「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
ライブ1日目、2日目は、舞台袖に通じる歌劇場通路を警備していたあーしは、3日目のライブ最終日には、アッシュくんとサニアと同じくステージの袖に立つことにあった。
最終日ということで、1日目と2日目よりも観客数が多く、これに応じて、マリヴェルさんを護る人間を増やすためだった。
ちなみに、3日目はセツナさんもステージ袖に詰めていた。マリーテとステファの2人は、盛り上がり過ぎて体調不良になった観客の救護に入っている。
ホール内には、狼型、フクロウ型の魔導機械獣が多数配置され、『鋼血の戦乙女』の戦闘メンバーである、アルキスさんやオルキスさん、リエラさんも、ホール内だけでなく、劇場内通路や敷地内の情況を常に把握していた。
ヴァーミルさんとシャマニさん、ウルズさん、チトセさんも、劇場施設外の警備をしている冒険者を纏め、その指揮にあたっていた。
厳重過ぎるほどに、警備状況は万全だった。
その筈だったじゃん……?
『歌劇場の敷地外から、侵入者多数……!』
『今から私達も交戦地点に向かいます……!』
『レイダー共め! こんな白昼堂々と……!』
通信用魔導具から、劇場敷地内の配置されていた女性冒険者達の声が届いてくる。
『歌劇場に詰めてる戦力を推し量れない馬鹿どもみたいね。苛々するわ』
『まぁまぁ、姉さん。取り敢えず私達も行きましょう』
『そうですねぇ……。流石に劇場内に侵入されるわけにもいきませんから』
アルキスさんとオルキスさん、それにリエラさんにも、ホール外へと向かう指示があったようだ。観客達の避難路を確保する意味もあるのだろう。
劇場内に配置された機械獣の数は十分ではあるが、『戦乙女』である彼女達が出向く必要があるほど、侵入者の数が多いということでもある。
何か、おかしくない……?
無法者たちが束になって、決死隊みたいな突撃をしてくるのは厄介だ。でも、歌劇場内に詰めている戦力をどうこうできるワケがない。
そもそも、こんな分かりやすく外から襲撃してくるなんて。無謀もいいところだ。何が目的なのって感じだし。
この時点で、あーしは嫌な予感がした。
不穏なものが頭に過る。
使い捨ての兵隊を用いた陽動。
或いは、決定的な騒動のアピール。
何となく、そんな感じがした。
とにかくだ。ライブを中止にして、観客達の安全を確保しないといけない。 そのための劇場内アナウンスが放送されるよりも、彼女の登場は早かった。
「じゃあ、そろそろ始めるね。レーヴェス」
ステージの天井というか、華麗に組み建てられたセットの上部から。
あの黒ローブを纏った少女が――。
王都の防壁門前で、あーし達に襲い掛かってきた少女が、何らかの魔法を詠唱しながら舞台に飛び込んできた。驚いたというよりも混乱したし、マヂで意味が分からなかった。
ステージとホールは頑強な結界で幾重に隔てられていて、踏み込んでくることなどできない筈だった。劇場内の順路には魔導機械獣が何体も置かれているのも確認済みだ。
見つからずに入れってくるなんて、絶対に無理。普通は。まぁつまり、相手は普通じゃないってことだ。
でもでも、流石はあーし。
油断はしてなかったんだよね。
あの女の子がどこから入ってきたのかとか、いつの間にとか、いろいろと頭の中では言葉が渦巻いてグチャグチャだったけど、動揺するよりも身体が先に動いていた。
アッシュ君とサニアも同じだった。あーし達は即座にステージの袖から飛び出す。色とりどりの光が飛び交い、歓声と熱気で溢れかえる舞台を駆け抜けて横切る。
メインホールを埋め尽くす観客達に向けて歌声を披露していたマリヴェルさんを護るため、3人で陣形を取った。だが、黒ローブの少女が魔法を発動させることは止められない。
「あぅっ……!? 」
マリヴェルさんが悲鳴を上げる。
あーしは心臓が冷たくなるのを感じた。
だが彼女に怪我はない。無傷だった。
魔法による攻撃ではない。
