「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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余白の無い暗がりへ  

 

 

 

 あぁ、サニア。

 

 俺にとってきみは、剣を振るう女神だった。

 俺は心の底から、きみのことを美しいと思っている。

 俺はきみに、完全に心を奪われている。

 

 それはきっと、過去の俺が弱かったからだ。

 俺は強さに憧れていたんだ。

 

 俺の住んでいた町が大型の魔物に襲われたとき、俺は町が砕かれて、燃えていくのを見ているしかなった。家族は生き延びたが、知ってるヤツの多くが死んだ。

 

 死滅していく故郷を、立ち尽くしながら呆然と眺めていた。あのときの俺は、今も俺の心の中にいる。居座り続ける。無かったことにはできない。拭えない過去だ。

 

 あのとき、きみが居てくれたなら……。そう何度思ったから分からない。いや、今でも思う。夢想し続けている。想像してしまう。故郷が助かった景色を。

 

 でも俺は、どうしてあのとき助けてくれなかったんだと、そんな非常識で、支離滅裂な逆恨みをするつもりは全く無いんだ。そうじゃない。

 

 俺は、きみの存在そのものに救いを見たんだ。

 

 俺のように故郷を魔物に奪われながら、その癒えようのない心の傷を抱え、他者のために己を捧げて戦うきみの姿は、まさに俺が生きる標だった。

 

 そんなふうに、俺もなりたかった。

 

 きみは、自分の強さを誇ることもなかった。強さに驕り、他者を見下すこともなかった。むしろ、自分以外の全てを守ろうとしているふうでもあった。

 

 きみの過去が、その痛みが、きみを強くしたのは明らかだ。だが、きみは強過ぎる。それ故に、きみは戦場では孤独だった。

 

 きみは、どこまでも無私に振舞う戦力だった。在るべき場所にあり、その機能を発揮すべく鍛えられた剣そのものように。

 

 あぁ。俺も。きみの隣で、俺も剣になりたかった。

 きみが見ている景色、目指している境地を、俺も望みたかった。

 

 俺は、きみを見ていた。ずっと。ずっと見ていた

 

 きみは、戦うことを己に課し続けていた。

 いつもきみは、寝食よりも魔物を屠ることを優先していた。

 隊の誰よりも前に突出し、きみは剣を振るい続けていた。

 賞賛も名誉も欲しがらず、安らぎとは無縁に剣を握っていた。

 

 きみが魔物を見据えるとき、その鈍色の瞳は透き通っていた。

 殺意や敵意、憎悪を湛えているのに、怖いぐらいに澄んでいた。

 眉一つ動かさず、死を振り撒く“剣聖”の眼差し。

 

 きみはただ戦場に在り続け、暗銀の剣閃を放ち続けていた。

 

 戦場で絶技を纏うきみに、触れられる者はいなかった。

 きみは誰の干渉も受けず、ただ必殺の斬撃だけを携えていた。

 魔物に死を与え、その肉片と血を踏み越えていた。

 

 そんなきみの姿を内包した景色は、本当に綺麗だった。

 宗教絵画のように厳かで、畏れおおくて、感動的だった。

 

 俺は、きみの剣の、きみという剣の信奉者だ。崇拝者だ。

 戦場のきみに同行する、巡礼者でもある。

 

 きみは俺の希望であり、憧れであり、到達すべき場所だった。

 

 きみは、このままずっと、変わらないと思った。

 だって、あんなに神々しくて、美しいんだから。

 

 それなのに。

 それなのに……。

 

 エルンの町の、あの夜の公園で見た光景は、今も脳裏に焼きついている。

 

 あの小柄な冒険者と向き合っていた、きみの表情――。

 

 自身の胸の高鳴りが手に余るがゆえの、微笑みの気配。それを堪えようとする、直向きな眼差し。目の前の相手を強く想っている者だけが発する、あの柔らかな緊張――。

 

 そのどれもが、俺が見たことのない、きみの顔だった。

 

 本当なら俺は、きみの変化を喜ぶべきだった。

 

 魔物被害から人々を守るべく身を捧げてきたきみに、愛する誰かができたことは、喜ばしいことのはずだった。

 

 孤高なきみの心が、寄り添って欲しい誰かを見つけたということだ。誰かに愛されたいと願うことは、人間らしい、とても尊い感情の営みだ。

 

 俺は、きみを祝福せねばならないと思った。祝福しようとした。少なくとも、そういう気持ちを少しずつ作っていた。嘘じゃない。本当だ。本当のことだ。女神に誓う。

 

 ……でも、妙なんだ。

 今の俺は、こうして、きみの後をつけている。

 

 きみが、こんな夜に、クラン『正義の刃』の宿舎から出てきたのを見つけて、きみを追跡している。気配と息を殺して。慎重に距離をとって。足音を立てず、きみの背後を歩いている。

 

 ぬるい夜風が、俺を包んでくる。

 きみは、どこに行くのだろう。

 

