「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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舞台に上げられていく者達<ローザ視点>

 

 

 

 バーキャス歌劇場の敷地内は広いだけでなく自然も豊かで、ちょっとした自然公園のような趣だ。手入れされた植え込み、花壇に咲き誇る季節の花々は、訪れた観客達に瑞々しい姿を見せてくれる。

 

「平和なもんだな。3日もこうやってのんびりして、しかも報酬まで貰えるなんて最高じゃねぇか」

 

 そんな安らかで穏やかな景観に全く馴染まない、ド派手な赤と黒の鎧を纏ったカルビが曇り空を見上げた。言葉とは裏腹にちょっと退屈そうでもある。

 

「敷地外の巡回警備には、結構な数の冒険者が参加したって話だぜ。王都からの仕事を毛嫌いしてる冒険者ばっかりだったくせによ」

 

 大戦斧を肩に担ぐように持ったカルビは欠伸交じりだ。ただ、何気なく周りに流している彼女の視線には油断が無い。

 

「そりゃあね」

 

 魔導ショットガンを手にしたままのローザは、警戒の視線を周りに巡らせながら軽く笑う。

 

「報酬も増額、貢献度も大幅に追加されるって条件が変わったんなら、飛びつく冒険者は少なくないよ。というか、そういうのに敏感な方が、冒険者としては誠実なのかも」

 

 ローザ達が耳に装備している通信用魔導具からは、歌劇場各所に配置されている女性冒険者パーティから『異常なし』の報告が随時入ってくる。

 

 また、劇場内に控えているルフルからも通信がったが、やはり『こっちも異常なーし!』という長閑なものだった。

 

 王都を終発する際の歌姫マリヴェルが、ネクロマンサーに関係する者達の襲撃に遭ったという話は聞いている。戦闘経験に乏しい貴族私兵の騎士達に護られていたが、危ういところだったという。

 

 だが、今は状況が違う。

 

 歌姫マリヴェルが立っているステージは結界で守られ、アッシュとサニアも袖に控えているし、歌姫専属の治癒術士もいるという話だ。

 

 それに客席ホールでは歌姫だけでなく、観客として来場している富裕層、また貴族達の安全を守るべく、『戦乙女』のメンバーと、複数体の機械獣が目を光らせているのだ。

 

 厳重な警備体制であり、その戦力も十分過ぎる。

 

「警備役の冒険者の数も増えたことで、悪さをしようとしてる連中が思い止まってるなら、それが一番だからね。何も起きないに越したことはないよ」

 

「……本当に、その通りですね」

 

 ローザに続いたのは、普段よりも硬い表情のエミリアだ。

 

「せめてこのライヴ期間だけでも、平穏であって欲しいですわ」

 

 呟くようにそう言い足したエミリアの声には、“このまま楽をして稼げればラッキー”だというような響きは皆無だった。寧ろ、不安と息苦しさを堪えるような、切実な祈りのようでもあった。

 

 重装鎧を着込み、手に大盾を携えているエミリアの目つきも険しい。警備をしているというよりも、既に戦闘中の相手を探すような眼差しだ。

 

「そういえば貴女、昨夜はどこに呼び出されていたの?」

 

 ネージュが思い出したようにエミリアに尋ねた。彼女もまた、蒼と黒の細身の全身鎧を着込み、手には大槍を携えている。

 

「歌劇場内に案内されていたみたいだけど。この興行の関係者に、知り合いでも?」

 

 ネージュの口振りに棘は無く、エミリアのことを探るようなものではなかった。単純な好奇心というか、興味からくる質問だろう。実のところ、ローザも気になっていたことでもある。

 

 昨日の夜、ローザ達が警護に就いていたときだった。歌劇場内からスタッフらしき女性がやってきて、エミリアの名前を確認した。

 

 そして、幾つかの質問をエミリアにしたあとだ。スタッフの女性が「此方にお願いします」と妙に恭しい態度になって、エミリアを劇場内に案内していったのだ。

 

 警備からエミリアが外れることになるのは、警護される立場にある歌姫も、その歌姫が所属する事務所の社長も許可しているということで、一体何事かとローザも思った。

 

 エミリアの方も微笑を浮かべ、「……わかりましたわ」と、何となくこの展開を予想していたような、でも嬉しそうな、やけに上品な声で応じていたのも印象に残っている。

 

