「ねぇ、お姉さん達のパーティに同行してくれないかな?」 作:なごりyuki
巨大ネクロスライムは、歌劇場の広大な敷地から市街地へと向かう途中で、その巨体を崩壊させ始めていた。
直前には、ネクロスライムを包み込むような魔法円も展開されていた。何らかの強力な魔術効果によって、ネクロスライムが崩れ始めていると見て間違いないだろう。
死霊魔術によって、死霊魔術の効果を打ち消す。
例えば、死体で編まれた人造アンデッドの機能を停止させるか、或いは、魔術的に縫合されたり接続されたりしている死体の結合を解くとか、そういった対抗魔術の類だ。
そんな芸当が出来るのは、現状ではギギネリエスだけだ。だが、ネクロスライムの巨体を覆い尽くすような大規模な魔法を唱えている様子は、ギギネリエスにはなかった。
ヤツは終始ベラベラと喋りまくりながら、ルフルやアッシュの精神内部に入りこんで、その入り込んだ人物の肉体を魔術的なルーターとして死霊魔術を行使していた。
だが、ネクロスライムを対象にして弱体化させるような魔術を発動、行使するようなことは、ギギネリエスは伝えてこなかった。
寧ろ、ギギネリエス自身が、「へぇ……。これは……」なんて珍しく本気で驚いているような声を漏らしていたのを聞いた。
つまり、ギギネリエスが想定していなかった誰かが、ネクロスライムを大幅に弱体化させたということだ。――じゃあ、いったい誰が?
この自問の答えを、既に無意識が探っていたのか。
ローザの脳裏には、寂しげな微笑を湛えたアッシュの顔が浮かんだ。
それを打ち消すように、目の前に迫っていたネクロゴーレムに向けて魔導ショットガンを撃つ。凍結魔法弾で吹き飛ばした。
「面倒でしょうがねぇぞ、あのネクロスライム……。中からネクロゴーレムが湧いて出てくるじゃねぇか」
躍りかかってきたネクロゴーレム3体を大戦斧で叩き潰しながら、カルビが舌打ちする。
「厄介ではあるけれど、本体の動きは明らかに鈍ったわ。このままネクロゴーレムを処理し続ければ、結果的にネクロスライム本体も摩滅するでしょう」
濃密な冷気の魔力を大槍に纏わせたネージュも、ネクロゴーレム2体を凍り付かせて突き砕いてから応じた。
ローザの背後では、隊列の殿についてくれていたエミリアが無言のままで大盾を振り抜き、背後から接近してきたネクロゴーレム4体を粉々にしたところだった。
さっきからエミリアは喋らない。頬を強張らせたままで無言だ。紅の瞳には剣呑な光が宿り、顔つきも険しい。歌姫マリヴェルが負傷したという報告があってからだ。
ローザはエミリアには何と声を掛けるべきか迷った。だが今のエミリアは、彼女の親しい知人であるのだろうマリヴェルの傷の具合を気に懸けることを、その態度で拒否していた。
エミリアは冒険者として、ネクロスライムという脅威の排除に集中しようとしている。歌姫個人ではなく、アードベル市民を護ることに意識を注ごうとしているふうだった。
不安と焦燥を懸命に押し殺しているエミリアに気休めの言葉をかけることを、ローザは慎んだ。
エミリアの気高さに倣うようにしてローザも、少し離れたところで蠢くネクロスライムの巨体を見上げる。
「高火力魔法で一気に殲滅しようにも、ここまで市街地が近いと二次被害も怖いし。あの巨体を構築してるゾンビを削っていくしかないのかも。……根比べだね」
劇場から這い出てきたときに比べて、ネクロスライムは確かに小さくなった。それでもまだ大きい。大き過ぎる。
高さは15メートル以上はあるだろうか。幅というか広さというか、直径とかそういう表現の方が正しいかもしれないが、そっちは倍以上ある。あれだけのサイズだと、ちょっとした山という規模だ。
その山が雪崩て歌劇場の外に流れ出さないよう、ローザ達を含め、警備役に就いていた他の上級女性冒険者たちパーティ、そして『鋼血の戦乙女』たちが力を合わせ、少しずつ少しずつ削っているという具合である。
