「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」   作:なごりyuki

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影を生む影、非法には非法を

 

 

「ヴァーミルさん! こっちのレイダー集団は片付きました……! えぇ、はい……! 私達は無傷です!」

 

 襲い掛かって来たレイダー共を制圧したローザは、すぐに通話用魔導具でヴァーミルに連絡を取る。このまま敷地内に残るか、劇場内に突入するか。その判断と指示を仰ぐためだ。

 

 ローザの傍に居るカルビとネージュ、それにエミリアも、耳元に魔法円を展開し、ヴァーミルとの通話を共有していた。

 

 ちなみに地面に伸びているレイダー共には、一人残らず腕と脚に分厚い氷の枷が嵌められてある。ネージュが応用して扱う、強力な氷結魔法による簡易牢獄だ。

 

「ぐぁぁぁ……ッ!!」

「凍える……凍えるッ……!!」

「出して、出してくれぇ……!」

 

 ほとんど氷漬けになっているレイダー共は、身体を凍らされる痛みに苦悶の声を上げている。その程度に生きてはいるが、移動も身動きもできない筈だ。

 

 ローザは苦鳴を洩らすレイダー共を醒めた横目で見下ろしたところで、すぐにヴァーミルの声が届いてくる。

 

『了解した。……ローザ達は、私達に合流してくれ。案内用の機械獣を新たに送る』

 

 極度に緊張しているのか。焦りを必死に抑え込んでいるのか。ヴァーミルの声は、今まで聞いたなかで一番低い。

 

「でも、敷地内に侵入したレイダー共は、まだ……!」

 

『あぁ。他の地点のレイダーの対処には、アルキス、オルキス、リエラの3人が向かってくれている。戦力としては問題無い。十分だ。だが……』

 

 やや早口のヴァーミルが、そこで唾を飲み込む気配があった。

 

『つい先程、劇場内のメインホールが結界によって隔離されてしまった。内側からな。ディスペルにも時間が掛かる』

 

「え……っ」

 

 ローザは思わず声が詰まった。エミリアが目を開き、カルビが舌打ちをして、ネージュが眉間を絞って瞑目していた。そんな馬鹿な、と思ったのは全員だろう。

 

 仮にレイダーの仕業だったとしても、この短時間で、そんな大規模な魔術を展開できるものなのか。絶句しながら、ローザはハッとする。

 

 そうだ、観客達は……!?

 

『観客全員の避難は終えている』

 

 唾を飲み込んだローザの気配を察したのか、ヴァーミルが応じてくる。

 

『マリーテとステファの誘導もあり、歌姫の事務所スタッフも全員無事だ。だが……』

 

 自分自身の焦燥と動揺を押し殺すように、そこでヴァーミルが薄く息を吐いた。

 

『……いや、この話は合流してからだ。今は一刻を争う。頼む。力を貸してくれ』

 

 そう言ったきりヴァーミルとの通話が切れたが、その途中で、また先程と同じように猛禽型の機械獣がローザ達の傍に降り立ち、一声鳴いていた。甲高いその泣き声はやはい、“着いて来い”というメッセージに違いない。

 

 すぐに機械獣が飛翔し、ローザ達も目を見交わしてそれに続く。

 

 歌劇場敷地内、その手入れされた芝生や植え込みを走って横切りながら、重たい無表情になったカルビが口を開く。

 

「……マジかよ。既に劇場内にレイダーが潜り込んでやがったのか」

 

「でも状況を聞く限りでは、術者自身まで結界内に閉じ込められているということでしょう……? 真意が見えないわ」

 

 冷え切った声で応じたネージュも、険しく眉間を絞って前を見据えている。2人の間には、珍しく軽口も無い。淡々と言い合う。

 

「ステージの袖に詰めてるのは、アッシュと剣聖サマと……、それからルフル、あとは」

 

「『戦乙女』の戦闘メンバーよ。名前は確か、セツナ。間違いなく4人とも腕が立つけれど……」

 

 楽観を避けるためだろう。そこでネージュが言い淀んで、無表情のままのカルビが鼻を鳴らす。

 

「とにかく、行くしかないよ」

 

 魔導ショットガンのグリップを握り直しながら、ローザは最後に相槌を打つに留める。隣を駆けているエミリアが、張り詰めた表情でゴリゴリゴリッ! と奥歯を噛み締めているのが分かった。

 

 ローザ達がヴァーミルとの合流ポイントに急いでいると、少し遠くから、やけに通る低い声が聞こえて来た。我が耳を疑った。

 