「おう。アタシも気になってたんだよ。雰囲気的に、劇場内にいるアッシュとか、剣聖サマに会いに行ってきたってワケでもなさそうだったしな」

 

 顎を撫でるカルビが、ネージュの質問に便乗するような形で続く。

 

「えぇ。まぁ、超絶可憐で絶世の美少女となったアッシュさんにもお会いしましたけれど……」

 

 言葉を一度切ったエミリアは、迷うように視線をカルビ達から逸らした。

 

 話すことを拒絶しようとしている態度ではないものの、話すこと自体を躊躇っているふうだった。

 

 恐らくは何か、エミリアの深い部分に触れる話題なのだろうということは、すぐにローザも察することができた。そのまま3秒ほど沈黙したエミリアは、ゆっくりと首を振ってみせる。

 

「……ごめんなさい。皆さんにお話しするのは、もう少し時間を頂いても?」

 

 エミリアにしては珍しく、ちょっと気弱そうな笑みを浮かべて、カルビとネージュを見てから、ローザにも静かに頷いた。

 

「皆さんに隠したいということではないのです。むしろ、聞いて頂きたいと思っているのですが、それなのに、少し心の準備が必要といいますか……。この護衛任務が終えたあとには必ず、お話しますわ」

 

 穏やかな真剣さが滲む言い方だった。眉を下げるような微笑みエミリアからは、ローザ達に対する信頼と友情、それに、僅かな怯えのようなものが伝わってくる。

 

「……おう。分かった」

 

 だが、そんな普段とは違うエミリアの気配を敏感に感じ取ったのだろうカルビが、太々しく唇の端を持ち上げていた。

 

「ちょっと真面目な話なら、美味いメシでも食いながらにしようぜ。この護衛任務を終わらせた、打ち上げも兼ねてな。酒も欲しいところだ」

 

「……もう打ち上げの話?」とネージュが眉間に皺を寄せ、冷たい目でカルビを見遣る。喉を鳴らすように笑ったカルビの方は「そりゃあな」と肩を揺すった。

 

「面と向かって話をするんだ。リラックスしてる方がいいに決まってる。エミリアが何を話すにせよ、アタシはそれをじっくりと聴きたいからな」

 

「それは私も同じだけれど……。なら、お酒は無い方がいいわ」

 

「いや、酒は必要だ。あんまり真剣な空気になると、話す方も聴く方も疲れるだろ? ちょっと酔ってるぐらいで丁度いいんだよ。なぁ、エミリア」

 

 この自分勝手さを装ったカルビの気遣いや優しさは、エミリアの気持ちを少し楽にしたのかもしれない。

 

「えぇ。そのときは、いつもより少しキツイお酒が欲しいですわね」

 

 やれやれといった感じで肩を竦めたエミリアも、ふっと笑みを溢している。

 

「……そういう気楽な席なら、私も便乗させて貰おうかしら」

 

 そこでネージュが僅かに表情を引き締め、何かを決心するようにゆっくりと頷いた。

 

「そろそろ私も、貴女達に話しておきたいこともあるから」

 

 静かな決意からくる言葉だと、ローザには分かった。

 

 ネージュとパーティを組んだとき、彼女はローザ達に条件を出した。その条件は、“必要なときは、ネージュに雇われる形で同行すること”だった筈だ。忘れてはいない。

 

 ただ、その条件を出した理由については、まだネージュから話してもらったことはない。ネージュが話しておきたいことというのは恐らく、そのあたりに関係することなのだろう。

 

 その話題は、どうあっても深刻なものになりそうだった。だが、やはりそのことを察したのであろうカルビが、真っ先に口を開いた。

 

「何だよ。ネージュまでそんなマジな顔してよ。んん? もしかして愛の告白か? いやでも、アタシにはアッシュが居るからな。悪ィけど……」

 

 馬鹿みたいな真面目顔を作ったカルビに、ネージュが唇をひん曲げる。

 

「何をワケの分からないことを言ってるのよ。凍らせるわよ。……というか、まだ何も言ってないのに一方的に謝られるのも、無性に腹が立つわね」

 

「それに、アッシュさんとカルビさんが、まるで恋仲のような口振りなのも聞き捨てなりませんわ」

 

 エミリアも目を怒らせ始めたところで、妙に余裕のある表情のカルビが両手を下げる仕種をする。「まぁまぁ、落ち着け」という具合のジェスチャーだ。

 

