「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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「服を脱げ」1

 

 

 

 王都の衛兵達が戦闘現場にかけつけてくれたのは、アッシュ達が黒ローブの少女を取り逃してすぐだった。

 

 地面に転がっているレイダー達を検め、全員が死んでいることを確認してくれた衛兵隊の隊長は、歌姫たちを護衛していた騎士団に状況の説明を求めてきた。そしてアッシュ達にも。

 

 だがアッシュ達にしてみても、特に目ぼしい情報は何も得られておらず、客観的な事実だけを述べるしかなかった。

 

 クラン『鋼血の戦乙女』のメンバーが、レイダー達の制圧のために騎士団に加勢したこと。そして、襲撃者である少女がこの場から逃げたこと。その少女が姿を見せたときに検出した死霊魔術反応についてが、供述できる全てだった。

 

 襲撃されていた騎士団の者達にしても、アッシュ達よりも何らかの事情を知っている風でもなかった。歌姫のファンであるというある貴族が、半ば強引に護衛につけた者達のようだった。領兵の一部というか、やはり私兵のようなものらしい。

 

 王都の衛兵達は念のため、この場にネクロマンサーが紛れ込んでいないかを確かめるべく、アッシュ達を含む全員の装備品、持ち物、アクセサリーの類の全てを調べた。

 

 違法アイテムボックスを所持していないか。その中に死体が、或いは、ネクロゴーレムに類する人造ゾンビが収納されていないかなどを調べるためだ。

 

 この厳密な所持品の検査には、クラン『鋼血の戦乙女』と騎士団の全員、それに歌姫も、歌姫の事務所スタッフも対象となった。だが結果として、違法アイテムボックスも、死霊魔術に関わる触媒や魔導具などを身に潜ませている者は居なかった。

 

 ――アッシュの肉体からも、死霊魔術の反応は検出されなかった。アッシュは死体から製造されたものの、その生命は人間として判定されるようだった。

 

 歌姫を襲撃してきたレイダー達も全員が死亡していることもあり、事情聴取も不可能。死体が相手では、強力な自白魔法も活用しようがない。

 

 戦闘現場で衛兵たちが得られた情報や手掛かりといったものは殆ど無かった。

 明らかな脅威と悪意が姿を見せたというのに。

 

 

 

 「ハァーーーッハッハッハッハッハ!!」

 

 ケンタウロス2階の大部屋。その談話スペースにゆったりと腰掛けた歌姫――マリヴェルが、歌劇のような芝居がかった仕種で胸に片手を当て、美しく張りのある笑い声を立てる。

 

「私達だけでなく、護衛してくれていた騎士達に死者も出なかった! んん! これも全て、助けに入ってくれたキミ達、戦乙女の皆の御蔭だよ! エェェクセレンスゥァァァ!」

 

 彼女の瞳は輝くようなスカイブルーで、シャープで整ったその顔立ちに神秘的な雰囲気を持たせていた。プラチナブロンドのショートヘアからも、可愛さや可憐さよりも、スタイリッシュで颯爽とした印象を受ける。

 

「アードベルでのコンサートが終わるまで……、いや! アイドルという形態で売り出している最中であるから、ライヴと言った方が言い直すべきかな!」

 

 自信の漲る眼差しのマリヴェルが、大部屋に整列しているアッシュ達を見回した。

 

「アードベルでのライヴを無事に終えるまで、そして私達が王都に帰って来るまで、護衛をよろしく頼むよ!」

 

「は……。我々も命を賭して、任務に当らせていただきます」

 

 応じたヴァーミルは敬礼こそしなかったものの、すっと頭を下げる動作は軍人然とした厳格さに満ちている。そのヴァーミルに続き、アッシュもサニアも、そして他の戦乙女達も頭を下げた。

 

 ちなみに、今のアッシュ達が乗っているケンタウロスには、王都に向かっていたときとは別のメンバーを揃えてある。

 

「あぁ、そんなに畏まらないでくれたまえ! 仲良くいこうじゃないか!」

 

 胸を張ったマリヴェルが、更に声のボルテージを上げていく。

 

