絶対に死にたくない転生者vs死後に魂を持っていくタイプのサキュバス   作:ぺとら

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第十三話 あなたの負け

「大丈夫。私に全てを委ねて……」

 

甘い香りがする。 

 

「そう、それでいいの。もっと私を感じて」 

 

ぎゅっ、と全身を抱きしめられる。

 

柔らかい感触を存分に感じて、頭がぼうっとした。

 

 

 

俺は、何をして……

 

「ほら、余計なことを考えないで? 今はただ、私を感じてるだけでいいのよ」

 

甘ったるい囁き声が、耳元で響く。 

 

まるで声が物理的な形を持って脳に染み込んでくるかのようだ。

 

それがどうしようもなく気持ちよくて、俺は全身の小刻みな震えを止めることが出来なかった。 

 

気持ちいい。

心地良い。

暖かくて、柔らかくて、落ち着いている。

 

「ほら、目を閉じて……?」

 

ぴと、と目を覆う手は暖かくて、視界を埋め尽くす暗闇は、暖かい布団の中に籠っているかのような安心感がある。

 

「まだ、怖いかしら」

「……いや、そうでもない」

 

俺はそう答えたつもりだったけれど、不思議と言葉は音として出力されず、なのに相手はそれを聞き取ったらしい。

 

そうでしょう、そう言った女は楽しそうに笑い、そして手を除ける。

目を開くと、どうにも下品なボンデージを身にまとった、ピンクの髪の豊満な女。背中から生えた翼と臀部から伸びる尻尾は微笑みに合わせて柔らかく揺れていて、どうしようもない安堵感を覚えた。

 

「人が魂だけになったとき、不安や恐怖の記憶に苛まれることはないわ。そして今、あなたは暗くつめたい場所にもいないの。だから、安心してちょうだい?」

 

暗い場所。つめたい場所。

 

どちらもよく心当たりがある。

あの、全てを飲み込む辛い世界だ。人が死んだ後に行くことになる、地獄よりも地獄の虚無の世界だ。

 

そして俺は……もう、そこに行かなくていい?

 

「そうよ。あなたはもう、来たる恐怖に怯える必要はないの」

 

尻尾が妖艶に動いて、俺の体を突く。

擽ったいからやめろ、と手を伸ばして、その手を絡め取られた。

 

「安心して。あなたはもう永遠の快楽を手にしたわ」

 

永遠の快楽。

 

そうだな。

確かにここは心地良い。

 

不安なんてどこにも無くて、暖かい場所で微睡むだけでいい。

生きるとか死ぬとか、焦りとか恐怖は消え失せて、ずっとずっと、俺はここにいることができる。

 

「何も恐れないで」

「そうだな……何も、恐れない」

 

嬉しそうに微笑むのを感じた。

 

「決して焦らないで」

「そうだな……もう、焦る必要もない」

 

女の手が、俺の頬を愛おしそうに撫でるのを感じた。

 

「もう怒る必要はないわ」

「そうだな……運命は、終わった」

 

なんとなく女の尻尾を掴むと、可愛らしい嬌声が聞こえた。

 

「ちょっと! ……あなたは、もう泣かなくていいのよ」

「そうだな……悲しいことからは、おサラバだ」

 

頭がふわふわする。

思考が纏まらなくて、だけどそれを気持ちいいと感じてしまって、まるで寒い朝に布団から出たくないかのように、俺自身が覚醒を拒む。

 

ここが安寧の地だと、ここにいれば安全だと、そう確信しているから。

 

ようやく、俺は辿り着いたのだ。

俺が目指すべき場所。叶うはずがなかった望み。

 

そうだ、ここだ。

初めから、俺の目指すべき場所はここにあったんだ。

 

 

 

だから、微睡みの中であっても起き上がることを選択した。

 

「よくやったな、サキュバス」

「きゃっ! ……もう、大人しくしていられないの?」

 

そこにいたのは、相も変わらずクソ女。

俺を殺そうとした女。俺の冒険の同伴者。俺の……うん、まぁ、相棒。

 

「結局、どうなった?」

「神みたいなものになったわ」

 

 

──曰く、俺が飲み残した例のポーションを、この女が一気飲みしたらしい。

 

サキュバスは悪魔であり、悪魔は高位種族である。

そしてあのポーションは高位種族を更に高みへと押し上げるポーションだったから、サキュバスは瞬く間に『進化』した。

 

そして、かつてのサキュバスと同程度まで至って死んだ俺の魂をどうにかこうにか捕獲し、えっちらおっちら住処まで運んできた、らしい。

 

まったく大変だったわ、と叫ぶ彼女が以前と変わらないように見えるのは、きっと俺が魂を見ることのできない人間だからだろう。

 