「そういう告白大会つーか、昔話を披露する席になるんだったらアタシも乗っかるぜ。まぁ、アタシの場合は、下らねぇ自分語りだが」

 

 卑下と自嘲を綯い交ぜにした言い方で、カルビは肩を揺らす。

 

「こういうのはタイミングが全てだ。腹を割って話すのも、それを聴くのも、そんな簡単なことじゃねぇからな。アタシ達の業界じゃ、特にそうだろ」

 

「まぁね……。色んなものを抱えて、冒険者を遣やってる人も多いし」

 

 出来るだけ穏やかな表情を意識しながら、ローザは同意する。エミリアとネージュも、自分の胸の内に目を向けるような落ち着いた顔で頷いている。

 

 冒険者としてのパーティとしての在り方や考え方は、確かに其々だ。中には、装備も経験も稼ぎも、それら全てを共有するというパーティやクランもある。

 

 だが、そういった理念で集団の纏まりを維持できるのは、極少数の狂信的なパーティやクランだけであることは、ローザ達も経験から理解していた。

 

 今のローザ達は、暗黙と尊重のもとで各々の過去を伏せたままで、現在と少しの未来を共有している。

 

 パーティだから、互いの全てを曝け出すのではない。寧ろ、パーティという密な関係になるからこそ、打ち明けられないこともある。特に、各々が背負った過去については、その影の細部を語ることをローザ達は避けてきた。

 

 だがそれは、無関心からでは決してない。

 

 少なくとも、冒険者として命を預け合う信頼関係をローザ達は結んでいる。各々の戦闘力や誠実な公平性などの現実的な振る舞いが、パーティメンバーと呼ぶ以上の絆を育んでいるはずだ。

 

 だからこそ、だろう。

 

 強固な信頼を維持しようとするとき、自分の何かを曝け出すことには躊躇するのだ。個人的な深刻な悩みや、内部に抱えた暗部のようなものを、たとえ家族であっても相談できないのと同じように。

 

「真剣な話を打ち明けるのに、今更っていうことは無いもんね」

 

 父の影が脳裏にチラつき、ローザは言いながら目を伏せる。

 

 カルビやネージュ、エミリアが抱えているものが現在進行形ならば、それは過去のことであっても置き去りにはできない。まるで消えない痣のように。今でも心の深い場所にある傷痕が、疼くように痛むことがあるはずだ。

 

 だが、それを言葉にする苦痛を乗り越えて誰かと共有することができることは、何か、人間的な幸福の一種のようにも思える。パーティとしてのその境地は、冒険者としての理想ではないか。

 

「あぁ。ちなみになんだけどよ」

 

 カルビがおどけるように言う。真面目な空気を掻き混ぜて、茶化すように。

 

「アタシの自分語りは、もうアッシュには聞かせちまってるんだがな」

 

「えっ。そうなの」ちょっとローザは驚いてしまう。「アッシュ君とマジで仲良くなってるじゃん、カルビ」

 

「おう。やっぱりアッシュも、カルビお姉ちゃんのことが大好きなんだよなぁ」

 

 大戦斧を肩に担いだまま、片手を腰に当てて勝ち誇ったような顔になるカルビ。間髪をいれずにエミリアとネージュが表情を引き締めて、張り合うように手を挙げた。

 

「既に私も、アッシュさんには色々と打ち明けましたわよ!!」

 

「私だってそうよ。アッシュお兄ちゃんには色々と聴いて貰ったもん」

 

「えぇ……」

 

 ローザはちょっと戸惑うものの、彼女達の心情は理解できた。

 

 この相手なら安心して相談できるというか。パーティに属している自分とは、違う自分になれるというか。普段とは違う文脈の自分で、自分自身に言葉を与えられるというか。

 

 酒場で会った誰とも知らない人間と意気投合したとき、抱えた苦しみや自分の暗い部分を、笑い話のように語ることができるのと、ちょっと似ているのかもしれない。

 

 ローザ達とアッシュの関係性は、まさにそういった距離感があるように思える。

 

 近過ぎず、遠すぎず。他人と仲間の間にある、慎重さと親身さを帯びた優しさが、心地よいというか、有難いというか。

 

 まぁ要するに、ローザ達にとって、アッシュが特別な存在になっているのだ。

 

 カルビ達が其々に抱え、其々が胸に秘めるしかなかったものを、アッシュにならば打ち明けることができた。その精神作用の正体は、恐らくは距離感という感覚だ。そこに加えて、アッシュの持つ誠実な性格が加わった結果だろう。