ホッとしそうになるが、安堵できる状況ではまったくない。
見れば、彼女の両足首には翡翠色の魔力光を放つ魔法円が嵌っている。
あーしには、それが何の魔法なのか分かった。
上位の拘束魔法だ。それもかなり厄介な。対象となった者を、空間へと固定するタイプ。巨体の魔物の動きを封じたりするのが主な使い方だが――。
やられた。
直接攻撃系統の魔法ではないから、マリヴェルさんが装備している結界魔導具が発動しなかったのだ。間違いなく、マリヴェルさんが強力な防御魔導具を持っていることを想定した強襲だ。
とにかく、状況が一変した。
この場からマリヴェルさんを逃がそうにも動きを封じられたというか、マリヴェルさん自身がステージ上の空間に拘束されてしまった。最悪だ。
拘束魔法円の解呪をするしかないが、あの少女がそんな悠長なことを許してくれるとも思えない。
マリヴェルさんの盾となるようにサニアが立ち、そのすぐ後ろにアッシュ君、あーしが並ぶ。これは既に取り決めていた形であり、ケイス社長からの指示でもあった。
そのケイス社長と、非戦闘員の治癒術士モッグスさんをカバーしているのは、既に居合刀を構えたセツナさんだ。
「お前達は逃げろ……! 邪魔だ……ッ!」
居合刀の柄に手を添えているセツナさんは、黒フードの少女を見据えたまま、背後のケイス社長とモッグスさんに鋭く言う。2人をこの場から逃がそうとしている。だが、真剣な顔を強張らせているモッグスは動こうとしない。
「わ、わわ、私はっ、マリヴェルさん専属の治癒術士です! 彼女を放って逃げることなど、できません……!」
モッグスさんの声は震えているが、真剣だった。黒フードの少女を睨んでいるケイスも、重々しい口調でセツナの背に声を向ける。
「俺も、この場を離れるわけにはいかん」
「下らん正義感だ。……死んでも知らんぞ」
険しく眉根を寄せたセツナが、居合の構えのままで舌打ちをするのが聞こえた。
治癒術士として雇われているモッグスはともかく、雇い主であるケイス自身がこの場を離れないと言い張るのであれば、セツナとしても強弁はできない。というか、そんな暢気なことをしている場合でもない。
ただ、黒ローブの少女も動かない。ただそこに悠然と佇んでいる。
まるで、このステージの登場人物の1人のような自然体だ。自分の存在を観客達に見せつけるかのようでもある。
「あはは。くふふふ……。また会えたね」
この場に、この景色に、何らかの意味を与え続けている黒ローブの少女は、顔の上半分を覆っていたフードを外した。翡翠色の髪。翡翠色の瞳。可憐な少女。
アッシュ君に向けてあどけない笑みを浮かべている。負の感情を一切含まない、無邪気で凄惨な笑み。幼さによって純度が高められた、長閑で無尽蔵な殺意。
「嬉しい。嬉しいなぁ。会いたかったよ。凄く会いたかった」
とろんとした顔でアッシュ君を見詰める少女は、赤紫色の舌で、ゆっくりと唇を舐めてみせる。その透明感の高い翡翠色の瞳を爛々と輝かせながら、だらんと下げている右の掌に手斧を呼び出した。
王都の防壁門前で現れたときと、変わらない。
尋常じゃない存在感だ。
でも、飲まれるな。飲まれちゃいけない。
冷静になれ。あーしは自分に言い聞かせ、唾を飲み込む。
右手で3体の重装鎧人形を呼び出す。
戦闘体勢を維持。左手で通話魔導具に触れる。
「マリーテ。ステファ。あーし達はバチバチに緊急事態だから。照明とか音響演出のスタッフさん達の避難誘導、防衛はヨロ……!」
『おけまる! つーか、もうスタッフさん達には一緒に逃げて貰ってるから! ……つーか、外でもドンパチやってんのサイアクだねコレ』
マリーテが即応してくれて、ステファも続いてくれる。
『とりま観客席のお客さん達は、機械獣さんに任せるねぇ……! ウチらはウチらで、スタッフさんを安全なトコまで連れてかなきゃだし!』
「おけまる~……! 2人も気を付けてね~……!」
あーしは早口で応答しながら、目の前の少女からも目を逸らさない。そこで漸くというか、メインホールからは音が消えていることが意識できた。