 街道を行き交う者達は、“剣聖”であるきみに頭を下げ、或いは、きみの美貌に見惚れたり、畏れるように距離を取ったりしている。きみのことを、周りの人間は無視できない。

 

 だから、気配を消している俺の姿になど、誰も注視しない。気にも留めない。好都合だった。俺は俯きがちに、きみの背中を雑踏越しに見詰めている。

 

 きみは、職人街の方に足を向けているから、何かの装備品を注文しにいくのだろうか。それとも雑貨でも買うのか。或いは……。あの、アッシュという少年に会いに行くのか。

 

 そのことを思うと、俺の頭の隅に火花が散った。

 

 彼のことを話題にした時に見せた、きみの鮮やかな表情が脳裏にチラつく。遠い目で微笑んだり、不安そうに視線を落としたり、不機嫌そうに下唇を小さく噛んだり――。

 

 そのどれもが、俺と共に戦っている時には決してきみが浮かべなかった表情だった。

 

 いや、違うな。共に戦っていたなんていうのは烏滸がましい。

 

 きみはいつも、俺よりも遥かに突出して魔物に斬り込んでいた。俺は、きみの隣に立とうと必死に剣を振っていた。振り続けて、隊長になった。それでもまだ追い付けない。

 

 だが、アッシュという少年は違うようだ。あのエルンの町での戦いで、彼はきみの隣に立っていたのだろう。それどころかもう、きみの心に居座っている。

 

 俺という存在では決して届かなった、きみの心の奥深くに。俺が決してきみに与えられない幸福感を、彼ならば、ただ微笑みかけるだけで与えられる。

 

 俺のなかで、意味不明で凄まじい無力感と、暗く醜い嫉妬が混じり合っているのが分かる。

 

 頭では理解している。こんなふうに、きみのあとをコソコソと嗅ぎまわっても何も解決しないことは。だが、じっとしていられない。

 

 無力感と嫉妬は、焦りに変わる。冷静さを奪う。俺は冷静じゃない。記憶だけが冴えて溢れてくる。

 

 マクネム総隊長室で、きみが受け取ったらしい便箋。ギルドの印があったが、きみが手にしてたのを見るに個人宛だった。きみが大事そうに手にしていた、あの便箋。

 

 中身は、彼からの手紙だったのだろう。だからあんなふうに、幸せそうな、優しい目をしていたんだろう。俺にも温かい言葉をくれたんだろう。

 

 俺が受け取ったきみの言葉にも、きみの心に住まう彼の存在が混ざり込んでいるんだろう。

 

 足から力抜けそうだった。俺は、きみを追跡しながら蹲りそうになる。

 

 もしも、きみが、これから彼と会うところを目の当たりにしても、俺にできることなどない。だが、見えないところできみが変わっていくことは、なにより恐ろしい。

 

 見届けたい。確認したい。できれば、阻止したい。行かないで欲しい。こんなことを思うのは間違っている。完全に間違っている。分かっている。

 

 だが、どうしようもない。

 きみへの好意と尊敬がねじくれて、俺のなかで炎症を起こしている。

 

 雑踏の向こう側で、サニアが街道を曲がる。俺も同じ道をいく。サニアが振り返る。俺は路地裏に入って身を隠しながら、街道に回り込む。

 

 見失う心配はしていない。サニアは目立つ。黙っていても周りの人間が反応する。その気配に集中すれば辿るのは容易い。夜の路地裏を足早に歩く。

 

 サニア。待ってくれ。俺はサニアのことしか考えていなかった。迂闊だった。俺が尾行されているなんて。そんなことは思いもしなかった。完全に反応が遅れていた。

 

 背後からの衝撃。気を失う。前のめりに倒れる寸前。やけに柔和な男の声。

 

「幸運です。最後に、いい素材が見つかりました。そちらも頑張ってくださいね、ナテマ」

 

 

 

 

 

 

 

「そんなことは分かってんだよ」

 

 王都付近にある商業都市。寂れた倉庫街の端。暗がりに打ち捨てられた巨大廃倉庫の中に、少女の声が細く響いた。

 

「私だって、渡されたネクロボックスに収容できねぇ程度には狩ったぜ」

 

 乱暴な口調の少女は、黒フードの奥で通話魔導具に応じた。フードから覗く少女の髪は白く、片目には拘束具めいた重厚な眼帯をしてある。

 

「裏クランを潰したのは、これで8組目だ。血の匂いが臭くて仕方ねぇよ」

 

 鼻を鳴らした少女が足元を見下ろして、そのまま辺りを眺めた。

 

 薄暗い倉庫内には、お世辞にも柄が良いとはいえない男達が倒れている。彼らの顔や喉首には、分厚い刃で破壊されたような傷痕があった。

 

 彼らはこの廃倉庫を根城にしていた、襲撃専門の裏クランに所属していた冒険者達――つまりは、レイダー共だ。

 

『そっちの死体、ちゃんと原型が残ってますか? あまりにグチャグチャだと、利用するのに余計な魔力が必要になりますよ。復元するのも面倒なので勘弁して欲しいのですが』

 