「しかし改めて思うが、こんなに美しい戦乙女達に囲まれ、護って貰えるとは! んん! これぞまさに、アイドル冥利に尽きるというものじゃないか! どうだいキミ達! 私の恋人になってみないかい? おっと、冗談だよ冗談!」

 

 そこでマリヴェルは胸を張って顎を持ち上げ、一際力強く笑い声を上げる。

 

「ハァーーーッハッハッハッハ!! ダァーーッハッハッハッハ!! ドゥァアアアッハッハッハッハブ!? ゲッホゴホゲヘ!!」

 

 そして予定調和のように噎せ返ってから軽く息を吐き、再びアッシュ達を見回した。その瞬間だけは、歌姫やアイドルといった立場の仮面を外すかのような、やけに静かな面持ちだった。

 

「……まぁ、冗談はここまでにして。キミ達には本当に感謝している。……ありがとう」

 

 礼の言葉に力を籠めた様子のマリヴェルは、自分の体に残っていた緊張をゆっくりと解すようだった。

 

「私達の事務所のスタッフも皆、無傷で無事だったんだ……。どれだけ礼を言っても、言い足りないぐらいだよ」

 

 彼女の声には、柔らかで自然体な温度があった。素朴で実直な、マリヴェルという女性の素の顔が覗いているのを感じた。彼女が心の底から、アッシュ達に感謝を向けてくれているのが分かる。

 

「何を勘違いしたことを言っている、マリヴェル」

 

 冷厳と低い声が響いた。

 

「礼を言う必要も、頭を下げる必要も無い」

 

 まるで、この場を支配するかのような、どこまでも高圧的な口振りだった。マリヴェルの隣に腰掛けた痩身の男性だ。腕を組み、脚を組んでいる。

 

 灰色の髪を後ろに撫でつけ、上品で仕立ての良いスーツを着こなしている。サングラス越しの眼差しも鋭く、威圧的だ。彼がしている腕時計も重厚な光を湛えていて、高級品なのだろうと分かる。口許や頬には彫られたような皺があり、静かな貫禄があった。

 

「俺たちを護るのがコイツらの仕事だ。金も既に支払ってある」

 

 マリヴェルが所属する事務所。

 “ラヴィリンス”の社長。

 

 ケイス=オーダー。

 

 業界内での彼の辣腕は有名らしく、あるとき、彼の事務所に所属していたマリヴェル以外のアイドル達を不要だと言い捨て、その専属マネージャーなども含め、全て強制的に解雇したという話は、特に有名なのだという。

 

 それでも裁判沙汰になっていないのは、解雇した者たちに手切れ金の意味を籠めた巨額の金を詰んだからであるとか、裏クラン冒険者を何人も使って、解雇した者たちを脅したてたからであるとか、そういった噂は今でも囁かれているらしい。

 

 この護衛任務に参加することが無ければ、アッシュが関わることなど決して無かったであろう人物だ。

 

「俺から言わせて貰えば」

 

 サングラスの奥にある赤い瞳が、感謝も安堵もなく、あくまで威圧的に、そして高圧的にアッシュ達に向けられる。

 

「襲撃した連中の1人を取り逃したことについては、コイツらも責を負うべきだと思うがな」

 

「社長、そんな言い方は……!」

 

 ぎゅっと眉間を絞ったマリヴェルが、腰を浮かせそうになったときだった。

 

「とは言われましてもねぇ」

 

 ニヒルで軽快な声が、今にも立ち上がろうとしているマリヴェルを制するように響いた。この場に居た戦乙女の一人が肩を竦め、軽い調子でケイスに応じたのだ。

 

「あの戦闘は、ウチらにとっても奉仕労働なんで」

 

 機械獣遣いの戦乙女。

 彼女の名は、ウルズ=ラトロック。

 元冒険者の魔術士。

 

 深い水色の髪をボブカットにして、黒縁の眼鏡をかけている。すっきりとした可憐な顔立ちだが、瞼を閉じる途中のような垂れ気味の目は眠そうで、生意気そうでもある。

 

「王都の防壁門に到着した段階では、まだウチらの『特別警護サービス』提供の時刻にはなってなかった筈っすから」

 