ついさっきまで、熱狂そのものとして盛り上がっていた観客席からも、どよめきが流れてきている。不安と困惑が混じりあった、不穏なザワつき。目の前の光景に現実感を持てないからだろう。
そもそも、このライブの空間自体が非日常だったのだ。だから余計に感覚を狂わせるし、正常な危機感を取り戻すのにも時間がかかる。
「ん? なんだ? 飛び入りのゲストか……?」
「あらぁ~! 事務所の新人さんかしら!? 可愛い!」
「マリヴェルの後輩……? でも、何か様子が変じゃない……?」
身なりのいい観客達。平和に慣れた貴族たち。彼らの中には、今のステージ上に流れる空気を読み切れず、場違いな期待をしている者もいる様子だった。
だが大半の者達は、避難経路と観客達の安全を確保すべく動きだした機械獣の威圧感からも、何か、緊急の事態になったのだと察しているようだった。
「いや、違う……、演出じゃないぞ……!?」
「武器だ! 凶器を持ってる……ッ!」
「しかし、あんな少女1人で、舞台に飛び込むなど……」
「警備は何をしているんだ!」
「お、おいっ! 客席にも暴漢が混じってないだろうなッ!」
「どっ、どけ……ッ! 私は外に出るぞッ!!」
「わ、私も……!」
俄かに観客席が騒然として、重なり合うように悲鳴が上がる。メインホールから逃げようとする貴族達。上品で高貴な服装を纏った人の群れが、ホールの外に流れていこうとする。
「慌テズ、落チ着イテ避難ヲ」
「前ノ人ヲ押サズ、順ニ出口へ」
「我等ガ皆様ヲ御守リ致シマス故、ドウカ落チ着イテ」
「女性ヲ先ニ。壮健ナ男性ハ道ヲ御譲リ下サイ」
その流れが氾濫しないよう、自らの身体で避難路を整え、観客達の負傷を防ぎ、出来る限りスムーズにしようとする機械獣の群れ。整然として訓練された動作。
機械獣達に護られ誘導されながらも、少なくない観客達がステージ上のマリヴェルに声を投げて来る。
「マリヴェル様―――ッ!!」
「はやくっ……! 早くマリヴェルも逃げろーー!」
「おい! 冒険者の女共! 命に代えてもマリヴェルを護れよッ!!」
「頼むッ……頼むぞぉ……ッ!!」
縋るような呼びかけと、暴言交じりの懸命な怒号が重なり合って飛んでくる。
そのファンたちの怯えた様子を見て、このままではいけないと思ったのだろう。マリヴェルさんは歌姫としての、アイドルとしての笑顔を取り戻していた。
「ンンンン~!! キミ達ィ~……ッ!!」
そして観客達に向けて美声で叫ぶ。叩きつけるように。
「私のことは心配いらない……ッ! 頼りになる冒険者達が、ガッチリバッチリと私を護ってくれているのでねぇ……ッ!! キミ達の方こそ、帰り道は気を付けたまえよ……ッ!!」
爽やかな笑みのマリヴェルは髪をかき上げ、「これが最後のサービスだ!」と投げキッスまでしてみせる。今の状況が、全く問題は無いと過剰にアピールしているのだ。
「では、また会おう! ハァーハッハッハッ……!!」
芝居がかった彼女の哄笑には、やはり自信と張りがある。そう装っている。せめてステージ上に立っている間は、歌姫としての矜持を示し、アイドルとしての輝きを絶やさないよう、マリヴェルさんは懸命だ。
あーしは気付いている。
拘束魔法円を嵌められたマリヴェルさんの脚が、さっきからずっと震えていることに。彼女が物凄い汗を掻いていることに。彼女が心の中で、恐怖と戦っていることに。
その恐れをファンたちに見せないよう、自らの“役割”を――偶像と虚像としての――完璧に演じきろうとする彼女の誇り高さが、眩しい。
逃げていく観客達は、そんなマリヴェルさんの姿を何度も振り返り、怯えと悲痛さを混ぜたような顔で言葉を詰まらせたり、涙ぐんだりしながら、メインホールから避難していく。
観客達を護るために、機械獣達の大半もホールの外へと続いた。観客達が逃げていくことで、不穏な静寂がホールの隅々に滲み込んでくる。さっきまで熱狂を蝕むようだった。
