最悪のデスゲームに刀匠がログインしました   作:日彗

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第八話 浮気・ダメ・絶対

 

 《圏内殺人》事件からおよそ二ヵ月が経過した。

 アインクラッドは今日も平和………ということも別段なく、いつも通りの非日常的日常が繰り広げられている。

 

 今日は一日プレイヤーホームに備え付けられている鍜治場で、先日クエストで手に入れてきた最高級武器素材を使って新しい刀を作っていくつもりだ。

 十日ほど前に鍛冶屋の間で流れた《とある金属》の噂がある。五十五層の片隅にある小さな村で発見されたクエストNPC曰く、『西の山には白竜が棲んでいる。竜は毎日餌として水晶を齧り、その腹で精製して貴重な金属を溜め込んでいる』らしい。

 明らかに武具素材アイテムの入手クエストであり、大人数の攻略パーティーが組まれて白竜は呆気なく討伐された。

 しかしドロップしたのは少量のコルとちんけな装備アイテムだけ。さてはランダムドロップか、とフラグを立てては竜を倒し、一週間かけても金属を手に入れたパーティーは出なかった。今はクエストに見落としている条件があるのだ、と盛んに検証が行われている事だろう。

 それでそのクエストなのだが、先日オレも行って熟してきた。そして見事に例の金属、《クリスタライト・インゴット》を入手してきたところだ。

 

 いやあ、大変だった。白竜そのものは大したことなかったのだが、倒したからと言って手に入らないのであれば他に何かがあるはずだ、と白竜の相手はそうそうに止めて現れた場所周辺を探索していた。すると巨大な縦穴を見つけた。

 こんな縦穴があったなんて聞いたことがないと、ちょっとした好奇心で近くのクリスタルにロープを張って底まで降りてみたのだ。

 降りた当初は正直落胆した。底には何もなく、強いて言えば降り積もった雪だけがそこにはあったのだ。

 だがその場所は結晶無効化空間(エリア)になっており、これはただの縦穴ではないと調べていたら雪の下から白銀に染まる長方形の物体が出てきた。オレにとっては見慣れたサイズ、見慣れた形の代物───金属素材(インゴット)

 それを見た瞬間、オレは全てを理解した。あの縦穴はトラップでもなんでもない。あれはあの白竜《ゼ―ファン・ザ・ホワイトウィルム》の巣だったわけだ。つまりあのインゴットは白竜の排泄物である。〇ンコである。

 気付いたときには心底納得した。水晶を齧り腹で精製する金属。そりゃ〇ンコだ〇ンコ。よもやこの歳でそんな下ネタに爆笑する日が来るとは思わなかった。

 何はともあれ、現状これを超える武器素材は恐らくまだ出てきていないだろう。当分の間はあのクエストを周回して《クリスタライト・インゴット》を重点的に集めた方が良さそうだ。

 そう、目の前の苦労して手に入れた金属を前にほくそ笑んでいると───

 

「ムラマサ君ッ! リズがどこに行ったか知らない!?」

「うっわ、びっくりした」

 

 急に作業場の扉がばたんと開いて、赤と白の騎士服を着た栗色髪の女が中に入ってきた。

 

「なんだなんだ突然。副団長殿はノックも知らないのか?」

「ご、ごめんなさい! ……ってそれより大変なの! リズがどこにもいないのよ!」

「人の工房に勝手に入っておきながら『それより』とはどういう了見だコラ。アストラル系モンスターでMPKかますぞコラ。……で、リズがなんだって?」

 

 栗色の髪を乱して荒くなった呼吸を鎮めようとしているアスナを見上げる。この仮想空間で息切れなんてしない筈なのに、一体彼女は何をしているのだろうか。

 ちなみにリズというのは《リズベット》というプレイヤーのことだ。オレと同じく鍛冶屋である彼女は四十八層主街区《リンダ―ス》で《リズベット武具店》という武具屋さんを開いている。作るだけ作って販売していないオレとは違い、真っ当な鍛冶屋だ。同じく鍛冶を営む者として喜ばしいことである。

 ようやく鎮まったのか、アスナは落ち着いた声音で説明を始めた。

 

「昨日からメッセージが届かなくて、マップ追跡もできないし……常連の人に聞いても何も知らないって……」

「《生命の碑》は?」

「確認してきたけど大丈夫だった……」

 