 ウルズは分厚いファイルを手にしていて、ペラペラと捲っていた。それを見たケイスが眉間の皺を深くしたあたり、あれは契約書か何かなのだろう。

 

「まぁ、ウチらが到着するまでは、お偉ぁ~い貴族様の、誇り高ぁ~い騎士団の皆様が、がっちり、しっかり、バッチリと、歌姫さん達を守護するっていう話は聞いてたんすけどねぇ」

 

 やや含みのある言い方をするウルズは、これ見よがしの疲れ顔になってみせる。

 

「それがまさか、あれだけ防戦一方に押し込まれてるなんて、ウチらも夢にも思わなかったんすよ。それで、慌てて加勢した次第でして。そんな状況で、現場の死者をゼロに抑えて、取り逃したのがレイダー1人だけっていう結果なんすから。寧ろ、特別手当を上乗せして貰いたいとこっす」

 

 やや不遜な態度のウルズが言い終わるまで、この場の指揮官的な立場にあるヴァーミルは何も口を挟まなかった。

 

 だがそれは、自分達の報酬が加算されてしかるべきだとアピールするためではなく、マリヴェルの周囲で起きたことの重大さや深刻さを、ケイスにも認めさせる意図からに違いない。

 

「アードベルでの興行の中止を、今からでも検討されては……?」

 

 冷然とした表情のヴァーミルが、不機嫌そうに黙り込んだケイスに向き直る。やや不安そうな、だが引き締まった表情になったマリヴェルも、横目でケイスを窺っていた。

 

「……王都の衛兵共にも伝えたことだが」

 

 緩い息を吐いたケイスは、サングラスの奥でヴァーミルを一瞥し、それからアッシュを、サニアを、そしてここに居る戦乙女全員をサングラス越しの目線で見回し、首を振った。

 

「アードベルでのライヴは、貴族の客達が待っているだけでなく、資金面での協力もして貰っている。社運を賭けた重要なイベントだ。中止はしない。既に金は注ぎ込んでいるんだ。是が非でも回収せねば話にならん」

 

「そのために、彼女と……」

 

 そこで口を開いたのは、無表情のままで目を僅かに窄めているサニアだった。憐憫を含んだ鈍色の瞳でマリヴェルを見てから、ケイスには鋭い目線を向けた。

 

「貴方の事務所のスタッフを、危険に晒すことになってもですか?」

 

「その危険を排除して俺達を護るのが、お前達の仕事だろうが」

 

 眉間に皺を刻んだままのケイスは、非難めいたサニアの眼差しを正面から受け止めても全く怯まないし、悪びれない。それどころか、「鬱陶しい議論を立ち上げてくるな」と迷惑そうに軽く舌打ちさえしてみせる。

 

「いいか? マリヴェルが売れるようになってからは、威力妨害の騒ぎは何度もあった。殺害や誘拐予告なら、それこそ腐るほどだ。だから俺は優秀なボディガードと護衛の為の人員を、必要なだけ雇ってきた。全て俺の金でな」

 

 ケイスの口振りは、周囲の者を黙らせるための威圧感に満ちていた。

 

 「敢えて言うが、俺の事務所は小さい。零細と言っていい。俺達を目の敵にしている商売敵共は、もっと規模のデカい企業だ。どうせ今回のレイダー共も、奴らの差し金だろう。汚い金の使い方なら、奴らの方がよっぽど心得ている」

 

 淡々と言葉を続けるケイスは、効果的に相手を黙らせる話し方を知っている風だった。口調に慣れがある。

 

「そういう外道共から目を付けられて以来、俺は、他のアイドル共に危害が及ぶ可能性も配慮した。結果的に、マリヴェル以外は全員解雇することになったがな。今はマリヴェルにも、専属治癒術士を着けてある」

 

 言いながらケイスが顎をしゃくった先では、ひょろ長い体格の青年が会釈しながら、アッシュ達に引き攣った笑みを浮かべている。今のケイスの剣幕に怯えている様子だった。

 

 談話スペースの隅っこに腰掛けている彼は、地味な魔術士装束を纏い、『1等級・銅』の認識プレートを首から下げていた。上級冒険者、それも、王都を拠点にしているエリートである。

 

「あはは……。す、すみません。自己紹介が遅くなってしまって」

 