あとに残ったのは10数体の狼型の機械獣と、ホール内を旋回していたフクロウ型の機械獣の群れが、舞台を取り囲むような位置取りで戦闘態勢を取った。
『舞台ノ結界解除ヲ要請』
『ホール内ノ一般人全員ノ避難ヲ確認シタ後、我々モ制圧ニ入ル』
『了解』『了解』『了解』『了解』
『戦闘準備』『安全制御、解除』
『殺傷レベル5』『魔術式展開』
ステージを覆う結界を解除する準備も行われている様子で、間もなく機械獣達も此方に踏み入ってくるつもりなのだ。観客達全員を外に出せば、彼らも本格的に戦闘モードに入るに違い無い。心強い限りだった。
だが、さっきからずっと気持ち悪い。違和感があるのだ。
何だろう……? この不自然さというか……。
黒ローブの少女がその気であれば、このステージに飛び込んでくると同時にマリヴェルさんに襲い掛かることもできたはずだ。
もしもそんな風に強襲されていたら、アッシュ君やサニア、あーし達がエリシアさんを庇うのもギリギリだったと思う。
暢気にザワついていた観客達だって、悲鳴を上げて逃げ惑うような大パニックになっていたのは間違いない。そうなれば機械獣たちだって、スムーズに観客達を逃がすこともできなかっただろう。
それなのに少女は、マリヴェルさんに襲い掛かることはしなかった。拘束魔法で彼女の動きを奪うだけにとどめている。この意図的な悠長さには、何か意味があるはずだ。
「ふふふ……。んふふふふ」
まだ少女は動かない。アッシュ君に見据えられて照れるように、肩を小刻みに揺らしながら、ころころと笑っている。攻撃してこない。あーし達と対峙したまま。悠然と立ち続けている。
……何かのタイミングを待っているのか。
もしかして、時間稼ぎされてる……?
なら、こっちから仕掛けるべきか……?
アッシュ君とサニアが一瞬、目を交し合うのが分かった。
だが2人も迂闊に動けない。
マリヴェルさんを護らないといけないからだ。
「ねぇ、貴方も私と同じなんだよね?」
上目遣いの少女はアッシュ君に言う。
……ん?
アッシュ君と、あの少女が“同じ”?
どういう意味?
なんて考えてる場合でもなかった。
まだまだ状況は悪い方へと転がりそうだったからだ。
「取り敢えず……。あなた達に用は無いの。機械の相手をしてもつまんないし」
舞台上に立つ黒フードの少女が、自分を取り囲もうとしている機械獣たちをのんびりと眺めて、軽く鼻を鳴らす。それが合図だったかのように、ホール全体の空気が『ブゥン……!』と激しく振動するのを肌で感じた。
「あれは……!」
横目でホール内、その上空を見遣ったアッシュ君が声を強張らせた。サニアも軽く唾を飲んでいる。「何アレ……?」と、あーしも無意識に漏らしてしまった。
ホール全体を見下ろすように、巨大な積層魔法円が展開されているのだ。降り注いでくる魔力光は、毒々しいほどにギラついた赤錆色。
その濁った血のような光を浴びた機械獣達が、ギギギギギギギ……!! と身体を震わせながら、膝を着いていく。宙を旋回していたフクロウ型の機械獣たちも、ガチャガチャガチャっと次々に落下して、もがくように床の上で震えている。
見れば、少女の左手の上には、微光を纏う球状の金属は浮かんでいた。魔導機械獣を無力化している赤錆色の魔法円は、あの金属球が発生させていると見て間違いなさそうだ。
「……あの魔導具を見るに、少女の他にも協力者がいるようですね」
杖を手にして、マリヴェルさんの盾になっているアッシュ君が呟くように溢した。細身のロングソードを構えているサニアも視線だけを動かし、舞台と観客席を睨む。
「やはり、組織だった者達の仕業なのでしょう。この場で捕らえて、その全貌を明かしておくべきです。しかし、まずは……」
「マリヴェルさんを安全なところに連れて行くべきだね~……。その為には、この拘束魔法円を解呪しないとだけど」
言いながら、あーしは6体の人形を展開する。マリヴェルさんを護る陣形を厚くする。そこで気付く。
「勘弁してよ……。どこにも繋がらなくなってるんだけど……」