『アルキス、オルキスは、更に上空からネクロスライムを削って! リエラは地上から、敷地内の北東エリアで苦戦しているパーティに加勢を!』
上空から戦況を見下ろすシャマニが、ヴァーミルに代わってこの場の指揮にあたっている。
『ネクロスライムの内部に、要救助者であるケイス社長取り込まれたわ! 魔法による攻撃は細心の注意を! 救助が可能と判断できる状況になったら、私から指示を出すわ!』
シャマニは通話用魔導具で指示を出しつつ、紫電を纏った蛇腹剣を手にネクロスライムに向けて急降下し、強烈な斬撃を浴びせかけていく。
ゾンビの集合体であるネクロスライムの表面が、強力な雷撃と斬撃の嵐で削れて飛び散った。
『UUUUUU、OOOOOOO――!!』
おぞましいネクロスライムの咆哮。シャマニから受ける攻撃に苦しんでいるというよりも、ただただ、この世界を呪おうとしているかのようだ。
だが、攻撃的ながらも凛としたシャマニの声が、ネクロスライムの澱んだ大音声を斬り裂くように届いてくる。
『ウルズは引き続き、機械獣での避難の呼びかけと、ギルドが手配した冒険者との連携お願い! 歌劇場周辺地区の住宅街、施設から逃げ遅れた市民が居ないかの確認を!』
シャマニの指示に続き、他の上級女性冒険者や、クラン『正義の刃』のメンバー、それに、歌劇場敷地外に控えていた男性冒険者達の報告が、混ざりながら届いてくる。
『ネクロゴーレムの掃討にあたってるけど、数が多いわ!』
『特に東側だ! 警邏に出た冒険者共で食い止めてるが……!』
『市街地には絶対に出すなよ! 何としても食い止めろ!』
『今のところ、市民に被害は出てないぞ! 逃げ遅れもいない!』
『魔術士どもは敷地内に入れ! 火力の高い魔法は市街で使うなよ!』
『アードベル市内にいる冒険者を集めろ! 低級でもバリケードにはなる!』
ローザ達はネクロスライムに迫りながら、通話用魔導具からの報告に具に聞く。ネクロゴーレムが市街地に流れ出し、人的被害が出ているといった状況では無い。
だが、油断は禁物だろう。
『UOOOOOOOOO、OOOOOOOO――!』
崩れつつあるネクロスライムだが、まだ動きは止まらない。怨嗟の塊のような咆哮を上げながら、小山のような身体をぶるぶると揺すって、まだ市街地へと這っていこうとしている。
周囲のネクロゴーレムも全て片付けたはずのローザ達も、目を見交わし、更にネクロスライムに近付こうとした。
『一応、報告しておこうか』
ローザの耳元に展開されている通話用魔法円から、ゆったりとしたギギネリエスの声が届いてきたのは、そのときだった。
ギギネリエスを拘束している棺型の拘束具は、ヴァーミルが持ち上げて運んでいる。彼女の通話用魔導具がギギネリエスの声を拾っているのだ。
流石に現状ではギギネリエスの姿を大勢に曝すわけにはいかないのか。
ヴァーミルはチトセと共に、ギギネリエスを拘束した棺を手に、ローザ達よりも後方に控えた位置で戦況を睨んでいる。
今の彼女達は、後方支援として強力な死霊魔術を行使するギギネリエスを護る壁役であり、監視と制御役であり、場合によっては、その場でギギネリエスを処分する処刑人でもある。
そして今のヴァーミルの通話用魔導具も、ギギネリエスの存在を知るローザ達と『戦乙女』の一部にしか共有されていない。
重大な異変をギギネリエスが察知した場合は、上空で指揮を執っているシャマニに伝えられる手筈になっている。
『歌姫さんの命を取り留めた。剣聖さんと、ジュードとかいう半分ゾンビになってた戦士の方も、無事とは言いにくいけど、まぁ命に別状は無いよ。アッシュの御蔭でねぇ』
自分の息子を自慢する口調だった。