 

「まぁ、アッシュ君って独特な包容力があるもんね~……。強いだけじゃないっていうか」

 

 そうローザは呟きながら、カルビやネージュ、エミリアを少し羨ましく思っていることに気付く。誰かに優しくされたいというか。勿論、誰でもいいわけじゃないけどさ。

 

 こういうとき、ローザの頭にふっと浮かぶのは、アッシュの穏やかな笑みだ。次に、彼の泣き顔と涙声が過る。あのアッシュの泣き顔を知っているのは――多分だが――ローザだけな気がしていた。胸がきゅっとした。

 

 甘えることにも勇気がいる。あの言葉を思い出した。きっとカルビ達も、アッシュに何かを打ち明けようとしたときには、そういう勇気を出したのだろうと思った。

 

 ……私も、アッシュ君に甘えてみたいな~……。なんてね。

 

 心中で軽い溜息を吐き出し、脳裏に過りかけた父の後姿を追い出したときだった。耳に装備していた通信用魔導具に、張り詰めた声が届く。

 

『敷地内への侵入者を確認!』

『巡回ルートの隙間を突かれたの!?』

『いや、そんな報告は無かった筈だ!』

『いきなり現れたのか……!』

『馬鹿な……! 煙じゃあるまいし……!』

 

 ローザ達と同じく、敷地内警護にあたっていた女性冒険者達からの報告音声だ。

 

『劇場内まで入れるな! いや、でも……!』

『なんなのよ、この数は……!』

『裏クランの連中なんじゃないの、これ……!?』

 

 生々しい緊迫と困惑が滲んでいる。戦闘の気配。金属音。怒号。魔法による攻撃。その爆発音。衝撃。それらが一つの塊になって、木々の合間を縫って届いてきた。

 

 カルビとネージュ、エミリアも耳元に発生した通話用魔法円に指を添え、鋭く目を見交わす。

 

 魔物ではなく、人間と戦わねばならない。裏クラン。その響きの暗鬱さは、さっきまでの駄弁っていた空気を霧散させる。研ぎ澄まされた緊張が辺りを満たしていく。

 

「厄介な相手かも」

 

 ローザは呟きながら、周囲を視線だけで見た。怪しい人影は無いし、ローザ達を襲撃してくる者達もいない。

 

 だが、少し離れたところからは戦闘気配が幾つか感じられる。敷地内に侵入してきた襲撃者を相手に、敷地内の警備に就いていた女性冒険者パーティが応戦しているのだ。

 

『装備品や身のこなしからして、侵入者連中は戦闘経験者。レイダーの類っすね』

 

 複数の魔導機械獣を使役する戦乙女、ウルズ。

 彼女からの通話がローザ達にも入った。

 

『戦闘に入ってるパーティは、そのまま応戦をお願いするっす。すぐに応援に向かうんで』

 

 淡々としつつも間延びした声。ウルズが平常心である証だ。今はその沈着さが頼もしい。

 

『まだ戦闘に参加していないパーティには、うちの猛禽型機械獣を送るっす。各パーティが参加する現場はこっちで振り分けるっすから。機械獣の誘導に従って現場に向かって下さいっす』

 

 ウルズが言い終わるのと同時か、少し早いぐらいだった。

 

 ローザ達のすぐ傍に、一匹の大鷲が降り立った。真っ黒な、巨躯の大鷲。正確には、黒鉄で構築された金属生物。敷地内を空から見下ろしていた魔導機械獣だ。

 

 こういった飛行可能な魔導機械獣を複数体、しかも同時に使役できるウルズは、今の劇場敷地内の事態や状況を完全に把握しているのだろう。

 

「Giiiiiiiiii――!」

 

 金属を強くこすり合わせるような声で鳴いた大鷲は、ローザ達を見回してから、すぐにまた翼を広げた。そしてローザ達を誘うように周りを旋回してから、敷地の外壁方向へと飛翔していく。あの緩やかな飛行速度は、ついてこいというメッセージに違いない。

 

「仕事の時間だな……、行くか」

 

「えぇ。前衛には、私とカルビが出るわ」

 

 鼻を鳴らしたカルビが大鷲を見上げながら駆け出し、それにネージュが続く。

 

「うん。お願いするよ」

 

 カルビとネージュの後を追う形で、ローザも駆け出す。その隣に、僅かに苦しそうな表情のエミリアがついてくれた。

 

