「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

87 / 101
途切れていく道

 

 

「戦闘に特化した人形です。“器”としての精度も申し分ないと思いますが……。こうも人間に近付けると、いずれ自我や精神の芽生えは避けられないかと」

 

 私は裸のままで目を覚ました時、レーヴェスの声を聞いた。

 私は仰向けに寝たままで、私の身体を感覚し、心に意識を向けていた。

 

 私は、何者なの?

 

 私の身体には、黒々とした紋様がびっしりと刻まれていた。

 私の意識がはじまったときから、私は戦うことを知っていた。

 私のものとは違う経験と記憶が、私の身体には備わっていた。

 

 私は強かった。とっても強かった

 他の“器”を、“人形”を、無数に壊した。

 広く暗い地下室で。私は血に塗れて破壊を振り撒いた。

 

「流石ですねぇ。素晴らしいですよ」

 

 穏やかな声でレーヴェスは褒めてくれた。

 私という存在が認められているようで嬉しかった。

 私は“器”と、“人形”たちを壊し続けた。

 褒められると思った。褒めて欲しいと願うようになった。

 でも、それは駄目だった。いけないことだった。

 

 私は、“器”。私は、“人形”

 私の内部に、私は要らない。

 だから、願いや望みは持ってはいけなかった。

 

 お前は無意味だ。お前は無価値だ。

 お前は出来損ないだ。お前は不全だ。

 

 それが、私という存在に対する、最終的な評価だった。

 私は廃棄処分されて、再利用されるらしかった。

 

 でも、特に何も思わなかった。

 そうなんだ、と受け入れた。

 私は、自分の命そのものに執着はなかった。

 

 でもレーヴェスは、私を使うと言ってくれた。

 アナテ、という名前をつけてくれた。

 

「戦闘能力については一級品ですし、道具としての利用価値は十分にあります」

 

 その言葉に、私は温かいものを感じた。

 私は、レーヴェスの道具になろうと思った。

 

 道具であることが、私に価値を与えてくれると思った。

 価値があるということは、意味があるということだ。

 意味があるということは、私が存在しているということだ。

 

 レーヴェスは、私を無視しない。

 私が道具として役に立つと、彼は褒めてくれる。

 誰かを殺して、死体にすると、彼は褒めてくれる。

 嬉しかった。私には、意味と価値があると実感した。

 

 私は、生きていると感じた。

 私は死体人形だけど、生きていると感じることができた。

 

 こういう感覚こそが、道具には不要。

 それも分かる。理解できる。でも、嬉しいのは仕方がない。

 

 私は、私自身に興味を持った。

 私は、私という内部を、意味と価値で満たしてみたい。

 

 その充実は、私という“個”にも届く。

 私という“個”が意味と価値を持てば、もっと素敵だ。

 私は、誰かに、何かに、“個”の私として影響を与えてみたい。

 

 それが多分、生きるということだ。

 

 こういう願いを持つことこそが、“器”として不全で出来損ないであることは分かっている。だが、願いというものは一度でも芽生えてしまうと、すぐに心の奥底まで根を下ろしてしまう。

 

 もう引き抜けないし、捨てられない。捨てたくない。だって、ワクワクする。

 

 でも、欲張ってはいけない。

 私は道具として純化していなければいけない。

 戦闘のための道具。殺害のための道具。

 それが私。私の意味。私の価値。その根底。

 

 私の有用性を証明するのは、私に殺されるべきひとたち。

 私に意味と、価値をくれるのは、私に殺されたひとたち。

 

 だから私は、彼に会いたかった。

 

 ううん。昔の彼に。

 かつて“教団”にいたころの彼に。

 出来損ないと評された、“器”の彼に。

 無意味で無価値だと評された、“人形”の彼に。

 

 彼こそが、ギギネリエスが造りだした魔人。

 その強さ故に、“教団”内でも恐れられた魔人。

 

 うん。うん。彼は強い。凄く。凄く強い。とっても。

 私が今まで殺してきた中で、一番。でも、まだ本気じゃない。

 彼は力を出していない。何かに遠慮しているみたいに。

 

 あははは。あはははは。

 