あーしが耳に付けていた通話用魔導具が、完全に沈黙している。間違いなく、あの赤錆色の魔法円の影響だ。機械獣だけでなく、魔導具すら機能不全にさせるのか。
結界用魔導具も沈黙していると見た方がいい。、今のホール内は魔導具装備の使用は不可能だろう。アッシュ君の変声用魔導具も機能していないみたいだし……。
だが、アイテムボックスが利用できるのは幸いだ。あーしは人形の出し入れができて、内心でホッとしつつも息苦しさと心細さを覚える。
――ていうか、マジで本格的にヤバい。マリヴェルさんを護るための要素が、こんな簡単に引き剥がされていくなんて思ってなかった。
「……お客さんは、もういなくなったね」
そのとき、観客席をのんびりと眺めていた黒フードの少女が、左手の上に乗せていた金属球を空中に浮かび上がらせた。金属球は赤錆色の魔法円を展開しながら、空間に固定される。
こうして空いた左手にも手斧を召喚した少女は、無邪気な佇まいと仕種でこっちを見た。可憐な仕種なのに、生物にはないグロテスクな静けさがあった。
あーしは鳥肌が立った。少女が微笑む。
「じゃあ、ここからは私の仕事。お仕事の時間。んふふ」
無人になった広大なホールの静けさが、少女の纏う濃密な害意に塗り潰されていく。少女が歩き出す。あーし達に向かって。
「出来るだけ綺麗に殺したいの。歌姫さんは特に」
さっきまで平然さを装っていたマリヴェルが顔を凍り付かせ、喉元の悲鳴を飲み込むのが分かった。あーしもビビる。けど、奥歯を噛んで堪える。少女から目を逸らさない。
薄く息を吐いたサニアが半歩前に出る。黙ったままのアッシュ君も並ぶ。吐き気がするほどに緊張感が高まっていく。耐えがたい。少女だけが平然としている。
呼吸さえ忘れている様子のケイスと、奇妙なほど無表情になっているモッグスも、今の舞台の状況を見詰めて黙り込んでいた。
そりゃあ、喋る余裕なんて無いだろう。あの2人を庇う位置に立つセツナは、すぐに飛び出せる構えだ。
どんな戦闘になるか分からない。
だが何としても、マリヴェルさんを護らないといけない。
その使命を、あーしは心の中で握り直す。
死の気配を振り撒きながら、少女は悠然と近づいてくる。
「他の人達は、グチャグチャでもいいみたいだけど。やっぱり、死体は綺麗な方がいいんだって。あとで縫合するのも面倒みたい」
頭を上下させない歩き方で、少女はふふっと微笑む。軽やかな足取りだ。なのに足音が全然しない。滑ってくるかのようだ。静か過ぎる。感覚が狂う。距離を詰められている筈なのに、危機感が湧かない。
ただ、その存在感に圧倒されそうになる。
「それと貴方は、生きたままで連れて帰るね。素体として利用価値があるんだって」
はにかんだ少女が頬を染めて、アッシュを親密そうに見た。恋する乙女のように。
「此処で遊べないのが残念だけど。帰ったら、貴方と遊んでもいいんだって。貴方の自尊や希望は、此処で奪う。連れ帰ってから、貴方の肉体を壊す」
何を意味が分からないことを。あーしがそんな風に思うよりも早かった。
「なっ……!?」
瞬間的に、今度はアッシュ君の喉首と両手首に、積層型の魔法円が浮かんだ。咎人をガッチリと捕らえる枷のようだった。また上位の拘束魔法か。でも様子がおかしい。ただの拘束魔法じゃない。
「ぐぅぅぅ……ッ!! ぁぁああッッ……!!」
獣のような呻き声を上げて、アッシュ君がその場に崩れ落ちる。何かに抑えつけられるように。両手と両膝を床について何とか倒れ込まないようにしているが、その苦しみ方が尋常じゃない。
アッシュ君の着込んでいるボディスーツの内側からは、ミシミシミシ……ッ! ギシギシギシ……ッ!! と、筋肉や内臓が拉げて潰れるような、密度のある音が聞こえてくる。それに、全身から大出血でもするみたいに、赤黒い微光がアッシュ君の身体から流れ出している。
「がぁぁああぁあぁあ…………ッッ!!」
我慢強いはずのアッシュ君がまた、悲鳴にも似た呻き声を上げる。これは、ただの拘束魔法じゃない。もっと特殊な、まさか禁忌魔法……!?