「もうちょっとゆっくりしてても大丈夫さ。焦る必要は無いよ」

 

 男の声。不真面目で、どこか人を小馬鹿にしたような抑揚と、聞く者の心を動揺させる凄みがある。

 

「『戦乙女』のクランは人使いが荒いねぇ」

 

 軽薄な声音のテンションと、そこに宿っている迫力が釣り合っていない。このアンバランスで不気味な声には、ローザも聞き覚えがあった。

 

 できれば二度と聞きたくないという忌避感と共に、強烈に印象に残っている。

 

 案内の任務は終えたと言わんばかりに、猛禽型の機械獣が急上昇して旋回、そのまま何処かへと飛び去っていく。また別の任務のためだ。晴れた空の高さが、やけに白々しく感じられた。

 

「なんで、アイツが……」

 

 走りながらローザは一瞬、立ち止まりそうになる。というか、身構えそうになった。

 

「何の冗談だよ、ありゃ……」

 

「相手がネクロマンサーがなら、毒を以て毒を制すという話かしらね」

 

「ある意味では、強力な助っ人ではありますわ……」

 

 カルビもネージュも、そしてエミリアも、嫌悪を隠すことなく顔を歪めていた。

 

「や……、まぁ味方だとしても、心強いとか一切思えないけどね」

 

 敵よりも警戒しなきゃいけないタイプでしょ、アイツ。顔を顰めたローザも、そう吐き捨てるように溢してしまう。だが、ここで余計な感情を動かすべきではないことも理解している。

 

「む……。来てくれたか」

 

 ローザ達を出迎えてくれたヴァーミルは、戦乙女としての全身鎧を纏い、その背中に翼を広げて宙に佇んでいた。完全な戦闘体勢だ。

 

「……劇場内に突入するから、アンタ達にも同行して貰うわ」

 

 そのヴァーミルの隣では、研ぎ澄まされた殺気を放っているシャマニが、同じく完全装備で翼を広げて宙に浮き上がり、あの長大な剣を手にしている。

 

「都市法務局とギルドからの承認は……、じれったいですが、あと数分ほど必要そうですねぇ」

 

 刃物のように切れ長の目を細めたチトセが、片手で懐中時計の秒針を睨みつけながら、通話魔導具を握り締めている。

 

「貴族の観客達が無事であることが分かった以上、“この男”の活動許可には消極的になるのも理解できますが……。ここまで時間を潰されてしまうのであれば、本末転倒ですよぉ」

 

 微かに苛立ちの混じる口振りからして、アードベルの都市機関とギルドと連絡を取り合っていたようだ。普段は間延びしているチトセの甘ったるい声にも、今は独特の鋭さが滲んでいる。

 

「大丈夫さ。仮に、これ以上の魔法拘束の解放が無理でも、まぁ問題無いよ。十分さ。そりゃあ、もうちょっと俺も力を出せれば、事態を楽に片付けられるけどねぇ」

 

 ヴァーミルとシャマニ、そしてチトセが纏う張り詰めた雰囲気とは対照的に、あの男だけは愉快そうだ。

 

「しかし、大変だねぇ。俺みたいなヤツを再利用するにも、色々と許可と承認が必要なんていうのは。公務員らしいというか何と言うか、……おぉ! 久しぶりじゃないか!」

 

 恐らくあの男は、ヴァーミル達の心境や立場を完全に見透かしている。そして、それを逆撫でするべく、ローザ達に親しげに手まで振ってくる。

 

 艶のある黒い髪。どろっと濁った黄土色の瞳。やけに整った顔立ち。そのどれもが、ヤツが纏う不吉な気配とプレッシャーを演出するだけで、ただただ不気味だ。

 

 だが、前に戦った時と比べて、やや若返っているように見える。雰囲気としては20代前半ぐらいか。……まぁ、ヤツが若返ろうが何をしようが、驚くに値しない。

 

 あの男は、そもそも死人なのだ。

 

「相変わらず美人揃いのパーティで、目の保養になるねぇ」

 

 この緊急事態の中で、あの男だけが全く異なる文脈で存在している。緊張も真剣さも、焦りも危機感も、正義感も自尊も無く、ただ現状を面白がっている風情だった。

 

 魔法円によって空中に固定された、棺型の魔導具。見ようによっては、棺の形をした堅牢な檻に見なくもない。

 

 その棺の蓋の部分から上半身だけを生えさせるような形で、あの男はローザ達に姿を見せている。下半身は棺の中へと完全に封じられているふうだった。

 