「アナテが綺麗に殺してくれてる。そのあたりは問題ねぇ」

 

『ならいいのです。今回は大仕事ですからね。小さな負担と油断が命取りになりかねません』

 

「仕事中に人を痛めつけて楽しんでるヤツの台詞とは思えねぇな」

 

『どんな仕事でも、やりがいは自分で見つけるものですよ』

 

「邪悪な言いざまだ。ところでお前、まだアードベルに居るのかよ」

 

『仕方がないでしょう。今回は“剣聖”の死体も回収せねばなりません。できれば当日までに、彼女に付け入る隙を見つけたかったのですよ』

 

「それで、収穫は?」

 

『残念ながら。……しかし、彼女の御仲間の一人が、私の目の前に転がっています』

 

「人質にでもすんのかよ」

 

『まさか。彼女には当日まで健康であって貰わねばなりません。不祥事があっても困ります。“剣聖”である彼女の死は、私達が予定する悲劇に彩りを加えて、よりセンセーショナルにしてくれますから』

 

「そういう筋書きか。“塔”の連中の考えそうなことだな」

 

『彼女の死体を欲しがっているのは、うちの“教団”ですがね』

 

「利害は一致、真意は不一致ってか。まぁなんでもいいが……。お前、間に合うのか? 私が心配してるのはソコだ」

 

『えぇ。手間のかかる準備は終えていますし、既に必要なポジションも得ています。“塔”の方々のお力添えもありましたからね。余裕があるぐらいですよ』

 

「……おかげで、こんなバカ性能の軍用魔導具まで持たせて貰えてるってワケだ」

 

『アードベルに居ながら、王都付近のあなたとお話ができるなんて驚きですよね』

 

「“塔”の連中は魔法至上主義で、こういう魔導具が嫌いなんじゃないのか?」

 

『軍事技術に関しては別でしょう。好き嫌いではなく、力こそが正義です』

 

「その力の源泉が金だってのは、今回の仕事でハッキリしたな」

 

『まぁ、“教団”と繋がることで、経済的、世論的支配の実現を期待している方も多いのですよ。“塔”の中には。今回の仕事では特に露骨ではありますが』

 

「ウチの連中も狂信ぶってはいるが、結局は金だってことかよ」

 

『何をするにも、お金は必要ですよ。大切です。“教団”にとっても、“塔”との繋がりを強固にしておくこと自体に意味がるのですよ』

 

「魔王復活を目指す同志だからか」

 

『真意の不一致を隠し続けるには、利害を一致させるのが最も効果的でしょう』

 

「肚の探り合いほど下らねぇモンはねぇよ……。お前は、そっちの裏クランの連中も狩ってるのか?」

 

『手駒は多い方がいい。私も死体は補充しました』

 

「派手にやり過ぎるなよ。……あのギギネリエスを斃したのも、アードベルの連中なんだろう? まさか目を付けられてねぇだろうな」

 

『えぇ。問題ありません。わざわざ裏クランの悪党だけ狙っているのですから。感謝されこそすれ、非難されることはありませんよ。あぁ、でも』

 

男の声に、何かを踏みにじるのを楽しむような響きになる。

 

『最後の1人は、一応は善人ですね。くく、使い方に悩みますねぇ、これは』

 

「とにかく合流するぞ。私達はこの街で準備を始めとく」

 

『えぇ。お願いしますね。あと、アナテはいい子にしていますか? 随分と静かですが』

 

「あぁ。……あれ、あいつ何処に行った?」

 

『えぇっ? ちょっと止めてくださいよ。死体人形の迷子なんて』

 

「大丈夫だよ。此処に居るから」

 

 暗い倉庫内の天井付近から、朗らかな声。一緒に、黒フードを纏った小柄な人影が飛び降りてくる。足音もなく着地したのは少女だった。

 

 舞い上がったフードの奥には、澄んだ翡翠色の髪。翡翠色の瞳。可憐な顔立ち。ふわりとした無垢な笑み。両手に握られた戦闘用の手斧。肉厚の刃には新鮮な血がぬめっている。

 

「この倉庫の周りに気配が近づいてきてたから。多分、此処のレイダー達と繋がりのある冒険者だと思う。10人ぐらいかな。取り敢えず、死体にしてきたの」

 

「……なるほどな。こいつらのレイダー仲間ってことか」

 

 白髪の少女が足元に転がる死体を眺めて、面倒そうに鼻を鳴らす。通話魔導具から男の声が弾んだ。

 

『流石はアナテ。迅速に死体を作ってくるとは。私が丹精込めて作っただけはありますね』

 

「えへへ~、褒められた~」

 

 翡翠色の瞳の少女は、テレテレとはにかんだ。えくぼが無邪気そうで、手の中にある血塗れの手斧がチグハグだった。一つ溜息を吐いた白髪の少女が、倉庫の外に向けて顎をしゃくった。

 

「えへへ~、じゃねぇんだよ。死体を放っとくわけにもいかねぇ。回収するぞ」

 

 

 

 

 

 

 

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