悠長な声音には苛立ちを覚えつつも、ローザはホッとした。カルビとネージュも頷き合い、エミリアが膝に手をついて盛大に息を吐き出す。全員で安堵を共有する。
これで心置きなく、ネクロスライムと戦える。ローザ達は再び駆け出すが、気を抜くのはまだ早そうだった。穏やかだが無視のできない深い声で、ギギネリエスが続ける。
『とはいえ……。歌姫さんの生命維持には、医療魔導機器が必要になるよ。魔術治癒はここらで限界だ。寿命を喰い尽くしちまう。同じ理由で、剣聖さんの腕と脚は如何ともしがたい』
『……貴様が敷いている死霊魔術では、治癒できんのか? 』
ヴァーミルが訊いた。尋問にも似た、突き刺すような訊き方だ。
『無理だよ。俺が展開して敷いているルールは“死の否定”であって、不死性や活力を齎すものじゃあない。死の直前で、その肉体と魂を凍結させるだけだ。死体に俺の魔力を注ぐわけじゃないから、死霊魔術汚染も殆どない。かなりクリーンな術式なんだが、治癒まではできないのさ』
ローザ達はネクロスライムに向かって走りながら、ギギネリエスの応答に耳を傾ける。
『さっきも言ったが、レーヴェスが操ってたレイダー共は、死の淵に立たされた半ゾンビ共だ。半分はまだ生きてる。だから奴らの鼓動と命は、俺が死神から買い戻してやったってワケだ』
歌劇場を襲撃してきたレイダー達は捕縛、警備役に就いていた冒険者たちによって既に避難させられている。
『くくく……。俺が居なけりゃ今頃、レイダー共はレーヴェスからの魔力供給も打ち切られて、一人残らず干乾びた死体になってたことだろうよ。実際、王都ではそうだったはずだよ』
この状況だと、俺って素晴らしく“人道的”な死霊魔術士だろう?
そう付け足してギギネリエスが笑う。
『ただ、レイダー共を助けたところで、有益な情報なんざ何も出てこないだろうけどねぇ。どうせ奴らは、従わなけりゃ本当の死体にしちまうぞって脅されてただけさ』
『なら、あのネクロスライムに取り込まれているケイス社長は……? あなたが展開している死霊魔術で死を否定して、救い出せるかしらぁ?』
そこで訊いたのはチトセだった。戦況を見据える彼女の声は、威圧的な程に低い。ギギネリエスのお喋りに付き合わされているこに苛立っているふうでもある。
ローザ達は黙ったまま、ギギネリエスの言葉を待つ。その間にも、ネクロスライムからゾンビの塊が湧き出てくる。ネクロゴーレムが迫ってくる。多い。10体以上。
だが、突破する。ローザ達は駆けながら陣形を整える。
ローザを後衛に。前衛となったカルビ、ネージュ、エミリアが、接近戦でネクロゴーレムを粉砕。援護魔導ショットガンで残りを掃討。最中に、ギギネリエスの声。
『あぁ。可能だ。あのネクロスライムから、生きたまま取り出せるよ。だが、生命力の消耗が激し過ぎる。助けたとしても長くは持たない。一応は黒幕だったんだろうが、捨て駒にされてるところ見るに、こっちも有益な情報は期待できそうにないねぇ』
『人命は最優先だ』ヴァーミルが厳しい声で言い切る。
『まぁ、そりゃあそうだな。命は大事だ』ギギネリエスが真面目な声になる。明らかに惚けているのが分かる。不真面目な応答だ。
ローザもカルビ、ネージュも、ネクロスライムに向かって駆けながら顔を歪めていた。ただエミリアだけは、奥歯をゴリゴリと噛み締めている。
『……まだ、訊いておかねばならんことがある』
そこでヴァーミルが更に声を険しく絞った。低い声のチトセが続く。
『返答によっては、この場で貴方を処分することになるわぁ』
『お~こわいこわい。え、なになに』惚けきったギギネリエスの反応。チトセの声がより低く、鋭くなる。
『ジュードという男性が、レーヴェスに操られている半ゾンビだと気付いていながら、なぜ――』
「なぜ……、マリヴェルを危機に曝すことを知っていながら、私達に黙っていたのですか?」
