良くなり過ぎて、血流が爆発的に増えている所為だ」

 

「それはそれで健康に害がありそうですが……」

 

 控えめに言いながらもサニアは、清々したようなジュードの笑みを好ましく思った。彼の青年らしい爽快さ、そして戦場での勇敢さ、強さが、彼の部下たちを惹きつけているのだろう。

 

「まぁ、俺のことはいいよ。それよりも」

 

 サニアに向けられた爽やかなジュードの笑顔が、一瞬だけ温度を失ったように見えた。

 

「あのアッシュという冒険者には、あれから会っているのかい?」

 

 気楽な雑談を楽しむような口調になったジュードが、動きを止めた目をサニアに向けてくる。

 

「いえ。会いたいと思っていますが、なかなか都合が合わないのです」

 

 ジュードの口からアッシュの名が出たことに驚きはない。ジュードもまた、エルンの町に出向いていたのだ。

 

 あの女神ゾンビを退けたあともサニア達は忙しかったが、その片付けの日々の中で、彼がアッシュの姿を目にすることぐらいはあっただろうし、アッシュの戦いぶりを口にする者の話を聞く機会もあったはずだ。

 

「彼はきみに匹敵する実力だそうじゃないか。聞いた話だと、彼のことをクランに勧誘したんだろう?」

 

「えぇ。彼はソロの冒険者でしたから。それに人格面においても、尊敬と信頼に値する人物でした。……残念ながら、勧誘は断られてしまいましたが」

 

 隣を歩くジュードに応えながら、サニアは無意識のうちに微笑みを浮かべていた。そして知らず知らずのうちに、手にしていた便箋を両手で包んでいる。

 

 もしも。もしもアッシュが、この『正義の刃』に加入してくれていたなら。

 

 アッシュの実力ならば、すぐにでも隊長としての立場を与えられるだろう。いや、治癒魔法の腕を重宝されて、魔法術士隊に組み入れられるかもしれない。

 

 どの隊に配属されるにせよ、誠実な彼ならば好意的に受け入れられるに違いない。……いや、寧ろ、好意的に受け入れられ過ぎる可能性もある。

 

 マクネムも言っていたが、あのエルンの町での活躍ぶりから、アッシュのファンになったという女性メンバーは少なくない。

 

 もしもアッシュが『正義の刃』に加入することになれば、きっと彼女達はアッシュと親しくなりたいと思うはずだ。それは自然なことである。

 

 だが、素朴なアッシュの優しさにつけ入り、不埒で破廉恥な振る舞いを押し付け、誘惑し、強引に親密さを築こうとする者がいないとも限らない。

 

 ……流石にそれは許すことはできない。風紀が乱れる以上に、私自身が冷静でいられる自信がない。サニアは石造りの廊下に目を落としながら、舌打ちを漏らしそうになる。

 

「……きみも、そんな表情をすることがあるんだね」

 

 隣を歩くジュードに言われて、サニアはハッとする。快活な笑みのジュードが、穏やかだが動きのない目でサニアを見下ろしていた。

 

「アッシュという冒険者の話をしているとき、きみは微笑んだり、満足そうだったり、急に不機嫌そうに眉を寄せたりして、とても楽しそうだ」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

「あぁ。どうやらアッシュという少年はもう、きみの心の奥深くに住み着いているようだ」

 

 ジュードは肩を竦めている。抑揚のない、落ち着いた言い方だった。彼の言葉に大袈裟に反応せずに済んだには、既にマクネムから揶揄われたあとだったからだろう。

 

 サニアは緩く息を吐いてから表情を引き締めた。

 

「彼の助けがなければ私は、あの女神ゾンビに敗北していたでしょう。私個人にとっても、彼は恩人なのです」

 

「きみにそこまで言わしめる人材なら、是非ともクランに加入にして欲しいものだな。俺は彼の戦いぶりを実際に見たことはないが、その分、興味をそそられてもいるよ」

 

 前に向き直ったジュードが快活に言う。その表情はサニアからは見えなかったが、腕っぷし自慢のジュードらしく、声の調子は明るいものだった。

 

「私達のクランからの同行依頼には応じるとの回答は貰っています。いずれまた、大規模な魔物被害が起きないとも限りません。その場合は、彼に助力を請うこともあるでしょう」

 

「それは心強い。大きな魔物被害など無い方がいいに決まっているが、彼と共闘できるのは楽しみだな」

 

 冗談めかしたジュードが、再びサニアを見下ろしてくる。腕白そうな笑顔の彼の目が、サニアが手にしている便箋をチラリと見て、細められる。

 

「……それじゃあ俺は、部下共のところに行くよ。総隊長から預かった書類を、まずは回し読みでもして貰うさ」

 

 ジュードは軽く手を挙げて、廊下を曲がっていく。

 

「任務内容の口頭説明を省くためですか? 怠慢は感心しませんね」

 

 その背中に向けて、サニアは諫める言葉をチクリと刺しておく。

 

「俺は剣を振る方が性に合ってる。説明が苦手なんだよ。」

 

 肩越しに振り返ったジュードが、冗談めかした微苦笑をみせた。

 

「きみが俺を特別警護に推してくれていたら、こういう仕事は他の隊長連中に任すこともできたんだけどな」

 

 前を向いた彼の表情は、もうサニアからは見えない。

 

 

 

 

 

 

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