 アスナの説明を聞くと顎に手を当てて思考に耽る。

 《生命の碑》を確認したのなら生きている事は確実だろう。メッセージが届かず、マップ追跡もできないとなるとまず考えられるのはダンジョンに潜っている可能性。リズはマスターメイサーで武具の生産の過程で経験値も入っている。最前線の攻略組と比べなければ決して低くはないレベルだ。下手なダンジョンなら危険はないだろう。

 けれどリズはダンジョンに潜るとき、必ず誰かとパーティーを組んでいる。その方が効率も良く安全なのだから当たり前だが、鍛冶屋である彼女に世話になっている者も多く何より本人の人気があるため一人で潜るということはまずないだろう。……けど聞き込みをしても行先が分からなかったということはやはり一人でダンジョンに? だとしたらどこのダンジョンに行ったか、問題だ。

 本人のレベルを考えると中層から下層。四十五層以上となると少々厳しい。低い難易度のダンジョンならば帰るのは遅くならないだろうし、高い難易度ならばそれこそパーティーを組まないと自殺行為だ。

 

 そこで考えに行き詰まると、机の上に広げた《クリスタライト・インゴット》が目に映る。

 ………ま、まさか五十五階層に行ったんじゃないだろうな。

 

(いやいや、ないないないない。さすがにそこまで馬鹿じゃないだろ)

 

 だが一度浮かんだ悪い考えが頭から離れない。あそこの白竜はオレやアスナのような攻略組レベルで見れば大した強敵ではない。単独討伐も十分可能だ。だけどリズのレベルでは不可能と言うしかないだろう。経験値の殆どを武具作成で得ている彼女は実戦経験が少ない。命をかけたやり取りとなるとなおさらに。

 

「……ム、ムラマサ君……?」

「………………」

 

 随分と考え込んでしまっていたらしく、アスナが心配そうに声をかける。最後に一応、リズをマップ追跡できないか確認したらもう一度五十五階層に向かってみよう。

 メニューのフレンド欄から《リズベット》の名前を選択して現在地を確認する。

 

「………………おいアスナ」

「な、なに……?」

「リズの奴、店に帰ってきてるぞ」

 

 それを伝えた途端、アスナは閃光の速さで鍛冶場を飛び出していった。

 その場に取り残されたオレは、やるせなさを噛み締めながらインゴットを手に取り、槌を打ち下ろす。

 

「時間の無駄だったな」

 

 

 

 

 後日談というか、今回のオチ。

 

 結局リズはオレの予想通り、五十五階層に《クリスタライト・インゴット》を取りに行っていたらしい。予想と違う点は、彼女はソロで挑んだわけでも、ましてや常連客とパーティーを組んだわけでもない。とある一人のソロプレイヤーと挑みに行ったとのことだった。

 

 そう、黒髪で黒服の黒い剣を持った盾無し片手直剣使いのビーター、キリトと。

 

 後から聞いた話によると、キリトはリズの店に新しい剣を求めて寄ったらしい。その時点で既に憤慨ものだが、そこで勧められた剣をキリトはリズの目の前で圧し折ってしまったのだという。これはリズに同情する。

 

 その後、売り言葉に買い言葉でキリトの持つ《エリュシデータ》に匹敵する剣を作るための素材を手に入れるため、二人は五十五階層へと向かった。そして縦穴に落ちて登れず、一晩を過ごした。アスナがメッセージを送れなかったのも、マップ追跡が出来なかったのもこのためだ。

 まあなんやかんやあって縦穴を脱出、店に戻って剣を鍛えた所《エリュシデータ》に匹敵する性能の剣《ダークリパルサー》を製作した、と。

 

 この話を聞いたとき、オレはキリトにデュエルを申し込んだ。オレという専属鍛冶師がいながらリズに浮気するとは。アスナだって昔はオレが専属だったのに。ということでデュエルでボコボコにしてやった。想像以上にスカッとしたので満足です。

 けど新しい剣が欲しいのならオレに言えばいいのにと言うと『お前は刀ばかり勧めてくるから……』『アスナに相談したら良い鍛冶屋の友人がいるって言われた』という。刀のなにが悪い。黙ってカタナスキル習得しろ。

 

 だが諸悪の根源はアスナだということがわかった。昔オレを裏切っただけでは飽き足らず、キリトまで唆すとはこの腹黒め。ということでアスナにもデュエルを挑んだ。それはもう、延々と挑み続けた。三十を超えたあたりで泣き始めたからそこで勘弁してやったが、滅茶苦茶スカッとしました。大満足です。