今まで聞いたことがないほどに平板な声を発したのは、エミリアだった。間違いなく、怒気以上に殺気が濃縮した声だった。一瞬、誰の声なのかローザにも分からないほどだった。
ネージュとカルビも駆けながら、ぎょっとしたようにエミリアに首を向けていた。エミリアは前を睨みつけたままで頬を強張らせ、ギギネリエスの言葉を待っている。
必死に己を押さえつけているというエミリアの佇まいからは、何かの拍子があればギギネリエスに向けた憎悪を爆発させそうな気配が漂っていた。
『黙秘は許さんぞ』既に大戦鎚を手にしているのだろうヴァーミルが、死刑を執り行う厳粛さを帯びた声で言う。
『そんな怖い顔をしないでよ。話すさ。理由だろ?』
対するギギネリエスは、説明するのが面倒そうな軽い口調だった。
『端的に言えば、レーヴェスがやろうとしてたことを、こっちで応用できるチャンスだったからさ』
「どういう意味ですの……?」
前を見据えながら駆けるエミリアが、尖った声で先を促した。そのときだった。ローザ達に向かって、再びネクロゴーレムの群れが向かってくる。
『OOOOOOOOO、OOOOOOOOOO――!!』
ローザ達が視界にとらえているネクロスライムは、おぞましい咆哮を上げながらゾンビの群れを吐き出し続けている。単純にあの巨体は脅威だ。
何かの拍子で圧し潰されたり飲み込まれる危険があるから、他の冒険者達も迂闊には近づけない。だが、その傍で隊列を組んで陣取り、吐き出されてくるネクロゴーレムに対処しつつ、魔法攻撃を叩き込んだりしている。
上空から急襲している『戦乙女』も、確実にネクロスライムを構築するゾンビを削り取り、抉って、破壊していた。彼女達が携えた魔導武具の威力もあってか、ネクロスライムが磨滅していく速度が増している。
ローザ達も、目前から迫ってくるネクロゴーレムを正面から粉砕する。崩壊しつつネクロスライムに迫り、削っていく。だが、やはり近づき過ぎるのは危険だった。
接近すればするほど、ネクロスライムの巨大さを改めて思い知る。大戦斧に炎を灯しているカルビも、踏み込みきるのを躊躇していた。
「思いっきりブチかましてやりてぇところだが、市街地も近ぇしな……。何より、あの中に要救助者が居るんだろ?」
言いながらカルビは、じれったそうにネクロスライムを見上げつつ、また湧いて出てきたネクロゴーレム2体を粉砕する。
「ダルムボーグのときのように、私と貴女で火力を集中させて撃破する、というわけにはいかないわね」
そう続いたネージュの声にも辟易としたものがあった。ローザもネクロスライムを見上げつつ歯噛みしてしまう。
「今は、地道な戦いを徹底するしかないって感じかな。救助のチャンスを見極めて実行できるのも、上空のシャマニさんとかだけだろうし」
ギギネリエスが使役していた、あの双頭のネクロドラゴンを破壊したときのようなことは出来ない。
カルビとネージュが全力を籠めるような魔法攻撃では、ネクロスライムのなかに飲み込まれている要救助者も無事では済まないだろうし、やはり周囲にも被害が出る可能性が高い。
歌姫が所属している事務所の社長、ケイスという男性を救い出すためには、ネクロスライムに向ける魔法攻撃の火力は抑えねばならない。ローザ達の他の冒険者も既に実践していることだった。
結局のところ、この場でのローザ達は戦闘とは、ネクロスライムが市街地に流れ込まないように警戒しつつ、その崩壊を見届け、溢れ出てくるネクロゴーレムに対処をすることだ。
歌劇場の敷地内部、外部、アードベルの市街地に配置されている冒険者も、そしてこれから現場に駆けつけてくる冒険者にとっても同じだった。巨大なネクロスライムとの戦闘は既に、手間の掛かる包囲掃討の様相を帯びてきている。
何からの魔術でネクロスライムが弱体化、スポイルされている御蔭もあって、状況としてはローザ達が有利ではある。差し背迫った人的被害も、取り込まれたケイス社長のみ。