 温みのある穏やかな声が印象的な彼は、優しげな苦笑で頭を下げる。

 

 このケンタウロスに乗り込む際にも、彼はアッシュ達に自己紹介をしようとしてくれていたが、「さっさと行くぞ」とケイスにせっつかれ、結局、喋るタイミングを今まで逃し続けていたのだ。

 

「私の名は、モッグス。モッグス=バシュカです。一応は上級冒険者ですが、前に所属していたパーティの活躍に引き摺られる形で、この等級になったもので、その……」

 

 モッグスはそこで伏し目がちになって、気恥ずかしそうにというか、申し訳なさそうになる。

 

「私自身はほとんど無名で、戦うことについても、からっきしで……」

 

 しゅんと肩をすぼめるようなモッグスは、床に向かって苦笑している。戦闘のエキスパートが揃う『戦乙女』達を前に、改めて萎縮しているかのようだった。

 

 ……そういえば、とアッシュは思う。

 

 レイダー達に襲われている騎士団の隊列の中から「うひぃぃぃ!」という、一際怯えたような男性の声があったはずだ。今のモッグスのしょぼくれた様子を見るに、あれは彼の悲鳴だったのかもしれない。

 

 モッグスのように民間企業に身を寄せるのは、冒険者の第2のキャリアとしては珍しくない。

 

 腕に覚えのある冒険者なら、貴族たちが領兵として迎えてくれることもある。戦闘に向かない治癒術士であっても、医療機関で雇ってもらえることもある。

 

 ただ、モッグスは現役の冒険者として認識プレートを首から下げているので、引退したところをケイスに拾われた、ということでもなさそうだった。

 

「モッグスは、表向きには事務所のスタッフとして働いて貰っている。マリヴェルに専属治癒術士が居て、しかもそれが男だなどと公表すれば、厄介なファン共が五月蠅いからな。貴族の客は金払いもいいが、文句を言う声もデカい上に無視できん」

 

 うんざりしたような口振りのケイスに、モッグスは苦い愛想笑いで付き合っている。

 

「社長。お客さんの悪口はよくないよ」

 

 表情を引き締めたマリヴェルが横目でケイスを睨む。「悪口じゃない。事実だ」と言い返したケイスが軽く舌打ちをした。

 

「お前の護衛を女だけで固めろなどと、面倒な注文を付けてきた連中共を黙らせるのにも金が要った。……つまりは、お前達を揃えるだけで、なかなかの出費だったワケだ」

 

 サングラスを下にずらしたケイスは、暗い赤色の瞳を上目遣いに覗かせて、アッシュ達を睥睨する。俺の言いたいことは分かるよな? と言わんばかりの眼差しだった。そして最後に、サニアに向き直って指を向ける。

 

「俺は、俺の仕事のために金を使った。剣聖。お前が此処に居る理由と義務を与えることが、俺の責任を果たすことでもあるからだ」

 

「それは……」

 

 僅かに表情を険しくしたサニアは何かを言い返そうとしていた。

 

「剣聖よ。お前の仕事は、俺に口を出すことじゃない」

 

 だが、厳格な口振りのケイスが、その理屈と態度でサニアを黙らせる。そして、他の戦乙女達が食い下がってくることを予め制するように、ケイスは声音を鋭く尖らせていく。

 

「他の余計なトラブルに対処するための顧問弁護士は、ダース単位で揃えてあるからな。まぁ、こっちのケンタウロスには乗っていないが……。とにかく俺は、俺が必要なだけの準備をした。もう一度言う。お前達の仕事は、俺達を護ることだ。黙って集中しろ。出来んとは言わさんぞ」

 

 その命令口調に対して、もう誰も口を出すことはしなかった。自分達の雇い主からの、ある意味での厳しい指摘でもあったからだろう。

 

「はっ……」

 

 やはり、まずヴァーミルが頭を下げる。そしてまた、アッシュを含む皆がそれに倣った。ぐっと唇を引き結んだサニアも、眉間を絞りながら頭を下げている。

 

 黙ってしまったマリヴェルが申し訳なさそうに眉を下げているのを、アッシュは頭を下げる直前にチラっと見た。容赦ないケイスの物言いに、心苦しい思いをしている様子だった。

