原作18巻の後の話です。楽しんでもらえたら幸いです。
よろしくお願いします。
「ふっ!」
「っ」
逆手に持って振り下ろされたナイフと、水平に構えられた剣がぶつかり合う。思いのほか力が込められていた攻撃を、少女は後ろに飛んで勢いを殺した。
早朝の時間に、オラリオ壁上でナイフと剣がぶつかり合う音が響く。
白兎のような白髪の少年と人形のような金髪の少女が、目にもとまらぬ速さで戦闘を行っていた。漆黒と輝白のナイフが残像を残すほどに乱舞し、少女はそれをはじき返そうと迎撃する。だが、全てをはじき返すことはできなかった。
(とても、強くなった)
ナイフが肌をかすめる感触を感じながら、そう考えた。
最初の頃の、攻撃を見るだけで精一杯だった少年はもういない。Lv.5となり、第一級冒険者となった彼は、防戦一方ではなく、果敢に攻めて闘うことができる。アイズですら虚を突かれる場面も多くなり、それに伴って何度も攻撃を頂戴する場面が多くなった。
「はぁっ!」
「ぐっ!」
しかし、ベルは未熟だ。一年も経たないで第一級冒険者に上り詰めたのはとんでもない才能だ。しかしそれでも、地の才能も、積み上げた年月に伴い、養ってきた「技」と「駆け引き」も、実力はすべてアイズが上回っている。
故に、ベルがボロボロになるのは仕方ないことである。
「やっ!」
「がっ!」
故に、手加減もできない今、こうして気絶させてしまうのも、仕方のないことである……だろうか?
(なんだか、いつもよりもボロボロだった……?)
いくらLv.6が相手とはいえ、Lv.5が気絶することはよほどのことがなければ滅多にない。今回のような特訓であれば尚更である。
だから、なぜ特訓で気絶したのか、アイズは気づくことはない。前日にダブルエルフの鬼畜レッスンを受けてボロボロのメタメタにされて死にかけたのだが、アイズがそれを知るよしもなかった。
(……久しぶりに、できる)
気絶したベルのもとへ足を進め、頭に近づいて座る。その頭を己の膝に乗せ、そして撫でる。
ふさふさとした白髪は白兎の体毛を彷彿とさせるほどのものであり、久しぶりに堪能していた。
「ふふっ。可愛いい、ね」
感情を大きく表に出さない彼女が微笑む。周りに人がいれば、きっと誰もがその美貌に目を引かれていただろう。それと同時に、膝で眠っている(?)不届き者にはきっと殺意の視線によって殺されていたであろう。
派閥大戦ではフレイヤに対する「借り」のせいで参戦が叶わなかったが、無事に勝利を収めた。そして、今ではいつも通り……とは言えないかもしれないが、平穏な生活を送っているように見える。
このまま自分に追いつくのではないか。そんな予感が横切る。実力はまだ己が勝っているが、そう遠くない時に追い越されるのではないか。そんな予感がした。
ベルは様々な試練を、冒険を乗り越えてきた。アイズの知っているところでも、知らないところでも、数多の絶望に対面し、乗り越えてきた。
そんな彼なら、あるいは——
(……)
そこでふと思い返す。アイズが知っている限りでの彼の冒険を。
ミノタウロスとの決闘。アポロン・ファミリアとの戦争遊戯。それはまだいい。
酒場の娘とのデート。あの時のベルはいつもより恰好をキメていて、かっこいいと思った。てっきり酒場の娘と付き合っているのかと思った。
そして、派閥大戦。酒場のエルフに告白されていた気がするし、フレイヤに恋慕の念を抱かれていた。
途中冒険か分からないものも混ざっていたが、何気に女の影がちらつく。ミノタウロスの時だって、小人族の女の子が助けを求めに来ていたし。
(……モヤモヤ、する?)
なぜか知らないが、そんな感じがする。ベルのファミリアは鍛冶師の人を含めて男性が二人、女性が四人と、珍しく女性が多いファミリアになっている。それも、全員とびっきりの美少女たちである。
……なぜか、もやっとする。
(けど)
今はアイズの独占場。誰にも邪魔されない壁上の上。ふさふさの髪を撫でているだけで生じていたモヤモヤは、気づけば薄れていった。
「……っ」
そうしていると、ベルの体がビクッと小さく反応した。そして、緩やかに目を開いた。
「……起きた?」
そう呼びかけると、数瞬時間を要し、すぐに顔を赤くした。
「っ!ご、ごめんなさいっ‼」
はじけるようにアイズの膝から離れた。ベルが目を覚ましてから僅か二秒ほどの出来事だった。元より速かったベルだが、より磨きかかった俊敏さをまさかこのような場面でも実感することになるとは、思っていなかった。
久しぶりだったとはいえ、まるで拒絶されるかのような反応を取られては、アイズとて傷つく。
「……ベル」
「は、はい。なんでしょうか……」
幽鬼のように顔を俯かせながら話しかけてくるアイズに、ベルは獲物に狙われた白兎のような反応をしながら返事をする。
なぜか、
「もう一回、特訓しよう」
「まだやるんですかっ⁉」
時間的にもう終わりかと思われた特訓は、師匠の一声で継続となった。
本来ならば嬉しいはずだが、先ほどの羞恥や、前日のいざこざも相まって流石に限界が近づきつつある。先ほどの気絶で回復できるほど、ベルの体は休まっていない。
「早く。構える」
「えぇっ!」
突進してくるアイズに、ベルは否応なくナイフを引き抜き、抵抗した。
なお、
そして後日。なぜベルがあの日疲れていたのかを知り、絶望を超えて顔を青ざめながら事実を尋ねるのだが、それはまた別の話である。