『さぁて、どこまで話したかな……』
事態が収束に向かいつつあることを改めて確認したように、ギギネリエスの声が届いてくる。
『レーヴェスの企みを利用するってところまでだっけか?』
「えぇ。マリヴェルを死の危険に曝した貴方の意図を、私は問いましたわ」
張り詰めた無表情になったエミリアが、耳元に展開している通話用魔導具に指を添えた。ネクロスライムを視界に収めて魔導ショットガンを構えつつ、ローザも黙って耳を傾ける。
『答えはシンプルだ。結論を急ごうか。これ以上、歌姫さんが狙われないようにするためさ』
エミリアが息を詰まらせる気配があった。ギギネリエスが滑らかに舌を動かす間にも、ネクロスライムは蠢き、その内部からはネクロゴーレムが吐き出されてくる。
『さっきも言ったことだがねぇ。歌姫さんが殺害される悲劇を演出して、その命を救い出す生命操作魔法……。“秩序の塔”は、そういう構図を作り出したいのさ。そいつを上書きするために、歌姫さんには一回だけ死を経験してもらったんだよ』
押し黙ったカルビとネージュも、各々の得物を手に迫りくるネクロゴーレムを砕き、突き、吹き飛ばしながら、ギギネリエスの声に耳を傾けている。
『ここからは、チトセ姐さんの治癒と魔導機械術の出番になる。王都でも人気沸騰中の歌姫さんが瀕死の重傷を負った事実と、その命を繋ぎ止めた魔導機械術医療っていう構図が出来上がれば、もう世間は無視できない』
無表情のままのエミリアが、ギギネリエスの問答を聞きながら大盾を豪速で振るう。横合いから近づいてきたネクロゴーレム3体を一挙に殴りつけ、破砕して、圧し飛ばした。
『世相の操作に長ける“秩序の塔”だが、世間の中に出来上がって強化された価値観っていうのは、そう簡単には崩せない。今回みたいなセンセーショナルな出来事が軸になってると、特にねぇ』
ローザも魔導ショットガンを連射して、ネクロゴーレム3体を凍結させて動きを奪う。その間にも、緊張感が欠乏したギギネリエスの声は絶えず聞こえていた。
『“秩序の塔”の連中が、一命を取り留めた歌姫を悲劇の舞台に立たせたくても、そいつはもう下策になる。何より、悲劇としてのインパクトも鮮度も大幅に薄くなるからねぇ。思うような効果は得られない。歌姫さんを再利用する旨味も無くなるのさ』
淡々とした口振りだが、奇妙なほどに真実味がある。世間や社会を、裏側から100年以上も眺めていた男の言葉だからか。
『歌姫さんを救った魔導機械術による医療は善性を纏って肯定されるし、その進歩も祝福として世間に受け容れられる。なぜなら人々にとって、一般性を持った恩恵だからさ。超高額な医療魔法とは違って、医療技術ってのは誰にでも開かれた救いだからねぇ』
『ギギネリエス、貴方は……』
僅かに息を乱したチトセが、甘ったるい声に動揺を漂わせた。何か、ギギネリエスの言葉の背後にある思想や価値観に、初めて触れて気付いたようだった。
『ってなワケで、歌姫さんの治療はチトセ姉さんにお願いしようかな。アッシュとか俺とかを助けてくれた魔導技術でねぇ』
『……貴様は最初から、チトセの治癒と医療技術を利用する肚だったのか』
重厚なヴァーミルの声。
『ヴァーミル姐さんも自分で言ってただろう?』飄々としてギギネリエスが応じる。
『人命は何より優先される、ってねぇ。俺はその価値観に沿ってるつもりだよ。ただ、いちいち説明する時間が無かったのさ。まぁ、俺の死霊魔術で死を否定する段階にも入ったから、特に急いで話す内容でもない』
相変わらず、どこまでも暢気な口調だった。ネクロゴーレムの掃討戦を強いられているローザ達や他の冒険者達とはまったく違うテンションのまま、この男は存在している。