 

 この場が険悪な空気に包まれつつあったとき、居心地が悪そうな苦笑を力なく浮かべていたモッグスが、「あの、すみません。社長。ちょっといいですか?」と控えめに挙手をした。

 

 思わずアッシュは顔を上げてしまったし、それはヴァーミル達にしても、サニアにしても同じ様子だった。

 

「……何だ?」訝しそうなケイスが、顔をモッグスに向ける。

 

 サングラス越しのケイスの眼差しを受け止めたモッグスは顔を強張らせていたが、すぐに気弱そうな愛想笑いを浮かべ直して、「いやぁ、あ、あのですね」と言葉を継いだ。

 

「ここに居る皆さんの御蔭で、私達は無事にケンタウロスに乗ることができましたし……。少なくとも王都までは、比較的安全に過ごせるでしょう?」

 

 モッグスは穏やかに頷いて、アッシュ達を優しく見回した。

 

「ほら。王都の衛兵たちから持ち物検査を受けても、ネクロマンサーらしい装備品を身に着けている人も居ませんでしたし。何より、彼らの自白魔法によって、あのレイダー達と繋がっている者がいないことも証明されました」

 

 苦笑を浮かべたままのモッグスだが、その淡々とした口振りは真面目なものだった。

 

「今のうちに、戦乙女の皆さんには休憩しておいて貰いませんか? 勿論、私達を護衛してくれる人が1人も居ないというのも不味いですから、数人がこの場に残って貰って、あとの方々には、順番に休息を取って頂くという形で」

 

 このモッグスの提案を意外に思ったのは、アッシュだけでは無かったようだ。一瞬だけ、『戦乙女』達が目を見交わし合う気配があった。

 

 レイダー達から襲撃を受けているのだし、いくらケンタウロスに搭乗している状況であるとはいえ、護衛人数を減らすというのは不用心ではないか。

 

「んん! それはいい! 」

 

 だが、このモッグスの提案に真っ先に賛意を示したのは、鷹揚に頷いたマリヴェルだった。

 

「アードベルに到着してしまえば、私達を護衛してくれる『戦乙女』が休むタイミングは、そう簡単には取れないだろう。特に、私の専属ボディガードをしてくれる冒険者の2人などは、本当に休む間も無いだろうからね」

 

 美しくも明るいマリヴェルの声は、さっきまでこの場を締めつけていた険悪な緊張を拭うようでもある。それから彼女は肩を竦めながら、「これは私の実感からくる確信なんだが」と少々含みのあるような眼差しでケイスを横目で見た。

 

「身体を休めることは魔法薬でも出来るが、精神的なスタミナの回復と蓄積には時間が必要だ。……いくら『戦乙女』の皆が美女揃いであるとは言え、あまりにガチガチに周りを固められては、私としてもリラックスできない」

 

「アードベルに着いてからの、お前のパフォーマンスに影響が出ると言いたいのか?」

 

 低い声を出したケイスが、うっそりとマリヴェルを見た。やれやれ顔のエリシアは緩く首を振ってみせる。

 

「前から言っているが、もう少し視野を広くした方がいいよ。社長。これは私だけでなく、この場全員に当てはまる話だと思わないかい?」

 

 言いながらマリヴェルは、座った姿勢を前傾させた。両膝の上に両肘を置いて、手を組み合わせ、そこに顎を乗せる格好になった。

 

「私達の護衛をしてくれる皆の心身が万全であることは、今回のライヴを無事に成功させる絶対条件だ。……実際、私達は既にレイダーに襲われているのだからね」

 

 真剣な目になったマリヴェルは、その美しい声に力を籠めた。重大な議論を締め括るように。

 

「今回は敢えて言わせて貰うよ、社長。お金の回収を優先する貴方の考えは理解できる。大事なことだ。それと同じように、私にも大事にしたいことがある。それは、ライヴに関わる人たちの安全と、私の歌を聴きにきてくれる皆の安全だ。これが保証されないのなら、私の歌には価値などないよ」

 

「……何が言いたい?」

 

 無表情のままのケイスが結論を急かす。マリヴェルは即答した。

 