 

 その間、リズはずっと死んだ魚の様な目をしていてが気にしない事とする。

 

 

 

 

「へぇ、そんなことが」

 

 大体のあらましを、かねてからの友人であるミトに説明すると苦笑気味にアスナへと視線を向けた。

 詮索するのはマナー違反だとわかってはいるが、話を聞いている限りミトとアスナはリアルの頃からの知り合いらしい。攻略の鬼とまで言われるアスナの友人なだけあって、彼女もかなりの戦闘力を持っている。それどころかミトの方がアスナをSAOに誘ったのだとか。

 そんな彼女も今では武具屋を開いて半ば前線を引退していた。だが時々助っ人としてボス戦に参加した時はその大鎌で敵モンスターをフルボッコにしている。《両手鎌》なんてマイナーな武器を使うのはアインクラッド広しといえどミト以外にオレは知らない。

 

「アスナは心配性だからね。気持ちは分からないでもないよ」

「ミト……!」

「でもコイツがキリトを唆したからこんなことになったんだぞ。自業自得だろ」

「まあ、それは確かに」

「ミト……!?」

 

 感情が浮かんだり沈んだりと忙しいアスナは放っておき、黒ずくめの剣士・キリトに冷たい視線を向ける。

 ここはミトの経営している武具屋だ。その店舗の床でキリトとアスナは並んで正座させられている。もちろん強制したのはオレだ。お店の中でこんな事をしていたら立派な営業妨害なのだが、当の店主であるミトは笑って流してくれている。

 とはいえ、さすがに同じ生産職仲間として迷惑をかけ続けるのは申し訳ない。二人への折檻はこのくらいで終わりしてやろう。

 

「そういえばムラマサ。頼まれてた防具できてるよ。確認する?」

 

 赤い瞳がこちらへと向けられる。彼女はオレと違って裁縫スキルを高練度で習得している。鎧など金属製の防具ならばオレの方が上だが、布製の物となるとその限りではない。そのため基本的に自分で作った物しか使わないオレではあるが、防具に関しては外部に委託しているのだ。鎧は身体の動きを妨害するため嫌いなのです。

 ミトから受け取ったのは黒の布地に赤で彩られた袴。素材は最前線の迷宮区に住まうモンスターのドロップアイテムを使っているため、そこそこの耐久性はあるだろう。細かい性能などは後でゆっくりと確認することにして、受け取った袴を指先で撫でる。

 

「……うん、毎度のことながら見事な腕前だ。もしかして裁縫スキルの熟練度カンストした?」

「ええ。一月ほど前にね。時間がかかっちゃったけど、これでアシュレイさんに並べたかしら?」

「いやあ、それはどうだろう。裁縫に関してはあの人飛び抜けてるからなあ」

 

 アハハハ、とオレとミトの笑い声が店内に木霊する。その様子につられてかキリトとアスナ両名も声を出して笑い出した。

 

「───何笑ってやがるテメェら」

「「ええっ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからおよそ二ヶ月が経過した西暦2024年8月。一つの事件がアインクラッド全域に轟いた。

 事件、とは言うがそれがプレイヤーたちになにか被害をもたらしたりなどはない。むしろ善良なプレイヤーにとってはトップクラスの不安事項が一つ無くなったのだ。

 

 アインクラッドに広がった情報誌には、次のような見出しが書かれていた。

 

 【殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》が一人のプレイヤーによって壊滅】

 

 攻略組で結成された討伐隊が現地に到着した際には、既に21名のラフコフメンバーが死亡。残りの12名もHPゲージがイエローを切るほどのダメージを負っていたため即時拘束、牢獄へと送還された。

 独断で討伐隊よりも一時間早く攻め入り、単独でラフィン・コフィンを壊滅させたプレイヤーに関して、その戦闘力に対する畏怖と、犯罪者とはいえ躊躇なく人を殺した所業から《殺人者殺し(レッドキラー)》、《死神》などの異名がプレイヤーの間で瞬く間に広がって行った。

 

 その者の名は《ムラマサ》。

 攻略組の一員として最前線で戦い続けた《剣聖》の異名を持つプレイヤー。アイテムで染められた赤銅色の髪と菊の花の意匠が内に描かれた羽織。そして五尺ほどある大太刀を携えた、アインクラッド最高の剣士の一人である。

 

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