 私が彼を殺したら。本気の彼を殺したら。そうすれば。

 彼の強大さこそが、道具としての私の有用性を完成させてくれる。

 私は、私という全体が、意味と価値に満たされる。

 

 まるで人間みたいに。人間みたいに。

 私の人生が、そこで生まれる気がする。

 

 私は、彼を殺したくて仕方がない。

 欲しい。欲しくて欲しくて堪らない。

 好き。私は、もう彼のことを好きになっている。

 

 あああああ。彼の心を知りたい。

 彼は私について何を想い。何を感じるのだろう。

 共鳴するものがあれば嬉しいな。きっと楽しい。

 

 彼と私の間だけで灯る、ぬくもりがある。

 やわらかさ、やさしさ、きもちよさがある。

 それを感じる方法は、私には戦うことしかできない。

 

 でも、言葉にしても、きっと通じない。どうしても掬い取れない。

 その全部を味わうには、やっぱり、戦うしかない。

 

 それら全てが、私にとっての生きるというコトだ。

 なら私は、思いっきり生きてみたい。

 

 人生。その言葉を想う。

 

 彼は、どうなんだろう?

 

 私と同じように、意味と価値を帯びたいと思っているのかな。どんなふうに生きれば、安心と喜びを纏えると思ってるのかな。

 

 誰かの為に生きようとしているのかな。社会とか、貢献とか、そういう大きな枠組みのなかで、善意を発揮したいのかな。

 

 そういうのは、私には分からない感覚だ。

 

 でも、彼にとって大事なことなんだろうな。彼の願いの深さが、私の願いと同等の深さまで心に根を下ろしているのなら、その切実さは実感さえできる。

 

 彼が期待する達成感、安堵は、彼の自尊心のよりどころなのかもしれない。ならば、彼の願いを完璧に叩き潰そうとしたときに現れる彼こそが、“私の会いたい彼”に違いない。

 

 彼という“個”に出会いたい。私の“個”を見て欲しい。そして殺したい。彼の希望も未来も、全てを握り潰したい。初めての感情だった。

 

 早く彼に会いたい。会いたくて仕方ない。

 

 

 

 

 

 彼女に会いたくて。会いたくて仕方がない。

 彼女に。サニアに。サニア。サニア。

 

 歌劇場の敷地外。夜間。巡回ルートを部下達と共に回りながら、俺はサニアのことばかりが頭に浮かんだ。任務に支障が出そうな程に。

 

 この数週間、とくに、サニアがケンタウロスで王都に向かって顔を合わせなくなってからは、俺は自分でもおかしいと思うぐらい、彼女のことばかり考えるようになった。

 

 体調に問題は無いが、身体が妙に重たい日が続いていた。いつかの二日酔いの頭痛が、今も頭の奥に居座っている。医術魔導士の診察を受けたが、身体に異常は無いらしい。

 

 そんな馬鹿なと思ったが、健康なんだから問題はない。その筈だ。なのに、頭にはずっと靄ががかったみたいだった。

 

 頭も体もすっきりしないままで、警護任務の日がやってきてしまった。やるしかない。だが、任務の最中にも、俺の脳裏に浮き上がり続けるサニアの姿――。

 

 凛然と剣を振る姿。魔物の屍骸を無造作に積み上げていく銀閃。孤高な後姿。拒絶的な横顔。冷然とした眼差し。まるで剣のような。戦場での、“剣聖”としてのサニア。

 

 次に浮かぶのは、やはり、あのアッシュという少年を前にした、初心な少女のような彼女の表情たち。俺には決して向けることない、微熱を秘めた眼差し。

 

 頭が痛んだ。

 

 気を抜くたびに俺は、下劣な妄想のなかでサニアを汚していた。飢餓感を満たすように。彼女の白い肌を乱暴に暴き、組み敷いて、脚を広げさせ、俺は――。慌てて意識を外す。

 

 考えてはいけない。頭を振って巡回ルートを歩く。

 

「警邏隊に組み入れた他の冒険者からの報告も、異常なしっす」

「市街地、及び上空にも、不審者の姿は見えませんね~」

「夜中も絶えず警邏している御蔭か、静かなもんです」

 

 部下達が、隊列の後から言ってくる。気楽な口振りだ。穏やかな夜の空気が、俺たちを見下ろしている。

 