「キニス……!」
表情を強張らせたサニアが呼ぶが、アッシュ君は応えない。応えられないのだ。
「しっかりするんだ……!」
今の状況に翻弄されているマリヴェルさんは顔を強張らせつつも、アッシュ君に肩を貸そうとしてくれている。
「ごめんね、キニスちゃん! マリヴェルさんの解呪を優先するけど、ちょ~っと我慢しててよね……!」
あーしは6体の重装人形達に防御姿勢を整えさせて、マリヴェルさんとアッシュ君を包囲する。前衛として立ってくれるサニアを先頭にする形だ。
優先順位は明確にある。マリヴェルさんを護ることが最優先。
あーしがすべきことは、マリヴェルさんを拘束している魔法円をディスペルすること。アッシュ君はそのあとだ。……何なら、見捨てていくことになる可能性だってある。
でも、アッシュ君を捕らえる拘束魔法についても、少女は詠唱をしていなかった筈だ。無詠唱で編める魔術ではない。
じゃあ、誰が……?
「エルンの町で薄々感じていた通り……、やはりキミは死体人形だったか。それも最初期の“魔人”シリーズの、しかもプロトタイプ」
愕然とした。同時に、あっという間に出来上がった今の状況にも妙に納得できた。最初から裏切り者がいたのであれば、全ての不都合とタイミングにも辻褄が合うからだ。
身体から力が抜けそうになった。
「キミは掘り出し物だ。私が連れて帰る。キミを全てを暴いてみたい」
太々しいほどに淡々とした口振りのモッグスが左の掌に魔法円を象り、それをアッシュに向けている。
「貴様ッ!」
居合の構えのまま、即座に振り返ったセツナが刀を抜き放つ。だが、モッグスに刃は届かなかった。
「OOOOOOoooooo……」
そこに唐突に現れた巨体の何かが、壁となったからだ。
アイテムボックスから召喚したのか。
「UUUUUUuuuuuuuuu……」
ゴーレムらしき人型をしている、あれは――ゾンビの塊だ。幾つもの死体と魔物の死骸で編まれた、人型のネクロゴーレム。だが、あの不調和な姿には見覚えがある。
エルンの町を襲っていた、ゾンビ兵どもに酷似している。数は2体だが、大きい。2メートルぐらいある。それだけで脅威だ。
まぁ、相手がネクロマンサーなら、何をしてきても不思議じゃない。いちいち反則ワザに驚いてたら、やってられない。
「貴様が黒幕だったか」
噛み殺すような険しい声を発したセツナが飛びすさり、次の斬撃を放つべく重心を落とす。
そのセツナさんの斬撃を全て阻むべく、ネクロゴーレム2体がモッグスと、そして、ケイスの盾として立ち塞がっている。
「…………」
モッグスの隣で腕を組んでいるケイスは黙ったまま、ステージ上の景色を見据えている。サングラスをしていない暗く赤い彼の瞳が、厳格な儀式でも見守るような真剣さを帯びていた。
「モッグス……、ケイスも……、キミ達は……」
アッシュの身体を支えようとする姿勢のままで、マリヴェルさんも打ちのめされたように呆然とした顔になっていた。
「私を……殺すために……、ここまで……一緒に居てくれたのかい……?」
命の危機に瀕しても、他者を気遣う気高さを忘れなかったマリヴェルさん。その心を支えていた何かが、完全に折れたような声だった。
厳めしい表情のケイスは黙り込んだまま、マリヴェルさんを見ていた。何も応えない。代わりにモッグスが、やけに温みのある声を発した。
「そうですよ。私とケイス社長は、貴女の悲劇的な死を演出するために、ここまで御一緒したのです」
嘲笑うように唇の端を持ち上げたモッグスが鼻を鳴らす。今までで、彼が初めて見せる種類の笑みだった。残酷で冷酷な、他者の苦しみに悦びを見出し、命を踏み躙る味を楽しむ者の笑み。
「……なんで……」
呆然としたままのマリヴェルさんが喉を震わせ、声も出さずに涙だけを溢した。その悲痛な雫が、表情すら作れない彼女の頬を濡らしていく。
「答える必要はありませんが……。そうですね。強いて言うならば、貴女の人生から、貴女の魂と意志を取り除くためです」
嫌みったらしく微笑んでいるモッグスは、優しい口振りになる。マリヴェルさんの傷を、より深く抉るためのものに違いなかった。