『というわけで、えぇと、エミリアさんだっけか。納得して貰えたかな。“秩序の塔”が歌姫さんを狙う理由と価値を、俺はここで壊しておこうと思ったのさ』
エミリアは答えない。唇を強く噛んだまま苦しそうに眉間を絞り、迫ってくるネクロゴーレムを殴り払っている。親しい知人の命を危機に曝されたことには、そう簡単に納得できるものではないだろう。
『あぁ、それともう一つ』
ギギネリエスはエミリアの応答を待つのではなく、話を前に進めていく。
『今でも魔導機械術医療は受け容れられてはいるけど、より盤石な世間からの信頼と善性を纏うことによって、王都からのちょっかいも牽制できる。アードベルに展開されてる機械術士たちの巨大工房地区は、命を守る技術を生み出す神聖な場所になるからねぇ』
言い諭すような口振りは、明らかにヴァーミル達に向けられている。
『そして『戦乙女』のクランも、そういう神聖な場所に属する集団として、世間から向けられる評価も、注目も、意識も改められる。つまり、“秩序の塔”の連中どもであっても、余計な手出しがしにくくなるのさ』
べらべらと喋り続けるギギネリエスの声に、自虐的な笑みが不意に色を付けた。
『以前みたいに、『戦乙女』の主要メンバーを殺して死体を持ってこいなんて、大袈裟で迂闊なことはやり難くなるだろうよ。参ったねぇ。ここまでやっちまう俺って、なんて気が利くんだろうねぇ。ヴァーミル姐さん』
『恩着せがましいな、腐れ外道。それで命乞いのつもりか』
通話用魔導具の向こうで、険悪な声音のヴァーミルが鼻を鳴らすのが聞こえた。ギギネリエスが可笑しそうに笑う声も。
『もう死んでる俺が、誰に命を乞うんだい? まぁ、この場で俺を処分したいなら、煮るなり焼くなり好きにしてくれていいよ。息子の成長も見れた。他に特に未練も無い』
ゆったりと言い切るギギネリエスは、自分の体を差し出すかのように言葉を継いだ。
『有用さを発揮し終えたなら俺は、無意味で無価値な死体でしかないからねぇ』
『……貴方が黙秘し続けている情報は、今も有用ですよぉ』
チトセが無慈悲な、だが冷酷にはなりきれていない言い方をする。『くくく、どうだろうねぇ』と軽く笑ったギギネリエスは、そこで口を閉じる。今まで喋りまくっていたあの男が黙ると、急に静かになった。
『OOOOO、AA……、OOOOOO――!!』
ネクロスライムを相手取った冒険者たちの戦いの音、魔法の炸裂音が、より立体的に届いてくる。
ネクロゴーレムを処理しているローザ達も、決着に向けて戦闘を維持しながら黙り込んでいた。このとき、強烈な虚しさを覚えていたのは多分ローザだけではないだろう。
ベラベラと喋りまくっていたギギネリエスの言葉の全てを信じるわけではない。
だが、ワケも分からず引き上げられてしまった舞台の上で、ただ脇役として踊っていただけという徒労感は、否応も無く身体に纏わりついた。
“秩序の塔”、そして、“教団”……。恐らく繋がりがあるだろう。
他者の人生を利用できるだけ利用して握り潰し、そこから絞り出した利益によって膨らむ、黒々とした影――。
煌びやかな上流階級の人間達が、非法の暗部と繋がって生まれる思想や欲望、途方もなく無造作な悪意――。
実体を持たない悪徳の意思と権力は巨大過ぎて、一介の冒険者では決して手に負えない。
できれば、これ以上は関わりたくないという本音を飲み込み、ローザは魔導ショットガンの引き金を引いたときだった。
『見つけたわ……! ケイス社長よ……! 魔法を含めた飛び道具での攻撃は、一時中断して……!』
シャマニの鋭い声が届いた。
『アルキス、オルキス、リエラ、私に続いて……! ケイス社長をネクロスライムから引き剥がすわ……!』
殺害される歌姫。仕組まれた悲劇。そんな最悪な舞台の幕が、多くの人を傷つけながら、ようやく下りようとしている。
温かい応援、また誤字報告でも支えて下さり、本当にありがとうございます!