「私達は、『戦乙女』の皆を尊重すべきだ」

 

「金を払って雇っているのは俺だが」

 

「これは、お金とは別の問題だよ。信頼関係の話さ」

 

 そこでケイスは眉間に皺を寄せて、一瞬だけ苦味を堪えるように頬を強張らせ、緩く息を吐いた。サングラスの奥に薄らと見える目が、動きを止めて下を向いているのが分かった。

 

 黙り込んだケイスは、その数秒の間、明らかにマリヴェルを相手にしていなかった。記憶の中から浮き上がってきたものを、慎重に沈め直そうとするかのように。

 

「……もういい。分かった。好きにしろ」

 

 ケイスはだが、すぐにまた無表情に戻って、むすりと鼻を鳴らしてみせる。傲然とした態度は変わらないが、マリヴェルの主張を一旦は認めたようだ。

 

 とりあえずは、この場の空気が和らぎつつあるのを感じたのか。ホッとしたようなモッグスも眉を下げている。

 

「じゃあ、そうさせて貰うとしよう。さて……」

 

 軽い口調で応じたマリヴェルが、体ごとアッシュ達に向き直った。そして気を取り直すように、大袈裟なぐらいに芝居がかった仕種で腕を広げる。

 

「聞いての通りだ。『戦乙女』の諸君。このケンタウロスに搭乗している間は、私達の護衛はガッチガチじゃなくても構わない。私としても、あまりに堅固に護られてしまうと息が詰まってしまうのでね」

 

 アードベルまでの旅をリラックスして味わいたいという本音も、まぁ勿論あるんだが。そう冗談めかしたマリヴェルは、首元のペンダントを軽く揺らしてみせる。蒼い、大粒の魔法石が嵌められている、見るからに高価そうなペンダントだった。

 

「王都の魔術士に製作して貰った、防護用の魔導具だ。非常に強力な結界を展開できる。これの御蔭で私も、一応の時間稼ぎ程度には自分の身を守れるというワケだ。だからキミ達も、安心して羽を伸ばしてくれているといい」

 

 茶目っ気のあるウィンクと共に、マリヴェルはアッシュ達を労うような言い方をする。あの芝居がかった口調にしても、職業的な気遣いなのだろうと思った。

 

「この休息は意味深い。戦士にとって、休息とは重大な仕事なのだからね。……おっと、そう言えば」

 

 そこで、マリヴェルは何かを思い出したようだ。大部屋に居並んだ『戦乙女』達を、それからサニアと、アッシュを順番に見てから、彼女は不可解そうな表情になる。

 

「2人いる私のボディガードのうち、片方は女装した男性だという話だったけれど……。この場には居ないのかい?」

 

 おやおや? という顔になっているマイヴェルに続き、やや困惑した様子のモッグスも、アッシュ達のことを遠慮がちに見回した。

 

「私も、確かそんな話は伺ったように思いますけど……。冒険者の方なんですよね? でも、ここには女性しかいないような……」

 

「そんなワケがあるか。低級だが腕の立つ冒険者という評価は、俺もギルドから聞いている。確かに、この場に居るはずだ」

 

 今までそっぽを向いていたケイスが、低い声でむっつりと言う。そしてアッシュ達を検めるように見回しながら「……ん?」と溢し、サングラスを下にずらした。

 

「いや、おい、ちょっと待て。判らん。どいつだ……?」

 

 不審と警戒を混ぜ込んだようなケイスの声は、やたら強張っていた。これ以上、妙なトラブルは御免だと言わんばかりだ。サングラスから覗く目つきも、まるで罪人を探すような鋭さがある。

 

「えぇと、はい……。僕です」

 

 だからアッシュが手を挙げるときには、別に何も悪いことはしていないのに、ちょっとした勇気が必要だった。女装であることを証明するように、アッシュは手を挙げながら、もう片方の手でウィッグを外す。

 

「えっ」

 

 素の反応をしたマリヴェルが、驚くというよりも呆けたような顔になった。似たような顔になっているモッグスも、「君は……」などと口を半開きにして溢し、目を丸くしている。

 

「……」

 