「貴女は此処で悲劇の死を迎え、私の死霊魔術で甦る。貴女の肉体と立場、名声と知名度を、純潔で高潔なイメージだけを残した死体人形として。そして貴方は、真に“偶像”として完成します。……アナテ」
「うん。レーヴェス」
翡翠色の髪を揺らし、少女が呼応した。
アナテ。それが、あの少女の名か。
薄ら笑いのモッグスが顎をしゃくった。
「まずは“剣聖”を始末してください。エルンの町では叶いませんでしたが、彼女の死体は今回こそ回収します」
エルンの町。その言葉を聞いて、ハッとする。そうか。あの町をゾンビに襲わせていたのは……。
「わかった。じゃあ、貴女から殺すね」
あーしが記憶を掘り起こそうとするよりも先に、アナテと呼ばれた少女が、ゆっくりとサニアに歩み寄る――と思った瞬間には、サニアの目の前まで迫っていた。
初動が見えなかった。アッシュ君とタメを張れる、神速の踏み込みだ。
「誰も殺させはしません……!」
だが、サニアは対応していた。少女が縦横無尽に振るう手斧の連打を、猛打を、ロングソードを巧みに操り全て弾き返し、前に出る。怯まず、下がらず、少女を押していく。
あの少女をマリヴェルさんから引き離すためだと分かった。
一瞬だけ、サニアが肩越しに視線を寄越した。
あーしを見たのだ。幼馴染特有のアイコンタクト。
おっけー……! サニアが言いたいことは伝わった。
あーしも、気合を入れなきゃ。息を鋭く吐く。
「チィィ……ッ! 邪魔な……!!」
舌打ちをするセツナさんも、モッグスを――いや、レーヴェスと呼ばれていたが、ヤツを狙って立ち回っている。
ヤツが召喚した巨体のネクロゴーレム2体は、動きが俊敏であるとか、厄介な魔法攻撃をしてくるとか、そういうタイプじゃない。ただ、セツナさんの居合斬りを体中に浴びまくっているのに、その傷がすぐに修復している。
分かりやすい壁だ。ネクロマンサーを護る盾なのだ。
だが、あの盾を掻い潜ろうとして、安易に近づくのは危険すぎる。エルンの町でのゾンビ玉もそうだったが、ネクロゴーレムの近接攻撃力は侮れない。
そのネクロゴーレムの壁の後ろ。ゆったりと構えたレーヴェスは杖を手に、朗々と長い詠唱を紡いでいる。完成したらヤバそうな魔術を編んでいるのは間違いない。
笑えるくらいに大ピンチだ。
サニアVS黒ローブの少女。
セツナVSレーヴェス+ネクロゴーレム。
じゃあ、あーしが出来ることは……。
右手で重装人形を操って防御姿勢を固めながら、マリヴェルさんの拘束魔法の解呪に取り掛かる。それしかない。レーヴェスが魔術詠唱を完成させるよりも先に、マリヴェルさんを連れていく。この舞台から脱出しないと。
まぁ、あーしの考えなんて見透かされているというか、当然、向こうも予想していたのだろう。
「あぁ、そうだ。ルフルさん」
居合斬りの達人であるセツナさんを相手にしても、まだまだ余裕なのか。レーヴェスがこっちを見て、あの気の弱そうな笑みを浮かべてくる。
既に脱いだはずの、“弱小冒険者モッグス”の仮面を被り直す悪趣味さは、明らかにあーしを嘲笑っていた。
「貴女は特殊な力も無い雑魚みたいですし、別に綺麗に死んで貰わなくても大丈夫ですよ。なんなら、逃げてくれても」
レーヴェスは労うように言いながら、また別の巨体ネクロゴーレムを呼び出した。ゾンビの寄せ集めで、人間の上半身の形を保っていた。
ただ、セツナさんの相手をしているヤツより、ちょっとデカい。こっちに向かってくる。這ってくる。ステージの床がミシミシ、バキバキ鳴りまくってる。
「Vuuuuuu、GuGuuuuuuuuu……」
その巨体と共に、圧力さえ伴うような大音声の呻き声が近づいてくる。
黒ローブの少女と壮絶な一騎打ちを演じているサニアが、こっちを見て息を飲むのが分かった。
レーヴェスの詠唱を阻もうとしているセツナさんが、逃げろと言い掛けるのも分かった。
生気を失ったようなマリヴェルさんも、蹲るアッシュ君の肩を僅かに支えながら、光のない瞳であーしを見詰めていた。あなただけでも逃げてくれという眼差しだった。
魔法円の枷に身体の内部を焼かれているアッシュ君は、ごほごほっと血を吐き出しながら、あーしを見た。気遣わしげに。やはり、逃げてくださいという目で。
あーしは、唇を噛んだ。
逃げる? 逃げちゃう? みんなを置いて? 私だけ……?