「警邏もそうだが、それなりの人数の冒険者が歌劇場警備に参加したからな。これだけ分厚い人員配置なら、よっぽどのヤツじゃなきゃ、騒ぎなんざ起こさねぇだろ」

 

 俺は言いながら、なんとも不気味なものを感じている。

 

 よっぽどの奴じゃなきゃ、騒ぎを起こさない。逆に言えば、よっぽどの奴なら騒ぎを起こしにくるということだ。

 

 なにせ聞いた話では、歌姫マリヴェルは王都の防壁門で、大人数のレイダーの襲撃に既に遭ったということだ。それでも興行を中止しなかったのは、上流階級の観客たちの影響か。

 

「あの、ジュード隊長!」

 

 聞き慣れない声。部下のものじゃない。

 

 この警邏隊に組み入れた女性冒険者だ。

 

 彼女の等級は、『3等級・金』。中級冒険者。魔法属性を持つ短剣と、片手剣を両手に持つ戦闘スタイル。魔術適正あり。前衛。冒険中に問題を起こしたことや、犯罪歴も無し。

 

 貢献度と報酬も悪くないから、この警護任務に参加したんだとか。正直なところは好感が持てたし、態度も真面目だった。

 

 一応は部下との模擬戦を見せて貰ったが、近接戦闘のセンスもある。優秀な魔法剣士だ。彼女のパーティメンバーも俺の部隊に組み入れられて、今は他のルートを巡回している筈だ。

 

「 何だい、リーナちゃん」

 

「いえ、その、そっちは巡回ルートではありませんが……」

 

「えっ、おぉ……。これは不味いな。注意してくれてありがとう」

 

 近付いてきていた曲がり角に足を向けていた俺は、曖昧に笑いながら元のルートに戻った。後ろから冗談めかした声が、妙に楽しげに聞こえてくる。

 

「おいおいリーナちゃん。そこは黙っておくところだよ」

「隊長が本格的にルートを外れたら、こっちのモンだったのに」

「なぁ。総隊長に報告しますよ、って脅せたのによ~」

「そ、そうでしたか。申し訳ありません」

 

 不真面目な盛り上がりを見せる部下達に、リーナは素直に謝っていた。『正義の刃』のメンバーにしては、あまり上品でもないし柄がよくないことに面食らっているふうでもある。

 

 まぁ確かに、俺の部隊の連中は口も悪い。行儀もよくない。その代わり、魔物との戦いになれば、全員が勇敢な戦士になる。そういう連中だ。信頼できる。

 

「うるせーぞお前ら。今のは黙っとけよ」

 

 言いながら俺は、リーナにはもう一度軽く頭を下げておく。

 

「リーナちゃんも、お願いね。内緒にしといて」

 

 俺が声を柔らかくすると、部下達がまた盛り上がり始めた。

 

「隊長、そうやって女の子にだけ優しいの、ちょっとキモいっすよ」

「そうっすよ。リーナちゃんが可愛いからって」

「なんすか。とうとうサニア隊長にフラれたんすか?」

「おお! そりゃあ祝賀会っすね!」

 

「なんで祝ってんだよ、ぶっ飛ばすぞ」

 

 俺は舌打ちをして、この悪ふざけ染みた遣り取りを切り上げる。サニアの話は、今はしたくない。妙なことを口走ってしまいそうだ。頭の奥が痛んだ。

 

 いつもなら軽々と振り回せる大剣も、やけに重い。引き摺りたい気分だ。情けねぇ。喉が渇く。目の奥が痛む。

 

 ああ。サニアに会いたい。だが彼女は、歌姫のボディガードだ。歌姫を王都まで送り届けて帰って来るまでは、彼女と会話することも難しいだろう。

 

 俺は前を向く。夜道を歩きながら、剣聖であるきみを夢想する。俺の生きる標でもあったきみを想う。偶像を崇拝するように。近づこうとする。会いたいと思う。

 

 だが俺の前には、夜の暗がりに浸された街道があるだけだ。

 

 俺はまた、巡回ルートを間違いそうになる。どうも今日は頭が働かない。何処にも辿り着けないような気分だった。夜の闇が、やけに深く感じられる。

 

 






  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。