 無言のままケイスは唇を引き結んではいたが、今までの厳めしい表情を落っことしてしまったように目を見開き、サングラスの奥で何度も瞬きをしていた。

 

 モッグスと同じく、というか、この場に居る全員が、まともに自己紹介をしていない状況だったこともある。

 

 レイダー達との戦闘を終えたあとのバタバタを、つい先程切り抜けたところなのだ。こうして大部屋に集まっているのも、そもそも全員の面通しの意味合いがあったのだ。

 

「マリヴェルさんの護衛を務めさせて頂く、アッシュ=アファブルです。この護衛任務中は、キニス=グレイモアと名乗るよう、指示を頂いています」

 

 アッシュは頭を下げてから、首から下げている認識プレートを手に持った。そこでモッグスが、参ったような苦笑を浮かべる。笑うしかないといった感じだった。

 

「いやぁ……。これはちょっと驚かされちゃうなぁ。全然、判らなかったよ」

 

「僕の等級は『5等級・銀』ですが、今はギルドからの意向もあり『2等級』の上級冒険者として、この場に同行させて頂いています。よろしくお願いします」

 

 もう一度アッシュが頭を下げてウィッグを着け直したところで、硬直していたマリヴェルが再起動した。

 

「あ、あぁ! こ、此方こそ、よろしく頼むよ! うん! いや、しかし……!」

 

 頬を赤らめたマリヴェルが立ち上がり、目を輝かせながらズンズンと歩み寄ってきた。ちょっと気圧されてしまうアッシュは身体を仰け反らせてしまう。

 

 だが、そんなことはお構いなしのマリヴェルは、アッシュのすぐ近くまで来て、その横顔や後ろ姿などをじっくり観察するように、まじまじと見詰めてくる。

 

「ほうほう! ウィッグの髪型で、顔の輪郭を更に小さくしているのかい……。喉元が隠れるボディスーツ装備に、身体の線が出にくいローブを合わせているのは最適解なのかもしれないねぇ……!」

 

 アッシュを矯めつ眇めつ、マリヴェルは興奮気味だ。鼻息が荒いし、目がマジだった。

 

「眼鏡の御蔭で印象が柔らかくなって、顔立ちの可愛いさが前面に出ているのも私好みだねぇ! んんんんん!! とてもプリティィィィで、チャァァァァミングだよ!」

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

 取り敢えずといった感じでアッシュが礼を述べたのを見て、ヴァーミルが一つ咳払いした。

 

「この任務に臨むにあたって、アッシュの女装は完璧でしょう。実に可憐で、可愛らしい」

 

 んふー! と胸を張っているヴァーミルは小刻みに頷き、何処となく誇らしげな表情だ。

 

「それに、彼には猫耳がとても似合うのです」

 

「……お前は何を言っているんだ?」

 

 不審者を見る目つきになったケイスが、冷たい言い方でヴァーミルをジロリと見上げた。このときばかりは、アッシュも同じことを思った。

 

「もっ、申しゅ訳ありません……」

 

 途端に、ヴァーミルはしゅんとなって頭を下げる。

 焦ったのか、若干噛んでいた。

 

「そうですよ。ヴァーミル」

 

 今まで押し黙っていた筈のサニアが、ここは黙っていられないという感じの難しい顔になってケイスに続いた。

 

「猫耳よりも、アッシュには犬耳の方が似合うに決まっています」

 

「……お前も何を言っているんだ?」

 

 今度はサニアの方を見遣ったケイスが不味そうに顔を歪めるが、サニアの方は悪びれることなく、「ん? 何か?」という感じで凛としている。自分の発言がこの場に相応しく、また適切だったと自負している様子だ。

 

 サングラスの奥でヴァーミルとサニアを交互に見比べているケイスは、「コイツ達に護衛を任せて大丈夫なのか……?」と今更な不安を感じ始めている顔つきだった。

 

 一方、まわりの戦乙女達が微かに眉を顰めたり、或いは、笑いを堪えるように唇をムニムニと動かしていたり、微笑ましいものを見守るような顔つきになっていた。モッグスも苦笑して肩を揺らしている。

 