いや~……。そうはいかないよ。
逃げるワケにはいかない。
それだけは――。
重装人形に陣形をとらせて、迫ってくるネクロゴーレムを迎撃する隊列を組む。少しでもいい。時間を稼ぐんだ。とにかく、マリヴェルさんの拘束魔法の解呪に取り掛かろうとしたときだった。
「“おいおいおい。随分と盛り上がってるねぇ”」
あーしはそこで、今日一番に驚いた。ぎょっとした。自力で立ち上がることもできず、呻きに塗れたアッシュ君の口からだ。別の誰か、男の声が出てきた。
「“大事な大事な俺の息子が、小賢しい死霊魔術で破壊されそうになってるじゃないか。可哀そうに……。そろそろ本当の死体になっちまいそうだねぇ。でもまぁ、その御蔭で俺も意識同期できたんだから、良しとしようか”」
饒舌で軽薄そうなのに、どこか暗く、そして凄みと深みのある男の声。ベラベラと喋っているのに、余裕のある威圧感さえ漂う声音だった。
「“元気にしてたかい? アッシュ。今、ちょっとお前の身体を借りているよ。大丈夫だ。安心しろよ。お前の身体で悪いことはしないさ。お父さんが手伝ってやろうって話だよ”」
片手を床に着いているアッシュ君自身も、苦悶の表情のまま、その目つきだけは、自分の喉から出てきた声に信じられないといったふうに見開かれていた。マリヴェルさんまでもが、涙に濡れた目を丸くしている。
だが、あーし達の動揺など知ったこっちゃないと言わんばかりに、アッシュ君の肉声は誰かの声を混ぜ込んだままで放たれ続ける。まるで何者かが、アッシュ君の内部に入り込んでいるかのように。
「“この騒動も、意外とショボくないネクロマンサーの仕業っぽいが、まぁ結果オーライさ。俺もこうして、楽しいパーティーに参加できそうなんだ”」
本当に、ワケが分からない。
色んなことが一気に起こり過ぎてる。
でも、危機的な状況であることに変わりはない。
ネクロゴーレムが、あーしに迫ってきている。サニアと少女が、セツナとレーヴェスが戦っている。彼女達は、今のアッシュ君の様子に気付いていない。
「“そこのお姉ちゃん。そうアンタだよ。人形遣いなんだろ?”」
アッシュ君の目が、青みのある暗い灰色の瞳が、あーしを見た。その目の奥に、暗紅の揺らぎが仄めいている。
アッシュ君とは違う誰かが、アッシュ君の中から、あーしを見ている。
「“俺にいい考えがある。この場をひっくり返すにはアンタの協力が必要だ。んんん~、まぁ無くてもいいんだがねぇ。そっちの方が誰も死なないし、スマートなんだよ”」
あーしは、確かに雑魚だ。もう打つ手は無い。
信じるしかなかった。縋るしかなかった。
いや、言い方を変えよう。命を懸ける覚悟が、無駄にならなくて済んだと。
「……りょ。どーすればいいの?」
あーしは声を少しだけ潜めて、アッシュ君の中にいる誰かに訊く。アッシュ君が驚いた顔をしているが、もう時間が無い。
頬を垂れる涙を拭ったマリヴェルさんも、息を飲んでいる。何かが起こりつつあることを、彼女も察しているようだった。
「“簡単さ。アッシュを人形として動かせ。魔力の糸を通すんだよ”」
アッシュ君の声の後ろで、男の声が笑っている。愉快そうに。勝利を確信しているふうに。本当に、舞台のショーでも楽しむみたいに。
「“そうすりゃ、俺とアッシュの意識、そしてアンタの精神を同期できる。説明してる時間は無いだろ? 体験してくれ。心配は要らない。これでも俺は、ちょっとは名の知れた魔術士なんだよ。丁寧にサポートするさ。一応はね”」
別人の声で喋らされるアッシュ君が、あーしを見ている。力強く。頷いてくれる。人形として、自分を動かせということか。もうアッシュ君は覚悟を決めている。あとは、あーしが肚を括るだけだ。
悪魔の囁きという言葉があるが、この男の声は、まさしくソレだと思った。だが、今は抗う理由もない。委ねるしかなかった。