 処刑される寸前の咎人が、磔にされているような風情だ。

 

 だが、あの男の両腕は自由のようで、ローザ達に向けてヒラヒラと振って見せる。その両の掌には、禍々しくも赤黒い魔力光を放つ魔法円が象られていた。

 

 男の周囲にも、幾つもの積層型の魔法円が展開されている。それぞれが強力な魔術装置として機能しているに違いない。

 

 何らかの巨大な魔術を複数、それも並行して編み上げているのだ。そんな膨大な精密作業と魔力消費に耐えられること自体が、あの男が強大な魔術士であることの証に違いない。

 

“死の門”、ギギネリエス=ノーキフ。

 

 書類上では既に死んだとして処理、秘密裏に拘束しているとヴァーミルは言っていた筈だが――。

 

 なるほど。そのこと自体を知っている者でなければ、ヴァーミル達も同行を頼めないのだと、ローザも納得した。

 

 そういえば、シャマニとチトセ、そしてウルズが一度、機械術士達が工房を構える区画へと戻っていたはずだ。クラン『鋼血の戦乙女』の本拠地があることを考えれば、あのタイミングでギギネリエスを連れだしてきていたのだろう。

 

 非常時に動かすための予備戦力、もしくは、対ネクロマンサーのために。

 

「あの……、余計なお喋りは控えて下さいっすよ。ギギさん……。この会話は全部記録してるんすから」

 

 ギギネリエスを拘束している棺の傍では、肩に猛禽型の機械獣を乗せたウルズが、やけに消耗した顔つきで冷や汗を掻いていた。

 

「あぁ。分かっているよ、ウルズちゃん。心を入れ替えた今の俺は、清く正しく、優しくて従順だよ? だから、俺の身体に埋め込んだ魔導具を起動するのはやめておくれ。いくら俺でも、流石に死んじゃうからねぇ」

 

「もう死んでるじゃないっすか、ギギさん……」

 

 声を震わせながらツッコむウルズの顔は、バキバキに強張っている。ギギネリエスが纏う凶悪かつ強大な魔力に怯み、畏怖しているようだ。

 

「それにしても……。そんな無駄口を叩きながら、よくこれだけの術式を編み込めるっすね……。こっちはギギさんに並走するので精一杯っすよ」

 

 ボヤくように溢すウルズも両手に魔法円を展開し、複数の空間ウィンドウに視線を注ぎ、忙しなく操作を行っていた。

 

 そのウルズの手元には、ギギネリエスが展開している積層型魔法円からも魔力光が流れ込んでいる。

 

 ウルズとギギネリエスは協力して、何らかの特殊な魔術を編み上げているようだ。それも、尋常ではない急ピッチで。

 

「色々と訊きたいことがありそうな顔だねぇ。“ローザさん”」

 

 不意にギギネリエスが、親密さを籠めた笑みを向けてくる。

 

「息子が世話になってるんだ。今の俺は、この場に居る誰にも逆らえないし、誰かを傷つけることもできない。だから安心して、何でも訊いてくれて構わないよ」

 

 鬱陶しいぐらいにフランクな口調だ。ローザは無視した。この男は、相手にすればするほど調子に乗る。

 

「ヴァーミルさん達は、この男を引き連れて劇場内へ……?」

 

「あぁ。私とシャマニに代わりに、敷地内の女性冒険者達への指示はアルキス達に任せる」

 

「劇場内のマリヴェルは……! いえ、中の状況は……ッ!?」

 

 思わずと言った感じで口を挟んだのは、目を強張らせたエミリアだった。

 

 普段から自信に溢れ、自己肯定感の塊のようなエミリアだが、マリヴェルの名を呼ぶ声には、堪えそこなった弱気と悲痛さが滲み出していた。まだ冷静ではあるが、焦燥を隠せていない。

 

「ステージ袖に詰めているアッシュにも通話が繋がらねぇ。剣聖サマと、ルフルにもな」

 

「そっちのメンバーの、セツナという剣士とも繋がらないわ。内部の状況が分かっているなら、教えて欲しいのだけれど」

 

 表情を作らないカルビとネージュが、エミリアに続く。目を一瞬だけ泳がせたウルズが、不自然な咳払いをした。

 

「内部の状況は……」

 

 ヴァーミルが一瞬だけ言い淀み、ギギネリエスを見た。シャマニも眉間を絞り、ギギネリエスを睨みつける。通話用の魔法円を耳元に展開させているチトセも、手にした懐中時計から視線を上げ、ギギネリエスを見据えていた。