 ただ1人。セツナだけが、アッシュを凝視していた。その視線で斬り殺そうとでもするかのように。このケンタウロスに搭乗してから、ずっとだ。アッシュも一応は気付いていたが、怖くて目を合わせられていない。

 

「いや……、猫耳と犬耳というのは、いいアイデアだ!」

 

 心が休まらないアッシュを他所に、妙な熱気を帯びた真面目顔のマリヴェルが、がしっと肩を掴んできたのはそのときだ。

 

「君も、私と一緒にアイドルにならないか!?」

 

「……えっ」

 

 間抜けな声を出してしまうアッシュの意思とは全く無関係に、思わぬ方向に話が進み出すような気配が強まっていく。目を爛々とさせたマリヴェルが止まらないからだ。

 

「社長! このライヴが終わったら、彼をプロデュースしてみるのはどうだろう!? 私の直感だが彼は、男女共に愛される逸材のような気がしてならないよ!」

 

「……まぁな。素材としては悪くない」

 

 そう応じたケイスの口振り、そしてサングラスの奥にある眼差しに、ある種の職業的な鋭さと厳しさ、そして、真剣な期待と喜びが混ざるのをアッシュは感じた。何となくだが、ケイスは自分が携わる業界と仕事が好きなのだろうと思った。

 

「磨けば、ソイツはまだまだ光るな。男にも女にも好かれる路線を取れるなら、イベントの種類も揃えやすい。間違いなく金になる。だが……」

 

 アッシュのことを熱心に見詰めたケイスは、だがそこで、鼻を鳴らして首を振った。虚しそうに。仮にアッシュをアイドルとして育成するならばと、頭の中に浮かびつつあったプランの全てを放棄するようだった。

 

「……もういい。マリヴェル一人で十分だ」

 

 疲れたような、寂しげで憮然としたケイスの声音は、この話題にもう付き合う気が無いことを伝えていた。

 

「随分と愛されているんだね。私は」

 

 肩を竦めたマリヴェルが冗談めかした。ケイスは目線だけを向けて、軽く鼻を鳴らしただけだった。

 

 短い遣り取りで話題は打ち切られたが、取り敢えず、この場を包む空気からは険が無くなり、柔らかいものになった。ようやく落ち着いた時間が流れようとしている。

 

 全員の自己紹介を済ませ、アードベルまでの日程、到着後の予定を確認したあと、この場に残ってマリヴェル達の護衛にあたる者と、便宜上の『戦闘後の休息』に入る者とに分かれることになった。

 

 まずこの場に残ったのは、ヴァーミルとサニア、ウルズの3人。護衛の人数は少ないが、ウルズが使役する機械獣がケンタウロスの内外に配置されているので、外敵を察知する態勢は万全だった。

 

 またマリヴェルだけでなく、ケイス、モッグスの2人も、防御結界を展開する魔導具を身に着けている。抜かりは無い。

 

 「今は休め」という雇い主側からの意向もあり、ひとまず、アッシュはケンタウロスの1階で休むことになった。

 

 アイドルとしてデビューするなどという話が現実味を帯びなくて良かったと思いつつも、まだアッシュにとっては気が抜けないというか、気が休まらない事態に変わりはなかった。

 

「おい貴様、待て」

 

 ケンタウロスに一階に降りたところで、セツナに斬りつけてくるような鋭い声で呼び止められたからだ。いや、それだけではなかった。

 

「えっ、ぼ、僕ですか……?」

 

 アッシュは振り返りながら、思わず自分を指差してしまう。

 

「貴様以外に誰がいる」

 

 眉根をぎゅっと寄せたセツナは目を吊り上げ、頬を強張らせ、険しい表情で歩いてくる。ケンタウロス内の通路の空気が、ビリビリと震えるような迫力だった。

 

 だが、セツナからはアッシュに対する敵意自体は全く感じられなかったし、この次の彼女の行動は予想外だったこともあって反応が遅れた。

 

「……来い」

 

 ぶっきらぼうに言いながらセツナが、アッシュの腕を掴んできたのだ。

 

「あの、ちょっ……!?」

 

 そしてそのままアッシュは、ケンタウロス1階にある談話スペース兼ミーティングルームに引っ張り込まれてしまった。

 

 

 

 







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