「……では、ローザさんのカバーは私が務めますわ!」

 

 普段よりもやや力みのある声で言うエミリアが一瞬、心配そうに歌劇場の方を一瞥したのを、ローザは見逃さなかった。その時だった。

 

『嘘でしょ……。舞台上に、侵入者……』

 

『あ、あり得ないっすよ……! そんな、どこから……!?』

 

『これは不味いわ~……』

 

 耳に装備した通信用魔導具から、シャマニとウルズ、それからチトセの声も届いてくる。

 

 だがそれらは報告ではなく、自然と漏れ出してしまった驚愕と、舌打ち交じりのボヤき、そして腹を括り直すような緊張に満ちた呟きだった。

 

 非常にマズい事態になった。

 そのことだけは伝わってくる。

 

「な……っ!」

 

 つんのめるようにして立ち止まったエミリアが、呆然とした顔で歌劇場を見ていた。

 

「ふざけんなよ。どうやって劇場内にまで入りやがった?」

 

「……最初から劇場内に潜んでいたとしか考えられないわ。でも……」

 

 思わずといった感じで劇場の方を振り返ったカルビとネージュも、焦りや危機感というよりは、不審さと気味悪さを感じている様子だった。

 

 身体から力が抜けるような悪寒を感じて、ローザも立ち止まってしまう。緑に囲まれた敷地内は広々としているのに、やけに窮屈に感じた。息苦しいほどに。

 

 何かの枠に、構図に入り込んでいく感覚があった。自分という存在が意味を無くし、ただ、この状況を構築するためだけの要素に変換されていくような、押し潰されていく感覚。

 

 この歌劇場を襲撃している者たちですら、何か、巨大なものに従っているだけで、そこには既に襲撃者たち自身の意志も欲望も介在していないのではないと思えるような――。

 

 そんな圧倒的な殺伐さが、ローザ達を覆う。錯覚と思うのは容易い。

 

 だが、こっちに猛然と向かってくる集団は、どこまでも現実だ。

 

 黒ずくめの集団。8人、いや、11人か。全員が身軽な軽装。顔を隠すマスク。裏クランか。レイダー。快楽主義者の悪党ども。だが、彼らも馬鹿ではない。普通なら、アードベルの内部で強盗殺人を犯すことはない。

 

 治安維持のために市街地に配置された猛禽型機械獣に察知されて、すぐに身元が割れるからだ。よっぽどの命知らずでない限り、こんな凶行に及ぶには何かの理由がある筈だ。

 

 事実として、ローザ達に向かってくるレイダー達の様子は妙だった。

 

「敷地内にいる冒険者は全部殺せ!」

「あぁ! 女冒険者だけだ! これなら俺達も生き残れる……!」

「クソ……! 死にたくねぇ! 死にたくねぇよ!」

 

 言い合う彼らの、張り詰めた声。その一部が聞こえてきた。彼らは懸命だった。必死だった。マスクで顔が隠れていて表情までは見えないが、その気迫は尋常ではなかった。

 

 彼らは何かに脅かされているのか。この場に否応なく入り込むことを強制され、悪事を為す快楽に溺れている様子では全くない。

 

 ローザ達とレイダー共の距離は、8メートルほど。その戦闘開始の刹那。通話用魔導具の向こうでも、既に戦闘に参加している様子のシャマニ達が言葉を交わし続けていた。

 

『……コイツは起こしたくなかったんだけど、そうも言ってられないわね』

 

『えぇ。ギルド、アードベル行政の上層部の承認、こちらの準備も、……5分以内で全てを行えれば上出来でしょうかねぇ』

 

『いや、でも、ガチでやるんすか……。いくら死霊魔術の反応が出てるとはいえ、流石にちょっと、めっちゃ怖いんすけど……』

 

 シャマニ。チトセ。ウルズ。3人の声には、何かの決断を迫られるような緊迫に満ちていた。劇場内も外も、戦場になろうとしている。誰も彼もが、この状況に飲み込まれていく。

 

「気を付けて、皆……!」

 

 咄嗟にローザは魔導銃を構える。カルビとネージュが前衛として得物を構え、何とか気を持ち直した様子のエミリアが、大盾でローザを庇う位置に立ってくれる。

 

 「どうか無事で……。マリヴェル……」

 

 祈るようなエミリアの声は、襲い掛かってくるレイダー共の濁声によって掻き消された。

 

 

 

 











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