 

「んん? あぁ、そうか。ウルズちゃんが使役している機械獣も、劇場内で沈黙しちまって映像が届かない。その上で通話魔導具も繋がらないとなると」

 

 彼女達の意図するところを察したらしいギギネリエスは、幾つもの積層魔法円を展開したまま、喉を鳴らして肩を竦めた。

 

「劇場内の状況をリアルタイムで把握できるのは、俺だけってことか」

 

 言いながらローザ達の方へと首を曲げてきたギギネリエスよりも先に――。

 

『一応、種明かしをした方がいいかい? 死霊魔術さ。俺の目は今、アッシュと同期してるんだよ。色々と条件が揃った御蔭で、アッシュの視覚情報を共有できてるのさ』

 

 宙に展開されていた積層魔法円の一つが、ズズズッ……と赤黒い髑髏へと変形し、声を発した。また別の積層魔法円が一つ、更に一つと髑髏に姿を変えながら笑う。

 

『安心しなよ。舞台上の奴らは全員生きてる。歌姫もだ』

『あの人形遣いには、アッシュの内部に耐えてもらうことになる』

『俺の魔術をリモートで編むための、人間ルーターとしてねぇ』

『もう精神同期も完了したから、頑張って貰うしかないんだが』

『実況でもしようか? 舞台上の状況は五分以上だ』

『言っておくけど、もう舞台上での戦闘は始まってる』

『おっとっと。あんまり同期率を上げると、人形遣いがイッちまうな』

『なぁに。でも、問題無いよ。戦力的には十分だ。負けないさ』

 

「大丈夫。歌姫は護れるよ。なんたって、此処に俺が居るんだ」

 

 髑髏の群れが次々に喋り、最後にギギネリエス本人が酷薄な笑みで締めくくり、左手の指でトントンと自分のこめかみを軽く叩いてみせる。

 

「100年以上も死体をやってると、自分が何者か分からなくなっちまう前に、自我とか精神を分割して保存したくなるのさ。その一つ一つを使役する術も、死霊魔術を応用するための研鑽の延長線上にあってね」

 

 ふっと表情を消したギギネリエスの目の奥には、“死の門”の2つ名に相応しい、暗くも凄絶な光が湛えられている。

 

「もともと俺は後方支援が領分だからねぇ。直接的に戦うことになったダルムボーグじゃあ後れを取ったが、今回はイイところを見せようじゃないか」

 

 その存在感に、この場の誰もが飲まれそうになったときだった。

 

「……今は女神よりも、貴方を信じますわ」

 

 ギギネリエスを真っすぐに見詰めるエミリアが、真っ先に口を開いた。縋るような真剣さを滲ませて。

 

 ヴァーミルとシャマニ、ウルズ、カルビとネージュも、何もかも差し出すかのような佇まいのエミリアを見詰める。

 

 ローザも奥歯を噛み締めながら、戦闘の中にいるアッシュ達を想う。

 

 劇場内の舞台は既に戦場なのだ。その戦場から結果的に弾かれているローザ達とは違い、既にギギネリエスは盤面に触れている。他者の命を護るために、ネクロマンサーとしての力を振るっているのだ。

 

「あぁ。任せておきなよ」

 

 悲愴な表情のエミリアに応じたギギネリエスは、棺に磔にされたような咎人の体勢のままで、やけに静かな微笑みを浮かべてみせる。だが、すぐに不真面目で軽薄な口調に戻って、おどけるように両手をヒラヒラと振った。

 

「そうだ。いいことを思い付いたよ。ちょっとした余興も兼ねて、俺が分割している意識と視界を、今からウルズちゃんのディスプレイに映そうか。この件の黒幕との会話まで楽しめる上映会ってワケだ。劇場内の結界をディスペルするまで、退屈しないで済むだろ?」

 

 ギギネリエスが場の空気を全く読まず、いや、読んだうえで敢えて茶化してくる悪趣味な悠長さを披露したときだった。ほぼ同時だったろうか。

 

「……承認が降りましたぁ」

 

 耳元に展開していた魔法円を指で押さえたチトセが、ローザ達を見て、それからヴァーミル達にも強く頷く。

 

「この男の魔術拘束を限定的に解除します。……襲撃者の鎮圧と捕縛まで、力を貸して貰いますよぉ。ギギネリエス」

 

 

 

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更新、展開も遅くなり申し訳ありません……。
今回も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
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