「ならばここが地獄か」

「そうよ。私たち悪魔のふるさと、只人が足を踏み入れられない約束の大地」

 

地獄とは言っても想像するほど地獄らしくないんだな、と思った。

 

それと同時に、自称エリートのサキュバスが本当にエリートだったんだな、ということも知った。

 

「…………想像していた『死』とは違うな」

 

ひたすら、その感想に尽きた。

 

俺が恐れていたのは、死後に待ち受ける消滅である。

そして消滅とは、俺自身がシュレッダーにかけられたかのようにバラバラにされて、それから影も残さずに黒く塗りつぶされていく、そんな工程である。

 

以前とは違えど五感があり、言葉を話し、意識もある俺の現状は、俺が想像していた死とはあまりにもかけ離れていて現実味がない。

 

「それはそうよ」

 

サキュバスは、嬉しそうに楽しそうに笑った。

 

「私たちは本人との契約によって魂が消滅する直前に掬い上げて、消滅と誕生の輪廻から外して勝手に保管するの。だから、あなたの言う死、つまり魂の消滅はそもそも経過しないのよ」

 

ふむ。じゃあなんだ。

あのとき俺が弱音を吐いた時、お前はお前の求めるものと俺の求めるものが一致していたことに気がついていたのか。だからあんなに元気いっぱいやる気いっぱいだったのか。

 

そう問いかけると、サキュバスは満面の笑みを浮かべた。

いつもの濃艶なそれとは違う、少女のような純真無垢な笑み。

 

「忘れてた!」

 

…………おい?

 

思わず冷たい目で見ると、サキュバスは慌てて弁明を始める。

 

「ち、違うのよ! あのときはあなたに元気になって欲しくて、というかあのまま落ち込んでフェードアウトなんてされたら居た堪れなかっただけで!!」

 

()()()()と両手を振り回し、あれやこれやと言っている。

 

互いに魂をさらけ出して対面しているからか、不思議と自然体でいられた。

だから、終わったことは簡単に水に流すことが出来たし、湧き出す安堵感に感謝を抱く気持ちも止まらない。

 

そして……俺がさっさとサキュバスに俺の望みを言えば、もしくはサキュバスが俺に望みを正確に伝えていれば、あんな危険な道を選ばずに済んだということが、どうにもおかしくて笑えてくる。

 

「あら、そんなことは無いわ」

 

澄ました顔で、サキュバスは言う。

 

その内に安堵や歓喜、興奮が渦巻いていることを俺が感じていることを、本人には隠しているべきだろうか?

 

「あなたの魂は、あの冒険を通して更に逞しく、眩しくなったわ。とっても私好み」

 

……そうだな。こいつは腐ってもサキュバスか。

 

舌なめずりをしてだらしなく笑う姿を見ていたら、俺も不思議と笑えてきた。

ここはいい場所だ。楽しい気持ち、幸せな気持ち、そういったものが途絶えることはない。

 

人を誘惑して堕落させるというサキュバスの根城は、俺にとっては楽園のようだ。

 

「あぁ、それと神擬きになったせいか寿命が更に伸びちゃったわ。もうこれ死なないわね」

 

だから安心してちょうだい、なんて言う。

 

きっと人は、神になって不死の力を手に入れても、持て余した時間に耐えられない。

高位種族は精神構造からして人と違うからだ。

 

だから、サキュバスにあのポーションを飲ませた俺の判断は、決して間違いじゃない。

 

「あなたが私の元にいる限り、あなたは永遠に微睡むことができるの」

「……嬉しいことを言う」

 

そうだ。俺は夢を手にした。

実感が追いついていないからまだ夢うつつだが、なんせ時間はいくらでもある。この喜びを、楽しみを、ずっと噛み締めていこう。

 

……あぁ、その前に。

 

「ありがとう、サキュバス」

 

俺は礼は欠かさないんだ。

 

次第に慣れてきて浮遊感でどうにか言葉を出力すると、サキュバスはやはり嬉しそうに笑って、指先で俺の頭を小突いてくる。

 

「これからも永遠によろしくね、って言うのよ」

「……そうか」

 

たぶん、人間の矮小な魂が壊れないように、サキュバスが何かしらの保護をかけているのだろうか?

 

永遠に待ち受ける時間を思っても、何も怖くない。ただ、楽しみなだけ。

不安も憂いも無いのならば、躊躇うことなく口に出せる。

 

「よろしく頼むよ、────」

「あら、やっと名前を呼んでくれた」

 

永遠に、永遠に。ただ、それだけ。

 

 

 




カーン!(ゴング)
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